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断髪小説『マネージャーの距離感 前編』

あらすじ

野球部の女子マネージャーが部室で見ていたものと、その思いは。

小説情報

文字数  :4,355文字
断髪レベル:ー(メインの描写は後編になります)
キーワード:高校生、野球部、マネージャー
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本文

「マネージャー? どうしたんだ? こんな時間に部室に居るなんて」

 全体練習が終わった後、一年生だけ居残りの素振りをして、部室に戻るとなぜか同じ一年生の女子マネージャーの早水はやみがいた。

 部室は屋外にあるプレハブ小屋みたいな建物で、主に部員の荷物置き場や更衣室として利用していた。

 部活で使う備品も置いてあったりするので、マネージャーがいてもおかしくないが、とっくに帰っていると思っていた。外はすっかり暗くなっている。

「え!? あ、きゃっ! た、高橋たかはしくん」

 不意にカシャンと音がした。何かが床に落ちたみたいだ。慌てた様子で早水が拾い、彼女の目の前にあった棚の上から二段目にある箱へ、背伸びをして入れていた。

「き、着替えるよね。私、もう行くね」

 慌てた様子で部室の扉から、駆け抜ける様に出て行った。走り去る瞬間、彼女のポニーテールが揺れているのが見えた。

――あの箱には、確か……

「先輩達、もう帰ったか」
「あちぃ、喉乾いたー」

 ぞろぞろと他にも居残り練習をしていた数名の部員たちが部室へ入ってきた。

「おぅりく、早く着替えて帰ろうぜ。腹減った」
「あ、あぁ」

 同級生に話しかけられて、部室にマネージャーがいた事なんてすぐに忘れて行った。夏の地方予選が始まって夏休みも近い、丁度そんな時期だった。



 過去に甲子園へ出場した時代もあったが、今は地方予選で強豪校と当たらなければ、それなりに勝ち進む、そんな野球部だ。

 夏の地方予選でも当然の様に甲子園を目指していたが、四回戦でシード校に敗れ、一年生と二年生、総勢三十名程度での新チームの発足となった。マネージャーも一年生の早水だけとなった。

 引退した三年生達は今年の注目左腕相手にやりきったと満足そうな顔だった。でもその気持ちはまるで分からなかった。チームが試合に負けたのはただただ悔しかった。夏休みに入った直後の出来事だった。

 部員の数に定員は設けてなかったが、マネージャーの募集は隔年で一名だけと決まっていた。昔、公式試合で誰がベンチで記録員をするかで揉め、部内で分断した事がきっかけらしい。

 基本的にマネージャーはメインで一名、三年生が引退までに一年生へ引き継ぎをするために、隔年での募集となっていた。マネージャーのやる事は色々あるが、一人でも問題はなかった。レギュラーを取れない部員は、たとえ上級生だったとしても、自然と補助に回っていた。

 球拾いに始まり、果ては他校のデータを解析したりもする。野球経験の無いマネージャーでは出来ないことも当たり前の様にある。チームが勝つためにと、部員同士で協力し合う、野球部に受け継がれている伝統なのかもしれなかった。



 ブルペンで投球練習を終えて、同じ一年で幼馴染の和史かずしとシートノックを行っているグラウンドへ向かっていた。

「変化球を投げる時、腕下がってない?リリースポイントが安定しなくて、ばらつく感じがする」
「マジか」

 軽く右腕を振って確認する。和史とは小学生の頃からずっとバッテリーを組んでいる。投手としての自分は、彼の方がよく知っているだろう。実際、彼の指摘はよく当たっていた。

 今日は習得しようとしている変化球を見てもらうために、ブルペンで座ってもらった。こうしてはっきり言ってもらえるのは有り難かった。

「しばらくシャドウかな」
「そうした方がいいかもね。始めたばかりだしさ」

 フォームを固めてから、また暫くネットスローだなと考える。秋の地方予選の初戦はすぐそこに迫っているが、焦っても仕方がない。そもそも背番号が貰えるかどうかすら怪しい。一つずつ自分の課題を消化していくことの方が先だった。

 グラウンドではまだシートノックをしていた。グローブをベンチに置いて、次の打撃練習ができるように、準備を手伝う事にした。

「なぁ、和史。練習の後、頭やってくれない?」
「分かった」

 暑い日が続いて、すっきりしたかった。

 野球部だからといって、坊主にする事を強制されている訳ではない。でも何故か月に一、二回くらいの間隔で部室で頭を刈る部員が大半だった。練習が早く終わる日に多かった。大体、誰かが部室で始めて、それを見て自分もという流れが常だった。

「あ、早水さん、それ俺達が運ぶよ」

 和史が打撃練習用の防球ネットを運ぼうとしている早水に声を掛けていた。背の小さい彼女が運ぶにはネットのサイズが大きすぎる気がする。

「ありがとう、里中さとなかくん。お願いするね」

 そう言って彼女はパタパタとベンチへ走って行った。野球帽から出ているいつものようにポニーテールが軽やかに左右に揺れていた。

「陸、そっち持って」
「あぁ」

 シートノックを終えたのか、他の部員もぞろぞろと打撃練習の準備を始めていた。

「みなさーん、ここにドリンクありますよー。ちゃんと水分取って下さいね」
「早水ちゃん、ドリンク頂戴」
「はい! どうぞ!」
「これ、俺がやっとくわ」
「ありがとうございます!」
「マネージャー、ヘルメットどこ?」
「今、持ってきます!」

 色んな声が飛び交っていて、少し雑然としていた。



 練習を終えて部室に戻ると、他の部員達がバリカンで頭を刈り合っていた。自分と同じ事を思ったのだろう。

「ふぅ、さっぱりしたー」
「うわっ、お前、これアタ無しじゃん!」
「今日、ミスってただろう。試合前なのに気合が足んねーんだよ!」
「おっしゃ、できた!モヒカンー!」
「これ、思ったよりイケてないっスか」

 もはやお祭り騒ぎだ。上級生も下級生もない。バリカンのモーター音と部員の喧騒で部室の中はかなり騒がしい。正確な数は知らないが、部室にバリカンが何台もあった。卒業生が置いていったものだった。

 「お疲れ様です」と一声掛けて部室に入る。喧騒を横目に部室にある棚の、上から二段目の箱からバリカンと電源コードを取り出して、和史に手渡した。

「よろしく」
「いつもと同じか?」
「あぁ、頼む」

 ベンチに座って和史に背を向ける。後ろからカチカチとバリカンを操作している音がした。長さはいつも三ミリにしていた。特に理由はないのだが、短めの方が好みだった。

 『ビィーン』とバリカンの音がしたと同時に襟足からバリカンが入ってきた。和史には何度もやってもらっている。慣れた手つきでジージーと髪を刈っている。振動が心地いい。パラパラと細かい髪が落ちてきて、体のあちこちに張り付いてくる。たった数ミリ程度の違いしかないが、幾分かすっきりしてくる気がする。

 バリカンは頭の上を動き回って、十分とかからず刈り終えていた。お互い慣れたものだった。立ち上がって、細かくついた髪を手ではたいて、髪を床に落としていく。

「和史は? どうする?」
「じゃあお願い」

 バリカンを和史から手渡される。

「六ミリ?」

 和史がいつも言う長さだ。

「そうだね」

 カチカチとバリカンのアタッチメントの数字を合わせて、和史の頭も刈っていった。



 部室の外にある水場で、蛇口を捻り、頭から水を被った。頭がひんやりしてくる。ついでに細かい髪も落ちていく。さっき使ったバリカンも水洗いをした。

 誰かが歩いてくる足音がした。音がした方へ視線を向けると、早水が部室の扉の前で荷物を抱えたまま立ち尽くしていた。部室の扉は開きっぱなしで、中を見つめているようだ。早水は着替えた後らしく、制服だった。部室に保管する備品でも片付けにきたのだろうか。

「マネージャー? どうかした?」

 部室の前の扉から動く気配が無かったので、話しかけた。部室からはまだバリカンの音がしていた。騒がしくて入りづらいのかもしれない。

「えっ!? あ、私、その……、出直してくるね!」

 荷物を持ったまま、ミーティングルームに向かってパタパタと走り去って行った。

 部室とは別で打ち合わせをしたり、映像を解析したりする部屋がある。マネージャーが更衣室としても使っていた。

 チラッと見えた彼女の顔は赤くなっている様だった。

――何だったんだ?

 持ってきた荷物は良いのかなと疑問に思ったが、追いかける事はしなかった。同じクラスでもないし、用がある時以外で話した事はない。仲が良いとは言えなかった。変に追いかけても迷惑だと思った。

「陸、どうかした?」

 何となく早水が走り去っていった方向を見ていたら、部室にいた部員から話しかけられた。部室に入りながら口を開いた。

「何かマネージャーがそこにいたんだけど、走ってどっか行っちゃった」
「ふぅん。そうなんだ」
「なになに? 早水ちゃんの話?可愛いよな」
「は?」
「小動物みたいでさ。ちょこまか動いて、ポニーテールがピョンピョン跳ねるしさ」

 小柄だと思うが、可愛いとかそんな事を思った事はない。

「俺も思った。小さくてつい構いたくなると言うか」

 他の部員が次々に話に入ってくる。

「そうそう。練習中に動いてる所を見ると癒されるわ」
「女マネが可愛いとか最高じゃね。俺、この学校に来て良かったー」

 意外と部員に気に入られていたらしい。全然知らなかった。そもそもそう言う話をする事がない。

「陸はあんま女子の話とかしないよな。好きなタイプとか無いの?」
「そういうの良く分かんねー」

 本当によく分からなかった。どういう女の子が好みとか考えた事もない。

「うわっ、なんかかっけぇ。俺も言ってみてぇ」
「お前が言っても、誰も信じねーよ」

 部室の床を掃除してから、学校を後にした。結局、早水は部室に戻って来なかった。



 夏休みも終わり、二学期が始まった。秋の地方予選はまだ続いている。背番号も19だったが貰えた。そうそう投げる出番は無さそうだが、純粋に嬉しかった。

「陸、帰ろうぜ」

 今日は月に二日ある部活の休養日だった。同じクラスでもある和史から話しかけられた。

「あ、悪りぃ。部室に忘れ物を取りに行かないと。先帰ってて」

 校舎とグラウンドは少し離れた場所にある。付いて来てもらうのはさすがに気が引けた。

「そ。じゃあお先」
「あぁ。また明日な」

 和史は教室から出て行った。昨日、間違えて着替えを部室に置いて帰ってしまったのだ。今朝、母親から「洗濯が間に合わないでしょ!」と怒られたばかりだった。

 校舎を出て、部室へ向かった。休養日なので当然グラウンドには誰もいない。休養日はしっかりと休むと言うのが、顧問からのお達しだった。

 部室に近づくと明かりが漏れていることに気付いた。電気が付いているようだ。

――誰か居るのか?

 自分と同じで忘れ物でも取りに来た部員でも居るのだろうか。部室は普段から鍵を掛けない。閉じていた部室の扉を開けた。目に入った光景に既視感きしかんを覚えた。

後書き

長くなりますので、前後編に分けます。
後編は10/14(木)にアップします。
(後編は有料記事となります。)

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