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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の10 #5

 聞きたいことはいっぱいあるが、何から聞くか、何をどう聞けばいいか。柔和な笑顔ではあるものの、何となく発する圧というか、これを”貫禄”というのか、聞かれたことには脳の引き出しを引っ張り出せば返答できるが、自分からとなると、引き出しを押さえられているような感覚。
 そして漸く出たのが、”おばあちゃんとはどういう関係?”の曖昧文。ざっくりし過ぎだろ、ヲイ!しかも、心の準備もできていないのに、いきなりその質問かい!このテーブルの下に潜りこんでしまいたい。
「ん~、どこから話をしたらいかな」
 いや、それはもうどこでも何でもいいです、何も知らないので。
「じゃあ、とりあえず今日は”さわり”だけ話して、後は追々」
 ”さわり”。これは1年の時、現国の三代ちゃんに散々”意味を間違っている”と言われたから、どっちが飛んで来るのか凄く気になる。三代ちゃんのせいで、”じゃあ、さわりだけ・・・”と話し出されると頭が混乱するのだ。時代が変わると言葉の意味も変わるものあるなどというのは、どういう経緯でそんなことになってしまうのか。違う意味で根付いてしまったとして、まず言い出しっぺは誰なのか、そちらの方が興味ある。
「ただね、呼んでおいて申し訳ないが、決してキレイな話ではないんだ。ど
 ちらかというと、キミのお母さんには申し訳さしかない。会いたいという
 より、自分勝手な贖罪、かな。でも、今キミたちに対してできることをし
 たいと思っているんだ」
「はあ・・・」
 何だ、ナンダ、何だか重苦しいプロローグだな~・・・折角の和菓子の味が味わえなくなりそうな・・・
「あ、食べたまえよ」
「あ、はい」
 え、エスパー?いやいや、頭の中グルグルしていて、折角の練り切りを食べるのを忘れていた。お茶も然り。頭の中の整理のため、糖分をしっかり補給せねば。
 竹フォークで更に練り切りを一口分切り、ゆっくりと口に運ぶ。不思議なことに、高級感たっぷりの和菓子とこの雰囲気のせいか、無意識にいつもの1.5倍は動きがゆるりでおしとやか風に動いている自分に気付く。空気や環境というのは大事なんだな、と改めて思う。やや重苦しいプロローグが薄まる美味。
「ん~、まず、キミのお母さんは、間違いなく私の娘で、少しの間、サキコ
 さんと勇次くんの家に住まわせてもらっていた・・・いや、言葉は悪いが
 ”転がり込んだ”が正しい。ただ、その時は本気でサキコさんたちと暮らし
 ていくつもりでいたんだ。そして、その時にサキコさんが妊娠して。で
 も、私はその妊娠を知る前に、家に連れ戻されてしまい、一緒に暮らして
 いくことは叶わなくなったんだ」
「連れ戻された?????」
 何ですか、そのシチュエーションは?どこからか脱走でもしてたんですか?普通に生活していて、連れ戻されるって何か余程悪いことでもしない限り、あんまり聞かなそうな気がする。
「学生運動は分かるかな?」
「あ~、はい」
「私が学生の頃はまだ学生運動があってね、サキコさんと出会ったのはその
 頃だったよ」
 学生運動って、昔のニュース映像とか事件の特集番組とか”三島由紀夫”とか、とにかく白黒の白黒か色彩のぼんやりした画像や映像の、もう歴史としてしか聞くことのない話だから、正直よく分からない。
「私は大学生で、まあ私も父親の血を継いで血の気が多かったからね。父
 親が代議士だったが、そこにも反発しているようなものだったな」
 おっほほ~、じぇ~んじぇんワケがわかりまへん。帰ってから調べよ。
「そうこうするうちに仲間とばかりいる時間が増えて、家にも帰らなくなっ
 た。まあ、あの当時は一人暮らしの学生も多かったし、学生寮やアパート
 暮らしもいたから、誰かしかの家にいたな。父も、大学さえ行っていれ
 ば、そのぐらいは特に問題視していなかったんだ」
 うんうんと頷きながら話すおじいちゃん。しかし、自分の想像力が追い付かない。家に帰らず友だちたちとばかり過ごす・・・余程仲が良くないと無理だよね~、と言うか、家に帰らないぐらい泊り歩ける仲のいい友だちが沢山いたってこと!?スゴ過ぎ。
「まあ、よく仲間と他愛もない話もしたが、日本の将来についても議論した
 りね。その分、言い合いも喧嘩もした。それぞれの理由で離れていく者も
 いれば、新たに仲間が増えることもあった。まあ、飲んで喧嘩して殴り合
 って腹割って話したほうが仲直りも早いんだけどな。で、ちょっと言い合
 いになって、ヤケ酒飲んでた店にいたのがサキコさんだったんだ」
 喧嘩して殴り合って仲直り?????それって普通”二度と顔も見たくないわー!”シチュエーションじゃないの???あ、頭が追い付かない・・・しかも、何だか”さわり”にしては長い・・・考えても分からないから、取り敢えず聞くだけ聞こう。
 そして内容としては、その飲み屋で酔い潰れ、午前2時の閉店でも起きず、店の外に運び出したものの忍びない、とのことで、おばあちゃんが家に連れて帰って寝させたということ、あちこち泊り歩く間に食事が適当になっていたところ、おばあちゃんの作ったブランチ(おじいちゃんはブランチとは言わなかったが)が美味しかったということ、時々お店に顔出す間におばあちゃんの家に住み始めた、と。
 おじいちゃんの家庭にお手伝いさんがいて、家のことはお手伝いさんに任せきり。食事は家族で取るものの楽しい会話などはなく、友人の家でその家族と一緒に食べさせて貰った食事のほうが記憶にあるぐらいだったそう。
 その頃は伯父さんも小さくて可愛かったらしく(と言いつつ、自分はお母さんから聞いた伯父さんしか知らない)、”お兄ちゃん”といって慕ってくれて、おばあちゃんの家での居心地が良かったと。
 おばあちゃんと一緒にいて居心地がいい、というのが考えられず、別人の話か?とさえ思う。長年をかけて・・・いや、お母さんが小さい頃は既におばあちゃんはあんなんだったと聞いている。出会って数年で、あの山姥みたいな感じになるのか。
 そして、学生運動とやらの中に巻き込まれていくおじいちゃんに、おじいちゃんのお父さんが大激怒をし、部下たちに無理やり家に連れ戻され、暫らくの間家から出してもらえず、おばあちゃんの家に住んでいることも当然知られており、行くことは許されなかったそう。ていうか、監禁!?
 その後、余計なことをしないよう、その学年の間は休学させられ、仲間との関わりも断絶。おじいちゃんのお父さんの監視の元、いつも部下が傍にいて仕事の見習いみたいなことをしていたと話す。
 う~む・・・そうか、その当時は携帯なんかないから、個人的に連絡を取れないよね~。いやでも、家出られないって、自分で鍵開けられるでしょ。夜中もずっと部下が部屋の隅にいるワケじゃないだろうし・・・てか、その図柄、コワっ!
「復学した後、仲間には裏切り者扱いされてね、辛かったな~。今じゃ考え
 られないだろうが、今より賃金の低かった時代だし、今ほどいろんな仕事
 がなかったからね、お金さえ積めば監視を請け負う人間なんて幾らでも雇
 えたんだ。折角の仲間からの電話は取り次いでもらえない。当然傍にはい
 つも誰かがいるから電話も掛けられない。寝る時さえ、ドアと窓の外に監
 視が置かれたんだよ、抜け出さないようにね」 
 部屋の中じゃないけど監視!え、キモ(汗)そうなると、携帯もない時代だし、外と連絡つけようがない・・・うわ~、自分だったら、頭おかしくなりそう。というか、お金さえ積めば・・・お金持ちの力技だよね~、やな感じぃ。
「お金も思うように使えなかったし、家に切手は山ほどあったが、わざわざ
 鍵のついた引き出しに仕舞われてしまっていてね、手紙さえも出せなかっ
 た」
 おお~、手紙という手があったか!というより、切手が家に山ほど???
何に使うの?手紙山ほど送るの?????誰に?????いやいやいやいや、使いきれないでしょ。いや、そこじゃない。話の重要なところはそこじゃない。
「え~っとその~、で、あの~、連れ戻されて連絡手段ないということで、
 お母さんのことはどこで知ったと言いますか・・・」
「ああ、そうだね。大事なところだ」
 その後おじいちゃんは、学生の自分はどこまで行っても父親から逃げられない、そう思い、ただ淡々と大学に通い、大学を卒業し、父親の言うままにとある商社に入社し、数年勤務した後、父親の秘書として務め、その間に父親の持って来た見合い相手と結婚し、息子を二人儲け、父親の地盤を継ぎ、今に至る、と。
 そしてその間、父親の信用を勝ち取ったと感じた頃に、裏から手を回しておばあちゃんの行方を捜し、その時、お母さんの存在を知ったのだと。
 裏からって何!?探偵?え、警察組織とお友達とか?一つ一つがもう凡人すばるの域を超えていて、作り話?揶揄われてる?既に脳疲労が・・・


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