「レッドクリムゾン・ブレイズブラッド ―赫赫たる暁の炎―」 第三話

1.
 焔たちの高校の食堂。
 賑わっている中で焔たちも昼食を食べている。焔は学食のラーメン、楓はサンドイッチ、ローラは紙パックの牛乳のみ。
 時折通り過ぎる生徒たちが三人を見て去っていく。
 それを横目にラーメンをすする焔。

焔「いろんな人に見られてるな」
ローラ「ダンピールと吸血鬼と吸血鬼ハンターが一緒にいるからな 嫌でも目立つだろう」「それか先日の一件だな」

 楓はぎくりとしてサンドイッチを食べる手が止まる。

楓「ごめんなさい…」
ローラ「謝るな あれは私が悪い」

 昼食を続ける焔たちの後ろから、第二話の最後に登場していた少女――天堂てんどう七星ななせが声をかける。

七星「ごきげんよう」

 振り向く焔たち。
 七星はにこりと微笑んでいる。
 周りにいる生徒たちは七星の姿に見惚れている。

七星「はじめまして 天堂七星と申します」
焔「はじめまして」「えっと…俺たちに用事ですか?」
七星「はい そちらの吸血鬼の方にお会いしたかったのです」

 不審な顔で七星を見上げるローラ。

ローラ「…私にか?」
七星「えぇ クラスメイトが教えてくれました」「二年生に吸血鬼の間で有名な方が転入してきたと」

 ラーメンを食べ終わった焔が七星に尋ねる。

焔「ローラって有名人なんですか?」
七星「皆さん口を揃えて仰っていましたよ」「『”変わり者のスカーレット”が転入してきた』と」

 ぴくりと反応するローラ。

焔「変わり者?」
七星「その意味をわたくしは存じ上げないので どのような方なのだろうと興味が湧いたのです」

 ローラは七星から視線を逸らす。

ローラ「ただの見物ならお引き取り願おう」
七星「とんでもない ぜひ仲良くなりたいと思ってお伺いしたのですよ」「きっとこれもなにかの縁です」
ローラ「随分と都合のいい縁だな」

 ローラは七星と目を合わせずに牛乳を飲む。
 七星は笑みを絶やさず、焔に視線を移す。

七星「わたくしはダンピールですので あなたともダンピール同士仲良くなりたいと思っています」
焔「そうなんですね」「俺は東雲焔です」
七星「東雲さん どうぞよろしくお願いします」「これ以上はご迷惑でしょうし このあたりで失礼いたします」

 一礼して立ち去る七星。
 七星を見送る生徒たちは「天堂先輩 今日も綺麗だよね」「この前事務所にスカウトされたらしいよ」などと密かに盛り上がる。
 焔は無心で牛乳を飲むローラを見る。

焔「それにしても ローラが有名人だったなんて知らなかったよ」
ローラ「言っていなかったからな」

 ローラは飲み終わった紙パックをぐしゃりと握りしめる。

ローラ「あれは私ではなくスカーレット家を指している」「…それに 両親はあの呼ばれ方を嫌っていた」

 怒りが滲み出ているローラと、思わず顔を見合わせる焔と楓。


2.
 焔のクラス。
 放課後を知らせるチャイムが鳴る。
 七星が廊下から教室にいた焔を呼ぶ。

七星「東雲さん」
焔「天堂先輩?」

 七星の登場にざわつくクラスメイトたち。
 クラスメイトに注目されながら廊下に出る焔。

焔「どうしたんですか?」
七星「お話があります」「このあと少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
焔「大丈夫ですよ」

 去っていく焔と七星。
 それを心配そうに見る楓と、訝しげに見るローラ。
 渡り廊下に着いた焔と七星。二人以外に生徒は誰もいない。

焔「それで 話ってなんですか?」
七星「深刻なものではありません」「わたくしの家でお茶会をしようと考えていて そのお誘いです」
焔「お茶会ですか?」
七星「えぇ せっかくですから東雲さんと親睦を深めようと思いまして」「スカーレットさんもお誘いしようと考えていますが いかがでしょう」
焔「いいですね ローラも喜ぶと思います」

 焔は嬉しそうに七星に尋ねる。

焔「あとそのお茶会 幼馴染も誘っていいですか?」

 焔の問いに七星の表情が固まる。

七星「…幼馴染というのは 食堂にいたあの方ですか?」
焔「はい 俺とローラだけっていうのも楓に悪いですし」

 苦笑する焔と反対に、七星の顔から笑みが消える。
 嫌悪に満ちた目の七星。

七星「東雲さん なぜ吸血鬼ハンターと一緒にいるのですか」
焔「え?」
七星「吸血鬼はわたくしたちと血を分けた存在であり 手を取り合って生きるかけがえのない存在です」「しかし 吸血鬼ハンターはその繋がりを断とうとしている」「そんな彼女となぜ一緒にいるのでしょうか」

 嫌悪と怒りが混じった顔の七星。
 俯いていた焔が顔を上げると真剣な表情。それに驚く七星。

焔「楓と一緒にいるのに 吸血鬼ハンターとかそんなものは関係ないです」

 無言でなにかを考えたあと、いつもの笑顔に戻る七星。

七星「失礼いたしました」「それではその方もお呼びしましょう」

 安堵する焔。

焔「ありがとうございます」「お茶会なんて初めてなので楽しみです」
七星「こちらこそ 当日が待ち遠しいです」

 教室に戻ろうとする焔。
 思い出したように七星の方へ振り返る。

焔「今更なんですけど 俺がダンピールだって先輩に言いましたっけ?」「俺って身体能力くらいしか吸血鬼に近いものがないのに…」
七星「…東雲さんはわたくしたちの間で有名ですから」
焔「そうだったんですね」

 恥ずかしいな、とポリポリと頬をかく焔。
 教室に戻っていく焔の背中を意味ありげに見つめる七星。


3.
 焔の部屋。

焔「――てことで 今度先輩の家に行くことになったよ」

 楽しそうにクッションを抱えている焔。
 ローラは大きなため息をつく。

ローラ「貴様と楓に言えるが もう少し人を疑うことを覚えた方がいい」
焔「俺だって人を疑うよ 悪いことは悪いって言えるし」
ローラ「今までの行動のせいで説得力は皆無だがな」

 納得いかない表情の焔。
 ローラは顎に手を添えて考える。

ローラ「私の勝手な想像だが 天堂七星はなにかを企んでいる」
焔「企んでる?」
ローラ「考えてみろ 世間で疎まれているはずの吸血鬼ハンターを簡単に家に招くか?」「気の知れた間柄ならまだしも ほぼ初対面の人間だ」

 鋭い視線を向けるローラ。
 それとは反対に、自信に満ち溢れた表情の焔。

焔「大丈夫 なにかあったときは俺が楓を守るから」
ローラ「…その根拠のない自信はどこから生まれた」
焔「俺の中の本能がそうしろって言ってるからな」

 笑顔の焔に呆れるローラ。


4.
 七星の家の前。私服姿の焔たちが立っている。
 焔たちの目の前には背丈を超える鉄扉と、その奥には色とりどりの花が咲いた庭。
 鉄扉を呆然と見上げる焔と楓。

焔「天堂先輩の家ってデカいんだな」
楓「緊張してきた…」

 焔は緊張した面持ちでインターホンを鳴らす。
 少しして、エントランスに現れるワンピース姿の七星。

七星「ようこそいらっしゃいました どうぞお入りください」

 案内される焔たち。ローラは焔と楓の一歩後ろをついていく。
 庭の一角にあるガゼボに案内される。
 椅子に座ると、七星の母親が紅茶とスコーンをトレイに乗せて持ってくる。

七星「わたくしの母です」
七星の母「いらっしゃい ゆっくりしていってくださいね」

 それぞれの前にティーカップとスコーンが置かれる。
 ティーカップに注がれた紅茶を見て目を輝かせる楓。

楓「いい香り…」
七星「スコーンは母のお手製です」「どうぞ召し上がれ」

 紅茶やスコーンを食べる焔たち。

焔「紅茶もお菓子も美味しいです」
七星「お口に合ったようでなによりです」

 七星も紅茶を飲んでティーカップを置く。
 庭の花をぼんやりと見つめる七星。

七星「…実はわたくし 両親と血が繋がっていないのです」
焔「そうなんですか?」
七星「そもそも わたくしは天堂七星という人間ではないのです」

 焔たちの手が止まる。

七星「元々この世界で天堂七星として生きていた子がいました」「しかし その子は吸血鬼に襲われ亡くなりました」「そしてある日 七星さんの両親とわたくしが偶然出会いました」

 家の前で出会う七星と七星の両親のイメージ。両親は七星の顔を見て驚いている。

七星「曰く 七星さんとわたくしは瓜二つなんだそうです」「わたくしも身寄りがない人間だったので 運命の出会いだったのでしょう」「両親の願いから名前をお借りして わたくしは天堂七星として生きているのです」

 笑顔だが、どこか憂いを帯びている表情の七星。
 それを静かに見ているローラ。ティーカップをつまみながら「さて」と話を切り出す。

ローラ「貴様の思い出話を聞いたところで 私から質問がある」
七星「なんでしょうか」

 ローラは七星を睨みつける。

ローラ「庭にいる奴らは何者だ?」

 ローラの視線が庭に向く。
 その視線に合わせて七星も庭を見る。
 頭に疑問符が浮かんでいる焔と楓。

七星「おそらく庭師でしょう」「月に一度の手入れの日ですから」
ローラ「とぼけるな」「狙いは焔か? 楓か?」「…それとも私か?」

 そのとき、ローラの持っていたティーカップがパリンと割れる。テーブルに破片と紅茶が散る。
 驚く焔たち。

七星「皆様全員です」

 庭から一人の吸血鬼が現れてガゼボに飛び込んでくる。それを避ける焔たち。
 衝撃でテーブルの上のティーカップは割れて地面に無惨に散り、紅茶もテーブルと床を茶色に染めていく。
 紅茶と落ちているスコーンを悲しそうに見る焔。

焔「紅茶とお菓子 もうちょっと食べたかったな」
ローラ「一人で勝手に食っていろ」
焔「冗談だって」
ローラ「貴様の冗談は冗談に聞こえない」

 ローラが呆れながら宙に手をかざすと、手元に剣が現れる。
 状況が飲み込めずに焦っている楓。

楓「焔 ローラちゃん これって…」
ローラ「なにも伝えていなくて悪かったな」「私たちは天堂七星の罠に見事にかかっている」

 ニヤリと笑うローラ。

ローラ「だが おそらく彼奴は犯人に繋がるなにかを知っている」

 貼りつけたような笑顔で焔たちを見ている七星。

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