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断髪小話『僕の恋愛遍歴』

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 短髪の女の子が好き、そんな僕の恋愛遍歴を語ろうと思う。

 最初に自覚したのは中学のとき、そこそこ可愛かったクラスの女子が部活で刈り上げショートにしたのが発端だ。そこら辺の男子と変わらない髪型で女の子っぽい可愛さがなくなったというのに、なぜかドキドキとして、その子の姿をずっと目で追っていた。それなのにその子が夏に差し掛かるころに部活を辞め、髪を伸ばし始めると波が引くように興味を失い、どうでも良くなった。自分でも不思議で仕方なかった。

 不思議な感覚を持て余したまま高校へ進学した。どうやら一般的にイケメンらしい僕は有り体に言えばモテた。フリーのときに告白されて、特段断る理由がなければそのまま付き合ったりもした。ただ短髪の女の子じゃないとドキドキしない僕との恋愛は淡白に映ったらしい。どの彼女も決まって思っていたのと違うと言われ振られる。その頃の僕は付き合ってきた彼女たちに髪を短くしてほしいなんて、変態染みているみたいで言えなかった。

 繰り返しそういう経験をしたからか、高校を卒業する頃にはどんな女の子から告白を受けても、そっちの都合の良い理想を押し付けてきた挙句、違うと思った瞬間に僕を振るんだろうと思い込むようになって断るようになった。大学へ進学してから数ヶ月経ったころに転機が訪れた。そしてここから付き合う四人の女性によって大きく変化していく。

 まず一人目はサークルでそこそこ仲良くしていた女の子で、大学での講義、サークル、バイトの生活サイクルに慣れてきたころに告白をされた。最初は所詮、この子も高校時代の彼女たちと同じだったのかと軽く失望していた。仲が良かっただけに落胆も大きかった。いつも通りお決まりの断り文句を言おうとしたけど、なぜか今回はもし髪を切ってほしいって言ったらこの子は僕の好みにしてくれるのだろうかと、興味が湧いた。告白を断ればどうせ気まずくなる関係だ。いまさら言っても言わなくても同じことだと開き直ることにした。

「僕、髪の短い女の子が好きなんだ。そのロングの髪を切ることはできる?」

 彼女は驚いたのかきょとんとしていた。その反応が無理に決まってると言っているように思えて、言い慣れた断り文句を淡々と続けた。

「急にこんなことを言われてもできないよね。せっかくだけどこの話はなかったことに」

 彼女の声が覆いかぶさってきた。
 
「考えてみる」

 予想に反して拒否反応ではなかった。けど肯定の返事でもなかったので、どうせ切らないだろうと期待はしなかった。

 数日後、彼女は髪を切ってきた。腰に届くロングヘアを肩に付くくらいのボブヘアに。さすがにこれには驚かされた。

「言われた通り短くしたよ。これなら好みになった、かな?」

 小さく首を傾げて、少し短くなった前髪の下から覗き込むような上目遣いが可愛いかった。迷わずその場で交際をオーケーした。
 
 しかし最初こそ順調だった交際も数ヶ月後には僕から別れを切り出すことになる。肩口くらいのボブヘアは彼女にとてもよく似合っていたし、世間一般では可愛い部類なんだと思う。ただその姿は数ヶ月で見慣れてしまい、僕には物足りないものとなった。もし彼女が僕の望み通り、髪をさらに短くしてくれたのなら違った結末もあったかもしれないけど、そうはならなかったのは今でも残念に思う。

 二人目はバイト先の十歳年上の女性社員だ。いつものように女性から告白を受けて、当然のように髪を短くしてくれるならと返答をした。その後の彼女の行動は早かった。その日のうちに千円カットに赴き、バッサリとショートボブまで切り揃えてきた。しかもカットした人が下手だったのだろう。切り口がガタついていた。不揃いに切られた髪が妙に唆られ、交際に至った。

 彼女は僕が望めばいくらでも髪を短くしてくれた。ある意味理想だった。でもそれも長くは続かなかった。刈り上げのボブにしてもらった辺りでまたしても僕から別れを告げた。適齢期だった彼女は結婚したくて堪らなかったらしい。結婚を前提に両親を紹介してほしいと言われた瞬間、大学生の僕には話が重すぎて萎えた。逃げ出したくなった。別れ話を切り出したときの彼女の切羽詰まった様子は今でもトラウマだし、バイト先でも極力鉢合わせしないように気を揉む羽目になった。

 三人目はたまたま参加した合コンで意気投合した人だった。茶髪の巻髪で身体のラインがくっきりと出る服装に隙のないフルメイク、合コンに慣れた軽快なトークに最初の感想は遊び慣れてそうだったし、実際にその通りだった。前回の彼女で重い恋愛に懲りた僕はこういう遊び的な恋愛がいいのかもしれないと思って、「付き合っちゃう?」という軽いノリの告白にオーケーを出した。

 付き合い自体は割と普通だったと思う。ただ見た目へのこだわりが強かった彼女、髪を短くしてほしいという僕の要望にはなかなか応えてくれなかった。美容室に行って、渋々数センチカットしてくれるだけだった。そこそこ髪を切ってくれないと萌えない僕には付き合い続けるのはやはり無理だった。別れるときもあっさりしたもので、「合わないのはお互い様だし、しょうがないよね」的なノリの彼女は、いよいよ恋愛不信に陥りかけていた僕へせめてもの救いだったのかもしれない。

 最後の四人目は同じゼミの同級生だ。大学三年生になったばかりのしばらく恋愛から距離を置いたあとのことだった。その頃の僕は継続的に髪を短く切ってくれて、しかも結婚を意識しない学生らしい恋愛をさせてくれる都合の良い相手なんていないと、一種の悟りのようなものを開いていた。

 ある日、その女の子とたまたま教室で二人きりになった。真っ直ぐに胸元まで伸びる黒いストレートの髪が夕陽に反射してキラキラしていたのが印象的だった。その子とはよく講義が被っていたし、もちろん話したこともある。大学一年生の頃から見かければ挨拶を交わす程度には知り合いだ。

「ねぇ、今彼女いる?」

 恋愛不信気味だった僕には身構えたくなる質問だったけど、世間話でもするようなあっけらかんとした態度に、隠すことでもないかと素直に答えた。
 
「いないよ」
「あ、やっぱりそうなんだ」

 彼女の顔がパァっと嬉しそうに綻んだ。しまったと後から自分の不明を恥じて、一瞬にして眉間に皺を寄せた。

「そんな怖い顔しないでよ。良かったら私と付き合わない?」
「今、誰とも恋愛をするつもりはない」

 思っていたより冷たい声が出た。
 
「付き合っている間、私の髪をどんなふうに扱ってもいいと言っても?」
「……」

 言葉を失った。僕にとっては都合の良すぎる話で罠でもあるんじゃないかと疑うくらいだ。

「ふふっ、黙るってことはぐらついてるなー?」

 彼女は下から覗き込むように僕の顔を見てきた。

「近いって。本気で言ってるの?」

 顔を逸らした僕からスッと彼女は少し離れていった。
 
「もちろん! たぶん私たち上手く付き合っていけるんじゃないかな。試しにどう? ダメそうならちゃんと友達に戻るしさ」

 友達として見た彼女は嫌いじゃない。サバサバした性格は付き合いやすいし、なにより話をしていて楽しい。外見も短髪じゃないから興味を持てないだけで、少し童顔なところが彼女の魅力なのは理解できる。

「……いいよ」

 返事を逡巡したのは一瞬だった。

「じゃあ今日からよろしくね」

 彼女はニコッと明るい笑顔で手を差し出してきた。握手を交わすと同時にぐいっと手を引っ張った。少しよろけてこちらに近づいてきたところで耳元で囁いた。

「じゃあ早速、髪を短くしてきてくれる?」

 彼女の髪が甘く香る。理性が少し揺らぐ。囁いた耳が一瞬で赤くなるのが分かる。

「イケメンのアップ、破壊力すごっ! ヤバっ、鼻血出そう!」
「なにそれ」

 彼女は顔を赤らめたまま、勢いよくパッと離れていった。甘い香りも離れていくのは少し淋しい気もする。

「いけないいけない。思わせ男子にやられるところだった」

 彼女は独り言を言ってふるふると首を振っていた。

「短くしてくれないの?」
「ちゃんと短くするって! でもね、一つ条件があって」
「なに?」

 なにか面倒な条件ではないことを願った。
 
「まずは君に切られたい」
「……えっ? 僕、人の髪を切ったことなんてないけどいいの?」

 予想の範疇になかった条件で呆気に取られた。

「いいの。その、彼氏に切られてみたい」
「……わかった」

 彼女も僕と同じで自分の欲望を持て余していたのかもしれない、そう思うとより親近感が湧いた。確かに上手くやっていけるのかもしれない。

 彼女の髪はラブホで切った。行く途中にホームセンターで適当なハサミを買って。ザクリ、ザクリと襟足につかない長さで。最初にハサミを入れた瞬間は手が震えたけど、その分興奮も凄まじいものがあった。アソコがはち切れそうで痛いくらいだ。髪を切られている彼女の様子は恥ずかしそうな、うっとりとしているような、恍惚そうな表情がより興奮を掻き立てていた。

 胸元まであった髪が襟足から少し上で切りっぱなしになると、どちらからともなく求め合っていた。そこからは無我夢中であまり覚えていない。ただ今までにはない交わりだった。

 そのあとは彼女の希望で理髪店に行き、髪を整えてもらった。シチュエーションそのものもヤバいものだったけど、襟足がカミソリで剃られていく様を見て、またしてもどうしようもなく欲情して抑え込むのに必死だった。

 それから彼女の髪が伸びてきたら、まず僕が彼女の髪を切って理髪店に付き添うのが日常となった。

 最初はハサミで切るだけだったけど、僕も彼女もそれだけでは物足りなくなって、お互いのバイト代を出し合ってバリカンを購入した。

 まずは髪の内側にバリカンを入れた。音の大きさに肩を竦める彼女が可愛くてついバリカンで刈る範囲を広げてしまう。回数を重ねるごとにより短く、より広く刈り上げる。彼女から範囲を指定されていても、それを超えて刈る。もうっと頬を膨らませる彼女がまた可愛い。そして彼女も満更ではなさそうでバリカンが上に行けば行くほど、表情に悦びが浮かぶ。その様子に僕はつい調子に乗ってしまうのだ。

 そして最近では刈り上げを隠せない長さに髪を切った。刈り上げのおかっぱだ。前髪も眉より遥か上でぱっつり切った。たぶん大学の同級生たちは明らかに引いていただろう。でもこれが僕たちの恋愛の形なのだと見せつけたかったのかもしれない。

 そして今日も僕は彼女の髪を切る。まずはアタッチメントなしのバリカンで、耳の上まで青々しく刈り上げてから上に被さる髪を、耳に少しかかるくらいの高さでハサミを入れる。

「やだっ」

 彼女の顔は一瞬で赤くなる。

「やだじゃなくて、イイでしょ?」

 シャキ、シャキと一直線にハサミを入れる。もう理髪店にわざわざ行かなくてもいいくらいに、真っ直ぐ。

「切り過ぎだよっ。恥ずかしい」
「悦んでるくせに?」
「〜〜っ!」
「次から長めにする? 就活も始まるしさ」

 できればまだまだ短く切り続けたい。けど彼女の今後の人生に関わるのなら我慢も必要じゃないかと思うようになっていた。

「――切って。やらかしたって思うくらい、短く」
「ドMだな、ほんと。就活はいいのか?」
「いいの。こんな髪型でも採用してくれる仕事を探すから。それよりも君にダサく短く切られる方が大事」
「じゃあ遠慮なく」

 シャキ、シャキと髪を切り詰めていく。彼女と付き合い始めてもう半年が過ぎた。もし彼女が就職活動に失敗しても僕が養えるようにならなくてはと考え始めるようになった。僕はもう彼女を手放せそうにない。

後書き

書き殴りのようなもので、お目汚しかもしれませんが、、、
男性目線の短編は気が楽です。

最後まで読んで頂きましてありがとうございました。

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