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My Revolution

高校を卒業する時に流行ってた歌。

というと、歳もバレバレになるけど、この歌はその後の私の人生に大きな影響を与えていて、人生の岐路に立つたび、この歌の中のフレーズの、「夢を追いかけるなら、容易く泣いちゃダメさ〜」とか、「自分だけの生き方、誰にも決められない〜」などの言葉に、励まされながら、なんとか生きてきたな、と思う。

住み慣れた地方から都会に出るということは、当時18歳だった私にとっては、自分で決めたことにしろ何か得体の知れない恐ろしさがあった。

今までとは全く違う新しい生活が始まっていく、知っている人は誰もいない世界で、ただただ、自分の決めた事に向かうため、これからたくさんの事を学んで行く、そのまだ見ぬ世界を思うと、期待や不安が交互に押し寄せてきた。

今ならまだやめるれかなぁ、いや、それは無駄な抵抗だね、と一人二役をしながら、旅立つ前日の夜に布団の中で、実家の寝室の天井を見あげた時、ふとラジオから流れてきたのがこの歌だった。

あーこれは、もう何かに背中を押されているな、と思いながら、恐れよりも期待が大きくなるのを感じながら、センチメンタルも入って、涙が込み上げてきたのを、昨日のように思い出す。

それからうん十年過ぎて振り返ってみると、通ってきた道が、大きく枝分かれする度に、この歌が、その都度頭の中で流れていたなぁと。

そしてきっとまたこれからも、何か大きな選択をすることがある時、この歌が頭の中で流れていくのだろうな。

二曲目は。。。

異邦人とは一体なんぞや?

と思いながら、テレビから流れてくるこの歌を聴いていた子供時代。

その後の人生、紆余曲折しながらも、たどり着いたのは海外の地であり、そして自分がその異邦人になった事を思いながら、また、異邦人とはなんぞや?と、子供の頃の質問に戻っている今日この頃。

この歌もまた人生に大きな影響を与えていて、この歌を聴く時、というか、聴きたくなる時は、この地で異邦人として生きている私が、ちょっと疲れた時、活力を貰いたい時である。

三曲目は。。。


水色

犬のターミナル介護の時にずっと歌ってた歌。

最後はご飯も食べられなくなって、ガリガリに痩せてしまっていたけれど、ずっと穏やかでいてくれて、最後の3日間は、もう殆ど寝てばかりの日々だったけど、ずっと腕の中に抱きながらこの歌を歌っていた。日中は、日光浴させるために庭にあるベンチに座って歌ってると、腕の中で時々目を開けてじっと聴いていた。

わたしは水色の翼 大空に広げ
疲れて飛べない日は 大きな木に止まり
愛の言葉と風の唄 貴方にうたいましょう
季節は限りなく回り続けてるけど
わたしのこの心に 光る水色は
いついつまでも 変わらない 空と海の色
思い出よ ありがとう
白い波が 頬を濡らす
青い地球がまぶしすぎて

この歌詞のところばかり泣きながら歌っていたから、今も思い出すと泣けてくるし、まだちゃんと歌えない自分がいるけれど、この歌があったから、あの時の自分はちゃんと看送ることができたし、心の深いところでこの歌が犬と私をしっかりと支えて繋いでくれていた気がする。

三曲とも、私の人生の宝物。

音楽は、人生に彩りを与えてくれる。

その色彩は、ずっとずっと消えずにその人の人生を描いていってくれていると言っても過言ではない気がする。

明らかにその残像は消えず、その人にとってその歌がもたらしてくれた風景や心の動きは、その歌を聴くたび蘇ってきて、懐かしさや切なさや喜びや悲しみを一瞬のうちに思い出させてくれる。

そう思うと、人というのは、音楽から人生の学びを、実は思いがけないほど沢山頂いているのかも知れないなとも思う。














#スキな3曲を熱く語る

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