リクエスト断髪小説『夢のあとさき』(R18)
※注意(性的表現を含みます)
リクエスト内容(要約)
小説情報
本文
――髪、長いなぁ……
パソコンでやっていた仕事もひと段落する。邪魔にならないようにシュシュで纏めた髪を前に垂らし、手のひらに乗せて眺めてみた。
ひと月前の結婚式のために伸ばした髪だ。ずっと憧れだった純白のウエディングドレスとヴァージンロードに広がるロングヴェール、お色直しにはロイヤルブルーのグリッタードレスで。そしてそのドレスにに合うアップスタイルのシニヨンにするために髪を伸ばした。前髪も長く伸ばして、今はセパレートのゆるふわロングだ。髪の手入れに気を遣ってはいたけれど、担当した美容師さんの的確な施術で痛みのないキレイな髪だと自負している。
彼と付き合い始めた頃になんとなく伸ばし始めた。彼の好みを聞いたことはないし、普段髪型について話をしたこともない。でもなんとなくロングヘアが好きなような気がしていた。
シャワーを浴びたあと、いつも彼がドライヤーで乾かしてくれる。私自身がするよりもずっと丁寧だ。ソファに座ってのんびりしていると髪を手櫛で梳いてくることもある。
夜、明かりを落としたベッドの上では、決まって髪を愛撫するように持ち上げてから唇を落とす。そして前戯の合間に頬にかかる髪を耳にかけ、髪の髪の間に指先を滑り込ませて地肌に触れて……。そのときの彼はほんの少し息遣いが荒く、頬も紅潮しているようだ。
そんな様子の彼を前に髪を切れないままだった。交際は順調で、付き合い始めて一年でプロポーズをされた。結婚式に向けてそのままずるずると伸ばして今では腰に届く。
――折角キレイに伸ばせたし、切るのはもったいないかな……
腰まで届くロングヘアは女の子らしくて気に入っている。ダメージもなくキレイに伸ばせたのは初めてで切るのは惜しい。ただ、結婚式のためだから伸ばせたみたいだ。それも終わった今では長くなった髪の手入れは手間と時間ばかり気になって少し面倒だ。扱いやすい長さにしようかな、と頭に過ぎるけど……。
――いっそのこと根元からバッサリと、思いっきり短く切られてみたい
人にはひた隠しにしてきた欲望がむくむくと湧き上がる。ここ最近は結婚式の準備とか新居への引っ越しとかで忙しく意識が向いてなかった。
ただ現実は、夫の好みはロングヘアみたいだし、似合わなかったらどうしようとか、いきなり短くして会社の同僚や友人たちにどう思われるかが気になって、とてもできる気がしない。
でももし切ってしまったら……。カラダの真ん中がじわりとしてきて欲しているのがわかる。
仕事も一応終わったしと、パソコンで繋いでいた会社の端末へのリモート接続を切断して、お気に入りの動画を呼び出していた。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
パソコンの画面には床屋の椅子に座っている髪の長い小柄な女性と覆面をつけた男性らしき人が写っている。
お気に入りの動画はダウンロード販売で購入したもので、アダルトコンテンツを扱っているサイトの一角にあった。この界隈ではそれなりに知れ渡っていたらしくネットの検索で幾度となく見かけた。アダルト商品に全く馴染みのない私には、そのサイトそのものの敷居が高かった。触れてはならないものに触れている、そんな気分だ。何度もカゴに入れては購入ボタンを押すのを躊躇い、毎日頭によぎっては気になって、ようやく購入ボタンを押した頃には一ヶ月近く経過していた。あのときの緊張感は今でも鮮明に覚えている。
ようやく購入した動画は有料なだけはあって映像そのものの解像度が高く、フェチのツボを心得たアングルについ引き込まれた。今でも一番のお気に入りだ。他の作品も気になりつつも複数買う勇気は持てなかったけど。
何度も繰り返し見ているはずなのに、映像に映る小柄な女性がカットクロスに巻かれている姿を見るだけで、今日はすでにゾワゾワしてくる。しかも幼い男の子向けのもののカットクロスなのだろうか。一体いつの時代かを考えてしまいそうな、年代を感じさせる電車柄だ。床屋に小柄な女性が男の子向けのカットクロスを身に付けるというミスマッチさに不思議と唆られる。
この部屋は新居にわざわざ一室設けた仕事部屋だ。お互い家で仕事するときに使う集中スペースみたいなもので、夫の映像関係の仕事には必需品らしく長時間籠っていることもある。
そして今、その夫の秋宏くんは仕事で家にいない。
家には私一人という環境がより没頭させる。
女性の髪はハサミでさくり、さくりと一房ずつ根元近くで切られて襟足ギリギリのショートボブにされている。女性にしては短めの髪型のはずなのにハサミの動きは止まらず、襟足からハサミとクシが入って、サクサクと髪を切っていく。襟足はまっすぐな髪に囲まれつつも刈り上がったようなスペースができ、その範囲も少しずつ広がっていく。
髪を短くされていく女性の姿を見ていると、敏感なトコが触ってとばかりに疼く。スカートを少したくし上げて、足の付け根に手を伸ばす。下着ごしでもじわりと湿っているのが分かる。
襟足はすっかり刈り上がり、分け目から真っ直ぐに伸びた髪は後頭部のあたりでパッツリと段差を作っている。まだ顎先まで伸びるサイドの髪にハサミが近づいていく。ハサミの入る位置を見てそんなに切ったら、と思うとぞくりとして指が止まらない。私も床屋でバッサリと切られたら、そんなことを考えながら秘部を弄るとより快楽をもたらしてくる。
布ごしでは物足りなくて直接触ろうとした瞬間、ガチャリと部屋のドアが開いた。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
――っ!! えっ、うそ!?
ドアが開いた音にびっくりしてパッと下着から手を離した。恐る恐る振り返るとそこにはTシャツにジーンズ、シャツをラフに羽織り、明るい色をした髪をワックスで上げている男性が立っていた。夫の秋宏くんだ。
「小雪? あ、仕事中だった?」
「う、ううん、もう終わって」
――仕事で家にいなかったはずなのにどうして……!?
バクバクと心臓の音がうるさい。動画に集中しすぎていて帰ってきたことに気付かなかったのだろうか。玄関扉の開いた音が聞こえた記憶がない。
こうして会話をしている間にも動画は流れたままで、音もスピーカーから漏れ出ている。しまった、すぐに止めなきゃとマウスに手を伸ばす。
「なに見てるの?」
「や、あのこれは、」
急いで動画の再生を止めようとしたけど、手許が覚束ずに動画の閉じるボタンを上手くクリックできない。そうこうしているうちに『ヴィーン』と一段と大きな音がスピーカーから流れてきた。
「っ!!?」
「えっ、この音って」
「あっ、見ないで!」
夫はすでに私の近くにいた。マウスは彼の手に渡っていてパソコンの画面を覗き込んでいた。
――あぁっ!? もう、絶対にバレた……
こっそりと断髪動画を愉しんでいたことを知られてしまった。あぁとばかりに手で顔を覆う。バレるのが怖くてひた隠しにしてきたのだ。この場所から消えてなくなりたいくらいに恥ずかしい。
「……」
沈黙が続き、恐る恐る顔を上げた。彼は黙ったまま画面を眺めている。
「……あ、あのねこれは、……」
なにか弁明をしなければと思ってもなにも言葉が思い浮かばない。
「あぁっ、やっぱりそうだ! これ大和じゃん。うわ、懐かしいな」
「え? えぇ?」
「サキちゃんのやつかぁ。この子、バリカンの音にびっくりして泣きかけたんだよね」
パソコンの画面に目を移す。小柄な女性は耳がすっかり出るショートスタイルになっていた。確かに目が少し赤い気もする。そんなことよりも彼がなにを言っているのかよく分からない。この動画のことを知っているのだろうか。
「うんうんそうそう、こんなんだった」
「えっと……」
夫は懐かしいのか目を細めていた。どう聞いたら、というよりも変に口を開いたら墓穴を掘りそうでなにも聞けない。いや、もうすでに手遅れかもしれない。
もはや動画の続きを見る気分は霧散して、この後に訪れるであろう話し合いという名目の打ち明けタイムに、ぎゅうと心臓を掴まれる気分だった。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
「で……、あの動画を見てたってことはそういう趣味があるのかな?」
早速とばかりに話を切り出された。リビングで落ち着いて話そうという彼に連れられるままに、二人でソファに座っていた。テーブルには彼の淹れたココアがゆらゆらと湯気を立てている。
「……ハイ、ソウデス」
ココアの甘い香りに気持ちが落ち着くわけでもなく、彼にどう思われたのか不安で仕方がない。もうバレてるだからといってそう簡単に開き直れそうにもない。
「あ、認めるんだ」
「……」
――今さらどう誤魔化せと……?
そんな方法があるというのなら誰でもいいから教えを乞いたい。
「ちなみにどういう系? 切りたい派? 切られたい派? それとも……鑑賞だけの自慰派?」
「――っ!」
この人は仕事部屋で何をしていたのか知っていて敢えて質問をしているんじゃないだろうか。
「外の音に気付かないくらい随分と熱心に見てたからさ……、もしかしてオナってたかなって。スカートの下の、ココを弄って、濡らして……」
彼はスカートの中に手を入れてきて、確かめるように触れてくる。
「――ちがっ」
「んー、ちょっと濡れてる?」
「そんなんじゃっ」
「本当に?」
違わない。けど『はい、動画を見て慰めてました』なんてとても素直に認められない。
「――っ、だから、その、あれはっ、床屋でバッサリと切られてみたくて、動画の女の人みたいに短くっ……、それで」
「もし自分だったらって想像したらより濡れた、とか?」
「――っ!」
さっきから彼の指が下着の上から敏感なトコを擦ってくる。動画を見ていたときほどではなくても私のカラダをよく知っている彼のことだ。気持ちよくて少しずつ呼吸も荒くなり頭がぼぅっとしてくる。
空いていたもう片方の手を背中に回してきて、するりと髪を纏めていたシュシュを外された。
「なぁ、本当に切ってみる? 床屋でこの何年も伸ばした髪をバッサリとさ」
髪を解かれ、さらりとした感触が背中を覆う。同時にカラダを寄せて、耳元で囁やいてくる。その言葉にキュンとカラダの中心が反応する。その先の快楽が欲しいばかりで今ひとつ思考は働かず、ずっと隠してきた望みのままに切ってしまいたいと素直に頷いていた。
「へぇ、切られたい派なんだ。じゃあこのサラサラとした髪の感触もあと数日で味わえなくなっちゃうかな」
背中に回した腕の上に髪を滑らせて、その感触を味わっているようだ。
「……長いほうが好き、だよね?」
「んー? ……いや、素直にエロくなってくれるならどっちでも」
「ばかっ」
「きっと短くしても可愛いよ。見てみたい」
「〜〜っ!!」
「お、照れてる」
「もうっ、揶揄ってるのっ?」
くくっと笑う声が聞こえる。さっきから私のことばかり暴かれているみたいで不公平だ。
「じゃあ、秋宏くんはなんであの動画を知っていたの?」
「あー、……学生の頃にちょっとな。そんなことより続きをシよ。奥さんが一人でオナってたなんて、我慢できそうにない」
歯切れの悪い返事だ。気になったけど、夫のそそり立っているモノをぐいっと押し付けられると欲しくてぞくぞくする。密着してくる夫の背中に腕を回して、そのままソファの上でなだれ込んだ。
もうすぐ髪を切ってしまう、そのことを考えるといつもよりも感じやすく、イキやすかった。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
今、夫の愛車で高速道路を走っている途中だ。
床屋で髪を切る話は夫の主導であっさりとお膳立てされていった。あの動画を気に入っているみたいだからと覆面を被っていた人にお願いしたらしい。その結果が今、赤いフィアットでのんびりと彼の地元へ向かうことになっていた。小さな車でお世辞にも乗り心地がいいとは言えないけど、見た目のかわいさが気に入って、乗り続けているみたいだ。
「ねぇ、あの動画は秋宏くんが撮影したの?」
結局あれから、動画についてなにも話してくれてなかった。
「ん、まぁそんな感じ」
相変わらずはっきりしない。なにか後ろめたいことでもあるのだろうかと勘繰りたくなる。
「じゃあ、覆面の人ってどういう関係の人なの? その人のところに向かっているんだよね?」
「あぁ、弟の同級生。といっても小さいときから知ってるから弟みたいなものだよ。地元で理容師やっててさ。一応、結婚式にもいたけど」
結婚式の会場の様子を思い浮かべてみたけど、ピンと来なかった。新郎側の参列者全員の顔と名前が一致してなかったし、覚えてもいなかった。
「まぁ、覚えてないよな。……なぁ、持ってる動画ってあれだけか?」
「えっ? 買ったものはそうだけど……、どうして?」
「いや、ならいいんだ」
彼はあからさまにホッとしている様子にモヤモヤする。
「後ろめたいことでもあるの? その無理矢理に、とか」
「そういうのは一切ないって。たださ……」
「ただ?」
「なんか、若気の至りを身近な人に覗かれるみたいで落ち着かないなと。今はもうやってないし」
「そんなことを思ってたの?」
「小雪だって一緒だろう? 俺に隠れて見てたわけだし」
「それは……、そうだけど」
言われてみればそうだ。あれから彼とこの件についてはほとんど話をしていない。すれ違っていたのもあるけど、いつもと変わらないように過ごそうとしていたのは私だけではなかったのかもしれない。
「だろう」
「……秋宏くんも、その私と同じなんだよね? だったら秋宏くんの好きな髪型にしてみようかな。どういうのが好み?」
「まぁ、今日は小雪のやりたいように」
「そう……わかった」
彼は一瞬困ったような顔をして、肝心の話題ははぐらかしている気がした。同じ断髪フェチのはずなのに探り合っているみたいだ。お互いがこの話題を気兼ねなく話せるようになるには時期尚早、と言われている気がした。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
車をコインパーキングに止めて、閑静な住宅街を少し歩く。辺りはもう薄暗い。夫は大きめのカバンを持って迷うことなくスタスタと歩いて行く。重そうな荷物なのに重さなんてまるで感じてないみたいだ。
散歩するような軽い彼の足取りとは打って変わって、私のは重い。いつもと同じように歩いていても、踏み出す一歩一歩が床屋に近づいているのだと思うと胸の辺りがずしりと重苦しい。全部初めてのことで分からないから怖いのだろうか。場所も人も、髪型も。やってみたいのに震える。
俯きがちに夫の後ろを付いて歩く。交差点の角にある二階建ての建物の前で立ち止まった。
「ここだ」
ガラス張りの扉には『サロン柳瀬』の文字が書いてあった。昔からありそうな営業時間外の理容室らしい。少しだけシャッターが降りていて、普段は外に置いてあるのだろう、看板もお店の中にあった。中には白衣を着た髪の短い若い男性が一人いた。
「行くぞ」
夫は目の前の閉店している理容室の扉を迷うことなく開け、入っていく。後ろから付いて店に足を踏み入れたとき、頭の中は真っ白だった。
✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎
「よう久しぶり、ってほどでもないか」
「あぁ、一ヶ月くらいだな」
「悪いな、閉店後に」
「全くだ」
悪びれない様子な彼へ無愛想に返答をしているのが白衣を着た男性だ。たぶんこの店の理容師だ。
「派手な髪だな。前はそうじゃなかったよな」
「あ、これ? 弟に任せっきりだからな」
「ナオの奴も相変わらずだな」
「それはお互い様だと思うぞ」
二人のやりとりを遠巻きに眺める。夫が弟みたいなものと言っていたのは本当みたいで気安い雰囲気だ。
「なに突っ立っているの? こっちにおいで。一応、紹介するわ。妻の小雪。で、こいつが大和」
彼に呼ばれて店の中へと入っていく。大和と呼ばれた人とパチリと目が合った。なんとなく見覚えもある。軽い会釈をして、言葉を紡いだ。
「よろしくお願いします。あの閉店後なのにご迷惑、でしたよね?」
「いや、別に」
目線は合わず、淡々とした返答だ。
「こいつが無愛想なのはいつものことだから」
「悪かったな」
接客業の人にしては愛想がない。やはり迷惑だったかなと心配になるが、夫はまるで気にした様子はない。持ってきた荷物を待合の椅子へ置いて、よく分からない道具を取り出している。
「じゃあ早速、機材の設置を始めていいか?」
「あー、そうか……。撮ったやつ、公開するのか?」
「いやいや、記念のホームビデオだよ。“新妻の床屋デビュー”ってさ」
「売れないAVみたいなタイトルだな。俺としては店長に映像の存在を知られたくない」
「じゃあオーケーだな。あ、小雪、そこの椅子に座って。画角みたいから」
「う、うん」
いつも通っている美容室の椅子よりも肉厚で重厚感のある黒い椅子に向かう。店員が椅子の近くにいて座るのを待っている。
――あの椅子に座ったら、もう……
今日履いてきたヒールが低くて良かった。足が少し震えていたのを誰にも気づかれずに済む。ここへ来て、今更怖がっているなんて知られるわけにはいかないと平静さをなんとか保って椅子へと腰掛けた。
「これがカメラ? 随分と小さいんだな」
三脚に乗せた二台の撮影用カメラを覗き込みながら店員が呟いていた。確かに手のひらに収まるくらいに小さい。
「これでも広角に撮れるし、フレームレートもある」
「ふぅん」
「ま、メインはこっちだけどな」
夫は黒い長方形のビデオカメラを少し上に持ち上げて見せている。
「昔とは違うんだな」
「ま、スマホでもそこそこ撮れる時代だからな。昔はなによりもレンズが第一、なんて考えていたけど最近のはセンサー類が充実してさ、半導体技術の賜物だよね。デジタル映像になってから手ブレだけじゃなくて明るさとか高感度性能の処理も……」
「まったまった、そういうの聞いても分からないから。で、まだかかるの?」
「ホント愛想がないなぁ。あとちょっと……。よし、じゃあぼちぼち始めようか」
いよいよだと、ドクンと一つ心臓が高鳴った。
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