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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の10 #1

 9月とは言えまだ暑く、毎日毎日どこかで気象の記録が更新されたというニュースを聞かされている気がする。
 時間と共に熱されていく地面からの熱気も相俟って、頭の中では日本周辺の海から湯気が立ち、日本列島ごとサウナ状態となっているイメージが頭を過る。
 朝から駅前を行き交う人々も、例に漏れず夏の熱気と湿気を全身で受けているが、それでもそれぞれの目的のためにサウナの中で行動をしている。
 駅から少し行った所にある本屋の入り付近で、中の冷房に助けられながら立ち読みOKの月刊誌を手に取り開いているが、まともに読むことなく外にチラチラと目をやる。
 一瞬空を見つめ、ふう~っと息を吐いて再度月刊誌に目を落とす。興味のないページをペラペラと捲っているとCUの顔が飛び込んで来た。夏フェスのチケット代とゆかりの店の出費で、CUが掲載されることを知ってはいたが入手を諦めた月刊誌。
 おうふっ!これまだ読んでなかったヤツ!いや~ん、こんなところで出会えるなんて、やっぱ赤い糸ぉ~♪
 食い入るように記事に目を通し、一応外出中ということは頭に置いてあり、周囲に気付かれない程度に喜楽を抑える。が、2人のカッコ良さに我慢ができず、思わず雑誌を開いたままバタバタと小さくではあるが足踏みをしてしまった。もとい。
 記事に最後まで目を通すとふ~っと息を吐き、一気に力を使い果たしたか如く脱力。月刊誌をその雑誌の山の上に戻し、腕時計を一瞥し、本屋から一歩足を踏み出してそろ~っと周囲を見る。
 う~ん、落ち着かない・・・
 再び本屋の中に入り、今度は中の方へ歩いて行く。この時期なので、どうしても足が向くのは赤本周辺。多すぎて目が眩む。
 本当は、もういい加減受験する大学を決めないといけないが、未だに文系だか理系だかも決められず、模試の際も適当に志望大学を選択し、判定を見て自分が今どのぐらいなのかを見て決めるしかないかと思っているところがある。ガッツリ文系でもなくガッツリ理系でもなく、この中途半端さは全くもって自分の性格そのもの。
 決まっているのは、一人暮らしは金銭的に無理なので家から通えるところ。幸い、家から通えるという意味では割と大学の選択肢の多いところに住んでいるので、何とかなる。
 後は、出来れば返済不要の奨学金を得たいので、それが可能な大学。となると、狙える大学ではなく、継続して成績を維持できる大学、という話を以前3年生が話をしているのを小耳にしたことがある(知人ではなく、偶々傍にいただけ)。なるほど、そういう選択の仕方もあるのかと思った。
 何となく有名どころの大学の赤本を一冊手に取り開いてみる。その本を一旦戻し、また別の大学の赤本を手に取り開いてみる。もう一冊・・・と繰り返すうち、結局何も決まっていない中でどれかを手に取ったところでしっかり目を通すに至らない。
 眞理子も千華も琴乃もほぼ方向性は決めているし、りーちゃんは医学部希望だから、もしかしたら家から離れてでも行くかもしれない。そうなると、やはり自分だけ何も決められていない。
 Mutterを見ると、CUがいるからとあっちの大学に行きたいというのを見かけるし、勿論CUにばったり出会うとか、何かをキッカケに知り合いになるとかそういうミラクルがあるなら考えないでもない。
 が、自分にはそんな運は持ち合わせていないし、あちらのニュースで情勢を知れば知るほど、日本に住んで時々飛べるぐらいのほうが金銭的にも安定なのでは?と思うところがあり、その方向性もナシ。
 もしかしたらCUに会えるかも?ではあるが、アイドルや芸能人になりたいという感覚はないし、会いたいが為にその道に向かって頑張れるモチベーションはないし、一度、局アナなら?とTVを見て思った瞬間はあったが、まず自分は受からない。動機が不純過ぎだし、まず人前で何かするのが苦手。どうせなら見られたくない人間なので、選択肢としてまずない。
 まあ、CUを基準に大学を決めるワケではなく、選択肢を絞るために可能性を一つずつ消去していっているだけで、何か突出した理由がないのが悲しい。
 次第に、真っ赤に並べ尽くした背表紙が、ただ一面の真っ赤な背表紙に、ぼんやり真っ黒い塊が規則性なく並んでいるように見えて来てしまい、大きく溜息を吐く。
 ダメだ・・・見るのやめよ・・・
 その場を離れ、思いつきで本屋の中を歩き、何かないかと物色。と言っても、目的なく歩いたとて、雑誌じゃあるまいし、文字だけでサッと興味が引かれる本などというのは、余程その作者が天才的センスがないと無理じゃないだろうか、と頭の隅では思っている。
 既に進路とは関係のないことをブツクサと頭の中だけではあるが独り言ちていると、”すばるさんですね”と横から声を掛けられた。誰もいないのに一人会話をしている中、一気にリアルに引き戻される。今日の目的は本屋探索ではない。
「あ、はい・・・」
 横に男性が立っている。ドラマで見るような、少し白髪の混じった、スーツの品の良さそうなおじさん。
 なるほど、こういう感じの人がらっしゃられる、という感じですか。何か、自分間違えた?何か発してるものが違う感じ、別次元~(汗)

⦅お~、何張り切っとんねん w⦆
「いや、別に張り切ってないし。ただ・・・流石にちょっと・・・粗相のな
 いようにと言うか・・・」
⦅はあ?オマエのじーちゃんやろ?んなもん、気ぃ張らんでも⦆
 はあ・・・ど~しよ~・・・昨日夜に服決めたハズだけど、これでいいのかな~?そもそもそんなに服多くないのに、ちょっといい感じに見える服って何だ?
⦅何のためにオカンからお金貰ろて服買いに行ってん⦆
「だって~、お店でコレが可愛かったんだもん」
⦅ほんなそれでえ~やんけ、ウルサイなあ⦆
「いやだって、よく考えたらこれTシャツだし」
⦅知らんがな⦆
 ん~~~~~~、オッサンにこっちの気持ちなんか分かるワケない!
⦅うん、わからん。どうでもえーし⦆
「じゃあ、ゴチャゴチャ言わないでよ!」
⦅いや、だから~⦆
「はいはいはいはいはいはいはいはい、分かってますよ!聞こえるこっちが
 悪いんでしょ!」
⦅何回言うたらわかんねん⦆
「ウルサイっ!」
 こっちは時間が迫ってるっていうのにっ!
⦅も~、何でもえ~やんけ⦆
 問答を続けながら、結局自分はその辺のしがないJKで、自由になるお金も限界があり、そもそもどこか途轍もなく高級な場所などに行くこともなく、いざという時は、冠婚葬祭にも着て行ける最強の”制服”で乗り切ってしまえる。
⦅じゃあ制服でえ~やんw⦆
 じゃないんだよ、じゃないんだよ、じゃないんだよ!
⦅じゃあ、会うんやめたら?w⦆
「や、それは・・・行くって言っちゃったし・・・」
⦅別に、“めっさ腹痛い!”とか、“頭痛ってぇ!”とかでブチったらえ~だけ
 の話ちゃうん⦆
「それだったら、最初から“行かない”って言ったほうがいいじゃん」
⦅言うたら良かったんちゃうん⦆
 やーまーそうなんだけど・・・お母さんの言い方っつーか、断りにくいっつーか・・・ある意味、頼まれ事だったしと言うか・・・
⦅はあ?好奇心もあったクセに、人のせいにすんなや⦆
 ・・・ん~~~~~、ああ、オッサン、ウザいわ~~~~~。
 結局、昨晩決めた服をそのまま着ていくことにした。オッサンにぐちゃぐちゃ言われていると、本当にもうどうでも良くなってきてしまったのと、結局はただの一般人のJKでしかないので、身の丈に合った物でヨシにした。
 Tシャツにデニムのスカート、ハイカットスニーカー、ニットキャップ、トートバッグ。めっちゃ無難。めっちゃJK。これでいい。

 そして今、本屋にてその男性に声を掛けられてやや後悔。
 こんなキッチリした感じで来られるなら、やっぱり切り替えの入ったスカートとかにしておいた方が良かったか!?
「初めまして。秘書の浅倉です」
「秘書!?」
 折角、この”秘書”だという浅倉さんが、周囲に目立たないように小さな声で言ってくれているのに、こちらが思わず大声。両手を口で覆ったところで、時既に遅し。やっちまった。
 秘書って、スケジュール管理したり、お偉いさんの周りで何だかいろいろ細々手伝ってくれる人よね?という、TVドラマで見たようなイメージでしか分からないが、秘書さんですか~、そうですか~、秘書さんがいるような人なんですね~、おじいちゃん。
 というか、この人、ど~~~~~~っかで見たことあるような・・・おじいちゃんが何かTVにでも映って、その傍にいたか?いや~、在り得るな。まあいい。取り敢えず、まず挨拶が抜けてるぞ、すばる。
「あ、あの」
「取り敢えず出ましょうか」
「あ、はい・・・」
 挨拶もロクにしないまま、秘書の浅倉さんに誘導され本屋を出る。即座に挨拶することができなかった自分、印象悪かったかも、と思いつつ緊張しながらついて行く。
 浅倉さんが、本屋を出たところの道路脇に停めてある、超黒塗りの車に近寄って行き、後部座席のドアを開けた。
 うわっ!黒塗りっ!てか、何か夏だと暑そう(汗)
 何だかスゴイ威圧感を感じながら恐る恐る車に近付き、中の様子が見えるところまで来て一瞬躊躇。
「どうぞ」
 浅倉さんの柔和な微笑みに、釣られてこちらも柔和な微笑み(のつもり)を返し、引き攣っているであろう顔のまま、恐縮モードで後部座席に乗り込む。クリーム色の皮のシートを、何があっても汚してはいけないと思うと、デニムではなく、やはり切り替えのあるスカートのほうが良かったかも、とやや後悔。
 “シートベルトをお忘れなく”と促されるも、普段あまり車に乗ることがなく、裕子さん家の車しか分からないためキョロキョロと周りを見渡し、漸く右上にシートベルトを見つける。が、引っ張りながらシートベルトの出るままにセットしようとすると、差し込む所と思われるのが二つある。迷った挙句、一つの方に差し込むと“カチッ”と音を立てて収まる。
 おお~、こんな音でもさせちゃうだけでキンチョーーーーー!落ち着かね
ーーーーー(泣)
「あ、あの、挨拶遅れてしまって・・・森北すばるです、宜しくお願いしま
 す」
「存じ上げておりますよ。宜しくお願いいたします」
 沈黙・・・一番苦手なヤツ(汗)
「すばるさん、緊張されてますか?」
「え?あ、はい・・・」
 てゆーか、おじいちゃんに会うよりも先に、まずこの現状に緊張しておりますが(泣)
「大丈夫ですよ。仕事に関しては厳しい方ですが、プライベートではお優しい方ですので」
 いや、そういうことじゃなくて、まずこの車に乗ってる時点でもう緊張なんですけどっ。何で態々汚れやすいクリーム色のシートなんだよぉっ!


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