『燃えよ剣』(2021)を観て

 約3年前、『燃えよ剣』の映画化が告知されてから、この映画をただただ心待ちにしていました。そして本日、ようやく観ることができました。

 感想。
 3年待った甲斐があった……!!
 観た直後から、興奮と考察が頭の中でぐるぐるして冷めやらぬので、文章にして落ち着きたいと思います。

※ 以下、小説の『燃えよ剣』、『新選組血風録』、『王城の護衛者』、『悪の教典』、映画の『燃えよ剣』(2021)、パンフレット情報の多大なるネタバレを含みます。
※ 情報や認識に誤りがあるかもしれません。その際は、そっと教えてくださると幸いです。

1 構成について
 原作小説とは異なり、既に函館にいる土方さんの回想から始まる今作。石田村のバラガキ時代から函館に至るまでの出来事が、土方さんの回想として進んでいきます。
 この構成にはビックリしつつも、「上手い!」と思いました。回想形式にすることで、上下巻併せて約1100頁の小説の要所要所を拾い上げて、オリジナル展開でうまく繋いで、2時間半の映画にまとめあげることができる。見事としか言いようがない。七里や佐絵のエピソードはまるっと削られると思っていたので、七里の存在が残っていたのも嬉しかったです。(個人的解釈では、実は佐絵の存在も消えていないと思っているのですが、それは後述。)
 とはいえ、「要所」の多い『燃えよ剣』ですので、名場面が2時間半、ジェットコースターのように進んでいきますね。登場人物も全体的に早口で、動きもせかせかした印象。でもそれが、10年にも満たない『燃えよ剣』のストーリーの中での、土方さん達の駆け足の日々を表現しているようで、物凄い引き込まれました。「絶対に見逃すもんか……!」と、マスクの下で息をつめて見守っていたので、見終わった後、少し酸欠になってたかもしれない笑。それくらい、観る者の心を鷲掴む構成だったと思います。
 とはいえ、原作未読・新選組の歴史を知らないという方には、どうしても展開が追いづらくなってしまうかな……?と思いました。もっとも、原作未読・歴史を知らないという人への配慮もちゃんとあったと思います。例えば、伊藤甲子太郎と御陵衛士が暗殺された七条油小路辻のシーン。あそこって、定説や原作小説に従えば、「永倉が藤堂に逃げ道を開けてやるが、藤堂は三浦某に斬られて死亡する」はずのシーンなんですよね。それが、逃げ道を作らず土方vs藤堂の一騎打ちのシーンに変更されている。恐らく、原作や歴史を知らないと、定説どおりのシーンは「知らん人が知らん人に道を開けてやって、知らん人に斬られた」という印象になりかねない。そこで、土方さんを絡ませることで、「あ、土方さんだ。対峙してる人見たことある……あ、新選組の隊士だった人だ!そういえば寝返った人がいるって言ってたな。この人か!」と気づきやすくしているのかなあ、と。
 あと、最初と最後のシーン。こうつながるか……!と舌を巻きましたね。今度2回目を観に行こうと思いますが、たぶんオープニングで涙出てくると思います。2回目を観たくなる憎い演出でした。素晴らしい。

2 殺陣について
 さすが岡田准一すぎる。
 パンフレットでも言われていましたが、とにかく、リアルさを重視した殺陣でした。見た目の綺麗さや分かりやすさより、いかに当時の斬り合いを再現するか、という点を追及していたことがひしひしと伝わってきました。そもそも、土方さん達の用いる天然理心流は実戦武術なので、綺麗な殺陣をしてもそれは天然理心流の殺陣にならないんですよね。「気組」で押していく感じの殺陣が、「当時の斬り合いも実際はこんな感じだったのでは」と感じさせてくれました。臨場感がすごすぎて、本当に恐怖を感じる場面もありましたもん。芹沢暗殺のシーンで吉栄たちが命乞いをする場面とか、背筋がおぞぞってしました(厳密にはこれは一方的な斬りですが)。

3 登場人物について
 めっちゃ長文&個人的考察を含みます。

(1)土方歳三
 完璧すぎました。完璧すぎて言うことが見つからない。
 『燃えよ剣』の土方歳三が、そのまま出てきたようでした。
 岡田さんの殺陣はさすがとしか言いようがないし、歩き方が徐々に変わっていく演技もすごいし、バラガキ仲間の前、お雪さんの前、敵の前とでそれぞれ別人になる演技もすごい。別人なのに、一本筋が通っている。『燃えよ剣』のテーマの一つに、終始ブレない土方歳三像があると思うのですが、その土方像が見事に貫かれていました。素晴らしいです。
 あと、土方さんの「坂本はまだ死ぬべきじゃなかった」というような台詞!これは感激しました!坂本龍馬と新撰組って、創作物では対立構造にされがちなんですけど、厳密には完全対立してる訳じゃないんですよね。別に好きではないけど、何がなんでも倒すべき敵ではない、という、より史実に近い関係性がこの台詞から垣間見えて、嬉しくなりました。
 我がままを言うなら、原作小説の土方さんの作戦シーンが見たかったな……と思ったり。宇都宮城の戦いや宮古湾海戦、二股口の戦いも見たかったな……と思ったり。でも、2時間半にまとめる上では、全部いれこむのは難しすぎますもんね。それこそ、土方さんの回想という構想をとっている以上、「北海道の毎日は、無意味だった」「私の一生には、余分のことだった」から、すっ飛ばしているのかもしれない。むしろ、「お雪さんも近藤も沖田も住んでいる。私にとってかけがえのない過去」を中心に思い出しているのかもしれない。……というか、そういう構成なのではないですか?!原田監督、取捨選択の仕方が天才!!

(2)お雪
 一言でいえば、「現代版お雪さん」という印象を受けました。
 原作のお雪は、初登場時、「江戸の女」、「江戸の女は、親切とあらばおさえつけてでも、相手を従わせてしまう。」等、強い女性として表現されます。もっとも、その後の登場シーンでは、強さを見せることはあまりなく、土方さんを健気に支える女性という描かれ方をしているように思います。
 これ、原作を読んでいる時から少し違和感だったのですが、今回の映画を観てわかった気がしました。
 恐らく、原作の書かれた1962年~1964年頃であれば、原作の表現で十分お雪は「強い女性」だったんだと思います。「武士らしく会わずに戦場へゆきたい」という土方さんの言いつけを二度破り、二度目は大阪から函館まで追いかけてきている。
 しかし、2021年、現代。人や世の中の価値観は変わってきています。お雪を「強い女性」と印象付けるなら、約束を破るだけでは、遠距離を追いかけるだけでは足りない。
 結果、お雪の登場シーンは出会いのシーンをのぞいて大きく改変されたのだと解釈しています。原作ではなかった喧嘩→仲直りのシーンが追加される。隊服作りや池田屋事変にお雪が関わってくる。刀を握れぬお雪が、看護役として戦場に参戦する。大声で土方さんに意見する。原作では言えなかった「逃げましょう」を言わずに(恐らくは思いもせずに)、「あなたの行く末を見守りたい」と着いていく。原作では別離を嫌ったお雪が、土方さんの遺体に目をそらさず駆けよっていく。
 このことに気づいた時、お雪さんのシーンの大幅改変も必然だったのだなあと、ストンと腑に落ちました。個人的にはたたみいわしと紫陽花のシーンが大好きなので、映像化されなかったのはちょっぴり切ないですが、夕陽ヶ丘のシーンはオマージュされていてとてもきゅんきゅんしました。
 あとこれ、もしかするとご批判あるかもしれませんが、映画版のお雪には少し「お佐絵」が混じっているのではと推測しています。理由は、お雪の前夫が長州藩士であるということでお雪が疑われるオリジナルシーン。ここ、原作小説で土方さんがお佐絵に再会したシーンのオマージュなんじゃないかと思うんですよね。だいぶソフトになっているけれど。原作ではお雪の夫は大垣藩士で病死しただけで、何も後ろ暗いことはないですし。削らざるを得なかったお佐絵の存在を、そのエッセンスだけでも追加しようとしたシーンでもあるのかな、ここは、と解釈していたりします。

(3)沖田総司
 時代劇未経験のジャニーズの子をキャスティングして大丈夫だろうか……と正直思っていました。
 大 変 申 し 訳 ご ざ い ま せ ん で し た ! ! ! ! !
 山田くんの沖田さん、沖田さんでしかなかった。完全に司馬遼太郎作品の沖田総司でした。可愛くて明るくて透き通っていて、でも冷酷で、でもやっぱり優しくて。そんなつかみどころのない、愛すべき沖田総司がそこにいました。顔も声も仕草も表情も雰囲気も、原作小説の沖田総司がそのまま出てきたようでした。
 間違いなく、今まで沖田総司を演じたキャストの中で、一位二位を争うハマりっぷりだと思います。

(4)近藤勇
 完璧すぎました。こちらも完璧すぎて言うことが見つからない。
 『燃えよ剣』の近藤勇が、そこにいました。ちょっと流されやすくて、人が良くて、でも将としての器・雰囲気を備えている。みんながこの人についていくのもわかるなあと、そう感じさせてくれる鈴木さんに脱帽です。
 「ほとがら」のシーン、個人的にすごい好きなので、削られなくて嬉しかったです。顔を真っ白にした鈴木さん、最高でした笑

(5)芹沢鴨
 剛毅なだけではない、色気と人間味あふれる芹沢像を見せてもらいました。『悪の教典』から、伊藤英明さん演じる悪役がすごく好きなのですが、今回もいい悪役っぷりでした。とはいえ、芹沢はハスミンのようなサイコパスというわけではありません。気に入った沖田のことは心から気遣ったり、可愛がったりなど、きちんと人情があって、完全な悪役ではない。『海猿』のようなヒーロー像と、『悪の教典』のようなダークヒーロー(?)像を双方演じることのできる伊藤さんが、善人であり悪人である芹沢を演じてくれて、最高でした。
 芹沢関連のエピソードは、血風録要素も盛り込まれていましたね。これから観劇する人には、是非『燃えよ剣』原作小説だけでなく、『新選組血風録』も勧めたいです。「芹沢鴨の暗殺」だけでいいから読んでほしい。様々なシーンの深みが全く違ってきます。
 ところで、芹沢さんの例のシーンはビックリでしたね。これってR指定ついてなかったよね?!モロ出てるけど大丈夫なの?!と、色々と心配になりました……笑

(6)井上源三郎
 ひたすらかわいかったです。
 バラガキ仲間の中で、一人だけ浅葱のだんだらを気に入ってずっと着ているところとか。芹沢暗殺に際して一番残酷なことを言っておきながら、ちゃっかり吉栄さん達を逃がしちゃうところとか。とにかく、魅力的なキャラクターでした。
 なので、最期のシーンが悲しすぎました。爆風吹き荒れる中で歩き回っていたから、なんとなく何が起こるか想像はしていましたが、いざ目にすると辛すぎました。土方さんがここまで声を張り上げるシーンも、他にほとんどなかったんじゃないかな。弾はいつ受けたんだろう。もしかして、土方さんに話しかけに行く前にはもう被弾してて、最期にお話ししに行ったのだろうか。辛い。悲しい。

(7)山崎丞
 完全にダークホースでした。村本さんキャスティングしたの誰ですか。天才すぎませんか。
 今まで、私の中の山崎像って、割と真面目で朴訥な感じだったんですよ。なので、村本さんがキャスティングされた時点でちょっとビックリだったんですけど、演技を見て度肝を抜かれました。こんな愉快な山崎、観たことない。
 でも、不思議とハマってるんですよね。よくよく考えたら山崎って元は大阪の町人なわけで、愉快な人柄でも何もおかしくないんですよ。山崎が出てきてから、後ろのガヤが明らかにやかましくなって可笑しいやら楽しいやら。ああ、こんな山崎もいいな。すごいハマってるなあと、どんどん引き込まれました。
 それでいて、池田屋のシーンがとにかく仕事ができて格好いい。間者としての役目をスマートに果たして、白刃の中で必死にターゲットを示して、伝令役として京の町を東奔西走する。それまでの強烈なまでの愉快さからの一転ぶりのインパクトがすごくて、「仕事のできる男、山崎」を見事に体現されていました。一気に、村本さんの山崎のファンになりました。
 なので、死に際のシーンは情緒がぐちゃぐちゃになりました。死に際でも笑かしてくるじゃん、この山崎。面白いけど切ないよ。本当に、いいキャラだった……。

(8)松平容保
 原作小説だけだと、慶喜と一緒にただ逃げちゃった嫌な人!みたいな印象をうけがちな容保公ですが、その辺がちゃんと『王城の護衛者』の要素によって補足されていて安堵しました。容保公の複雑な心中・苦悩が細かな表情から伝わってきて、こちらも胸がきゅうっとなりました。さすが歌舞伎役者、尾上右近さん。表情が上手い……!

(9)徳川慶喜
 パンフレット情報だと、慶喜はとにかく身勝手な人物として描写したそうですが、山田さんの演技が上手すぎてむしろ同情してしまいました。そうだよね、若い身空で、200年以上続いてきたはずの幕府がガタガタになって、その指揮を執らされて、大変だったよね……と、ものすごい感情移入してしまいました。山田さんの演技力に脱帽です。

(10)七里研之助
 原作の、土方がお佐絵に夜這い→六車に見つかったので六車を斬る→七里に追い回されるようになる、という流れをどう変えてくるのかな、どうやって土方さんと七里は因縁の間になるのかな、とわくわくしていました。結果、うまーく、お佐絵なしで六車斬りをさせましたね!くらやみ祭をそう絡めてくるか~!と、脱帽でした。
 原作と同じく、六車斬りから因縁を持つ土方と七里でしたが、七里が函館まで生き残るよう改変されたのは本当に意外でした。映画では伊藤甲子太郎のエピソードが最低限まで削られたので、その結果生き延びさせざるをえなくなったのでしょうか。
 とはいえ、原作だと下巻冒頭で割とあっさり退場してしまう七里が、最後まで生き残って、お雪さんとも会話するというのは夢のようでした!しかも「土方の妻」というだけで憎悪を向けてもおかしくないのに「私の名前を出せ」と良くしてくれるという。原作の七里より格段にいい人になっていますね。そういえば原作と違って一騎打ちに応じてくれましたしね。因縁の相手というよりは、好敵手という言葉の似あう七里でした。最後に一目、土方に会わせてあげたかったな……。

(11)糸里
 沖田を慕う芸妓、として登場する糸里さん。
ところで、新選組と糸里、といえば、輪違屋の糸里ですよね。『新選組血風録』でも、芹沢一派の平間重助の愛人として登場しています。
 『新選組血風録』で、平間と糸里は、芹沢暗殺の際に、何とか殺されずに逃げおおせたとされていますが、果たして、この糸里と今作の糸里は同一人物なのでしょうかね。原田監督は血風録も読み込んでいらっしゃるそうなので、あえて「糸里」という名前を使ったと思うのですが、どのような意図があるのか……。ここはまだ考察しきれていないです。映画の芹沢暗殺の場面で、逃げる女達の中に糸里さんがいれば同一人物説が確定すると思うのですが、確認できていないです。

4 その他
 島原の芸妓さんがヴァイオリンを弾くシーン、観てた時は「えっ?!」って驚いたのですが、パンフレットを見たら、本当に当時の島原芸妓がヴァイオリンを弾いてた記録があったんですね。不勉強でした。芸妓と洋楽器の組み合わせがなんとも新鮮で美しかったです。

 ひとまず思いつくままに書きまくりました。長文&個人の思いを、記録用も兼ねてわーーーっと書き連ねたので、ここまでお読みになってくださった方には、感謝、感謝です。
 今度、2回目の鑑賞に行こうと思うので、また新たな発見や感想があれば書きたいと思います。

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