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断髪小説『マネージャーの距離感 後編』

あらすじ

野球部の女子マネージャーが部室で見ていたものと、その思いは。

小説情報

文字数  :11,315文字
断髪レベル:★★★★☆
キーワード:高校生、野球部、マネージャー、ポニーテール
項目の詳細はこちらをご覧下さい。

本文

 キィと音を立てて扉を開けると、早水はやみが棚の前で立っていた。
 
――前にもこんな事あったような……

 いまいち思い出せないが、前にも見た光景な気がした。

「マネージャー? どうかした?忘れ物?」
「えっ!? あ、きゃっ!」

 カシャンと音がした。早水が屈んで、慌てた様子で落としたものを拾おうとしていた。しかし何か細長い物体がくるくると回転しながら、こちらに転がってきた。どうやら彼女の足に当たってしまったらしい。腰を曲げて、転がってきたものを拾った。銀色の棒状のものらしい。

――え? バリカン?

 目に飛び込んて来たものは意外なものだった。部室でよく使っているものだ。女子マネージャーがバリカンに用があるとは思えなくて、疑問になる。

「ご、こめん。拾ってくれてありがとう」

 早水がこちらに近寄って来て、手を差し出してきた。バリカンを受け取るという事なのだろう。渡すよりも先に疑問が口を突いて出た。

「何でバリカンなんか持ってたんだ? 故障?」

 バリカンを角度を変えて見てみる。細かい傷はあるが壊れている様子はない。刃先が錆びている感じもない。電源を入れてみると、充電が残っていたらしく、『ビィーン』といつも通りの音を立てていた。すぐにスイッチを切った。

「そ、そうじゃなくて……その、何となく目について」
「ふぅん」

 普段バリカンを使わない女子からすれば、物珍しいものなのかもしれない。「はい。」と言ってバリカンを早水に手渡した。早水は棚へと向かい、上から二段目にある箱へバリカンを仕舞おうと背伸びしている。

――あ、あの時の

 その姿を見て思い出した。確か夏休み前のことだ。

「前もバリカンを見てたんだな」
「えっ?」

 彼女はバリカンを手に持ったまま、こちらへ振り返った。

「もしかして使ってみたいとか?」
「っ……!!」

――この反応は図星だな

 何か確証があって言ったわけではなかった。思っていた以上に素直な反応が返ってきて、むしろこちらが驚いたくらいだ。そのくらいあからさまに彼女の顔は動揺していた。その反応に少しいたずら心が働いた。

 スタスタと数歩歩いて彼女に近づく。彼女を見下ろす形になる。身長差は三十センチ以上あるだろう。彼女の手からバリカンをスルッと取り上げた。

「あっ、その、これは、」
「今から使ってみる?」
「えっ?」
「気になっているんだろう?これ。前もこっそり見てたし、俺らが使ってた時も覗いてたしさ」

 手に持ったバリカンを彼女に見せびらかす。慌てている様子が面白かった。確かにバリカンで人の頭を刈るのはちょっと楽しい。早水が興味を持っていても不思議ではなかった。

「の、覗いたつもりなんてっ……」
「そうか? そうは見えなかったけどな」
「……っ、高橋たかはしくんっていじわるだね」
「そんなつもりはないけど、気になってるなら、やってみれば良いと思っただけだよ」

 否定しないのは興味があるからだろうとは思う。ちょっとしたいたずら心で揶揄からかってみただけで、追及するつもりはなかった。そろそろ潮時だとバリカンを棚に戻しかけた時、彼女の手が俺のバリカンを持つ腕を掴んでいた。

「……やってみたい」
「何を?」
「バリカンを使ってみたい」
「いいけど、どうするの?俺の頭でも刈る?」

――全然長くないから、大して面白くもないだろうけど

「そうじゃなくて、」
「なに?」
「私の髪を刈って欲しい」

――ワタシノカミヲカッテホシイ……?

 すんなりと理解できず、早水が言ったセリフをそのまま頭の中で繰り返した。

「……はぁっ!? 本気か?」

 少し遅れた反応で、思わず大きな声が出た。その想像はしていなかった。

「えぇっ!? 何だと思ってたの?」
「いや、だからてっきり人に使ってみたいのかと」
「っ……!!!」

 早水の顔が真っ赤だった。

「ご、ごめん! 忘れて!」

 早水が俺の腕を掴んでいた手をパッと引っ込めた。

――女子が髪を刈りたいって、正気か?

 混乱しそうだ。一先ず落ち着こうと冷静に思考を巡らそうとした。運動部の女子とかは刈り上げのショートにする女子もいる。そう考えればあり得るかもしれない。マネージャーとは言え運動部には違いはないと無理やり自分に言い聞かせた。

「運動部の女子みたいにしたいなら、ちゃんとした所に行った方が早くね?」
「そういうのじゃなくて、……」
「?」

 さっきからいまいち話が噛み合わない。

「野球部のみんなと一緒にしたいと言うか、」

――俺らと一緒って、まさか坊主ってことか!?

 冷静になったつもりだったのに、混乱に追い打ちをかけられた。

「その、三年生が引退してからマネージャーって一人じゃない?部員達の仲が良いのが羨ましくて、この前も楽しそうに部室でバリカンを使ってたから、そこに混ざれたら良いなって」

 あれはただのノリというか馬鹿騒ぎだと思う。仲が良いとかそういう話とは違う気がする。それに早水は部員達に気に入られている。休憩時間に熱心に話しかけている部員もいるし、自然と周りに人の輪が出来ている時もあるくらいだ。

「別に坊主にしなくても、仲良くやってるじゃん」
「なんて言うか、自分だけ一緒に練習する訳じゃないし、仲間になりきれていないというか、ほら、高橋くんだって里中さとなかくんとは遠慮なく言い合えているじゃない。みんなとそんな風になりたい」
「うーん? できていると思うけどな」

 自分もだが、他の部員も仲間じゃ無いとか思っている訳ではないだろう。

「もうちょっと距離感を縮めたいというか、……それにね、暑い日に頭から水を被れて、涼しそうで羨ましい」
「確かに涼しいけど、いきなり坊主にしなくても良くないか?」
「そうかもしれないけど、……やっぱりやってみたい。さっき高橋くんも気になるならやってみれば良いって言ったじゃない」

 いつの間にか彼女は開き直った様だ。話し方が段々とはっきりとしてきていた。顔を赤くして動揺していたのが嘘の様だ。

「いや、言ったけどさ」
「バリカン貸して。今からやってみる」

 彼女は手を差し出してくる。自分が誘導した様で今度はこちらが動揺する。

「おい、ちょっと落ち着け」
「落ち着いてるよ。今まで十分悩んだし、さっきの高橋くんの言葉で決心がついたの」

――マジかよ。藪蛇やぶへびじゃん、これ

 深く考えず、何気なく言ってしまった自分を後悔した。彼女は真っ直ぐにこちらへ手を伸ばしている。手で顔を押さえて、盛大な溜息を吐いた。
 
 チラリと横目で早水を見るが、彼女の目からは明確な意志が感じ取れた。決意は揺るがないのだろう。

「はぁぁ。わかった。使い方は分かる?」

 ふるふると首を横に振っている。ポニーテールが左右に揺れているのが見えた。

「電源を入れてみて、充電できていなかったら、コンセントを繋いで。電源コードは同じ箱の中にある」

 うんうんと頷いて聞いている。

「今付いてるアタッチメントだと三ミリから六ミリの長さにできる。長さはこの数字を合わせるんだ」
「みんなはどれくらいにしてるの?高橋くんは短めだよね」

 俺の頭を見て言う。間違ってはいない。

「人によるけど、大体は五分刈りかな」
「五分刈りってどのくらいの長さ?」
「九ミリだな。それだとアタッチメントは付け替えないとだな」

 棚にある箱からアタッチメントと電源コードを探すと、すぐに見つかった。

 早水がバリカンを手に取って見ている。

「ねぇ、まずどうやったらいいかな。やっぱりこう?」

 バリカンの電源は入れずに、前髪の下からバリカンを入れる仕草をする。

――ず、随分と潔いいな……

「それでも出来るとは思うけど、まずはそのポニーテールを切ったらどうだ?」

 詳しくは知らないが、多分、長い髪が引っかかって痛いと思う。

「ハサミとかあるの?」
「そんなものはないな」

 部室を探せば工作バサミくらいは出てくるだろうが、それで髪を切るものでもないだろう。早水が困った様な顔をしている。

「バリカンでも切れる」
「あ、なるほど!」

 早水がベンチに座った。ポニーテールを手に持って、カチッとバリカンに電源を入れていた。

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