【中級者向け解説⑩】三合連日本支社


1.三合連日本支社の歴史

三合連日本支社は1949年に設立された。満州引揚民の帰国船に紛れ込んだ三合党会の内通者たちによって設立されたことに端を発した。今日こそ三合連四頭に数えられるこの組織は最初は極東の下部組織であり、重要な役割を持っていたわけではない。彼らが重要なポストに就いた契機に三合連日本支社が再軍備論者と呼ばれる大日本帝国復権派と手を組んだからである。再軍備論者は日本軍再建の理念において三合連密約の恩恵にあずかることの重要性を理解していた。そのため彼らはGHQの武装解除命令と検閲を逃れた日本軍の秘匿武装の大半を回収し、三合連日本支社に謁見した。その翌年に傭兵隊会議が開催され、三合連皇帝「范帝」が即位したことで状況は一変する。日本支社の頭領「十八夜帝兎」がその深き義侠心と忠義心を認められ、范帝と三頭(エウヌーク、デモン4世、フィリップ)によって三合連の中枢に迎えられることとなる。
しかしながら日本という土地は地政学上三合連が総力を持って奪い難い土地であった。列強アメリカの要所拠点であるからだ。
日本支社は長らく本国からの援軍も支援も薄く、現地調達の軍備と兵站のみで構成されていた。
そのためか三合連が范帝中心の帝国体制と絶対性を獲得するまでの約半世紀、日本支社は日本中の反社会組織と常に抗争交戦状態を維持し続けることとなった。

2.日本支社の活動

三合連日本支社の目的は「日本国家の転覆」にあると言われているがこれは間違いである。三合連日本支社の目的は三合連の旗の下、日本国全土をありとあらゆる内憂外患から防衛する非国家所属の武力勢力として活動する事である。それはいわゆる「軍隊」と呼ばれる日本国憲法への抵触事項である。しかしながらこの非正規の軍隊というものこそがこの世界における日本の縁の下の力持ちである。諸外国勢力が日本への攻撃、侵略を行うことは、同時に三合連日本支社と三合連への宣戦布告を意味している。それはあまりにも無謀な行動であり、それ故に日本侵略は難航を極めている。三合連日本支社は狭間桜町を軍営拠点として日本全国に1万人の直参構成員を展開し日本中に根を張っている。

3.軍営帝都「狭間桜町」

三合連日本支社の活動の中枢拠点とされた関東のステーション都市である。
6路線が交わり、首都東京にも接続可能な日本最大級の都市でもある。三合連日本支社が創設された際、活動拠点として難攻不落の要塞を作り出すことが重要視された。その軍営帝都の建設案において狭間桜町に白羽の矢が立った。
狭間桜町は江戸末期から明治初期にかけて作られた遊郭の都「浄土京」であった。海外の来客と政府の高官、富豪たちの遊び場としての隆盛を誇っていた。
1945年5月の狭間大空襲によって遊郭は全焼した。この空襲は表向きには狭間市東部に存在する狭間重工の武器工場を攻撃する目的であったが、本質は遊郭に住む民間人と戦時中にもかかわらず遊び歩く政治家や軍上層部を狙った無差別焼夷弾攻撃であった。10万人に及ぶ東京大空襲を上回る死傷者を生み出したこの空襲が、文明開化の遺跡であった浄土京が灰燼に帰した。
戦後、狭間市民は桜町復興計画を提出し、政府民間からの様々な出資の下再興設計案が作成された。しかしこの計画の出資計画設計など、様々な工程において日本支社と再軍備論者の手が加えられていた。高度経済成長期の末頃に完成した都市は、三合連と日本支社、それから再軍備論者などの極左団体や小悪党にとって実に都合の良い都市設計がその根幹部が完成した。都市内部は一般市民の商業も盛んながら、世間には看板を出せない闇の商売が数多く存在している。
違法な風俗、麻薬の取引、銃刀の密売、殺し屋、戸籍販売など様々な犯罪が都市の地図には載らない場所にのさばっており、日本のみならず世界中の悪党が商売利益を確保している。このようなものの取り締まりは、その噂が生まれたころから警察組織の間で行われてきた。しかしながらそのほとんどが失敗に終わり、今日に至ってはほぼほぼ諦める形で黙認されている。これはこの都市自体が誇る鉄壁の要塞構造に原因がある。

都市中心部に三合連日本支社中枢ビルが存在しており、その周りに外敵からの侵入を妨げるべく様々な建築物が乱立的に立ち並ぶ構造となっている。地下街や地上の道などが複雑に枝分かれし、地図上に記載されない小道が大量に存在する。更には2023年現在においても復興工事と称した地下道の整備変更やビル建築解体などが繰り返され、性格な情報を入手して中枢ビルに歩兵や装甲車を進行させる事は非常に困難である。
ならば歩兵以外の航空兵器による攻撃も想定されるが、それも効果は薄いだろう。
なぜなら狭間桜町は乱立するビル街の地下に広大な地下街が何層もの深さで構築されており、空爆に耐える防空壕としての役割を果たす。空爆支援を直に受けるであろうビル街は、その多くが三合連とは関係ない部外者の企業オフィスや富裕層のタワーマンションであり、単なる民間人への攻撃以上の役割を果たさない。10万人の居住者と日間約200万人の利用者を誇る狭間桜町を都市封鎖し居住者全員を避難誘導する、更にその同行を三合連に悟られないようにする事は不可能だ。
狭間桜町は自衛隊や機動隊などの国内勢力との内戦を想定した設計がなされており、本来守るべき対象となる一般市民や異国の客人などを事実上人質に取る形となっている。それを無視しての強行は国内国際世論からの批判を免れないだろう。
狭間桜町を攻略するためには、少数精鋭部隊による隠密行動によって十八夜帝兎を討ち取る以外には存在しないだろう。しかしながら十八夜帝兎を討伐することは、この要塞都市を陥落させることよりも難解なことであるのかもしれない。

4.頭領「十八夜帝兎」

三合連日本支社の頭領は創設当時からこの人物が務めている。帝兎は日本史上最強の異教者とされ、その異教と軍団の組織統率によって日本全体の反社会組織を統制している。
三合連日本支社の中枢たる狭間桜町に鎮座し、日本支社の諸勢力を統制、監視している。
帝兎は三合連四頭が一頭であり、范帝の理想の為の行動の為に活動する。しかしながら彼はそれと同等に「狭間桜町の守護」にも力を置いている。
狭間桜町は三合連の財政を支える主要商売の一角であるとともに、十八夜帝兎の故郷の地でもあったとされる。そしてこの地は一度灰燼に帰し、その灰から血のにじむ努力と時間、そして平和な時間の上に再建した。そのため彼は狭間桜町に手を出すものに容赦をしない。日本の反社会組織の鉄の掟の一つに「桜町で戦争を起こそうとは考えるな」というものがある。かつて狭間桜町に手を出そうとした者、手を出した者たちは一人残らずその消息を絶った。十八夜帝兎の神聖な土地、それが狭間桜町である。日本最強の異教者とされる十八夜帝兎でさえも、その根底には郷土への純愛という人間的な感情によって動いていると言われている。

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