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有能な怠け者は指揮官にせよ

人間は同じ状況が続くことに耐えられない飽きっぽい生き物なのだ。

怠惰、短気、傲慢は僕とって三大美徳である。

怠けることがなぜ美徳なのだろうか、怠け者ほど仕事をやりたくないので、どうすれば早く効率的に仕事を終わらせられるかを真剣に考えます。

働き者は多少のめんどくさいことがあっても、「体力」、「根性」で何とかしてしまうけれど、怠け者ほど面倒くさがって効率の良い別のやり方を考えようとする、そこから新しい発想が生まれたりするのです。

有能な怠け者は指揮官にせよ
有能な働き者は参謀にせよ
無能な怠け者にはルーチンワークをやらせろ
無能な働き者には一切責任を与えるな

ここで面白いのは有能な働き者よりも有能な怠け者の方が指揮官に良いというところ、

怠け者ほど他人に仕事を任せたりとか些細な事を気にせず大きな決断をすることができるから、上に立つ人間としてを向いているということ。

逆に一番良くないのは、無能な働き者で無能な怠け者より良い悪いとされてる無能な怠け者より悪いとされる。

無能な働き者がなぜ悪いのかと言うと、別に何もせずにじっとして良い時でもやらなくていい余計なことをして、事態を悪化させてしまうからです。

働き者というのはいつも勤勉に働いていないように見えるが、実はじっとしているのが苦手だから、常に何かをしているというだけだったりする。

家に帰りたくないから残業しているとか、やることがないから休みの日も仕事している、みたいな感じだ。

結局そういう場合の働き方というのは個人の趣味みたいなものだ、本当にその仕事が必要なのかという観点から考えて、本当はやってもやらなくてもそんなに変わらなかったりする。

怠け者は効率の良いやり方を考え出そうとする。

しかし働き者は体力と精神論で解決しようとする。

頑張るのが趣味な人はそれをやっていたらいいけど、みんながそれを真似する必要はない。

仕事をするために人生があるわけじゃなく、人生を充実させるための手段の一つが仕事であるに過ぎないのだから努力をすることは別に偉くないし無理に働く必要はない。

人間カナリア

昔は炭鉱に入って行く時に、カナリヤを籠に入れて連れて行った、

炭鉱には所々危険なガスが発生しているが、ガスの溜まっている場所に入ると人間より先にカナリアがガスを察知してぐったりして泣き止むので、その場所が危険だということが分かる仕組みだ。
人間の社会でも同じようにストレスに弱い人の方が、状況のおかしさを一番早く察知できる。

体力や精神力のある人は理不尽な状況でも結構耐えて頑張ってしまうけど、僕はそういう時に真っ先に終わるほうだ。

カナリアと違うところは籠の中でぐったりするのではなく誰よりも先にそこから逃げてしまうこと。

人間カナリアは本当に重要で、例えば社会的におかしな状況に陥っていても体力や精神論でまくしたてる人達はそのまま突き進んでしまうが、ストレスに弱い人が反応を示した場合にそのプロジェクトの方向性というものを考えます必要が出てくるのではないかと考える。


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