見出し画像

それでもメリークリスマスと言うよ

子どもの頃、学校で「先生さようなら、みなさんさようなら。」そう言って、毎日ぼくらは、さよならをした。いつしか、さようならと言わず、仲間と交わす「じゃあな」「バイバイ」「また明日な」になって、さようならや、さよならを言わなく言えなくなる。
そこには、さよならの代わりを覚えたぼくらがあるからかもしれない。愛おしくてたまらないから、あるいはそれさえも言いたくない言えない時の為に。

今年、ぼくの先輩が亡くなった。よく言われるけど、仕事を長く続けていると喪の場面も増えていく。
ぼくも、長く続けてきただけでなく、一緒にいろんなものを考えて作るために、何度となく旅をしてやっと出会った人のひとりの先輩だった。

遺影を見て驚いたのは、先輩と必ずぐでんぐでんになるまで呑んだ、殆ど誰も知らない小さな居酒屋のカウンターで、最初に買ったスマホでぼくと所謂自撮りした写真を、きれいにトリミングしたものだったからだ。

手を合わせて、目を閉じると
「あの映画のカメラ、アレはEOSかな。いい色だったなあ。」
から始まる映画の話。
「このあいだ舞台を観に行って、やっぱり生がいいな。」
からの、お芝居と舞台美術と照明の話。
音楽の話は、毎回いろんなアーティストを見つけて、
「アレ聴いた?」
「いやまだ.....。」
すかさずポータブルCDプレイヤーを出して、
「なあ、どうだ?」
いろんな会話が思い浮かぶ。

俺の名前を出せば、俺がいなくても呑んでいい。

そのボトルを幾人の人が呑んだだろう。ぼくもその一人にすぎないことは、別れの時に知った。

この季節、どこで調達するのか、円錐の尖った帽子とクラッカーを鳴らす笑顔。若い人の話を聴いて、頷くとずれる黒ぶちメガネ。

「さあ、もう一軒行くぞ!」
よれよれになりながら、深い夜の話をした。
クリスマスが憎いと思えた時も、
笑いに変えてくれた。

ボトルは、減ったら誰かが注ぎ足すことになった。

あの人がいたから、苦しくても笑った。

いつも空港まで送ってくれて、おおげさなハグをして、
「これは、あの映画感じだな。」
そう送り出してくれた。

ぼくは、まだまだ先輩の域まで達しているとは思えないが、そう遠くない先にボトルに書くかもしれない。

俺の名前を出せば、俺がいなくても呑んでいい。

いやっいなくてもって、ちょっとまだかな。

あの人が、若い人とこの季節呑む時に言うのは

F◯◯◯'◯ メリークリスマス!

また来年も、一緒に笑いましょう。

メリークリスマス。

2016年12月25日、東京の最高気温は10℃

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?