【紹介・感想】暗がりビオトープ
【作品ページ】コチラ
【制作】深山宵 様
【一言紹介】さあ、コインを入れて、あの頃の記憶へ飛び込もう。
【プレイ時間】45分~
【ジャンル】ノベル(選択肢なしの一本道)
【傾向】1990年代、ゲーセン、ドラマ、ビター、温かい、子どもと大人
【筆者プレイ日】2021/9/23
【筆者プレイ状況】読了
◆はじめに
本作はティラノゲームフェス2021の参加作品ですので、10月初旬のフェス開幕を待つか悩みました。けれど何というか、この作品から感じる不思議と懐かしいような、掴みどころのない魅力は時間を置くと移ろってしまうのではないかと思うので、少しフライングを失礼して感想を書きます。
私はこの物語のような体験をしたことはありません。知っているはずのない物語。でも何故か知っているような気持ちになるのです。もっと心の深いところで、共鳴する経験が眠っているのだと思います。それだけリアルな息遣いが描かれた作品です。
◆紹介(ネタバレなし)
◇あらすじ
舞台は199X年のゲームセンター。特別な思い出のある場所。居心地の良い空間。小学4年生のユーキは父親に連れられて、生まれて初めてそこを訪れた。薄暗い店内に満ちた電子音混じりの喧騒とゲーム画面の輝きに好奇心を刺激され、はじめは恐る恐る、しかしすぐに大胆に店内を歩き出す。格闘ゲームにハマり足繁く通ううちに、常連客や店員と打ち解け、自分の居場所を見つけてゆく――
◇おススメポイント
当時のゲームセンターの雰囲気や周囲の人々の様子が子どもの視点から丁寧に描写されます。今でこそ多くのゲームセンターでは煌々と室内が照らされていますが、1990年代は薄暗かったそうです。私はその様子を知らないのですが、イラストやBGMが臨場感たっぷりで、まるでタイムスリップしてその場にいるような感覚になります。
ダークブルーを基調とした店内に差された明るい黄色が、シックなBGMとマッチして特別感が演出されている。場面に応じた色遣いの変化が絶妙。
このワンシーン、どうでしょうか? 写真のように精緻ではないことがむしろ、記憶の中から呼び起こされた情景のような印象を与えてくれませんか? 曖昧だけど、所々が鮮明。実際にBGM付きで見ればもっと深く浸れると思います。
地の文は全画面表示ですが、会話文は立ち絵(シルエット)が表示されます。立ち絵の上に吹き出しが出る形式は結構珍しいと思います。非常に読みやすいです。小さな吹き出しに収まるということは、それだけ一言が簡潔なんですよね。マンガのようなテンポのよい会話でスラスラ読めます。
主人公は活発で好奇心旺盛なタイプなので、ゲームセンターの雰囲気にひるむのは一瞬。物怖じせずにコインを探したり適当にレバーをいじったり。最初はどうやったら遊べるのかすら分からないところから始まるので、ほとんどゲームセンターに行ったことがなくても楽しく読めます。
ゲーム関連のお話は勿論ありますし、作者さんの思い出を交えたTIPS集があるので、知っていればより楽しめますが、本作の主眼はどちらかと言えば人間ドラマです。主人公は、家族愛にあまり恵まれていませんが、家族以外の大人と接するうちに愛着を抱き、徐々に心境が変化していきます。
ままならないこともあります。幼ければ尚更です。そんな中でも温かい絆は育まれ、主人公はたくましく成長します。暗がりから始まった物語は陽の当たる場所へと展開していくことでしょう。
◆感想(ネタバレあり)
雰囲気が大好き! イラストとBGMのセンスがホントにドストライクという感じ。主人公のユーキは活発な子なんだけど、物語の雰囲気は落ち着いていて大人っぽい。
活発とは言ったけど、クラスの中心ではしゃぐとかそんな感じではなくて、好奇心の向くままに行動に移しちゃうというイメージ。食べっぷりがとてもよいので、それも活発な印象に繋がってるかな。
冒頭からすでに感情移入しまくりだった。大人ばかりの空間に入った時の少しの心細さと、特別な大人の場所にいるような誇らしさ。それらをすべて表現してくれている気がして。
作者さんゲーセンにめちゃくちゃ詳しすぎる。筐体の基板がどうとか、コントロールパネルがどうとか、TIPSは知らない技術的な話も多くて興味深かった。店員さんをされてたことあるのかな。
プレイヤーとしてのエピソードはマニアックというほどでもなく、(この技は○フレームだからとかいうレベルではなく)共感しやすかった。人気タイトルでは対人戦がメインなので、他のタイトルのコンピュータ戦で腕を磨くとか、楽しそ~という感じ。それで対人戦で勝てるようになったらアドレナリン出まくりだな~。
ゲームセンター「ラック」のお客さんはホントにいい人たちばかりで和んだ。New Challengerの章で強面のお兄さんに勝っちゃったときはドキドキだったけど、その風貌でいい人とか意外すぎる。試合が終わったらノーサイドな精神とてもいいね。
ユーキが実は女の子だとわかったときは衝撃だった。一人称がオレだし、それを抜きにしても男の子っぽい。でもその理由がいじらしいんだよね。お父さんと似ていることが誇りでもあり、でも今は疎ましくもある。やり切れない気持ちに整理が付かない。
お母さんはユーキを置いて出ていき、お父さんからは愛されているのか確証を持てない。そんな境遇に思わず可哀そうと思ってしまった。ユーキに殴られそう。そうだね。可哀そうなんて言葉は要らないよね。
だからサクラバさんとミホさんが、まるで家族のようにユーキに接してくれて、一緒にお出かけしてくれて、温かかった。本当に幸せで、ずっとこれが続くんじゃないかって勘違いしちゃったんだ。
押し入れの暗がりで震えていた子が、こうして新しい出会いをきっかけに成長して、視野が広がって、希望に満ちた未来が待っていると思ったのに。ミホさんとサクラバさんの別れで一気に現実に引き戻された。
結局は店員と客でしかない。家族同然に思っていた相手にそう言われてしまった絶望感。だからこそ、それで腐らずに前を向けたユーキと、最後のサクラバさんの手紙には泣いちゃった。家族じゃないけど何だって!? 何回でも言っておくれ。好き。ホントに、もう、そういうところだよ!!
狭い世界に閉じこもらずに殻を破っていくユーキが眩しくて好き。
◆おわりに
細かいところまで書き出すと取り留めがなくなるので、この辺で。強く感情移入できたので、その気持ちの一部でも表現できていればいいなと思うのですが。言葉にするのは難しいですね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?