生徒の希望を掌握する教師

小学校の修学旅行は、山登りか富士急かをクラス単位で選べた。私の希望は、富士急だった。

別に富士急がいいってわけでもなかった。ジェットコースターに乗ったこともなかったから不安だったし、ディズニーに行った時はイッツ・ア・スモールワールドを好んで何回も乗って満足していた子どもだったからね。あれは、一度に大量に乗れるから待ち時間も少ないし、それでいて世界観もBGMも楽しいし、速度による怖さもない。イツスモが至高。平和なのが一番なんだわ。

富士急に行ったら、ジェットコースターは避けて通れなさそうだ。そんな心配があっても、山登りは絶対嫌だった。私は、当時から太っていたんです。校外学習とかあったでしょ。町探検とか言って、班別に行動して何箇所かのチェックポイントを回って、どの班が一番にゴールできるか競うみたいな行事。あれが心底嫌だった。みんなの足手まといになるから。山登りだってそうなるに決まっている。だから、消去法で富士急を選ぶしかなかったってわけ。

山登りか富士急かは、多数決で決めることになった。結果、富士急が僅差で多かった。自分が挙手した選択肢が通ったことに安堵した。しかし、当時の女教師はそれを許さなかった。
「よく考えて。富士急のような遊園地はいつでも行けるけど、山登りをクラスのみんなで行く経験は今しかできないんだよ。大人になって振り返った時に、素敵だったなって思い出せるのは、きっと山登りだと思うよ。もう一度、多数決してみようか。」
私は、再び富士急に手を挙げた。最初の時より明らかに手の数が少ないことに気づく。先生に従順な女子たちが、希望を変えたのだった。いや変えさせられたと言うべきか。
「みんなわかってくれたんだね。」
山登りに決まって、笑顔になる女教師。その時の自分の気持ちを思い出すことはできない。でも、このクラスになってから理不尽な思いは何度もさせられてきた。ああまたやられたな、そう思っていたに違いない。

修学旅行のことを思い返そうとしても、全然思い出せない。かろうじて浮かぶのは、箱根で黒たまごを食ったことと、宿泊所で安室ちゃんが結婚したニュースが流れてざわついていたことぐらいだろうか。しかも、中2の校外学習も山登りだったし。小中も公立なんだから女教師は絶対知ってただろ。富士急に初めて行ったのは、同級生がたまたま誘ってくれた25,6の時。小学生のうちに行っておきたかったわ。

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