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パパさまよった 梅雨の巻 (全28篇)




この土地で


この土地で 花は咲きあふれ
      風は吹きあれる
この土地で あなたは子たちを授かった
      木の葉  木の実 いも まめ
      つちの恵みは子たちを養うお乳となった
この土地で 親になったばかりの親から
      子たちは頬へ くちびるを寄せる仕草をおぼえ
この土地で いつの間にかしわだらけのじいさんになってしまった
      遠いあの日の子供がひとり
      この世を去る支度を始めている

みなが つながりあおうとして
    ときにきずつき
みなが ちからを集め保とうとして
    うっかり いすわり
    ときに重荷を抱え込み
みなが 周りへちからを添えようとして
    時に正しい答えにこだわり
    時にこれまでの考えを捨てて

みなそれぞれに
おおきくひとつの
いのちのながれに
ながされるまま ながされていく
この土地で花は咲きあふれ
あなたは子たちを授かった



へにょへにょ


かすれた声しか出てこない
肚にチカラがはいらない
立てないことはないけれど
立った姿は腰がひけていて
まるで腰ぬけのおよび腰だ
今まで気張ってチカラを尽くした
そのチカラの底が抜けてしまった
やる氣もでない
腹も立たない
ただへにょへにょで安らかだ
こんな自分には慣れていない
割り当てられたお役目も消え
果たしてあとは晩年なのか
死ぬまえはみんなこんな具合か
何かしなくちゃと思ったとたん
こころは汗をかきはじめ
肩がぐったりおもくなる
もういいじゃないか
大好きなお母さんから
よしよし頭をなでてもらって
面倒を見てもらわなくてもいいじゃないか
世のなかで力を高めて
世のなかへ力を示して見返りに
人気や評価を集めなくてもいいじゃないか
ここはへにょへにょな人たちの
へにょへにょな国なんだから
ながいとしつき気張りすぎちゃって
意志も情熱も体力も
すっからかんになっちまった奴らの
あてどななく行き着く国なんだから
お互いにもう いいじゃないですか
ほかに行くあてがさだかでないなら
へにょへにょしてたらいいじゃないですか
(ほかに行くあてのないままだったら
 そのまんまこの国の土になるんだね)
へにょへにょないのちがここにもひとり
いくあてのはっきりしないまま
雨のふるちいさな庭をながめてる
へにょへにょなりに
澄んだ晴れやかな
かぼそいこころで
たましいのゆくえを
おぼろにみまもるようにして



いのちの底


そうだ丸ごとみとめて暮らすほかにない
かっこをつけて強みを見せてる我だけでなく
しょぼくれた弱よわの我を記しておこう

たかぶり はりきり さえわたっていた
かつての頭部はぼうっとしたまま
どこかの谷間へ転がり落ちて消えてしまった

そんなに辛いわけでもないから
このまんま うつらうつらと麻痺したように
日々をやり過ごそうなんて そんな心境にもなれない

こんな我もまたありうるのかとみとめたら
そのまんまもう次へ向かって
生きてるいのちは流れを産みだし始めるらしい

弱りきったいのちの底の底から
しいんとしたいのちの光があふれだしてくる
そんな気配もかすかに感じてぼうっとしている




白い花



世界中を旅してきた。
いつしか五十代半ばを過ぎた。
今日はふるさとの実家へ帰ってきている。
ちいさな庭に生い茂るドクダミを摘んでいる。
幼少期から思春期まで二十年あまりを過ごした家。
世界で最も仲の良い木はこの庭の片隅にある柿の木だった。
さみしい時かなしい時いつもひそかに語り合ってきた柿の木。
こころのかよう友達でしかも頼りになる長老みたいな木。
昨年はこのちいさな木が四百あまりの実をつけてくれた。
我が家の長男の生誕を祝ってくれているようだった。

いま六月の曇り空のもと緑の葉はつやつやと輝いている。
子供の頃からずっと馴染んできたまま輝いている。
この木立の下には大好きだった柴犬のクマが眠っている。
思春期に入る直前にクマさんの飼い主となった。
ながいあいだともに過ごした心の友だった。
こちらが遠い街で大学生となってからは帰省を待ち続けてくれた。
帰省するたびに後ろ足で立ち上がってこちらの足へしがみついてきた。
感極まって大きな声も出せずに甲高い鼻声で泣きながら尻尾を振って。
あの前足の感触がよみがえり喪ってしまった父母との月日を想う。

かつて自立しようとしていた頃の伸びゆくチカラと夢。
たくさんの出会いに恵まれて別れのつらさも味わった。
父と母をあいついで亡くした頃に結婚した。
それから十年ほど経って離婚した。
結婚してさずかった豊かな島の家族も離婚と共に失った。
島のおとうも昨年の夏に亡くなってその葬儀には出られなかった。

再婚して新しい家族に恵まれたじゃないか。
喪失感なんて味わっている場合じゃない。
人は毎秒ごと積極的に前向きに情熱と志を持って生きた方がいい。
それくらいはよく知っている。
そして今はこういう時期なんだ。
これまでずっと喪った過去からよそ見しながら生きてきたからね。
まえの方うえの方を向いて積極的に生きようとしてきたからね。
あてどない感情なんて素早くなきものにしてきたんだね。

いまあてどない喪失感を許してドクダミを摘んでいる。
いく歳月の重なり合った今この瞬間を生きている。
摘んだドクダミはこれから干すのだ。
干したドクダミを保存しておくのだ。
いつか幼い子たちと煎じて呑むときが来る。
今のかなたに未来はあるのだ。

時は過ぎていく。
子たちはたちまち育っていく。
かつての子たちの面影はもうここにはない。
そしていつかはこの庭で想いだすのかもしれない。
今日のひと時と今日の感慨をふと想い出すのかもしれない。
どうしようもなくなっていたこんな人間もいつかはこの世を去る。
ドクダミの白い花は年ごとにこの庭で咲き続けていくのだろう。
この世界のどこかでふっと誰かが消え去っていったとしても。



あした


いまにつらなる いまのゆきさき
いのちにはっきりわかるのは
どうやらあしたのことだけなんだ

それよりさきのいろいろは
ひとそれぞれに たかぶった
あたまのなかを めぐるばかりだ

あしただけ まずはそれだけ
せめてあくる日ひと日にむかって
いまをたのしみ生きつくしてみる



護り神さん


パパにもね
そんな瞬間はあったんだ
我が身の値打ちが消えてしまって
もうだめだ
この身を捨ててしまえたらと
踏切の音を聞きながら思う
腰が痛くて
ここから先はへえ歩けねえ
そんな時ふっと
護ってくれてるチカラがな
パパにささやいてくれただよ

いつまでも甘えて病んでいなさんな
はあるかぶりに(お久しぶりに)
心の底から笑ってみなせえ
値打ちがなけりゃぁないままでいい
ありったけのもん失ったって
にっこり笑顔になれるじゃねえかや
草木は花を咲かせて笑うら
いのちのみちをとおせるように
身ずから笑顔になりゃぁいいだよ

そして相手に添えりゃぁいいだ
おかげさまです
どうもありがとう幸せです
よろしくどうぞ
きっとだいじょうぶですよって
こころのなかでつぶやいて
想いを相手にそえりゃあいいだ

まずは笑顔になってみりゃいい
ひとさまのいのちのたからを
ひらくってのはこういうこんだで
たまにゃぁおもいだしておくんろ

そんな言葉をおばあちゃんから
語りかけてもらったようで
不思議なこともあるもんだ
氣づいたら腰の痛みが
ふうっとどこかへ消えていただよ
うずくまっていたパパは
にっこり立ちあがっていた
うす暗がりの くぼみのなかで
これからまだまだ
いのちのたからを
ひらいてくらせるような氣がして



万感


子たちと過ごしているひと時
足首をコッキンしたり
へんてこな歌をうたったり
笑いがあふれてきらきらと
幸せのきわまるひと時
生きていてよかったとしみじみ思えるひと時

そんな時を重ねていくなか
子たちのいなかったかつての日々を想いだしたら
胸がおかしくなりそうだ

例えばかつての輝かしかった舞台の日々
趣味の暮らしを楽しんでいた美食の日々
あのころ取り憑かれたように
こけしを集めて並べていたのはなぜだろう

かつてなじんだ音楽を
聴けないままに過ごしている
胸いっぱいで
胸がはじけてしまいそうで
くりかえし読んだ小説を
想いだすだけでたまらなくなる

これまで経てきた万感たちが
いま目のまえの子たちの姿と
重なりあってふくらんでいく
あの頃あつめたこけしさんたちを
直視できないときもある
    
くるおしいこころのままに
ゆっくり息を吐きだしながら
こころにあまる万感を
吐息にのせて吐きだしている




必要が充たされるまで

五十年あまり
この世に暮らして知ったこと。
周りの人の辛いこころを
すぐになんとかしようとして
あわてなくてもだいじょうぶ。

人にはみんな
身のおきどころが必要だった。
こころのうちを
素直に明かせる連れあいが
相手のこころに
より添うゆとりが必要だった。
朝の穏やかなひとときが
安らぎぐ時間が必要だった。

充たされるまでゆっくり待とう。
まだ身ずからが
立ち直れてもいないまま
立て直さなくてだいじょうぶ。



おかげさま


どなたかのつくったものごとに
めぐまれてくらすわたしたち
おかげでこうしてすごしていられる

この床板にカンナをかけた大工さん
この竹枕を編んだひと
お風呂のタイルを貼ったひと
味噌や醤油を開発したひと
やしろの鳥居を建てたひと
文字を編みだしととのえたひと

ああどうしようわたしもどうにか
おたがいに おかげさま ひとさまの
くらしのお役に立てるんだろうか



こころに


こころの弱くなってるひとは
相手のひとの弱いところへ
あたたかい目をむけられる
強気だったらそうはいかない
はやくこうしたらいいのになんて
おせっかいばかりやきたくなる。
いらついたりしてせっかちに。

おれはひとびとをひっぱれる
おれはひとりでも生きられる
そんな思いをいだけるひとは
となりのひとのこころに咲いてる
ちいさな花に氣づかなかったり
相手のこころのかすかな音色を
聞き取れなかったりもする

すずしい風のふきわたっていく高原で
声を合わせて囁いているのは誰だろう
みんなをゆるそう みんなみとめよう
あなたがたのようには宝玉も
ハンマーも手にしていないまま
わたしはここで みんなのこころの
安らぎを晴れやかに祈っていられる




かつての言葉


まだこの世のなかで何者でもなく
田舎の町で恋するこころを持て余していた
これはそのころ耳にしていた音楽だ
こころのなかをとめどなく流れつづける歌
終わりなく繰り返されてしまうのだ

いつもなんとなくこころのなかで
流れつづけてるそんな歌たちに
想いをうっかり注いでしまうと
歌詞のなか かつての意味をひきつれて
言葉が激しくひとつぶごとに目覚めてしまう

家出してかぼそくなっていたこころ
連れ立って氷のうえで割れそうなこころ
息が苦しくなるほどに生々しくよみがえり
何かを切に訴えかけてくる言葉たち



かろやかに


子たちの行末を想うなら
いまを大切に楽しんでいこう
親たちの身につけてきた技術
自然にそった畑づくりも
味噌づくりも
子たちが受け継ぐとはかぎらない
時代はうつり変わっている
受け取って保ち
大切に受け継ごうとするほどに
重荷が増えることもある
日ごとお互いの
いのちのあいだで
くりかえし楽しく
うたった歌だけ
すうっと受け継がれていくのだろう
真面目にうけとめ
こころのなかに
溜めこんできたものごとを
手放そう
いつかこの世を去るときは
このからださえ脱ぎ捨てるのだ
かろやかになろう
知識を捨て去って
おろかになろう
想いを捨て去って
からっぽになろう
肩書きも消え
知恵もなくなり
人望なんかも脱落させて
所有物すべてわきにどかした
はだかのこころを祝ってあげよう



しあわせ


世界人類や国家社会に
役立たなくても大丈夫だよ
家族や友達がいてくれるんならこと足りる
身近な仲間とこころが通えばこと足りる
少しでもお互いチカラを添えあえて
支え合えたら最高じゃないか
たいした値打ちのたいしたもんを
我がうちに抱え込んだら辛くなる
なんだかすごく強くて偉くて
人気があって人さまみんなの役に立つ
そんな自分はかさばっちまう
雨垂れの音が聞こえるね
雨の音ってきれいだね
しあわせだよね
雨つゆをしのいで眠れるなんて
生まれ育った我が家でぐっすり眠れるなんて
軽くあたたかい なじみの毛布があるなんて
兄がまだ元気に生きていてくれるなんて
たよれる家族がいるなんて
長いながい旅のあいだにいつしか
そんなしあわせをたしかめもせずに
重荷を抱えて眠りが浅くなっていたんだ
ときおり聞こえる小鳥のさえずり
しあわせだよね
こうして周りの世界あちこちに
素晴らしい値打ちを見出せるなんて
充分だよね
ありがたいよね
しあわせは
我が身のうちに
抱え込んだら見えなくなる
役立てようとか思ったらもう
音色をはっきり聞きとれなくなる
ただ味わっていたら
しあわせは次つぎにあらわれてきて
しばらくのあいだきらめいて
またかろやかに
次のしあわせに
その場をゆずって消えていくんだね



こんな父さん


すこぉしずつ
すこぉしずつ
きっとやすらかになっていく
ゆったりと
おおらかに
チカラにあふれて
子たちをみまもる
そんなお父さんになっていくでな

お父さんはよく笑う
お話も踊りも面白い
お父さんはよく歌う
やさしくてしなやかな声
いつの日かそんなふうに
想い出してもらえたら
嬉しいお父さん本人だ

時にはとっても怖がりで
さみしがりやで
甘えん坊で小さな子みたい
こんな人がみんなのパパで
困っちゃう時もあるだろう
お父さんぽくふるまうのが
上手でなくてもおゆるしください

世界あちこち日本全土で
パパはいろんな人と出会って
いろんな人と親しくなって
いろんな体験を重ねるうちに
まあ体験をしすぎちまった

どうやらパパには天職があった
お役目みたいな仕事があった
たくさんしくじり
たくさんの汗と恥をかき
たくさんの人を戸惑わせ
すべったりくじけたりして
家族や仲間や見知らぬ人に
チカラを添えてもらっては
立ち直らせてもらってきた

いさましく調子に乗ってときめいて
ほこらしく人気を集めて絶好調で
ほうけたこころで
しあわせのかぎりをつくして
またしくじったりくじけたりした

ざせつした
うしなった
とりのこされた
おびえてたちすくんでいた
さみしくてあてどなくて身の置き場もない
そんな体験も重ねにかさねて
よくまあここまで生きながらえて
たくさんの海幸山幸にめぐまれて
踊ってうたって世渡りさせれもらえたもんだ

パパはね
これまでの人生を
こころの中身を
まるごとほめてもらえるようなやつじゃない
純金のパパじゃないんだよ
輝くメッキもしていない
あちこちが
へこんでいたり
いびつだったり
見えないところに
細かい傷が散らばっていたり
それでもなんとか生きてきたパパだ

物心ついたころからパパは
夢中になってたくさんの本やマンガや音楽や
映画や舞台やダンスなどなど
芸術体験にかまけてしまって
世界あちこちで
いろんな出会いに恵まれて
いろんな人と夢中になって芸術をして
氣がついたら人類を想う癖がついていた
世界の未来を考える癖もついていた
そういうところが
なんとも変な人になっていた
誰だって変な人にはなりたくない
どうやら仕方なかったんだよ

「みんな」の幅がひろすぎた
想いの中身が だだっぴろくて
あれこれ考え工夫してばかり
これじゃあ頭もこころもくたびれちまうさ
そんでなんとか くたびれないですむように
ベートーヴェンやらマイルスやら
最高の音楽ばっかり聴きまくって
眠ってるあいだもずっと聴きつづけて
芸術ドーピングみてえなことをしながら
ますます人類文化だ八百年後の地球世界だ
使命感だか何ずらか
勝手に見えねえ重荷しょいこんで
あのままだったら過労でばったり
急死しちまうところだっつら

そんでもどうにかなるもんだわな
周りの仲間にゃあへえ孫たちもいるくれえの歳で
すごい恋愛体験しただよ
この恋愛の特徴は
この人に子を産ませよう
はらませようという衝動に充ちていて
幸いなことに相手の方も
この辺を強く望んでいたということで
人生で一度あるかないかってくらい
お互い切実だったみたいで
ふたりひと組になるほかなくて
いつのまにかきみたち娘ふたりと息子の
あわせてみんなでみたりの子たちの
お父さんお母さんになっていただよ
ふたりともどんなに経験かさねてきたっつったって
ママパパとしちゃあ初体験の初心者さ

これまで抱え込んできた
体験つうだか身についたこと
心得ちまったことのなかにゃあ
パパママになって
もちろん役立つこんもあっつら
そんでいったん手放して
捨てちまえたらさいさきがいい
みたいな体験や過去もまたあるずらな

これからはへえ
「みんな」っつやあ
うちの子みたりとかみさんと
このくれえでまず足りるじゃねえか
身近なところで ささやかな
みんながいりゃあ足りるじゃねえか

こうしてパパママになるまでの
ながい年月を活かしたり
いったんは忘れ去ったりしながらな
わしらみんなで
あらためて
とってもちいさなところから
なるべく自然に
なるべく自由に
なるべく自立していけるように
楽しく
晴れやかに
つぶさに
落ち着いて
チカラ合わせて育っていけると思ってるだよ

すこぉしずつ
すこぉしずつ
パパは元氣になっていくでな
きっとこころもかろやかになる
いつもにこやかになっていく
ちかごろ ちっとばか ごしたくて
くじけちまってたパパもこれから
さわやかに いさむこころで
おどりはじめるようになる
すこぉしずつ
こころの底から おおらかに
いのちの底から ゆったりと
あたらしいチカラにあふれて
きみたち子たちとママとみんなで
育ち盛りをたのしめる
元氣なパパになっていくでな




ひかりのほうへ


大切に想いつづけた人たちが
ひとりまたひとりこの世から去っていく
とおくから訪れてくる友も少なくなった
日ごとどんなに穏やかで
やさしい光に包まれていても
ひとの根元はさみしくかなしい

子たちとひとつの部屋で目覚めた
光にみちた夢をみていた
自分は光そのものだった
しろくかがやく光だった
ただただ光そのものだった

目覚めたとたん
どこにいるのか何者なのか
何もわからない自分がいた
自分がどこかの何者かである
そのことにひどくあわてた
元もとの自分はこんなはずじゃない!

いつのまにか忘れていた
自分たちは澄みきっていた
ひとつながりのあたたかい
かがやく光そのものだった

ひかりがいろんな感情を帯びた
ひかりがいろんな物質になった
たくさんのかけがえない人つながりを帯びてひかりは
胸のはりさけそうな想い出
胸しめつけられる想い出を抱えてしまった

この世でまとった体を捨てて
光のほうへ戻っていった大切なひとたちを想うとき
ひとりひとりがどんなふうに
この世で光を放っていたかを想うとき
しいんとした さみしくせつない気持ちになる

そしてまだ光を放ちつくしていない我が身を
まだ光へと帰っていけない我が身をかえりみる

こうして人のかたちを帯びて
人の親にさえなった我が身に
ひかりは惜しみなくふりそそぐ
ひかりは今日も
あたらしく我が家をみたし
子たちのいのちをかけめぐっている




ポエジアのそと


ひとり身で子も成さなかった
芭蕉の生涯を読みふける

子があっても妻があっても
わびしくさみしいおとこらがいる

そのさみしさは詩にならないまま
虚空に消えていくだけだ

詩にならないことが歩いている
詩にならないことが泣きじゃくっている

我が子の立ち居ふるまいすべて
詩をはみだしていて胸にしみいる

なんてぼんやり眺めつつふと
想いだすのだかつてのこころを

そういえば詩歌を極めようなどと
若き日々こころに決めておったのう




奇跡


二階でひとり文字の清書をしていると
階段の のぼり口から一歳の子が
「パパ!パパ!」としきりに呼ばう。

階段をくだってみると我が子は何かを
両手で掲げて思いきりさしだしている。
ふちまで充たした「パパのさかずき」。

液体をうつわにそそぐなんて無茶な年頃。
さわやかに居間いっぱいにあふれる香り。
ちゃぶ台にたっぷりこぼれている香水。

「パパ!」「パパ!」と大きな声で
日ごと我が子がいくたびも呼ぶ。
でかけると微妙な奇跡がまた起きている。




この世で育つ


思いがけない成りゆきもまた面白い
いじけてすねた子たちの素顔も面白い

何をしようと いまおたがいに育ってる
何をされても 育っていられるのは嬉しい

あやまちを犯すおろかさもまた
遠目に見ればありのまま人の姿だ

赤ちゃんはお母さんの子の宮で育ち
産道を通ってこの世へ生まれでてくる

わたしたちのたましいはこの世で育ち
死を通って別の次元へ生まれでてゆく

世のなかで何が渦まいていようと日ごと
つぎへ向かって わたしたちみんな育ってる



うるおって


おかあさんがおうちのなかで
うるおっていてみちたりてると
おとうさんもどっしりしあわせ
子たちもみんなやすらかだよね

だからお家では
いろけのある声
ちょっといろっぽいまなざしとか
いろけほとばしる腰の動きが
暮らしの端ばしに
あふれていてもいいんだよ

ほかの何かが足りなくなっても
いのち盛んなら
どうにかなるよ
どんなにひっちゃかめっちゃかでも
おたがいに いろけがあって
うるおっていたら大丈夫だよ



想い出


人類の色んな音楽に感動しすぎた
寝ているあいだもずっと聴いていたもんなあ

人類文化のあらゆる富と栄えとを
精神のうちに追体験してみたかったんだ

本もたんまり万巻以上を読みすぎた
漫画もあんなに揃えなくたってよかったのにね

面影がこころのなかでゆたかにあふれすぎている
ひとりひとりをあんなにも好きになってしまって

想い起こしたら感動に胸の詰まるような出来事を
ずっと忘れていた風景を次つぎと想いだしてしまう

年ふるにつれてこころの蔵が増えていく
感動と想い出に溢れかえっている蔵だ

歳を経てなお中身がふるくならないように
こころの蔵をいったん空っぽにできるだろうか

こころふるわす想い出をいつかすっかり
消し去って忘れてしまうときは来るのか

いくたびとなく聴き続けてきた音楽も
くりかえし読んで憶えた本の中身も

いずれひとつにつながりあった
ひかりのなかへ溶け消えていく

生涯の体験を すべてひかりへ ゆだねる日
その日はかならず我が身のもとを訪れる

それまでにこころの蔵をよく掃除してかたづけて
かけがえのない想い出たちを整えておくよ



明け方


人類なんて茫漠とした
重たい言葉は使うまい
受け継ぐなんて気長な動詞で
人生に目を向けさせまい

つゆ明けの夜明け
窓からひんやり
爽やかな風が吹き込んで
鳥たちの声が聞こえてくる

もうやめよう
言葉で伝えにくいことを
あえて口にして周りのひとの
頭を昂奮させるのは

甘えっぱなしの子たちみたりも
甘えるのがやや苦手な妻も
天然の眠気の彼方で
まだまどろんでいるようだ



はだかの時間


赤ちゃんのいるおうちでは
はだかの子たちがあたりまえ
みんなはだかを見慣れてる

赤ちゃんと子たちはいつも
母さんのすぐそばにいたくて
父さんはついあとまわしになる

ふたりきり暮らし始めたころのまま
生まれたまんまでむつみあう そんな
はだかの時間をさがしてる父



お母さん道


子たちがいとおしくてたまらないから
こんなにもおわりのない修行みたいな
お料理 お掃除 お洗濯に月日を重ねて
誰からほめてもらえるわけでもなく
むしろ身内から叱責されたりしながら
子たちの笑顔わらい声をはげみにして
瞑想修行なんて呼ばれるおとこたちの
お決まりな形から大きくはみだしたまま
自分の救いとか悟りなんてうっちゃらかして
激しく言い立てたくなることがあっても
いのちの流れにまかせて受け流して
慎みなんて言葉は忘れたままそっと
つつしんでいたりするお母さんたちは
お母さんになってしまったからお母さんの
この道を我が子と共に歩んでいくしかなくて
お母さんの足の裏はざらざらに荒れて
世わたりしようと身につけた能力も
自負も知識も大学の教養みたいなことも
みんなおっぱいの後ろに隠れてしまった
半日だけでもひとりきりで過ごしたくなる
甘いものを食べてはしゃぎたい時もある
世に出て自分の値打ちをたしかめたくなる
うらんだり うらやんだりして くやむのは
あまりに子たちが手に負えなくてわがままで
イラついて途方に暮れてしまうからだったりして
みんながこなしていることを上手くできない自分
母として当然のことをしているだけだと言われそうで
こんな思いを愚痴ったりするわけにもいかなくて
お母さんという仕事はそんなに偉くないんだろうか
万人の日ごとの暮らしにもっとも近い仕事じゃないか
掃除や洗濯をするプロの人たちの地位はどんなだろう
料理のプロは世のなかでどれほど人気の職業なのか
お母さんの言い分をちょっと聞いてみたらいいのだ
目立たなくてありふれていてこの世に欠かせない
お母さんのしていることがどんなに偉大な仕事か
おっぱいをあげて人類の未来を日ごとに養っている
オムツを洗ってお布団を干して玄関や居間をはき清める
これ以上に偉大な喜ばしい瞑想修行道はほかにあるのか
子たちの行末を想って子たちを育てたお母さんたち
みんな死んだらかならず天国へ行くはずだ
それまでにどんな罪とがを犯していても死んだあと
最高のほまれを与えてもらえるはずなのだ
元お母さんたちの元には天使たちが集まってくる
お母さんをしたってお母さんをいたわって
お母さん向けの子守唄を天国みんなで合唱するのだ



本性


本能まるだし欲が強くて
自分勝手で氣まぐれだ
我が家の子たちにかぎらない
かたわらであきれるくらい
ついうらやましくなるくらい
子たちそれぞれにわがままなのだ

なんだよこれってやや後ろめたい
親たちの本性そのものじゃないか
この本性をなだめようとしてたくさん学び
この本性をひた隠そうとお化粧をした
空席はだれかにゆずり時間をまもり
責任者として頭を下げて謝りつづけた

裁き手の子はヤケになりやすく
教育家の子はグレやすいという
もしも自分たち親たちが率先して
子たちに弱みをさらす覚悟で
だらしなく自分勝手に氣まぐれに
本性をさらけだしたらどうなるか

子供の食べ物を奪い取ってその場で食べる
ところかまわずおしっこをして交尾する
休日には学校にガソリンをまいて火を放つ
相手を脅して罪をなすりつけてから殺す
嘘をひろめて毒を売りつけ戦争を起こす
あああ親たちも またそれぞれに身勝手だ


赦し


我が身のかつての罪とがを
ふりかえったら粛然とする
ひとつひとつの光景が
つぶさによみがえってきて
胸しめつけられる
つぐなうにはどうしたらいいか
つぐないきれることなのか

無邪気なままに小鳥をあやめた
物をくすねた金をうばった
人間への信頼をそこねた
あとさきをかえりみないで
酔いにまかせて快にひたった

相手のこころの
痛みかなしみ
そのまま我が身に
感じてしまって途方もない
我が子にはこんな苦しみを
味わってほしくないと願う

つぐなおう
あらためよう
つつしもう

神さま御祖さま宇宙のおおきな流れさん
こんな人間をお好きなように使ってください
できることなら何かの足しに活かしてください

身ずからすべての罪とがを赦し
きらきらしずくのしたたるような
あたたかいひかりになって
どんな苦しみもくらやみも
包み込んでしまえたらと願っています


新境地


新しい境地で
新しい自分たちで
新しい暮らしを楽しんでいく
だからいまつま先のひとつぶひとつぶ
たなこころで指さきで触れる
ひとつぶひとつぶを確かめながら
つぶさに氣づいているさなかなのだ
     
どんなひびきが聴こえていたのか
あの人をどんな気持ちにさせてしまったか
どんなことが要らなかったのか
どんなふうにこころが辛くて 楽しかったのか
これからさきに必要なこと
これから楽しんでいくことを
おたがい はっきりさせながら
こだわるこころ 怯えるこころも
確かめあってる最中なのだ

これまでわたしは
世界人類の宝にかまけて暮らしてしまった
受け取って 受け止めて
受け継ごうとしてチカラ尽くした
大切な宝がいつしか重荷みたいになっていた

あらためておもう
これからは子たちを妻を
身近な人たちその子たちを
すぐそばの宝を大切にして暮らそう
小さな家の小さなことを大切にして働こう
ここ高遠での日ごとの暮らしは
宇宙とひとつにつながっている
すぐになんとかしようとしないで大丈夫
たいへんなことはさらりと受け流しながら
ささやかな感動をたしかめよう
新しい境地をさぐっていこう
新しく目にうつる世界をたしかめよう
こころの動きをたしかめてことばにしていこう


妻でママ


あまり口にしないようなことを きみたち子たちへよく言っておく
あの身がままで奔放で舞台のリハーサルと旅ばっかりを生きてたパパが
家族五人の定住生活を今までかなり楽しんでこられた理由はね
パパのかみさんがきみたちのママ つまりママの結婚した相手がパパで
たまに揉めたりしつつも いつも お互いのそばにいられたからだよ

子育てに追われてしまってついつい相手の求めに応えられずに
にっこりしっくりまさぐりあうような夫婦生活を味わえない
つまりかなりしたいことをすきにできない不満な日々が続くとはいえ
ママは最高にパパの好みで色気があって魅力があって賢くて
自分の頭でよく考えてよく働いて程よくだらんといいかげんなのだ

ママがどのくらいすごいかというと夫を尻のしたにひけるくらいなのだ
赤ちゃんを産んだり子育てしたりの節目ごとにお手伝いをしてきたパパは
ママのことを女神だと感じて定期的に我欲を失くしたりしてきたのだ
そんな心でママをうやまいママにおどろくこんなパパでいられるからこそ
こんな家族が成り立っていて きっとそれぞれに家族が好きで幸せなのだ


寝顔


眠っているひとの寝顔を見ながら
こんなふうに写生詩を書くのは初めてだ。
ふたりで足を揉みあううちに眠くなった妻。
今朝から月のものが始まったらしい。
マイペースすぎると妻から言われた夫は
夜更けから明け方までひとりで机に向かっていた。
あれもこれもきちんとできていないまま
あれもこれも手つかずのまま
日々の暮らしにくたびれちゃう時もある親たち。
少しだけ深くなったふたりの首や顔のしわ。
親たちは日ごと ご臨終の日へ近づいているのだ。
母親のかたわらで眠るまつ毛の長いふくよかな子は
日ごと少しずつ新しい人へと育っていく。
ここにあらゆる人の暮らしの根元がある。
ふたりともゆったりとリズミカルにお腹が動いている。
膨らんだり引っ込んだり息づいているのだ。
こうして眠りこんでいる妻と娘は
絶えず息をして不眠不休で心臓が動いているのだ。
眠りのなかで夢があふれて社会が生まれる。
寝息と寝顔が下地となって文化が栄える。
まぶたがピクピク動いている。
子がぐずり泣いておっぱいをせがむ。
母親はその口に乳首を含ませてまた眠る。
いきものは昔っからこんなふう
きっと永遠にこんなふう
寝息とか寝顔とか寝汗てっやっぱり
偉大にして尊いのだと実感して
またすぐにそんな偉大も忘れてしまう。
梅雨明けの涼しい風が
みんなの寝ている部屋へ吹き込んでくる。
妻が目覚めたらふたりで畑へ出ていって
鞍掛マメと五角オクラの種を蒔こう。
いやいやあえて何もしなくてもいい。
目のまえには聖母子像だ。
女神だ。
わらびがみだ。
まるでみんなを神あつかいだ。
実際にこうごうしかったりするから仕方ないのだ。
赤ん坊と母親がモゾモゾして
そろそろ起き出したかな、
と見たらまた静かに寝入ったのだった。



          

       『盛夏の巻につづく』


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