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もしも、ケアマネが悪役令嬢に転生したら

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小説「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」まとめ
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「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第1話

あらすじ第1話 ケアマネ、【悪役令嬢】に転生する 「申し訳ねえ、お嬢様。こんな状態なもんで、お構いもできんのだわ……」  ネル・クラム伯爵令嬢の前には、一組の老夫婦がいた。  妻である老婦人はベッドに横になったままポロポロと涙を流していて、夫である老紳士は痛む腰をさすりながら何度も頭を下げている。  その情景を見た瞬間だった。 (……っ!)  彼女は、何もかも思い出した。  * * *  前世の彼女は『ケアマネジャー』──俗に言う【ケアマネ】という仕事に就いてい

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第2話

第2話 ケアマネ、【アセスメント】する 「さて。まずは【アセスメント】ですわね!」  帰宅したネルは、早々に書斎に閉じこもった。ノートを取り出して、老夫婦の名前を書き込む。 「えっと……『アクトン夫妻』、と」  そこから線を引き、情報を付け足していく。 「アクトン氏は、国営の道路清掃局の職員。長年、道路の落ち葉拾いなどを生業にしてきた。人付き合いが苦手で、親しい友人はいない、と」  さらに新たな線を引く。 「アクトン夫人は、数ヶ月前にベッドの上から動けなくなった

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第3話

第3話 ケアマネ、【王子様】の突然の訪問に驚く 「やあ、ネル」  慌てて支度を整えて応接間に行くと、そこには美しい青年がいた。グレアム・ジェシー・オールディス、この国の第2王子だ。彫刻のような美しい造形の尊顔にサファイヤの瞳がきらめき、絹のような美しい金髪は肩まで伸ばしてゆるくリボンで結わえている。  今は地味な学院の制服を身にまとっているとはいえ、その輝きは損なわれていない。物語に出てくる王子様そのものだ。 「ごきげんよう、殿下」  淑やかにお辞儀をしたネルに、グレ

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第4話

第4話 ケアマネ、【地域課題】を考える 「というと?」  ネルが心の中で思い浮かべたのは、【地域課題】という言葉だ。 「今回、私はたまたまアクトン夫妻という、困っている方々に出会いましたわ。けれど、困っているのは彼らだけではないはずです」  ケアマネとして、忘れてはならない重要な視点だ。個別の支援を通して、その地域が持っている課題を見つける。そして、新たな【社会資源】の創出に向けて働きかけるのだ。 ===Tips3=== 【地域課題】とは 例えば「独居高齢者が多く

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第5話

第5話 ケアマネ、【医療】の現状を把握する  王の勅旨を受け取って動きがとりやすくなったネルが一番最初に向かったのは、神殿だった。バッドエンド回避のために『聖女』に関することを調べておきたいし、何よりも……。 「神殿は、この世界での【医療機関】ですわ。まずは、ここから状況を把握いたしましょう!」 ===Tips4=== 【医療と介護の連携】 「脳梗塞を起こしたので介護が必要になった」、「寝たきりになったら褥瘡(床ずれ)ができたので治療が必要になった」、「がんの治療を続

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第6話

第6話 ケアマネ、【介護のプロ】を見つけ出す 「【介護のプロ】が見つからなければ、何も始まりませんわ」  ネルは屋敷の庭で紅茶を飲みながら、向かいに座ったメイドのマリアンに熱心に説明した。  彼女の言う【介護のプロ】とは、オムツ交換や入浴介助などの実際の介護技術を持つ人を指す。  彼女の前世の職業は【ケアマネ】であるが、彼女自身は【介護のプロ】ではない。高齢者施設やヘルパー事業所等の現場で働いた経験がないのだ。というのも、彼女の元の資格は『保健師』といって、地域に住む住

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第7話

第7話 ケアマネ、【聖女】と一緒に【地区踏査】する 「ネル・クラム伯爵令嬢! お会いできて嬉しいです!」  まさに『可憐』と呼ぶのに相応しい少女だった。艷やかな黒髪に、甘いチョコレートのような瞳。その華奢な雰囲気から、女性であるネルにすら『守ってあげたい』と思わせる。ゲーム『聖女様を助けて☆』のパッケージで見た、ヒロインの姿そのままだ。 「はじめまして。レイラさん」  ネルは、内心の焦りを悟らせないように、努めて冷静に挨拶を返した。 「彼女は一つ下の学年でね。平民だ

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第8話

第8話 ケアマネ、【財源】確保に奔走する 「ああ、本当に綺麗だよ、ネル」  うっとりと微笑むグレアムにたじろぎながらも、ネルはニコリと微笑んだ。 「素敵なドレスをありがとうございます」  今夜、二人はとある貴族の屋敷に来ている。いわゆる、夜会だ。  彼女が身に付けているのはグレアムが誂えてくれたドレスで、彼のサファイアの瞳と同じ色の絹の仕立てだ。金糸で施された刺繍が美しい。 「大丈夫だよ。学院で友人と話すように振る舞えばいい。ダンスは僕以外と踊る必要はないからね」

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第9話

第9話 ケアマネ、【ケアプラン】を立てる  ケアマネは無力だ。  介護サービスが充実している日本ですら、自分の無力さに何度も何度も打ちのめされた。  どれだけ介入しても、一向に生活状況が改善されない家庭はごまんとあった。日に日に悪化していく認知症の親を前に、涙を流す家族の愚痴を聞いたことも一度や二度ではない。  それだけではない。  独居で困っているはずなのにあらゆるサービスの利用を拒否した結果、自宅で孤独死した男性がいた。『自分で介護をしなければ』と思いつめて母親を

「もしも、ケアマネがよくあるファンタジー世界の悪役令嬢に転生したら」第10話

第10話 ケアマネ、【相談窓口】を開設する  それから数週間後。ネルとレイラがアクトン夫妻のもとを訪ねると、以前とは打って変わって笑顔で迎え入れられた。  彼らの生活は相変わらずだが、少しだけ変わったこともあった。 「ずいぶん楽になりました!」  介護者であるアクトン氏の負担が、少しだけ減ったのだ。 「それはよかったです」  ネルもレイラも、夫妻の笑顔に心が温かくなる。 「本当に、小さなことなんですがねぇ」  言いながらアクトン氏が見つめた先には、きちんと洗濯さ