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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の4

◆◆◆◆◆『B.U.T-E LIVE TOUR 20○○ ∞ 会員チケット抽選結果のお知らせ』◆◆◆◆◆

「うわ~・・・きったぁ~・・・見るのコワいんだよな~~~~~~コ~ワ
 ~イ~、どうしよ~、毎回心臓に悪いんだよ~~~~~」
 携帯を両手で握り締め、画面を見つめたまま届いたメールを開くことに躊躇。”結果”なワケだから早く見ても遅く見ても一緒であるにも関わらず、この瞬間はいつもこうだ。
 勢いで開けられず一旦先にMutterを開いてみると、結果に一喜一憂する言葉が次々流れている。
ああ、“残念ながらチケットをご用意できませんでした”、見たくな。非常に心臓に悪い。何回経験すればいいんだろう!?恐らく、自分と同じように、一人、部屋でジタバタと藻掻いているファンがいる。
 ベッドの上で一通り藻掻き、藻掻き尽くすと諦めがつき始め、”えいやー!”でメールを開こうと心の準備。大きく息を吸い、意を決してメールを開く。ゆっくりスクロールし確認。
『厳正なる抽選の結果、残念ながらチケットをご用意できませんでした』
 ・・・出た・・・
 一瞬で頭の中が真っ白になり、魂が抜ける。動けない。というか、悲しみと怒りが入り混じった震えが生じている。
 次の行動に移せるまで暫しベッドがずぶずぶ沈んでいくような感覚を覚えながら・・・脱力。
 ベッドに顔も埋めてしまっていて、次第に自分の息で顔が熱くなり、それが不快で仕方なく顔の向きを変える。じわっと涙が沸いて出て来た。生冷たい。拭う気力がない。
 自分、何か悪いことしたっけな~(泣) 自分なりに一生懸命生きてるつもりなんだけどな~(泣) やっぱ性格の問題か?何が足りないんだろ~(泣) チケ外れるとか、ホント、マジで運な~い(泣) 絶対運は平等なんて嘘。厳正なる抽選って何だ!当たる人はいっくらでも何回でも当たるしさ~、”厳正なる”って何(泣)
 暫く臥せった後、手に持っている携帯を目の前に引き寄せ、顔をゆっくり上げ真っ黒の携帯画面を見つめ、再び携帯を触り、再度結果を確認する。一度見た『落選』の文字、何度見ても慣れない。何と言うか、自分の全てを否定されたような気分。
 きっと今自分は能面のような表情で、漫画で描いたら目は点で描かれているに違いない。
 ミナオさん、きっとまたいい席ばっか当たってんだろな~・・・まめま
めさん、初日当たったって呟いてたな~・・・ぴょん太さんも重複したって呟いてたな~・・・あの日は行けないから譲って貰うも何もないしな・・・
 携帯を伏せ、本気でベッドの中に沈んでしまったほうが良いのでは、と思いながら、TVで見た酔っ払いのオッサンみたいにブツブツぐだぐだと管を巻いていると、LINK音。
〔すーちゃんチケどうだったー?東京土曜日当たったよー〕
 梨穂からの文言を二度見し、ベッドから飛び上がる。
「まーじで!やった、りーちゃん天才!や~、まっじでー!?取り敢えず一
 回は絶対行けるじゃん!も~、りーちゃん天才!てか、やっぱ性格か、性
 格だよね~!あ、いや、性格悪いお姉さま方でも当たってるから、やっぱ
 ただの運!いや、りーちゃん当たった、マジで感謝!!じゃ、あと東京日
 曜日当てるの頑張るじゃん!!」
 ベッドから飛び起き座ったまま飛び跳ね、全身のエネルギーを使い切ってしまうぐらいに喜びをかみ締め、一瞬落ち着いたところでハッと我に返り、梨穂子に返信を試みる。
〔あたし両日無理だったー、ごめん、りーちゃん、ホントありがとー!他の
 みんなはどうだったんだろー?また聞いてLINKするー(喜)もーマジ感
 謝!!!!!〕
 取り敢えず一公演決定!これで一旦は安心。本当はもっと行きたいけど、これが高校生の限界よね~。つっても、これが行けちゃう子いるんだよな~、バイトがっつり出来る子とかさー・・・ヒン!でも取り敢えず一つはゲット、東京日曜も頑張るじぇ~!!あ~でもツアー、初日福岡行きたいな~、Uのセンイルだもんな~、無理だけど。でも、東京がテスト期間に重なんなかっただけヨカッタと思わないとな~~~♪
 先程の地の底まで沈んでいきそうな勢いだった気分が、嘘のように天まで上っている。なんと現金。
 弾む気持ちそのままの勢いで、即座に携帯操作を始める。
 既に重複組がMutterやSNSの掲示板内で『交換希望』『譲って下さい』の交渉が開始しており、『譲ります』が出始めるのは希望の交渉が行われない状況、つまり一方通行になり始めた頃で、特に、一番人気公演日時となると『譲って下さい』の叫びが連なる。
 チケットが手元に届き、座席が判り始めると、良席を手元に置き、そうではないチケットを手放し始め、公演少し前からは個々の事情により悲劇的に参戦不可能となったファンが、俄かに手放さざるを得ない人気公演のチケットが出没し、チケット探しに奔走するファンが一気に押し寄せる。
 参戦不可能だった日時が可能となり譲り受けるファンもいれば、『譲ります』も、CUがTV出演などをすることで興味を持った一般の人の手に渡ることも少なくなく、結局のところ一番人気の公演でなくてもしっかり会場が埋まる。
 アーティストによっては、オークションでうん十万の値段になり、それが原因で顔認証システムを使用し始めており、CUの公演でも同じ状況が存在する為、チケット運が無いと常々思っている身としては、顔認証システムにならないことを願っているのが本音である。何かしらの形で『譲ります』が出るのであれば、顔認証でも構わないが。
 ま、最初は交換ばっかしだし、裕子さん達に聞いてからでも遅くない、と。てゆーか、ファン同士とは言え、勝手に遣り取りしたらお母さんに怒られるからな~、自分でやりたいけど、やっぱりーちゃんか裕子さんにスライディング土下座でお願いするしかないのかな~・・・りーちゃんのお母さん、協力的で羨まし(泣) いや、でもCUに会う為にやるしかない!
 昨年のライブツアーの際はまだ中2から中3に跨いだ時期で、チケットのエントリーは出来ても、毎月の小遣い以外、お年玉や入学祝等を入れいている銀行の通帳とカードはお母さん管理の元であった為、チケットの支払いに関しては母親の許可がないと出来なかった。一枚当選すると、消費税、手数料、システム料などを入れると悠に一万を超えるからだ。高校を卒業したら、自分での管理をして良いと言われてはいる。
 それを不満に思い紋々としていた矢先、Mutterで知り合った高校生のファンが、チケット詐欺に遭った話を知らされる。
 チケット詐欺は推しのアーティストだけでなく、特に人気のあるアイドルやアーティストの公演では必ず発生し、どれだけ注意を喚起しても必ず発生する。FC枠のチケットでもオークションに出されることがあり、アイドルやアーティストを抱える事務所はその対応にあの手この手で対応するも功を奏することなく、結局顔認証システム導入や、一人一人身分証と照らし合わせての入場に踏み切ったところもあるそう。
 ただ、CUに関しては、正義感の強いファンがいつもヤキモキし事務局に問い合わせなどを続ける半面、両席を得られるならと手を出すファンも確実に存在し、事務所も何かしら手は打っているかもしれないが、相変わらず詐欺も横行している。チケット入手が難航しているファンは時として、焦燥感や切迫感を伴うと冷静な判断を失う。もしかしたらそれは、どのアイドルやアーティストでも同じなのかもしれないが、自分はCUと、自分の周りにいる子たちの推しの場合しか知らない。
 今は高校生なので、銀行カードだけは自分で持たせてもらっているが、通帳はお母さんが管理をしているので、チケットのように高額になる場合は必ず許可を得なければ、記帳された際にバレてしまう。この年になってもお母さんに信用されてない感に不満は感じているが、まだ自分で稼いでいる訳ではないことも事実であること、平穏無事にCUに会いに行きたいことが先にあり、そこは従うしかない。
 母親は金銭と金銭トラブルに関してはとにかく厳格で、小学生の頃から「絶対に判を捺したらダメ」「保証人には絶対なっちゃダメ」と、意味も分からないまま言われ続け、いや、脅されるかのように言われ続けており、それを言う時の形相と言ったら・・・判を捺すだの保証人だの、まず言葉の意味も分からない時だったので、ただただ恐怖でしかなかった。
 また以前、何とはなしにチケット詐欺に遭った人の話をお母さんにしてしまった為、チケットの遣り取りに関しても、成人である裕子さんや杏ちゃんからのものであれば問題はないが、その他との遣り取りは、その遣り取りをいちいち母さんに見せないといけないので、落選した公演のチケットを自力でとなると、お母さんを間に挟んでいる間に他の人に渡ってしまう。
 因みにりーちゃんの家は、お母さんが積極的にチケット探しを手伝ってくれる。なんなら、りーちゃんの代わりに遣り取りをしてくれる。羨ましい。この差は一体何なんだろう?
 大丈夫なのに、信用されてないよな~。あ~、早く大学生になりたい。
 
 夜、裕子さんから東京平日公演のチケット4枚が当たったと連絡があり、それをりーちゃんにも伝える。
 本当は土日がいいけど、取り敢えず平日でも東京公演なら行ける!チケット代と交通費を確保できれば行ける!最悪、東京土日曜がダメでも、この平日が行けるなら、ちょっと絶望感から立ち直れる!
 本当は大阪オーラスに行きたい。でも、大阪オーラスは日曜日。新幹線なら、アンコールの途中で会場を出ないと間に合わない。夜行バスは・・・お母さんの許可が下りない、家族、親戚、知人の大人がいないと許可してくれない。まあ、言わんとするところは理解できるので、ここに抗うつもりはない、悔しいけど。
 どうしてオーラスが東京ではなく大阪なんだろう。日本の中心は東京なのに、などと迂闊にも言葉にすると集中砲火を浴びそうなので言えないが、いつも思う。追加公演が出ても本当のオーラスはいつも大阪。でも、ライブDVD/Blue-ray収録は東京公演。どういうことなんだ。
 ということはさて置き、早く夜行バスで行けて、宿泊もOK貰える年齢になりたい。大学生や社会人が羨ましい。
 いや、高校生はいるのだ。0泊二日強行夜行バス遠征の話も聞くし、公演先に友だちや親戚がいれば、そこに泊めてもらえる子もいる。そして何より、大学生や社会人のきょうだい、家族も一緒に参戦する子などは宿泊の心配なぞ皆無。何と羨ましい話なんだろう。
 と、ライブの度に考えてしまうが、結局”仕方ない”と言い聞かせ、その時が来ることを想像しながら払拭。ルーティンみたいなものだ。
 机の上に適当に置いてある紙に、チケット代、交通費などを書き出し、最高必要となる金額を書き出してみる。ここは携帯にではなく敢えて紙に書くのは、あーでもない、こーでもないと考えて消したり付け加えたり、矢印や記号で頭の中を整理していくためなので、アナログのほうが易いからだ。一旦終わってその紙を眺めるたび、ああ、自分の頭の中ってこんなにぐちゃぐちゃだったんだ、とちょっと笑える。
 新幹線は学割が利くが、チケットは関係ない。チケットと交通費で、諭吉さんが羽を広げてバッサバッサと飛んで行く。そして毎年値上げ。ああ、なんという・・・
 お母さんもファンって人はいいよな~、泊まれるし、宿泊費考えなくてもいいもんな~・・・あ、グッズ分・・・グッズ代・・・Tシャツぐらいが限界、かな~・・・今回のグッズどんなんだろ~。てゆーか、な~んかいっつもデザインがな~、ファンに考えさせたらいいのにって言ってる人も結構いるのに、届かないのかな~、皆の愚痴。ほかのグループのほうが良かったりすること結構あるもんな~、ホント、誰が考えるんだろ。まあ、イケてなかったら買わずに済むか・・・バイト出来たらいいんだけどな~、無理よな~・・・やっぱりお父さんに、誕生日のを先に貰えないか頼んでみようかな~・・・
 紙の上には数字や矢印、何重にも重ねた○印などが所狭しと書き込まれており、既に何が何についての数字か判らない状態となっている。更に頭の中がぐちゃぐちゃになっているのを目の当たりにし、”笑える”と思いながら新たな紙にぐちゃぐちゃの中から決まった部分だけ抜き出して書き写す。
 ・・・出た
 ぐちゃぐちゃになった方の紙の上で、オッサンがワケの分からない動きをし、明らかこちらの邪魔をしている。
⦅おぇ、ウ○コ出た見たいに言うなや、失礼やの⦆
 フン、どうせならトイレで流されちゃえばいいのに。
⦅チケット届いたら破いとったるからな⦆
「はー!?」
⦅あ、その前に当たらんかw⦆
・・・人が気にしてることを・・・あ~ムカつく!・・・ていうか、マジでやりそう。チケは当たってもりーちゃんに預かっていてもらおう。相手にするな、無だ、無。とにかく無。
 大きく深呼吸をし、も、次の瞬間大きく溜め息を付いて肩を落とし感情を飲み込む。
「オッサン、邪魔」
 当たるワケではないものの、一応手で払い除けようとするとその姿は一瞬そこから消えるので、作業などをしている時は割と効果あり、と最近気付いた。で、当然ながらまた現れ、チラチラと視界に入る。ハエか。
⦅ハエ?はあ!?誰がハエやねん!ってか、ほんなオマエはウ〇コやなw⦆
 ウ〇コ・・・このオッサンの現品さ、小学生か。
⦅何が”下品”やねん。オマエがどんだけお上品やっちゅーねん。扇風機足で
 消すヤツがw⦆
 !!いや、ん~~~~~~いや、下品の意味が違うし!
⦅い~や一緒や。ほんなオマ、CUとかっちゅーのんの前で、扇風機足で消せ
 るんか~言うとんねん⦆
 ・・・悔しいが言い返せない。それは流石にCUの前ではできない。
 見せられない行動、”お行儀が悪い”は”お下品”ということ然りということで・・・
⦅ほ~らみぃ、でけへんねやろ~w 棚上げwwwww⦆
 今目の前では、それこそ小学生の時に見た、男子のうっざ~い揶揄いのデジャヴ。をオッサンが繰り広げている。腹立たしさを通り越して、いい年して小学生のようなことができてしまうオッサンに呆れる。
 気を取り直し、さっきの続き。
 チケットには諸費用もプラスされるので、チケット代のみに非ず。交通費往復も併せて、一回の参戦にこれだけ。東京日曜は何とか確保できる希望を持って、その分は置いておく。グッズはTシャツとペンライトだけにして、どうしても諦め切れないモノがあったら、それはウルカリで安く出した人がいた時にそこで払える金額なら購入を考える、という算段。
 グッズと言えば以前、Mutterで喧嘩(?)をしているファン同士の話が回って来たことがある。喧嘩と言うか、一方的に失礼なことをしているという方が正しい。
 成人と思しき人がグッズの”交換、若しくは譲ります”を出していて、交換は当然色違いの交換なので同じモノだから金銭は発生せず、譲る場合はというので金額を提示していた。それ自体は特にオカシイこともなく、概ね一般的な金額であったと思う。
 が、そこに”当方、女子高生です”と言い、”お金がないのでタダで譲ってくれませんか?”というメッセージを送った人がいた。当然、提示している条件とは違うので、その成人の人は丁寧な言葉でお断りの返答をした。
 本来ならそこで終わりそうな遣り取りが、その女子高生は、”高いものじゃないんだから、ちょっとぐらい譲ってくれてもよくないですか?”と丁寧語ではあるものの、とても譲ってもらいたい側とは思えない言葉を返していた。”高いものじゃない、と言うなら自分で買えよ”と思ってしまふ。
 それでもその成人の人は丁寧にお断りをしていて”大人だな~”と思っていたが、その女子高生と名乗る人はその人の呟きを引用し、恰もその成人の人が守銭奴と言わんばかりの罵詈雑言を載せて呟いたものだから、その何とも非常識な女子高生のお友達がその成人の人に援護射撃をしてくるし、その成人の人も業を煮やしたのか堪忍袋の緒が切れたのか、その女子高生とやらが如何に非常識かを、それでも丁寧な言葉で淡々と呟き引用を使って呟き、成人の人のフォロワーさん達も参戦し、暫く攻防戦が繰り返されていた。
 これはどう考えても女子高生と名乗る方が悪いし、成人の人が怒っても仕方ない。”だから女子高生は”と関係のない女子高生まで一緒にされてしまうので、本当にそういうことはヤメて欲しい。CUの前でもそんなことができるのか?と言いたい。
⦅オマエもなw⦆
「はあ?あたしはそんな非常識な遣り取りしないし」
⦅CUの前、扇風機⦆
「今、扇風機関係ないから!」
⦅けど、”CUの前でできるんか”っちゅーんは一緒やんけ。棚上げ⦆
 はいはい、もう分かりました、結構です。
 再再度、気を取り直して・・・お、グッズの詳細メールが来てる!とどうせ見ても買えないし、見ても欲しくなるしガックシなだけだから見ない方がいいかな~(泣)あ~いいな~、バイトとかできる子が羨ましい(泣) 
⦅お前、恵まれてんのぉ⦆
「は?どこが?」 
 オッサンが机の上に寝そべって鼻を穿っている。何故に態々苛苛させるような言動だけでなく行動まで取るのか、皆目見当がつかない。
「あたしだってバイトできるなら、バイトでお金貯めて行くよ。高校生でも
 バイトしてあちこち行く子もいるしさ、それ言ったらさ、バイトして貯め
 て行く子もいれば、親がチケ代出してくれる子だっているんだよ!?」
⦅何の話やねん。え~のぉ思たからえ~のぉ言うただけやんけ。ほかの子と
 かやらはワシは知らん⦆
 オッサンの言葉に肘から落ちそうになる。真面に返答した自分の愚かさを悔やむ。
⦅お前、グチグチ文句多いねん。そのグチグチがいちいちウルサイねん。
 行きたくても行かれんヤツおんねやろ~。お金調達できんで行かれへんの
 もおるやろし、毎日生活だけで精一杯なんもおるやろし。しかも、”お父さ
 んに頼んでみようかな~”とか言えてのぅ⦆
「でも、何回も当たってる人いるし、神席当たる人だっていっぱいいるんだ
 から!あたしなんか・・・」
⦅”でもでも”ウルサイねん。上見たらキリないわい。オマエなんかどうせ、
 行けたら行けたで”神席の人ウラヤマシイ~”とか、”あそこもここも行けて
 てウラヤマシイ~”とかずっと言い続けんねん⦆
 う~~~~~~~~~ん・・・イイエテミョ~だ、否定できない。が、このオッサンに指摘されたことにイラっとする。とは言え、”羨ましい”とは、頑張るエネルギーにもなるんだから、別に悪いことじゃないと思う。
 頑張るエネルギーはそれぞれだが、女性アーティストのは知らないけど、男性アーティストのライブに行く女性ファンの経済効果は、チケットやグッズだけに終止しない。一度でいいから、どのぐらいなのかを弾き出してみたい。
 
 ライブが決まればその日からネットでは、まずは遠征希望のホテル争奪戦がの始まりが見られる。
 まだチケのエントリーも始まっていなくてもホテル予約をしていき、駅から近いところから埋まっていく。しかも話では、ライブが決まるとホテルの金額も軒並み上がるのだそう。そういう話を聞くと、”え、汚なくない?”と思ってしまうが、需要と供給の問題で、どこも稼げる時に稼がないと、そこで働く従業員たちの給料や、そもそもそのホテル経営が行き詰まると泊まる所さえなくなる、とその大人ファンから諭されるとある意味納得。
 それは交通手段も然りで、安いものからどんどん埋まって行くのだそう。日程が近づくにつれて残りがどんどん高いものしかなくなるも、日程的な都合がついてからしか仕方がない場合は、否応なしにそれを選択するしかがないが、こればかりは背に腹は代えられない。
 ホテル争奪戦のほか、「ダイエットしなきゃ」の決意文字が連なり、食には多少経済はマイナスになるかもしれないが、実際はそれを上回る経済効果があると思う。
 それぞれの想いを抱き、ライブの為に美容院へ行き、ライブの為にネイルに行き、ライブの為に服や靴、装飾品を新調し、ライブの為に衣装を作成し、ライブの為に団扇を作成し、ライブ会場でしか会うことのない同士に配るお土産を購入・作成をする。
 ダイエットも美容院もネイルも服も靴も、正直、アーティストの目に留まることなど殆どない。それでも、”もしかしたら”というところや、裕子さんや杏ちゃんの話では、好きな彼氏に会いに行くような感じ、なのだそう。残念ながら、まだ彼氏ができたことがないのでその感覚はちょっと分からないけど。
 CUには男性ファンも年々増えていき、ライブの際は女性ほどではないものの、ライブTシャツやブルゾンなんかを着用する人はいるし、それを超えて来ると、ミュージックビデオで着用した同じ物を探し購入したりし、衣装を真似たものを作成、もしくは発注をしてまで当日に参戦するので、振り幅は大きい。
 母と参戦する息子とか、父と参戦する息子とか、その年齢が如何ほどであっても、何だかいいなあと思う。
 以前、ラッピングバスの前での写真をお願いされた親子は男の子が4歳で、”だいすき~”とかわいい声で言うその子に悶絶。男性4人組などで参戦しているのを見た時は、男性にも好かれるアーティストであることを認識できて更に嬉しい。
 そして日本では、アーティストが訪れた地や場所、店、ドラマやアニメの撮影地などは『聖地・ゆかりの地』と呼ばれ、元々何の縁もなかった場所でもファンは挙ってその場を訪れる。最近は、海外から日本に来るアニメやドラマファンが、聖地を求めて旅行をしていることも少なく、想う気持ちの形は似たようなものかもしれない。
 CUは、以前のように数年単位で日本に滞在する機会が持てないため、彼らが訪れたことのある店や場所は、一軒でも増える度ファンが頻繁に訪れる店となる。
 また、食だけでなく、番組の中で使った物や持ち物が分かると、ネット上では即座に売り切れ、店舗のほうでも売り切れてしまう。
 特にライブのある時は、遠方から来るファンはこの時とばかりに、店に押し寄せるので、オープン数時間前から並ぶ場合もあれば、ライブを終えて民族大移動のような状態にもなり、お店側もそれを見越していつもよりバイトを増員して挑み、ファンを消化していく店もある。
 それは、アーティストの行き付けなどではなく、たった一度訪れただけのお店でも、ライブの度に何年もその状態が継続する。お店も、ちゃっかりその時の写真、サインを飾るだけでなく、ポスターも貼ってくれているから嬉しい。
 好きなアーティストのサインがあると、ファンは入れ代わり立ち代わり写真を撮りに来る。食事の前、食事の後、タイミングを見計らいつつ何とか写真に収めようと落ち着かない様子で、サインの飾っている方向にチラチラと視線をやる。サインの近くの席に当たったファンは、喜びと共に落ち着かない場所であることも受け入れざるを得ない。ただ、言葉は交わさなくとも想いが理解出来る為、勿論、傍若無人で無礼なファンもいるが、お互いが気を遣いながら事なきを得る。
 好きなアーティストが座った席が明確であると、誰もがその席に当たることを望みつつ、順番に案内されるのをドキドキしながら待つ。言ってみれば、ただ「座った席」であり、先程座った席に温もりも消えない間に座る訳ではない。そのアーティストが去った後、ファンが訪れるまで見ず知らずの老若男女が次々座った席で、椅子が入れ替っている可能性も多々あるが、ただ同じ席に座り、同じ物を食べる、それだけで同じ時間や物を共有したような高揚感を得られるのだ。
 ゆかりの地ではない店でも、ライブ後は周辺の店にファンたちが流れ込む為、『○○のライブに行って来られた方』を対象に、『ビール一杯無料』
『一杯目サービス』『デザートをサービス』などを掲げる店も存在する。
 アリーナ、ドーム級となるとそれ相応の人数が集結するため、普段生じない金銭が動く。直接アーティストや事務所に還元されない部分ではあるも、その金銭はそれぞれの需要と供給が正当に成立している。
 然も、地方に行くと、お店だけでなく、その主要駅や地域のあちこちで好きなアーティストの曲やライブ映像が流れ、ポスターが張られるので、テンションMAX。
 ただ、全てが成立とならないのが、ライブには一番肝心の『チケット争奪戦』なのだ。
 毎回ファンは、このチケット争奪戦に翻弄される。エントリーをし、抽選結果を待ち、結果の日。
『厳正なる抽選の結果 チケットはご用意できませんでした』
という文言を目にした経験のないファンは恐らくいないだろう。いるとしたら、初めてのエントリーで一発当選した人ぐらいしか考えられない。
 そうは言っても、あまり目にしないファンと頻繁に目にするファンがいて、エントリーが重複するファン、重複など皆無のいつも不足のファン、全てのファンに満遍なく公平に行き渡ることなどない。
 と言いつつも、海外の早い者勝ちチケット争奪戦、その時間にPCの前に向かえないと争奪戦に参戦出来ないシステムに比べれば、まだ公平と言えるのかもしれない。
 その日、その時間にPCの前にいなければならない早い者勝ちでは、それが可能な人しか参戦できない。そのせいで、集団でチケットを押え、海外のファンに上乗せで売り捌くようなことが起きる。
 それでも抽選チケット争奪戦に敗れる度、『厳正なる抽選の結果』『公平』という言葉を幾ら浴びせられても、”絶対ウソ”と呟いてしまうのは自分だけではないと思う。
 そして、チケット取得も必要だが、もう一つ必要なことがある。
 それは、お母さんにライブに行くためのお伺いを立てねばならないことだ。
 ライブどころか映画館にもロクに足を運ばないお母さんに、可能な限りの日程へのライブ参戦の許可を得るのは結構大変で、ライブ参戦に扱ぎ付けるのに超えるべきハードルは、費用の工面だけではなく、ここの許可も必要となる。
 昨年は中学生だったが、今年は高校生になったということもあり、もう少し緩くなっていないか、という期待もないワケではない。
 ただ、お母さんがエンターテイメントに積極的でないその理由を知っている。だからこそ、CUへの想いを理解してもらおうと小出しにしつつ、お母さんに免疫をつけようじわじわと時間をかけ、裕子さんにも根回しをして手伝ってもらっており、一応、CUというアーティストが好きだということは事実として認識をしてもらえるぐらいにはなっている。
 とは言え、ライブの行きたいという話をするとなるとやはり気が重い。
 それでもどうしても行きたいから、チケットをゲットして、あらゆる準備をして説得に挑むしかない!神にも仏にも何にでも縋りたい感じ。う~ん、やっぱ裕子さんに手伝ってもらうしかないかな~・・・
⦅自分で言えやw⦆
「うるさい!するし!」
⦅いやいや、”ゆうこさんにぃ”とか思っとったやん⦆
 はあ・・・思うぐらい別にいいじゃん、面倒いなあ(怒)
 お尻フリフリ歩くオッサンが激しく鬱陶しい。
 
 と、オッサンに返したものの、案外、結構、相当、なかなかどうして一筋縄にいかない。のは、母方のおばあちゃんが原因、ということのようだ。
 昨年、CUが推しとなってから暫くしてライブの告知があり、先にファンで自分を沼に引きずり込んでくれたりーちゃんと舞い上がり、興奮そのままの勢いでお母さんに行きたいと告げたところ、真っ向から反対を受けた。
 当然、納得できず言い合いになった。最初は“中学生だから”“大人になってから”と納得のいかない理由を言われ、同時期にファンになった裕子さんと杏ちゃんと行くと言っても聞き入れてくれないので反論を繰り返していると、
”あんたはライブに行かないと生きていけないのか!!”とワケの分からない言葉が飛んで来て、目が点になった。ナンデスト?
 少し間が開いて漸く”はあ!?”と返したものの、お母さんの言っている言葉が極論過ぎて、何がどうやったらライブが今の自分の生死に直結するのか、意味不明過ぎて引いた。
 元々お母さんは感情的なところがあり、怒りがMAXになると鬼のような形相で、感情的、威圧的に攻めて来て、こちらがそれに怯んで終わり、ということが多い。話し合いにならないので、”あ、まただ”と思うと面倒臭くて、適当にハイハイ言って終わらせていることも少なくない。
 ただ推しができて見る世界が広がって、年齢に関係なくファンの様子を見たりファン同士で繋がるうちに、自分の中で何かが壊れていき、視界が広がるうち、逆に適当にハイハイで終わらせることができないことも出て来た。
 昨年は結局、最後は裕子さんとりーちゃんの力を借りてライブに参戦できたが、その時に裕子さんからお母さんの話を聞いた。
 あのお母さんにも、学生の時は好きなアーティストがいたらしい。が、そこに立ちはだかったのがお祖母ちゃん。まあ、今の自分と同じ状態。
 それを聞いた時、子どもには同じ思いはさせたくない、という考えはないのか?と思った。自分なら、自分に子どもがいたら、お母さんとは違う母親になりたいし、もっと子どもに寄り添った母親になりたいと思う。意見を聞いて、お互いに落としどころを見つけられる関係を作りたいと思う。
 で、裕子さんの話では、お祖母ちゃんはお母さんに対しては徹底的に最低限必要な物以外は排除。その当時は携帯などはなかったが、娯楽と名の付く物は全て“金の無駄”と言われ、小遣いもナシ。
 その当時、まだ裕子さんと結婚していなかった旦那さんである健一おじさんの家が近所にあり、健一おじさんの両親がお母さんを気に掛けてくれていて、新品だと気を遣うだろうからと、推しの中古CDをくれたそう(と、実はは中古と見せかけるために開けただけの新品だったと裕子さんから聞いた)。それを隠し持ち、お祖母ちゃんがいない時にお祖母ちゃんの持っている機器でCDを聴いたり、お祖母ちゃんが観ている流れる曲を聴いていた。
 そして高校生の時に一度、お母さんの友人が入手したという推しのライブに誘われた時、ダメもとで懇願したが、「そんな金があるなら、生活
費に出せ!どこに隠してる!」と言うだけでなく、執拗に罵られ続けたらしい。
 まあ、自分の記憶の中のお祖母ちゃんも、いつもグチグチ文句ばかりで、優しさの欠片も見たことはないが、そんな血が自分に流れているのかと思うと、余程気を付けないと自分もそんな年寄りになるのか、と一瞬消魂。ではあったが、反面教師にすればいいとも思った。
 お母さんは高校の時小遣いを貰っておらずバイトをしていたと聞き、昨年聞いた時は自分はまだ中学生だったから、高校でバイトが出来ていいな~ぐらいに思っていたが、自分の高校はそもそもバイト禁止なので、どんな感じかの比較のしようがない。ただ、”生活費に出せ!”という感じだと、バイト代で身の回りの物を賄っていた可能性もあり、聞くのが怖くて聞いていない。
 お祖母ちゃんはお母さんが高校に行くことも良く思っておらず、周囲に説得されて渋々だったそうで、進学してからも進学をさせたことをずっと忌々しく思い続け、それまで以上におかあさんにキツく当たるようになったらしい。
 こういう話を聞くとお母さんの境遇を気の毒に思うところもあり、お母さんの脅威の引き止めも理解できないワケではなかったが、自分がされたことを子どもにするのはどうなんだ!?と思う部分もあった。
 ただ裕子さんが、お母さんはもしかすると闇雲に非難したワケでなく、その時の感情がリンクしてしまっているのかもしれないね、と言い、裕子さんが話をしてくれると言ったので、納得はいかなかったが、取り敢えずライブ参戦に関しては任せることにした。
 何となく触れてはいけないような気がして、態々お母さんにはそれが事実かなんて確かめてない。裕子さんに態々ウソを伝えてもいないだろうし、何よりも健一おじさんという、昔のお母さんを知っている人が旦那さんなんだから、その通りなんだと思う。
 結局、昨年は裕子さんのお陰で参戦に至った。至福の時間だった。
 裕子さんがお母さんだったら、どんだけ楽なんだろな~。杏ちゃんみたいになれるかもな~、親の影響って絶対あるよね~、残念。
「何?」
「ん?あ~、え~っと・・・あ、あれ何て読むのかなーって」
 TVのクイズ番組が目に入り、咄嗟に口を突いて出た。セーフ。
「“アケビ”よ」
「は~、アケビね、ふ~ん」
 お母さんに何と言えばいいか、タイミングはいつだ、などと考えている間に、お母さんを凝視していたらしい。危ない、危ない、心の準備ができてないのに。
「もうちょっと勉強した方がいいんじゃないの?」
「試験に”アケビ”とか出ないから。完全に雑学だし」
「アイドル追いかける時間はあるクセに」
「アイドルじゃなくてアーティスト~」
 てゆーか追っかけじゃないし!は~、この流れでは言いにくし、言いにくし。やっぱり裕子さんにヘルプを求めるしかないかな~・・・あんな理不尽な言葉を態々受けに、真っ向勝負するとか狂気の沙汰。あ~、せっかく食べてる大好きな玉ひもの煮付けの味がしない(泣)
 あ、りーちゃんだ。
 結局お母さんには言えないまま時間は過ぎ、入浴してから部屋に戻ると、りーちゃんからのLINK。
 タオルを頭に掛けたままベッドに腰を下ろし、携帯を手に取り画面を見ると、LINKのポップアップ表示の一番上が梨穂だったので開けてみる。
〔すーちゃん 東京日曜2枚譲ってくれるって~(ニコニコ)すーちゃん行
 ける?〕 
「な、なーにぃ!?まーじでぇ!?うっそぉ、やっばーーーーーーい!!ヤ
 バイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!!」
 歓喜に我を忘れそうになりながら、声を挙げないよう無音で叫び、小さいガッツポーズ。
「くーーーーー!よっしゃ!やーーーったーーーーー!」
 ああ、声挙げたい。
 梨穂からのメッセージを何度も見て、喜びを噛み締める。喜びで意識が飛びそうだ。ああ、羽化登仙・・・
「いたっ!」
 何かが脇腹に当たった。もう慣れた。犯人はオッサンが何か投げたか蹴ったか。周りを見渡しても何も落ちていないので、オッサンが飛び蹴りでもしたのだろう。暴力オヤジめ。
「あ」
 梨穂に返信していなかったことに気付き、ふっふん、あたしは今そんなの相手にしている暇はないのだ。
 暫し喜びに浸った後次第に現実に戻る中、少しずつ意識が我に返って来たので梨穂に返信をする。
〔マジでー ホントありがとー りーちゃん天才 すごーい!〕
〔もー なにその譲ってくれる人 神だし!感謝だし!〕
 文字を打ちながら再び気分が高揚していき、逆に同じ言葉しか浮かばず、最後はスタンプを連打。会っていない時の気持ちの伝え方とは難しい。
 本当はこの興奮を会って分かち合いたいが、そうすると相乗効果で興奮が冷めず、テンションがおかしくなってしまう可能性があるので、案外このぐらいの状態の方が良いのかもしれない、と思わないでもない。
 などと思っていると、りーちゃんから返信。
〔うん ホント感謝だよ~〕
〔重複 ほかにも譲って欲しいと言ってたフォロワさんいたみたいなんだけ
 ど 同級生だから取引も安心だって〕
〔お~ 同い年で重複するほどチケのエントリできるとかウラヤマなんだけ
 ど~〕
〔乙藤君だよ~〕
 は?・・・はああああああああ~~~~~~~!?
 
 あれでもう終わりだと思っていたのに、何故によりによって乙なのか。チケット譲ってくれるのは激しく嬉しいが、何故にまた乙・・・
〔えっと どこで乙に辿り着いたの?〕
 この返事が漸くめいっぱい精一杯。
〔昨年のライブで”結構ハイクオリティだね~”って言ってた二人のうちの
 一人だよ~ 前にMatterでアカ見つけてフォロしておいたの すーちゃ
 んは”まあフォロはいっか~”ってしなかったとよ〕
 え、あれ?マジでー!?っていうか、フォロしてなくてヨカッタ(ホッ)そう言えば、確かにクオリティ高かったけど、”写真撮ってもいいですか~?”とか言われているのを見て、何だか”ケッ”という気分になったからフォロしなかったんだよね。しなくてヨカッタ~~~~~w
〔えーあれ 一人は乙だったの?????〕
〔うん 入学して気づいたの  乙藤君のMatterフォロしてて 譲るって呟
 いたからお願いして 他にも譲って欲しい人いたんだけどDMに同じ学校
 って送ったからかな OKもらったの〕
〔そうなんだ~ わかった ありがとー お願いするねー〕
 マジでかー、アイツに借りができるのかー・・・・・てゆーか、アイツもファンって、ウッソだろー、マジかー・・・ああ、だからあの雑誌の山のところにいたのかー・・・CUの載ってた・・・はいはい。ああ、何と忌々しい記憶。
 男性ファンが多くなるのは嬉しい。男性アーティストに男性がファンがつく。同性に好かれるアーティスト、これは”異性だから”ではなく”異性同性に関係なく”カッコいいということで、ライブに行く度、男性ファンが増えている、とずっと前からのファンが呟いていた。CUも認識していて、男性ファンが増えるのは嬉しい、と前のライブでも言っていた。
 女子である自分としては、”男性ファンが”と言われるとちょっと寂しい。いや、あれは小さな嫉妬とでも言うべきか。こういう時、”男に生まれれば良かった”などと、一瞬短絡的な思いが湧き上がる。なんと浅はか。
 そして自分に言い聞かせる、”素直に喜べ”と。彼らが喜んでいる時、彼らがシアワセそうにしている時、それはこちらにとっても喜ばしくシアワセなことなのだと。何故なら、彼らが元気で活動出来ていることが自分たちの活力にもなるからだ。
 彼らがここまで来るまでの紆余曲折は、古参のファンは当然のこと、自分のように新参のファンであっても、ネットを使えば幾らでも過去を辿って知ることができる。日本より、彼らの母国でのほうに多くの記事が存在するが、それもしっかり翻訳されて出回っている。ファンの中で共有したい、いや、ファンの感じた理不尽さや怒りが原動力で、この膨大な数をそれぞれのファンの可能な言語で拡散していったもの。
 その内容は、今の自分には理解し難い大人の事情やお国柄的な事象が山盛りで、その紆余曲折を乗り越えてきた努力やその他諸々ストーリーも相俟って、一気に推しに。
 自分がファンになった時は一番過酷だった時期は過ぎていたが、それでもあの過去の話を読むと、ああ、元気で頑張って活動できているということを”普通”にするというのは至極大変なことなのだと、二人を見ている時はそれどころではないが、日常にいる時に改めて思う。
 そんな先輩ファンたちの言葉なども少しずつ染みついていく中で、それでも、”乙かよー----!”。何となくアイツにチケットを譲ってもらうというのが、癪に障る。何故こちらはチケット落ちて、アイツが重複なんだ。
 ・・・丸投げは忍びないが、取引はりーちゃんに全部お願いしよう。ゴメン、りーちゃん。
⦅あ~りーちゃん、かわいそ~、オマエみたいなツレ持って⦆
 まあ出るよね~、はいはい、そうっスね。
⦅チケット手に入るんやったらえ~やんけ。一々贅沢やねん、オマエ⦆
 あ~はいはい、そうっスね。
⦅あ、すーちゃん冷たあい⦆
 キモイわっ!
⦅お、ちょっとツッコミ早なったやんw⦆
 はあ・・・ガックシ。
⦅え~やん、え~やん、オトコマエ♪⦆
「男前じゃないし」
⦅ムキになんなや~⦆
「ムキになんかなってないし。大体、どこがイケメンなのよ」
⦅ワシ、イケメンとか言うてへんし。”男前”言うとんねん。人の話聞いてへ
 んな~。筋通ったことできる男前やったやんけ⦆
 いや、違う、あれは只の嫌がらせだし。
⦅オマエ、性格捻じ曲がってんな~⦆
 いやいやいやいや気にしない、気にしない。相手してたら何も進まない。
⦅つれないなぁ⦆
「あ~さてさて、東京分がもう一枚手に入るから、お金の計算しよ」
⦅下手な鼻歌やめぇ⦆
 フフフフンフン フフフフンフン フフフフンフン~ン♪
⦅覚えとけよ⦆
 知らない、知らない、知らない、知らない、知らないー!
「え、乙君と知り合いになれるのー!?」
「しーーーーーっ!!声大きい!」
 隣でテンション上がる眞理子を制止。
「別に知り合いなんかになりたくないってばあ」
 好きなはずのお弁当箱の中の豆腐ハンバーグを目の前にしても、この気持ちの複雑さは如何ともし難い。
「何でー?いいじゃん、乙君人気あるしさー」
「えー、なんであんな変人」
「まあ、変わってるっちゃー変わってるけどさー、何か信念持ってそうな感
 じでいいじゃん」
「え~」
 オッサンと同じようなこと言うのか、眞理子。
「まあ、でも譲って貰うっていうだけで、すばるが遣り取りするんじゃない
 んでしょ?なら、いいんじゃないの?」
 か、かわいい・・・
 琴乃が軽く首を傾げて問いかけてくる。これは計算ではなく、自分が同じ角度で首を傾げても、”ただ傾げただけ”にしかならないが、琴乃がすると”ただ傾げた”だけに留まらず、琴乃の背後にハロー現象が生じる。
 琴乃の一瞬の表情に目を奪われ、口を開け、玉子焼きを箸で持ったまま固まっていると、千華に”起きてるー?”と声を掛けられ意識を取り戻し、慌てて卵焼きを口に運ぶ。
「あんた、よく違う世界にトリップするよねーw」
 あはは、と抑揚無く誤魔化したものの、入学して千華に指摘されるようになり、自分にはそういう部分があることを徐々に自覚はしてきている。妄想だか想像だか分からないが、一瞬そっちに行ってしまう。
「そいやさー、そっちはチケ詐欺とかないのー?」
「あるあるー。だからさー、手渡しでってしょっちゅう注意が回って来るん
 だけど、やっぱり前振込みしちゃう人がいるんだよね~」
「まあ、焦っちゃう気持ちはわかるけどさ、前振込みはやっぱダメよ、元か
 らの友達じゃない限り。人気の証拠かもしんないけど、そういう金の稼ぎ
 方しか出来ないとか、カスだよね~、クズよ、クズ! ポールのチケを詐
 欺なんてなったら、ぜーったい許さないけどね!」
 眞理子はフォークを棒持ちし、振り翳しながらバッサリ。
 眞理子にも推しがいるが、眞理子の場合は海外のレジェンド級なので、年齢的にもだし、日本公演が開催されるのが毎年でもないため、応募者数も半端ない。それこそ、チケット詐欺なんて果てしなく高額になってしまうのではないだろうか。
「多分ライブに来日しても、一般のチケでもあたしじゃ買えない、高くて(泣)でも、その時のために貯めてるんだから、おばあちゃんだけで行く
 なんて絶対許さないもんね!という意味では、好きなアーティストのライ
 ブに行けるなんて羨まし~い」
 眞理子はフォークを両手で握り締め、物憂げな表情で天井を宙を見つめる。
 そうか・・・なるほど、行けるだけシアワセか・・・確かにそうだよね。 
「あ、ところでさー、詐欺って言ったら笑えることあってさー、うちのおば
 あちゃんなんだけどぉ」
「え、何、なに!?」
 眞理子の話はいつも面白いが、眞理子のおばあちゃん話はその中でも秀逸なものが多く、興味津々。
「それがさ~・・・」
 眞理子の母方祖父母は大阪在住。祖父母とも古希手前だが、祖父は現役で仕事をしており、祖母も新しい物好きのアクティブな性格で、眞理子の六十年代洋楽好きは、元を辿れば祖母の影響だそう。
 何でも、TVで見る”ザ・大阪のおばちゃん”という雰囲気ではないらしいが、よく喋り、何でもネタにして話をするところは”ザ・大阪”なのだそうだ。いやいや、眞理子の話も十分面白い。
 眞理子の話では、ある日、大阪に住む祖父母宅に一本の電話があり、その時在宅だった祖母が対応。殆どは携帯にかかって来るが、家の中で携帯を持ち歩かない祖父母の場合、携帯にかけて出ない時は家電話にかかってくることがあるそう。
 ナンバーディスプレイに『非通知』表示が出たため、知り合いが公衆電話からでも掛けて来たのかと思い、何となく受話器を取った。
 電話の相手は眞理子の母の兄の息子、眞理子からすると従兄に当たる人で、大手企業に勤めている。とにかく300万円がすぐ必要と泣きながら電話を掛けて来て、祖母は従兄を落ち着くように諭し更に内容を聞くと、会社の金を少しずつ使い込み、既にどのぐらい使い込んだかも不明で、一ヵ月後に監査が入ることが決まり、その分を埋めて行かないとクビが飛ぶとのこと。祖母はすぐにお金を用意する旨を伝えて電話を一旦切った。
 が、実は祖母は本当に新しい物好きで、普通にLINKもMatterも使う。なので、家族とはLINKで遣り取りもするし、グループLINKもある。自宅に電話を掛けてくることは皆無だが、もし本当に何か緊急な事象があり、携帯が使えずに掛けて来たとしたら、とも思い、家電話で話をしながら、親戚で構成されたグループLINK内で”〇〇(従兄の名前)は今どこにおるん?”と打った。
 それを聞き、眞理子に疑問をぶつけた。所謂”横領”なワケで、もしそれが本当だったら親戚中に知れ渡るワケで、祖母にとってはそれは大丈夫だったのか?と。
 同じことを伯父さんが聞いたらしく、”悪いことしたならしっかり自分で罪を償え。人様に迷惑かけといて自分はバレたくないとかアホちゃう。そこに子どもとか孫とか関係ない”というスタンスなのだそうだ。強い・・・
 そしてそのグループLINKでは即座に反応があり、電話中に”にーちゃん一週間上海出張やしw”というのが入って来て、祖母は家電話の相手にお金を用意するからどうしたらいいかを聞くことを決めた。
 再度、従兄と名乗る男性からの電話があり、最寄駅の暗証番号コインロッカーに入れ、どのロッカーに入れたかの連絡をするよう指示があったので、何故家に取りに来ないのかを尋ねると、自分は仕事中で出られないので信頼出来る同僚が出向くが、家までだと時間がないと告げて来た。
 その時の祖母のLINKを見せてもらったが、〔”仕事で出られへん”やって 上海からやったら来られへんっちゅーねん(爆笑絵文字) 信頼できる同僚って 横領の話したんかっちゅー話(爆笑絵文字)〕とあった。
 逞し過ぎて笑ってしまった。が、ある意味家に取りに来るパターンじゃなくてヨカッタなと思う。これがナイフでも持って家に来られたら、こんなこと言ってられない。
 この電話が掛かってくるまでに、親戚のグループLINKで”どうしたら面白く成敗できるか”を話していたそうだが、捕まえるとなると結局警察に電話をして対応してもらうしかないとなり、無難なところで落ち着いてすぐに警察に電話をしたそう。一体どうなっているのか、眞理子の親族。何だか羨ましい。
 祖母は内心ではウキウキしていたそうで、指定された最寄り駅のロッカーまで行き、警察が用意した紙袋を持って不安(そう)な表情を作り、私服の警察官が見張る中、ロッカーに入れる瞬間に震えで紙袋を落とすという演技までして(いたそうだ)、ロッカーに入れて公衆電話から指定された番号に電話をして番号を伝え、振り返り振り返りその場を去った。ように見せかけて、ダッシュで反対側から見える場所に移動し、私服警官と共に”同僚”を待ったそうだ。ダッシュって・・・笑
 そして程無く、一人のスーツを着た男がいけしゃあしゃあと現れ、ロッカーを開けて警察の用意した紙袋を手にしてロッカーを閉めたところで、見張っていた私服警察官が次々と現れ逮捕。
「え~!?TVでは聞いたことあるけど・・・マジで!?」
 千華が目を丸くし、信じられないとばかりに眞理子を見つめる。
「うん、おばあちゃん、目の前で犯人が連行されるの、ガッツリ写真送って
 来たし、武勇伝、3回も聞かされた」
 眞理子が自分の携帯で画像を探し、「ほら」と三人の目の前に突き出す。
「わっ、こんな近くで撮れたとか、スゴっ!!」
「自分のばあちゃんながら、スゴイと思うわ。てか、コイツらもバカじゃな
 い!?警察に通報されてるとか思わないのかな!?おばあちゃん、自分の
 演技が素晴らしかったって自画自賛でさーw」
「でもこんな写真撮る余裕があるのが、おばあちゃん、心臓に毛が生えてる
 よね」
「毛どころか剛毛よ、剛毛w」
「でも、所謂これって受け子ってヤツで、電話してきた犯人は別にいるんで
 しょ?そっちは捕まったの?」
「そーれがー、例に漏れず分かんないままらしい。おばあちゃんも電話の内
 容、途中から録音してたから、それは警察に提出したみたいだけど。ま、
 おばあちゃんには被害はなかったし、流石にもうばあちゃんは要注意人物
 になってんじゃない?犯人側にしてもw バレたのも、まさか携帯使いこ
 なしてるからだなんて分かんないだろうし」
「確かにw」
 そう、とあるTVで紹介されるお年寄りは、最近の携帯の使い方が分からないという姿が多いが、それは面白いから取り上げられるのであって、使いこなしているお年寄りもいっぱいいる。
「何か眞理子のおばあちゃんって感じw」
「何だとーwwwww」
 言い出した千華が爆笑し出し、言われた眞理子が一番爆笑し、更に釣られて琴乃が笑う中、自分の中の”おばあちゃん”という存在が眞理子のところはかなり掛け離れているので、全く別世界の話を聞いているような感覚もあり、何が違ってどうしてそうなったんだろう?などと考えている。
 お弁当を食べ終えて弁当箱を片付け、4人揃ってトイレに向かう。
「しかもさー」
「何、まだあんの?」
「裁判員の通知も来たらしくてさあ、行く気満々」
「はあ~、もうニュースでしか聞いたことないけど!?おばあちゃん、何持
 ってんの!?」
「さあw」
 こうして女子トークというのは、最初の話から逸れていくが、楽しかったらそれでいい。
 
 秋とは言え、暑くなったり涼しくなったりで、どこからどこまでが秋なのかがよく分からない中、街中では秋の味覚商品が次々出周り、一応”秋”だということを認識だけはさせられる。
 もうすぐ12月という時にTVが「漸く紅葉が」などとアナウンスされた年は、それは”秋”をすっ飛ばさせてなるものか、という四季をもつ日本の意地なのでは?とも思ってしまった。昔は知らないが、今は『春夏(秋)冬』じゃん、と呟いてみたりする。
 何故なら、女子なのに汗かきという残念な体質を持つ自分としては、暑くて湿気が多い時季が続いている間は”夏”の認識しか持てないので、”どこが秋だよ”とツッコみたくなるからだ。
 ただ、流石に少しずつ朝晩が過ごしやすく、夜寝やすく朝起きやすくなってきたことは有難く、秋の味覚”季節限定”モノが出回っていることにはちょっとテンションは上がる。
 歌詞や短歌のようにゆっくりと空を眺め、景色を眺め、耳を澄まし、鼻を利かせ、変わりゆく季節のグラデーションを味わうには、高校生は忙し過ぎる、と思う。勿論、”秋”と言われる時季の夕焼けはキレイだけど。
 
 日々の生活にプラス、ライブの為の準備があれこれと組み込まれ、頭の中がカオス。季節の移り変わりを味わう余裕は無い。
 ライブチケット、会場に行くのにかかる交通費、そこからグッズに使える金額の計算、普段は会えることのない文字だけのファン友と会えるか否かの確認、ファン友へのお土産の思案、応援グッズ作成の有無など、これらが一段落するにはまだまだ時間を要する。
 そして、その前にお母さんに許可を得なければならない。今、頭の中の電卓の数字は、あくまでも”行ける”前提。CDやDVD、雑誌などを購入することには、普段の小遣い内であれば特に何も言われない。が、ライブに関しては昨年の一件で足踏みしている。
 ライブに参戦したい旨を裕子さんに手伝ってもらってお母さんに伝えようと考えていたが、オッサンからの嫌味な攻撃、そして裕子さんから、”いつでも手伝ってあげるよ。でもまずは自分で気持ちを伝えないと、最初から私が言うともっと分が悪くなるような気がする”と言われ、裕子さんの言うことも尤もだと頭では理解し、裕子さんの力強い後押しもあり、その時は腹を括ったつもりでいた。
 が、いざ実行しようとすると、昨年の母親の形相が脳裏を過ると気持ちが萎える。りーちゃんから、いざとなったら一緒にお願いに行く、と言ってくれており、二人の援護射撃が待機をしている。にも拘わらず、尚も体感的な一種の恐怖は拭えない。
 小さい頃からお母さんのは不明で、幾度と無く突然の叱咤に遭い、一度受けた叱咤の要因に似た事象やシチュエーションだと、一瞬全身の熱を失う。
 特に幼い頃は、お祖母ちゃんの存在や両親の関係が芳しくないなどがあり、お祖母ちゃんのお母さんに余裕が無かった為か、離婚前よりも頻繁にその目に遭っている。お祖母ちゃんが既にこの世にいないからといって、離婚して数年経つからといって、本質的なところはそんなに変わらない、と高校生の娘は感じている。
 部屋で机に向かい公演日程を書き出し、計画を書き込みながらお母さんににいつ言い出すかを悩み、一人藻掻いている。
 きっとギリギリはマズイ。自分のことだから、ギリギリにしてしまいそうな気がするが、裕子さんやりーちゃんに手伝ってもらわなければならなくなった場合、ギリギリは非常にマズイ。さりとて・・・
⦅やっぱへタレやのぉw⦆
 出た。
⦅やから、う○こ出たみたいに言うなや⦆
「便秘よりそっちのほうが有難いですぅ」
⦅おもんなw⦆
「別に面白いこと言うつもりなんかないし」
⦅オモロいこと言う気なくてその返しかw 返さんほうがマシやなw⦆
「あんたの相手なんかしてる暇ないっつーの」
⦅相手?ワシが相手してやっとんねや、アホちゃうんw オモんないヤツ、
 にわざわざ相手してくれ言うヤツ、何処におんねんw)
 あ~はいはい。憎まれ口しか叩けないのか、このオッサンは。大体、何でも面白い話とかツッコミを求める意味が分からない。
 しかし、この状況にも随分慣れたものだ。慣れというのは不思議なモノで、普通に考えれば、この状況はフツーにオカシイ。ドラマで言えばファンタジー・・・いや、fantasyとは”想像、幻想”という意味であるからして、これはある意味”幻想”の部類ではあると思うが、今、実際自分の身に起きてもいる。
 かと言って、ノンフィクションだと人に話をしても、まあ、幻想、若しくは自分の頭がオカシイと言われるかのどちらかだろうから、人に話すことはないのだけれど。
 ドラマなら、これから夢のある話に発展していくかもしれないが、現状、どう見ても有り得ない。唯々、うるさいオッサンがちょいちょい出て来て、ワーワー言って終わり。酷い時には手足も出る、物も壊す、という暴力オヤジ。となるとこれは・・・ホラー・・・
⦅ホラーとか有り得へんやろ。現実じゃ、ボケ⦆
 ボケ・・・いや、この状況を誰に話をしても”リアル”なんて言うワケないのに、分かっているのか、このオッサン。どう見たら現実なんだよ。
 世の中には、実はこの世界が夢だと説く人もいる。寝て目が覚めたら終わっていたらいいのにとか、元に戻っていたらいいのにとか、そんなことは何度も考えたことがあるが、どこかのエライ人が研究を重ねてそう明言するとなると、空想、妄想クセのある自分でも、将来、そんな考えが奇怪扱いされることがなくなる可能性がある。
 ああ、そして今、今現在が夢で、実はもうお母さんに話し終わり、後は準備のみ、となっているといいのに。
⦅何言うとんねん、アホちゃうん⦆
「は?」
⦅んなもん、夢もクソもあるかぇ。ごちゃごちゃウルサイから、早よオカン
 に言えや。しーゆーしーゆー言うとっても、所詮その程度やな⦆
 簡単に言うよな~。それが出来たら苦労しないっつーの。
⦅いーや、好きや、好きや言うても、オカンが怖い怖い言うて逃げ回る程度
 のもんやねや)
 いやいやいやいや、行きたいに決まってんじゃん、だから悩んでんじゃん、バッカじゃないの!?ムカつく~~~~~!!!!!
 コアから沸々と湧き上がる苛立つのを感じつつ、自分自身に”落ち着け、落ち着け”と言い聞かせる。大きく深呼吸。心頭滅却すれば火もまた涼し。
 が、後ろからウッヒャッヒャッヒャッヒャという奇妙な笑い声がし、一気に脱力。腹立つというより・・・何なんだこのオッサンは(汗)自分が外したと思っているのに、斜め上から斜め下からやってこられるので、こっちがバカみたいだ。
⦅ワシに勝とうなんて100億万年早いわ!⦆
 別に勝ちたいとか思ってませんけど。と、口に出さなくても思っただけでオッサンに聞こえてしまうので、下らない遣り取りを避けることができない。実にウザい。
⦅え?何?何やて?ああ、別に行かんでもえーんちゃうん?オマエが行かん
 でも、別に二人は困らんw⦆
「いやいやいやいや、何言ってんの、行くに決まてるでしょ!?」
⦅いやいやいやいや、決まってへんし。チケットまだ手元にないし、オカン
 にも言えてないしなあw 行かれへん、行かれへんw⦆
「行けるし、絶対行くし、何言ってんの!?」
⦅あはは~、無理無理無理無理、オマエには無理無理。いやいやいやいや
 残念やな~、折角チケット手に入りそうやのになあ。残念、残念、あはは
 はは~w)
 オッサンが目の前で海月のようにふにゃふにゃと揺れている。明らか挑
発。かと言って、捕まえようにも捕まえられないことが分かっているから、余計にイライラする。何か掛けたらオッサンが固まる粉とか液体とかないのか。
⦅うぇーい、オマエにワシは捕まえられへんもんな~。オマエはオカンに言
 われへん、ライブにも行かれへん、出来へんづくしや~~~~~。諦めな
 はれ~~~~~w⦆
「うるさい。ぜーーーーーったい行くんで」
⦅ま、あんじょうお気張りやすぅw⦆
 アンジョーキバリヤスって何よ、意味わかんないっつーの。絶対悪口。ムッカつくわ~~~~~~!
 目から光線でも出てチュドン!と攻撃できないだろうか、などと妄想しつつ、目の前をお尻をフリフリ歩くオッサンを睨み付ける。
「すばる~、ご飯作るの手伝って~」
 声の距離からして、お母さんがキッチンの入り口と思しき場所から呼んでいる。
「え~・・・」
 いやいやいや、これから許可得ないといけないのに、ここで”え~”と拒否っては、スタートダッシュで失敗するようなもの。ここは素直に聞いておかねば。気を取り直し・・・
「わかったー」
 閉まっているドアを越えてキッチンに届くように返事をする。
⦅調子こきw⦆
「は!?」
 “チョーシコキ”の意味は解らないが、絶対悪口。何だよ、”チョーシコキ”って!
 
 普段、家にいる時は洗濯物を取り込んだり畳んだりすることはあるが、食事に関してはお母さんが手際よく用意をして仕事へ向かうので、偶々家にいる時は食事作りを手伝うことはある。
 お母さんとしては、ある程度簡単な料理ぐらいはできていた欲しいからということらしいが、元々自分は料理は嫌いではない。絵を描いたり工作したり、何かしら物を作ることは結構好きで、多分、次第に出来上がっていくところや完成した時の達成感と高揚感所以。
 ただ、いつも自分が何かしている最中に声が掛かるので、正直”え、今かよ!”とイラっとする。調子が乗ってきたと思った時に声を掛けられることが結構あるので、イラっともするし愚痴も溢したくなる。
 お母さんは自炊が基本で、仮にお惣菜を買って来ても必ず一手間加える。お母さん曰く、出来合いの物は味が濃いし、味がどれも似てるからだそうで、実際のところ手を加えた物しか食べていない為、味が濃いのか、どれも似ているのかは解らない。
 とにかく”はーい”と素直に返事をしてみたものだから、あまり間を開けずにキッチンに向かった方がいい。これも全て、チケットのため。変な失敗はしたくない。
 お母さんがイカの処理をする隣で、促されて茹でたウズラ卵の殻を剥いている。何か雑談をする訳でもなく、ただ黙々とウズラの殻を剥く。すぐに剥き終わり、既に切り終えてある野菜を見て、今日は八宝菜だなあと思っていると、次にヤングコーン、椎茸、水で戻した木耳を切るよう促され、それも黙々と切っていく。
 お母さんがイカ肝の塩漬けを作り始めている。自分にはまだ美味しさは分からないが、お父さんがいた時はお父さんがお酒のあてに食べていて、それ以降は、健一おじさんが大好物なので裕子さんの所へ持って行く。
 まだイカ肝のみの塩漬けは何となく見た目的に手が出ないが、イカの塩辛に入っていると聞き、そう思うとそのうちちょっと食してみたいとも思う。ただ、肝と聞くとどうしてもサザエの肝の苦さが頭を過る。
 と、ここで頭の中で展開されるどうでもいい話は終わり、”・・・”。この黙々と調理を行うのが沈黙のようで、何だか空気が重い。のは、ただ単に自分が重く感じているだけの話。別に喧嘩をしたワケでもないし、休戦状態でもない。
 とは言え、やはり静か過ぎてイヤかも。
「ちょっとTV点ける」
 これが一番手っ取り早い。ここで料理をしているとTVの画面を見ながらというワケにはいかないが、聞こえているだけで全く違う。
「TVに気を取られないでよ」
「分かってるって」
 そんな言い方しなくても良くない?別に”うん”だけで良くない?な~んか一言な~・・・
 素早く手を洗い、そそくさとほぼスライディングに近い状態でTVを点けに行き、適当にチャンネルを探すも、丁度どこのチャンネルもCM途中。これって超面倒。放送局側の意図は理解できないワケでもないが、とある局のマイペースさを見習って欲しい。と一高校生が生意気な、と思われそうだが、一視聴者であることにも変わりはない。
 仕方がないので番組表を出し、そこから適当なチャンネルを選択する。
 リモコンを置いてキッチンに戻ると、お母さんは既に八宝菜を炒め始めており、次々することをオーダーされる。
 次第に夕食が出来上がっていき、気が付くと八宝菜が出来上がり、その他の準備も終える。
 料理に気がいってしまい、ライブのことをいつ言うかを考えることがストップしてしまっていたので、一旦部屋に戻って(仕切り直して)から食事を摂ると伝える。お母さんは”ふ~ん”とだけ返事。
 美味しそうな匂いを後に、そそくさと部屋に戻る。”そそくさ”、この意味を良く知らなければ、自分のこの行動の感覚も人に伝わらない。一体誰なんだろう、こんなにピッタリの言葉を作ったのは。
 そして、お母さんのあのぶち切ればかり頭にあったため、部屋に戻ったら待ち構えているオッサンの存在を忘れており、部屋へ戻ると、TVで見た連射銃ってこんな感じ、を体感させられるぐらいにオッサンからワケの分からない言葉を浴びせられた。絶対悪口のオンパレード。
 部屋を出ざるを得なくなり、携帯を持ってトイレに籠り、何となくMutterを開き、他のファンの動向をチェック。
 着々とライブに向けた準備を始めている人もいれば、チケット確保に奔走する人、更にチケット確保に奔走する人、次のエントリに向けて願掛けする人、いろんな人の姿が見えるが、とにかく皆必死だ。必死。
 そりゃそうだ。彼らはいつ兵役に行ってしまうかも分からない状況で、いつ「またいつか」になってしまうかも分からない状況で、日本には兵役がないので、どんな感じに、いや、どれだけ寂しさを抱えて生活を送らねばならないのか、全く想像がつかない。
 これまで彼らの母国では、俳優ならともかく、グループでの歌手・アイドルは、除隊後の生活が一変している。日本と違い、契約更新の仕方が違うのもあって、グループが売れていればそのままグループで契約更新、ではなく、あちらのお国では人気絶頂であっても、事務所が契約継続したい人だけ契約更新、という、ドル箱を大海に放り投げてしまうようなことをする。
 彼らの先輩たちも今は皆バラバラで、何時の間にかバラエティタレントになっている人までいる。動画を漁ると、確かに先輩方の熱かった時代を垣間見ることができ、切なくなる。
 ただ、CUはこれまでもいろんな困難を乗り越えて来て、彼らの誠実な人柄も先輩方に好かれているのが、あちらのバラエティを観ていると分かる。だから、これまでの先輩方と同じような軌跡を辿るとは思えない。違って欲しい。いや、違うはず。
 彼らも頑張っているワケで、ファンもそんな彼らを応援すべく頑張っているワケで、自分はただお母さんがキレるかキレないかのところで躊躇しているだけ・・・ここは踏ん張って、自分でチャンスをゲットせねば。気合だ、気合!そう、お母さんがキレたとて、殺されるワケじゃない。暫く心臓がバクバクするだけ。良くはないけど、彼らに会うためなら、こんなことで躊躇していてはいけない。
 再度キッチンに行き、まずは八宝菜、蓮根の金平をレンジでチンし、お鍋にあるしめじと溶き卵のとろとろスープを温め、食事の用意をする。
 平静を装ってはいるが、レンジをスタートしたつもりがしていなかったり、お鍋におたまを入れたまま火に掛けてしまい、当然の如く激熱。何も考えずにおたまを掴み、熱さで瞬時に鍋に大きな音を立ておたまを放り投げてしまい、”なに!?”のお母さんの言葉に、心臓に爆音の2乗。
 おお~、ヤバい、ヤバい。とりあえず落ち着け~~~~~・・・こんな時だから、レンジから取り出す際は慎重に慎重に・・・
 いつもの1.5倍、食事の用意に掛かった気がする。が、とりあえず準備が出来たからヨシとし、取り敢えず食べよう、一旦食べよう、いつも通り。食べた気になれるかどうかも怪しいが。
 
 食事を終えてしまい、どうしようか一瞬迷ったが、食器を片付けないまま話をしてしまうと、イヤな空気のまま暫しそこにいないといけなくなるので、まずは食器を片付ける。
 動作は片づけ、頭の中はシミュレーション、慣れた動作でなかったらそうはいかない。ゆっくりゆっくり片づけをするが、片づけというのはその名の通りなので、やっていけば当然やることが終わる。
 頭の中では最悪な場面をどう乗り切るかからシミュレーションが始まるにも関わらず、最後はどうしても自分の都合のいい結末に辿り着いてしまい、”そんなわけはない”とまた振り出しに戻る。それよりも、またあの鬼のような形相で、ワケの分からない持論でボコボコにされた時にどうするか、を考えるべきで。
 CUの素晴らしさを語ったとて、お母さんに伝わるワケではないので、取り敢えず淡々と伝える、淡々と伝える・・・それが出来たらすぐに伝えている。チケットをゲットした時点で、それこそ裕子さんに報告した時みたいに、キャーキャー言いながら飛び跳ねて喜んでいるハズ。
 ダメだ、まだ心の準備が・・・と小さく溜息を吐き、体に何やら重い物を感じながら一旦部屋に戻り、出直すことにした。
 お、こんのクソオヤジ~~~~~~~~~!!!!!
 部屋の戸が開かない。ドアノブをガチャガチャ回しても開かない。
 その時は怒りで気付かなかったが、何と部屋の中からオッサンの声が聞こえるとは。
⦅オマエ、部屋でごちゃごちゃウルサイねん。迷惑やからはよ言えや~⦆
 自分の部屋だというのに閉め出されるとか、有り得ないんだけど(怒)
 
 やられた・・・まさかのチカラワザでそこまでする!?自分の部屋なのに入れないとか、有り得ない!かと言って、まだ心の準備が出来てないのに、キッチンに戻ってお母さんに言えるワケないでしょ~!?う~ん・・・取り敢えずトイレ。
 お母さんの地雷がよく分からないので、対策が練られない。成績のことなら、上げるよう努力して結果を出せばいいわけだが、チケット販売と実際のライブとの期間に間があり過ぎ、勉強の成果が結果として出るのはライブ以降。努力はしたとしても、示しようがない。
 でもそこじゃない。根底にあるのは、お祖母ちゃんがクズで、お母さんのやりたいことを悉く潰していき、報われなかったところで、娘がやりたいことをやろうとすることが気に食わない、若しくは受け入れられない、それとも、その時のイヤな感覚を思い出して感情的にキレる、といったところだとすると、時代背景も経験値も違い過ぎるこの小娘の前に立ちはだかる激しく高い壁。ゲームの中のブロック崩すハンマーが欲しい。
 などと考えていても、何時までもトイレに入っているワケにはいかない。どうしたものか・・・あのお母さんのブチ切れに耐え得るメンタルが今の自分にあるか!?・・・あるとは言い切れないが、裕子さんやりーちゃんに援護射撃をお願いしようと思ったら、ギリギリでは迷惑が掛かる。
 別に、ライブに行かないと生きて行けないワケではないが、生きていく活力になる。それは大事かと聞かれると、とっても大事だ。自分は彼らに救われたし、今もいっぱい救われている。彼らに出会えたお陰で、世界が広がったし、自分がどれだけ狭い世界にいるのかを知った。
 何故だろう。彼らの頑張りを思い出すと、少し勇気が沸く。不思議だ。そう、いつも彼らに元気を貰っていて、会ってまた元気を貰うだけでなく、”ありがとう”と言いに行く機会でもある。裕子さんもりーちゃんも援護してくると前から言っているのだから、ビビるな自分。彼らも頑張っているのだから、自分も怯むな。よし!
 トイレにどのぐらいいたか分からないが、取り敢えず用を足したかのように装い水を流す。家だからそんなことをする必要はなかったのでは?と後から思ったが、やってしまった、クセだ。水の少ない国なら罰金払わされそうな。
 トイレから出て、大きく深呼吸。頭の中で、中世ヨーロッパの騎士の鎧を身に着ける。よりも、ゆるキャラの着ぐるみのほうが弾力性があり、自分に掛かる攻撃は少なそうなので、自分の知っている頭の大きそうなゆるキャラになったつもりで、お母さんのところへ向かう。山ほど怒鳴られたら、部屋に籠って彼らの動画を山ほど見よう。

”When CU’s concert was over and I got out of the hall, it had already stopped raining”
”If you know when CU will come to Japan, will you let me know at once?”
”I still have one extra ticket, you can have it if you want it”
”The upcoming concert is generating a lot of excitement among fans”
”They played that for the encore. Everyone got pumped up!”
 このような問題なら意地でも解くし、これは覚えていればいずれ使用する日も来るかもしれない。とても実用的で有難い。
 裕子さんは、CUを題材に英文を作ったり、有名な映画のフレーズを拾い場面を訳をリンクさせ、最後はそのシーンをDVDで見せてくれ、耳も鍛えてくれる。
 残り5つの英文の訳を書いている間、裕子さんはキッチンでお茶の用意をしており、”もうすぐお茶だ。今日は何だろう?”ということが一瞬頭に浮かびつつ、比重は英文の訳。
「一旦全部書いたー?」
 裕子さんがお茶のトレイを持って来て、一瞬視界にティーポット、ティーカップとお菓子が入って来たが、取り敢えず最後まで書き切る。
「あ"あ"~~~~~~疲れだぁ」
 シャーペンを雑に放り出し、椅子の背にもたれ掛かる勢いで思わず出る溜息。こんなオッサンみたいな声、CUに聞かれたら引かれそう。
「まあ、今日のは簡単な単語ばっかりだからすぐできるよね~」
「や、まあこの英文を書け、となったらどこか間違えそうだし」
「それはミスないよう気を付けていくしかないね。取り敢えずお茶してから
 答え合わせしよ」
「うん」
 裕子さんがトレイの上のカップ&ソーサーに、ティーポットに入った紅茶をそれぞれに注ぐ。この香りはローズヒップ。香りのする物は、裕子さんに鍛えられて多少は分かるようになった。今日のお菓子は、何と久々フルボンのルーマン。
 小さい頃はよく食べた気がするのに、大きくなるに連れてあまり食べなくなったが、いやいやどうして、今食べるとなると胸躍る。小さい頃は、パッケージの影響で、薄紫色のお菓子だと思っていて、ある日友だちから”いやいや、モカ色だから”と言われ、目から鱗。
「ところで、相談したいことって何?またお母さんにライブ反対された?」
「あ、それね、ちょっと聞いてよ、裕子さあん」
 意を決してお母さんにライブに行きを懇願した。チケットも入手し、貯めて来たお金でチケット代が払える状態であることも伝え、イミフな怒鳴られ方されることを前提に、気分着ぐるみで挑んだ。お母さんの最初の返事が”ふ~ん”。不気味過ぎる。
 しかも、人がライブの話をし始めると、こちらを観ずにTVのほうを向いて聞き始めたという、”それが人の話を聞く態度か!”とお母さんに昔怒鳴られたことばをそのまま返してやりたい気持ちをグッと抑えて伝えた。
 何も返って来ない。何だ、この沈黙は。しかも、お母さんが観ているのがバラエティとか、普段なら面白いかもしれないモノも、ちっとも笑えない。娘が一生懸命話をしていると言うのに無視か。
 沈黙に沈黙で、漸く口を開いたお母さん。
「勝手にすれば。どうせ、裕子さんとか梨穂ちゃんにお願いするんでしょ、
 お母さん悪者にして」
 な~ん~だ~よ~そ~の~い~い~ぐ~さ~~~~~(怒)性格悪い、性格悪い、性格悪い!
 思わず口に出しそうになったが、”勝手にすれば=行ってもいい”ということだから、ここで噛みついて行けなくなってしまったら元も子もないので、とにかく抑えた。”頭に血が上る”を分かりやすく経験している感じ。
「ん~、抑えられたんだ~、エライ、エライ」
「でっしょー!?も、すっごいムカついた。ムカついたけど、一瞬”行けるん
 だ”というのが頭過ったから、そっちが勝った。にしてもあんな言い方なく
 ない!?”お母さんを悪者”じゃなくて、理不尽にブチ切れたのはそっちだ
 ろ、ってハナシ。あ、思い出したらまたムカついてきた」
 ローズヒップティーを口に運び、一息吐く。落ち着く。
「まあね~、お母さんなりに前の反省があるんじゃない?でも、お母さんの
 中に消化し切れない何かがあったり、お母さんの中の信念とかで許可し難
 い感覚があるとしたら、すんなりと”いいよ”って言えないところもあるの
 かもね」
「う~ん・・・・わからん」
「まあ、取り敢えず行けることになったんだからいいんじゃない?」
「ま、そうなんだけどぉ~・・・」
「ある程度の年齢になると、考えなんかは変えられなかったりするからね」
「え~、裕子さんはお母さんより年齢上でしょ?でも、全然そんなことない
 じゃん」
「上って言っても、あたしたちの年齢ぐらいになると、数年の違いは同年齢
 ぐらいの感覚よぉ。それに、あたしも一緒。変えた方がいいことがあって
 も、なかなか変えられないものよ。今の子たちの感覚も分からないことだ
 らけだし」
「え、裕子さん、ファン友さん年齢バラバラの中にいても、めちゃくちゃ馴
 染んでるのにw」
「あら、そお?あ~、楽しいことをしている時は精神年齢下がるのよ 笑」
 ある程度の年齢になると、精神年齢が上がったり下がったりと忙しいらしい。
 裕子さんの言う通りであれば、取り敢えず行けることをヨシとして、お母さんに”変わって欲しい”、裕子さんみたいな感覚になって欲しいと望まないほうが賢明ということか。もしかしたらそれは、自分にCUみたいな人になって欲しいと言われているようなものなのかもしれない。
 しかし、ライブぐらいサラっと楽しく行かせて欲しい。
「そろそろ答え合わせしようか」
「え、もう!?」
 
 取り敢えず、お母さんに何だか嫌味を言われながらも、今回はの理不尽な激昂を受けずに済み、ライブに行けることにはなったワケなので、多少モヤモヤはするものの、ライブ参戦の準備をすることができることになったということだ。余計なハードルが取っ払われ、これで心置きなくCUに会える。
 希望のチケットは入手できたので、これ以上参戦不可の自分はチケット争奪戦から離脱できる。チケットの心配をしなくて良いので、思う存分普段の生活を継続し、ライブの日から逆算していろんな準備を進めていける。
 そんな気分宜しな状況の中、ある日のこと、晩御飯を食べて部屋に戻り、いつも通り視界の端でオッサンがよく分からない動きをしているのを横目に、ベッドの上に置いた携帯を手に取る。LINKに結構な数が着いているのを見て一瞬クラっとしたが、姫芽奈たちがまた短い文で膨大なやりとりをしているのだろうなと思い、一旦アプリを開く。
 案の定、5人で構成されたグループのアイコンに、その数の殆どが記されている。梨穂は入っておらず、一人以外は全く違う地域に住んでいる。ファンクラブ枠以外のチケットエントリーがまた始まるのでそのやりとりか、若しくはチケット取れたからどこで会おうとか、そういう類の話か。未読のところから読み始める。
 ・・・は?
 やり取り自体は簡単だが感情に任せて次々打っているので、短い言葉で噴出しやスタンプばかりが連なり細かい部分がよく分からないが、憤慨しているので、そういった内容なのだろう。
〔あ すばる来たー!〕
 既読数が4になったので、自分が入ったことが他の4人に知れる。開けたので当然のことだが、開けなければ良かった、と少しだけ思っている。
 CUのお陰でできたファン友で、LINKのグループに招待されたのは嬉しく、暫くは彼女たちに追い付こうと合わせていたが、やり取りをする中で、少し距離を取りながらのほうが良いように思い、自分なりの適度な距離を見つけようと調整している最中。という感じでやってきたこのタイミングで、ちょっと面倒なことにはあまり関わりたくないヘタレ女子高生、すばるとはこのあたし。
〔どうしたのー?〕
〔ヤバイんだよ詐欺られた〕
 えーマジで!?
〔え?チケット?〕
〔チケットしかないじゃん〕
〔えー!?〕
 再度画面をスクロールし、読み始めから目を通す。
 話は、Mutter内で“オオサワハル”という女性が、”大阪オーラスが重複したから譲ります”と呟いており、姫芽奈が交渉をして譲って貰えることになった。
 やり取りはMutterからLINKに移り、『金銭的に厳しいので入金日までに払えますか?』と返事が来て、姫芽奈は”女子高生で(ここで”高校生”でなく敢えて”女子高生”と打っているのが姫芽奈っぽい)、すぐに準備ができないので当日引き換えでお願いしたい、と伝えた。最初はそれでOKだったらしいが、”オオサワハル”が後々キャンセルを言って来たそう。姫芽奈は”それは困る”と返したが、”すいません”とだけ返ってきたそう。
 急いでMutterを開けて”オオサワハル”のアカウントを見てみると、その”オオサワハル”と相互フォローをしている人がチケットを探しており、”それ重複してたのに~”から双方のやり取りが見えなくなった。そして、その相互フォローの相手のを追うと、”チケ譲ってもらえることになた~!”と呟いており、それが姫芽奈に渡るハズだったチケットだと気付いたそう。
 LINKからそのことを”オオサワハル”という人に訴えたが、既読スルー後は既読無視。恐らくブロックされたのだろう。Mutterのほうもブロックされていたそうで、コンタクトを取ることができなくなった、という内容。
 確かに、約束を反故にされたワケだけど、まだお金を取られていないし、何か損害を与えられたか、となったらそこまででもないので、”詐欺”と言うよりは”約束を破られた”が正解な気がする。確かに腹は立つけど。
 ただ、Mutterで相互フォローをしていて会ったこともあって、更に代金を先にくれるという状況だったとしたら、姫芽奈のほうをキャンセルし、そちらに譲ることにする、というのはあるかもしれないなと思う。
 代金のほうは知らないが、やはり知らない人より知った人の方が安心だろうし、約束逃げされてチケット重複したまま売れない、となることは避けられる。
 姫芽奈はこのグループLINKのメンバーに援護射撃を依頼し、美空、月愛、詩玖は”オオサワハル”のアカウントに抗議し、当然ながらブロックされて現在に至る。とは言え、少なくとも4つのアカウントから抗議を受け取ったことになる。
 他の知人にも頼んだが、断られたことも怒りを増幅させられており、ちょっと暴走気味に感じないでもない。逆に、どこかから攻撃されたらどうするのか、と引いてしまった。と同時に、イヤな予感。
〔そういうこともあるかもだよね
 まだエントリできるとこ残ってるしさ 頑張ろうよ〕
〔え?だってFC枠のがいいに決まってんじゃん!〕
 いや、そうでもない。FC枠よりも一般枠のほうがいい席当たった人知ってるし、Mutterでもそこの不満呟いてた人いたもん。FC枠選考で2階席に当たり、一般枠で1階席前から2列目とか当たっていて、FC会費払っているのにどういう仕打ちなんだ!?と怒り心頭の人もいた。FCがいいとは限らない。
〔わかるー〕
 え、美空も?
〔だよね~〕
 月愛もか~・・・
〔周りが掛け声ないとかありえないしー〕
 いやいや、一般席がファンじゃない人ということはないでしょ。同じく意地でもチケ欲しいファンが取ってる場合多いじゃん。それに、会場に入れるだけよくない!?争奪戦だよ!?そりゃいい席がいいし、周りが同じテンションに越したことはないけど・・・
〔ね~ すばるカシコなんだからさ~〕
〔あのババア間違ってるってゆって~〕
 え?ババア?どーゆーこと?????
〔そーじゃん すばるカシコなガッコ行ってんでしょ~?〕
〔ちょっとゆってやってよ~〕
 え~いやいや、言うって何を!?ていうか、聞かれたから高校の名前は言ったことあるけど、態々調べたの!?カシコ云々とかイミフなんですけど!
〔いや~ぜんぜんカシコとかじゃないよ~〕
〔すばるだってムカつくでしょ~!?〕
 まあ、多少”ひど~”とは思ったけど、そんなことあるなら気を付けよう、とは思ったし、もう譲る気のない人にそこまでしてもな~、と思ってる。
〔まあヒドイよね~〕
 と打つのが精一杯。何故に女子とは、同調圧力がスゴイのか?友だちである限り、意見も感覚も一緒で当たり前的な。それを外れると、一気にハブられたり陰口を言われる対象になることがある。個々の感情はどこへ行った!?
〔だよね!?それにCUのファンにそんなことする人いるとかありえね~〕
〔確かにそれはそうだよね~〕
 確かにそう。確かにそうなんだけど・・・その女の人も大変な女子高生相手にやってしまったと思ってるだろうな。その女の人も自業自得と言えば自業自得で、そんなことしなければこの子たちもここまでしなかったワケで・・・どっちもどっちか。とか思っている場合ではない。
〔どうせすぐにブロックされちゃうからさ〕
〔譲ってもらう人のアカも教えるからそっちにもヨロ〕
 は?譲ってもらう人のも?いやいやいやいやいや、ちょっとそこまでするとヤバい人じゃない!?譲ってもらう人なんて、滅茶苦茶とばっちりじゃん!
〔いや~譲ってもらう人は関係ないんじゃない?〕
〔アリアリでしょ〕
〔結果出てすぐ呟いてないじゃん?〕
〔結果出てすぐ求ム出してたら相互フォロしてんだからすぐわかんじゃん〕
〔あっちも悪いよね~〕
〔ねー〕
 や、ま、そうだけど・・・はい。相手にも事情があったと思うから、すぐに呟けなかったかもだけど、きっと姫芽奈たちも結果出てすぐ譲ります探しただろうから、タイミングずれただけかもしれないよ、とは言えない。
 言えないけど、このグループLINKには、自分と同じ意見の子がいない。完全あうぇ~。と、ことばでは軽快に表現しているが、実は動悸が激しい。これは・・・ハブフラグ。
 彼女たちのことなのに、どうしてこっちにとばっちりが来るのか。怒りは理解できるが、幸い先にお金を取られたワケではない。勿論、またエントリーして当落に一喜一憂して、落選したらまたチケット探しをしなければならないし、その大変さは知っているし、あの”厳正なる抽選の結果、今回はご用意できませんでした”の文言はできるだけ見たくないし、丁寧に表現されてはいるが、”あんた運ないね~””あんたにやるチケットなんてね~よ”と言われているような気分になる。何度も見ると、結構屈辱。心が折れそうになる。
 とは言え、その憂さ晴らしをファン友だからといって、自分もやれと言われると、ちょっとそれは難しい。というか、したくない。でも・・・
 CUの情報を次々集めて教えてくれる姫芽奈、美空、詩玖、月愛。活発で、好奇心旺盛で、人見知りすることなくある意味豪快。その一方で、先を見ずに突っ走り、ちょっと強引にも感じることもあり、その勢いにはついていけないと思うこともあって、仲に入れてもらえている喜びの反面、少し距離も取っていた。つもりだった。
 と、頭の中でぐちゃぐちゃ考えている間に、一旦閉じたグループLINKのトークは続いていて、表示される数が次々増える。ポップアップで見える彼女たちのことばで、何だか追い詰められているような感覚に陥る。
 こういったことは今に始まったワケではないが、今の高校に入ってからは、学校ではそういったことがなく過ごしていたので、結局こういったことから逃れることは出来ないのか、と落胆。
 幾度となくあった同様の経験。整頓されていない記憶、映像が、時系列に関係なく芋づる式に引っ張り出される。
 小学生の頃、最後まで決まらなかった保健委員、学習発表会のまとめの表作り、社会のグループ発表の発表者、林間学習や修学旅行のグループの班長、中学の体育祭のリレー、学級委員、生活委員、体育祭の3年との連絡役、修学旅行のグループの班長・・・カーストの上の子たちが回避した(い)ことを断っても押し切られ、断り切れない自分が不利益を被る。細々したものも含めるとキリが無い。
 どうしよう、グループLINKを開けるのが怖い。
 と、ふと今見ていたグループLINKをの画像が頭に浮かび、詩玖がほとんど発していないことに気付いた。そう言えば、詩玖はいつも同調をしていても、どこか冷めた感じで参加しているような気がしていた。
 詩玖も同じように、その女性と譲られる人のアカウントに送信したんだろうか。詩玖に聞いてみようかとも思ったが、あちら側だったとしたら、裏で詩玖に聞いたことが姫芽奈たちの耳に入る。無理だ。
 マジでどうしよう・・・自分は何の被害も被っていないのに、その相手に非難のメッセージを送るとか。でもハブフラグ・・・取り敢えず、お風呂に入ってから考えよう・・・
 
 当然、湯舟に浸かっていても、全身を洗っていても、服を着替えていても何していても頭の中は”どうしよう!?”。考えても、考えても、考えても、どうしていいか分からない。
 言う通りにやってみる?のは無理。じゃあ、もう彼女たちとコンタクト取るのをやめる?いや、ちょっと(?)クセはあるけど、CUに対するテンションはこの上なく、情報を追いまくって自分にも教えてくれる。そして何よりも、せっかくできた友だち。それを自ら手放すなんて・・・どうしよう。
 ”送った”とウソを言ってみる。いや、恐らく送ったかどうか、こちらのMutterをチェックしてそうな気がする。だって、譲る相手まで見つけ出して攻撃しているぐらいだから。うん、必ずする。
 一度送ってしまえば、後はブロックされる。なら・・・あれからLINK開けてないから全部読んでないけど、姫芽奈たち、相手から反撃食らわなかったのかな?あの怒りの怒涛LINKは、反撃食らったのもプラスでなのかな。
 どれを取っても憂鬱。どれも取りたくない。こんな話が来る前に戻りたい。
⦅お前、ホンマもんのアホやなw⦆
 でた・・・てゆーか、いつもより遅いぐらいかも。
⦅ずっとおったわいって言うとるやんけ⦆
 はいはいはいはい、聞こえるか聞こえないかですよね~、はいはいはいはい。
⦅ちゅーか、ワシ待っとったんやな~w⦆
 はあ?そ~んなワケないじゃん、バカじゃないの!?
⦅照れんでえ~のに、グフッ⦆
 あ~頭痛の種が。
⦅頭痛に種あんねやw なんや、頭に芽ぇ出て花でも咲くんか?頭に花咲く
 んかw 正しく頭がお花畑~wwwww⦆
 何言ってんだ、このオッサン。一人で言って一人でお腹を抱えてヒャッヒャッヒャと可笑しな声で笑っている。本当に腹立たしい。
⦅ほんで頭花畑⦆
 しつこい。だから何だっつーの。
⦅オマエがウルサイからやろ~⦆
 喋ってませ~んw
⦅おうおう、そうやな、思ってるだけやな。ほったらオマエも文句言うな
 よ⦆
 捨て台詞を吐いた後、突然歌い出したオッサン。
「ウルサイ!どんだけ下手なのよ!雑音でしかないわ!」
 これはアニメのジャ〇アン級。耳を塞ごうが、ガンガン聞こえる。最悪。何故にこんな仕打ちに遭わなければならぬのか。と言うか、どうやったらここまで下手に歌えるのか。 
⦅え~、そんなん、サッサと”無理ー”って言ってもたらええのに、グチャグ
 チャウルサイからやんけ⦆
 それと突然ド下手な歌を歌い出すことと、何の関係があると言うのだ。そんなことが出来るなら、とっくの昔にやっている・・・疾の昔?どこから来た言い方なんだろう?とっく、疾って何?
⦅お~、オマエの得意な現実逃避⦆
 ・・・オッサンがいるだけで既に現実味ありませんけど。ていうかこれ、ずっと夢なんじゃないの?と思いたい。
⦅ここにおるおる、夢ちゃうちゃうw⦆
 と、毎回打ち消されることには慣れた。いや、慣れることなのか?絶対異常のはずなんだが、自分で引き起こしたわけでもなく、自分で何とか出来る事象ではない。抗ってもどうにもならないので、日々流されるままになっていると言うか。
⦅流されて、ほんで言われっぱなし~wwwww⦆
 あ~、はいはい、そうですね。う~ん、もうちょっとお風呂入って来ようかな。何考えてたか分からなくなってきた。
 ライブまでのチケット争奪戦や必要経費の計算、応援うちわやTシャツデコの作成、こういった一連のことを終え、後はライブ参戦のみとなるまでは、楽しくもある一方、何となく気持ちが落ち着かない。
 落ち着かないのは、自分のチケットだけが取れたらいいワケではなく、周りの知り合いの人が”チケット落ちたー!”と呟く度、何とかならないか、うまくゲットできないか、とそっちも気になってしまうからだ。
 自分が高校生であるが故に、正直、何の手伝いも出来ない。姫芽奈たちがすごいなと思うのは、自分でバイトをしてお金を稼いでその分は自由に出来るそうで、それで自分で精力的にチケット探しをするところ。同い年だが、やっていることは自分から見ると大学生以上の感じで、少し羨ましくもある。
 時々、”バイトしたらいいじゃん”と能天気に言われ、校則でも禁止されていて絶対無理なのを説明しても、”そんなの無視無視!”と平気で返して来るのには疲弊することがあるのも事実。
 彼女たちのペースやテンションについて行くのは難しいが、お願いを断って関係が切れるというのも・・・
 とは言え、お願いの内容が内容過ぎて、そんな傍若無人とも取れるような行動を取るというのは難しい。元は相手が悪いのに、どうしてこんなことになっているのか。
 姫芽奈たちも、チケットゲットしたと思って覆されたことの悔しさはあると思うが、幸いお金を取られたワケじゃないし、結局ネット上での遣り取りしかしていなくて、会ったこともない人で、ブロックされたら終わりの状態なら、そこに執着せずに新たにチケット探すとか、次のエントリー情報が出たら応募するとか、そっちに気持ちをシフトすればいいのに、と思う。
 Mutter上でそういった遣り取りも結構見て来て、”ああ、こんなことってあるんだな”と思っていたのでレアな話ではないし、勿論自分がそんな目に遭ったらムカつくし悲しいが、言ってもどうにもならないのも見て来たので、なぜそんなに抗うのだろう、とも思っている。実際には言えないけど。
 入浴中もあれこれ考えてしまっていたが、毎日やっていることは考えずとも出来るのだな、と。これは少し前にTVか何かでやっていた”手続き記憶”ってやつか?
 部屋に戻り、本来なら携帯を見るがスルーし、化粧水等々でスキンケアを適当に施し、大きく溜息。髪が濡れたままだから、きっと傍から見たら悲壮な感じなんだろうな、と頭の中で、ドラマの中で雨に打たれながら打ち拉がれる女子高生の姿なぞ思い浮かんでしまう。俳優さんたちみたいに美女じゃないんだけれども、頭に浮かぶ時は必ず美化される。何故だろう。
 携帯画面に、グループLINKの未読数が表示されることを考えると憂鬱。どのぐらいの数、溜まってるんだろう。
 あの表示で”ああ、自分にはこれだけやり取りする友だちがいる”と思えることもあるが、自分が知らない間に他の子たちのトークが弾んでいるという状態でもあるので、放置すればする程気が重くなる。
 とりあえず、眠気が来てから開けて見たけど寝落ちした、ぐらいのほうが眠れる気がする。開けてしまうと、それが気になって逆に動悸で眠れなくなるかもしれない。ならば、寝落ちして朝起きてやっとLINK見た、のほうが、学校の準備とかで忙しくて気にならなくて済むような気もする。
 オッサンの姿がないのが少し不気味な気がするが、静かなのは有難い。横槍が入ると、まとまる考えもまとまらない。
 取り敢えず髪を乾かして、携帯の必要なところだけ見て寝てしまおう。
 寝る前、姫芽奈たちとのグループLINKがスタンプで終わってるらしいことと、詩玖から個人的LINKが来ていることは分かったが、勿論、気にはなってはいたが、取り敢えず当初の予定通り寝ることにした。明日になっても開けられるのか、自分。
 朝、携帯目覚ましが鳴り、いつも通りのっそりと布団から携帯に手を伸ばして携帯を止める。LINKの表示数が少し増えていたので、”やっぱり”と思いつつ、勢いで姫芽奈たちのグループLINKと詩玖からのLINKをタンタンと開ける。
 詩玖から”大丈夫?どうした!?”という心配の文言が送られて来ている。まだ姫芽奈たちのグループLINKを見ていないので大丈夫か否かは分からないが、開けてから返信しようと思い切って開けた。
 ・・・な、な、な、な、何これー----------!?ウソウソウソウソ、オイオイオイオイ、そりゃ”大丈夫?”って来るわさー----!!!
 詩玖とのアカを開けてしまい、既読になっているはずなので、取り敢えず学校から帰ったらLINKする旨を打って送信。
 ウッソでしょ~!?ちょっとホントにマジでオイオイだよ~⤵
 
 朝の起きたてぬんめり脳に飛び込んで来た、刺激の強すぎる衝撃。一瞬どころか、二瞬、三瞬(なんて言い方はないが)しても頭がバグったまま。それでも詩玖のLINKを開けた時、隙間瞬間頭がクリアになった勢いで詩玖に返信。そのまま携帯を伏せ、頭を抱える。
 これは夢か現実か?心臓のバクバクが止まらない。起きた瞬間からを回顧。
 リアルか?リアル、だよね?あれは何の冗談だ?グループLINK開けてしまった=既読、なワケで、現状”既読スルー”状態。そして、開けてザっと見てしまったカオスの中に、明らかこちらに向けての攻撃的コトバが浮き出るように飛び込んで来た。
 大丈夫なのか?いや、大丈夫じゃないよね?怖過ぎてグループLINKのチェックが出来ない。ちょっともうムンクの叫び。 ヤバ~いぃぃぃぃぃぃ~どうしよぉぉぉぉぉぉ!?
 血圧低下を起こしているのかクラクラする。脳が動かない。真っ白というのはこういう感じのようだ。起き上がったハズが、ムンクの叫びのままベッドの上に横たわっている。どうすればいい、どうすればいいー!?
⦅ひゅーーーーーん!ふぇーーーーーい!⦆
 バレリーナのように飛ぶ姿が目の前を横切る。
 ・・・コイツだ。コイツじゃん!!!!!
⦅ほぃーーーーーん!ぴゅうーーーーん!⦆
 思わず飛び起き、目の前を飛び回るオッサンに勢いで手を伸ばす。捕まえられないことはこれまでも散々思い知らされて来たにも関わらず、分かっていても思わず手が出てしまう。おのれ、この怒りどうしてくれよう。
「ちょっとぉ!!やったのオッサンでしょーが!あたしがどれだけ寝ぼけて
 ても、あんなことするワケない!どーしてくれんのよ!」
⦅な~にがぁ?⦆
「姫芽奈達のグループよ、LINKよ!もう終わりじゃん!」
⦅え、見たん?⦆
「一瞬しか見れなかったわ!何言われてるか分かんないじゃん!」
⦅ほんな、見んかったえ~やんw⦆
「はあ?『既読』になっちゃってんのに、放置とか無理じゃん!」
⦅してるやんwwww⦆
 したくてしているワケじゃない。真っ向から対峙する力量があれば、既に中を確認して返信している。そもそも、そんな剛毛の生えた心臓を持っていれば、あんな無茶振りされても詩玖のようにうまく立ち回っている。
⦅オマエの心臓、ハゲとるもんなあ。ハゲ、つるっつる 笑⦆
「はあ!?ハゲとか何なの!?大体、容姿を中傷するコトバを使うなん
 て、ボキャブラリーのない下品な人間のすることだし!」
⦅オマエに下品とか言われたないわ。それに、ワシのほうが存在年数長いね
 んぞ?オマエより絶対ボキャブラリーあるし、しかも人間ちゃうし、しか
 も”心臓”は容姿ちゃうしwwwww⦆
 ・・・
 いきなり脳が叩き起こされた状態で、次々飛び込んでくる現実に状況把握も十分でない中、全くリアルでないオッサンに”オマエ”呼ばわりされ、猶猶脳が混乱していき、思考停止しかけているような感覚。
⦅お、もうギブか?⦆
 何言ってんだ、このオッサン。相手なんかしていられない。ギブとかそういう問題じゃないんだよ。せっかく出来たファン友から絶交宣言されたんだよ。しかも、自分でやった記憶のないことで絶交宣言されたんだよ。意味分かる?”絶交”なんて、小学生が簡単に”え~い絶交~”と意味も曖昧に言ってるような感覚じゃなくて、既に高校生という年齢において、”絶交”という言葉を使う、それがどういうことか分かる?そのコトバそのままなんだよ。せっかく出来た友だちが”交流を断絶”と言っているワケで、それはサラっとしたものではなく、そこには”怒り”が混じっているんだよ。分かる?
 目の前でオッサンがチョロチョロしている。現実感が薄れる・・・夢であれ。
 気づくと首に冷たい・・・涙が出ている。ああ、自分はショック、ダメージを受けていて、ライフが一気に減っているようだ。回復のためにどんなアイテムが必要なんだろう。
 と、コンコンコンとドアをノックする音と共にお母さんの呼び声がし、ビクっとしたと共に、現実に戻った気がした。
「ちょっと起きてるー?」
「あ、うん、起きてるー」
 と返事をし時計を見て、今この状況だけは把握。涙を手で雑に拭きながらベッドから飛び降り、その勢いで洗面所に走った。
 学校には間に合ったものの、一日気も漫ろ。意識は違うところにあっても、何とか一日を普段通りに過ごせるものかと。
 いつも通りに自転車で学校へ行き、授業を受け、お弁当を食べて掃除をして、みんなと普通に会話をして・・・いや、琴乃に言われたな。
「すばるって時々どっか行ってるよね 笑」
 ということは今日だけでなく、時々意識がどこかへ行っているが、いつもは指摘されるほどではなく、今日は指摘されるぐらい意識がどこか別のところに飛んでいたということで、”通常運転”ではなかったということか。
 よく考えたら、今日は授業で何をしたか、塾で何をしたか・・・思い出せぬ。今日が金曜日で良かった。他の曜日だったら、次の日のミニテストで団子食らっている可能性大。
 そして、一応携帯は見たが、グループLINKの数字は増えていない。ということは、彼女たちがルームから退室したか、こっちをブロックしたか。そう思うと、力なく溜息を吐くしかない。
 まだグループLINKを開けられない。一瞬飛び込んで来た文言だけでなく、それ以上にこちらを非難するようなものが並んでいたら、更に立ち直れない。
 Mutterのほうも、フォロワが減っているか確認はしていないが、恐らく彼女たちはフォロを外しただろう。きっとブロックまでされている。でも確認するのが怖くて、Mutterも開けてない。
 彼女たちの投稿を見られないのは悲しいというか寂しいと言うか。Mutter上に彼女たちが浮上するだけでいつも”友だち”として繋がっている感覚だったのが、浮上しているのが見えない=友だちを失くした、ということを実感することになる。それは今の自分には受け止められると思えない。
 というか、全てはオッサンのせいではないか。何でこんなことに・・・
⦅スタンプ、いっぱい並んどったなw⦆
「オッサンがやったんだろぉがぁ!!(怒)」
⦅いや~ん、こわ~い、ガラ悪ぅ~い⦆
 キモイ、キモイ、キモイ、キモイ!ていうか、こちとらオッサンより上品じゃ!!
⦅スタンプ次々踏んで、またツル~ンってやったら違うん出て来て、ほんで
 また次々踏んでまたツル~ンやで。おもろかったわ~w⦆
「面白くないわ!!!!!!何やってくれてんのよ!!!!!」
⦅ん?オマエいっつもやってるやん⦆
「いやいやいやいや、やってないし!スタンプ連打なんてしないし!!あん
 な話の後で、意味なくあんだけスタンプだけ連打してたら、あっちは嫌が
 らせとかしか思わないじゃん!」
⦅そんなん知らん⦆
「自分でやっておいて”知らん”はなくない!?」
 自分のいないところで、自分のことをボロクソに言われてるハズ。あることないこと言われてるハズ。その上、無意味にスタンプを連打して、揶揄われてると思っているハズ。悲惨。
 嫌われる・・・何とか、知らない人を攻撃することは避けられるよう、話をして事なきを得るつもりだったのに、あんなスタンプ連打しまくられたら、ふざけてると思われるに決まってる。 
⦅もう、遣り取りせーへんねやったらええやんけw⦆
「そういう問題じゃないじゃん!?」
⦅どういう問題?⦆
「どういうって・・・あんな風に揶揄われたみたいな返ししたら、イヤな気
 分になるに決まってるじゃん!」
⦅けど、もう遣り取りないんやったら、向こうがどう思っててもえ~やん⦆
「だからー!」
⦅だから?だから、だから、だから?⦆
 ・・・ああ、ムカつく。
⦅へ~んだ。”ええ人やな~”言われたいクセにのぉ。自分おらんとこで”あい
 つ、最悪~”て言われたないだけやねん。けど、んなもん、遣り取りしとっ
 たって陰で言われる時は言われとるっちゅーねん⦆
 ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく!別にいい人とか思われたいワケじゃないし!
⦅いーや、思とるな。いっつも聞こえとんねん、”自分のほうが、自分のほ
 うが”言うとるやん⦆
 言ってない・・・・・・・・・・・・ん~~~~~~~~~~~~~~、いや、本当に悪いと思うことをしている相手に対してだけで、別に自分は誰よりも善人で正義だみたいなことは思ってない。
⦅え~~~~~~~~~?⦆
 何だ、その”え~?”は!
⦅オマエがよう断らへんかっただけやのに、向こうが無理やり押し付けて来
 たみたいに思てからに⦆
「はあ?」 
⦅”構ってちゃん”の次は”察して”ちゃんか。宇宙で交信か?エスパーちゃう
 っちゅーねん⦆
 何この言われっ放し感。ムカつき過ぎて、的確に表現できない。”額に冷えパット”の想像では追い付かない、このイライラ。頭から水を被った想像ぐらいでも追い付かない。そもそも、なぜ自分が水を被る想像までしなければないらないのだ。
 とは言え、オッサンの口の悪さに絶対勝てない。言ったところで2乗、3乗返しを食らう。超絶ムカつくなんていう表現では生ぬるい。叫んで、その叫び声で全てを吹っ飛ばしてやりたいぐらい、コメカミに血管浮きまくり。
 と、オッサンの相手をしたとてどうにもならない。このまま時間が経つと、まる1日グループLINK開けてないことになる。グループLINKを開けられないまま、ただじーっとその画面を眺めている。
 数字が増えたら連絡が来たということだが、その内容が良いものであるワケはなく、その一方で、数字が増えないことに一抹の寂しさを感じてしまっているこの矛盾。
 もう彼女たちから連絡が来ることはない、ということだ。あれだけ楽しくCUの話をしていたのに(ちょっとしんどい時もあったけど)、切れる時は呆気ない。所詮、自分なんてこんなものか。何があっても友だち、なんて思ってもらえる存在ではないことを再認識。
 別に人の悪口も言わなかったし、姫芽奈たちの愚痴も聞いてきたし、どちらかという合わせて来た。でも、無茶振りには合わせられなかった。
⦅いやいやいやいや、オマ、何言うてんねん。カマサツちゃんw⦆
「はあ!?」
⦅構ってちゃんと察してちゃん⦆
 ”構って”と”察して”で”カマサツ”って、芸が無さ過ぎ。ぶわっかじゃないの!?
⦅オマエに言われたないっちゅーねん⦆
「はあ?」
⦅どうせ断られへんかったクセに。やりたくなかったんやろ~?えーやん
 け、面倒いのんと切れて⦆
「でも、ファン友減ったじゃん!」
⦅”でも”言うたな。っちゅーことはやで、”面倒やった”思てたっちゅーこっ
 ちゃ⦆
 ・・・揚げ足取りかよ。
⦅いやいやいやいや、事実を述べてるだけや。大体な~、ホンマのこと言わ
 れて怒るとか、アホちゃうん⦆
 あ"~~~~~~~~ムカつく!
⦅ムカつくっちゅ~んは図星ってこっちゃな~。あ~ヤダヤダ⦆
 落ち着け・・・これ以上は余計にイラつくだけだ、落ち着け、自分。落ち着け。もう姫芽奈たちに弁解する方法はないんだ。起こってしまったことは戻らない、どうしようもない・・・ツライ。
 何度もLINKを開け、ボーっと画面を眺めてみる。数字は増えていない。それが現実。胃がきゅ~~~~~~~っと音を立てずに縮む感じ。はぁ・・・
 LINKの画面を眺めているうちに、何となく画面をスクロール。スタンプだのストアだののLINKが次々入って来て、何時の間にかグループLINKも詩玖のアカウントも後退していたことに気付く。
 あ、詩玖に返事・・・
 詩玖はもしかしたら自分がやってないと思ってくれていて、それで心配してLINKをくれたのではないだろうか。姫芽奈たちの強い押しにも屈せず、自分の意思を貫き通し、それでいて姫芽奈たちとの繋がりも維持できるスキルを持つ。恐らく、物事を二歩、三歩引いて見て、合わせなくてもやっていける”自信”を持っている子なんだと思う。羨ましい。
 でも、何て返そう・・・オッサンがやった、なんて言っても頭がオカシイと思われそうだし・・・そう、親戚の小さい子が来てて、その子がやった、ということにするのはどうか。どちらにしても、自分がやったのではないことは事実だし。
⦅え、ワシってそんなカワイイ?w⦆
 小さい違いじゃ!バッカじゃないの!?あ~~~~~~、オッサン、叩いて伸ばして丸めてガムテでグルグル巻きにしてゴミ収集車に突っ込んでやりたい!!!!!
 その後、詩玖とは続いていて、時々姫芽奈たちの話を聞くことがある。それは自分が話を振るからで、詩玖から態々言って来ることはないし、きっと、不都合なことはこちらには言わずにいてくれていると思う。気遣い。
 姫芽奈たちは相変わらず勢いがスゴイみたいで、なりふり構わないところは羨ましくもあり、真似はできないなとも思う。
 いろんな情報を教えてくれて嬉しかったことを思い出すことはあるし、あの件は元々彼女たちが悪いワケではないけれど、時々、自ら揉め事も起こしているみたいで、上手く断れない自分はもしかしたら巻き込まれていたかもしれない。そういう意味では、結局いつかは離れていたかもしれない、というのを落しどころにしている。
⦅ワシのお陰やなw⦆
 ばー-------------っかじゃないの。

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