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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の10 #4

「すばる様、中へどうぞ」
 思いがけずの浅倉さん!
 半分ド緊張、半分”ネタ拾いじゃ”と思いながら、扉がドラマのようにゆ~っくり開き、ドライアイスで施された白い水の煙がもくもくと広がり、そして現れるラスボス!というような光景を想像していたので、そこに柔和な浅倉さんが表れ、漫画で言うところの”コケっ!”という状況。
 お手伝いさんと思われる女性が浅倉さんに会釈をして去って行き、浅倉さんから再度”どうぞ”と入室を促され、ひょこひょこと頭を小さい会釈をしながら部屋に足を踏み入れる。
 これは・・・応接間ってやつ?
 ソファはブラウンの、恐らく皮で重厚な感じ。でも何だか少しカワイイ感じ?というのも、全体的に丸っこいフォルムで、肘掛けのところは前から見ると羊の角みたいにクルンとなっている。
 ソファもテーブルも高そうだけど、上の照明も、大地震が起きて落ちてきたら、床、じゃなくてテーブルに刺さりそうな・・・近くにある本棚も重厚な感じな上に、見える本の背表紙のタイトルを見ても小難しそう。絵画も高いのかな~、高いんだろうな~・・・でもって、当然のようにピアノがあるし、本当に使ってんかよ⁉といつも思う暖炉的な物まであり。車同様、汚したらクリーニングに幾ら掛かるんだろう?な絨毯。何だ、この”金持ちです”と言わんばかりの感じは。
 本当にお母さんと血が繋がってるのか?何か騙されてるんじゃないのか?と言っても、騙されて吸い上げられるようなお金はうちにはないし・・・いや、本当に血が繋がっていて、誰か白血病とか体のどこかが悪くて、骨髄とか内臓提供してくれとか、そんな話⁉いや~、以前骨髄バンクに登録しようかなと考えた時にネットで調べたら、抜き取る時も痛いし、後から後遺症とか病気になった人がいるというリスクを読んでやめたし、内臓は流石に・・・医療ドラマとか漫画読む限りでは、まあ、お母さんとお父さんになら肝臓の部分とか腎臓片方とかは覚悟できるけど、おじいちゃんとかその家族なんて見知らぬ人に言われても無理。仮におじいちゃんがお母さんに懇願しても、こっちは絶対拒否るな。お母さんとお父さんのどちらに倒れられても、こっちはまだ未成年。困るんだよ。
「すばる様、すばる様?」
「え?あ、はい」
「こちらにお掛けになってお待ちください」
「は、はい!」
 おっと、また上ずった(汗)いろいろ考え過ぎて、声に気付かなかった。
 恐る恐る浅めにソファーに座ると、思いのほか柔らかくバランスを崩しそうになり、何とか立て直す。自分が思うよりも、以外な所で案外体幹は悪くないことを知る。
 サササッとソファを手で撫でてみる。高級な皮という物はこういうものなのか、と普段合皮しか触ったことがない凡人は違いを実感。
 テーブルの木は、見ても高級かそうでないかは全く分からないが、手彫りっぽい模様が側面に施されており、こちらのテーブルも脚がの先がクルンとまでしてないものの、鹿の後ろ脚みたいな感じとでも表現すれば良いのか、自分の語彙力の無さに落胆。
 コトバ通りソワソワしていると戸をノックする音が聞こえ、ラスボス登場の音楽が頭に流れ、ドキドキを抑えようと”大丈夫、大丈夫”と言い聞かせて”はい”と返事をする。
 と、入って来たのは、先程のお手伝いさんと思われる女性。再度、ガクっとするというかホッとするというかで、自分はヘンな作り笑いだったに違いないが、その女性はこちらに笑みを向けて”どうぞ”とお茶を出してくれた。
 ガラスの湯のみに、キレイな黄緑色のお茶。これまたキレイな、竹で編んだ的な茶托に乗っていて、また思うのは”高そうだな~(汗)”。もし手が滑って割れでもしたら、弁償に幾ら掛かるか、縦にしても横にしても自分に払える算段は困難なことは明白。
 冷たいのは飲みたいけど、とりあえず持って来たペットボトルの水飲もう。喉は乾いているワケだし、ああ、何て手軽なペットボトル。ペットボトル万歳!
⦅ヘタレやな~w⦆
 え⁉
 同じ”椅子”というところで、似たようなオッサンがいるのかと思い周囲を見渡すが、居るはずもなく。恐らく、傍から見ると、只の落ち着かない残念なJK。
 幻聴⁉え、あたしヤバいかも⁉どうしよう、脳みそがオッサンに侵食されていくとかあるの?或いは、ヤツは実はバクテリアか何かの一種で、脳を侵食していくトンデモナイ地球外生物とか・・・もしかして実は自分、脳の病気とか⁉脳の病気だからあのオッサンが見えているとか⁉自分は自分、めちゃくちゃヤバいんじゃ・・・
 悶々とあれこれ考えていると扉をノックする音がし、”はい”と返事をしつつも自分が脳の病気かもしれないという考えに翻弄され、先程とは違う意味で心が落ち着かない。
 扉が開くと、今度こそラスボス・・・ではなく、祖父と思しき男性が入って来て、驚いて反射的に立ち上がり、その際にテーブルで片方の膝を打ち付けてしまう。
「いった!」
 やっば、いった、マジで最悪ー----!
「大丈夫か?」
「え、あ、はあ、大丈夫ですぅ」
 それよりも、今の衝撃でお茶が零れなかったかの方が心配。こんな高級だらけの中で、何かを汚すとかヤバいから!
 チラっとテーブルの上を見ると、ビクともしていない様子のガラスの湯のみ。どうやらテーブル自体が結構重量があったようで、自分が少し当たったぐらいでは大して影響はなかったようで、胸を撫で下ろす。
 おじいちゃんと思しき、半袖の紺のポロシャツにフルレングスのベージュのパンツを身に着けた男性が近付いて来る。
 わ~、何か貫禄・・・
「あ、あのっ!森北すばるです!」
 思い出したように深々とお辞儀をする。どのタイミングで頭を上げたら良いのかが分からず、何となく深々。
「いや、よく来てくれたね。まま、頭を上げて、まずは座りなさい」
 一旦顔だけ挙げて祖父らしき人の様子を伺い、それからゆっくり上半身を起こし、”失礼しま~す・・・”と言いながら、再びヒョコヒョコと小さい会釈を繰り返しつつ、ゆっくりとソファに腰掛ける。流石に、転がらないように先程学習したことを実行。
 祖父と思しき人がソファに座り、トートバッグを抱えたまま座っていたので横に置くよう促され、リラックスするよう促される。トートバッグは取り合えず横に置いたものの、こんなアウェイな空間で、臓器提供の可能性もまだ捨て切れない中リラックスなどできる訳がない。
「飯泉康清です。今日はよく来てくれたね」
「あ、いえ・・・」
 あ~・・・顔・・・やっぱりお母さんと似てる・・・お母さんがこれぐらいの年齢になると、こんな感じになるよね、というのが簡単に想像つくわ。けど、何だろう?似てるのに、なんっか似てるのに、親近感が沸かな~い(汗)これ、自分がオカシイの⁉TVで生まれてから一度も会った記憶のない親を探して会えた人たちの感動の対面を見たことあるけど、感極まって即効泣きだして、近寄ってすぐ抱き合って泣いて泣いての感動物だったけど、お母さんに似た人が目の前にいて、頭が小さくパニック起こしている、という感覚。自分、感情が欠如してる?????
「すばる・・・ちゃんでいいのかな?」
「あ、はい・・・」
 何だかムズ痒い。
「突然のことで驚いただろうね。申し訳ない」
「あ、いえ・・・」
 驚いたどころか、未だに何かのドッキリかと思う一方で、有名人でもない自分に仕掛けても仕方ないので”違うのは分かっとるわー!”と一人ツッコミをしていたりと、頭の中は石焼ビビンバを混ぜている途中ぐらいの乱れ具合。それと同時に、祖父と思しき・・・でなく、おじいちゃんに頭を下げられ、それに驚いた。こういう人でも頭下げるんだ、と。
 偏見かもしれないが、この類の仕事の人は謝ったり頭を下げたりしないものと思っていたので怯む。
「お母さんの体調はいかがかな?」
「え~っと、今はあの~、殆ど入院前の生活に戻ってる感じという
 か・・・」
「それは良かった」
 やっぱり違和感、違和感。やっぱお母さんに似てるけど、似てるけど、似てるけど”親戚”感覚がない。激しい違和感・・・
「○○高校だったね。あの辺の公立じゃ一番いい学校だ」
「あ、いや~、はは・・・」
 おっほ~、まあ学校も調べ済だよね~、そりゃそうだ。しかし、どうやって突き止めるんだろうな~。探偵を雇う?それとも、秘書さんとかが調べ回る?分からないけど、どこからか情報入手する方法があるんだろうなと思うと、コワい話だよね、実際。
「何の教科が得意なのかな?」
「え~っと、英語、かな?数学も好きですけど」
「お、スゴイな」
「歴史とかはどうかな?」
「ん~、嫌いじゃないです。TVで歴史関係のをやってると、興味はあるので
 観ます」
 世界史はあんまし興味ないけど、CUに関係ある国の情報は結構収集してるけどねw
 再び部屋の扉をノックする音がし、おじいちゃんが”何だ”と言うと、ドアが開き、お手伝いさんと思われる人が再び何かを運んで来た。
 ”何だ”って返事するのか。横柄と言うのか、当主ってこんなものなのか、こういう人々の感覚、わっかんないわ~。
 また別のお茶と、竹フォークを乗せた菓子器が前に置かれ、テーブルの真ん中に黒い、紙で出来ているにも関わらず重厚に見える箱が置かれ、そのお手伝いさんによって蓋が開けられる。
「ぅわ~~~~~!!」
 思わず声を上げてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
「いやいや、いいんだよ、ここのは本当にキレイなんだ。美味しさも折り紙
 付きだよ」
 何これ、何コレ、何是~~~~~!キレイ過ぎでしょ~~~~~、圧巻。
 見たことのない、とてつもなくキレイな和菓子がズラっと並んでおり、まだ暑い季節ではあるものの、この黒い箱の中は完璧に秋の匂い。見る限り、練りきり、上用、外郎、きんとんまでは分かるが、それ以上のものが何で出来ているか全く分からない。職人さんの技、スゴっ!
「好きな物を選びなさい」
「え?あ、はい。え~っと・・・あ、あの、写真、撮ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
 うわ~、マジでどうしよう、こういうの選ぶの苦手~。どれも美味しそう、どうしよ~。あ~、蓋開けたままじゃ乾燥しちゃうから、早く選ばないきゃだけど、12個って選択肢多くな~い⁉
 結局、“えいや!”で指を指したのは、とっても美しい若草色の練りきり。 お手伝いさんが箸で菓子器に移してくれて、お祖父ちゃんには何も聞かず、オレンジと黄色のグラデーションがキレイなきんとん。恐らく、おじいちゃんはこれが一番好きで、お手伝いさんは聞かずとも知っているということか。
 暫くその和菓子を、”へ~”とばかりに上から横から眺める。一つ一つ手作りだろうし、本当にこんなにキレイにどうやって仕上げるのか。
 ふと視線を感じ頭を上げると、微笑ましくこちらを見ているおじいちゃん。
「あ、あはは~、キレイですね~」
「だろ~。他のも食べていいからね」
「え?あ、はい」
 や~、全部食べられるワケないんだから、全部持って帰りたいわ~。って、しかもあたし如きに蓋付きの湯飲み。これ、面倒なんだよな~ 泣 え~っと、間違えないように、間違えないように・・・蓋摘まんで両手で開けて、ここに掛けて・・・っと・・・OK!完璧!取り敢えずはお茶から・・・
 小声で“いただきます”と言ってから湯飲みを口に運び、音を立てないようにゆっくりと、空気と一緒にお茶を口に吸い込む。驚くほど飲みやすい温度。お手伝いさんというのは、ここまでプロフェッショナルなのか。自分には務まらない。
 湯飲みを茶托に置き、オーラを発している和菓子の乗った菓子器を持ち上げ、再び上から横から眺め、“食べるのがもったいない”と思いつつ、意を決して竹フォークで和菓子を適度な大きさに切り口に運ぶ。中の白餡と、周りのつるっとした感触と甘酸っぱさが相俟って、何とも表現し難い味と香りが口の中に広がる。
 うっわああ~、おいっしぃ~~~~~!!え?え?今までも練りきりは食べたことあるけど、何が違うの?何、このスーッと解ける感じ?????
「美味しいでしょう?」
「ふぁい、おいひいでふ」
 は、しまった!
 口に入れたまま喋ることは母親に口が酸っぱくなる程注意をされて来たので、高校に入って行動範囲が広がり、自分で選んで店に入る、そういう機会が増えるに連れ、友人も周りの女子も、“おいひ~”をやっているのを見て驚いた。
 次第に、釣られて自分もするようになってしまったが、お母さんや年長者の前ではしない、そう決めていたのに、余りの美味しさに思わず“やってしまった!”のだ。
 菓子器をテーブルに置き、お茶で口をスッキリさせて湯飲みを置いてから、“すいません”と申し訳なさそうにヘコヘコと頭を下げる。
「キミのお母さんはちゃんとしているんだな」
「へ?」
「いや~、私は男兄弟な上に、子ども2人も男、その孫達も男の子だから、
 勿論、息子も孫も可愛いが、女の子ってどんなものかと思っていたが、こ
 んな感じなんだな」
 男だらけ・・・いや、お嫁さんは女性じゃん?・・・あ、お嫁さんは成人か。ん~~~~~、きょうだいも子どももいないから分かんない。
「お母さんは料理は上手かな?」
「え?あ~、フツー?なんじゃないですかね~?」
 何を持って”上手”というのか分からない。普段からそれをフツーに食べているし、レストランや専門店やデパートのお店なんかと比べたら上手ではないかもしれないし、そこは何とも・・・
「サキコさん・・・キミのおばあちゃんだね。料理が上手だったんだ」
「へぇ~・・・」
 おばあちゃんの料理が上手?食べた記憶ないな~。自分のおばあちゃんの記憶なんて、怒鳴ってるとか文句言ってるのしかない。
「あの・・・おばあちゃんとは・・・」
 ゲ、いろいろ聞きたいことはあるのに、いきなりそこ言っちゃう?自分がバカ過ぎて萎えるわ~。もっと何というか、場が和んでからとか、もっと打ち解けてからとかあるだろ~。
 とは言っても、柔和な笑顔より圧のほうがスゴイというか、空気感が堂々とし過ぎてて、聞かれたことには脳の引き出しを引っ張り出せば答えられるが、こちらから何か聞くとなると、引き出しを押さえつけられているような感覚。そしてやっと出た言葉がそれかい!なワケで。ここにオッサンがいたら、恐らく、いや絶対ボロクソに言われてる。いや、帰ったら山ほどツッコまれるな。
「そうだね、突然“私がおじいちゃんです”なんて言っても、ただの怪しい老
 人が何を言っているんだろう?だな」
 “老人”と呼ぶにはかなり、何と言うか、シャキッとしてると言うか、貫禄半端ないって言うか・・・ではあるけど、お母さんに顔だけ似てるだけじゃ何とも・・・世の中には自分に似た人が3人はいるとか、ドッペルゲンガーなどというのもあるワケで・・・

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