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変わりゆくもの

夏日になった今日。気分としては目をつぶって飲むシュワシュワ炭酸な感じ。ライムなんか入れてもいい。

祖母がなくなり、お葬式が終わった翌日、犬がお隣さんとトラブルを起こした。それが火曜日。もうほんとにいろいろグルグル考えた末、トラブル後、最初の週末になった日曜日に、ワンコを知り合いのところに連れていった。つまり昨日だ。これまで通りうちで一緒に生活することはしない方がいいと思い、急きょ、ケアしてもらえる知り合いに預けることにしたから。

ワンコの話を少し。うちは代々、猫や馬などの動物がいたことはあっても犬を飼ったことがなく、家族全員にとってこのワンコは初めての犬、だった。それが約4年前だから、祖母にいたっては90歳を越えて初めて犬と同居したことになる。あの子を引き取った時もなぜかあっという間にやってくることが決まってしまい、あっという間に我が家にやってきた。いろんな人からうちのイメージとは違うと言われていたのが、ウソのようだ。

犬を飼うというのは、今にして思えば祖母にはさぞや大きな刺激だっただろうと思う。事前に連れてきてもいいかと尋ねたら、祖母は自分にはなんにもできないからかまわんよ、と言っていたし、実際、なにもしなかったけれど、それでも猫しか飼ったことのなかった人の家に犬がいることがもたらしたものは、いろいろあったことだろう。完全に室内飼だったし。ワンコは特に祖母に懐いているというわけではないけれど、とても気遣いをしていた。人がいないと寂しいのに抱っこされるのは好きじゃないし、誰かいる場所で好き勝手させて、というような性格だったけれど、私にはしないくせに祖母と並んでソファに座ったりしていたから、彼女なりに労わっていたのだと思う。亡くなる時も傍に置いたソファに座って最期を一緒に看取ったし。

そんなワンコをうちから離す、と決めたのは初七日の翌日だった。午前中はそんなこと思いもしてなくて、祖母のことで行きそびれていたフェラリアの薬をもらいに病院に行き、血液検査をして帰ってきた。前日まで、お隣さんは4日前に起こったトラブルについて、気にしないで、もう謝らなくてもいいから、とさんざん言っていたのだけど、午後に様子を見にいったら180度、態度が変わっていた。うちが完全に悪いのだけれど、それにしてもこの変わり様はなに?というくらいに態度が違うので、思い出すとちょっと腹立たしいことも多い。いえ、完全にうちが悪いので、そんなことは言わないし、思い出さないようにしているのではありますが。

この4日間、もういいからねー、と言われても何もしないわけにもいかない我が家は、やぱり当事者であるワンコをどうするかについてはずっと話し合って複数の選択肢を検討していたのだけれど、お隣さんが態度を急変したことで、どうするかがあっさり決まった。ワンコをここにおいておくのは誰にとってもよくない。やっぱりどこかで預かってもらおう。

もちろん、預かりの期限はないし、もう二度と戻ってこられない。できればうちにいてほしかったけれど、よく吠える犬でエネルギッシュなタイプだから、お隣さんの目に触れないように散歩の時間や生活を気にして、気配を消して暮らさせるのは無理だと思った。まあ田舎だからやりようによっては絶対無理ではないのだけれど、犬は敏感だ。変に気を使って隠れるように暮らしていたら、ワンコか家族の誰かが調子を崩すとか、また何かの時に火種にならないとも限らない。うちの監督不行き届きが起こしたトラブルだし、お隣さんの性格も考慮したら、それがベストだね、ということになった。

幸い、知り合いに保護犬の活動をしている人がいたので事情を話し、無理を言ってすぐにも預かってもらうことになった。長期が無理な場合は里親を探してもらうことも考慮に入れて話で、それはけっこう辛かったのだけれど、でもどう考えてもこれがベストだった。

自分ではそのつもりはなかったけれど、家族からはペットロスを心配されていた私。確かに私が犬から学んだこと、特に愛情については特別なものがあって、この犬と一緒にいなかったら体験できていなかったであろう様々なことを、私はこのワンコと経験してきた。だからそれなりに辛いことには間違いがないのだけれど、この別離で一番、打撃を受けたのはまさかの父だった。

小さい頃に犬に噛まれた経験があって犬が嫌いだと公言して憚らなかったのに、ワンコがうちからいなくなる朝、散歩に行ったら寂しくて泣いてしまったのだと普通に話して家族を驚かせた。そう話している目元がすでにうるんでいて、ああ、この人は本当に犬と生活したかったのだ、と思った。あんなにキライだと言っていたけれど、その実、幼い頃から犬を飼いたくて仕方がなくて、この4年はその密かな夢が思いがけず現実になっていたバラ色の日々だったことに、別離を前に気がついてしまったらしい。

思い返せば、祖母の足が浮腫み始めてからの一カ月ほどは、ワンコはかなり敏感になっていて、祖母に寄りそうにように生活していたし、その延長で家族に対してもとても繊細な気遣いを見せていた。それまではしなかったようなことを何度もやって、祖母や私たちを喜ばせたり、安心させたりしたし、いくら大往生だとは言え、祖母が亡くなったショックを和らげてくれていたのは間違いがない。あっという間のような、もうずっとこの生活をしていたような怒涛の初七日が終わった、と思った翌日にトラブルを起こし、それから4日経って、やっぱりうちにはおいておけない、明後日中に移住させよう、となってしまったのだから、展開が早過ぎてついていけないのも当然だった。

昨日は、預かり先とうちの中間地点に近いところまで、ワンコを預けにいった。急な依頼で迷惑をかけるから、と家族そろって出かけたのだけれど、本当はそれぞれが一瞬でも長くワンコと一緒にいたかったからに他ならない。父をはじめとする家族の誰も、ワンコとの別れを惜しむ気持ちを隠さなかった。ここまでくると何がなんだか理由も分からないけれど、みんなすごく落ち込んでいた。

うちはこれまで、必ず留守番の年寄りがいる、という生活だったので、家から完全に人がいなくなるということがほとんどなかったのだけれど、昨日は本当に久しぶりに、というか、感覚的にははじめて、完全に誰もいない留守の状態で家を出た。もしも犬がそのまま家にいたならば、全員一緒に家を空けるなんてことはこれからも極力ないようにしていたと思うし、そんな「新しい生活様式」はうちにはまだまだやってこなかったかもしれない。鍵をかけるなんてことも滅多になかったし、ワンコが家に留守番していての数時間なら、やっぱり鍵はかけなかっただろう。そんなことを思いながら慣れない鍵をカチャカチャしていたら、ああ、いろんな意味で終わりと再生のさなかにいるんだな、と実感した。

私の寂しさのピークは(と言っても、別れたのは昨日だからまだ実感がないだけかもしれないけれど)一昨日で、勢いよくワンコを預けると決めてもろもろ頼み込んだ後の空白に、なんでワンコを手放すことになったんだろう、なんでだ、なんでたー、なんて考えても仕方のないことを考えそうになるのを必死で振り払って過ごしていたのだけれど、父の寂しがりようは深くてその心情を隠しもせずに口にするものだから、それもこれも想定外だったのでハッとした。

動物と暮らす、ということは、人とは違うドラマや成長や気づきがある。余談だが、父は婿養子で祖母の実子ではないのだけれど、お婿さんにしては珍しいくらい祖母との距離が近かった。いわゆる仲良しというわけではないけれど、父はなにかと祖母を連れ出したし、遠慮なく派手な言い合いもするし、他人のよそよそしい距離というものがなく、ケンカもするが相性がいいので、私と母は父が実の親のところに婿に来たようなものだと思っていた。うちは祖父も家で亡くなったのだけれど、その時は親族が集まってみんなで泣きながら看取ったので、父ももらい泣きをしていたのだけれど、祖母は穏やかに静かに逝ってしまったため、びっくりした母は泣けたけれど父は泣くことができなかった。母は父が心の中に祖母への寂しさや悼む気持ちを抑え込んでいることを心配していて、あの時に少しでも泣けたらよかったのにと言っていたのだけれど、奇しくもワンコがいなくなったことで、父は初七日をすぎて初めて、寂しい、辛いと言う気持ちを公にすることができたのだ。ワンコ、すごい。

昨日はこの4年ほどで犬のいない初めての夕飯を食べながら、父は寂しいから犬の話をしないでほしいと半ば真顔で言った後、祖母への気持ちとワンコへの気持ちがないまぜになっていて、これは良くない、ともっともらしく言った。おばちゃんが死んだ寂しさよりもワンコがいなくなった寂しさの方が優っていて、考えるだけで気持ちが暗くなり、涙が出そうになるのだそうだ。犬はうちから他所に移住しただけでもちろん生きてるし、けっこう元気な様子をさっそく動画で送ってきてくれているので心配する必要はないのだけれど、父はここに彼女がいない、というだけでもう単純に寂しくて辛くて仕方がないのだ。

そしてワンコを思うと涙が出る。のだけれど、その涙はただワンコがいない寂しさなのか、祖母への気持ちがまざったものなのかは誰にも分からない。たぶん、父本人にも。

我が家の祖母に関して言えば、だけれど、95年を生きた重みというか、証のようなものを、私は葬儀の時のたくさんの人のお悔やみの言葉や流してくれた涙やいろいろから受け取っていて、95年を生き切るとは伊達や酔狂では為せないことだと気がつかされた。それはやっぱり95年という長さの積み重ね以外のなにものでもなくて、簡単なものではないと思い知ったし、特別な何かがあってもなくても敬意を払うべきことだと知った。

その95年の人生はうちの家にも家族にも、もちろん大きな影響を与えていて、たとえいまどんな気持ちであったとしても、この家や世界から祖母がいなくなった、ということは、私たちのそれぞれに大きな変化をもたらしていることは間違いがない、と思う。だから、父の涙はワンコのいない切なさであり、祖母がいなくなったことへの感情であり、いろんなことがないまぜになったカオスのようなものであり、それをどんな形であれ外に出して自浄できるのは、父にとってはとても幸せなことだ。たぶん、自分だけじゃあできなかったと思うから。

私と母は単に父がふさぎ込むことを心配していたけれど、溢れるものを外に出す、ということは再生を強くすると、今回初めて気がついた。やってみないと分からないことの方が圧倒的に多いことを、何度も何度も、なんなら毎日のように思い知らされる日々。いいことばかりじゃないけれど、いわゆる『良いこと・良くないこと』のどちらかにフォーカスして考えたり、数えることは少なくなったと思う。何事もレッスン。ワンコがいないのは寂しいけれど、そのせいで完全に新しいスタートを切った私たち。とにかく、やるしかない。

#祖母に腫瘍が見つかりまして #急展開 #犬の話



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