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読書ノート5 高橋憲一 著 「よみがえる天才5 コペルニクス」 (ちくまプリマ―新書) ★辛口


 まず,文体について.ちくまプリマ―新書は,「その道の専門家が、わかりやすくかみ砕き、しかもワンテーマで伝える入門書」(http://kaze.shinshomap.info/interview/editor/05/01.html) というのがキャッチフレーズですが,若い人向けに「わかりやすくかみ砕く」ことと,おじさんが上から目線でなれなれしく語るというのは違うような気がします.「ざんねんながら,ブッブーッ(不正解の擬音)」というようなフレーズを使うと,高校生が親近感を持ってくれる,というのはおじさんの思い込みです.それで「ブッブーッ」という文体に即して,かみ砕かれているかというと,認識論,新プラトン主義,ヘルメス主義,数値パラメーターといった用語が説明なく使われています.それを調べるのも主体的な探究のうち,と言われるかもしれませんが,「ブッブーッ」でいくなら,全体も難しい用語を使わずにかみ砕いていってほしいと思ってしまいました.

  本書では,プトレマイオスの地球中心説とコペルニクスの太陽中心説が数学的には等価であることを幾何学を使って説明していますが,プトレマイオス体系の惑星の運動に「全て太陽が登場する」から太陽中心説にいけるのだ,ですませてしまっています.等価であることを理解するためには,プトレマイオス体系において,内惑星の周転円の1つのの中心が地球-太陽を結ぶ線分上に固定されていること,および外惑星では,周転円の中心と惑星を結ぶ線分が地球-太陽を結ぶ線分が平行になりシンクロして動くこと,が重要で,これが太陽中心説における太陽を中心とした地球の公転を示すことを述べてほしいところです.プトレマイオス体系とコペルニクス体系の対応は文章で書くと分かりにくいですが,フレッド・ホイルの「コペルニクス」に前者を後者に変換する図がのっていて,高橋さんの説明よりも明快です.私の場合,高校生にこれを理解してもらうために,この図を実際に作図してもらっていました.

 本書の前半の山は,コペルニクスがなぜ太陽中心説を発想したか,という謎解きにあります.本書を購入したのは,この点について何か画期的な研究の進歩があったのかもしれない,という期待からでしたが,残念ながら通説の範囲内でした.後半の山で高橋さん自身が述べているように,コペルニクスは天体運行を数学の問題としてではなく,実体のある機械論のモデルとして考えていました.これが近代科学のさきがけとしてのコペルニクスのすごさなのですが,なぜコペルニクスが同時代の知識人と違って,この考え方ができたのか,というところが謎解きの肝になります.残念ながら本書は,その謎には答えてくれませんでした.高橋さんが書いている通り「天才だから」では,同語反復に陥ります.ポーランドからイタリアに出てきた若者が,なぜそのような考え方を身に着けることができたのか,を誰か教えてくれないでしょうか?


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