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断髪小話『誕生日の出来事』

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 彼女の誕生日が近づいていた。お互い大学生で付き合い始めて日も浅い。欲しいものがあるかもしれないと尋ねてみた。

仁奈にな、誕生日プレゼントはなにが欲しい?」
「バリカン!」

 即答だった。意外すぎるものに聞き間違えたかと「もう一回いいかな」と聞き直した。
 
「バリカンが欲しい!」

 どうやら聞き間違いではないらしい。

「えっと……それは髪を切るときに使うあの?」

 もしかしたら想像と別の可能性があるかもしれない。例えば最近流行りのゆるキャラの名前とか。
 
「そうだよ。刈り上げにする道具だよ」

 ……ゆるキャラではなかった。

 肩より長いセミロングヘアをいつも内側に巻いているような彼女のイメージから程遠い代物だ。自然と湧く疑問をそのまま口にした。

「なぜバリカンを?」
「ずっと前から欲しかったんだ」

 いまいち意図したところが伝わっていない。キラキラと輝いた目に更なる追求をできる気がしなかった。
 
「あ、あぁ、わかったよ」
「やったぁ! 楽しみだなぁ」

 釈然としないものを抱えたまま、一先ずネット通販でバリカンを注文することにした。
 

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

 そして迎えた誕生日当日、洋食レストランで外食して誕生日ケーキを彼女の部屋で食べた。彼女は「デザートは別腹」とか言いながら美味しそうに頬張っていた。

 一息吐いた後、例のものを彼女に渡した。

「はい、これプレゼント」

 包装紙で可愛らしくラッピングされた箱を渡した。見た目からは想像できないだろうが、中身は彼女が要望したバリカンだ。

「ありがとう!」

 嬉しそうな顔で包装を開けている。彼女の誕生日を純粋に祝っているつもりだけど、どうにも胸中は複雑だ。

「うわぁ! 本物のバリカンだー!」

 本体を箱から取り出して眺めている。一応、女性向けのつもりでピンク色のバリカンを選んだ。味気ないプレゼントへのせめてもの配慮のつもりだった。

「あ、これCMで見たやつ。“女性も気軽にバリカンを”って。ほら女優の……、まぁいいや。その人が実際に刈り上げにされてさ、驚いたよね」
「へぇ、そうなんだ」

 見たような気もするけど記憶にない。

「炎上してすぐ放映中止になったからね。えっとこれとこれを繋いで」

 コンセントに繋いで電源を入れたらしく部屋にヴィィンとモーターの音が響いた。

「わわっ! 音大きい! 振動強い!」

 バリカンを手にする彼女はとても楽しそうだ。ひとしきりバリカンを弄っていた。

「ねぇねぇ、マサくんの髪刈りたい」
「へ、俺?」

 突然の指名に声が裏返った。

「使ってみたい!」
「いやいや、待ってよ」
「ね、お願い?」

 ここぞとばかりに上目遣いでねだってきて、断りづらい。

「……ダメだダメだ」

 心を鬼にして口にした。バリカンを渡せば想像できた展開かもしれないけど、二つ返事でオーケーできるような勇気はない。

「私ね、もともと短髪の男の人が好みなんだ。マサくんの刈り上げも絶対カッコいいだろうな……。今も十分だけど」

 顔を赤らめている彼女に逆にこちらが照れくさくなって手の甲で口元を隠した。

「うっ……、刈るっていっても部屋汚しちゃうし」
「それなら大丈夫! バリカンをすぐ使えるように色々と準備しておいたんだ」
「え、そうなの」
「お願い、少しだけでいいから!」

 張り切って準備するほど楽しみにしていたらしい。確かに手に入れたものをすぐに使ってみたくなる気持ちは分からなくもない。仕方ないとばかりに頭を掻いた。

「分かった。ただし」

 仁奈が持っているバリカンを取り上げ、箱に同梱されていた六ミリのアタッチメントを取り付けた。

「この長さより短くしないこと。あと襟足を刈り上げるだけね」
「ほんとに? やったぁ!」

 もう何年も刈り上げにしていない。六ミリならすぐに髪は伸びるからと自分にしつこく言い聞かせた。

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

「じゃあいくよ」

 レジャーシートの上に座りクロスを巻かれた俺、幼い頃によくこうして親に髪を切られたっけ、とふいに思い出した。懐かしい訳もなくあまりいい思い出ではない。刈り上げにしなくなった原因の一端だなと冷静に振り返った。

 そんな俺が彼女の手で刈り上げにされるとは、と物思いに耽っていると背後からバリカンのモーター音が近づいてきて、ザリ、ザリと髪が落ちていった。やっちゃたなぁと一つため息が漏れた。

「わっ! すごい!」

 俺の気分とは対照的な彼女の明るい声にずっと苦手に思っていたバリカンも嫌ではない気もしてくる。

 襟足から数センチほどを刈り上げたらしい。髪を払う手の感触でそう感じただけで、鏡に映る見た目ではあまり変化がない。

「六ミリって意外と長いのね」
「そう?」
「指でつまめそう。もうちょっとやりたいなぁ」
「マジで」
「あと少しだけ、ダメかな?」

 両手を合わせて必死にお願いをする彼女が可愛くて断れなかった。

「あーもう、あとちょっとだけな。六ミリのままであまり上まで刈るなよ」
「ありがとー!」

 早速とばかりに再びバリカンのスイッチを入れていた。今度は後頭部の真ん中くらいまで刈られ顔が引きつってきた。上の髪は長いまま後頭部より下は刈り上げ、きのこみたいな髪型に明日にでも髪を切りに行こうと固く決意した。

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

 
「これは……」
「いっぱい刈り上げちゃった。バリカンすごい! やっぱりカッコいい」

 変な髪型だ。でも彼女からはそう見えないらしい。全く悪気のない笑顔に毒気も抜かれる。

「満足した?」
「うん、充分! 楽しかったぁ!」

 付き合って最初の誕生日、彼女が喜んでいるのなら良しとしよう。襟足のザリザリした感触で変な感じしかないが。

「あのね、もう一つやりたいことがあって」
「……今度はなに?」

 いくら可愛い彼女でもこれ以上髪を切られるのは御免蒙りたい。

「私もマサくんにバリカンされたい」
「え、は? 本気?」

 予想できたことかもしれないけど、想像していなかった。
 
「本気。ずっと短くしてみたくて」
「ちょっと待って」

 今の自分の髪型がこうなのだ。手先が器用でもないし彼女を変な髪型にしてしまうのは忍びない。

「まずはマサくんにバッサリと切ってもらいたいなって」

 顎の辺りで指で髪を挟んでいた。二十センチは切ることになりそうだ。

「そんなに? もったいなくない?」
「私ね、今日が早く来ないかずっと待ち遠しかったんだ」

 誕生日プレゼントにバリカンを欲しがった彼女だ。紛れもない本心なのだろう。ふぅと一つ息を吐いた。

「しょうがないな。俺みたいに変になるかもだけど」
「えー、カッコいいのに」

 彼女のセンスを理解するにはまだ時間が必要そうだと肩を竦めた。

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

 先ほどとは真逆でレジャーシートの上に座りクロスを巻かれた彼女。クロスにかかる色素薄めの黒髪を本当に俺が切るのかと、どこか現実味のない光景だった。

 まずハサミで切られたいと言われ、彼女が準備したカットバサミを手に持った。

「バッサリ切ってね」

 鏡を真っ直ぐ見つめている彼女の目に迷いなんてなさそうだ。彼女の髪を掴み、まずは長めにとろうと肩辺りにハサミを入れようとした。

「そこじゃ長いよー」
「ミスるかもしれないし」
「マサくんになら切られ過ぎたい」
「それはマズイだろ」
「せめて顎ラインでズバッと」

 サイドの髪を少し引っ張り、彼女が指で指し示したラインにハサミを当ててザクリと切った。切り離した後の髪は浮き、顎より少し上になっていた。

(やべっ! 切り過ぎた)
「わ! 短っ!」

 彼女は短くなったサイドの髪を楽しそうに触っている。

「すごーい!」

 真っ直ぐ切り揃えるように真横にハサミを進める。バサリ、バサリと髪がレジャーシートへ重たそうに落ちていく。

「首にハサミの感触があるのってゾクゾクする」
「……」

 彼女の反応は理解を超えている。なんとか揃えないとと懸命にハサミを動かす。反対側まで切り終え顎より少し高めのボブになっていた。

「わっ! 髪がない!」

 頭をふるふる振って髪が短くなったのを実感しているみたいだ。

「切り過ぎた。ごめん」
「え? 全然いいよ! むしろめっちゃドキッとした」
「でも襟足より短くなっちゃったし……。ここどうしよっか」

 切り揃えたラインより襟足の髪が数センチ飛び出ていた。

「うーん。なくしちゃう?」

 襟足の短くなった部分を指で触りながら言っていた。

「なくすって」
「バリカンで剃っちゃうとか。あ、ついでに首筋もキレイにできるかな」
「はぁ」

 本当にそれでいいのか、そう思っても他にプランもなく言われた通りバリカンを準備した。

「じゃあやるよ。じっとしてて」
「やった。待望のバリカン!」

 彼女の頭を軽く手で押さえて襟足をスッとバリカンで剃った。ジョリっと大きな音を立てた瞬間、彼女の肩がビクッと跳ねたのが分かった。

「うぅ〜、くすぐったい」
「すぐ終わるから我慢して」

 襟足から首筋へとアタッチメントを外したバリカンで優しく沿わせた。剃り跡は青い。細かい産毛も取れ白肌を晒していくようだ。それはそれで妙な色気があった。

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

「こんなもんかな」

 肩に積もった髪を払う。変な気分になりかけていたのを振り払うようにバリカンを止めた。

「うわぁ、剃っちゃった」

 彼女は襟足にずっと指を這わせている。

「どうだった? 初めてのバリカンは?」
「くすぐったかった。……でも」
「でも?」
「すぐ終わっちゃったな」
「もう十分だろう」
「もっとバリカンを堪能したい」
「それは店でやった方がいいんじゃないか?」

 上手くできる気がしない。けれど彼女はふるふると首を振ってみせた。

「マサくんがいい」
「でもショートとかできないし、おかっぱは……」

 彼女は耳より上の髪を束ねて持ち上げていた。

「この内側の髪を刈るならできるでしょ?」
「いや、でもさ」
「初めては全部マサくんにやってほしいから」

 彼女は髪を持ったまま俯きがちにこちらへ首筋を晒け出している。バリカンを手にしてアタッチメントに手を伸ばした。

「あ、六ミリじゃ長そうだから三ミリがいい」
「一気に短くすると風邪引くぞ」
「平気だよ。マサくんとお揃いだし」

 三ミリのアタッチメントを付けて一気に耳の高さまで髪を刈った。バサバサと髪が落ちてくる。

「わっ! わっ!」

 少しずらしてバリカンを髪に入れる。真っ直ぐ伸びていた黒髪が灰色の線で分断される。

「ヤバい。ずっとやっていたい」

 刈った跡にそっと触れる。ゾリゾリした感触がちょっと気持ちいい。

「あっ……やだっ」
「気持ちいい?」
「うん……。バリカンすごい」
「続けるぞ」

 耳の高さまで彼女の髪を刈った。途中彼女が「腕が痛い」と言い出して髪をクリップで止め直した。随分とバリカンの感触を気に入ったらしく、刈り終えたときには物足りなさそうにしていた。そしてもっと髪を切りたいと言い出し、前髪は眉より上にサイドと後ろは耳が隠れるくらいにしようとして左右の高さがなかなか揃わず、耳たぶが出るくらいまで短くなっていった。

✳︎✳︎◇◆◇✳︎✳︎

「髪短い、頭軽ーい」

 部屋を片付けてから仁奈はずっと自分の刈り上げを触っている。雰囲気が変わった彼女が見慣れなくてちょっと落ち着かない。

「本当に良かったのか?」

 刈り上げのおかっぱみたいな髪型だ。後ろから刈り上げが完全に見えているし、剃った跡もある。

「こんなに短いの初めてでそわそわするけど最高だった」
「ならいいけど」
「刈り上げちゃったし、耳も出ちゃってる。こんなに切っちゃったんだ。噂の切られすぎる美容室に行ったみたい。やって良かった」

 嬉々とした声をあげて鏡を見ながら耳たぶとか触り出していた。

「仁奈、これを開けてみて」

 小さな包みを差し出した。

「え? なにこれ」

 別で用意したもう一つのプレゼントだ。包みを開け、中身を指で持ち上げた。

「これピアス? かわいー」
「さすがにプレゼントがバリカンじゃ、ちょっとな。髪短くして丁度よかったのかな」

 片方を台紙から取り外し、髪を切るときに外したピアス代わりにと彼女の耳に付けた。

「誕生日おめでとう、仁奈」

 もう片方も付ける。露出した耳たぶで誕生石が小さく光り、ピンクゴールドの小さな輪っかがゆらゆらと揺れていた。そのときに浮かんだ仁奈の表情でこんな奇妙な誕生日の出来事もいい思い出になる予感がした。

 次の日、俺は髪を切りに行った。いつもとガラリと変えて短く。それからの仁奈はずっと俺の刈り上げを触る。「マサくんの短髪刈り上げ萌え〜」って言いながら。彼女が喜ぶなら刈り上げも満更でもない。

後書き

裏タイトル「こんな風に迫られたら陥落するかもしれない」シリーズ第◯弾です。
他のシリーズ作品は暇つぶしにでも探してみて下さい笑
(そんな人いないですよね😓)

最後まで読んで頂きましてありがとうございました。

たぶん年内最後の更新だと思いますのでちょっと早いですが、良いお年を!

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