そのころにはもう

日本の田舎町。ささやかなオフィス街に小さな企業があった。
その企業に勤める小市民は空き時間でビジネス実務法務検定2級を取得した。
その合格証はなんとも青白い。
それを見た意識の高い人は、
「すばらしい功績だね。どれくらいの時間、勉強をしていたの」 と尋ねた。
すると小市民は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。意識の高い人が
「もっと勉強をしていたら、もっと凄い資格が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
小市民は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と意識の高い人が聞くと、小市民は、
「子どもが起きるより少しだけ早く起きて勉強して、子どもが起きたら保育園に送って、それから職場に来る。みんなで仲良く仕事して、定時には帰って、子どもをお迎えして、家族と遊んで、夜になったら夫婦で一杯やって、映画でも見て、みんなで寝て…ああ、これでもう一日終わりだね」
すると意識の高い人はまじめな顔で小市民に向かってこう言った。
「ロースクールで司法試験受験資格を取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、
勉強をするべきだ。 それであまった勉強は論証集にして売る。
お金が貯まったらもっといい予備校基礎講座を買う。そうするとモチベーションは上がり、知識も増える。
その知識で読める基本書を2冊、3冊と増やしていくんだ。やがて司法試験に合格するまでね。
そうしたらメルカリで論証集を売るのはやめだ。
自前の個別指導を開講して、そこに予備試験受験生を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな企業を出て和光に引っ越し、
修習地を経て、東京へと進出していくだろう。
きみは丸の内のオフィスビルで企業法務弁護士として昼夜を問わずバリバリ働くんだ。家族との時間は取れないだろうが、リモートもできるし、いざとなればシッターでも雇えばいいさ」
小市民は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と意識の高い人はにんまりと笑い、
「今度はシニアパートナーになって、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、小さな田舎町に住んで、日中は子どもと遊んだり、気の合う仲間とプロボノ活動でもして、夕方は家族と遊んで、夜になったら夫婦で一杯やって、映画でも見て、みんなで寝てすごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

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