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テキレボEX ペーパー「紫陽花」

山吹屋の大河内一樹と申します。今回ご縁がありまして、テキストレボリューション様のイベントに参加をしました。今のこの時期に開催して下さり感謝しかありません。ありがとうございます。

2週間に及ぶ開催を通じて、こんなにも文章系サークルが多岐ジャンルに渡り活動をしていたのかと驚きやら興味津々やらで楽しみました。次回はリアル会場でのイベントを願っております。

山吹屋サークル紹介。
普段は本宅ブログと小説家になろうにて、物の怪やら陰陽師やらの和奇譚「猫屋奇譚」をアップしています。
他にも不思議の国のアリスをモチーフに時計ウサギやトランプ兵のファンタジー「ハート国物語」も並行して書いています。恋愛はbl仕様になっています。
イベントは夏冬コミケにエロイカより愛をこめて二次、へたりあ独日にて参加。オリジナルは春秋J.GARDENに昨年からはコミティアに参加をしています。

今回のテキレボEXは猫屋奇譚、ハート国物語、二次からエーベルバッハ少佐ファン冊子を登録しました。
初参加だったのもあり、webカタログで目に留めてもらえるか不安でしたが、思いも掛けずご注文を頂きました。心からお礼を申し上げます。

さて、わくわくおためしパックに参加しました。山吹屋始まって以来の大部数発行です!
ペーパーを手に取って下さった皆様。お初にお目にかかります。ご挨拶代わりに猫屋奇譚紹介と主人公の陰陽師橘の式である佐竹の小さな奇譚「紫陽花」を書かせてください。

猫屋奇譚紹介。
喫茶店猫屋を営む陰陽師の橘、恋人であり式である烏天狗の乾、猫屋店員の鬼の晴を中心に猫屋に持ち込まれる依頼や巻き込まれる奇譚に日々を費やしております。
発行本
・「月光の記憶」陰陽師橘と烏天狗との転生を巡る恋物語 
転生を待ち続けた やっと戻って来た貴方は 俺を覚えてくれてはいなかった
・「鬼狩り」絵を巡る双子の奇譚。
夢の中へと誘われた橘と晴。それは絵を巡る青年の願いと凄惨な事件を示唆する。橘は青年を助け、夢から離脱しようと策を講じていく。
・「半夏生」夏の怪談を集めた猫屋奇譚短編集。
いつもの猫屋とは趣を変えて、紺青に木之本など脇に居る彼らが主役となっています。
・「鬼の留守」マヨヒガをテーマに2人の青年と箱を巡る奇譚。
マヨヒガとも迷い家とも云われています。もう一度行きたいと願ってもそれだけは叶いません。でもその家に上がったのは本当ですし、一生忘れないでしょう。
・新刊「葉月 朱夏」
猫屋の橘はある青年から恋人である葉月を探して欲しいと依頼を受ける。それと共に式にし、刺青にまで入れていた蛇も一緒に探してくれと頼まれた。


【紫陽花】
「紫陽花を見てください。血を吸ったのに違いないです。だからこんなに赤くなってしまった」

「いいえ、最初からこの色ですよ。赤い紫陽花なのでしょう」

「紫陽花の下に死体を埋めたのです。水もなくこんな暑い下を埋められたのです」

「佐竹、死体なんてありません。黙りなさい。ああ、家の者に聞かれてしまいましたね」


猫屋。六月も中旬を過ぎたある水曜日。昨晩から降り続いていた雨も午後になりようやっと降り止んだ。
私は店の前に置いた水連鉢に浮かぶ紫陽花を摘まみ上げる。

「何処から来てしまうのか」

鉢は先日に依頼人から預かった。陰陽師組合からの紹介状を持ったその方は一度猫屋まで来た後に、私に自宅まで来てほしいと願い出る。

「涼しげで良いなと思いました。家の中でも金魚は飼っているし、何の不安もありませんでした」

期待は裏切られる。だが依頼人自身は嬉しいとも語った。

「冷たくて気持ちが良くて。僕は魚になり水連鉢を泳いでいました」

初めはただの夢であったらしい。だが夢の時間が現実を蝕みだす。朝になっても起き上がれず、家族が病気を疑い病院に連れて行った。何処も何ともない。家族に本人もひとまず安心をする。数日後、次は別の意味での不安を抱えた。

「朝起きると、身体がびっしょり濡れていました。いえ、何処が痛いとかはありません。ですが汗にしては多すぎて、お腹の上に紫陽花が付いていました」

得体も知れない不安に悩んだ挙句、相談だけでもと東京陰陽師組合に封書を送った。
摘まんだ紫陽花を手に店内に戻る。カウンターで冷珈琲を淹れていた晴が首を傾げた。

「また紫陽花なの。その依頼者も家に紫陽花なんてないって云っていたんでしょ」

「ええ、紫陽花に聞いてみるしかないでしょうね。晴君、そこの棚から袋を取って下さい。ええ、その金魚の餌です」

袋と紫陽花を持ち、私はもう一度水連鉢の前に戻る。
水連鉢は預かった後に清めて札を張り付けた。だが次の日の朝には紫陽花が浮かび、ひらひらと金魚の姿をして水中を泳ぎ回る。晴も珈琲はそっちのけで店の前に出て来た。

「さぁ、どなたか私に事の成り行きを話せる者は居ませんか。何故、見も知らない他人の水連鉢で泳いでいるのか」

ぱらぱらと金魚の餌を撒く。

「橘さん、何か見えてきた」

水連鉢を覗き込む。薄っすらと波打ちながらも、私が知っているある家が姿を現した。


それは、二週間は前になる。私は家に置いている式の佐竹を連れて買い物に出かけた。普段は青年の姿をしているが、元は黒出目金である佐竹は私が猫屋に出ている間や夜などは水槽で暮らしていた。

「ご主人様、僕も水連鉢に住みたい」

佐竹の手には近所のホームセンターのちらしがあった。夏に向けて水連鉢に水草なども売り始めたらしい。佐竹の金魚の餌を買いにしばしば出かけている店だった。

「ですが、佐竹にはアクリル製の水槽があるでしょう。水車も置いたじゃないですか」

「夏は水連鉢で泳ぎたい。水草も入れてご主人様も喜ぶ」

私は佐竹に甘かった。乾のように端正で私を愛してくれ非常に役立つこともなく、晴のように天真爛漫と悪評判になることばかり選んでしでかすでもなく。家事だけは頼めばしてくれ、時折りはお使いにも行ってくれる。
ただそれだけしか出来はしなかったが、私は佐竹を可愛いと感じていた。

「仕方がありませんね」

ホームセンターに行くならば、他にも色々買い物がある。佐竹にも夏用の服に金魚の餌も買い足さなければならない。エコバッグを持ち、二人して住宅街を抜けて店に向かい歩いていた時だった。

「ご主人様、こっちの道が良いです」

「佐竹は近道を知っているのですか」

「道が好きです」

まだどうにも会話が成り立たない。だがこの日はまだ暑くもなく梅雨に入る前で、私は散歩のつもりで先に歩き出す佐竹の後を付いて行った。

「この家をご主人様に見せたかったのです」

佐竹が立ち止まった。見せたいと云った家はどういう事も無い古い家で、ただ門の前に大きな紫陽花が植わっていた。

「紫陽花です」

佐竹が指さしたのは大きな青い紫陽花の後ろで小さいながらも咲き誇っている赤い紫陽花。

「これの下に死体が沢山埋まっています。ご主人様、助けてください。血が染まって紫陽花が赤くなっています」

「佐竹、そんな埋まっている筈がないでしょう。滅多なことを口にしてはいけません」

私はそっと周りを見回す。誰も居らず、佐竹の話など耳にした者など居ない、そう願ったがうまくはいかなかった。

「こんにちは。また見に来たの」

佐竹は「こんちわ」と云い、私は全身総毛立つ。家の者が居たようだ。

「紫陽花が好きなようでよく見に来ますのよ」

「そうでしたか。申し訳ございません」

思わず謝ってしまう。

「ご主人様、助けてください」

私とこの家の主との会話など佐竹には関係ないようだ。言葉を濁そうとした私に主の方から切り出した。

「ああ、その話ですか。紫陽花の下に埋めているんです。佐竹君はいつも気にしていましてね。良かったら、赤い紫陽花を持って行きますか」

一枝切って下さった。その時に私達とは別にもう一人居た。そうだった。玄関が開き、彼は家の者と話をしていた。

「紫陽花を一枝持っていかれませんか。今年が終わったらすべて抜いてしまおうと考えているんです。残していても仕方がありませんから」 

私が見た限りでは紫陽花はお世辞で褒めただけであって、そこまでの思い入れはなかっただろう。それでも目の前で一枝切ってもらい、彼は礼を云って立ち去った。
佐竹と家の主は赤い紫陽花が目の前で切られるのをどうすることも出来ずに見つめていた。


「晴君、このまま水連鉢を見ていてください」

スマホはカウンター後ろに置いたままであった。

「橘です。ええ、東京陰陽師組合の橘です。付かぬことを伺いますが」

依頼を受けた時、私は職種まで聞いてはいなかった。依頼主である彼は保険の外交員であった。家の主が亡くなり、保険金を残していた。それについて家まで来ており、家を処分する話も出ていた。

「ええ、あれ以来、身体が濡れてしまう事も無い。それは良かったです。お祓いが効いたようですね。水連鉢は私が処分いたします。また何か異変がありましたら連絡をください」

スマホを切る。依頼主にはもう何事も起きないだろう。
私達がこれから水連鉢を買いに行く話は佐竹が家の主に話していた。水を張り水草を入れて泳ぐんだと喜んだ。

「橘さん、佐竹が映っている」

私はあわてて鉢を覗く。家の主であった年老いた女性と佐竹が紫陽花を摘まんでは足元に落としている。
水連鉢に新たな紫陽花が浮き上がり、それは金魚の姿を成してひらひら泳ぎ出した。

「まさか、佐竹が原因だったとは。紫陽花の下に埋まっているのは金魚の死骸でしょう。云われてみれば玄関の横に使わなくなった水槽が幾つも捨てられていましたっけ。何匹埋まっているのか聞きに行かなくてはなりませんね。
主の女性もいつまでもこの世に留まっているとも考えられませんし、相続税で家を売ると云っていましたか。そこらへんも確認しないとですね
晴君、猫屋の留守番をお願いします。えっ、金魚に餌ですか。そうですね、あげておいてください」

金魚の数を聞いて、もしかしたら餌を買い足さなければならない。ここ数日見た限りでは紫陽花の姿を借りた金魚は二日間を目安に消えていった。

紫陽花の咲く家までは大した距離ではない。自転車に跨り、私は空を見上げる。また雲が空を覆ってきている。雨が降り出す前に帰って来れれば。

「行ってきます」

ポチャン
新たな紫陽花が浮かび上がった。

                        了

読了ありがとうございました。お疲れ様でした。
大河内一樹 山吹屋