跡部景吾に向き合う

いまや日本中誰しもがその存在を知っていると言っても過言ではない存在になってきた跡部景吾。テニスの王子様という枠組みをこえて「跡部景吾個人」として某CMに出演したことでトレンドを席巻していたことは記憶に新しい。CM用の衣装と口調で言葉を紡ぐ跡部景吾は、まるで実在するひとりの人間のようで、漫画やアニメというコンテンツの持つ底知れないパワーを感じさせた。これぞハッピーメディアだなあ!テニスの王子様は、私にとってさながら実家のようなコンテンツである。ドンドンタン…ドンドンタン…

さて、私は跡部景吾のことを跡部様と呼ばない。これは跡部景吾という人間に誠実に真正面から向き合うために、自分に対する戒めとして勝手にひっそりと徹底してきたことだ。

私は兎角想像力逞しいタイプなので、どうにもオールラウンダータイプ(ここではテニスのプレイスタイルの話ではない)のキャラクターを万能と考えがちだし、特に少年少女と呼ばれる年齢のキャラに対してまるで大人のような振る舞いを期待してしまうこともしばしばである。つい、神格化したり、超人化してしまったりする。漫画やアニメのキャラクターたちが年齢よりも大人びていたり人間として完成していたりするのもあるが、そんな時ふと、あ、この子は中学生だった、高校生だった、と我に帰ることがあるのだ。めちゃくちゃすごいあの子だって、あの子だって、あの子だって、学校で先生に叱られたり、友達としょうもない遊びを発明したり、家に帰れば親に怒られたり、おばあちゃんにお年玉をもらったりする。水泳の授業で水着になるのが嫌だったり、先生の話を聞かず柔道場で畳の目を数えたり、真夏に流れるホラー番組のCMにびっくりしてお茶をこぼしたり、帰り道犬に吠えられたり庭で蚊に噛まれたりもする。かっこいい・可愛い・すごいところばかりではない、生きていれば幾度となく経験するちょっと恥ずかしい・気まずい・かっこ悪いところも、絶対に絶対にたくさんあるのだ。

跡部景吾というキャラクターはとても不思議で素晴らしいキャラクターだと思う。もちろん、賢く聡明で、テニスプレーヤーとして指折りの実力者であり、ストイックな努力家、氷帝200人の部員の頂点に立つカリスマ性を持ち、眉目秀麗おまけに声もよい(なんてったって諏訪部順一氏である)ときては、非の打ちどころがないように思えるがそうではない。こんなところのこんな文章を読みにきてくれるみなさまならご存知かと思うが、全くもって完全無欠ではないのだ。不遜で、好戦的で、プライドが高くて、口が悪くて、時々ズレてる。言語センスも独特である。ハッハァー!

にもかかわらず、跡部景吾は、"完璧"なのだ。その不完全さが完璧なのだと思う。何を言っているんだコイツはと思われたと思うが私もそう思う。何を言っているんだ私は。おそらくこれは、ハッピーメディアクリエイターこと許斐剛先生のキャラクターメイクの賜物だと思うが、人間として不完全だからこそキャラクターとして完璧なのだと思う。田中芳樹先生の著作『創竜伝』で、茉理ちゃんが「欠点をこそ人は愛する(意訳)」というようなことを言っていたと記憶しているが、全くその通りである。

跡部景吾の名言は多々ある。例えば、ゲームのセリフではあるが、「氷帝200人の部員の期待はプレッシャーではないか」という問いへの返答が「期待は誇り。それを重荷と思うやつは器ではない」。これはTwitterでバズっていたので目にした人も多いだろう。しびれません?この境地に至るまで、彼はどんな研鑽をつんできたのでしょう。漫画本編のセリフでも「俺様と共に全国について来な」というものがある。跡部景吾は、自分の背負うものの重さを理解したうえで、勝利を宣言するのだ。まるで生まれながらの強キャラのような印象を与えがちなキャラクター性ではあるが、試合はどれも泥臭く、必死な姿をみせることも非常に多い。例えば体格も、突出して良いかというと、そこまでではない。"生まれながらの天才"ではなく、努力と研鑽の人であることがうかがえる。『新テニスの王子様』では、幼少期にテニスの本場であるイギリスで、同年代の選手に敵わなかったこと、日本人故に馬鹿にされていたことが描かれている。彼の「眼力(インサイト)」という相手の死角や弱点を正確に見抜いてそこを突くプレイスタイルは、この逆境において彼が見出した唯一の活路であったことがわかるのである。ここで不貞腐れたり諦めたり捻くれたりせず、"正の努力"で真正面からテニスでねじ伏せに行くところ、本当に好き。私もそうありたい。

跡部は負け試合だってあるし、単身立海に乗り込んだ非公式試合だって真田に勝てていないし、立海三強のような二つ名もないし、リョーマくんや手塚部長ほどの"無敵"キャラでは決してない。漫画を読んでもアニメもみてもミュージカルを観ても、次こそはリョーマくんに勝てるのでは?次こそは氷帝が勝つのでは?と思いながら見守るのだが、勝てないんだよなあ〜〜〜!!しかし、彼はいつも自信に満ちている。敵を認めて嫉妬せず、己を高めて卑屈にならず。その自己肯定感の高さは、彼の"正の努力"を積み重ねてきた実績があるからこそ、それによって何かを成し遂げてきた成功体験があるからこその、自分自身への絶対的信頼の現れだと思う。アニバーサリーブックのテニプリパーティーにて人気投票の結果が発表され、跡部景吾は第2位にランクインしていた。じゅうぶんすごい順位だが、過去しばらく1位に君臨し続けていたこともあり、1位を逃したことに寂しさを感じるファンも少なくなかった。さて、そのテニプリパーティーには各キャラクターの自分の順位に関するコメントが掲載されているのだが、この跡部景吾と氷帝部員のコメントを読んで、ああやっぱり大好きだなあとしみじみしてしまった。跡部は、悔しがったり嫉妬したりすることなく、まっすぐ前向きな気持ちを伝えていた。輪郭もわからないくらいぼかして書いて恐縮だが、これはぜひ買って読んでいただきたい!!かつそれに対する氷帝レギュラーのコメントも、1位じゃなくて残念…などでは全くなく、うちの部長ならやれると思ってたぜ!的な、すごいアンタを下克上!的な、めちゃくちゃに跡部を肯定するコメントばっかりだった。涙が出てきた。跡部は自分が悔いのないよう頑張っていることを知っているし、部員も跡部の頑張りを理解している。お前ってすごいな!を純粋に認められる関係性って、勝負事の世界において、あまりにも美しくて素晴らしくない?

話が盛大に逸れてきた感は否めないがお許しいただきたい。何せテニスの王子様とは、私がリアル中学生の時からの付き合いなのだ。人生の半分くらいはテニスの王子様とともにある。そっか、なんだか純粋にすごいな…ありがとうテニプリこれからも末長くよろしくね…

表現が正しいのかわからないが、私は、中学3年生・15歳の跡部景吾と等身大で向き合いたいのだと思う。保ちたい距離感は、うちのクラスの跡部くんだ。彼の泥臭い勝利や誇り高さを、手の届かないものではなく、手を伸ばし続ければ自分にも掴め得るはずのものだと思いたい。跡部景吾がとてつもなくすごい人間だからこそ、神格化せず、同じ目線に立てると思いたい。

跡部景吾の高潔さに、自分も、精一杯誠実であれればと思う。

さてここまで書いて、ああ鮫子は氷帝の女なんだなと思われたと思うが、確かに私は氷帝の女であり、しかし時に立海の女であり、たまに四天の女でもあり、実はわりと比嘉の女である。「テニスの王子様」ってすごい!テニプリっていいな!