スケッチブックに浮かぶ自転車

 電車に乗るまでの道が、こんなに長いだなんて、私は
初めて実感したかもしれない。右手に持ったニ脚の折り
畳み椅子が肘を伸ばし、堅くなった指ごと腕を持ってい
って仕舞いそうになる。左肩には、スケッチブックと絵
の具。画材も私の肩を壊す気満々の様だ。
 でも、私はこんな逆境に負ける訳にはいかない。今日
は諸手を振って、あの場所にまた行けるんだから。

 朝、目を覚ますと、ベッドの横には動き始める直前の
目覚まし時計が私を見つめていた。威張り散らした様に
仁王立ちしている目覚まし時計の頭にチョップをする。
私は起きたから、貴方はお休み。
 何故、学校がある日は朝起きる事が出来ないのに、学
校が無い日に限って気持ちよく起きれるのだろうか。体
の防衛本能とでも言うのだろうか、その存在が学校を拒
否しているに違いない。
 私は体を起こし、頬をパチンと叩く。今日は下らない
事を考える為に早起きした訳じゃないのだ、ベッドの上
から飛び出すと、私は今日の準備を始めたのだ。

 スケッチブックを棚から取り出す。軽く開いて見ると、
キャラクタ原案なんかが沢山描いてあって、最初のペー
ジのキャラクタは随分とまぁ、恥ずかしい物だ。真新し
いページの最後には、先月あそこに行った際に書いた風
景画が数枚書いてあった。今日は、その風景画を増やし
に行くのだ。学校用の鞄から筆箱を取り出して、スケッ
チブックと一緒に画材を入れる為に買った大きな鞄に詰
め込む。
 さて、次はメインディッシュだ。言葉を間違えてると
思うけれど、この際それは抜きにしようと思う。奮発し
て買った水彩絵の具のセットを鞄に入れる。絵を描き始
めた頃に、これが有れば、私は無敵になれると信じて買
った私の秘蔵の画材。だけど、実際は水彩画なんて小学
校の時に授業で触った位で、良い物を使えば良い物が作
れる訳じゃないって言う高い授業料を払っただけだった。
でも、今は違う、そう思いたい。今日は愛用しているコ
ピックちゃん達には休んで貰おう。貴方達のお姉さんが
初めて活躍するんだよ。
 最後は、私が座る用と、画材を置く用で折り畳みの椅
子をニ脚。海に入ってから履き買えるために、サンダル
も用意する。これで完璧だ。

 秋だと言うのに、私は熱気に溢れていて、残暑のせい
で部屋も熱気に溢れていた。日焼け対策で、麦わら帽子
も持って行こうと思ったんだけれど、持って行くまでが
少し恥ずかしいので、それは止めて置く。電車が無けれ
ば普通に被って行けるのになぁ。
 さて、眠りに付いた目覚まし時計を見る。時間は10時
前、それはとても素敵な時間帯だ。
 昨日、寝る前に準備が出来なかった原因である、読み
かけの小説を、枕の横から取って、鞄に入れる。これが
最後の荷物になる。小説が最後の荷物になるって言うの
はちょっと格好が良いかもしれない。今度そういう漫画
を描いて見よう。

 荷物を持ち上げると、以外も何も、普通に重い。ちょ
っと荷物を少なくしようかと思ったけれど、まだ持てる
重さだ。
 玄関まで荷物をガチャガチャ持って行き、ブーツを履
いていると、お母さんが小包を持ってきた。安田のお爺
ちゃんに合ったら渡して欲しいと。
 これで、最後の荷物が小説から、お菓子の包みになっ
てしまった。これじゃあ昭和のホームドラマじゃないの。
見た事無いけど。

 という訳で、朝からの回想で逃避してしまう位に、私
はクタクタになっていた。持つだけなら問題ない重さと
持ち続ける事が可能な重さの違いっていうのを理解して
人間レベルが1上がったよ。ばばーん。
 画材の荷物と椅子を入れた袋を地面に置いて、座り込
む。空を見上げると、町全体にスポットライトを当てて
いる様に、太陽はギラギラと光を放つ。まさか次の季節
が冬である事なんて太陽は知らないんじゃないだろうか。
誰か教えてあげてよ。

 手の痺れが少し直った所で、気を引き締める。立ち上
がると、無理に立ち上がったからか、少し眩暈がしたけ
れど、気にしない事にした。私は悲しいかな華奢なのだ。
可憐であるなら良いのだけれど、ただ体がたまに付いて
来てくれない。男の子だった良いのになぁと思う日も有
ったけれど、何時も違う方向へ脱線する。なので、今日
は男の子になれたら妄想はここでお開きにしよう。

 荷物を持ち上げ、歩き始める。次の角を曲がれば、大
きくて無駄にモダンな駅が見える。目的地が見えちゃえ
ば気分は凄く楽になるし、そのまま勢いで到着できちゃ
うものだ。
 案の定、単純なのかどうなのか、駅を見つけてからは
あっという間だった。駅の構内に入ると、涼しげな空気
が私を包み込んでくれる。
 切符を買ってホームへ出ると、また外の熱気が私に襲
い掛かってくる。けれど、タイミング良く電車に乗れた
ので、また当分の間は熱気とはおさらばだ。それだけで、
なんだか今日は良い日だと思える。安い女だね、私は。

 電車に乗る時は、必ず一番車両の一番前、右側の席を
陣取る。通学でも遊びに行く時でも、場所は同じ。自分
でも特別拘りが有る訳じゃないんだけど、気が付いたら
そこが私の座る場所になっていた。
 休日のこの時間なので、立つ事を覚悟していたけれど、
運良く私の定位置は誰も座っていない。荷物を脇に置い
て、少しの休憩タイムだ。後は電車に揺られていれば目
的地までワープ出来る。
 鞄から読みかけの小説を取り出し、栞の挟まっている
ページを開いた。ええと、そうだ。オモイデ教の本部が
これから攻撃される直前だ。物凄く盛り上がる所で睡魔
に負けて栞を挟んだんだった。
 ドキドキしながらページを捲る。私もなつみさん見た
いな綺麗で神秘的な女性になりたいなぁ。今からちょっ
とそういうキャラ作りで行ってみようかな。
 そんな、下らない事を考えていると、電車は私の生ま
れ住んだ町まで到着した。

 電車を下りると、私の街で感じていた熱気が嘘の様で、
涼しげな世界が私を待っていた。頬を撫でる風は心地良
く、少し潮の臭いがする。そう、私の目の前には、海が
広がっている。それもポッカリと穴が空いている様に。
 ここは、もともと海じゃないのだ。ここが私の産まれ
た街、育った街。
 今の街に移動した頃は、温暖化の影響で水かさがどん
どん増えていた時期だった。街の回りは土手で守られて
いたけれど、移動勧告が国から出た半年後、土手が崩れ、
一瞬で私の街は水浸しになった。
 ここは私の思い出が一杯詰まっている街だ。だから、
水浸しになった街を始めて見た時は、悲しくて泣いちゃ
った。でも、今は違う。此処で過ごした時間よりも長い
時間を今の街で過ごして理解したのだ。
 新しい街で一番最初に遊んでいた公園はもうマンショ
ンになっちゃったし、転校した学校も気が付くと合併し
て、校舎が一旦取り壊され、大きな学校に生まれ変わっ
た。
 街はどんどん変わり、進化していく。それは当たり前
なんだろうけれど、思い出の場所が無くなる事を悲しま
無い人間なんていないのさ。でも、ここは海の下になっ
てから、何も変わらない。保存された街になった。

 あぁ、もう。ストイックじゃなくて、ええと、センチ
メンタルになる為に此処に来たんじゃないのよ。私は創
作に来たんだ。
 良く考えると、前に絵を書いた場所までは、自宅から
駅までの長い長い距離の倍くらいあった。でも、海を見
てからは、なぜだか疲れが出て来ない。気分が高揚する
と、体も付いてきてくれるのだろうか。

 道が途切れる所まで来ると、私は以前の経験を活かす
為に、サンダルへ履き変える。これで水に濡れても問題
無いのだ。

「あ」

 つい声に出してしまう。迂闊だった。お気に入りのワ
ンピースで来てしまったので、丈の長いスカートが、も
う少し濡れてしまっていた。お気に入りなのになぁ。仕
方が無いので、シワが付くのは嫌だけど、スカートをま
とめて太ももの位置で縛る。これでどれだけ水かさが上
がっても大丈夫だ。
 ワンピースだったのに、変なタイトスカート見たいに
なってしまった。太腿が見えちゃうけれど、どうせ人に
合ったとしても安田のお爺ちゃんだけだと思うし問題は
無いと思う。そう思う事にしよう。

 遠くに、赤い三角屋根がひょっこりと見えた。目的地
に到着した合図だ。同時に重い荷物から解放される瞬間
でも有る。画材の入った荷物を、前に来た時と同じ様に
木の枝に引っ掛けて、椅子を広げる。今日は道具置き様
のサブ椅子も有るのだ。
 椅子に座ると、思っていたより体に疲れが溜まってい
たのか、少しの間休むまで動けなかった。

 うん、でもここは本当に良い。自分の故郷だからって
言うのも有るけれど、それが無くてもここは良い所だっ
て皆思っちゃうだろう。
 椅子から立ち上がり、枝に引っ掛けている鞄から、ス
ケッチブックと秘密兵器を取り出す。妙に無骨で芸術家
臭のする木の箱に筆と絵の具とパレットと、本当に一式
が入っている。まぁ、当たり前なんだけどね。

 水入れに足元にある水を掬って入れる。ここでは水の
心配は無さそうだ。
 12種類の一度もあけていない絵の具達は、キラキラと
光って見える。ここにはイーゼルも画板も無いので、サ
ブ椅子の上にパレットと水入れ、絵の具を置いて筆を一
本取り出した。

「本当に画家になった気がしちゃうな」

 嬉しくて声が漏れる。たぶん、顔も相当緩んでるんだ
ろう。誰も居ないから緩みに緩ませちゃおう。
 青の絵の具をパレットの上に置いて、水を含ませる。
絵の具の色の正式名称が、なんだか聞き覚えの無い名前
ばかりで、ファンタジーゲームとか小説の魔法とか必殺
技見たいだった。素直に青とか赤って言えばいいのに。

 スケッチブックを開き、以前此処で風景を書いたペー
ジを見つける。まずはこれに色を乗せよう。パレットの
上に置いた青を筆で取り、早速色を乗せていく。
 空や、海からひょっこり出ている建物の屋根や顔。私
の家の赤い屋根、そして浮いてる自転車。

「うん、おかしいよね。自転車は」

 冷静に自分に突っ込んでしまったが。なんで自転車が
あそこに浮いてるんだろう。たしか、安田のお爺ちゃん
の家に近くだと思うんだけれど。

「あ、嘘。人だ」

 自転車をまるで浮き輪みたいにしながら、人が泳いで
る。たまに海の中に潜っては自転車の浮き輪に帰って来
る。何をやってるんだろう。まさか泥棒なのかな。
 そう思い始めた途端、怖くなって来る。どうしよう、
私みたいな華奢で可憐は言いすぎかもしれないけれど、
割と良い線行ってると思う私が男の人に襲われちゃった
ら。
 次のコミケにはもう行けないのかな、お母さんごめん
ね、勝手に冷蔵庫のプリン食べたの私なの。

「ぶあぁ、水飲むときついな」

 体が一瞬ビクッと跳ねる。自分の世界に入っていたら
目の前に水浸しの自転車男が現れた。しかも上半身裸だ。
驚かない訳がないよ。どうしよう。

「わ、私何も持ってません、何もしませんから」

 声が震える。こういう時どうすればいいんだろう。
 自転車男は私を見ると、途端に大げさに笑い始めた。

「君、思いっきり勘違いしてるよ。俺は山賊でも海賊で
 も無いって」
「ふぇ?」

 私は涙目になっちゃいながら、変な声を出してしまう。
それじゃあ、なんなの?

「えっと、旅人って言ったら笑うかな。こいつと二人で
 北海道から此処まで来たんだ。面白くなって此処で泳
 いでたら、知り合いが出来てね。その人に世話になっ
 たから。頼まれ物を探してただけだよ」

 はぁ、旅人さん。

「って、北海道からってここ何処だと思ってるんですか」

 上半身裸の旅人さんは、ケラケラ笑いながら

「別にどこでもいいよ。最終的に家に帰れれば。それに
 君だって人の事言えないんじゃない?こんな所で絵と
 か描いちゃって。やたらセクシーな格好してるし」

 言われて気がついた。描きあがった絵を見せるのはも
う抵抗が無いけれど、描いている最中の絵ほど人に見せ
たくない物は無い。それに、あぁ、こんな恥ずかしい格
好まで見られちゃうなんて。

「はぁ、今日は素敵な日になると思ったのに」

 落胆する私の横に、上半身裸男はバシャっと水なんて
気にしないで腰を下ろす。男は自転車につけてるバッグ
から、水筒を取り出した。なんだか妙に可愛げの有る水
筒で、ちょっと面白い。

「君さ、なんか食べる物持ってる?」

 水筒は可愛いけれど、この人は可愛くない。でも、言
われてから気が付いたけど、私も朝ご飯を食べるのを忘
れてここまで来てしまっていた。

「食べ物あったら、このすっごく美味しい珈琲を分けて
 あげよう」

 そういうと、水筒から湯気の立つ暖かいコーヒーをキ
ャップのコップに注ぎ始める。なんて魅力的な提案なん
だろう。でも、食べ物なんて持ってきていないし。

「あ、そうだ」
「お、なにか食べ物あるの?」

 木の枝に引っ掛けてあった鞄を探ると、朝お母さんか
ら貰った包みが出てくる。中身はお饅頭だった。

「饅頭と珈琲、これはもしかするともしかするかもね」

 男の人は一人でうんうんと首を縦に振ってるけれど、
これ安田のお爺ちゃんに渡さなくちゃ行けない大事なお
饅頭なのだ。

「ごめんなさい。これは私のじゃないの。人にあげる為
 に持ってきた物だから」
「人ってここで?」

 怪訝な表情を浮かべているけど、それもそうだ。こん
な所に来る物好きなんて普通は居ないと思う。

「うん、ここのに住んでた頃にお世話になったお爺ちゃ
 んにあげようと思って」

 そう言うと、男の人はニコニコしながら、マグカップ
を自転車のバッグから出して、珈琲を入れて私にくれた。

「あげれないって言ったよ?」

 まだニコニコしながら、今度は湯のみをサイドバッグ
から取り出した。いくつ持ってるんだろう。

「それなら大丈夫ですよね、安田さんもそう思うでしょ?」

「え、嘘」

後ろを振り向くと、前あった時と同じ様に椅子に座り釣
竿を海に向かってたらしていた。

「もう、びっくりさせないで下さいよ。何時から居たん
 ですか?」
「はは、ごめんね。健太郎君と話してたから、邪魔をし
 ない様にと思って。こっちはこっちで楽しんでたよ」

 はぁ、前にも同じ事を言われた気がする。

「ああ、安田さん。頼まれてた物はもう無かったっすわ」
「そうかい、仕方ないね。君に上げたかったんだけど、
 無いなら仕方ないかな」

 え、俺のためだったんすか。なんて健太郎という人と
安田のお爺ちゃんがすっかり話込んでる。すっかり絵を
描く空気じゃなくなっちゃったけれど、安田のお爺ちゃ
んの言った通り、これはこれで良いかもしれないな。

「そうだ、早苗ちゃんの娘さん。この子健太郎君ね」
「ども」

 突然話の輪が私の所まで広がって、準備が出来てなか
った私は、健太郎さんにつられて、どもと言い返してし
まった。はぁ、乙女度がどんどん下がっていく気がする。
 まぁ、いいか。ここだけは。

「そういえば、安田のお爺ちゃん。健太郎さんに何を探
 して貰うってたんですか?」

 安田のお爺ちゃんは湯のみの珈琲を一口飲むと、ゆっ
くり目を瞑って微笑んだ。

「僕の思い出かな」

 そう言うと、健太郎さんは真面目な顔で安田のお爺ち
ゃんを見る。

「先週、だったよね。僕と健太郎君が会ったの」

 そうです、と健太郎さんは頷いた。

「早苗ちゃんの娘さんも、同じ事思ったんだろうけど、
 僕も初めてここで健太郎君に会った時は驚いてね。話
 をしたら直ぐ悪い子じゃないのが解ったけど。それで、
 折角ここで出会ったんだから、何か上げたかったんだ。
 健太郎君の為にもなるかもしれないと思ってね」

 お爺ちゃんの話を聞きながら、少し温くなった珈琲を
一口舐める。苦かったけれど、ほんのり甘い気がした。

「健太郎君、言っちゃって良いのかな?」
「いいすよ、減るもんじゃないですし。今は増えるもん
 の方が多いす」

 健太郎さんの言葉で、安田のお爺ちゃんがまた微笑ん
だ。

「健太郎君ね、記憶喪失みたいなんだ」
「え、記憶喪失?」

 健太郎さんを見ると、なんだかむず痒い顔をして頭を
掻いてる。

「だから、旅をしてるみたいなんだ。だから、僕から僕
 の記憶っていたら変だけれど、それを渡したかったん
 だよ。健太郎君もさっき言ってたけど、減りはしない
 けど少しの足しにはなるかなと思ってね」

 安田のお爺ちゃんは照れたような顔をして、海を見つ
める。健太郎さんもそれに習って海を見つめていた。

「北海道で記憶がなくなったのかよくわかんねぇけど、
 そこから始まった事しか覚えてないんだ。だから、ち
 ょっと飛び出してみた」

 ちょっとで住む距離の旅じゃないのは間違いない。そ
もそも、北海道から此処までで、どれだけ距離があるか
解ってるんだろうか。

「記憶が戻る見込みとかって有るんですか?」
「有るだろうし、無いだろうさ。飛び出してから5年経
 つけど、なんも昔の事はわかんねぇ。でも、こういう
 事してたら、安田さんみたいな人に合えるから楽しい
 んだよ。後、さっき言ったけど。最終的に家に帰れり
 ゃ良い。本当の家に」

 あ、と声が漏れる。凄く適当に言っている言葉だと思
って居た事が。実は凄く重い物だって、今は理解できる。
 想像も付かない、記憶を失ってからいきなり外へ飛び
出して。いつか家に帰れれば良いだなんて私は言えるだ
ろうか。

「ああ、ごめんよ。そんな深く考え込むなって。それよ
 りさ。安田さんも居るんだし饅頭食べない?」

 この人の株が落ちる音が聞こえる。まぁ良いか。セン
チメンタル分はもう必要ないかもしれないんだから。
 マグカップをサブ椅子の上において、お饅頭の箱を開
ける。私と安田のお爺ちゃんと健太郎さんに一つづつ。
もう冷めてしまった珈琲を飲みながら、海の上で良く解
らないお茶会をした。
 途中、健太郎さんにスケッチブックを取られ、恥ずか
しい絵を見られてしまったが。健太郎さんは、真顔で上
手じゃん。なんて言うので私も少し良い気分になったり。
調子にのって、俺も描いてくれよだなんていいながら、
健太郎さんはポーズを取り始めたので。

「その格好のまま1時間止まって下さい」

 なんて言うと、直ぐに止めたと言い、最後のお饅頭を
食べた。

 気が付くと、日が傾き始め、海と私の生まれた街は薄
い朱色に染まり初めていた。
 私は開きっぱなしだった水彩セットを片付け、健太郎
さんは私や安田のお爺ちゃんが飲んでいたマグカップを、
海の水で濯いでからタオルで軽く拭いて、自転車のサイ
ドバッグにしまっていた。
 安田のお爺ちゃんも釣竿を纏めていた。最後までその
釣り竿はピクリとも動かなかった。本当にお魚いるのか
な。

 海の水が来なくなる場所まで来ると、私は足を綺麗に
拭いて靴下とブーツに履き買える。サンダルはビニル袋
に入れて、家に帰ったら洗おう。
 駅の前まで、健太郎さんが荷物を半分持ってくれたの
は本当に助かった。駅で二人と別れると、健太郎さんと
安田のお爺ちゃんは二人で家へ帰って行く。今は安田の
お爺ちゃんの所でお世話になってるって、お茶をしなが
ら聞いたのだ。

 二人が小さくなるまで見送ると、駅の中へ入る。海の
方を振り返ると、もう真っ赤に染まっていた。
 切符を買って、電車を待つ。地元の電車は頻繁に来る
けれど、ここの電車は一時間に一本しか走っていない。
次の電車が来るまでの間、クライマックス直前の小説を
読もうと思ったけれど、余韻が消えちゃうと思ったので
小説はまた明日に回そう。

 スケッチブックを鞄から取り出す。半分しか色が塗れ
ていない私の故郷。筆箱から鉛筆を取り出して、安田の
お爺ちゃんの家の近くに、浮かんでる自転車を描き足し
た。

 満足した私は、電車が来るまでの少しの時間、スケッ
チブックを抱きながら、居眠りをした。
 起きた時、これが夢じゃない事を少し祈って。

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