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断髪小説『猛暑のバリカン』

あらすじ

猛暑が続く夏、暑いのが苦手な紗英さえが思わず呟いた「刈り上げたら涼しいのかな」の一言を夫の亮介りょうすけに聞かれて・・・。

小説情報

文字数  :3,695文字
断髪レベル:★★★☆☆
キーワード:夫婦、家庭散髪
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本文

 
「ただいま」

 夫の亮介りょうすけが帰ってきた。妻の紗英さえは今日はいつもより遅かったなと思い、出迎えるために玄関に向かう。

 「おかえり」といつも通り声をかけた。ふと亮介を見ると、髪がスポーツ刈りまで短くなっていることに驚いた。「ずいぶん短いね」と聞くと、「暑いし、なんかスッキリしたくてな。さっばりしたよ」と頭に手をやりながら答える。

 雰囲気がずいぶん変わった夫にドキドキしながら「ご飯できてるよ。」とリビングに向かった。

「夕飯は何?」
「生姜焼きだよ」
「やった」

 生姜焼きは夫の好物だ。



 キッチンで夕飯の支度をしていると、スーツから着替えた夫が椅子に座った。夕飯をテーブルに並べて、反対側に座る。

 「いただきます」と手を合わせて、食事を口にする。夫が「うまい!」と言いながら食べてくれる。何を作って出しても喜んで食べてくれる姿がとても好きだ。

 ふと夫の顔を見る。付き合い始めた頃から、ずっと耳に髪がかかる程度の長さだった。急に短く刈り上げてきたのでどうにも見慣れない。

 私の目線に気づいたのか、「どうかしたのか?」と聞かれた。

「急に短くしたからびっくりしてる」
「あぁ、紗英は知らないのか。最近長めだったもんな。学生時代はこんなもんだったよ」
「そうだったんだ」

 初めて知った。

「部活で決まってたからな」

 たしか柔道部だったかなと思い出す。今でも筋トレをしており、百八十センチある夫のガタイはかなり大きく、威圧感いあつかんがある。

「学生時代はみんなお金がなくて、お互いバリカンで刈り合ったな」
「なんか楽しそうだね」

 自分は帰宅部だったので、少し羨ましく感じる。

「そうだな。楽しかったな」

 懐かしそうに話していた。



 夕飯が終わりキッチンで洗い物をしていた。夫はテレビを見ている。ちょうど天気予報をやっていて『しばらく猛暑日が続くでしょう』と聴こえてきた。暑いは苦手でやだなぁと思い、ふと夫の涼しそうな髪型が目に入った。 

「刈り上げたら涼しいのかな」

 思わず呟いていた。夫が驚いたようにこちらを見ている。

「刈り上げたいのか?」

 一瞬心の声が聞かれたのかと思い、「えっ?」と目を見開いた。

「今、自分で言っただろ」

 どうやら声を出していたらしい。そんなつもりはないとすぐに否定しようとしたが、夫の刈り上げを見ていて、本当に涼しそうで羨ましいなと感じた。

「このところ暑くて辛いから、刈り上げたら楽になるのかなと思って」
「今よりは涼しく感じると思うぜ。なんならやってみるか?」

 涼しさを感じるのは魅力的な提案にも聞こえる。

「やってみたら面白いかもね」

 本当にできると思っていた訳ではなかった。

「わかった。準備するな」

 夫はソファーから立ち上がりスタスタと押し入れに向かって歩き出した。

――ちょっと待って。今から刈り上げるってこと? まじで?展開早くない?

 深く考えずに言ってしまった自分を後悔した。夫は即断即決そくだんそっけつで即行動の人だ。このまま躊躇ちゅうちょなく妻の髪を刈るだろう。

「バリカンはこの辺だったかな」

 押し入れの中を探している。

「な、何でうちにバリカンがあるの?」

 購入した記憶はない。夫の記憶違いであることを願う。

「あぁ、学生時代に使ってたやつだな。あ、これだ」

 どうか見つからないでくれという願いも虚しくあっさり見つけたらしい。

――ど、どうしよう

 戸惑っている内に着々と準備が整い、「座って」と言われた。逃げ出したくなる気持ちを押し込めて、用意された椅子に座った。

「どのくらいにする?」

――もう決定事項なんだ……

 今になってやっぱりやめると言い出すと言い争いになりそうだ。それは面倒で素直に従うことにした。

「バリカンは初めてで怖いし、下の方の内側だけでいいから」

 そうすれば周りからは刈り上げているなんてバレない。夫とも喧嘩せずに済む。

「ほんとにそれでいいのか? 涼しさを感じたいならこのあたりまで切った方がいいんじゃない?」

 耳のあたりを指差している。

「それにバリカンは気持ちいいぜ」

 夫が囁かれる。

「それには心の準備が……」
「あってもなくても一緒だろ」

 結局、夫に逆らえなかった。



 ケープをつけ、肩下のセミロングの髪を霧吹きで濡らす。耳ラインで上下に髪を分け、クリップで止められた。ヴィィンとバリカンが鳴り響く。

 「まず六ミリで刈るな。」と言われ、グイっと頭を押さえてきた。うなじにバリカンが近づき、

――とうとう刈られる!?

 目をギュと閉じた。バリバリとバリカンが押し当てられ、耳ラインまで上がってきた。一筋二筋と髪が簡単に刈られ、パサっと刈られた髪がケープを伝う。

――あぁ、私の髪が……

 初めてのバリカンの振動とどうなっているか分からず、恐怖に肩がすくむ。

「女の子だからそんな変に刈り上げたりしないって」

 怖がっているのを見透かしてか、安心させようと言っているのだろうがそもそもバリカン自体が安心できない。

 その後も容赦ようしゃなくバリカンで刈っていく。振動が頭に何度も伝わり、何とも言えない感覚になる。うなじもスースーと涼しくなってきた頃、だんだん涼しくて気持ちいいかもしれないと感じるようになってきた。

 一通り刈り終えたのか、バリカンをオフにしてカチャカチャとアタッチメントを外している。またヴィィンと音がして、ジョリジョリうなじと襟足の産毛を剃りはじめる。

 バリカンが離れると少し物足りない感じがした。

「結構気持ちよかっただろ?」

 恥ずかしさに顔を赤らめながらも小さく頷いた。夫がふいに刈り上げに触れてきた。温かい手がジョリっと地肌に触れる感触に、思わずゾクゾクしたものを感じ、ピクっと身じろぎをする。

「気持ちよさそうだな。感じたな?」

 意地悪そうにニヤッと口角を上げている。

「なんならもっと刈り上げるか?」

 どこか物足りなさを埋めたくなった。

「もっとやって。」

 気づいたらそう強請ねだっていた。



 夫は笑みを深め、「あぁ。思いっきりやろう。」と髪を止めていたクリップを外す。耳の数センチ上といったこめかみ近くのラインで髪を取り分け、クリップで止めた。

――そんな上まで刈るのか。

 他人事のように眺めていた。再度アタッチメントをつけたバリカンに電源を入れヴィィンと音がなる。「さっきよりも短く刈るからな。」と襟足からバリカンを入れてきた。今度は耳を通り越してつむじの近くまで上がってくる。残された髪は三ミリくらいだろうか。かなり上の方まで登ってくるバリカンにもはや恐怖心はなかった。

――なんかすごい。気持ちいい……。

 バリカンの感触を楽しむ。後頭部に何度もしつこくバリカンが入ってくる。

「すげぇ。どんどん髪がなくなるな」

 そう言われてだんだん下腹部が熱くなってくる。

「後ろはすっかり坊主だな」

 はっきり言われると恥ずかしさでどうにかなりそうだ。

 耳の上をバリカンが通る。ことさら大きくなった音にビクッとした。バリカンが通ったあとはうっすら青白く見えた。反対側も耳を折りたたみつつ、バリカンが通り、クリップで止めている髪以外はすっかり無くなっていた。



 バサっとクリップを外され、髪が落ちてくる。櫛でとかすと少し髪のボリュームは減ったけど、今までと変わらない自分がいた。髪が直接地肌に触れる感触にくすぐったさを感じる。しかし髪が首筋を覆うといまいち涼しくなかった。

「髪を切ろう。涼しくないんだろ?」

 合意を取る間も無くおもむろにハサミがシャキンと鳴った。耳たぶので辺りパツンと切られている。

「うそっ、短くない!?」
「刈り上げた部分を出さないと涼しくならないだろう。これでも長めにしてるよ。」

 事もなげに言われる。そのままシャキシャキとまっすぐ真横に切られていった。ついでと言わんばかりに前髪も眉より少し上で整えられた。



 バサバサとケープを取り外して「はい、おしまい」と声をかけられた。長めのおかっぱといった感じで幼くなった気分だ。首を振ると軽くなったと言わんばかりに、髪が上の方だけで揺れる。地肌に直接当たる空気がなんとも涼しい。刈り上げたところがジョリジョリして気持ちよく、ずっと触っていた。

「ずいぶん気に入ったみたいだな」

 あらかた道具を片付けを終えた夫が話しかけてきた。

「あなたの言ってた通り気持ちいいものだね」
「だろう?」

 くくくっと笑いながら言ってくる。夫が近づいてきて、私の刈り上げを触る。ピクッと感じてしまう紗英に「可愛いな…。」と言って体をくっつけてくる。夫に触れられているとふにゃっとなり幸せを感じる。

「……またやってくれる?」
「あぁ、いいぜ。もっと短くしてもいいな」

 いつか坊主にされるそんな予感がしたが、不思議と嫌とは思わなかった。

後書き

夫婦物を書こうとして、夫が妻の髪を容赦なく刈り上げることになりました。
突然、素人に髪を切られることになるのは中々の恐怖ですし、こんな強引な人もどうかと思います💦
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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