風が吹く


こちらハルカストリングスさんの1st single"風が吹く"のファンアートです。
是非こちらを聴きながらどうぞ。

1st.album"風の中の夢"発売前夜祭💕


決勝戦は予想通り。剣技披露も終わりが近付いているのにアイツの姿が見えなかった。
行くあてなんて、裏庭にある小さな池のほとりしかない。
あちこちから掛かる声を適当にあしらいつつ、足早に向かうとアイツはやっぱりそこにいた。

「何してるんだよ」

声を掛けるとその薄茶の瞳が不安そうに揺れる。

「さっきの試合、見てたんだろ?」
「ん…」

伏せた瞳の先を見れば、一輪の白い花。ガーベラとか言うこの花は今日の第二の主役として、あちこちの屋台で売られていた。

「それ、ルークに渡すんだろ?」
「えと」

水色のワンピース姿がやけに似合っていた。
普段は一つにくくってる薄茶色の髪は今日は下ろされ、耳の上で小綺麗に編まれている。
頬や唇はほんのりと色付き、よくよく見れば爪までうっすら赤い。
いつも一緒にいる、口が回るあの女が世話を焼いたのだろう。コイツはこういうのは苦手だから。

ここまでめかし込んだ先にある、見慣れた友の姿が浮かび、俺は苦笑した。

「早く行ってやれよ。ルークのやつ、表彰式をすっぽかしてお前を探しに来るぞ」
「まさか。……来るわけなんて」

また悪い癖が顔を出している。育った家庭環境は悪くないはずなのに、コイツは酷く自尊心が低い。

「なあ、何があった?」
「私じゃ…ルークに不釣り合いだし」

そう言って花びらをそっと撫でる。その茎には折れた跡があり、花びらは幾つか地面に落ちていた。
コイツによく絡んでる口さがない女どもの顔が浮かび、午前中とは全く違う態度の想像がつく。

「またあいつらか。アレは負け犬の遠吠えだから気にすんなって何度も言ってるだろ?」
「……でも、本当のことだし」
「なあ、本気で言ってんの?お前、ほんとくだらないことばかり考えるよな。ほら、いいから行くぞ」

今日は特別な日。それはコイツだってよく分かってるのに。
ひとまずコイツを連れて戻らないと。そう思って手を差し伸べたのに、いきなり距離を取られる。呆気に取られていたら、言葉が更に俺を突き放した。

「ディエゴには分からないよ」

正直、その言葉は辛い。瞳にこぼれ落ちそうなものを見て、余計に胸が痛くなった。

「ディエゴもルークもみんなが憧れる騎士だもの。二人ともいくつも武功を挙げてるから領主様からの覚えめでたいって。
ディエゴにも立派なお家から釣書が届いているのでしょ?すごいよね。
……ルークは選びたい放題だって。
でも。私なんて五年も経つのにまだ薬一つ作れない万年見習いだし。
見た目だって……ガリガリだし美人でもない。目や髪色だって良くある色だし。
人見知りだし、すぐ緊張するから話も続かないし」

そう言うとコイツは笑って見せた。

「ほんと、すごい。二人ともどんどん先を進んでて。
ね、ディエゴは私の自慢の幼馴染よ」

幼馴染、ね。
そこにもう一人の名前がないのはいつものこと。
ああ。分かってる。分かりきってることだ。だからこそ、いつもの様に諭すまでだ。

「ガリガリだろうと、良くある色だろうと、お前には変わらねえだろ?
人見知りだろうが、緊張しようが、仕事じゃちゃんと対応してんじゃねーか。
それに、お前の師事する薬師は領主にも一目置かれている方で、お前以外に弟子を取ったことは一度もな」
「ディエゴは優しいから」
「は?」

いきなり優しいとかぶった斬られて俺は思わず固まった。

「ね、ディエゴは知ってたんでしょ?
ルークが近いうちにお貴族様の養子になるって」
「その話は」

さっきのは俺を拒否したわけじゃないことに安堵しつつ、あのクソ女共に怒りが湧く。この後ろ向きな態度はこれが原因だったのか。

確かにルークにはそんな話が持ちかけられた。しかもかなり熱心に。だがあいつははっきりと断った。
あいつはその為に武功を重ね、あちこちに手を伸ばし、そしてそれがようやく結実した。
ただ、その話を俺からしていいものかと言葉を詰まらせると、コイツはああやっぱりと笑った。

「やだなあ。ディエゴまで隠さなくったっていいのに。そっか。本当だったんだ」
「おい」

ちょっと待て。あの野郎、まさかコイツに何も話してなかったのか?
変な方向に話が進んでいることに焦る俺を置いて、コイツはペラペラと喋り続ける。

「ルークには私なんかより、もっと綺麗で家柄も良くて、素敵なご令嬢がお似合いよね。
みんなもそう言ってるし…そうよね。だから私には黙ってたのよね」
「いや待て待て」
「お貴族様の養子になるって、平民のままでは結ばれない方との縁談があるからでしょ?」
「だからそれは」

あの大馬鹿野郎。こいつは暴走するきらいがあるからしっかり手綱を握っとけとあれほど口酸っぱく……。

「それなら早く伝えてくれれば良かったのに。……私、ちゃんと祝福するのに」
「……は?」

思う以上に、低い声が出た。けれどコイツはそれすら気付いていない。

「私だってそこまでバカじゃないわ。そりゃ、二人に比べたら劣っているけど。でも、ルークがより幸せになる方なら私にだって」
「……私にだってなんだ?」

どうしてお前がそんな傷付いたって顔をするんだ?

「……私なんかより」
「お前の中のルークは、どうやら最低野郎みたいだな」
「!」
「えーと?お前よりもっと綺麗で?家柄が良くて素敵なご令嬢ね。
は、お前との約束を違って、そんなのを選ぶような男に見えるわけか。……人の気も知らないで」
「違うわ、ルークは最低なんかじゃ」

くそが。怒りが抑え切れず、笑うことしか出来ない。

「お前さあ、お前が自分を卑下するのはお前の勝手だよ。それこそ好きなだけ卑下すりゃいいさ。
でもな、ルークの気持ちも行動もきちんと受け止めようともせずに、身勝手にルークを決めつけてるけどさ。
それってあいつに対してすげえ失礼だってこと分かってる?」
「そん……」
「そうか。お前は本心じゃルークがお前じゃない女を選ぶと思ってるんだ。家柄や外見で。出世の為に、って?へえ」

ああ、ほんと。何も分かっちゃいねえ。

「ちが、」
「何が違うんだよ?毎日仕事終わりにお前に会いに行って、少ない休日もお前といられるようにやりくりしてて。
お前だって分かってるだろ?それでもあいつを疑うのかよ」

お前にとってのあいつがそんな程度なら。

「疑ってなんて」
「じゃあ何だ?あの女どもの言葉の方が、ルークの言葉や行動より信じられるってことじゃねえの?
なあ、お前にとってルークってのは、そんなに信用ならねえのかよ」

あいつを諦められるのなら。

「ちが、」
「なあ。あいつがその話をお前にしなかったのは何故だと思う?」
「え……?」
「あいつさ、その話を受けたらお前に最高の縁談を用意してやるって言われてたんだよ」

あいつの為に身を引くのなら。

「うそ」
「お前らほんとそっくりだよな。勝手に相手の幸せを決めつけて、相手を見ようともしないで。
ま、よかったんじゃねえの?互いが互いの幸せを願ってるんだ。すげー美談だな」

お前がそれでいいなら。

「なあ。お前は本当はどうしたいんだよ。ルークじゃなくてもいいのかよ」

──だったら俺でもいいんじゃねえの?

「やだっ」

このタイミングでその返答かよ。
余りのタイミングの良さにほんの少し神を恨みながら。俺は飲み込み、そして笑った。

分かってる。だから、それでいい。
お前はそれでいいんだ。

「ルークじゃなきゃやだ」

大きな瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。あーあー、そんなに泣いたらせっかくの化粧がぐちゃぐちゃになっちまう。
これ、俺がめちゃくちゃ怒られるんじゃねえの?
あの喧しい女が理詰めで畳み掛けてくるのを想像してげんなりした。

「ルークじゃないと嫌なの」
「……だとよ」

ホントに来やがった。つーかどこから話を聞いてたんだ。

「おい、表彰式はどうしたんだよ」
「団長には言ってきた」

思わず舌打ちする。言ってきたじゃねえだろうが。
大きなため息を吐き、軽く頭を振ってからルークの腹に一発叩き込む。俺の動作すら分かってて避けもしない。
いつか本気で殴らせろや。

「五分で戻ってこい。俺は先に行く」
「悪い、頼んだ」
「……一週間はお前の奢りな」

主役のいないこの後をどう持たせるか考えて、一瞬ばっくれようかと考えた。
待てよ?団長の愚痴も俺が聞かされるんじゃねーの?
あーもーほんとに!準決勝まで勝ち抜いた以上にどっと疲れた。

「言い忘れてた。なあ、さっきの話、あれ嘘だから」
「えっ」

大馬鹿野郎がお前のこと離すわけないだろうがよ。

「……どいつもこいつも大馬鹿野郎だ」

もちろん自分も含めて。


横抱きにされて、顔を真っ赤にしつつルークの胸元にしがみつく姿。
そのまま壇上に連れて行かれ、衆目の前でのプロポーズには俺も笑った。

団長は男泣きをしながらルークに抱きつき、領主は授ける予定だった剣を持ったまま動けないでいた。

領主の娘が必死に冷静を装っているのを眺めるのは悪くなかった。
あの女どもは赤かったり青かったりとカラフルなこった。
ま。きっちりと尻拭いはしてもらおう。

囃し立てる声と黄色い悲鳴の上がる中、これからすべき事の優先順位を考えていると隣に気配を感じた。

「見直したわ」
「……何が」

こちらを見もせず渡された革水筒に口をつける。
葡萄の香りが口中に広がり、かなり旨いことに驚いた。

「あら、諦めさせることだって出来たでしょう?諦めさせて、その手の中に堕とすことだって」
「……アイツは落ちねえよ」

そんな可能性が僅かでもあったら、とっくの昔に手に入れてる。

「だから見直したのよ」

ほんの少し首を傾げ、柔らかく笑う。……やっぱりコイツは食えねえ。

「何の用?」
「ん、親友と幼馴染に律儀な男を見たくて?」
「あっちいけ。酒が不味くなる」
「あんまりね。持って来たのは私なのに」

くすくす笑う姿に、周りの男どもが見惚れだした。

「そういうのいいから。本題は?無いならどっか行け」
「んもう、これだから…っと。待って、言うから!」

背を向けると人の服をつまむ。面倒くせえ。

「……何」
「これを彼に渡して欲しいの。そしてこっちはあなた宛よ」

上等な封筒の封蝋を見て思わず頬がひくついた。
コイツ……確か三年前に領地に来て、待てよ、誰の紹介でここに来た?思わず見つめると、不敵に笑う。

「方々に手を回したのは彼だけじゃないでしょう?寧ろ彼をスケープゴートにして面白いことをしてたって聞いたわ?
あなたもいい性格してるわよね。ま、苦労性には変わりないけど」
「いや待て」
「じゃ、あちらで会いましょう。その葡萄酒、もちろん彼の方からだから。あなたの給金よりは高いわよ。よく味わってね」

そう言うと瞬く間に人混みの中に消えて行く。渡された葡萄酒はあと半分。

「…そういうのは飲む前に言えよ」

わっと歓声が上がり、観衆の見つめる先に目をやる。
未だ頬を赤くしたまま、それでも肩の力が抜けている姿。

「せっかくの上等な酒だ。押し戴くとしますかね」

葡萄酒を呷ると、雲の隙間から一筋の光。
初秋の香りを伴って、今風が吹く。

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