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麻酔薬を飲ませて無断堕胎 命の認識とは

2020年08月09日、新聞各紙ではそれなりの報道がなされたニュースで、一部では話題になっているのだが、ショッキングなニュースが流されていた。「妊娠女性に睡眠薬を飲ませて無断で堕胎手術を行った」という内容だ。

医師による麻酔薬を使った犯罪や、患者に無断で何かしらの治療を施したという事件は時折見かけるが、今回の件はこれまでの事例とは根本的に何かが違うように見える。

今回の無断堕胎事件のあらまし

新聞会社が報じてはいるものの、各社の報道内容で詳細が少し違っている(異なっているのではなく記載の有無がある)ため、簡単にまとめる。

事件は2020年05月17日に起きた。
当時、妊娠2ヶ月だった20代の女性が、以前から知り合いだった医師(33歳  外科医)に相談したところ、「診察をしてあげる」ともちかけられ、呼び出されたという。そこで医師は女性に麻酔薬を飲ませ、意識を朦朧状態にし、女性の承諾を得ないまま堕胎手術を行った。その2日後の05月19日に女性の主治医の産婦人科医が診察を行ったところ、胎児の心音が聞こえなくなっており、2日前に外科医の診察を受けたことを聞いた主治医は不審に思い、警察へ通報、08月09日に不同意堕胎致傷の疑いで外科医を逮捕した。外科医の勤務先の病院や自宅なども家宅捜索が行われた。詳しい経緯や動機などについては現時点では不明とされ、現在も調べが続いている。

(2020年08月11日 追記)
胎児の父親は、その外科医である可能性が高い。との報道がなされた。
(2020年08月12日 追記)
その外科医が被害者に中絶を迫り断られた。外科医には別に婚約者がいたことも判明している。(外科医と被害女性が男女関係にあったとは報道紙面では明記されていないが)

▼2020年08月09日 山陽新聞
容疑者は「私がやったことに間違いない」と容疑を認めている。勤務先の病院では外科に所属し、中絶手術は専門外とみられ、県警は詳しい経緯や動機などを調べている。

▼2020年08月09日 毎日新聞
女性は「堕胎するつもりはなかった。許せない。病院でいつの間にか寝てしまった」と話しているという。

▼2020年08月11日 山陽新聞
胎児の父親である可能性が高いことが10日、関係者への取材で分かった。

▼2020年08月12日 山陽新聞
容疑者には婚約者がいたことも判明。胎児の父親である可能性が高いことが分かっており、県警は婚約者との関係を守るために犯行を決意した可能性があるとみて、慎重に裏付けを進める。

無断治療の例

「患者に無断で治療が行われる」という点だけで見るならば、そういった事が日本でも無いわけではない。有名な事例を挙げると、1992年07月にあった「エホバの証人の患者への無断術中輸血」もその1つだ。

※エホバの証人
ほぼ全世界で活動しており、「ものみの塔聖書冊子協会」などの法人が各国にある。キリスト教系の宗教。聖典に「血を避けなさい」とする言葉が何度も出てくることを理由として、絶対的輸血拒否の立場をとっている。

▼1992年07月 手術時の無断輸血(患者が事前に拒否)
下記Wikipediaでは、無断術中輸血の裁判の結末まで記載されている。興味のある方はご覧いただきたい。

この「エホバの証人の患者への無断術中輸血」で問題となったのは、「患者が拒否をする方法について、それを行う可能性の承諾を医師が得ていなかった」という点である。最高裁では、「医師らは、説明を怠ったことにより、患者が輸血をともなう可能性のあった本件手術を受けるか否かについて意思決定をする権利を奪ったものといわざるを得ず、この点において同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである」としている。

つまり、医師は患者を治療する目的であっても、患者が拒否をする可能性がある場合においては、患者の意思決定を優先するべきであり、またその承諾を得なければならない。ということである。

「エホバの証人の患者への無断術中輸血」と本記事の本題であるところの「無断堕胎」とは、同列に語れるものではないが「患者の意思」や「承諾」の重要性についての例として挙げたことをご理解いただきたい。

また少し脱線してしまうが、海外では以下のような事例もある。

▼2019年04月 医師が無断体外受精をさせ49人が出生
オランダ南部ロッテルダム郊外に2009年まであった不妊治療施設の医師が、治療を受けた女性に無断で自身の精子を使って体外受精し、少なくとも49人の子が生まれていたことが分かった。

「医師」という職業の人間は、その能力の行使で命を守ることも、命を絶つことも、そして命を誕生させることもできる。

麻酔を使ったわいせつ行為の例

「麻酔」を使った医師の事件は、これまで他にも起きている。
その多くは、「性的欲求」というわかりやすい動機であるため、(その行為を認めるわけではないが)なぜ起きてしまったのかについては、概ね想像に難くない。

▼2020年07月 全身麻酔での手術中にわいせつ行為
手術を受けていた全裸の30代女性が全身麻酔で抵抗できない中、下半身を複数回触るなどした疑い。準強制わいせつの疑いで逮捕した。

▼2016年05月 麻酔手術の術後にわいせつ行為
2016年05月、女性の右乳腺腫瘍を摘出する麻酔手術を行い、術後にベッドに寝ていた女性の左胸をなめるなどしたとして起訴された。2020年07月13日、東京高裁は、無罪とした1審・東京地裁判決を破棄し、懲役2年の逆転有罪判決を言い渡した。1審は、女性が麻酔の影響で幻覚を見た可能性があるとしたが、高裁の裁判長は「女性の精神状態を幻覚として説明することは困難」と述べた。被告は即日、上告したとされている。

▼2020年07月 下野新聞(栃木地方紙)
上記の高裁判決については、日本医師会の会長が「判決が麻酔で幻覚が見える状態の”せん妄”について国際的な基準に即して判断していない上、DNA鑑定もずさんな手法だった」と指摘している。

ここで挙げた例は、どちらも「必要な治療のための手術」で麻酔が使われたものであるが、「患者が麻酔にかかった状態」で起こった事例だ。

医師の責任と命の認識

今回のこの事件、「必要な治療の最中や事後」ではなく「自己の性的欲求」のためでもない。この「無断堕胎」は未婚の男女関係のもつれではないかとの報道が続いている。

初期報道では、”既婚女性”や”夫の男性”などについては触れられていないことや、”主治医ではない(知り合いではあるが)外部の医師”に相談していることから、未婚女性なのではないかと思われた。後日、その外科医が胎児の父親である可能性が高い。外科医には別に婚約者がいたとの続報が流れた。未婚のまま相手の女性を妊娠させてしまったということであれば、その動機は想像に難くないが。

どんな事情があったにせよ、逮捕された外科医は「知人」としての前に自分が「医師」であることを優先し、その責任について自覚するべきであったと言える。法的に妊娠2ヶ月の胎児に対する刑罰は非適用となる可能性が高いとされているが、”生まれいずる可能性のあった命”を、母親となる者に無断で絶ってしまったことは罪であろう。

▼2020年08月13日 弁護士ドットコム ニュース

医師もまた人であり、神ではない。
先にも申し上げたが、医師はその能力の行使で命を守ることも、命を絶つことも、そして命を誕生させることもできる。しかし、その能力は患者がいて望まれてこそ活かされるのだから。


麻酔薬を飲ませて無断堕胎 命の認識とは(終)