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粉を食べて生きる

「まったく食欲がない時に、無理矢理1日2000キロカロリー分食べる」という行為を、毎日続けることは想像を絶する苦しみである。

4月5月6月と、その苦しみが何日も何週間も続いた。
1日2回、なにか食べようとするのだが、その食事の時間が近づくのがもう恐怖で仕方なかった。
そろそろなにか食べなきゃ、という時間になると、コンビニやスーパーに足を運んで食べられそうなものがあるかとウロウロしてみるが、どんな食品を見ても食べられる気がしない。なにを見ても、体内に入れたくない、口にしたくない、食べられない、と思ってしまう。
でも食べなきゃどんどん痩せてしまうので、カロリーの項目を見てもっとも少量で高いカロリーの商品を見つけ出し、買って帰り、胃に押し込んだ。

食欲ない時にそんな無理して食べなくても……という考え方もあると思うが、私の場合、痩せ細った姿を母に見せるわけにはいかないという縛りがあった。
まだ浜松に帰る前から(東京にいる時から)食べられなくなっていたのだが、私が痩せてしまうと、私を見て母がショックを受けると想定されるのである。
私が地元に帰った時にガリガリに痩せていたら、あるいは帰ってから日々どんどん痩せて行ったら、その私の姿に母はダメージを受けるのだ。
ただでさえ癌の検査、手術を控えてメンタル面がシビアな時に、しかも母は鬱病で10年前にまる1年、4年前にも半年も精神病院に入っていた人なのである、その母にひとり息子が痩せ細るほど体調が悪い現実を見せてしまったら、手術も不可能なくらいメンタル的重症になると思う。
だから、私は痩せるわけにはいかなかったのである。

そもそも私がなぜそんなに食欲不振になっているかというと、私も私でメンタルが病んで来ているからである。
前々回の記事と、前回の記事で詳しく書いたように、私はおそらくなにかの感染症の後遺症で、とても喉の具合が悪い。
一番ひどい時は「こんな辛いなら首くくって死んだ方がマシ」とか思っていた。喉が苦しくて。

原因不明の奇病ということで、コロナ後遺症かと思ったが、呼吸器科の先生や漢方の先生によると、コロナにしろインフルエンザにしろ普通の風邪にしろ、なにかのウィルス・細菌感染をきっかけに体調不良が(しかも人によって症状が違う、千差万別の体調不良が)長く続くというのは昔からよくあることということ。だからまあコロナ後遺症の可能性も大いにあるが、今から特定はもうできないらしい。
世間一般では珍しいケースなのだろうが、そういう患者さんがよく来る病院の先生の感覚では珍しくないことらしい。年齢が上がり、根本的な免疫力・抵抗力が落ちるほどそうなりがちとのことである。

ともかく症状は少しずつ移り変わりながらも私は3ヶ月も喉の荒れを引きずっていて、喉が苦しく、声がうまく出ない。
そして私は心が軟弱なので、症状が何ヶ月も続くと、「もうこのまま治らないのではないか……」という不安に脳が支配される。このまま喉の痛みが治らないのでは……もうずっとまともに声が出せないのでは……もう俺の人生は終わりか…………というように思考が進んでしまい、その絶望感でメンタルも病んでしまったのだ。

もともと私も10年前両親に巻き込まれて鬱病を発症しており、私が感じるに、鬱病というのは一度なってしまうと完治はせず「治ったと思っていてもそれは『小康状態』で、ちょっとしたきっかけでスイッチが入り鬱状態が復活してしまうもの」。である。
そのスイッチが、長引く喉の不調、ダメ推しに母の癌の発覚によりまだ完全にではないが6割、7割くらい押されてしまったのである。
そして私は数年ぶりに抑うつ状態(鬱病の手前。これが長引くと鬱病になってしまう)になり、食欲を完全に失ってしまったのだ。

また、物を食べると、喉が痛くなる。
喉に慢性炎症があるため、なにか食べることにより喉が刺激されてヒリヒリ痛くなる。痰が切れないので、何度も咳払いをして(咳をしたいのだが、ヒビの入った肋骨のダメージを抑えるために咳を我慢し、咳払いにしている)痰を切ろうとするのだが咳払いをすると荒れている喉に刺激が加わってこれも痛い。

という実に弱々しい状態のため、とにかくなにも食べたくないのだ。
どんな食材なら一番楽にカロリーが摂取できるだろう?と考え、「卵やピーナッツバターが少量でもカロリーが高い」ということに気付き、生卵をいくつもどんぶりに割って溶いて飲んだり、ピーナッツバターをスプーンですくって舐めたりしていた。精神科の先生(9月24日のマザコンに出て来るわかば先生)からは「フルーツグラノーラとか食べやすくていいですよ」とアドバイスを受けたので、グラノーラというのを買って牛乳をかけて食べたりもした。
でも、成人男性の必要量である1日2000キロカロリーというのは、食欲がない時には途方もなく大きい、到達不可能な数字に感じられる。卵が1個70キロカロリーくらい、グラノーラも牛乳をたくさんかけてもせいぜい400キロカロリーにしかならないのだ。
健康な時ならば、おそらく1食だけで2000キロカロリーくらい平気で食べられると思うのだが。

1日2回なにかを食べなきゃいけないという行為があまりにもきつすぎて、母が無事に癌の手術を終えてひと区切りついたら、「もう俺はなにも食べたくない。もうこれからはなにも食べなくなるけど許して欲しい」と頼み込もうかと、一時半分くらい本気で考えていた。「このまま衰弱して先に死ぬけど、本当にごめん」という意味である。
息子が先に死んでしまうことに母親が耐えられそうにない感じだったら、母親を連れて、施設の父だけ残すのも不憫なので何年かぶりに親子3人一緒に車に乗って、そのまま海に落ちるか……でも溺死はとてつもなく苦しそうでイヤなので、そうだ、練炭自殺なら苦しまずに死ねそうだ……。とか、どん底の精神状態で想像していた。

そんな中で……。
私をいくらか楽にしてくれたのが、たまたま何ヶ月か前に目にして、記憶に残っていたこの動画なのだった。

「完全食」を飲むだけで暮らしている人の動画。この動画が私を救ってくれた……。


完全食、というものが存在することも、私はこれを見るまで知らなかった。
「粉を飲むだけで何年も生きている人がいる」という、そういう動画がバズっていたことは記憶にあったので、「もしかしたらあの内容が今の自分に必要なのでは?」とふと思い、検索して探し出したのだ。そして見てみたのだ。

完全食とは、「人間が必要な栄養素がすべて摂れる食事」のことだそうだ。
パンとか麺とかいろんな種類の商品があるようだが、動画の彼が食べていた(飲んでいた)のは、粉であった。
粉を液体に溶かして飲む。そうすると、1回で、1日に必要な栄養素の1/3が摂れるというものであった。


これだ!と私は思った。
固形物が食べられなくても、飲み物を飲むことはできる。
動画の彼が1日2回飲み物を飲むだけで何年も生きていられるのであれば、私も同じことをすれば生きられるのではないか。この「なにも食べたくない時に無理矢理食べる苦行」から、この完全食が私を救ってくれるのではないか。

幸い、動画の中でチラッと商品が映っていたので、特定ができた。
「COMP(コンプ)」という完全食のようであった。彼はこのCOMPとプロテインを混ぜたドリンクを1日2回飲み、それを食事にしているという。

早速、COMPのサイトでカロリーを調べてみた。
1回分で粉だけのカロリーが400キロカロリー。これに牛乳を300cc加えてドリンクを作るとすると、600キロカロリーになる。
1日2回では必要摂取カロリーに届かないが(動画の彼は1日2回で痩せて行かないのだろうか? よっぽど粉を多めにしているんだろうか?)、3回飲めば、2000キロカロリー近くになる。食べ物を強引に口に詰め込まなくても、飲み物を飲むだけで衰弱せず、痩せ細らずに済む。多分。

ということで、私はCOMPを発注した。


基本的にはCOMPだけを牛乳に溶かすが、たまにカロリーを割増しするために、ドンキホーテで買った安いプロテインも混ぜている。


これを全力でシェイクして飲む。


そんなわけで、私の主食は、粉になった。


6月中旬から7月上旬までは、薬が効いたのか注射が効いたのかそれとも時間の経過の問題なのか、私の抑うつ状態はいくらか落ち着いており、夜には飲み物でなくてもなにかしら食べられるようになっていた。
鬱病経験者の方はわかってくださるだろうが、うつ状態は朝(寝起き)が一番きつく、夜の、寝るくらいの時間にはマシになる。
なので、ピーク時にはまる1日食欲が無だったが6月終わり~7月頭には夜には精神状態がいくらか安定し、食べられるようになっていた。
1食COMP、1食は普通のごはん、という構成で生活できていた。
ところが7月中旬からまた状態は悪化したので、ひょっとしたら今後しばらく毎食COMPの生活になるかもしれない……わからない……

なんにせよ、たまたま最近見かけた、完全食で生きる彼の動画のおかげで、私は非常に助けられた。
あの動画によってCOMPを知れなかったら、今私はガリガリに痩せていたり、あるいは吐きそうになりながらウィダーインゼリーやグラノーラ、卵などをかき込む毎日をまだ送っていたかもしれない。

ただCOMPは、粉だけにしてはわりと値段が張る。
いや、プロテインの値段を考えればそんなものだとは思うが、「飲みたいと思って飲むわけじゃなく必要に迫られて義務的に飲む」という場合にシェイカー1杯分のドリンクが約500円と考えると、貧民の私からすれば高い飲み物だな……と思ってしまう。
「食べ物のカロリーあたりのコスト」というのを考えてみたことがあるが、卵とか納豆がすごくコスパが良い。だいたい金額の3倍くらいの数字のカロリーが摂れる。1円で3キロカロリーとか。牛乳も同じくらいだと思う。健康に良いかという点は置いておけばポテトチップスなどのスナック菓子もコスパが良い。案外、ウィダーインゼリーはコスパが悪い。ウィダーインゼリーは1円=1キロカロリーくらいである。外で食べるファストフードとか安い定食なんかは1円=1.5キロカロリーとかである。
卵と納豆がお得度では群を抜いているのだが、ただ私の場合、卵や納豆のようなネバネバしている物を食べると食後の喉の苦しさが割増しになるというややこしい、本当に腹の立つ問題も抱えている。その点COMPは飲むだけなので、喉の負担が少なくて助かる。

唐突に終わるが、早く喉が治って欲しい……
普通に食べたいし、喋りたい。粉を飲む暮らしじゃなくて、大好きな中華料理とかラーメンを食べられる人生に戻りたい……。


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