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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~其の1

 あれは高校に入学後暫く経ち、とにかく学校生活に慣れることや人間関係をどう構築していけばいいのかといったことに必死で、唯一の息抜きが今で言う“推し活”だった頃だった。
 朝は時間との戦い。何故にこうも朝という時間の流れは早く、短いんだろうと。
 朝早く起きたとて、“早く起きた”という妙な余裕からか、いつも通りに動いているつもりでも、気づいたら時間は過ぎていて、ギリギリに起きたとなれば、意地でも厳守すべき時間を見ながらマッハで動く。
 勿論、自分の動きを逆算して余裕のある準備ができる人も沢山いるだろう。が、女子高生というのはやたらと忙しいのである。いや、“女子高生と一括りにするな”と反論のある人もいるだろうけど、自分としては、中学生の頃よりも格段に忙しかった、というのが正しい。授業の用意はそんなに変わらないので、特に身支度に時間が掛かるようになったのが要因だろう。
 たまに、“あんた、いい加減にしなさいよ、毎朝!”と母親に言われるが、中学の頃より早く起きて登校しないといけないし、自分なりにはこれでも一生懸命時間を考えて動いているのだから、そこは認めて欲しいところ。
 母親にすれば、朝ごはんを食べる傍で、慌しくドタバタと洗面所と部屋を行き来する足音も煩いとか、鬱陶しいとかそういうことらしい。
“そりゃ、家出る時間があたしより後なんだから、ゆっくりできるよねえ!”と思ってしまうが、自分より早く起きて、お弁当と朝ごはんを作ってくれているが故にそれは言えない。心の中で“チックショー!”と叫びつつ、時間に追われながらただひたすら準備をするのみ。
 
 ようやく一通りの準備ができ、部屋から飛び出してキッチンに滑り込み、冷蔵庫から麦茶の入ったボトルを取り出し、テーブルの上にあるマグカップに注いでレンジでチン!冷蔵庫の中でキンキンに冷えた麦茶を、自分にとっての丁度いい温度にする時間は熟知しているので、ゴクゴクと音を流しながら喉を通過し、勢いよく胃の中に流し込み、やっと水分補給完了。潤う~~~~~!!体に水分が行きわたるの感覚はきっと、水を欲している植物そのもの。体から芽でも出てきそうな、頭に花でも咲きそうな。
 そして、何故麦茶かと言うと、“体に優しいから”という理由で、母親がいつも冷蔵庫の中に常備しているから。緑茶はカフェインも入っているし、飲みすぎると貧血になると言い、ほうじ茶はその都度適度な温度で入れないと美味しくない。 
 その点麦茶は、ノンカフェインで抗酸化作用があり、血液もサラサラにしてくれて病気の予防になる、と母親は言う。
 それに慣れてしまっているので、人に“夏じゃないのに!?”と言われるが、自分にとってはこれが日常。冬にアイスを食べる人だって沢山いるし、おでんや鍋を夏に食べてはいけないという決まりもない。何をいつ飲むか、食べるか、それは人それぞれ自由でいいと思う。
 そして再び麦茶をレンチンしてテーブルに置き、準備されている朝ご飯の前の椅子を引いて座り、“はい、いただきます!”
 まずは急いで、パックから落ちないようにしながら納豆をかき混ぜる。
納豆は別の容器に移して混ぜる人がいるのをTVで観たことがあるが、自分は納豆の結構厄介な粘りを、わざわざ他の容器に移して洗う手間を増やしたくはないので、容器の中で全てを終える。もし、他の容器に移して食べたほうが何かに効果がある、と立証されでもすれば移すかもしれない。が、今のところそのようなことは聞こえて来ないので、効率的に現状で十分。
 自分のお気に入りは、付属のたれと辛子、アマニ油、紅ショウガの微塵切り、ネギ、一味唐辛子を入れ、最後にすり黒ゴマを多めに入れたもの。たれと辛子、ネギのみでもいいのだが、まあ、一気にいろんな食品も摂れるし、何より味が好きだ。高校生になってからは、自分のバタバタを見かね、母親がすり黒ゴマ以外を納豆の上にそれらを乗せておいてくれる。これに関しては“ありがたい”としか言いようがない。一つ一つを入れていると、案外時間を取られるもので。
 そしてご飯にはかけず、それだけを食べる。やっぱり美味い。毎朝食べているのに、毎朝“美味い”と思う。納豆の神、万歳。
 どこかの番組で、本当は夜に食べたほうが効果が・・・と言っていた気がするが、ずっと朝食べてきたので、やっぱり朝に食べたい。
 味噌汁のお椀を手に取り一口飲む。今日はわかめ、キャベツ、油揚げという組み合わせ。わかめが絡んだキャベツと油揚げを口に一運び、二運び、そしてまた一口飲む。
 油揚げ、お味噌汁にコレが入っているだけで、心の中は感欣鼓舞。しかも、原材料は同じとなる“味噌”の汁をたっぷり含んだ油揚げの妙妙たるや。
 しかし、“味噌”などというものを、一番最初に考え出した人はどうして考えたのだろう?作る工程を考えると、“じゃあ、そうしてみよう”などと、簡単に思いつくものとは思えない。
 こういうことに関しては、地球より進んだ星からやって来た何かが、人に成りすまして伝授した、という話を密かに信じずにはいられない、などと頭の中では空想が進行する中、味噌汁のお椀を一旦置いて、納豆の糸をクルクルと切っていきながらあっと言う間に容器を空にしていく。
 再び味噌汁に手を伸ばしまた一口飲んだ後、五穀入りのご飯を口に頬張る。ああ、この口に残る味噌汁の風味とのオマージュ。日常過ぎて口に出して表現するには至らないが、体感できる小さなシアワセとは、ああ、何たるや・・・
「ねえ、高校生のクセに、そのバッチバチのメイクやめたら時間できるん
 じゃないの?」
 こういう母親の横やりに、浸るシアワセを一瞬にして崩されそうになるが、正直、そんなことを気にしている時間はない。この近づくタイムリミットの中で、小さなシアワセを感じる時間を邪魔しないで頂きたい。大体、家にいる時間はほかにもあるのに、何故にこの忙しい朝に態々言う!?
 小学校低学年の頃、よく“どうして夜に言わないの!?”と母親から𠮟られたが、今そのままそっくりそのコトバを返してやる!などというコトバを発することもなく、大事な大事な時間を死守するために、これまたただひたすら時計に一瞥をくれながら食べ続ける。
「はいはい」
 無視をすると後が厄介なので、一応返事は返しておく。これ大事。
 
 母親の言う“バッチバチのメイク”とは、目の周りのお絵描きの入念さのこと。
 言っても目の周りだけだし、ちょっと手を加えているだけなのに、母親からするとバッチバチらしい。
 確かに今はまだ10分ぐらいかかるが、そのうち更に慣れたら5分ぐらいになるはず。
 よく見れば奥二重だが、一見一重に見えるこの目を少しでもぱっちりにしたいというこの気持ちは、母親には理解ができないみたいだ。恐らく自分と同じことを思いながら、鏡とにらめっこをしている女子は少なくないハズ。だって、あんなに目のメイクについての画像や動画が存在するのは、需要があるからに他ならない。
 本当はカラコンだって入れてみたいが、そこまではお小遣いが持たないから、それは大学生になってアルバイトをするようになってからと思っている。だから今は、百均で集めた道具で目を少しでもぱっちりさせるために、その10分間奮闘している。
 辛うじて髪の毛は直毛で、あまりドライヤーなどで伸ばさなくてもブラシで梳かすだけで済むことだけ助かってはいるが、それでも目の周りに時間を費やさなくても済んだらあと10分は眠れるのに・・・と思うものの、一度始めてしまったからには、お絵描きしないと外に出られないぐらい今は恥ずかしい。
「もう」
「ん、ご馳走様~」
 母親の言葉を遮るようにお茶をぐーっと飲み干し、慌しく食器をシンクの中に運んで水に漬け、テーブルの上の水筒とお弁当を抱えて走って部屋へ戻る。
 あまりしつこくそこを突かれると、“だったらお目めぱっちりの二重に産んでくれればよかったじゃん”と朝から余計なイラつきが生じるので、こういう時はサッサと退散すべし。
 取り敢えず学校にはミニテストの自習のために早めに登校しているわけで、遅刻ギリギリでもないのだから、朝からグチグチ言うのはやめて欲しい。もちろん、学校から帰ってからグチグチ言われるのも勘弁だけど。
 鞄とサイドバッグを掴み、既にその意味を成していない合図のように“行ってきまーす!”と言いながら廊下を滑るようにバタバタと玄関へ走り、ローファーを履きながら飛び出して行く。よく母親に、“靴履きながら走って、よく転ばないよね”と言われるが、逆に“転ぶ?”と思ってしまう。まあそれは、若いうちは分からないことなのだと、後から知るのだけれど。
 結構築年数が経っているこのマンションにエレベーターは設置されているが、待っていられず階段を駆け下り駐輪場へ走る。
お弁当の入ったサイドバッグを横にならないよう先に籠に入れ、鞄を雑に上から乗せ、整列している自転車の前輪スタンドからガッチャンと引っ張り出し、道路に出てから勢いよく自転車に乗って漕ぎ出す。
 秋に向かっているとは言えまだまだ暑く、少し動くと吹き出る汗を抑えられないこの状況で、中には半そでブラウスにニットのベストやカーディガンを着用する子たちもいる。
 勿論、ブラウスだけよりベストやカーディガンを着用したほうが可愛く見える、そんなことは分かっている。が、この暑さと湿気による日々の苦痛への対処が精一杯で、正直信じられない。汗かきの自分にしたらこの暑さの中、ニットのベストやカーディガンなんて自ら進んで熱中症になりにいっているようなもので狂気の沙汰だ、とは口に出しては言えない。
 見ているだけで余計に暑さが増し汗が噴き出る感じがして、経験による視覚的な影響とは結構大きいものだなと改めて実感する。
 
 学校までは自転車で約15分。近いと言えば近いが、大通りの信号に引っかかると結構待たされているような気分になるし、駅の向こう側にあるというのも何となく遠く感じる。
 そして、雨が降ると“雨”に行く手を阻まれるので、更に遠く感じる。その上風なんか吹こうものなら、何の嫌がらせなんだ!?と思う。そんな時は、ちょっと電車通学を羨ましく思う。
 電車通学の子に言わせると、結局駅から学校まで歩くので、その間に雨に晒されるから一緒だし、寧ろ満員電車で人の傘の水滴が制服に触れて不快だとか、蒸し暑い時季の雨の電車は湿気が増し増しで、乗ってすぐはエアコンが利いているのか否か分からないぐらいツライのだとか。
 ただ、無いものねだりと言うか、定期を持って通学してみたいというのもあるし、電車の中でのステキなアクシデント?なんかももしかしてあるかも?などと妄想をすると、“マンガの読みすぎ”“ドラマの観過ぎ”とバッサリ。
 それなら結局は、車で学校まで送り迎えをしてくれる人でもいない限り、何を取っても一短な部分があるということか。
 この広い世界、これだけの学生が存在する中で、電車の中のステキな出会いが全くない、ということはないハズ!とそこは諦め切れないが、その一方で、仮に電車通学していても、自分にそんなステキな出会いがあるとは思えない、とも思う、残念ながら。
 そんな容姿を持ち合わせていたら、毎朝あんなに時間をかけて鏡と対峙なんかしていない。遺憾千万。
 夏休みも過ぎると学校もホームグラウンドのようになっていったが、入学して暫くは校門が近づくと漠然とした緊張があった。
 自転車を漕ぎながら頭の中で、“もしこんなことがあったら”“もしこんなことを言われたら”、と今まで経験したことのある場面をいろいろ思い浮かべては、こんな風にしたらいいか?こんな風に返せばいいか?こんな風に言ったらどうなるんだろう?など考えながら、自転車の勢いのまま校門をくぐる。そして、学校の駐輪場に自転を停めカゴからカバンを取り出し、深呼吸をして“ヨシ!”と気合を入れてから校舎に向かっていた。
 今でこそそんな儀式的なことをしている暇もない日々を送っているが、全く不安が無くなったワケではない。
 ある日突然、自分の見ていた景色がガラっと変わりってしまうことがある。その時の、一瞬頭が真っ白になる感覚、頭の中でいろいろな映像がグルグルと回るも抜け出せない迷路に迷い込むような感覚、それが不安の元凶だということは自覚している。
 頭の隅に取れない焦げのようにへばり付いてはいるが、今は考えることが多すぎて、何となくやり過ごせているだけ。朝の目の周りのお絵描きも、元を正せばその対策の手段の一つに過ぎない。勿論、この目にコンプレックスはあるんだけど。
 
 重いカバンとサイドバッグを自転車のカゴから取り出し、これ以上汗ばまないようにと願いつつ校舎に向かう。結局は自転車で体温が上がってしまっているので、吹き出る汗を止めることはできないのだけれど。
 上履きに履き替え、階段を上がって教室に行くまでに何度か交わされる、”おはよ~”。教室に入ってから交わされる”おはよ~”。
 ただの朝の挨拶だけど、毎日繰り返される遣り取りに密かに心震え、体に喜びが浸透していくのを感じている。決してヘンタイではない。
「森北さん、おはよ~」
「おはよ~、すばる」
 学校に自分の名前をを呼んでくれる人がいる、声を掛けてくれる人がいる、気に掛けてくれる人がいる、それを鬱陶しいと感じる人もいると思うが、自分の虚弱体質な心には、とってもよく効く滋養強壮剤的なものなのだと思う。
 自分が声を掛けて返事がないこともある、かもしれないし、その時は一瞬、ほんの一瞬頭が真っ白になるのが分かるが、取り敢えず関わったことのある子には”おはよ~”と言う。
 入学してすぐは、最初は何が正しいか、どう振る舞えば自分にとってできるだけ平穏な学校生活が送れるのか分からなかったが、数か月経ち、今のところ、自分が望んでいたような状況の中で学校生活を過ごせているのではないかと思う。何となく忙しいけど、それも助けになっているかもしれない。
 実のところ入学前は、“いざとなったら一人でもいい!”、そう腹を括っていた。はずだったし、”自分”という人間は、どれだけ無理難題を聞いたとてスクールカーストの下方の存在でしかないことは認識しているので(理由は正直分からない)、それならイヤなことはイヤと断って嫌われて一人でいい!と心の準備をしていたが、入学して暫く過ごしていると、何となくそういった雰囲気ではない?気がしてきた。
 何かを決める時には話し合いがなされるし、勿論、しっかりとした意見を持っているからこそ其々の持論が強すぎて交わらないことはあるし、逆に、興味がないので積極的に参加しないが決められたならやるという子もいる。
 ただ、どちらにしろ最終的には”落としどころ”を見つけて事は進んでいく。気づいたらカーストの上、中、下が基本で、それで物事の決定が為されていた中学と大違いで、また押しつけられるんじゃないか、と身構えていると肩透かしを食らっていることが少なくない。
 とは言えまだ軽視はできないし、もしかするとこれからもっと学校生活に慣れていく中でまたカーストが出来上がっていくこともあるかもしれない。 
 あからさまないじめや仲間外れに遭ったワケではない。でも、じっくり、じわじわと居場所を狭められ、いつも居心地がよくなく、針のむしろほどではないものの、痛い足つぼマットの上をひたすら歩いているような苦痛。どれだけ表向きは仲良くしているように見えても、陰で悪口を言われているかもしれない、突然ハブにされるかもしれない、誰を信じたらいいのかが分からない、という不安感や不信感が頭の隅にこびり付いている。
 
 そんな中、戦闘服を纏って(目の周りのお絵描きも含め)挑んだ高校生活で、自分を受け入れてくれる(多分)、仲の良い(ともう言っていいのか?)クラスメイトが出来た。どうして一緒にいてくれているのかよく分からないし、”いざとなったら一人でもいい!”と意気込んだクセに、いざそういう有難い存在ができると、結局自分の言動や行動を振り返って、あれで良かったのか、こう返したほうが良かったのか!?などと考えてしまっている。
 今現在、自分はどういう位置づけでどういう存在としてあるのか、どう振る舞っていけば正解なのかが全く分からない。 
 ただ自分にとっては彼女たちはとても興味深く、中学の時にはいなかったようなタイプで、話をしているだけで脳が活性化され、目の前がパ~っと開けていくような感覚を覚える。なんてことでしょう。
 ふとした瞬間に、輪の中にいる自分にもそうだし、”おはよ~”と言ってくれたり、”おはよ~”に返事が返って来ると、何というか・・・恍惚?悦に浸る?自分ががいる。自分では気づかれないようにしているつもりが、偶に”すばるって時々どっか飛んでるよね”と言われるので気を付けないといけない。
 いつまで続くか分からないが、平穏な日々が続くことを願わずにはいられない。
 そんなある意味フツーの、ごくごくフツーの、ありふれた一般人の私が、突然キミョ~な事象に遭ったのはこの頃だった、と思う。
 
「あー疲れたぁ」
 帰宅して部屋に入るや否やカバンを勉強机の椅子に置き、扇風機を点けてから制服のままベッドにダイブ。
 日中に熱されたベッドカバーも夜には冷めているとは言え冷えているワケではないので、自分の息による熱さも相まって、この状態は微妙に暑い。しかし、暫し”無”になりたい。今日は何故こんなに疲れたのだろう?と思いながら、暑さは直接当たる扇風機の風頼りで暫しの間ぼ~~~~~~。
 今日一日の記憶をサラっと呼び起こしてみる。
 学校終わりに塾へ行き、弁当を食べてから塾で勉強。うん、学校もいつも通り、うん、塾もいつも通り・・・まあ、内容にもよるか。
「すばるー、忘れないうちにお弁当箱洗っておきなさいよ~」
「へーい」
 聞こえるわけもない低いトーンで返事。しょっちゅう言わなくても分かっとるわい、と思いつつ“面倒ぐじゃい”と呟く。疲れている時に洗い物をするのことの面倒臭いことよ。
 お弁当箱が勝手にキッチンに飛んでいってくれて、勝手に洗われて、勝手に拭いて片づけてくれるシステムとかあったらな~、といつも思う。切に思う。激しく願う。
 一応据え置きの食洗機はあるが、塾でお弁当を食べる日は帰宅時は既に乾燥状態。それに、結局キッチンに行って、お弁当箱を出すという行動は自分でやらないといけない。今それが面倒なんだって。ん~、もうちょっとこうしていたい。
 と、ふと携帯が気になり、うつ伏せになったままスカートのポケットを探り、携帯を取り出し画面を見る。98件・・・一つのグループLINKの未読を知らせる数字に一瞬ゲッソリ。
 小6の時から好きなアーティストがいて、デュオで、ファンたちは2人の名前の呼び名から”CU”と呼ぶ。その繋がりでできたファン友がいて、特に中学生の時に知り合ったこの5人で会話をしているグループLINKでのやり取りが激しい。
 このグループLINK、喜ばしい情報も多く提供してくれるが、どうでもいい一言二言のやり取りであっという間に凄い数にもなる。
 SNSデビューの遅かった(と自分では思っている)ので、彼女たちのスピードでの会話にはついていけず、あっという間に置いてきぼりになるのと、時折、あることないことの誹謗中傷が楽しそうに繰り返されることもあるので、ある程度遣り取りが止まったところでザッと読んで返信する、というパターンが多い。
 それを続けると切れてしまいそうな気がして、時々はその流れの中でポチポチと当たり障りのない返信をしてはいる。実際、CUの話をしている時は楽しいし、新しい情報を提供してもらえるのは本当に嬉しいのだ。
 さて今読むか?いや後にするべきか?と躊躇している間にふっと指がトークに触れてしまい、読まざるを得なくなった。しまった・・・CUの情報だけならいいけど・・・
 開けてみると、はい、なんだかよく分かりませんが、また違うファンへの悪口ですね。
 同じアーティストを好きであっても、モチベーションが違うのか、みんなが同じ気持ちで応援しているワケではなく生活の中の比重も違うので、すれ違いや食い違いなどが生じることがある。
 なのでリアルでは不明だが、SNSの中では言い合いやバトルが勃発することもあり、酷い時は拡散することによって集中砲火や吊し上げなども見かけることがある。きっとCUはそんなこと望んでないと思うが、人の数だけ想い方や想いの強さがあり、そのベクトルはあらゆる方向に飛び交い、でも最終的にはCUに辿り着くという複雑さ。
 そういう意味では、LINKのグループ内だけでの進行はマシかとは思うも、見ていてもいい気分ではない。そして、自分の悪口ではないことにも安堵する自分に多少罪悪感で胸がザワザワしないワケでもなく、本当は不確かな悪口に関しては”もういいんじゃない?”と言いたい。が、言えない。
 それに、自分は思ってもいないのに同調するのもナイ胸が痛む、と言うか、CUがもし目の前にいたらそんなことできるのか!?いや、絶対無理!ということはしたくない。こう、頭の中ではいろいろと思いながら、結局サラっと一蹴できない自分のヘタレさに大きく溜息。
 やり取りを遡ってみると、2回ぐらい途切れてはいるものの、結構な時間経過が見られる。どうも見ても授業中だよね、という時間にもやり取りが見られるので、学校に行ってるのか?授業中にどうやって?ヒマなのか?一体どのぐらいの間画面と睨めっこしているのだろう?不思議で仕方がない。
 取り敢えず考えあぐねた結果、”そうなんだ~””それはイヤだね~”だけは何とか送った。イヤ、”しか”送れなかった。それが精一杯。自分の引き出しの無さに再び溜息。
「お弁当箱洗ってなかったら、またアレするから」
「はあ~~~~~!?も、わーかってるってー!」
 も、アレとかマジでやめてって・・・て言うか、このタイミングか。そうか、そうだ。
〚お母さんがうるさいからまたのちほどー(泣)〛っと。送信。
 もうこれでいい。後からまた何か返しておこう。疲れてるし、あまり何も考えたくない、無理。
 普段ならイラっとする母親のコトバも、今だけは救いの神。今度からこの手を使わせてもらおう。
 あの悪口の文字の羅列を見るよりも、起き上がってお弁当箱洗いに行く方がマシ。さて、起き上がるか~~~~~、で体が重い。脳の疲れは体の疲れと言うが、それを激しく実感する瞬間。
 因みに”アレ”と言うのは、以前読んだマンガの中で似たようなお弁当を見たことから、”サムライ弁当”と何となく自分の中で命名されたもので、特別な名称があるワケでなく、母親がそう言って作っているワケでもない。
 以前、偶々お弁当箱を洗わずに寝てしまった次の日、持たされたお弁当が入った紙袋を母親に渡された。急いでいたので中も確認せず紙袋を掴んで家を出て、いつも通りに登校し、お昼に紙袋の中を覗いて呆然。
 周りにつつかれて我に返り、仕方ないのでおずおずと紙袋から出した銀紙に包まれた丸い物体。イヤな予感はしたが、開けてみたらやはりまん丸なおむすび。ただのおむすびではなく、おかずが全部中に詰められ、周りを焼き海苔で包んだバカでかい”おむすび”だった。
 お箸も入っていないし、割りにくいし、仕方なく少しずつかじりながら食べ進めていくと、中にぎっしりおかずが詰められていた。米ばかりでこの大きさは、それはそれで苦しいだろうとも思うので、米ばかりでないことを喜ぶべきか否か。
 傍から見るとかなりめに面白かったらしいが、当の本人である自分としては笑っている場合じゃない。食べにくいし、食べていかないと何が入っているかわからないし、仕切りがないから味が混ざってるし、とにかく羞恥心に襲われ味どころじゃない。いつものお弁当の量と変わらないのだろうけど、なかなか無くならない手元に心の中は半泣き状態。あれはもう本当に勘弁。
 
 前のライブチケットの遣り取りで知り合った4人とのLINKグループ。
 初めてのやり取りの時はまだ中学生だったので、それ自体は裕子さんがやってくれたのだが、その後その4人にLINKグループに誘われ、それが嬉しくて、嬉しくて入った。ものの、特に高校生になってから、というよりも、彼女たちの性格などを知っていくにつれ、次第に疲れを感じていった。
 かと言って、グループをさら~っと抜けられるほど心臓に剛毛も生えていないし、情報をもらえることはやっぱり嬉しい。周りよりも先に情報を得られた時のちょっとした優越感、高揚感は、何とも表現し難く、Matterを見ながら、ニヤニヤしてしまう自分がいる。
 とは言え、学校では今のところ何とか平穏に生活できていることや、学校の友だちとこのグループとのタイプの差が明確になるにつれ、LINKグループの関わりへの疲れが加速しており、このタイプへの対応をどうしたらいいのか、どのように関わっていれば適度な距離を保っていられるのかが更に分からなくなっている。
 もしかしたら、もう既に自分がいないところで、同じように悪口を言われているかもしれない、といった気持ちがざわざわっと沸いてきて、もういっそのこと返事をしないでおいて切れてしまえば・・・と思いつつ、あの感じだとLINKで攻撃される映像が頭に浮かび、結局できていない。
 あ~あ。
 サイドバッグからお弁当の包みを二つ取り出し、制服のままキッチンに向かう。

 携帯の目覚ましが鳴る。目覚ましというよりも、心地よく起きるためにCUの曲を目覚ましに設定している。が、何度も聴いている曲でも、日によっては聞き入ってしまい、二度寝になりかけてしまう。曲を換えろって話。だけど・・・
 でもこの曲が好きなの~~~~~~~~~!!この曲に起こされたい!!彼らの声で、この曲で起こされたい!!
 はい、自分にとってはいい気分で起きられる曲なのだから仕方ない。
 CUのファンの中には結構ダンスを覚えている人たちも多くいて(自分もそうだけど)、ダンス曲を設定していたら、目覚ましが鳴ったと同時に飛び起きて踊り始めてしまうファンがいると聞いたことがある。
 そこまでになれたら、そういう設定もアリかなと思うけど、まだ体が勝手に動いてくれる程には至っていない。
 洗面所で歯を磨き、顔を洗ってからヨロヨロと部屋に戻り、まだ何となく起ききっていない脳のまま化粧水を・・・
 ・・・?
 カラーボックスのカゴの中から化粧水を取り出そうと掛けてある布を捲ろうとして、目に飛び込んで来た光景に固まる。
 何だコレは?何が飛び散ってるんだコレは?いや、散乱してる?いやいや・・・落ち着け、多分イヤな予感は当たってる。脳はそれが何かを認識している、それが何かを知っている。が、明らかに感情が拒否している。そうでないと思い込みたい感情との闘い。
 どうしてそんなことになっているの??昨晩の記憶を引っ張り出そうとするが、全くもって記憶がないし、自分がそんなことをするハズがない。
 誰よ!って、家には自分と母親しかいない。
 流石に母親が、自分が寝ているところに入って来て、真っ暗な中ゴソゴソと探し出してこんなことをするとは思えない。そもそも、どこに入れているかなんて言ったことはないし、真夜中に電気が点けば自分だって目が覚めるし、もしやろうと思ったら他にも幾らでもやる時間はあるワケで、自分が寝ている間なんて高リスクな時を態々選ばないだろう。
 じゃ、自分しかいない。いや、自分がする意味が分からない。
 思い出せ、思い出せ、昨日最後に触ったのはいつだ!?基本朝しか触らない、毎日朝しか触らない。だから夜は触っていない。昨日は疲れていたとは言え、触っていないことぐらいは記憶している。
 昨日お風呂上がってからの化粧水、乳液は!?・・・したかしてないか覚えてない、というか、昨日髪乾かす時はカラーボックスの上はキレイだった、ゴミ的なモノも何もなかった、それは記憶に残っている。
 いや、あれはいつもの映像が頭に残ってるだけ?いや、違う、昨日だ、絶対昨日。ていうか、夢遊病?いや、いやいやいやいやいやいやいやいやいや、そんな話じゃないっしょ、コレは!?
 目の前の光景は全く変わらない。”何だ、夢か~”にならない。夢じゃない。現実だ。どういうことなんだ?これをどう受け止めればいいのか。
 頭が働かない。朝だから?じゃない、有り得ない、有り得ない、有り得ない、有り得ないことが起こっているんだ、軽く頭がパニくっているんだ。いくら妄想癖があるからと言って、有り得ない光景が目の前で起こっているんだ、現状の認識だけで精一杯だ。
 よくTVを観て、”自分だったらこうするな~”とか”ああすれば良かったのに”とか思っていたが、実際自分の身に不可解な、意味不明なことが起きると、本当に頭の中が真っ白とかいうのは本当なんだと実感する。
 実感している場合ではないが、段々この光景に目と感情が慣れてきて、最初は恐怖の方が強かったのに、何か・・・何か段々腹立ってきた。何でこんなことになってるの!?この怒りをどこにぶつければ・・・
 ていうか、待て、待て、待て!!今日は平日なんだよ、これから学校なんだよ、どうすんだよコレ!?
 これもう今日の分しかなかったのに、今日の帰りに買って帰ろうと思ってたのに、マジで有り得ない、ヤバい、どうしよう!!!!!!!!!ムンクの叫び。
 探せ!余分がなかったか探せ!!どこからか指令が降りてきた。その通りだ、とにかく探せ。
 カラーボックスの中を取り敢えず引っ張り出し、ないことを確認すると、ボックスを動かして後ろを確認。机の引き出しからベッドの下の引き出し、クローゼットの中、持っているカバンの中も全てあさる・・・が見つからない。ただただ散らかる部屋に、次第にワケが分からなくなり、ボーゼン。
 どうしよう・・・あ、暑い・・・
 動きが止まった途端、部屋が超絶暑いことに気が付いた。物の間をぬってリモコンを手に取りエアコンのスイッチを入れ、扇風機の前の物を除けて座り、涼を得る。目を瞑る。
 夢だ。これは夢だ。まずは着替えてご飯を食べよう。戻って来たら全て元通り。これは夢だ。
「おはよう。あら、用意は?」
「え?あ、うん、ご飯食べたら」
 気づかないでくれ、と思いながらいつものルーティンを少しずつ省きつつ準備をする。
 お茶も冷たいまま、納豆もいろいろ混ぜずにタレとからしとテーブルの上のネギのみ。味噌汁も温めずよそっていると、母親がご飯をよそってくれている。
「ふ~ん、まあ髪さえ梳かしていけば別にそのままでいいと思うからいいけ
 ど」
「いやいやいやいや、ちゃんと用意するし」
「ふ~ん、遅刻しないよにね」
「は?」
 時計を見ていなかったことに今頃気づいた。
 ・・・マジか・・・
 人間の時間間隔というのは、何といい加減なものなのか。
 以前、数人でストップウォッチ1分計測をしたら、誰一人ピッタリがいなかった。だから時計というものが存在する。
 あの、ポーンと音がするような頭真っ白な時間が、想像以上に長い時間であったのかもしれない。散らかるだけ散らかしたことが、思いのほか時間を掛けてしまったのかもしれない。
 と、時計を見てまた一瞬思考が停止しかけた。こんなことを考えている場合ではない。
 意識が戻った瞬間、ご飯にお味噌汁をかけて一気に流し込み、鶏肉味噌、浅漬け、納豆はラップをして冷蔵庫に放り込んだ。お味噌汁を温めなくて良かった。お茶はもう諦めた!
「お母さん、食器ゴメン!」
「ちょっと!」
 と聞こえたような気がしたが、返事する余裕などない。とにかく用意しなければ!夢であれ!夢であれ!夢であれ!お願い!夢であれ!
 急いで部屋に戻り、物が散乱した隙間をぬって再度カラーボックスの上を見た。
 こんなにしっかり目が覚めていて、夢もへったくれもない。が、夢なら覚めて欲しい。
 どうしてこんなことになったのか・・・
 一体自分が何をしたと言うのか
 付けまつ毛バラバラ事件
 呆然自失・・・

 ああ、今日はいつもの100倍以上疲れた。
 朝、いつもなら滝汗になるような、汗の始末に困るようなことはしない。吹き出る汗と、タオル、汗拭きシートで鼬ごっこをしなければならない、女子なのに汗かきなんて地獄絵図でしかないのだから。
 が、今朝はそれどころではなかった。
 結局、アイプチとアイラインだけやって、付けまつ毛のないまま家を飛び出した。人間、追い込まれると何とかするもんだな、などと一瞬思ったが、そんなものは時計を見るなり一蹴される。
 恥ずかしい、恥ずかしい、自転車に乗っていたって恥ずかしい。
 伊達眼鏡でもしていこうかと思ったが、頭にふと浮かんだだけで、家を出る時にはもうそれどころではなく時間との闘いで、自転車で走っていた時に思い出した。不覚。
 早く行く予定でないこんな日に限って・・・
 学校にギリギリよりは少し前に着き、生徒の数が少なくなっている廊下に、鞄とサイドバッグを両手で抱えるようにして、俯き加減で足早に教室に向かう。
 いつもなら廊下で掛けてくれる”おはよう”の声は自分の糧なのに、声を掛けられるのは嬉しいが、今日は声を掛けないで欲しい、放っておいて欲しい。
 それでも、急いでいるフリをして、その流れで顔をあげず声だけ明るく「おはよう」と返事だけをしてそそくさと通り去る。ぐらいのつもりで通り過ぎたつもりだが、何というか、水中を歩いているぐらい体が重く、実はスローでしか動けていなくて、付けまつ毛ナシに気付かれたかも。
 絶対に印象は悪い。入学してから明朗快活な森北すばるで頑張って来たのに、ここに来て印象悪とか最悪なんですけど。
 今日だけ、今日だけ、体調でも悪いのかと思ってスルーして下さい。
 教室に入る時はもう能面でも被ってたほうが1000倍もマシ、と思うぐらい躊躇。暑い汗なのか冷や汗なのか、もう心身共にぐっちゃぐちゃ。
 大きく深呼吸をし、えいっ!と教室に入る。自分の席に向かい、机の上にカバンを置く。顔がぐちゃぐちゃなのに汗で更にぐちゃぐちゃとなるともう目も当てられないので、一旦トイレに!と思ってカバンの中を漁る。タオル、汗拭きシート、制汗スプレー・・・こういう時に限ってすぐに出て来ない! 
「すばる、おはよー!」
 既に登校している眞理子、千華、琴乃がこちら気付いて駆け寄って来る。いつもなら有難い、いつもなら有難いんだけど~・・・ていうか、汗拭きシート!あった!
「あ、おはよう!ちょっと寝坊しちゃって。急いだから汗きんもち悪っ!ち
 ょっとトイレ行って来るっ!」
 矢継ぎ早に言うだけ言って、教室を飛び出してトイレに向かう。
 気付いたかなあ・・・いや、今日一日いたらすぐに気づくだろうから今ジタバタしたって仕方ないのに、ジタバタしてしまった、付けまつ毛(泣)こういうの、往生際が悪いって言うんだろうな。
 とか言っていても、すぐ先生が来てHRが始まるからサッサと汗だけは何とかしなきゃ・・・
 トイレの個室に籠り、汗を拭きながら思う。中学みたいに、友達がいないとトイレにも行きにくいような学校じゃなくて良かった、と。
 中学の時、何故か”トイレに行こう”と友達に声をかけ、ゾロゾロと連れ立ってトイレに行く子が多かった。街中では『音姫』というものが設置してあり、それがなぜ故かは聞かずとも理解できる代物だ。
 音を聞かれたくないハズなのに、友達と一緒にトイレに行く、下手すると毎時間授業が終わったら行く。そして、用を足さない子はトイレで待っていて、鏡を見ながら髪型を直したり、用を足している子とも会話をする。
 それがマジョリティだとすると、ボッチで行かないといけないほうがマイノリティ。若しくは、友達云々ではなく、自分のタイミングでサッサと行ってしまうほうがマイノリティ。寂しい子か変わってる子、と思われていた。
 勿論、この高校でも一緒にトイレに行く子もいるが、ゾロゾロ連れ立ってトイレではなく、偶々行きたいタイミングが一緒というだけで、一人でトイレに行くなんてザラ。皆それぞれやらないといけないこと、やりたいことがあるから、毎回毎回人に合わせてなんて行ってられない。”寂しい子””変わった子”と思われたくないからトイレに誘うなんて、今思えば、可笑しな光景だ。
 などと考えている場合ではない。先生が来る!急げ自分!そろHRが始まる。腹を括れ、自分!
 と、あれだけ気を揉み、気合を入れて立ち向かった先は、何てことはなかった。
 付けまつ毛が無いことには気づかれたが、アイラインをしっかり引いていたから、”そんな気にする程じゃないよ~”と眞理子たちに言われた。
 え、そんなもの!?”盛りが控えめだね~”で終わる!?
 自分が思う程そんなに違わないのか?それとも、アイラインの引き方が上手くいったということか?いや、気になって仕方がない自分を慰めるためにそう言ってくれたのか?どっちなんだ!?どう判断すればいいのだ!?もっすごい突っ込まれまくると思ったのは杞憂?
 いや、眞理子たちはそうかもしれないが、”あ、ホントはまつ毛、あんなに短いんだw”とか、”あんなに少ないんだ”とか思った子もいたかもしれない。
 いや、絶対いたハズ。一日裸みたいな気分で、尋常でなく恥ずかしかった、ほんっと~に恥ずかしかった。
 今日は100均に立ち寄る時間がある。そして、100均に立ち寄って付けまつ毛を購入。これから数がギリギリにならないよう予備を買っておかねば。
 ・・・よりも、どうしてあんなことになったのか。多分、流石に母親ではないと思う。母親が気に入らないからといって服を捨てられたことがあったが、あの時バトってからはないと思う。
 となると、やっぱり自分が夢遊病?でも、夢遊病を検索すると、子どもの頃が多いとか、大人のところを見ても、睡眠不足やストレス、生活リズムの乱れとか書かれていて、”これだ”と確信持てるものがない。
 寝ながら歩き回っていたとか、外に出てしまったとか、寝ながら料理してたとか、何か食べてたとか、何かちょっと違う。他にもあるのかもしれないけど、サラっと見た感じではこんなのしか見つからなかった。
 取り敢えず今日は早く寝てみよう。CUの情報追いたいけど、寝ながら付けまつ毛切り刻むとか、自分でもヤバ過ぎて怖いから、取り敢えず早く寝てみよう。
 ストレス・・・中学の時に比べれば、全然ストレス少ない方だと思うけど、全くないワケではないし、今日はCUの情報を追わず、姫芽那たちのグループリンクも一言入れておいて、早く寝よう。そして、付けまつ毛は目を瞑ってだと取りにくい場所に置いておこう。
 明日の朝はこれまで通り、何もない朝であることを願う。
 そして朝。毎朝流れる、目覚まし替わりのCUの曲。
 といっても、曲が始まる前に目が覚めた。何か気になってぐっすり寝た感がない。
 眠りが浅いのが続くと、体力も気力も下がっていく、集中力もなくなる。それは知っている。だからそれは避けたい。のに、気になることがあるとどうしても眠りが浅くなってしまう。というよりは、気になることをそのままにして寝てはいけないんだ、自分は。
 取り敢えず、自分が夢遊病のように起きた記憶はないし、母親が入って来た気配もない。多分、今日は大丈夫だろう。
 そろそろとベッドから置きて・・・ヨシヨシ、昨日みたいな無残な付けまつ毛の残骸はない。
 ”胸を撫で下ろす”、というのはこういうのを言うんだろうな。ない胸はツルンっと撫で下ろせる。何と障害物のないまな板(笑)
 今朝は小テストがあるから早めに家を出る設定のルーティン。
 マッハで歯を磨いて顔を洗って、扇風機に当たりながら化粧水と乳液やって、制服に着替えて、暑い暑い、けどメイクは欠かせない・・・・・・・・ない!ない!ない!ない!ない!ない!ないー-ー---------!!
 付けまつ毛はあるけど、まさかのアイプチとアイライナーがない!昨日あったじゃん!なんでっ!!!!!!!!!他に移動させたりしてないし!!
 昨日同様、部屋の中を探し回る。これは夢か現実か?昨日と同じく、またカラーボックスの辺りがごった返していく。足の踏み場が消えてゆく。何これ、デジャヴ!?
 落ち着け、自分。ヤバい、付けまつ毛しかない、どうする自分!?
 きっとこのまま探しても昨日と同じになる可能性が高い。今日は小テストだから早く起きた。たかが小テスト、されど小テスト。いつも勉強していればいちいちチェックしなくても大丈夫とも言えるが、そこは気持ちの問題。早めに行ってしたいのだ。
 アイプチもアイラインもしていない、付けまつ毛だけを施していく中途半端な恥ずかしい状態で一日学校を過ごすのと、小テストで”できなかった~”と自分の力の無さで落胆するのと、天秤に掛けるとどちらが・・・或いは、このまま探し続けて時間だけロスするか、早め時間通りに学校に着いて、目を気にしながらでも確実に範囲のチェックをするのと、どっちのほうがマシなのか・・・
 昨日一日裸で過ごすような気分ではあったが、周りは特に気にしている様子もなかった。いや、気にしているかもしれない、ということを察して、敢えて触れずにいてくれる心優しいクラスメイトばかりなのか。
― とけ~
 頭の中で声がした。いや、正確には自分の中の無意識か理性が”時計”を見るよう誘導している。確かに一番の判断材料じゃないか。
 時計を見て悟った。付けまつ毛だけと割り切れば、朝ご飯を食べてお茶も用意して、食器置きっ放しで母親に文句を言われるということも回避できる。
 自転車もバカみたいに急いで漕いで、汗だくで女子を捨てるようなドロドロの状況にも陥らなくて済む。しかも小テスト中に目と汗の両方に気を取られるより、目だけの方がリスクが少ない。となると一択だ。
 付けまつ毛をつけ、髪の毛を整え、ごった返した部屋のままキッチンに向かう。なんだ、この中途半端な目は!?
 母親は一々反応しなくていいのに、態々反応する。何かを見つけると、放っておいてくれればいいのに、一々指摘してくる。それを避けたい。
 前髪をできるだけ下し(そんなことしたところで目が隠れるワケではないが)、やや俯き加減でご飯を食べているのに、立ち上がった時に態々視線をこちらに向けた。母親のこういうところがイヤだ。
 案の定、態々”メイク薄くしたの?そっちのほうがいいわよ~。大体、メイクなんかしなくていいのよ、高校生は。今から肌に負担かけるなんて勿体無い”と言う。
 それはそっちの価値観であって、自分はスッピンがイヤだからやっている。見解の相違だ。そういうのを聞くと癪に障るから隠そうとしているのに、ああ鬱陶しい。
 そして学校では、腫れ物に触るみたいな感じ(と結局は自分だけがそう思っていたらしい)の空気がイヤで自分から眞理子たちに伝えたが、気にし過ぎだと言われた。
 女子って、”そっちのほうがいいって”と言いながら、本当は自分のほうが可愛いと思っているパターンは少なくない(と経験で思う)。
 自分よりよく見えるのがイヤだったり、”どれだけやってもその程度だってばw”感で嘲笑しているなど、どこまで本気で言っているのかを考えてリプライしないといけない。
「いや、絶対そっちのほうがいいよ。すばるの奥二重、カッコいいのに」
 カッコいい?どう見たらそんな風に見えるのか。
 琴乃がキョトンとした表情でこちらを見ながら少し首を傾げる。か・・・可愛い。同じ人間とは思えない。キミに言われても、ないぞ説得力。
「え~、パッチリ二重のほうがいいに決まってんじゃん」
 どうしても目が気になって、隠せもしないのに前髪を少しでも伸ばそうと(伸びないのに)してしまう。嗚呼、何という・・・
「う~ん、私はカッコいい奥二重に憧れるもん」
 琴乃は丸い目にパッチリ二重、少し丸いけど小さい鼻にポテっとした唇で、色も白く、髪も元々柔らかい栗色で瞳も少し茶色がかっているので、“キレイ”より“可愛い”で、可愛らしいと表現する以外他にない、プードルか人形かといった表現がピッタリの造形。
「や~、あたしはすばるの言ってんのわかる~。あたしの目なんて、アイプ
 チ取ったら糸よ、糸!カイ兄なんてさ、”視野、オレの半分じゃね?”とか
 言ってくんだよ。見えとるわ!!」
 自虐的に、でも笑いに持って行く眞理子。スゴい技だと思う。TVで芸人さんがそれをよくやっているのを見るが、自分にはハードルが高過ぎる。
「“糸”って!」
「いや、マジで埋没してるから!」
「埋没wwww」
 爆笑。体が仰け反り、手を叩いている自分に気付き、再び慌てて前髪を撫でつける。
 眞理子は話が上手く、何でもネタにできてしまう感じがある。羨望。
 それは自然に身についたものなのか、はたまた努力の賜物なのか・・・天然モノならどうしようもないが、養殖モノならどうしたらそんな技が身につくのかご享受願いたい。
「千華は時間いらなそーだよねー」
「うん、アイライン引くだけ~」
「いいな~」
「いや、もっとパッチリさせたいと思って中学の体育祭で一度やってみたけ
 ど、自分が思う以上に目が主張するみたいだし、余計怖くなるみたいだか
 らやめた」
 千華は南国系美人のような造形で、奥二重とは言うが自分よりも目が大きく、引き込まれそうなアーモンド型の目で睫毛も長い。鼻筋は通っていて、ちょっと大人びた雰囲気を持っていてカッコいい。
「怖い、って・・・どうせそんなこと言うのって男子でしょ」
 え、そうなの!?
「当たり」
 当たりなんだ(汗)琴乃ってそんなこと分かるんだ、スゴ。
「男子っておこちゃまだね~」
「女子でも同じようなこと言ってた子いたしね」
 女子でもそんなことを言う子がいるのか。ちょっと意味が分からない。
「それは只の僻みだよ~。大丈夫、社会人になったらそれはエキゾチックな
 美人さんって言われるって」
 そう言えばそうかも。千華みたいな雰囲気のタレントさんとかいるけど、千華はどう見てもそっち系の美人。やはり、5歳も年上のお姉さんがいると、琴乃みたいな助言をしてあげられるのか。お姉さん・・・憧れるな~。
「え~、あたしもそれ、言われた~い」
 自分なんて千華と同じカテゴリーの”奥二重”なのに、絶対エキゾチックな美人さんなんかに絶対なれない。
「あたしなんてアイプチしなかったら、”平安時代の美人だね”って言われん
 だよ!?嬉しくない!エキゾチックとか言われたいわ!」
 思わず爆笑。 
「笑うんかい!」
「いや、眞理子の言い方wwwww」
 ゴメン、眞理子。”平安時代の美人”を笑ったんじゃなくて、眞理子の話し方が内容を助長して爆笑してしまったのだよ。自分からしたら凄い才能で、やっぱり羨ましいよ。
「琴乃も何もしなくていいからいいよね」
「う~ん、したいんだけど、まあ大学生になってからでいいかな」
「どこをやるの!?そんなパッチリお目めに!?」
 眞理子と同時に身を乗り出して発してしまった。お互いに同じ悩みを持つもの同士、考えることは同じらしい。
「切れ長なアイメイクとかできるようになったらいいな~」
「え、しなくて良くない!?」
「え~、だって、”喋ると印象が違う”って言われるの面倒臭いんだよ~」
 なるほど。
 そう、琴乃は見た目はプードルでお人形さんだが頭は理系で、思考はとても合理的だし理論立てて話をする。しっかりした考えを持っていて、自分としてはそれが琴乃だと思っている。ただ、もしかすると初めて会った人は、ポワンポワンした不思議ちゃん的な感じを求めるかもしれない。
 琴乃にすれば、まったくもって”素”なのに、相手の勝手な思い込みを持たれるのは確かに面倒だろうな。
 きっと隣の芝生。自分が求めるものを人が持っていても、その人はその人なりに不便ややりにくさなどを抱えていることもある。
 とは言え、やっぱり不十分なアイメイクは気になりす過ぎて気も漫ろで、集中力に欠ける、気がする by 自分。
 そして、今日も何とか時間を駆使し、アイプチとアイラインを購入。とは言え、いくら100均とは言え、毎日これだと結構キツイ。
 今日は失くさないように、眠気が来る前にチェックして寝ないと、と思ったんだけど・・・

 アイプチ、アイライナー、付けまつ毛の在庫は、毎朝使っていると分かるもの。わざわざ在庫チェックなどしない。
 しなくても平穏にアイメイクを遂行できてきたが、自分に起きた怪奇現象のせいで、暫らく毎晩チェックをして寝るようになった。
 そして、人というのは(自分だけ?)慣れて来ると安心し、チェックをしなくなるのだが・・・その日は再びやって来た。
 なー--------っ!!!!!!!!!
 自分でもよくここで大声で叫ばなかったなと思うが、こんな早朝に何事かと思われるかも!?というような理性ではなく、只単に声にならなかっただけ。人間て、声を出さずに叫べるんだと知った。
 何したんだ自分!?昨日どこかから落とした?まさかのアイライナーが中で折れている。外側が透明だから見えているが、どうやったらこんな繰り出しても繰り出してもポロポロ落ちてしまうような折れ方するのか。
 確かにアイライナーは柔らかいが、繰り出して折れるならともかく、中で芯がボロボロに折れているってどういうことなのか。アイライナーをあちこちにぶつけて、中で割らない限り無理じゃね?
 などと考えたところで分かるワケもなく、学校に遅れるワケには行かないので、アイラインを断念して学校へ。イラついている一方で、一度まつ毛ナシ、アイプチ&アイラインなしで登校しているので、アイプチと付けまつ毛があるならまだマシかとも思っている自分がいる。
 アイラインを購入してから帰宅し、勉強する気にならなかったので、食事も入浴もサッサと済ませ、髪を乾かそうと思いながらも、折れたアイラインと購入したアイラインを机の上に並べて見てみる。
 新しいアイラインを少し繰り出して触ってみる。やはり眉用よりも芯は柔らかい。固い芯ならいざ知らず、使えなくなったほうは中でボキボキに折れている。どうやったらこんなことになってしまうのか?
 考えても考えても心当たりがない、何も思い浮かばない。とりあえず落ちたりしないような場所に・・・
 というか、そもそも自分がそんな物がいらない造形なら、こんなことに一々時間を取られなくても済むのだ。朝だって、お絵描きの時間分寝れる。
 しかも、100均とは言え、積み上がれば結構な金額になるワケで、必要のない人はその金額を他に回せるのだ。ライブグッズに回せるのだ。何て理不尽な話なんだろう。
「あ~・・・、元々まつ毛長くてお目めぱっちりが羨ましい」
⦅・・・うん⦆ホントに。時は金なり。でも、その目の周りのお絵描きをするという鎧がないと現実という戦場に立ち向かえない。どうしようもない。
⦅・・・な~⦆
 な~・・・んん?は?いや、ん?いや、何でもない。こういうことを考え出すと疲れてしまうんだろうな。
 自分のダメなところとかコンプレックスを考え始めると歯止めが利かなくなるので、とにかく考えるのをやめよう。
 気温と扇風機で多少乾き始めている髪を乾かし、お絵描き道具の確認とLINKのチェックだけして寝ることにする。
 髪の毛は、自然乾燥は良くないというのを見たことがあるので、扇風機に当たりながらドライヤーをするというのは何だか矛盾しているような気もするが、アイライナーが気になり過ぎてエアコンを点けるタイミングを逃した。
 今から点けてもすぐ部屋が涼しくなるわけではないので・・・いや、今からでも点けて部屋の温度を下げておかないと、快適な睡眠が得られないかもしれない。
 エアコンを点け、扇風機に当たりながらドライヤー・・・と、これをお母さんが見たら怒りそうだ。こういう時に”くわばら、くわばら”という言葉を使うのだろう。 
 ざっと乾かし、ドライヤーを切った後のじんわりと湧き出る汗に溜息。
 何のために入浴をしたのか。扇風機にガッツリ当たりながら、汗拭きシートで汗を拭く。拭いた部分に風が当たり、そこから身体全体の温度が下がるような感覚になる。エアコンも効いてきて、漸く少し落ち着いて来た。
 ドライヤーのコードをまとめ、定位置に戻し、一旦携帯を手に取る。
 またLINKのグループがたまっている。チェックだけでは終わらない。姫芽那たちのは相変わらず数が凄い。適当に言葉を拾って理解をするのも結構大変だが、ここから抜けることができない。
 と、視界の端に何か気配を感じた。ご、ゴッキー!?
 いや、ゴッキーなら気配どころか、静かな中では動く音がする。”撃退コロ”もあちこちに置いているし、ただの気のせいか。
 そろりそろりと静かに、とにかく静かに音を立てず、机の下にいつも常備してある撃退スプレーを手に持ち、周囲を注意深く伺う。あの忌々しい”カサカサ・・・”という音はしない。
 ゴッキーではない?
 蟻を見ても蝉を見ても、蜻蛉やカブト虫を見てもならないのに、ことゴッキーがいると思っただけで心臓がバクバクする。見たくはないが、何処かに隠れられるのはもっとイヤだ。なら、出てきて成敗されてくれ。
 それからも全く音がしない。まさか幽霊とか?
 しかし自分には霊感はないので、仮にそこらここらにいても認識できない。霊感は右脳派の方の人、というのを聞いたことがあるが、それにも当てはまらないし、本当は霊とは関係ないと言うが、金縛りにもまだ遭ったことがない。
 以前TVで、”見える”と言う人が、”中途半端に見えるほうが怖いし、全く見えないならそれに越したことはない”と言っていた。
 自分は見えない、全く見えない、これまで全く。そして、そんな能力は持ち合わせていないハズなので、見えるワケがない。
 取り敢えずスプレー缶を下に置き、気のせいと思うようにしようと、勉強机の椅子に足を抱えて座り、再度携帯を手に取る。足を抱えて座っているのは、もしゴッキーが出てきて足でも這われたら恐怖でしかないので、それを避けるためだ。
 再度を手に取ったものの、まだ心臓がバクバクしていて、集中して何かを見るとか読むとか、そういうことが出来る状態ではない。
 携帯に充電を差し込もうと充電に手を伸ばした時・・・新しい方のアイライナーがない!ことに気づいた。
 ドライヤーで転がった!?いや、それなら両方転がるハズだし、当たらないようにドライヤーをしていたのに、片方だけ何処かに行くとかある!?
 椅子から立ち上がり、アイライナーを探す。机の上、下、横、ベッドの下、それこそもゴッキーのことなど頭にない。そして、アイライナーがない!何故だ!?
 落ち着け、自分落ち着け。取り敢えず椅子に座ろう。よく見ろ、よく見るんだ。さっきまであったんだから、突然それだけ無くなるなんてことはあり得ないから。落ち着け自分。
 どこかにあるハズ、どこかに。よ~く机の隅々まで見て、あの場所に置いていて、もし風に煽られて転がるとしたら、こう弧を描いて・・・・・・え?
・・・・・・・・え?
・・・・・・・・は!?
イ・・・イヤー----------ッ!!!!!!!!!

 何かいた!なんかいた!ナンカイタっ!!!!!
 ゴッキーよりもっとなんかっ!なんかっ!なんかデカいしっ!
 ちょっと待ってよ、何だよ、怖いんだけど~~~~~っ!!!
 恐怖のあまり声も出ない、動けない。思わず椅子から立ち上がり、こんな中腰で中途半端に手を伸ばしたレスリングの姿勢のような状態のまま、普段なら疲れてしまうような状態なのに、恐怖から固まって動けない。
 何故だろう?こういう時、下手に動くと未確認物体が余計に襲って来るように感じてしまうのは。噛みつかれたらどうしよう?飛び掛かられたらどうしよう!?呪いのなんちゃらとかだったらどうしよう!?????一つもポジティブな妄想が出て来ない。 
 心臓が口から出そうだし、何か心臓の音なのか、バクバクというより何だかドクドクドクドクと凄い音が耳に煩いぐらい。結構な速さでドクドクいってるけど、心臓か?血流か?大丈夫なのか自分!?血管と皮膚が突然破れて、血が噴き出したりしないのだろうか?
 なんてどうでもいいことを考えている場合ではない。見間違いであれ!幻影であれ!ただの眠気からの幻覚であれ!
 それからどのぐらい時間が経ったのか。心臓の激しい鼓動は変わらないが、ゴッキーより大きい物体が動くような気配がない。音もしないし影もない。というか、ドクドクという音が体内から響き過ぎて聞こえないだけなのか。
 ふぅ~~~・・・・・
 呼吸をしていなかったことに今気づく。が、大きく呼吸ができない。いや、できないのではなく、してしまうと何かが動きだすかもしれないという漠然とした恐怖が呼吸を小さくしているのだ。瞬時瞬時に意識や無意識が、思考よりも先に反応することがあるのだと、こういう時に改めて知る。
 少し冷静になり、意を決して机の上の影が見えた方にゆっくりゆっくりと近づき、そろりそろりと手を伸ばす。
 えいやー!の勢いで缶のペン立てをスライドさせる。
 ガラガランとペン立ての中のペンが揺らされ、普段以上に部屋中に音が響く。
 ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~・・・・・何もいない。
 動かせばそうなることは分かっていたハズなのに、自分で自分をビクつかせてしまった。
 意識と無意識がアンバランス過ぎて、自分の愚かさに思わず舌打ち。余計に恐怖感を際立たせてしまうとか、バカなのか。
 何も現れなかったことに、安堵感と口惜しさという両極端な感情。いや、実際にはその割合はほんの少しの、それこそミリサイズ程度の好奇心という口惜しさであり、安堵感が殆ど。のハズなのだが・・・
 見つからないと見つからないで、その好奇心は無かったことにはならないし、見つからないということは、実はゴッキーで、自分が寝ている間にカサコソ動かれるとか、それこそどこかの映画みたいに口の中にでも入ったとか想像すると、それはそれで悍ましさしかない。
 それなら、退治するまで見つけるしかない。けど、本当は対峙したくない、姿だって見たくない。
 仕方がないので意を決し、再度撃退スプレーを手に持ち、周囲の音に耳を傾けながら、そろ~っとそろ~っと余計な音を立てないようにしながら辺りを窺う。なんだろう?段々腹が立って来た。こうなったら、意地でも見つけて成敗してやるから!
⦅とけ~・・・⦆
 え、今?時間・・・いや、時計を見ても、今別に時間気にしなくてもいい状況。自分は何を考えているのか。頭がプチパニック。
 きっと疲れているのだ。あれもこれも、お風呂に入って寝て、朝起きたら全ては元通り。これまでの全て、全てが夢で幻影でただの錯覚。付けまつ毛の残骸も、アイライナーが壊れていたが、何かの不可抗力、それでいい、それが現実。
 自分に言い聞かせるも、何度も何度も一瞬収まっては心臓は勝手に不安を訴える。収まれ、収まれ、何もない、何もない、うん、何も見えない、何も聞こえない、ないないない。
 少し前に観た、昔はよくやっていたという探検隊がジャングルや未開の地へ行くなどという番組のハイライトが頭に浮かぶ。あの人達は番組制作のために奥地へ行く度こんなドキドキと闘っていたのかと思うと、命が幾つあっても足りなさそうだ、番組が作り物でなければ、だけど。
 とにかくゴッキーを探せ。ゴッキーを探して成敗し、部屋を安全圏にして寝るのだ。視覚と聴覚を研ぎ澄ませ。快適な睡眠のために、安心感を得るために目覚めろ、第六感!
⦅・・し・・・・・しゃ・・・⦆
 ・・・え??え~~~~~っと・・・外の風の音・・・かな?うん、きっと気のせいだ。
 一瞬背中に感じたゾワッと感から、即座に全身硬直。前言撤回、第六感は不必要。ゴッキーを探し当てるには、視覚と聴覚のみでヨシ。とにかく早く見つけねば、健やかであるための睡眠確保ができない。
 目を凝らし、耳を澄ませ、太極拳さながらにゆっくり移動しながら、ゴッキー探しを継続。こういう時に限って出没しないのが悩ましい。
 これだけ探しても見当たらないということは、もう既に何処かの隙間から遠くへ行ってしまった可能性がある。撃退用ホウ酸団子を隅々に置いているので、そこから己の巣に欠片を持ち帰り、巣ごと崩壊させてくれることを祈る。
 ゴッキー探しを諦め、撃退用スプレーを下に置き、もう二度と出て来ないことを願いつつ、睡眠時間を確保するため、いつものルーティンで机の上の携帯用充電コードに手を伸ばす。
 と・・・・・・・・いた。目が合った!!!!!合った、合った!!!
 一生、この瞬間を忘れることはないだろう。目に焼き付いて、忘れるどころか、こういう時に視覚的な記憶力の強さを発揮するなんて。
 こんなことがあっていいのだろうか。こんなことはただの迷信だとか噂話だとか、それこそ適当な作り話が背ひれ尾ひれを付けて大きくなっただけだと思っていた。
 これは声をあげるべきか否か、それよりも現実か否かを検証するべきか。いや、正直もうそんな冷静な思考ができない状況であることはわかっている。思考も停止し、体も硬直。怖い、コワい、こわい!どうすれば、どうすれば!?
 こういう時、ココロの中でさえ声をあげられないのものなのだ、少なくとも自分は。

⦅おぅわー----------っ!!!!!⦆
 先に叫んだのはその物体だった。

 本当にこんなことがあるものなのだろうか。幻覚や妄想、思い込みでなく?
 もしそうだったとしても、今、それを真っ向から否定せねばならない状況にある。これは、自分が疲れ過ぎているが故の、もしくは、ただ眠気との境目で夢と現実が混在してしまっていると判断すべきなのか。
 ごちゃごちゃ考えてはいるが思考がまとまらず、もうそんな冷静な思考ができない状態。思考も停止し、体も硬直。何と表現すれば?コワい?恐怖?
 そう、恐怖だ。何かゴッキーより恐怖なんですけど!?いや、ゴッキーはゴッキーで恐怖であって、何か恐怖が違う。声もしたし!何と言うか、お化け屋敷の中を歩いている感じと言うか、ホラー映画の序章のところを観ているような?
 どちらにしてもこういう時、自分は声をあげて叫ぶことが出来ず固まってしまうらしい。
 あれは幽霊か?妖怪か?どこかからモモンガが飛んで来て潜んでいるとか、アライグマがどこからか入り込んで来て潜んでいるとか、そういうTVで見るような衝撃映像ではない気がする。
 幽霊だったらどうすればいい?妖怪だったら、バケモノだったらどうすればいい!?
⦅・・・・か・・・・ねん・・⦆
 んなっ!!!!!!!!!
 恐怖で鳥肌が立ち、体内が心臓から全体が冷却されていきながら皮膚からは変な汗が噴き出ている。体の中に鉄板が入っていて、一気に冷却されるような感じと言うか。
 やはり声がした、気のせいではない。恐怖でもう頭が回らない。体も動かない。動かない、動かない。戦慄を超えると固まってしまうらしい。
 が、自分の意思では体は動かせないが、筋肉はそんなことは関係なく、同じ姿勢に限界が来たようで、持っていた携帯が手から滑り落ちた。
 ガコっ!と椅子の淵に当たって床に落ちた。その音に危機感センサーが反応し、固まっていた体が動いた。なんということでしょう。
 マジでー-----------!?も、やだあ、壊れてないよね!?などと冷静に思う自分に、そんな余裕がどこにあったのかと驚く。
 椅子の元にしゃがみ込み、画面が割れていないか、正常に動くかを試す。画面も問題ナシ、正常にも動いている、安堵の溜息。
 も束の間。ベッドと机の間に何かが動いた。
 いー-----やー------っ!!!!!!!!!動いた、動いた、動いたっ!!!!!!!!やっぱ何かいる!!!!!!!!妖怪!?バケモノ!?あたしは霊感なんかないんだから、そんなモノ見えなくていいんだよー----!!!!!!!!!!
 思わずベッドの上に飛び乗った。もう自分でも何をしているのかよく分かっていない、状況把握ができない。
 ただ、恐怖がある一方である”怖いもの見たさ”。怖いクセに怖い話を聞いたり、TVでドラマになっている怖い話を観たり、そして寝られなくなる。夜一人でトイレに行けなくなる、鏡が見られなくなる、怖いから部屋の電気が消せなくなり、寝落ちするのを待つ羽目になる。とは言え、これらは自ら触れなければ済むこと。今は違う。
 自分の周りで、この部屋の中で、自分に何か異常なことが起こっている。怖いもの見たさというよりも、ゴッキーでなかったとしても、寝ている間に自分の身に何かトンデモナイことが起こる可能性があるのなら、今のうちに何とかしておかなければならない。
 意を決し、恐る恐るベッドと机の間が辛うじて見える程度に顔を位置づける。
 何も見えない。そこはやや暗いから当然なのだけれど、さっきはもっと近かったから何かが動いたのが見えたのか?
 もう少し、もう少しと顔を乗り出していくが、何も見えない。心臓は相変わらずバクバクいっているが、もう少し、もう少しと見る範囲が広がっている。但し、ベッドの上に限定する。何故なら、床に足を付け、もし相手がゴッキーで足の上でも這われたら、という鳥肌モノの被害を避けるためだ。
 何も見つからない間に心臓バクバクも少し落ち着いて来た。次第に諦めの気分が出てきて、暫し時間も経っていたので、携帯を見ながら壁にもたれ掛かった。何だか一気に疲れが来た。携帯は見るも気も漫ろ。焦点が合わず、何となくぼんやり。
 の、向こう側に何かが見えた。何か・・・
 え・・・?何・・・?
 出たー-------!!!!!!!出た!出た!出た!バケモノっ!バケモノっ!バケモノっ!!!!!!
 ⦅誰がバケモノやねん⦆
 ひゃーひゃー!ひゃー!何ー?なにー?ナニーーーーーー!?動いてるっ!動いてるっ!動いてるんだけどっ!!!!!
 しかも喋ってる!?ていうか、何故に関西弁!?いやいやいやいやいやいやいやいやいや、どうしよ、何コレ!?どうすんの、コレ!?夢であれ!夢であれ!夢であれー-------っ!!!!!

 今度こそ声を上げそうだったが、息を吸い込んだまま止まってしまった。
 目を見開いて口を開けて、傍から見たらかなり間抜けな顔だろう。今日はよく何処もかしこも固まるものだ、と後からなら言えるが、声も表情も体の動きも一瞬にして急速冷凍。ピシピシピシっと漫画みたいな音がする感覚。
 やっと息を吐くにも、何となく大きく息を吐いてはいけないような気がし、咄嗟に口を押えた。どうしてそうしたかは自分でも謎。
 これは夢だ、と言い切るにはリアル過ぎる。いる、目の前にいる。目の前に、この世の物と認識するにはあまりにも突拍子もなく、意味不明な物体が見えている。
 以前聞いて、想像して爆笑してしまった諺、”山の芋が鰻になる”が頭の中に現れる。まさかの山の芋・・・が鰻・・・
 自分がいる世界は一体何なのか。映画の中でもなく漫画でもなく、リアル・・・いや、人によってはこの世界が夢だと言う人もいる。
 どういうシステムでもってそう言うのかはよく知らないし、自分が”次元”なるものにそこまで興味を持っていないので、恐らく話されても分からないとは思うけれど。
 そして、人間というものが不思議なのか、若しくは自分がオカシな人間なのか、固まったまま動けないのが功を奏したのか、視覚的に目に映るモノに何となく慣れてきたような、冷静になってきたような気分になる。
 と、よく見るとこれは・・・世に言う”小さいオジサン”というやつなのでは?
 確か聞いた話では、ジャージを着ていたりスーツを着ていたり、禿げていたりいなかったり七三だったり、どこかの隙間で動くはずもない物を必死で押していたとか、ボーっと立っていたとか、よく分からない行動をしているという。言葉は発さず、ただそこにいる、と。
 今自分の目の前にいるのは・・・何かスカジャンにデニム、スニーカーで、ジャージでもなくスーツでもない。頭は禿げてもないし七三でもなく、無造作。
 何をしているかと言うと・・・何をしているのか皆目見当がつかない。激しくイミフな動きをしていて、説明のしようがない。そういう意味では”小さいオジサン”と言えるのか?
⦅オジサン!?失礼やな⦆
 う!
 もうはっきり言葉が聞こえる。そう、このオッサンは喋るのだ。喋るというか、聞こえるというか・・・
 聞いたことのある話では、小さいオジサンは喋らない。無言のハズなのだ。
 なのに、このオッサンは喋る。というか、実際喋っているというよりも、頭の中に声が響いているという感じ。おかしい。コレは”小さいオジサン”じゃないのか?妖怪・・・
⦅はあ?誰が妖怪やねん!⦆
 うわっ!
 目が慣れてきたとは言え、まだ本格的にこのシチュエーションに慣れるには時間が短か過ぎる。
 突然頭の中で声が響くような感覚、突如目の前で風船が割れるような、何と言うか、”肝を潰す”ってこういう感じか、というのを実感するような。とっても心臓に悪い。一体何がどうなってこの現象が目の前で起こっているのか。
 それに、聞いていた小さいオジサンは、哀愁が漂っていて、ある意味キモカワ的な要素を含んでいると聞いたハズなのに、哀愁なんか漂っていないしし、憎々しさやウザささえ感じる。何処がキモカワ!?
⦅憎々しいとかオマエに言われたないわ⦆
 うわ~~~~~ハッキリ聞こえるぅ~~~~~(冷や汗)
 さっきまで気のせいかと思うぐらいにしか聞こえなかったのに、何故に今はこんなにハッキリ聞こえるのか。しかも自分は何も喋っていない。のに、自分が思ったことに反応するということは・・・テレパシーで会話のできる宇宙人とか?
 こんな人間を縮小したような、スカジャン着たのが宇宙人?しかも、日本語な上に関西弁。
 と考えると宇宙人なワケがない。もし、地球よりも遥かに全てが発達している星があったとして、百歩譲ってテレパシーだとかで自分に話かけるとしたら、それはこちらが普段使用している言語で、然も標準的なのを使うのではないか、と思う。英語なら英語、ドイツ語ならドイツ語、タガログ語ならタガログ語で、しかも標準的な言葉を用いるのではないか、と考えると宇宙人とは考え難い。
 自分の脳が勝手に生み出している幻覚と幻聴?
 いや、自分の周りには関西弁を喋る人がいないし、TVに出る芸人さんなどを見ているぐらいでは、態々自分の思考に関西弁なぞで一々反論できるワケがない。
⦅ゴチャゴチャ煩いなあ。宇宙人ちゃうっちゅーねん⦆
 いー---やー-----!違う!自分じゃこんなイントネーションで返すなんて不可能だ。では一体この物体は・・・
「あ!いたたたたたたた!ちょっ!なっ!」
 頭皮に激痛が走り、痛みの部分を両手で押える。
 何今の!?まさか・・・
⦅その、ま・さ・か。てへっ⦆
「”てへ”じゃねーわ!何すんのよ!」
⦅しょ~もないことゴチャゴチャ煩いねん。早よ寝れ⦆
「はあ~?はあ~?はあ~!?妖怪だか幽霊だかが目の前にいて、寝れるワ
 ケないじゃない、バカじゃないの!?」
 恐怖に苛まれつつも、思わず返答してしまった。
⦅人のせいにすんなや⦆
 うわ~,もうマジで何をどうしていいかわからない(泣)
 姿が見えない。何処へ消えたのか分からないが、声はする。声に方向がないから、何処を探せばいいか分からない。というか、消えるならサッサと消えて欲しい。
 と同時に、腹立たしさも。どうやら髪を束で引っ張られたらしく、その頭皮部分がジンジンと痛む。禿げたらどうしてくれる!?
 目を凝らしてあちこち探すが、見つけられない。見つからないと余計に苛立ちが増す。が、一方で”消えてくれ”と思っている。
 てゆーか、人の髪引っ張るとか有り得ないんだけど!何なの!?
⦅オマエが煩いからや~ん⦆
 ・・・まだいる~~~~~(泣)
 このオッサン、”煩い”と言うが、こちらは別に殆ど喋ってはいない。勝手に聞こえておいて”煩い”と言われても、こっちはそんなの知ったことではない。
 ”煩い”と言うなら自分でOFFにすればいい。こっちと違って、幽霊だか妖怪だか知らないが人間ではないのだから、消えてくれればいいだけのこと。
⦅幽霊も妖怪もちゃうわ。アホけ。大体なあ、ワシは前からおったしやな、
 オマエが勝手にワシが見えたとかなんか言うとるとか言い始めたんやん
 け。困るわ~⦆
 も~、なんなの!?
⦅ワシはず~~~~~~~っと昔からここに住んでんねや⦆
 ・・・ここ?ずっと?は?
 視界に動くものが入って来たのでそっちに目をやると、入り口の傍にある、お父さんが作った椅子の肘掛を滑り台にして滑っているオッサンがいる。
 ずっといるって・・・はあああああああああああ!?何、着替えとかまで
見られてるってこと!?最悪!何、このヘンタイじじい!!!!!!
 心の中で悪態を吐きつつ、椅子の方を更に凝視。見えない。
 恐る恐る枕を手に取り、椅子の方に投げてみる。いるのかいないのかさえ分からない物体なのだから当たるはずもなく、当たった勢いで椅子は後ろの壁に当たり、枕は椅子の横に空しく横たわっている。その上を、ヘンな動きで踊っているオッサンがいる。
 と、部屋の扉をノックする音。
「すばる、こんな遅い時間に何やってんの!?」
「え!?なんでもない!物がちょっと落ちただけ」
「ならいいけど。下に響くから」
 思いの外、枕が、椅子が壁に当たった音が大きかったらしい。母親が確認にやって来た。スリッパの音が遠ざかる。
 部屋を閉めている時に、母親のスリッパが近づく音が嫌い、ノックされるのが嫌い。今はスリッパの音が近づくことさえ気づけなかったから、ノックの音で一瞬心臓が縮こまる。恐怖の条件反射。
 もうクセになっていているから、それを出来るだけ避けたいのに、クソオヤジめ!
 既に枕の上にはオッサンはおらず、大きい溜息を吐きながら枕を拾い上げ、元の場所に置く。そして枕に顔を押し付ける。
「何なんだよ一体!何なんだー--------っ!!!!!」
 苛苛、憤怒。絶叫。枕を押し付けないと叫べない悲しさと苛立ち。
 再度大きなため息を吐くと、ドッと押し寄せる疲労感。
 どうしよう、また出てきたら・・・この部屋で過ごすのヤバくない!?どうしよう・・・あ・・・
「ちょっと・・・つけまとアイライナー、あんたのせいよねえ。何であんた
 にあんなことされなきゃいけないワケ!?」
 そう、コイツしかいない。今、怖さを超えて怒りがやってきた。自分、情緒不安定か。
 再びお母さんが来たら困るので、出来るだけ小声で。
 後で考えると、どうせ自分の思っていることはあのクソオヤジに聞こえているのだから、別に声に出さなくても良かったとは思うが、出さずにはいられない、can't stop ~ingだ。
⦅そら~・・・⦆
 空?は?何を言っているのか。
⦅そら~オマ、オモロイからやんw⦆
 はああああああああああああああああああ!?く~~~~~~~~!!
叫びたい、叫びたい、叫びたい!!どうして今が夜なのか!?どうして一軒家じゃないんだ!?どうして防音設備がついてないんだ!!!!!!!!!
 この時、恐らく自分は髪を振り乱し、差し詰め”阿修羅”か”メデューサ” か、といった様相だったのではないだろうか。
 どちらかというと腹が立っても苛立っても、表に出せず飲み込んでしまうクセがある。のにも関わらずだ。
 何と言ってもここは自分の部屋。戦闘服を来ていないパジャマの状態。気も抜けまくっているが故、自分の部屋の中で怒り爆発すれば、それはそのまま表に出てきていても仕方がない。ただ、ただ、少しだけ理性が残っているがため、抑制する分余計に苛立つ。
 オモロイ?そんな理由?そんな理由で買ったモノを壊すワケ?人のモノ勝手に壊すとか有り得なくないですか?器物損壊ですよね?タダじゃないですけど?お金が無駄になっているんですけど?
 何故にこんなワケの分からない物体に、自分の生活の邪魔されないといけないのだ?
 結局、気が付いたら寝落ちしていて朝になり、当然買ったばかりのアイライナーは見つからず、中で芯がボキボキに折れたアイライナーでは引けず、アイプチも付けまつ毛も見つからない。
 ということで、ある意味スッピンで学校へ行き・・・家で再びオッサンとバトルを繰り返す、が暫し続き・・・諦めたのだった。
 この時はもう既に”怖い”よりも、ただの腹立たしいネズミが家に潜んでいるぐらいにしか思わなくなっていた自分がいる。
「最近すばる、メイクして来なくなったね」
 琴乃さん、そこスルーしてくれていいよ。
「うん、部活とか塾行ったりで疲れちゃって、朝ギリギリしか起きられなく
 って」
 じゃねーよ、ちげーよ、そーじゃねーんだよ、ちげーんだよ、って口も悪くなっちゃうよ(泣)
「すばるの切れ長奥二重、カッコいいからそのままで全然いいよぉ」
 琴乃さん、私はあなたの二重パッチリきゅるるんまる~い色素薄いお目めに憧れるんですよ(泣)
「あたしの埋没、林間で見たじゃん?すばるなんてメイクしなくても奥二重
 のカッコいい系だから、あたしゃ羨ましいよ」
 ここでま〇子ちゃんですかwwwww
「カッコいいと思うけどね~」
 超エキゾチックセクシーの千華に言われてもピンと来ませんけど~(泣)

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