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カルマとは

カルマは、私達の意識を反射してくれるものです。カルマは単なる鏡であり、それ以上ではない。細胞には生命と死の全ての情報が入っています。例えば、先祖に対して何か起きたことは、私達の細胞に記憶として残ります。祖先のトラウマの記憶が私達の細胞の中に入ります。そして、なんらかの引き金によってその性質が反応として出てくる。

私達は、先祖達の記憶や過去世の記憶を体の中に保持しています。私達が先祖のカルマ自体をクリアにする必要はありません。しかし、細胞の中に残っている、カルマ的な記憶を除去する必要があります。

無意識であっても、細胞の記憶が意識的な脳に伝達されるということが全ての人間に起こっています。例えば、些細なことでも過剰に感情的反応してしまう。細胞は、もの凄いスピードで私達の人生に干渉してきます。

ネガティブな細胞の記憶は、私達の人生に干渉してくると、非常に不健康で気をそらす原因となりストレスが生まれます。気がそれるようなことやストレスがありすぎると、霊的成長の道を歩いていてもそこで一旦、中断してしまいます。

例えば、あなたのひいひいお祖母ちゃんが、ウサギが怖かったとします。これは今世で全く必要のない記憶です。本当はウサギが大好きなのに、ウサギの近くに行くと不安になってしまう。そんな記憶を持っていても、今世で役に立ちません。そういう必要のないネガティブな記憶だけをヒーリングで除去していきます。良い細胞の記憶はそのままで。

私達の人生でトラウマの記憶を解消したとすれば

その記憶を子孫に受け継ぐことがなく、子供たちも解消できる。そういう意味では、私達はご先祖様のカルマを持っています。受け継ぐけれど、自分の人生を通して解消、浄化してリセットし、新しい記憶のプログラミングが入るスペースを作り、体内を完璧な調和状態に創り出す必要があります。

ジャイナ経~ヒンズー経までカルマの起源があり、何千年もカルマを信じてきた文化があります。そういった文化は、記憶を保持する為に自分達の細胞にプログラミングしました。カルマを信仰しているどの宗教も一部しか正しくありません。残念ながら、文化同士はお互いのカルマに対する教えを統合することはしていない。ヒンズー経は、神がカルマをコントロールするとされています。しかし、そうではありません。

意識的に反応した時、意識的にジャッジした時にカルマが発祥する

嫉妬心があると、ネガティブなカルマができる。自分は悪いことはしていないと思っていれば、そこでネガティブなカルマは発生しません。ここでは、道徳心とは関係なくその人の信念、思い込みと関係してきます。

例えば、連続殺人犯がいたとします。こういう人は脳神経のレセプターがないので、自分のやっていることに対して後悔しません。つまり、やっていることに対して罪悪感がない。意識的な良心がない。自分がやっていることが間違っていると思っていない。だから、そのほとんどが捕まらない。

カルマがネガティブなものを反映すると思わない限り

ネガティブなもの反映しません。間違えを起こしやすいのは、スピリチュアルな人達が「誰かが歩んでいる道はカルマのせいだ」と言うことです。これは間違いで、そう言った人達のことを信じていると、その言葉に力を与えてしまう。

個々の道、独自の道を歩いていくことが大事

自分らしく内なるガイダンスに従って生きていく。不健康に気をそらすものによってネガティブな影響を受けないこと。不健康な意味であなたの気をそらすものがあるとすれば、健康な意味で気をそらす要因もあるということを忘れずに。自分がどんな道を歩きたいか、選ぶことが重要です。カルマによってどんな影響を受けるのか、あなたが選んでいいのです。他人があなたの人生を選ぶことはできません。

魂は、いろんな形をとって生まれ変わります

魂は、遺伝子的な計画の中で生まれ変わっていく。その人の生まれ変わった計画によっては、魂の目的がそれてしまう時があります。魂は、たった一本のDNAの計画の中でも何度も同じレッスンを経験することになります。このことを説明しているのはカルマの思想。元々、魂はパーフェクト!完璧であるように設定されています。しかし、人間の形態にはいろんな不完璧な部分があります。

多くの経験をしていくことで、集合的な意識体だった時に経験できないような独立した意識をもつようになる。集合的なソウルグループ抜きで、独立した意識のワンネスを経験する。個別の意識もいろいろなエネルギーの影響、同じエネルギーの影響を受けます。

そして、独立した意識はいろんな形の意識的な生命を経験します。独立した意識、魂達が人間の形態をとる時、物質的な存在でしかなかなか経験できないようなことを教える為に生まれ変わってきます。

独立した意識体は、神、人間の形をとった神と見られる時があります。また、そういった意識体は自分のことを神と言わないから、なかなか正体がわかりません。人の形をした神に、あなたは神ですか?と聞いても相手はなかなか答えてくれないでしょう。人の形をした神というのは、秘密のミッションをやっているスパイみたいなもの。エージェントみたいなもの。彼らは威張ったり、神だとは言いません。例えば、スピリチュアルな先生達が自分のことを大天使だとか、仏陀であるとか言っている場合、個別に悟りを得た存在ではありません。むしろ逆です。

人の形をした本当の神は、自分が神であることを自分達の近くにいる他の神達には言ったりはします。公の場やマスコミの前で決して言いません。こういった神々の存在達は、人間の中に適応したいのです。他の人間に劣等感を持って欲しくないのです。

なぜ、この話がカルマと関係してくるのでしょうか?

個別で悟りを得ていない自称神達は、コントロールしようとします。コントロールする為に、他人に偽りの考え方を植えつけようとします。そして、人間の形にプログラミングを埋め込んで、不完全の情報を未来へ受け継がせようとします。

しかし、真実は常に私達が求めるところにあります

自分がどんな道を歩きたいか、選ぶことが重要です。カルマによってどんな影響を受けるのか、あなたが選んでいいのです。他人があなたの人生を選ぶことはできません。私達が前進したいのであれば、90兆個の細胞の中にプログラミングされた、偽の情報だけをまずクリアにして浄化しましょう!

そうすると、宗教的なドグマや不平等から、自由で調和的な人生が生きられるでしょう。つまり、カルマを解消する為の一番大切なことは、ひとりひとりが自由なマインドをもつこと。自分は誰であるか、確固たる信念をもつこと。そして、他の人を受け入れること。

カルマの本質

空を見た時に、金色、銀色の小さな粒を見たことはありませんか?これがカルマです。こういった粒子は磁石のように肉体に引き寄せることがあります。多数のカルマは極小の次元なのです。5次元~5,000次元までに渡り、いろいろな次元がある。カルマは、私達が存在する3次元、4次元~複数の次元に送信されるもの。

その本質は粒子で、とても早く動き電気的です。粒の中に次元が入っています。粒子(次元)がカルマを通して投射される。そして、電気が体のエネルギーに反応すると、細胞の中のミトコンドリアが熱を発生します。

私達は毎日カルマの粒子の中を歩いている。慣れているので体はそれに気づいていない。しかし、目で見る方が簡単ですが、目で見ることには慣れていない。空を見ていると、ミクロの次元達が密集し凝縮したものが見える人もいるでしょう。ひとつの粒子は5次元のエナジーで、もうひとつは400次元のエナジーかもしれません。ちなみに、オーブはミクロの粒子が密集したものです。

カルマは悪いものではありません

もし、カルマはよくないものだという思想を持っていれば手放して下さい。カルマという言葉ができたのは何世紀も前のことです。それ以来人間はどんどん進化しています。カルマはエネルギーの粒子、創造の粒子。創造のエネルギーです。だから、恐れる必要はありません。エネルギーで瞬時のものです。その中にはいろんな次元があり、私達の周りや私達の中にもあります。

ある体験をこの人生で体験する必要があったら

何があっても体験することになるでしょう。なぜなら、それはあなたの道でありレッスンだからです。生まれてくる前にそれを経験すると決めてきたことを避けようとして、どんなにプロテクションしたり抵抗しても、それを経験するべきであれば、必ずこの人生で経験します。あなたのハイヤーセルフがそれを許可しているということです。だから、何も恐れる必要はありません。必ず、聖なる目的があるからです。だから、ハイヤーセルフの為にも、カルマについて新しい考え方、思想や視点を持って下さい。カルマは単なるエネルギーにしかすぎない、瞬時のものであるという理解。

私達の信念体系や思い込みによってエネルギーの影響は受ける

しかし、今という時代はどんなことでも起きて欲しいことは、何でも起こすことを創造することができます。カルマとは行動、行為。何も考えず動作をすると、ネガティブなエネルギーは発生しない。いいことをするとポジティブなカルマができる。何かを行動する時、何のジャッジメントもせず、ネガティブな思考がなければ、カルマも自由になっている。

いろんな宗派などで、カルマに対しての考え方がそれぞれ違い矛盾している為、なかなか理解しにくい。例えば、ある民族がカルマについてずっとある考え方を持っていたとします。すると、その考え方が世代ごとに細胞の中に溜っていきます。

カルマの話をしただけでそれが引き金となり

フォーカスしなくても、そういったカルマに関することが出てきてしまう。結局、細胞の中の記憶が私達から自由意志を奪っているということです。細胞の記憶の反応に基づいて生きていると、たとえ魂は自由であっても肉体は縛られている状態。

もし、あなたの魂がいつも故郷に帰りたい、こんなところにいたくないと思っていれば、細胞の中の記憶が自由な魂とは真逆で、矛盾しているからそう思っています。細胞によって縛られている。私達の今世の行為や行動は、魂の来世には影響しませんが、私達の細胞の中に記憶されるので、子孫の人生に影響を与えることになります。子孫の細胞にどんなものを残したいか、何を引き継がせたいか?

ヒーリングで、ネガティブな細胞の記憶を非活性にすることは

これから母親になりたい人、妊娠したい人にとっては特に最適です。お腹の中の胎児が生まれる前から再活性化することができるからです。ヒーリングは、母親が体験することはお腹の赤ちゃんも同時に体験し、いい影響があります。

ある宗教では、人間は親の罪をかぶって生まれてくると教えています。しかしこれは、間違った言葉を使っています。親の罪ではなく、親の細胞の記憶をもって生まれてくるということです。

カルマには哲学思想がくっついています。哲学思想は決して完全なものではありません。思想の枠内でいろいろ説明しているだけ。カルマという言葉には、ネガティブということが関連付けられてきました。カルマは、とてもポジティブなものでもありうるのです。しかしそこに至るまで、細胞をリセットしてバランスをとることが必要です。そうすれば、本来の細胞の中にコード化された情報がとれるようになります。

カルマをポジティブなものと捉える為に、霊的成長を阻んでいるDNAだけを非活性化する。そうすれば、思い込みや信念を解放し細胞がリセットされ、ネガティブな言葉を受けることがありません。

不協和音の波動は

細胞が上下に動き、円を描きながら浸透し、必要のないものを細胞からひっぱてくれます。不協和音の波動を、全てのヒーリングに使うと有効。ブロックがはずれて人は初めて癒されます。不協和音の波動・振動を送ると、脳が魂に何かを送信して、魂が相手に送信してくれます。これは、ハイヤーセルフとハイヤーセルフの間で電話をしている状態。インドの超越瞑想とは、いわゆる不協和音の領域に行くまで瞑想を続けます。その領域に入ってしまえば、カルマのネガティブな効果がなくなります。

人生というものは常に見方を変え、そして全てを受け入れていく

自分がいいことをしている時に、それをジャッジすると、世界が与えてくれる全てを受け入れることができなくなる。受け取ることができなくなるということ。100年前のご先祖が落ち込んでいる責任を、どうして子孫の私達が取る必要があるのでいうしょうか?影響を受けるかは、私達ひとりひとりが選んでいます。

カルマの思想は、人間のDNAの中に深く入り込んでいます。100年後、子孫が私達を振り返ってなんと思うか?自分探し、自分が何者であるか発見しなければなりません。魂はあえて、不完全な肉体を選びました。それは個々の目的を理解する為です。

世の中で教えられていることを再解釈する必要があります。カルマは意識を反映する方法ですが、無意識の意識を反映する方法です。結局はマインド、信念体系が大事。仕事仲間が、いつも意地悪や他人の悪口を言っていたとします。そういう人の行動ばかりにフォーカスしていると、そのネガティブな影響を自分の中に取り入れてしまいます。結局、カルマを制御しているのはマインドの意思です。

マインドの意思の力はとてもパワフル!

世の中には死んでしまうような状況の中、科学では説明不可能な状況で生き延びる人がいます。人間は体内に病気が入っても、体は拒絶する力を持っています。体がどんなに弱っていても、物凄いヒーリングエネルギーを送信する力があるということです。その為には、精神的な起立が必要です。

結局、体を癒すための周波数はマインドの力で作り出すからです。思い込みや信念体系を壊して下さい。それはあなた次第です。そうすれば、カルマに関しても、完璧な考え方の体系を取り入れることができます。

ヒンズー教では、ビシュヌやクリシュナの思考の神がカルマのカードを配ると言っています。しかし、魂も一種の思考の神です。もしくは神々です。神をどんな名前で呼んでもいいのです。ある種の信仰、ある種のエネルギーがあればいい。他人と同じような信仰をする必要もありません。

とにかくマインドを自由にして本当の自由を手に入れる!

そうすれば、人間であるという霊的な道を選ぶことが出来ます。光のなかだけでなく、闇の中に立つことができる。光と闇の両方を、愛で持って敬うことができます。そして真の許しが理解できるでしょう。許しは、ひとつの愛の形です。

人を哀れんではいけません。相手の気持ちに共感するのはいいことですが、相手を可愛そうだと思わないように。可愛そうだと思うと、新しい細胞の記憶をそこで作り出してしまうから。

過去世の記憶とは

脳には、記憶や感情をプロセスする部分があります。例えば、誰かが、あなたの頬をビンタしたとする。それによって感情的な反応を示します。脳は、その部分を記録し登録していく。また、ある名前を言ったら、涙が出てきてしまうとか。過去世の記憶も、個々の細胞に残っています。過去世の魂の記憶は、脳の一番古い部分でもある、脳幹の中の尾側「延髄」という部分に記憶しています。脳下垂体や松果体に繋がっている部分です。

過去世は体の全ての細胞に保管されている

無意識の状態で監視する脳の部分があり、これが延髄と呼ばれる部分。延髄は、心臓の鼓動を、定期的に、脈を打たせることを統治するところでもある。記憶は忘れる必要はありませんが、記憶にまつわる苦しみ・痛みだけをヒーリングで解放しましょう。

悪いカルマを今世に持ち越すことはありません

すべてのカルマは、いいカルマなのです。サンスクリット語で、karmanはやること・行為・行うを意味します。人生で、やりたいことを全部やる時間がなかった場合、次の転生に入る時に、無意識レベルで自分に罰を与えてしまいます。自分がカルマという考え方で、自分に罰を与えているのです。それを理解すると早く手放せます。いいこと・悪いことをきちんと評価することができれば、良い人生、満たされた人生を送ることができるます。

あなたがもっとも重要な過去世は今世です

過去世は、直線的に図ることはできません。私達はすべての転生を同時に描きながら、ランダムな順番で生きていきます。しかし、3次元に生きる人間は、過去、現在、未来と順番にみることしかできません。例えば、来世で、リンカーン大統領の暗殺を止めた場合、歴史が書き換えられ、今生にいる私達の記憶も、リンカーン大統領が暗殺された記憶が書き消されるのです。

これを理解するには、量子物理学や時間のパラダムについての本を読むと、タイムトラベルの概念が理解できるでしょう。すべての人生は、同時に起こっています。ただ意識している人生が今世だけ。他の人生を意識していないだけ。しかし、人間のマインドは順番に次系列でしか理解できないようになっている。

もし、すべての人生を認識できるとすれば、すべての人生が同時に起こる事になります。これは、多次元的な意識を同時に認識するということ。5万人にひとり、過去世の記憶を、今起きているかのように憶えている人がいます。人間は脳の89%は使っていません。記憶はあるが、今はアクセスできていないだけ。過去世回帰、催眠などは、その過去にアクセスして思い出しています。

脳は無限のハードドライブだと考えると、その中にはすべての記憶が貯蔵されています。アクセスできる記憶はその一部です。今生は、生きることを思い出している。脳が1+1=2と計算しているのではなく、憶えているのです。スピリチュアルなメモリーも思い出している。ということは、潜在意識が出てくると、英語が急に話せるようになるのかもしれません。時間の流れはランダムである。次の転生が未来ではなく、過去に生まれ変わるかもしれないということです。

すべての点と点が交わっている。マインドは、私たちが混乱しないように過去・現在・未来というように、直線にしてくれているだけ。過去の体験から、愛・美・悲しさ・怒りなどの多くの感情を学び、それを今世で使うことが私達の人生の助けになります。過去世で誰だったか、何をしたかが大事ではなく、それらの時代に何を学んだか、どうやって役立てていくかが重要です。

サイキックアタックは存在しない

恐れが根底にあれば、サイキックアタックを信じ、どんなエネルギーもサイキックアタックのせいにしてしまう。人は他人を責める傾向があり、自分の中に原因があることでも、目の前の人を責める方が簡単だからです。しかし本当は、痛みは自分の内側から起こっています。実は、サイキックアタックは存在しません。アタックを受けているという思考が浮かぶたびに、そのエネルギーが自分の中に入るのを許している。結局、マインドや見方次第。私達の信念体系が、ある信念を信じてしまうとずっとそこにしがみつくことになる。

サイキックアタックの正体

感情的なストレスがとても多い時に起こり、自分からエネルギーが吸い取られるような感覚を持ちます。その時は、誰か私のエネルギーを捕まえて引っ張っているのかなと本当に思います。結果何であったかというと、自分の魂が注目を得ようとしてやっていた。まだ乗り越えていないレッスンがありますよ〜、まだバランスが取れてないですよ〜、まだクリアにしていないですよ~、そういうことを自分に気づかせるために、自分の魂がやっていたのです。要するに、自分の中でバランスの保ち方、自分の内側の鏡を見せてくれていた。

どうやって、サイキックアタックから守ればいいのでしょうか?

答え「守らない」!プロテクションする行為そのものが、恐怖をあらわしているから。私たちの自由意志に対して、より強い権力を持っているのは誰でしょうか?ひとりひとりに与えられた、自分の自由意志を取り戻せばいいだけです。自分のパワー、自由意志を取り戻すことによって、ガキ大将にいじめられなくてすむということです。

サイキックアタックみたいに感じてしまうひとつとして、太陽フレアの活動があります。太陽フレアが活発になると、サイキックアタックのような感覚、具合悪い、ズレてるな、何か囚われてしまったと感じ、自分が機能できなくなります。

サイキックアタックのようなものを感じたら、まず、最初に始めた自分の純粋な意図が、いまだに自分の意思が純粋であるか、それを見直してみる。目標を見失ってもいいのです。そうしたら、また自分の道を

カルマアタックとは何か?

カルマのアタックの攻撃は、とても面白いです。それは、私たちカルマというものがあるからこそ起きるのです。私たちは、ある意図を設定します。その設定の境界からはずれてしまった時に、カルマが起きます。

例えば、弁護士さんを例にあげます。弁護士というのは純粋に無罪の人を守りましょうという、意図を持ちます。でも、そういう人が有罪の人を守ろうとすると、カルマの攻撃が起こります。最初は無罪の人を守るために弁護士になった。それが有罪の人を守る形になってしまった。そうすると、不安感やアタックを受けるわけです。

例えば、亡くなったシルビア・ブラウンという、1時間900$の世界的に有名なサイキックの方の話。1970年に、彼女はとても純粋な意図があって、スピリチュアルなことを人々に知ってもらいたいと思っていました。ラジオ番組を始め、多くの人をたくさんヘルプしていました。純粋な神のエッセンスを呼吸していました。

ただし、もっと欲しいという、喉の渇きのような欲望が生まれました

そして、彼女は本を書きました。本はとても純粋な本です。もう一冊書きました。それもとても純粋な本です。そして、他のスピリチュアルな人と、本を書く競争に入ってしまった。そうすると彼女のパワーは、どんどん減っていったのです。それがカルマアタックです。

最初、それは純粋な意図で始まった。そこから、ビジネスになって、もっと欲しくなって、誰がよりいいかというビジネスに入ってしまった。そして、その息子さんは、お母さんが有名なサイキックだったが為に、受け継いで自分は素晴らしいサイキックなのだと純粋さが全くかけた形で、高額のリーディングをしていました。スピリチュアルなことでお金を儲けること悪いと言っているのではありません。与えること、受け取ることのバランスが必要です。

彼女はとてもピュアな想いでスタートしました。そのうちどんどんファンタジーを売るという方に変わってしまった。彼女はファンタジーな方に売ってしまわなければ、純粋なままずっと生きていれば、どんどん元気になってパワフルになって、100歳以上生きていたかもしれません。

私たちの意図が、常に純粋な状態で維持できているか?

をチェックする必要があります。自分自身に問います。自分自身が誠実誠意をもって生きているか?一番最初にスタートした時と同じような純粋な気持ちかどうか?

自分の人生を振り返る時、自分の人生の中のモチベーションとなっているものは何か?それを再び認識していく。モチベーションがプラスのものなのか、マイナスのものなのか?中立なものなのか?それを見直していく。プラスのモチベーションは、遥かに先に進める力があります。

そして、人を変えることができないことを受け入れなければなりません。もし、私の家族が私を引き下げようとしたら、その人は私の家族ではありません。もし、友達が私を引き下げようとしたら、完全に友達から削除です。いつかこの人は、いずれよくなるだろうという想いで、そういう人たちのまわりにいることはもうできません。他の人の痛みを元に、自分を生きることもできないのです。

あなたの人生の中で、本当に気になって邪魔をしている人、あなたを傷つけている人がいるとしたら、その中間点、中和点、解決方法が全く見つからない場合、その人から立ち去るしかありません。壁に何度も頭をうちつけながら、この人はいずれよくなるであろうと希望を持つ必要はありません。

ネガティブなスピリット
本当にネガティブなスピリットだったら、それはただ波動が低いだけ。エネルギーワーカーは、高次の波動を持っているはずですから、高次の波動をもつヒーラーにどうやってくっつくことができるのでしょうか?

波動の低いスピリットが、高次の波動をもつヒーラーにくっつくのであれば、結局、そのヒーラーさんはそんなに波動が高くないということです。ネガティブな存在は、精神的に不安定なエネルギーからエネルギーを得てきます。

ただ、エキスパートのヒーラーさんでも、不均等なエネルギー交換が行われると、くっついたエネルギーで病気に似た症状が出ることがあります。でも、自分の中に一旦入ったら、自分のせいであり、それをくれた人のせいにすることはできません。なぜなら、この人にネガティブなエネルギーをもらったといって、その人を責めるとそのネガティブなエネルギーが増幅されてしまいます。

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