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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の6

 CUのライブツアーも大詰めで、あとオーラスを含む東京二日間のみ。
 ツアーが始まってから、各地のレポをつぶさにあげてくれるものを読み、想像力を駆使してその光景を思い浮かべ、一人勝手に部屋の中でキャーキャーきゅんきゅん。
 当然のことながらオッサンが邪魔をしてきたが、そんなことは苦にならず、それよりも何よりも、全てのライブを直接見ることができないことを口惜しく思いながら、一方でレポをあげてくれるファンの方々に感謝をしつつ、日々の生活をこなしながら、参戦できる日を首を長く、長く、激しく長くして待った。
 そして、幸いにもチケットを得るだけでなく、日常的な生活の中にこの大大大イベントを何とか組み込むことができ、しっかりお小遣いの節約もして準備万端で迎えた二日間。
 授業を終えてから急いで会場までやって来る、なんてことはしなくても済むし、遅れて入場する悔しさを感じる必要もない。流石に、会場限定グッズ購入のために前日夜から並ぶ、なんてことはお母さんから許可が得られるワケはなく、そこで初めから闘うことはせず、ここは取り敢えずライブ参戦の許可が出ただけOKとした。
 折角ライブに参戦できるのだから、宴は楽しい気持ちでいたい。
 地元からドームに向かって行くと、次第に同士と思われる人が増え、最後のほうはもう電車の中はファン、ファン、ファン、ファンの山。殆どツアー電車。
 そうでない乗客の方々にとってはちょっと迷惑かも、と少し申し訳なく思いつつも、ファンが次々増えていくのが何だかとてつもなく嬉しい。
「わ~、もうドームにすんごい列!」
「え、ホント?」
 Mutterで回って来た、限定グッズをゲットするために出来上がった長蛇の列を、ホテル泊の人が部屋から撮ったと見られる画像を、りーちゃんと頭を付き合わせて覗き込むようにして眺める。
「ホントだ~、すごいね~」
「販売、早まるかな?」
「ん~、どこの会場も何だか30分ぐらい早めに始まってるもんね」
「並ぶ前提で来たけどさ、今電車降りたら寒いよね~。防寒対策して来たけ
 どさ、やっぱ寒いのは寒いよね~。気合入れなきゃ。グッズ買ったら、ど
 こか温かい所行こう」
「あ、それなんだけどね・・・」
「あ、着いた!よっしゃ、気合~」
 ゾロゾロと波に乗って流れるように電車を降り、ふと車内を見ると数名しか乗客がいない。心の中で”お騒がせしました”と呟く。
 予想通り30分早くグッズ販売が始まり、早々に限定グッズは売り切れ、大人しく順番が来るのを待つ。
 この時ドキドキするのが、ネットではなく会場でしか買えないグッズで、自分が欲しいと思っている物が無くならないか否か。グッズ販売のところにあるグッズのラインナップ写真の上に[SOLD OUT]のステッカーが貼られた時の脱力感。
 少ない資金の中から、グッズ販売の告知メールを見て買いたいものを厳選し、”これだけは!”と思う物だけを狙っていくワケだが、お姉様方が次々手に山盛りグッズを抱え、ほくほく顔で通り過ぎて行くのを恨めしく眺めたりしてしまうワケで。あれは、グッズの端から端まで網羅しているのではないだろうか。
 ところが、いくらファンであっても、お金があっても全部は買わないだろう自分。
 いつもグッズのアイデアやデザインをしているのが誰かは分からないけれど、仮にCUの二人が出したモノであっても、使わなさ過ぎるモノ、あまりにも好みからかけ離れているモノは、自分で収入を得てグッズを全部買えるようになっても、きっと買わない。
 そう思うと、全部買えるお姉様方に比べると、CUへの愛が足りないということなのだろうか?
 いや、今でもCUへの愛は山盛り。負けてない。グッズを全部買うか否かで愛の量は測れない。
 お金は・・・きっと両親がお金で揉めていたことがあるのが原因なんだろうと思う。
 いつもどこか飢餓感というか、お金がなくなる不安が頭の片隅にあり、何かにつけて安いほう、安いほうを選んでしまうクセがある。悪いことではないと思ってはいるが、何となくいつも我慢しているような、人を羨ましがってしまう自分がいて、その自分自体は好きではない。
 そして、成長するにつれ、”安物買いの銭失い”などというコトバを知ることもあり、何が正解かよく分からなくなっている。
 とは言え、どうしても欲しいモノを諦めてしまった後、自分で”買わなくて良かった”と言い聞かせるのには限界のあるモノもあり、逆に、躊躇して勢いで手に入れたけど、満足したモノもあった。また、節約のために時間を費やし過ぎ、結局それ以外何もできなかった時、何となく虚しさを感じた時もあった。
 考えることは必要だが、我慢し過ぎて楽しみや喜びを経験しなさ過ぎるのも自分の世界を狭めてしまうのではないか、と思うようにもなった。その理由は多分、CUに出会ったこと、そしてきょうだいのように慕っている、裕子さんとこの航くんや杏ちゃんだ。

 航くんは大学生の時、夏休みに友だち二人でそれぞれバイト代の10万円を持って、当てもなく海外に旅に出た。自分にしたら”10万円”は超超超大金。それを全部使っちゃうの!?と思ったけど、周りはそれよりも安全性の心配をしていた。その時、何か自分が悲しくなった。
 航くんは、往復の航空チケットは取ったけど、基本的にはアナログに旅したいとのことで、画像は携帯で撮っていたらしいが、出来るだけ携帯、クレカは使用しない、宿も決めず赴くままに、で行ったそう。同じ感覚で旅行できる友だちがいることもだが、裕子さんもおじさんも、よくそんな旅に送り出したなと。
 携帯一つで世界と繋がれるこの時代に、わざわざそんな・・・思ったけれど、航くん曰く、英語は喋れるし、空港に行けば英語が通じるし、最終どうにもならなくなったら文明の利器を使う、ということらしい。
 その一部で自分にとって衝撃的だったのが、空手黒帯の航くんと友だちは狙って道着を持って行っていたらしく、お金が半分になったところで空手パフォーマンスをしてお金を稼いだそう。
 目の前で空手を見ることの少ないところでは、”ニンジャ”といって喜ばれ、ご飯を食べさせてもらったりもしたのだと。どうしてどこへ行っても”ニンジャ”なのかは不思議だけど。
 あとは、名前を漢字にしてあげてお金もらったとか(それはいいのか?笑)、けん玉パフォーマンスしたとか、お友達が趣味の簡単な手品をしたとか、もう何だかパフォーマンスしに行ったのか?と思うモノもあった。
 そのほか、農作業や収穫、お掃除の手伝いなどもし、ナンダカンダで何とか現地でお金を調達し、幾つかの国を訪れたそう。
 話を聞くと結局10万円では足りなかったワケで、偶々身ぐるみ剝がされるような目に遭わなかったからやっていけたワケで、無事に帰国したからこそ言えることではあるが、10万円がビックリするほどの経験を齎したということだ。
 裕子さんのところに航くんが来た時に話を聞き、ブログにでもあげたらイイネ!稼げそうだな、と思うような面白過ぎる内容だった。とは言え、航くんは”ブログとかだるい””友だちと楽しく過ごせたらそれでヨシ”タイプで、何かの折にその話をする程度。
 一方、友人はしっかり携帯に打ち残していたそうで、ブログはやってはいなかったので、帰国後、画像と共にMutterにあげていた。またその画像がなかなか楽しいモノで、しかもその友人のコメントの書き方も秀逸。そこに航くんが返信したりしており、そのやり取りを見るだけでも十分楽しさが伝わる。やっぱり語彙が多くて賢い人たちはコトバのチョイスが違う。
 きっとこの人たちは、承認欲求なんかよりも、楽しかったことを友人、知人に共有しよう、ぐらいの程度なのだろうと思う。何だか、承認欲求の薄さを羨ましい。
 その経験談は何処へ行ってもネタになり、航くんという人を覚えてもらえたという。きっと、航くんに話術があって、面白おかしく話せるからだろうとも思うが、お金を払ってでも得られた実体験があってこそ。
 杏ちゃんも、小学生の頃から裕子さんの影響を受けてか海外志向が強く、小学生からのお年玉などを貯めていき、高校で交換留学制度を使って1年カナダに行き、その時に貯めていたお金も使ったそう。そうして今、カナダの大学に通い、自分の思いを遂げていっている。
 湯水のように使うのはどうかと思うが、考えた挙句の”自分への投資”に対し、自分自身もそれに合わせた行動が取れれば、それが実を結ばなくても、やらずに後悔するよりやって後悔、にはなるのではないかと、最近頭では思うようになった。まだ感情がついていかず、葛藤の多い日々ではあるが。
 
「あ、今日、”ゆんgood(ゆんぐー)”さんも”ナンミ”さんも参戦してるんだ
 よね?直で見れたらいいな~」
「見つかるといいけど、この広さだしね。まあ時間あるし、誰かがMutterに
 あげてくれるよ。目立つし、絶対!」
 本人たちではないが、ツアー衣装に近くクオリティの高いコスプレで参戦するファンは注目を浴びる。不思議なことではあるが、本人たちではないのに写真を撮りたくなるし、かなり撮られて画像が上がって来る。
 あれは何だろう?顔は似ていないし、そのコスプレは女性であることもあるが、何故だろう?画像見るとテンション上がるし、会ってみたいとも思う。自分ができないことをやって除けることのリスペクトか、一体何なんだろう。とにかく批判が上がって来ることはなく、基本的には賛辞だ。
「そうだね~。遭遇できるといいなあ」
「探さなくていいの?」
「うん、たまたま見つけられたらいいなって」
 りーちゃんはガツガツしていない。いつも”~たらいいな~”スタンスで、でも結局希望が叶っているような気がする。強く願えば叶う、と誰かが言っていたような気がするが、強く願う自分の願いはあまり叶っているような気がしない。それはもう”運”なのではないのか?と最近思うJKすばる。
 その理由は、やはりCUのチケット争奪戦の影響が大きい気がする。願っても神席に当たらないファンが数多いる中、複数回当たるファンがいる。これはもう、念の強さではなくただの”運”としか思えなくなってきている。が、それでも”そうではないと信じたい”と、一縷の望みをかけてエントリーするワケで。
 一生懸命のファンを見て、神はどう思っているのだろう、と呟いてみたりもする。
「今回のゆんぐーさんのって今回のツアー衣装じゃん?それって初日か最初
 の方に参戦して、速攻作ったった事だよね。しかもあれって自作でしょ?
 スゴイな~」
「スゴイよね。ライブ見て、画像見て、型紙起こすところから始めるんだも
 んね」
「う~ん、型紙なんて最初からあるものしか使ったことないわ。スゴっ」
 ゆんぐーさんとナンミさんのコスプレ画像を、拡大したり、違うアングルの画像を見たりしながら仕事の細かさなどに感心。暫し寒さを忘れられるぐらいにアドレナリン分泌増。尊い。
「そう言えば、乙藤君のね」
「ん?・・・乙?」
 どうもこの名前を聞くと、ストレスで脳が委縮する気がする。とは言え、明日は乙が当てたチケットで参戦するワケで、非常に葛藤が大きい。が、りーちゃんはこちらの乙への感情を知らないので、通常運転で話が出てくる。
「乙藤君たちの衣装ね、ファンのお姉さまたちがが作ってくれてるんだっ
 て」
「はい?」
「乙藤君がね、作業途中を呟いている人にリプライしてたの」
「へ、へ~~~~~~」
 ほっほっほっほ~、何様じゃ。
「うん、何か一昨年に、衣装を真似て作りたいから、誰か裁断から教えて欲
 しいって呟いたら、作ってあげるって返事が来たらしいの」
「え、何、自分で作るつもりだったの?てゆーか、作れるの?????アイ
 ツが?????」
 あ、しまった、”アイツ”とかりーちゃんの前で言っちゃった。気を付けなきゃ。
「別に裁縫キライじゃないから、やってみようと思ったんだって」
「はあ~・・・・ふぅ~ん・・・」
 てゆ~か、何でCUたちのコスプレしたいとか思うんだよ、ヤメてくれよ、オイ。
「てゆーか、りーちゃん、何でそんなこと知ってんの?」
「え?チケット貰いに行った時に、ちょっと話したから」
「あ、そーか。てゆーか、よく乙に話し掛けたね~。何か冷たそうじゃな
 い?」
 いや、りーちゃんだけに行かせてゴメンね。アイツ、苦手なんだよ、マジで、うん。
「ん~、淡々としてるけど、そんな冷たい感じでもなかったよ」
「そうなんだ~」
 いやいやいやいや、同じ学校とは言え、喋ったこともない女子に、あーんな言い方するんだぞ。りーちゃん、目を覚ませ!
 本屋での出来事を思い出し、忌々しそうな表情で掘り起こしてしまった記憶を振り払うように、両手を頭の周りでバタバタさせる。
「すーちゃん、どうしたの?」
「え?あ、何でもない、Wi-Fi飛んでてw」
 すいません、無断でネタ使用しました、メイ金様。何とか誤魔化せたかな~ (汗)しかし、何でアイツなんかに衣装作ってくれる人なんかいるんだよ!?
「あ、今から販売始まるみたいだよ~、動き出した」
「え?え?え?」
 一人、心の中で宏介に悪態を吐いている間に、グッズ販売時間の前倒しのアナウンスが遠くに聞こえ、周囲も慌しく移動の用意を始める。
 ゆっくりと、ぞろぞろと、会場限定グッズが購入可と思しき辺りは悠々と、購入が怪しい辺りは列から顔を頻繁に覗かせハラハラしながら、それ以降は既に会場限定は諦めるも、これまでの会場で即座に売り切れた人気グッズは流石にレーベルも多めに準備してあるだろうと、根拠のなく願いながら列は少しずつ消化されていく。
 売り切れが出ても「え~~~~~~!!」、「何でもっと用意してたら売れるのに、そんだけしか用意してないのぉ!?」と口々に文句を言いながらも、主催するレーベルに対して忌々しく思いつつも、だからと言って現地スタッフに激しく詰め寄り罵倒することもなく、諦めて列を崩さず並び続ける姿は、諸外国から良くは「称賛されるべき」と称され、悪しくは「軍隊さながら」と揶揄され、結局は奇異に映っている。
 ただ、日本人にはただの日常の一齣でしかなく、海外に特に興味のない日本人には、諸外国からどのように評価されているかを知るのは、何か世界を巻き込んだイベントがある時ぐらいで、ただ日常を過ごしている。
 CUを好きになってから、CUの母国やそれを取り巻く諸外国の情報に敏感になり、最初は称賛されている記事に浮かれ、批難の記事に苛立ちを覚えるも、次第に内容によっては一つの意見として読めるようになってきた。
 ある意味、的を射ているモノもあり、日本の悪しき部分であるとするならば自分だけでも心改めよう、と思ったりする。
 そして今日も長蛇の列に並びながら、「日本人だなあ」と思う。
 ツアーも後半になると、既に他の会場でグッズを購入している人は、購入出来なかった物、若しくは会場限定グッズのみが目的な人もいるので、販売が始まると進みは早い。
 希望の物を購入でき、ホクホクで列を離れ、まだ支払いの途中のりーちゃんを少し離れた場所で待ち、水筒のお茶を飲む。
 あったかあ~いぃぃぃぃぃ、しみるぅぅぅぅぅ(喜)
 寒さで凍っていた脳が緩み、少し周りを見る余裕を得、グッズを購入する人だかりや、ファン、ファン、ファンが行き交う様子を見ながら、高揚する気分と、それに反して寂しさを同時に感じるという矛盾。
 ライブの日を心待ちにしていたのに、その日が来ると、もう明日でツアーが最後になり、また日本での活動が見られなくなる、という現実。暫く日本で活動してくれればいいのにと、明日が来て欲しいけど、来なければいいのに、などと思ってしまう。
「すーちゃん、お待たせ~、ゴメンね」
「な~んでCUは日本人じゃないんだろう・・・」
「どうしたの?」
「だあってさ~、ツアー終わったら帰っちゃうじゃん。最近日本にいる時間
 短くない?あっち帰っちゃうと、なかなか日本のTVにも出ないしさ~」
「そうだね~。でも、CUが日本人だったら、今のCUはいないんじゃないか
 な~って思うよ」
「あ、確かに。あのクオリティを日本では無理だし、日本人でってなる
 と・・・そうか。それは仕方ないな、うんうん」
 りーちゃん、あたすはあなたに尋ねて良かったよ。いつも冷静だね、りーちゃんは。
「ね。あ、限定グッズ譲ってくれるって人から連絡来たから、行ってもい
 い?」
「あ、札幌ドームのって言ってた人?」
「うん」
「わ~、ウラヤマ~!貰ったら見せて、見せて!」
「うん。もう一つ譲ってくれるっていうから、すーちゃんにあげるね」
「え、マジで!?うそっ!え、幾らだったっけ?????買えると思ってな
 かったから金額覚えてない!幾ら?幾ら?お財布、お財布!」
 イヤ、マジで、りーちゃん天才!ありがとーーーーー!!
 一瞬りーちゃんに抱き着いて飛び跳ね、すぐにカバンの中から財布を取り出す。
「すーちゃん、今から”ゆんゆん”さん探すから、お財布今出して掏られたら
 洒落にならないよ~。それに、りーちゃんへの誕プレの一部だから、お金
 はいいよ~」
「え?マジで?いや、それなら誕プレ、これだけでいいって!手に入るだけ
 で召してしまう。こんな奇跡にこれ以上望んだら、あたしの運、全部飛ぶ
 わ」
「りーちゃん、大袈裟」
 りーちゃん、笑っているけどね、それが事実なのだよ。チケが普通に外れちゃう”運”の人間の切実な話なのだよ・・・あ、みんみほさんの福岡の、譲って貰えるの一つ・・・りーちゃんに譲るのまで無い・・・ゴメン。
 それまでの一瞬の歓喜から一転、我に返り、一人悶える間、りーちゃんはゆんゆんさん探しに携帯で連絡を取っている。
 自分の不甲斐なさにガックリと肩を落とし、暫し”無”。
 そうだ、りーちゃんは誕プレだと言ってくれている。りーちゃんには誕プレあげたし、今回は誕プレ、そう誕プレ。誕プレ、だからここは別物と・・そう、別物、別物だ。
「うん、じゃ、行こっか」
「え?あ、うん。あっちみたい」
 りーちゃんは、こちらの頭の中の時間の流れなど見えるハズもないが、優しいのか天然なのか、引っ掛かることもなく、探ることもなく、ただその流れに乗ってくれる。
 自分にとってはとんでもなく有り難い存在。しかし、何故にこんないい子が自分と友だちでいてくれるのか。小、中の頃は生きるのに精いっぱいだったが、考える余裕ができたのか、最近頓にそれを感じてしまう。
 
 ライブ自体は17時開演だが、前日から会場でグッズに並んでいるファンなどは、丸一日近く会場周辺で過ごすこととなる。
 グッズ購入後は、一度家やホテルに戻る人、普段携帯画面上でしか交流できない人と次々会って挨拶をし、お土産を交換し回る人、食事も兼ねてカフェでCUの話に盛り上がる人、この時ぞとばかりに行きたかった店に出向く、若しくは、少し足を伸ばしてCUの縁の地へ出向く人、それぞれが開場、開演時間までを思い思いに過ごす。これに関しては、冬の寒さなぞ関係ナシ。
 ただ、時間は裕にあると思っていると、気付けば開場時間ということも少なくなく、ファンが大蛇のように並んで待っているお店などは、入店時間によりスケジュールが大幅に変更になり、あっという間に早足での移動を余儀なくされる。そして、トイレも要所で行っておかないと、行けずに会場入りは最悪だ。ドームに入れる分の人数がいるワケなので、ライブが始まってからでないとすんなり入ることは難しい。ライブ途中で行きたくないから、何回も行ける時に行っておこうと思ってしまう。
 CUが食事やお茶をしたことのある店などは開店前から行列で、CUと同じものを食すことの喜びは、恐らく、推しがいれば同じだろう。
 お店や撮影場所、縁の地へ足を運ぶ人がいれば、お金もそこそこ動くワケで、ライブで毎度お馴染みのお店などは、当然大入り稼ぎ時でもあるが、店内にそのアーティストの曲をリピートしくれる、ライブDVDを流してくれるというサービスぶり。有難い。
 ライブ会場のある駅では、駅をあげてお祭り騒ぎにしてくれたり、飛行機の中でアーティストのライブへ行ってらっしゃいませのアナウンスまで流してくれる航空会社がある。
 ただ、その場所が荒されることや関係のない人々に迷惑が掛かるようなことがあれば、それはファンだけでなくアイドルやアーティスト等の評価の下降に繋がること必至。ファンの数が増えれば増えるほど、ファン自身一人一人がその自覚を持たなくてはならない。
 とは言え、実際は毎回何かしらファンのマナー違反の話や画像がSNSを通じて上げられ、マナーを守っているファンにしてみれば、自分の好きなアーティストの評判がファンのマナー違反が原因で下げられることは許し難く、その憤怒の勢いと共に一気に拡散されていく。
 これは、”本人に届け!”という気持ちもあるが、一方で、”ほかの人は真似しないように”という注意喚起や戒めでもあるが、もし本人に届いたとして、自分だという自覚を持てるか、自分だと認識しても悪態を吐いているのか、その後談は入って来ないので、やりっ放し。一度、どうなったのか聞いてみたい。なぜなら、同じファンであるなら同じマインドであって欲しい、という希望的観測。
 りーちゃんが連絡を取っている間にMutterを見る。今日も既にマナーの悪いファンの様子が少しずつ上がって来る。当然、楽しい内容のものが多いが、その中に漏れなく登場する。
 拡散をしながら、”外で良かった”とふと思う。これが家の中なら、間違いなくオッサンに邪魔される。今は何を思っても邪魔されることのない、なんと清々しい・・・
(血圧あがんで~)
 えっ!?空耳!?いや違う、前に同じことがあった・・・ということは記憶?うわ~、やめてやめて、こんな神聖な場所に来たというのにオッサンの声とか無理!
(いちいちイカってんのウザいねん。てゆーか、オマエ、ずっと喋っててウ
 ルサイんじゃ)
 えっ?えっ?聞こえてる?いや、記憶の声?イヤ過ぎる!落ち着け、落ち着け、ここにはいない、ここにはいない、ここにはいないんだから~!!!
「すーちゃん。すーちゃん?」
「へ?」
「どうしたの?頭抱えて、頭痛い?」
「や~や~や~、違う違う、ぜんっぜん元気!」
 オッサンの幻影があちきを苦しめているんざんす、とは言えない。
「ゆんゆんさん、20ゲート前にいるって。行こ」
「うん」
 まだライブ前だというのにこの人、人、人、ファン、ファン、ファン。”こんなに多くの人が集まるCUって素敵”などと思いながら、普段なら面倒に感じる人混みも、何だか喜び異常に誇らしげにさえ感じる。 
 
 20ゲート前と言っても多くの中から特定の人を見つけ出すのはなかなか骨が折れる。
 ゆんゆんさんは仙台出身で、現在は関東の大学に通う女子大生という。”女子大生”というだけでもう何だかお姉さんで、恐らくあちこち参戦しているのだろうと予想し、勝手に羨ましく思ってしまう。
 数人の友人と一緒におり、数人みんながツアーグッズのパーカーを着、荷物の上にファンクラブで購入した目印のビッグタオルが掛けてあるとのことで、ある意味見つけやすいかも。
 それらしき5人組が見えたので、りーちゃんと恐る恐る近付くと、5人組の一人が気づいたらしく、声を掛けてくれた。
「りーんほちゃん?」
「はい!ゆんゆんさん・・・ですよね?」
「はい、ゆんゆんですぅ、どうもー!いつもコメント、ありがとね~♡」
「あ、いえいえ、もういつも楽しく拝見してます。この度は本当にありがと
 うございます」
「やだ~、そんな丁寧に喋らなくっていいんだよぉ」
 とても気さくな、カワイくて明るいお姉さんという感じ。
「こちらお友達?」
「あ、はい、幼馴染ですーちゃんです」
「あ、どうもはじめまして」
 激しく緊張しながら深々とお辞儀。”はじめまして”はいつでも緊張。
「はじめまして~。いいな~JK」
「いえいえ、そんな」
 こちらはあちこち飛べる女子大生のほうが羨ましい限りです。
「あ、そうそう、はいコレ」
「あ、ありがとうございます」
 おおお~、憧れの限定グッズ!何ともありがたや、ありがたや。今ここで手を合わせて拝みたい、けど、オカシイ人と思われたらイヤなので、それは敢えて秘す。
「すっごい嬉しいです、ありがとうございます。これお代金です、確認して
 ください。と、あの~これちょっとなんですけど・・・」
 りーちゃんは限定グッズの代金の入った封筒と、一緒に用意をした小さいお土産を5つ手渡す。こういった時のために、少し多めに準備しておいたのは正解。
「わ、ありがと~。あの子たちの分もくれるの~?ありがとうね~。あたし
 もあるの~、ちょっと待って」
 ゆんゆんさんがすぐ後ろにいる友人達の所へ行き、幾つか並べて置いてある紙袋から小さい包みを二つりーちゃんに手渡す。
「はい、お友達もどーぞ。あ、今日の限定買えた?」
 りーちゃんがお礼を言う間もなく、女子大生は矢継ぎ早にことばを掛けて来る。
「今日、席どこ?」
「あ、えっと、今日はアルファベット席なんです」
「え~、いいじゃ~ん、あそこトロッコ来たら結構近いんだよ~」
「ゆんゆんさんは今日はどこですか?」
「今日はP席なんだけどぉ、P席もピンキリだからな~、入ってみないとわ
 っかんないんだよねぇ」
「すご~い、P席なんですね」
 P席・・・夢のまた夢だ。ライブ1日だけなら何とかエントリできるかもだけど・・・いや、やっぱりそれでもP席エントリとか無理。自分でバイトで稼げるようになったら、絶対P席エントリしてやる!
「また席判ったら教えてください」
「うん、Mutterに上げるから見て見て!て言っても、イケてない席で泣いて
 るかもしんないけどw」
「いえ、P席エントリ出来るだけでも羨ましいです」
「そっか~、そうだね、確かに。うん、どんな席でも楽しもうね♡」
「はい!ありがとうございます。これ、ありがとうございました!」
 手を振るゆんゆんさんに、お辞儀をしながらその場を後にした。
 ゆんゆんさんの後ろでお友達が次々同じように挨拶をし、お土産の渡し合いをしている。明るいゆんゆんさんには、きっと同じように明るく楽しいお友達が寄って来て、繋がっている人も多いのだろうなと予測できる。
「はい」
 りーちゃんが、ゆんゆんさんから譲り受けた限定グッズの一つを手渡してくれる。
「おお~、なんと神々しい!麗しの限定グッズ!」
「この色カワイイよね~。嬉しい」
「いやもう、りーちゃん様様、仏様!」
 大学生になるまで限定グッズなぞ手にできると思っていなかったので、激しく嬉しい、超絶嬉しい。
 各会場の限定グッズは、その会場に行った記念、というよりは、購入可の人たちの中で交換したりしながらコンプリートを目指している人たちのほうが目立つので、いろんな人に回るという気がしない。
 それでも初の限定グッズ!ありがとう、ゆんゆんさん、ありがとう、りーちゃん!!
「ゆんゆんさん、カワイイし明るいし元気って感じだね~」
「うん、いつもすごく元気な人」
「ああいうお姉さんがいたら、きっと家の中も楽しいんだろうな~。って、
 そう言えばゆんゆんさん達、CUがそれぞれ持ってるスニーカー履いてなか
 った?何か、Mutterで画像上がってたのを見た気が・・・」
「うん。ゆんゆんさん、CUの持ち物検索してるよ、よく」
「あ~、やっぱそうか~、スゴイなあ・・・」
「あっちのファンとも交友あるんだよ」
「え、すご!」
 友だちで同じアーティストのファンであっても、共通の知り合いもいればそうでないことも少なくなく、検索している内容や物が違うと、知り合う人も違うこともあるものだと最近思う。お陰様で、今回限定グッズを手にすることができた。
 自分結構ヘタレなので、”譲ります”の呟きに、どうせ自分は譲って貰えないだろうという気持ちが先に来てしまい、”譲って下さい!”とコメントをすることができない。
 返信コメントの数が多くなればなるほど、自分は選んで貰える要素がなく、コメントの中に埋もれていくのだろうと感じてしまう。替わりに譲れるモノもないし、その人の気持ちを動かせるような気の利いたコメントもできない。
「てゆーか、何で知ったの?」
「ゆんゆんさん?あ、乙藤君のこと知ってたから、そこから何となく」
「・・・あ、なるほど・・・」
 そりゃ行きつかないわwwwww アイツか~~~~~~!てゆーか、アイツ、そんな有名人?????いや、ただコスプレしてるから、だよね、うん。
「すーちゃん、何かスゴイ顔してるけど、やっぱり頭痛い?」
「へ?いや?ぜ~んぜん元気だよ!CUのライブの日なんだから、体調万全で
 来てるってば~。ハハハハっ!」
「それならいいんだけど、寒いし、体調悪くなったら言ってね」
「大丈夫、大丈夫」
 乙が頭に浮かんで気分が一瞬ブルーになっただけだから、ぜ~んぜん大丈夫(苦笑)しかし、乙がイヤだとか言えぬ苦しさよ。
 
「この後ね、すーちゃんは誰かと会う予定ある?」
「え?あ、あるのはあるんだけど~、こっちにお昼過ぎてから着くって言う
 し、会えたらって感じだから。あとは、見つけられたら見てみたい人がい
 るとか、そんな感じかな~」
「私もあと一人だけだし、そのお姉さん、仕事終わってからだから、もしか
 したらライブ終わってからかもしれないの。朝ご飯も食べてないし、今か
 らだったらCUの行ったことある”中々”行って並んでも間に合うから、行っ
 てみたいんだけど、どうかな?」
 なぬ!?”中々”とな!?それは、二人が日本に来たら必ず行く辛美味ラーメンのお店ではないか!!
「行く!行きたい!場所よくわかんないけど、行きたい!」
 マジですか!何か、カップ麺とのコラボしたのは食べた、食べた!でもやっぱり、そのお店で食べたい!本物が食べたい!
「え、てか、場所わかるの!?」
「ちゃんとチェックして来たよ~」
 りーちゃんっておっとりぽわんとしてるのに、こういう時ビックリするぐらいてきぱき物事を進めていくところがあってリスペクト、尊敬、賞賛!
 グッズを買うことしか頭にない自分とは違って、グッズ購入後の行動も計画してるとか、これは、ファン歴が少し長いからか?いや、どう考えても違うか。
 よくよく思い出してみると、いつも”~する?””~してみない?”と言うのはりーちゃんの方だ。
 小学3年か4年の時、暇つぶしに「世界の国・都市しりとりをしよう」とりーちゃんが言ったので、そこそこ自信があったのに、思わず最後に”ン”のつく都市を言ってしまった自分。が、すかさず”ンジャメナ”とりーちゃんが続けた時、絶対勝てないと思った。どこだよ、ンジャメナっ!と心の中でツッコみっつ、その後、”ナポリ”とメジャーなところしか答えられない自分に、”チーン”と終了の音が鳴った感覚。今考えても、”ンジャメナ”と答える小学生って、と思う。
 
 二人が行ったという目黒店に向かうと、只でさえ人気のお店に、更にファンと思しき人々が並んでいる。他店舗に行っても同じものを食べられるのだが、なかなかこちらに足を運べないことを考えると、折角なので二人が行ったお店に行きたい。
 これだけ並んでいれば順番に席に誘導されるので、彼らが座った席、などというワガママは言わない。同じお店で同じ雰囲気を味わい、同じ物を味わうことができればそれでいい。 
 限定グッズ購入に並んでいた時に野菜ジュースを飲んだだけ、りーちゃんも栄養補助食品を少し食べただけだったので、既にお腹はしっかり空いている。が・・・頭がワクワクしていて忘れていたが、一杯食べられるだろうか。
 実は中学の時の一件で胃が小さくなっているのか、一杯のラーメンでは麺と具を食べるのが精一杯で、スープも少ししか飲むことができず、しかも夜までお腹が空かないぐらいの状態になる。それでも、そこまで食べられるようにもなっているとも言える。滅多に行かないので忘れていたが、どのぐらいの量なんだろう。
 そういう話をすると、大抵”ダイエット?”と聞かれる。人によっては、小食を演出しているとばかりに嫌味を言う人もいる。逆に、なぜそんなに食べられるのだ!?と思う。その点、りーちゃんはそんな皮肉を言うタイプではなく、そのままの自分を受け入れてくれるので有難い。
 店内は客が次々と入れ替わり、徐々に店内が見えてくると、一画がわちゃわちゃしている。どうやら、二人が座った席がそこにあるらしい。確か、二人は何回か訪れているはずなので一か所ではないと思うが、もしかすると人に騒がれないよう、奥まった所と決まっているのかもしれない。
 何と羨ましい。そこに案内された人は、どんな運を持っているというのだろう。一応、自分も自分なりに一生懸命生きているし、人道外れたことはしていないつもりだが・・・いや、ここにオッサンがいたら、山ほどツッコミが入る気がする。”運”のことを考えるのはヤメておこう。
 お、とうとうお店に入れる~、気分上がるぅ~!
 二人の座った席には案内されなかったが、場所は確認できた。流石に”写真撮っていいですか?”と言いに行くのは難しい。二人の来るお店に入れただけでOKと思っておかないと。今度、ライブと関係ない時に来ることができたら、是非あそこに座りたい。
 ”行けるだけでいい”と言っていたのが、あの席に座りたいとか、欲望というのは一つ叶えられるとそこで満足しないものだなとつくづく思う。
 さて、りーちゃんが教えてくれた、二人の食べた物と同じのを注文・・・と思ったが、辛さのランクがあり、流石に彼らと同じ辛さというワケにはいかない気が・・・
「ねえねえりーちゃん、二人の辛さ・・・」
「8だよ」
「8!?いや、ちょっと流石にそれは無理かな~(苦笑)りーちゃんは?」
「ん~、6ぐらいは大丈夫かも」
「え、マジで?りーちゃん、辛いの平気なの!?うわ、どうしよ~!?4
 ・・・いや、3・・・かな~」
「わからない時は2か3からって書いてるから、それでいいかもね」
「じゃ、そうしよ~」
「すいませ~ん」
 思わず周りをキョロキョロと見渡し、その表情を見て辛さの様子を窺おうと思ったが、どの辛さを選んでいるのかが不明なので分かるワケがない。が、何となく落ち着かずキョロキョロしてしまう。
「ね~ね~すーちゃん、見て見て」
 りーちゃんの声に導かれ、りーちゃんの携帯を覗き込む。暫し、何の画像かを認識するのに時間がかかる。
「・・・は?」
 そして漸く脳が認識した瞬間、自分の顔が歪むのが分かった。何と言うか、感情が先なのか、目からの認識が先なのか、まあよくもこんな即座に反応するものだとある意味感心する。人間の神経って一体どうなっているんだろう?
「これってまさか・・・」
「乙藤君だよ」
 出たー!!出たよ、やっぱりか!りーちゃん、何故美味しい物を頂こうとする前にそんな物発見しちゃうんだよ~(泣)てゆーかこれ、今回の衣装じゃんか。どこのどんな目出度い人が、乙に衣装なんか作ってくれちゃうんだよよよよよよ。
「スゴいよね~、めちゃくちゃそっくりに出来てるもん」
「うん、いやホントに作った人スゴイわ」
「作ってる人も、こうやって画像が回ってくれるし、頑張ろうって思うよ
 ね」
 あ~そうか・・・”乙に”というよりも、作っている人はもしかしたら女性で、自分が纏うには背丈だったり年齢だったりでちょっと気が引けるけど、着てくれる人がいて、自分が作った作品がファンの目に触れてそれが評価される、喜ばれる。確かに嬉しいかも。需要と供給、ギブアンドテイク。
「乙藤君と一緒の人、乙藤君より背が高いね。これは乙藤君がUで相方さん
 がCってことかな~?」
 はああああああ~!?乙がUだとぉぉぉぉぉぉ!?いや、乙がCでも有り得ないけど、いやいやいやいや、確かにCのがUより2㎝高いけど!りーちゃん、そこは乙がどっちとかじゃなくて、乙は衣装を着せてる只のマネキン人形だと思っておいてー-------!!鳥肌立つ立つ!!いやいや、無理無理!!
「はい、おまちどうさま~!」
「わ~、ありがとうございます~。わ~、野菜いっぱい入ってる。スープ結
 構赤い~!」
「ホ~ントだ、りーちゃんの方がやっぱ赤いね~、辛そ~」
 今の自分には、りーちゃんの方を食べた方が鳥肌が収まるのでは?とも思ってしまう。取り敢えずここは乙のことは頭から取っ払って、辛美味ラーメンに集中して味わおう。邪魔だぞ~、邪魔だぞ乙~、消え去れ~、消え去れ~・・・今だ!いただきます!!
 有難いことに、無理に消さずとも、辛さでラーメンに集中することができた、という話。
 
 ”中々”を出て新大久保に向かうか悩んだが、こういう日に行くと更に人が多くてカオスだと思い、結局行くのをやめた。
 ライブがある時は、何故か新大久保のお店もいつもより商品が多く出ていたり、公式グッズのレアな物が出没し掘り出し物をゲットできる時がある。
 どうせならいつも出しておいてくれよと思うが、こういう時のほうが高くても売れるからなのか、偶々このタイミングでレアな物が入手できたただけなのか。
 自分は足を伸ばせば日帰りで新大久保に行けるが、そうではない地域に住んでいるファンにしたら、この時ぞとばかりに少し奮発して購入することもあるだろうし、自分もバイトができるようになり元手が増えれば、ここぞとばかりに奮発して購入するだろうから、ゆかりの店や聖地だけでなく、こういったお店も意気込むのは当然か。
 レアな物があれば、とも思ったが、よく考えたら元手がない。あったとて購入できない。きっと、それに手を伸ばして購入する人を見て、また恨めしく思い溜息を吐くに違いない、自分のことだから。
 公式の物も公式でない物も、母国のほうの公式グッズや過去の物なども多くあり、見るだけでも楽しい。のだが、ずっと見ていると欲しくなるので、それならば、最初から行きさえしなければ見ることもないし、欲しくなることもない。賢明。
 ということで、時間ギリギリにバタバタするよりも、ドームに向かい、会える人がいたら会い、ゆっくり雰囲気を味わう時間にすることにした。
 
 連絡が取れて、会えたミホママさん。
 ミディアムの髪の裾を巻いていて、上はダウンジャケットなので分からないが、チャコールグレーの細いプリーツのロングスカートで、黒いショートブーツでカワイイ女性。年齢は恐らくお母さんより上。でも何かカワイイ。
 しかも、文字でのやり取り通り、とても優しくフレンドリー。
「会えてうれし~。ホントに会ってくれてアリガト、こんなおばちゃんに」
 なんて言うけど、全然おばちゃんなんてことはない。有難い、ファン歴の長い先輩。
 今日ミホママさんはプレミアム席で、「おばちゃんのくせに」と苦笑しながら、彼らと目が合うかもしれないからと、久々にワンピースを購入し、髪も美容室で仕上げてもらったことを話すミホママさん。カワイイ。
「ミホママさん、カワイイです」
「んもう、やだ~、すーゆーちゃん(HN)ったらぁ、若いのにそんなおべっか
 言っちゃって~」
「いえいえ、ホントにカワイイです」
「いや~ん、もう、すーゆーちゃんが子どもだったらよかったぁ。旦那なん
 か、“アーティストもファンを選べないなんて気の毒だな”とか言うし、娘
 も息子も他のアーティストのファンだから“ふ~ん”だし」
「うちのお母さんはミホママさんみたいなタイプじゃないから、ミホママさ
 んみたいなお母さん、スゴい羨ましいです」
「や~ん、ホントにすーゆーちゃんていい子ぉ。これからもヨロシクね。
 お友だちと来てるのよね?何人?」
「あ、そこの子と2人で・・・」
 少し後ろで携帯で何かをしているりーちゃんを指すと、ミホママさんがライブバッグの中から、綺麗なシフォンで包まれた物を二つ差し出した。
「お友だちの分も。大したものじゃないけど」
「わ~、キレイ!」
「や~、中身は大した物じゃないのよ、こういうの仕事でやってるから」
「え~、すごですぅ」
 オーロラ色のシフォンで綺麗に包装された包みを眺める。なんとゴージャスな装丁。
 ミホママさんのお仕事は、包装紙や箱のデザインなどをやっているのだと、今日初めて知った。
 大体、ファン同士で話をする時は、CUのことしか話す時間がないぐらいプライベートをあまりよく知らない。学生だとSNSを見ていると、大体の年齢が予測がつくが、社会人だと分かりにくいし、プライベートのことを全く呟かないと全く予測がつかない。
「あ、私も・・・」
 慌ててライブバッグの中を探り、りーちゃんと一緒に準備した物を3人分、ミホママさんに手渡す。
「え~、高校生でお金だって大変でしょ?いいの~?????」
「こういう時しかお礼できないので・・・」
「や~、もう、ホントにアリガト~!あ、今日はどこの席?」
「あ、何かアルファベット席とかって・・・」
「あ、あそこって結構いいって聞くよね。前の方の席だといいね~。お互
 い、楽しもうね」
「はい!」
「また、一緒にご飯とか食べたいね」
「はい!」
 返事をすると、ミホママさんにハグされる。突然のことで、一瞬何が起こったか理解できなかったが、間違いなくハグだ。
 おお~・・・りーちゃんのお祖母ちゃんにハグされた時の感覚。その上、背中ポンポン付き。漠然とした安心感。不思議だ。
「じゃ、またレポ待ってるね」
「あ、は、はい!私も待ってます!」 
 思わず自然にMAXまで引き上がる口角。寒さで固まる表情筋も何のその。寒いのにホコホコ。
 手を振りながらゆっくり後ろに移動し、りーちゃんに声を掛け、その場を離れた。何とも名残惜しい。
 文字でのやり取りはうまくいっていても対面だと文字の打ち直しはできないので、実際に会うまでは本当に受け入れてもらえるのだろうかと不安。
 でも、ミホママさんは受け入れてくれたっぽい。温かかった。嬉しい。尊い。

 こんな感じで、もう一人社会人の”しゆー丸”さんに会い、りーちゃんの会いたい人に会い、これだけでもとても充実した時間。
 りーちゃんの会った人の中に、三世代でファンという”おばあちゃん”がいたが、おばあちゃんという感じではなかったし、三世代で共通の話ができるとか、羨ましことこの上ない。
 家族に同じファンがいれば一緒にチケット争奪戦に参加できるし、きっと同じ時間を沢山共有できる。
 そう言えば、眞理子は三世代ではないが、眞理子のおばあちゃんの影響でオールディーズ好きだし、日本にレジェンドがライブに来たらおばあちゃんと絶対行く、と言っている。
 身内に同じファンがいるというのは、年齢関係なく羨ましい限り。
 以前Mutterに、《うちのおばあちゃんがおばあちゃんの友だちと参戦します。なにぶん高齢なので、もし何か体調に異変が起きたら周囲の方々にご迷惑をおかけするかもしれませんが、宜しくお願いします。70代で、2人ともツアーTシャツ着て参戦するそうです》と投稿があり、温かいコメントばかりで否定的なモノは一つもなかった。なんと素晴らしい。
 最近思うのは、好きなアーティストに対しては、おばさんとかおばあちゃんとか、おじさんとかおじいさんとか関係ない。
 同じ時間に同じ空間にいて、同じアーティストを好きで応援して、そこは年齢を意識する必要なんてない、と思う。何歳でも、好きが、憧れがあっていい。
 
 まだ時間があるので、ツアートラック(アーティストがラッピングされている)の停めてある所に移動し、ツアートラックを画像に収める。
 これが機材などを運び、土地から土地へ移動して来たのかと思うと、いろんな風景の中を走り抜けて来たのかと思うと、感慨深い。
 県を跨いでCUの存在を振りまいて来たということで、たまたま乗っていた車の横にこのトラックが来たら、歓喜の雄叫びをあげてそうだ。運転なんかしていたとしたら、自分は事故ること間違いナシ。
 写真を撮って欲しいと頼まれた親子、その男の子はどう見てもまだ小学生にもなっていない。
「この子、Cのファンなんです~」
「え、Cが好きなの!?」
 思わず聞き返すと、その男の子は恥ずかしそうに頷く。カワイ過ぎて萌え死にそうだ。
 きっとトロッコからこの子を見たら、Cは目いっぱい手を振るだろうし、何ならサイン入りフリスビーかボールを彼に向けて飛ばすだろう。何と羨ましい話だ。
 ありがとうございますと言われ、楽しませてもらえたことを踏まえると、”こちらこそありがとうございます”、なのだが。
 ラッピングの大きなCUを眺めながら見とれていると、りーちゃんが行きたいところがあるというので、りーちゃんについて行く。
 段々人が増えて来ていて、群衆の中をお互い見失わないようにとりーちゃんが手を繋いで来た。いつぐらい振りだろう。
 この年なので、普段手を繋ぐなどということは頭に微塵も浮かばないのだが、今はそんなことを言っていられないから手を繋いだワケだけど、何となく恥ずかしい感覚と、温かい感じでくすぐったい。
 
 会場内を歩いていると、アーティストと同じ髪型のファンがいると目が反応してしまうし、コピーダンスをしているファンがいると立ち止まって一通り見てしまう。
 ダンスのコピーグループは、普段から次々と動画をアップし、支持を集め、ファンのいるグループも存在する。アーティストが男性であるにも関わらず、女性のグループも多い。
 本人達は注目されたくてというよりも、アーティストと同じ気持ち、一心同体となっているような高揚感が目的だろうと思う。自分だって密かに覚えて家の中で踊っており、寧ろ、一緒にコピーしようと思える友人がいる環境が羨ましい。
 そして、一番目を引くのは似せた衣装を身に着けて参戦するファンで、どこにでもいる学生、社会人。
 ライブはスペシャル日なので、この時だけは少しでもアーティストの傍に近づきたい、心が近しく有りたい、そんな気持ちで衣装を作成し、ライブに参戦しているのだろう。
 そのファンに対し、SNSで文句や誹謗中傷を打っている人はあまり見たことがなく、一緒に写真を撮りたいと寄って来るファンの方が多い。
 本当は自分も一緒に写真を撮りたいと思いつつも、一度も近くに遭遇したことがない。意地でも探すということをしていないと言われればそこまでだが、突然遭遇した時の高揚感を希望。
 と、それは全く存じ上げないファンに対するものであり、そうでない場合が存在する。
 次にりーちゃんが会う人がいるというので導かれた先にやや人が集まっていて、何だろうと思って横目で見ながら横切り、
「ここだ~」
「ここ?」
 少しの人だかりの端まで行き、”あれ”と指を指した。
 あ~~~~~~、そうきますか。はいはいはいはい、あ、そぉぉぉぉぉですか。
「あれ、乙藤君」
 見たらわかるわー----!と言いそうになったが、そのまま一言一句漏らすことなく飲み込んだ。
「あ、うん、さっき画像上がってたよねー」
 と返すのが精一杯。 
⦅オトコマエ⦆
 だー-----っ!ちがう、違う、チガウっ!ここは外!オッサンはいないっ!
 一瞬、小さいおじさんとのやり取りが頭を過り掛けたが、何とかぶった切った。正宗でも国光でも、何でも振り回してぶった切ってやる!
「すーちゃん、どうしたの?」
 りーちゃんに声を掛けられて、自分が無意識にジタバタしていたことに気が付いた。そりゃあ、”どうしたの?”と聞かれる。どう見ても只の怪しい人だ。
「え?あ、いや~、ん、何でもない!」
「声掛けてみよ?」
「え”~~~~~・・・マジで?や、忙しそうじゃない~?」
「まだ全然時間あるし、これ、渡したいし。いいかな?」
 あっはっは~!お土産、乙の分も入ってたんか~い!
「あーそうなんだー。うん、そうだねー」
 ヤバい、棒読みだし顔が引き攣る。
 乙の本屋の話、あの時眞理子たちに喋りまくって・・・いや、オッサンがぐちゃぐちゃ言うから言う機会逃しちゃって、乙と関わりたくね~(汗)という話、りーちゃんにしてないんだよな~。
 その上、チケット譲ってもらうとなったら、結局言いづらくて今に至る。
 しかし、何だか代わる代わる画像なんて撮られちゃってさ~、CUのカッコよさの足元にも及ばないっつーの。ニヤニヤしちゃって、何だかヤな感じ。
「ちょっと人が途切れる瞬間待とう」
「え?あ、うん」
 携帯を取り出し、何となくMutterで乙の画像があがっていないかを検索。
 こういう時、自分でもよく分からないが、何故か検索をしてしまう。嫌なのに、何故検索するのかともう一人の自分がツッコむ。
 フォローしているファンの人の呟きや引用呟きが山盛り上がってくる中、時々上がって来る乙の画像と共にあるコメントを見ながら・・・心の中で今自分が”チッ”と舌打ちをした。
 画像を検索している理由は、乙の画像への評価が良くないことを確認したい、という希望?いや、自分の感覚に賛同を得たい、というか、”こんなヤツー!”という気持ちを誰かと共有したい!だ。
 しかし残念ながら、こういうライブ参戦時のファン心理とはとても好意的に向いており、マイナスコメントが皆無。何と口惜しい。
 と、スクロールしていくと、乙のことではなく衣装のクオリティーの高さを賞賛しているコメがあった。
 なるほど、そうだ!乙がというのではなく、衣装を作った人の腕が素晴らしくて良く見えているワケだ。これは目から鱗。CUのライブを盛り上げてくれる陰の立役者、これは作成者への賞賛、リスペクト。
 何となく気持ちが軽くなったところで、画像検索もどうでも良くなった。
⦅調子こき⦆
「は!?」
「すーちゃん、どうしたの?」
「え?あ、いや、なんでもないよ~」
 空耳~~~~~、ヤバい~~~~~(汗)あんの、くっそオヤジ!
 幻聴が聞こえるぐらい自分の生活がオッサンに蝕まれているのか、これは由々しき事態だ、何とかせねば。
「乙藤君のお友達、背高いね。前のツアーの画像だと気付かなかったけど」
「へ?」
 りーちゃんに言われ、改めて乙の傍に立つ男子を見る。乙も低くはないが、横に立つ乙の友人はそれより10㎝弱は大きく見える。
「ホント」
「Uぐらいあるのかな?」
「え?Uぐらい!?」
 自分の知り合いにCUと同じ183㎝、185㎝という男子がおらず、学校でも背の高い男子と関わりが無いため、街で背の高い男性が前や横に歩いていると、“このぐらいかな?”と一人妄想する程度。
 ということは、乙の傍の男子の横に立ってみたら、CUの隣に立った時の感じが分かるということではないか。尊い。
「乙藤君も、まあまあ背高いもんね」
「あ~・・・そだね」
 ”低くはない”と表現する自分、”まあまあ背高い”と表現するりーちゃん。そこからでも乙への見え方の差が分かる。
「あのお友達、韓国人なんだって。女子のファンが日本のライブに来るのは
 よく見るけど、男子が来るのって珍しいよね」
「へ~、そうなんだ」
 そう言われてみれば、顔も日本人で言うところ塩顔・・・で、確かに韓国のアイドルみたいなスタイルしていている。
「何か、韓国でも自分達と同年代の男子ファンがいるって、ちょっと嬉しい
 よね」
「確かに」
 韓国の若年層によるアイドルは日本と違い、ある程度の年齢になる、もしくはリア充が始まるとファンは卒業していくことが多いためサイクルが短く、日本のようにファンを津d家、あらゆる年齢層がライブに参戦するということは少ない。
 アイドルたちもそれを自覚しており、兵役や公益勤務などで空白の時間が存在してもファンでいる率の高い他国のファンの存在を有り難いと公言し、母国以外での市場の確保も進めているアイドルは少なくない。寧ろ、自国の小さい音楽市場を改変するなどではなく、大きい市場のある国を求めてアイドルを作り上げる。
 また、日本とは全く違う契約形態なため、グループ内で事務所側が契約更新するメンバーとそうでないメンバーを選択する場合があり、事務所側との不和などから人気絶頂でもグループ存続が不可となることも少なくない。
 ただ、一時から少し状況が変わって来ており、そういったことが少し減ってきていることも事実。恐らく、以前は国内でのゴタゴタだったのかもしれないが、諸外国に市場を求めて発信していく中で、国内事として収められる状況でなくなっている、若しくは、国にとっては大きな収益をえられるコンテンツの一つとして認知され、事務所の内情だけで事を進めることが難しくなっているのかもしれない。
 そしてまた別問題として、収入が国内からと海外からとでは違うため、次第に特に家族が事務所に不信感を抱え、しゃしゃり出て来て訴訟を起こすこともある。それは、日本のステージパパ、ママ問題でも時折耳にするが、それはどちらかというと子役や若年層の俳優というイメージだが、韓国ではそれが原因でグループ自体が分裂したこともある。実は、CUも同じ憂き目に遭い現在に至る。
 そのほか、兵役を逃れるため国籍を変更しグループ脱退となる人もいれば、アメリカ国籍を持っているため兵役を免除されるにも関わらず、グループの皆と一緒でありたい、と再度国籍を韓国に戻す人もいるなど、日本では余り見聞きしないケースもあり、CUのファンになってからあらゆる情報を得ながら、そんな中でひた向きに頑張るCUを一層応援したい気持ちになったのはきっと自分だけじゃないだろうと思う。
 ただ、自分が知っているのはCUというアーティストだけで、CUのファン辺りから韓国女子の感覚や思考は少しずつ分かってきているが、一般の韓国男子のそれはどうかを知る機会は殆どない。
 今回、今目の前に、好きなアーティストを求めて日本に足を運ぶ男子のファンがいる、ということを知れたことは大きな収穫。
「日本のCUのファンなんてさ~、中学生ぐらいの男の子がお父さんと来て
 たりさ、高校生のまじめ~な感じの男子でも一人で参戦してたりさ~、男
 の人何人かでとかオジサンが一人でとかでも参戦してたりするのにね。国
 が違うとこんなに違うんだよね~不思議ぃ」
「そうだね」
 頷くりーちゃんを見て、りーちゃんの方が”異国”についてはよく知ってるよね、とりーちゃんには何分の一かは外国の遺伝子が入っていることを思い出す。
「あの人、背が高くてスタイルいいから、衣装も似合うな~」
 乙とは違う、と言い掛けてやめた。文句を言い始めたら止まらなそうだし、すぐそこのドームの中にいるCUがいると思うと、この胸に渦巻くドロドロした感情を吐き出すのはCUのファンとして好ましくない、と良い子の自制心が働いた。
 ただ、やはり乙の方を見ると顔がきゅ~っとしかめっ面になるのは止められない。感情と表情筋というのは意識でどうにもできるものではないのか、無意識に反応してしまうらしい。
 
「あ、今ならちょっと行けるかも」
 りーちゃんに手を引かれ、乙とその友だちに近づく。
 りーちゃん、結構積極的だよね。自分だったら、本当に人がいなくなるまで近寄らなそう。というか、そもそも乙には近寄りたくないのだが・・・致し方ない。取り合えず、ヤツの友だちでCUの背の高さの確認ができると思って行くしかない。
「乙藤君、こんにちは」
 暫し休憩のためか、後ろを向いて飲み物を飲んでいる乙にりーちゃんが声を掛けると、先に飲み終えた乙の友だちが先に気付き、乙の肩をポンポンと叩く。うん、確かに背高い。
「あ、住吉さん、どうも」
 乙は水筒の蓋を閉めながらこちらの方に体を向ける、軽く会釈をする。
 おうふっ!こっち向いたぞ、当たり前だけど。思わず、反射的に後ずさりしてしまった。ああ何と言う・・・
 目が合ってしまったので、取り敢えず”ども”と言って軽く会釈をしておいた。当然の如く、乙も”ども”とだけ返して来た。何だろう、イラっとする。 
「人気だね~。衣装もスゴイ」
 りーちゃんはきっと衣装がスゴくなくても、何かをサラっと褒めることができるだろうな。自分とは人間の出来が違う。
「や、ホントにこの衣装の再現度がスゴイから」
 あ~はい、そうそう、その通り。殊勝な心掛けでヨキヨキ。これで”オレってイケてる感”出されてたら、ドン引きどころか50mぐらいマッハで後ずさりしそうだ。というか、何となくりーちゃんの陰になって立ってみる。
「あ、彼、シム・ユンジュンっていうんだ」
 あ、やっぱり韓国人か。
「ハジメマシテ」
「あ、どうも初めまして、住吉梨穂です」
「スミヨシリホサン」
「はい、梨穂です。私、乙藤君と同じ高校で・・・あ、日本語はどれぐら
 い・・・?」
「チョット グライ?」
 ユンジュン君が親指と人差し指で、“少し”を伝える。
「いや、理解は結構できると思うよ」
「ヤ~ヤ~ヤ~ マダマダ ジェンジェン」
 ユンジュン君は大袈裟に顔の前で右手を左右に振り、照れている、というよりも謙遜、という感じ。
 確かに乙より10㎝近く高く、乙よりちょっとガタイがいい。色が白くて、スーッと切れ長の目で鼻がスーッと通っていて、塩顔で柔和顔。日本人にいそうないなさそうな、何と説明すればいいか分からないが、CUがあまり韓国人ぽくないことを考えると、ユンジュン君は韓国人寄りなのだと思う。
 一般的に男女共に日本人より大きいイメージで、鍛えるのが好きな人が多いと聞いていたが、正しくそのまま。
「ハジメマシテ~」
 あ、自分に挨拶されてる。
 自分はあくまでもりーちゃんのオマケ。ついて来ただけのつもりで、自ら完全に蚊帳の外にドッカリと居座っていた。その上観察に没頭していたので、すっかりまるっと挨拶を忘れていた。自分から挨拶しないとか、女子として印象よろしくない。これは失態。
「あ、これはどうも、初めまして。彼女の友だちの森北すばる。すばるで
 す」
 慌てての深々としたお辞儀。
「モリキタスバルサン。スバルサン デスネ。ウタ アリマスネ~」
「あ、そんなこと知ってるんですね、スゴ~い」
 自分は名前の由来もお母さんから聞いて気に入っているが、大体いつも車か歌と一緒だと言われる。が、それよりも何よりも面倒だなと思うのが、”男の子みたい”と言われること。
 多分、芸能人にいるとかそういうことだと思うが、それはそちらの勝手はイメージで、そもそもプレアデス星団のことで、ギリシャ神話では7人姉妹のことを指すわけで、和名の”すばる”は、”むすぶ、まとまる”といった意味から成り立っているという。どこが男子っぽいと言うのだ。
 小さい時はいつもムキになって反論していたが、今は面倒臭くなり、適当に笑って流すようにしている。自分が良ければそれでいい、とやっと思えるようになってきた。
「二ホンノウタ ベンキョウデキルノデ イッパイキキマス」
「へ~、そうなんだ」
 歌のほうで知っていてもらったのが幸い。
 確かに、他国の言語を覚えるのに歌は覚えやすい。自分も結構CUのあっちの曲で、言葉とか覚えたものもあるし。でも、どっちかというと、彼らに会った時に言いたいことを言えるように覚えたのの方が多いかな~。
「乙藤君はユンジュン君と何語で話をするの?」
「日本語と英語と韓国語混ざってるね」
「へ~、すご~い」
 うん、ユンジュン君がね。
「彼は日本語より英語のほうが喋れるんだけど」
 へ~、すご~い、ん、だ・け・ど~、これって、乙も密かに“自分も喋れるんだけど”って自慢でございますかー!?あ~、ウザ。
 りーちゃんが乙、ユンジュン君とやりとりしているのを一歩引いて見ており、こっちに振らないでねと心の中で唱えつつ、その一方で、密かにユンジュン君の近くで身長の確認をしてみたいという願望がひょこひょこと顔を出す。
「ところでユンジュン君、背高いですけど、身長何㎝ですか?CUと同じぐら
 い?」
 お、りーちゃん、エライ!それ聞きたかったのだよ。
「エートォ、Uヒョンヨリ~ モ?イチ~センチ?ワタシガ チイサイデス
 ネェ」
「わぁ~、“ヒョン”って言ったぁ!あたしも“ヒョン”って言ってみたい~~
 ~~~!」
 ユンジュン君の言葉に、思わずりーちゃんの後ろから飛び出した自分。
 ユンジュンが鳩が豆鉄砲を食らったような表情をするも、何となくその意味を察したユンジュン君。
「スバル~サンハ オンナノコ ダッカラァ “ヒョン”ジャナイデスネ “オ
 ッパ”デスネェ」
「分かってるよぉ、分かってるよぉ、でも”ヒョン”って呼べるのが羨ましい
 んですよね~」
 りーちゃんと顔を合わせ、“ね~”と一緒に首を傾ける。
 日本語では、年上の男性は”お兄さん”、年上の女性は”お姉さん”だが、韓国語では、年下女性が親しい年上男性を呼ぶ時は”オッパ”、親しい年上女性を呼ぶ時は”オンニ”、年下男性が親しい年上女性を呼ぶ時は”ヌナ”、親しい年上男性を呼ぶ時は”ヒョン”と分かれている。ただ、CUたちがあちらのTV番組などで”ヒョン”と呼んだり呼ばれたりして戯れているのを観ると、”自分もそこに入れてくれ~♡”という気持ちになってしまい、”Uヒョン Cヒョン”と言いたいのだ。
 まあ、ユンジュン君には理解不能なことだろう。
 乙がユンジュン君の肩を叩いて何かを告げており、その先を見ると、2人のコスプレを探してやって来たと思しき人々が増えていた。恐らく、そろそろ終わりにって話だろう。その前に・・・
「横、並んでみてもいいですか?」
「ア ハイ」
 Uと1㎝しか違わないなら、”並んだらこんな感じ”が味わえる。
 おお~、デカい♡こんな感じか~、こんな感じか~。もう妄想が暴走♡
「すーちゃん、撮るよ~」
「え?マジ?」
「いくよ~」
 携帯を向けられると思わずポーズを取ってしまう。これはもうボールを投げられたら取ってしまうとか、そのぐらいの反射的な動きだな。
「ハイ。ホラ、こんな感じ~」
 りーちゃんが駆け寄ってきて、今しがた撮った画像を見せてくれる。
「わ~、Uの隣りに立ったらこんな感じかあ~」
 寒空の中、感想した肌のままニヤケ過ぎて頬が痛い。CUの隣にいる自分、一緒に歩いている自分、高い所の物が取れずお願いする自分、などなど妄想が暴走中。
「ユンジュン」
 乙がユンジュン君に手招きをし、何時の間にか乙が相手にしている年配の女性二人と写真を撮るジェスチャーで、女性ファンたちが一緒に写真を撮りたがっていることを伝える。
「あ、じゃあ、これ、そんむるです。乙藤君のとユンジュン君の」
 りーちゃんがツアーバッグの中から、二人で作成した小さい包みを二つユンジュン君に手渡す。
「ワア アリガトゴジャイマース」
「楽しみましょうね」
「ハイ タノシミマッショ。アリガトゴジャイマース」
 ユンジュン君が軽く会釈をし、りーちゃんが渡した包みを同じくツアーバッグの中に入れ、乙の方へ歩いて行く。
 スタイルいいな~。脚長っ。
 乙とユンジュン君がCUのファンたちとアイドル宛らに対応している姿を暫し眺める。次々とよく対応しているなと思う。
「あ!」
「どうしたの?」
「りーちゃんも撮りたかったよね!?ゴメ~ン、気付くの遅かった!」
「あ、いいよぉ、別に。すーちゃんの見たら、大体このぐらいか~、が分か
 るし。それに、従兄のお兄ちゃんがCUと同じぐらいの身長あるから、大体
 わかるの」
「あそ~。あ~、りーちゃんのお祖母ちゃんもお母さんも背高いもんね」
「あたしはお父さんに似たから大きくないけど。あ、さっきの画像、後で
 LINKに送るね」
「うん。あ、そう言えばさあ、ユンジュン君って同い年なのかなあ?年下っ
 てことはないと思うんだけどな~」
「同い年だよ」
「え、何で知ってんの?」
「あ、Mutterフォロしてて、前に“あ、同い年なんだ”って思って」
「ああ~、ナルホド。あたしもユンジュン君、フォロしよかな」
「あ、教えてあげる」
 人が行き交う中で立ち止まり、頭を付き合わせてMutterを操作し始め、ユンジュン君のアカウントをフォローし、自分だと名乗りメッセージも飛ばす。
「よし、と。しかし、あんだけ日本語喋れたら十分だよね~、スゴイな」
「うん、普通に会話出来てたもんね」
「CUは日本じゃ日本語喋ってくれるけどさ~、こっちハングルできないじゃ
 ん。あっちの動画見たら、あたしも字幕ナシで理解できるよになりたいな
 ~って思ったりするんだよね~」
「ホントだね」
 乙は字幕ナシであっちの動画、理解できるのだろうか。しかし、乙は英語
も韓国語も・・・ですかい、はいはい。あ、何かムカついてきた。
 乙の顔が脳を過るので、鬱陶しさからフキダシを手で振り払っていると、りーちゃんから大丈夫かと聞かれた。
「うん、大丈夫。ただ担に無線の電波が周りを飛び交っててウザかっただけ
 w」
「これだけ人が多かったら、飛んでる量もスゴイだろうね」
 芸人さんのネタを拝借。
「じゃ、次のとこ行こうか」
「うん」
 公演時間が刻々と近づくに連れ、更に更に人が増えていくファンの群衆の隙間を縫って歩き、次の目的に向かう。
 人と待ち合わせて立ち止まるファン、目的地が明確でまっしぐらに歩くファン、キョロキョロと人や場所を探しながら歩くファン、お互いが状況を把握しているからか、思うほど人とぶつからない。渋谷のスクランブル交差点が外国の人からすると名所になる感覚も分からなくもない。
 
「は~~~~~~、帰んの疲れたっ!」
 部屋に入って荷物をその辺に置き、ベッドにダイブし暫くそのままベッドに埋もれ、何度か呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 ライブ、楽し過ぎた。何故にあんなにカワイイのか、麗しいのか、面白いのか!?も~、ステキ過ぎてどうしよ~~~~~!!しかも、あの席、トロッコ近い、近い、近い!バックステージも近い、近い!近い!双眼鏡いらないとか、もう激ヤバ!
 ライブの場面場面が頭の中を次々駆け巡り、興奮のあまりベッドの上を左右に揺れたり、うつ伏せになってベッドをバンバン叩いたり、手足をバタつかせたりと忙しい。ダウンを来たままなので動きづらいのが幸いで、あまり大きな音を立てずに済んでいる。普段なら、”ウルサイ!”とお母さんが扉をドンドンと叩いて制止させに来るに違いない。
 また明日会える~、嬉し~♪
 口角が上がり過ぎて、顔の表情筋の疲労はMAX。だけど、止まらないニヤニヤ。
⦅きっしょいのぉ⦆
 ん~何でもお言い。どうでもいい、オッサンなんて。CUのステキさの前に、オッサンなんてフン。明日、席どこかな~?いや~ん、もう目とか合うとかヤバい、ヤバい、ヤバい!
⦅そら”錯覚”や⦆
 錯覚でも何でもいい~♪ 目が合ったもん♪ めちゃくちゃファンサくれたもん♪ 心臓飛び出るって大袈裟とか思ってたけど、ズキュン!って音したぁ、やぶわぁ~い♪
⦅ウルサイのぉ⦆
 どうやらオッサンが背中の上で飛び跳ねているっぽいが、そんなこと気にもならない。気持ちだけでなく、ダウンの上で跳ねられても、そんなの大してどうでもいい。
⦅あ~そうか、オトコマエかあ⦆
 はあ?
 折角頭の中がCUで充満して超絶頂にシアワセなところに、オッサンが手りゅう弾を物故んで来た。
「アイツ出さないでくれる?」
⦅”オトコマエ”言うただけやんw⦆
「あ~聞こえない、聞こえない、聞こえない」
 耳を塞いだところで聞こえるのだが、抗わなければ頭の中を荒らされてしまう。
⦅人気あんねんな~⦆
 ふん、ただコスプレしてただけじゃん。
⦅てゆーか、“オトコマエ”決定なんやw⦆
「“オトコマエ”なんて言葉自体、あんたしか言わないからじゃん」
⦅あ、そないでっか⦆
 どこが男前よ、あんなヤツ。ユンジュン君のほうがよーっぽどカッコいいじゃん。
⦅お、恋か?⦆
 CUだっつってんだろ、鬱陶しいな、オッサン。
⦅うわ、口ワルいな~⦆
 誰のせいだよ、折角シアワセな気分に浸ってたのにぶち壊して。口も悪くなるっつーの。
 仕方なくベッドから起き上がってダウンを脱いで椅子の上に置き、荷物の前に座り込む。
 ツアーバッグがら持ち帰ったゴミの袋、空になったペットボトル2本を取り出して横に置き、頂いたお土産を出してベッドの上に置いていく。
 今日頂いたお土産5つを1つ1つパッケージを見て、丁寧にシールを剥がして中身を見る。
 Cがワイン好きだからワインの味のチョコ、Uが苺が好きだから苺味のチョコを入れてくれてる人がいて、北海道からの人は北海道の有名なお菓子が3種類入っていて、それぞれ皆重なってないところがスゴイ。
 二人の好きな画像をシールにして入れてくれていて、自分も大学生になってバイトで稼げるようになったらシール用用紙もインクジェットも買って(お母さんからプリンターは必要な物しか印刷させてもらえないのだ)、同じようにシールにしてお土産に入れたい。
 それぞれお土産を開けたものの、取り出してまとめるのもどうかと思い、結局メッセージやシールだけ取り出して、それぞれの袋に入れたままにし、机の引き出しに入れることにした。少しずつ有難く頂こう。
 ああ、なんていい日。
⦅オトコマエ、カッコよかったし⦆
 ・・・(怒)いや、こんなの相手にしている場合ではない。よくよく考えたらもうこんな時間。明日もライブ、明日もライブ、明日もライブ♪ 準備をしなくては。オッサンなんて相手にしてられない。
⦅英語と韓国語喋れんのか~、スゴイのぉ⦆
 だからナンダ、だからナンダ、ちょっと喋れるからってなんだっつーの。
⦅いや、ちょっとちゃうやん、めっちゃ喋ってたやん⦆
 あ~・・・喋ってましたね、はいはい。だから何だっつーの。
(乙藤きゅん、見直しちゃった、えへw)
 ”きゅん”じゃねーわ、”きゅん”じゃ!あ~鬱陶しい!
 ベッドの上に気配を感じ、思わずそちらに目をやってしまう。
 なぜだろう?怖いものや恐怖、見たくないものなど、見なければいいのに、気配を感じるとそちらを確認してしまう。
 ドラマや映画でも、”コワい、コワい、コワい、無理、無理、無理!”と言いながら、キャストは”いない”ことを確認といって見たり、気配を感じた方に振り向く。偶に、気配、人影を振り切って知らぬ振りをして通り過ぎる、走り去るというのもあるにはあるが、どちらかというとこちらのパターンは少ないように思う。
 怖いのなら見なければいいし、嫌なのなら見なければいい、のに見てしまう。これは、古からの外敵から身を守る本能か何かが関係しているのか。
 そして、自分は御多分に漏れず、気配に釣られて見てしまった。
 オッサンが両手を頬に当て、目をパチパチと瞬きさせ、くねくねと科を作り”乙藤きゅん”を連発している。
 捕まえようとしたとて捕まえられない、物を投げたとて当たらない、この苛立ちをどう処理すればいいのか、頭の中の引き出しを引っ繰り返して探すが見つからず、苛立ちだけが増幅する。
 あーーーーームカつくーーーーーー!!
 拳を握り締め、やり場のない怒りをどうするか考えるが、既に頭の中がごった返していて何も思い浮かばない。
 ⦅何キバッてんねん、う○こか?⦆
「はあ!?」
 う、う○こ・・・!?
⦅ああ、屁ぇかw⦆
 はあ!?
 段々自分が脱力していくのが分かる。
 心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し・・・
⦅よお⦆
 心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し・・・
⦅なあ⦆
 心頭滅却すれば火もまた涼し、心頭滅却すれば火もまた涼し・・・
⦅坊さんかw⦆
 う・・・ダメダメ、反応したら。負けるな自分、落ちるな自分。
 目を閉じ、頭の中で何度も頭からバケツの水を被る想像を繰り返し、”心頭滅却すれば火もまた涼し”を唱えていると、オッサンの声が小さくなる気がした。
 これはいい手かも!
 幾度かオッサンの声が聞こえた気がしたが、次第に本当に聞こえなくなった。
 ドンドンドンと音がし、それが自分の部屋のドアを叩く音と認識するのに少し時間が掛かり、ハッと立ち上がってドアの方へ行き開けるとお母さんの姿。
「ちょっと、昨日お風呂入ったら洗っておくって言ってたのに、洗ってない
 じゃない。というか・・・そのまま寝たの!?呆れた~。これ、暖房も点
 けっぱなしで寝てたよねえ。電気代だってバカにならないのよ!?」
「へ?」
 意味が理解出来ず思考が停止する。数秒後、スペックの悪いパソコンが突然反応したように脳が動き出し、ハッと時計に目を遣る。
 え?朝?????まさか、あのまま寝たってこと!?マジかっ!え?え?え?
 カーテンの向こうが明るくなっており、着の身着のまま寝ていたようで、部屋の中もそのまま。顔も何となくベタついている気がする。
「ちょっと浮かれ過ぎなんじゃないの!?」
「あ、ご、ゴメン!今からお風呂入って、出る時洗うから!」
 ライブに行く条件に、いつもより確実に帰宅が遅くなるからと、お風呂終えたら洗うと約束を自らしていたのだが、まさかの寝落ち。
 只でさえライブに行くことにお母さんはいい顔していないのに、こんなとこでミスったら今後行きにくくなるではないか。
 オッサンのせいだ。目を瞑っているだけでなく、同じ言葉を唱えるいたのが睡眠効果となってしまったか。
 というか今この時間・・・逆算して・・・ちょっとちょっと!りーちゃんとの待ち合わせ時間!!
「ちゃんとするから、ね!ね!急ぐから!」
 お母さんの言葉を遮るべく部屋の扉を閉め、超特急でやるべきことの優先順位を決め、慌ただしくお風呂に走る。
 あんのクソオヤジぃ~~~~~!!!!!!
 
 少しだけりーちゃんに時間を融通してもらい、ドームに到着。
 オッサンのせいだ、オッサンのせいだ、オッサンのせいだ、オッサンのせいだ、オッサンのせいだ!
 昨日は帰宅後に、Mutterでファンの人たちのレポを読みながらライブの余韻を楽しむ予定だったのに、念仏みたいに唱えて寝落ちとか口惜し過ぎる。
 二人だけの待ち合わせなら、りーちゃんに謝って大幅に時間をずらしてもらえば済むことだが、グッズは前日に購入しているのでそこまで早く行かなくても良いのだが、前日同様、この日にしか会えない、文字でしか会話をしたことのない”ファン友”に会うことになっており、今日一番に会う予定の人に”その時間で大丈夫です!”と言ってしまっているのだ。
 その方にも予定というものがあるのだから、こちらの勝手でご迷惑をおかけするワケにいかないので、ここは自分がとにかく超スーパーの速さで準備をするしかなかった。
 余韻どころか、今朝は考える余裕もなく、とにかくりーちゃんにお願いした時間に間に合うように準備するので精一杯。なんと勿体ない時間の使い方。オッサン、許すまじ。

 会場にはオーラスだけに、昨日とは違う光景が見られる。
 その中でも確実に違うのが、期待に胸いっぱいで今日で全力を出し切る言勢いのファンたちを横目に、“チケット譲ってください”と書かれた紙を持ち、声が掛かるのを不安と焦りを隠して待つファンと、その傍らで、どう見てもライブ参戦ではない、お世辞にも柄がいいとは言い難い中年男性たちがウロウロし、同じくチケット探しや売りにファン達に声を掛けている様子。所謂”ダフ屋”というヤツだ。
 ライブ開演間近になると、“譲りますよ”という言葉どころか、急いで会場に向かう人波が目の前を過ぎるばかりで、“譲ってください”の姿が風景と化してしまい、終にはチケット売買の為にウロウロしている中年男性達に声を掛け、大枚を叩いてしまうファンもいる一方で、自分の信念に則り、絶対に手を出さないとして諦め、会場の外で音漏れ参戦を選択するファンもいる。
 ライブが終わるとその是非についてあちこちで意見が交わされるも、結局のところ、ファンの足元を見た詐欺を無くす努力をアーティスト所属の会社がしない限り、いたちごっこが無くなることがないことはファンも分かっている。
 そして数年後、いろんなアーティストの事務所が転売を阻止するべく、一人チケット一枚しか取れず、しかも入場には本人確認が必要な形を取ったり、いい席だからこそ起こる転売などには、当日にしか席が分からないという形を取る、ファンクラブ内で譲渡したチケット以外は無効になるシステムにするなど、知恵を絞って対策を打って出るのだが。
「オーラスチケット、あって良かったね」
 “譲って下さい”の紙を持って立っているファンを見ると、一瞬その姿に自分を重ねて胸が痛む。自分だったら、果たしてギリギリまで立って待っていられるだろうか。
「もし今日オーラスチケットなかったら、りーちゃんだったらどうする?」
「暫く探して、見つからなかったら諦めるよ」
「え?オーラスだよ?ホントのオーラスだよ!?」
「うん。今回もある程度探して見つからなかったら、諦めようと思ってたか
 ら。巡り合わせってあるしね」
 思ったよりアッサリしてる~~~~~、ということに少しオドロキ。自分だったらギリギリのギリギリまで探して、流石にダフ屋から買うほどお金はないので、きっと自分の運の無さをツアーが終わってもずっと嘆いていそうだ。
「それに、CUを好きだからこそ、彼らのためにもダフ屋から買いたくないな
 って。何よりも、神様が“あなたは今回はお留守番ですよ”って言うなら、
 そうなんだ~って受け入れるかな。きっとそれにも意味があると思から」
「あ、なる~・・・」
 そこですか~。
 時々、りーちゃんは人生二回目なのでは?と思うことがある。実際はそんなことはあり得ないのだが、同じ年だと思えない落ち着きというか、達観している感がある。カトリックだからなのか?
 自分は無宗教に近く、新興宗教に翻弄されたおばあちゃん、お母さんの姿を断片的にでも垣間見たので、益々拒否が強くなった気がするが、神様の元で生活をするカトリックのりーちゃん、カトリックに信仰のあるりーちゃんの家族に救われた、救われているのも事実。
 まあ、カトリック自体は新興宗教ではないので、森北家、ではなくて本庄家のそれとは全く違う。
 自分もりーちゃんと同じ環境なら、りーちゃんみたいになれたのだろうか、と考えてはみたが、両親を見ても親戚を見ても違い過ぎるので、それはカトリック云々は関係ないなとも思う。
 きっと自分がカトリックでも、オーラスのチケットが入手出来ていなかったら、自分の運の無さに落ち込んで、布団に入って不貞腐れて、Mutterでレポが上がるの見て想像して喜んで、自分がそこにいなかったことに落ち込んで、を繰り返していただろうことが容易に想像できる。
 思わずため息。
「すーちゃん、どうしたの?」
「あ、や、何でもない。あはっ」
 あ、顔が引き攣ってる。
「せっかくオーラスのチケット譲って貰えたから、今日のCUに会えるのを喜
 ぼう」
「あ、うん」
 そりゃそーか。りーちゃんの感覚からしたら、神様が“今日はCUと会って楽しんでおいで”っていう感じか。ナルホドな~・・・何かいつも神様が傍にいてポジティブな言葉を掛けてくれてる感じ、いいな~。あたしなんて
・・・あ、やめておこう、こんな場所であんなクソオヤジ頭に浮かぶとか、折角のCUのライブツアーが汚れてしまうわ。
 兎にも角にも、チケットを譲って貰えたというこの幸運を喜ぼう。
 あ、しまった、乙の顔が浮かぶとか・・・ワタクシとしたことが。
 早くその時は始まって欲しいと願いに願ったライブツアー。首を長くして待ったツアーも、始まってしまうとあっという間で、気付けばオーラスの日。
 今日の日という楽しみと、また暫しこの楽しい宴がいつやって来るのかという名残惜しさ。Mutterでレポを見た時に、2人が”ツアーも折り返し”と表現したもなの見た時、思わず”ええっ!?”と時の流れの早さに思わず声を挙げてしまった。
 普段会えないファン友さんとも挨拶をすることができ、やはり直に会うと、う~ん、満悦。
 今まではどんな人なのか自分の憶測のみだったが、これからはコメントするのもイメージし易く、楽しみが倍増。年上の人が多いので、自分で言うのも何だが、可愛がってもらえている感覚が何だか途轍もなく嬉しい。
 オーラスというこの貴重な宴の時間が刻々と近付き、ファン友さんたちとのご挨拶を終えて席に向かう頃には既に6割ほどの席が埋まっていた。
 ドームを漂う光の演出のための白い靄が日常とは違う嵐の前の静けさのような、ただそれだけでドキドキしてくる。
 オーラスの席は1階席の真ん中辺り。中央席に近い分、全体を見渡せるという意味では、昨日のアルファベットのややライト側より全体を見渡せる。
 が、昨日のアルファベット席は、トロッコが通ると驚くほど近くにCUの姿。トロッコの動きと共にファンの声も移動し、自分たちも無意識にCUの名前を呼び、声を上げ、手を振り、目が合ったと言って歓喜に沸く。
 昨日よりはCUから遠い席。少し残念な気持ち。
「ここ、スゴイね~、正面から見られるね~」
「そうだね~。昨日は全体は見えなかったもんね~」
 そうだよね。自分は当たらなかったワケで、あのまま見つからないままだったら、昨日が最初で最後の参戦になっていたワケで、Mutter見ていても、参戦できるだけシアワセと言っている人がいて、このチケットがなかったら自分の運の無さに泣いていたハズ。
 席に座り、飲み物を取り出してドリンクホルダーに入れ、大きいビニール袋を取り出し、ツアーバッグをビニール袋に入れて下に置き、ペンライト、ファンクラブタオル、オペラグラスを取り出し、まずペンライトが点くかを再度点検。
 ツアーバッグを入れたビニール袋を椅子の下に滑り込ませ、首にぶら下げた携帯を見ながらきょろきょろと落ち着きなくドーム内を見渡す。
 ファン友さんたちがどの辺りに座っているのかの画像を見ながら、オペラグラスで確認したり、ぞろぞろと流れるように入り口から沸いて出る人の姿を眺めたり水を飲んでみたり。
「わ~、どうしよ~、終わっちゃう、終わっちゃう、ツアー終わっちゃう
 ~!!」
「ホント、始まったらあっと言う間だったよね」
「いいよな~、日本のアイドルとかアーティスト好きな人はさ~、いつでも
 TVで見れるもんね~」
「うん。でも、日本人として生まれてたら、今の二人になってないかもしれ
 ないよね」
 う~ん、イイエテミョーだ。あのカッコいい顔、身長、歌とダンスの上手さ、あの愛嬌・・・でもって、歌って踊ってのあのスタミナ・・・体格を考えても、まあ日本じゃ難しいかもな~。
「う~ん・・・難しい・・・」
「今の二人だからいいんだもん、仕方ないよね」
「そ~だよね~、うん、仕方ない、仕方ない。あ~、ツアー終わるの、ヤだ
 な~」
 と言っても、どちらにしても昨日と今日しか参戦はできないんだけど。
 ホント、二人がいなかったら、自分、今頃どうしてたんだろう?って自分みたいに思ってる人、この中にいっぱいいるんだろな~。この世に存在してくれてアリガトウ、って感じ?
「そう言えば、今日乙藤君はP席のあの辺で、ユンジュン君はBブロック
 の・・・あ、あの辺みたいだよ」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?P席ぃ!?Bのどこって!?」
 りーちゃんが携帯に表示した座席表を見ながら実際の辺りを指を差し、その指先を追ってオペラグラスを必死で覗く。
 てゆーか、この双眼鏡じゃ見えないし!てか、何なん、乙がP席って!!ユンジュン君もBって!!何だ、その幸運は!?オーラスに参戦出来ただけで有難い、自分にそう言い聞かせていたのに、何だこの敗北感は!?
 もぉ~、りーちゃん、タイミング悪い(泣)
「すごいよね~、ユンジュン君。せっかく日本に参戦するんだもん、いい席
 当たって良かったよね。どれぐらい近くに見えるのかな。あたしもいつか
 あんな席当たってみたいな~。P席はバイトするようになったら挑戦して
 みたいな~」
 そうか、りーちゃんはこういう人だった。りーちゃんにとってはただの情報でしかないんだ。自分みたいに“悔しい”とかないんだ。
 りーちゃんが友だちで良かったよ。必要以上に卑屈になるのを軽減してもらってるわ。
 りーちゃんの言葉に漸く”うん、ホントに”と返事をするも、りーちゃんほど人間ができていないので、八の字の眉と突き出した下唇は元に戻せず、バネで動く人形の首みたいウンウンと上下に小さく振っていた。
 しかし乙がP席かよ~~~~~~、何だよヲイ~~~~~~~・・・
 脱力感に苛まれることからは逃れられず、でもドームの中はやや薄暗いのでりーちゃんに気付かれなくいられそうだ。
 と、突然ドーム内の電気がドン!という音と同時に消え、ワァァァァァァという声と共に会場内のファンが一斉に立ち上がりペンライトを点灯。ペンライトの海に会場のボルテージが一気に高まり、バン!と動画が映し出され、歓声でドームが揺れ始める。
 当然、脱力感満載の自分も、反射的に立ち上がり”キャ~!!!!!”と叫んでいるワケだから、ライブって凄い。
 
 CUの全国ツアーが終わり、Mutterにも上がってはいけないライブ画像もほぼ上がり終わり、学校で残る行事は学年末テストと卒業式という、なんとも楽しくない行事しか残っていない。
 この落差。ジェットコースター的過ぎて、気持ちがついていかない。けど、そんなことは言ってられない。気が付いたらもう1年生が終わる。
 高校入学前から”中学生活の二の舞にならないように”と、結構迷走気味に鎧兜を身に着け戦場(という学校)に向かったが、その意気込みが空回りし、無駄であったことに気付くまでに少し時間を要した。
 仕方あるまい。眞理子、千華、琴乃が自分を受け入れてくれているのは無条件だということを認識するには、経験が無さ過ぎた。それに、今でもいつ無くなるか分からないという気持ちは消えてはいない。
 2年に上がる時普通科はクラス替えがあり、自分はまた一から環境に慣れないといけないという不安はある。が、その一方で、高校卒業後の進学も見据えないといけないので、もしかすると中学の時よりは環境だけに翻弄されることは軽減されるかも?とも思い始めている。
 理数科に入ればクラス替えはないが、数学は好きでも理数科は流石に無理だと思い、チャレンジさえしなかった。まあ、受かっていたら乙がいたと考えると、普通科で良かったとも思う。
 そして、ツアーに気持ちがどっぷりであったため忘れていたが、年末休み前、2年に上がる時に文系と理系のどちらを選択するか、最初の聞き取りがあった。その際、眞理子たちそれぞれに明確な進路があったことに少し焦りを感じた。
 自分の中では、あの中学時代から抜けるために彼女たちが絶対入れないだろう高校に入り物理的な距離を取る、というのが目標で今の学校に吐いたところがあり、進路を考えての今ではない。ので驚いたが、もしかすると自分のほうがマイノリティなのかもしれない。
 眞理子は歴女で推理小説好きで、大阪に住むおばあちゃんの影響で、ポール・マッカートニー、と言うよりも60、70年代のアメリカの音楽が好き。でも、英語を使う云々ではなく、将来目指す仕事は科学警察研究所、若しくは、科学捜査研究所での仕事。自分はドラマでしか聞いたことのない遠い話だが、推理小説好きと父親が警察勤めという影響も相俟ってか、物理から目指すのだと言う。
 しかも、卵が先かニワトリが先か説みたいに、眞理子の名前は警察に勤める眞理子のお父さんが、有名な科捜研ドラマの主人公から取ったそうで、名前のせいなのか環境のせいなのか、たまたま眞理子自身の興味がそうだっただけなのかは不明だが、”科捜研の眞理子”になりたいのだそう。
 琴乃はお父さんが公認会計士の事務所を開業しており、将来は琴乃も公認会計士の資格を取って仕事がしたいのだそう。お姉さんが音大に通っていると言っていたので、琴乃もそんな感じなのかと思っていたら、まさかの公認会計士。と言いつつ公認会計士と税理士の違いもよく知らないので後から調べたら、公認会計士の方が難しかった!
 ただ、希望の大学は決めているが、経営学部、経済学部、法学部で迷っていると話していた。そこには、受験の際に必要な科目や内容に差があり、2年に上がる際に文系、理系のどちらかにするかはもう少し考えると話していた。
 もう受験科目との内容まで調べているのかと思ったが、ただ端に自分が先のことを考えていなさ過ぎかも、と次第に感じるようになった。
 千華はお父さんが公務員ということと、大学生のお兄さんがお父さんと就職について話をしていることを耳にすることもあり、公務員を目指し、並行して企業も視野に入れ、自分に自信をつける為に背伸びしてギリギリ合格の大学を選ぶのではなく、自分の成績で上位にいられる大学を選ぶ、と言っていた。
 どういうこと!?と反射的に聞き返してしまったが、何でも、企業の場合、成績も重要視され、それプラス大学時代に何をやったかなどが評価になるとか。
 マジか~(汗)漠然と噂では”大学時代に何をやったか”は聞いていたが、成績もか~、そりゃそうか~、と思うと同時に、”自分が成績上位にいられる大学”となると、”すご~い!”と言われる大学にギリギリ入るのではなく、真ん中でもなく、”え、成績上位!?スゴ!”と思われる大学で、自分が納得する大学を探すとなると、自分の力を明確に見極めないといけない。
 しかもそれを高校生の間にすると言うことなので、自分が如何に何もしていないかを実感。
 で、自分のを聞かれ、まだ決めておらず、英語に関わっていたいかも、的な答えが精一杯で、それ以上何も浮かばず。バカ過ぎた~~~~~。皆がそこまで考えているなんて、驚愕。
 そして、一緒にCUのツアーにどっぷりだったりーちゃんが、国立医学部志望だということにこれまた驚愕。
 りーちゃんとはCUの話題が主で、進路の話をするまでに至らない程にCU漬けの日々。元々成績良好のりーちゃんではあったが、もっとのんびりしたタイプかと勝手に思い込んでいたようで、ツアーの時にも感じたことで、こちらが思うよりもりーちゃんはしっかりとした信念や行動力を持ち、確実に自分の前を歩いている。
 まさかの理系で、まさかの医学部志望だったとは・・・もしかして学校で先のこと考えられていないのって自分だけ!?
 はあ、将来かあ。こんなさ~、十六如きに長い先の将来のこと決めるなんて無理じゃない!?二十歳になって希望変わったりさ~、三十になって希望変わったりさ~・・・ていうか、結婚しても仕事続けられるかとかさ~、将来どう考えたらいいのかわっかんない。
 CUと結婚したい、と口では言い、多少本気で妄想してみたりする一方で、現実的でないことを理解している自分が頭の隅にいて、大学に入ったらバイトをしてもっとツアーに参戦するぞ、しか頭になかった自分が恥ずかしい。
⦅結婚できると思とんやw⦆
「あ~いちいちウザ。オッサンに関係ないし」
 勉強机に頬杖を着き、キャップをしたままの青いグルーペンを指でプラプラさせ、教科書を前にボーっと考え事をしている。
 既に、オッサンの声がしても姿が見えても”出た!”とも思わなくなり、自然に反応するようになっていることにある日気付いた。
 最初は着替えも脱衣所に行って着替えていたが、お母さんから不振がられ渋々部屋に戻り、辺りに視線の有無を確認しながら着替えていた。が、次第にオッサンが出没、ではなく、姿や声がある時は、基本的には自分が勉強ではないことを考えている時やボーっとしている時だけで、着替えや勉強をしている時は全く気配が無いことに気付き、今は部屋で何事も無いように日常を送っている。
「ん~・・・英語が好きっつってもな~・・・」
 通訳になれるわけでもなく、外交官なんてなる頭無いから論外。外資系企業?う~ん・・・英語が好き程度じゃあ・・・留学しても限界あるって何か
に書いてたしな~・・・の前に、留学のお金なんかないしな~・・・大体、今の高校に入るために勉強してたし、大学は漠然と国立ってしか考えてなか
ったもんな~・・・裕子さんぐらいペラペラだったら何か考えようもあるけど・・・会社員?何の会社の?・・・CUたちにいつか会いたい、というとこではTV局!?いや~、アナウンサーなんてあり得ないし、AD?ん?マネージャーってどうやってなるんだろ?広告代理店だっけ?いや、前TVで見たけど、あんな体力ない・・・
⦅今のヤツらは贅沢やの~、職業選べんねんもんな~⦆
「贅沢か~・・・」
⦅選べても何も決められんのやったら、あんま意味ないのぉ⦆
「意味ないか~」
⦅アホ面やの~⦆
「アホ面なのか~・・・」
 今は模試でもテキトーに聞こえのいい大学名を選んで書いているけれども、周りは既に先を見据えて選んでいたということだ。
 お母さんに相談したとて、どうせ”安定したとこ”としか言わない。今度、裕子さんに相談してみるか。
 一旦思考に区切りがつき、ふと教科書の方に視線を落とすと、オッサンが教科書のページの角を折り、折り目を足でパンパンと叩いているが、すばるの視線はそれを捕らえておらず、小さいおじさんは更にもう一ページ、角を折り始めている。
「・・・おい!」
 一瞬、目の前の現象が理解できず目を凝らし、理解と同時に目を剥き、咄嗟にオッサンを手で振り払うが、“スカッ!”という音が聞こえそうな空振り。
 オッサンは、教科書のページの角を何枚か折り重ねた部分を更に押さえながらこちらを見上げ、“へっへっへっへ”と不敵な笑いを見せる。
「オッサンさあ、ホント、マジ最悪よね~。物を壊したり、人の教科書折っ
 たりさあ。エラそうなことばっか言って、物を大事にしないヤツってサイ
 ッテー。フン」
 あ~もう頭働かないから、勉強やめやめ。
 端を折られた教科書を見て、”やらなければ”の気持ちも折られたような感覚。気力がオフにされ、諦めてベッドにうつ伏せにダイブ。
⦅お前、逃げんの、好っきゃな~w⦆
 誰のせいだよ。
⦅“誰のせいだよ”ってワシかよ!って、人のせいにすんない。あ、人ちゃう
 かったwww⦆
 オッサンが一人でノリツッコミ。
「あんたがヘンなことするからじゃん」
⦅いやいやいやいやいやいやいやいや、もうやる気なかったやんけ⦆
 ”やんけ”って・・・口わる~・・・
 大きく溜息を吐き、寝返りを打って仰向けになる。
「いーよねー、オッサンは。受験も無いし、将来のことなんて考えなくてい
 いもん。毎日、バカみたいなことやってさ~」
⦅バカみたいだぁ!?お前アホけ。ワシが建造物やったら文化遺産級やぞ⦆
「文化遺産って言うのは、“将来に残すべき”が前提だし」
⦅残すべし⦆
「いらないし」
⦅そういうにヤツに限って、ワシおらんなったら“寂しい~”とか言うねんや
 てw)
「言わない、言わない、静かになって嬉し過ぎて泣く」
⦅吐いた唾飲むなや⦆
「汚な~い」
⦅返しがつまらん⦆
「つまらなくて結構でーす。どーせつまんないですぅ」
⦅おもんな~⦆
「へ~へ~、左様でございます~」
⦅・・・⦆
 暫しの沈黙。やっと黙ったか。
⦅頭の回転悪い、言うてんねんけど、“左様ですぅ”言いよったw⦆
「は?そんなこと言ってないし」
⦅いや~、ムキになるってことは、自覚あるってことやな。そら、えらいビ
 ックリやw)
 ・・・はあ、もういいや、お風呂入ろ・・・
⦅お、逃げるんか?⦆
 はいはい、逃げます、逃げます。
⦅つまらんやっちゃの~⦆
 つまらなくて結構で~す。
 黙々と着替えを用意し、無表情に部屋を出る。
 オッサンは、入り口横に椅子の背凭れに足をかけ、ぶらんと逆さまにぶら下がっている。
 いつもそうだが、何を考えてのそういった行動になるのか。そもそも、何のためにこのオッサンが存在するのか。イミフだ。
 視界には入って来ていたが、まともに対峙する気力喪失で、放って部屋を出て行く。
 将来?まだ高校1年生でも、もう自分が大人になった時のことを考えた進路を考える?自分が社会人?ちょっと思考が追い付かない。
 元々なりたい職業がある人はいいが、そうでない自分みたいなのには、いや、今が精一杯の自分には、大学のその先を考えるには時間が足りない。
 取り敢えず潰しの利く学部って何だ?このままの感じだと、思いつくまま企業を受けるという選択になるのか?なりたい職業なんて、皆どこで出会うのか?
 今特に出ていないのだから、捻出しようとしたとて突然出るワケもなし。頭パンクしそうだから、お風呂入ってからCUに癒されよう・・・
 
 CUの映像を観ながら、”きゃ~カッコいい~♪”と、喜びでもない、嬉しさでもない、この何とも言えない高揚する感情は、ある種苦しんでのたうち回って悶絶状態。
 家の中などで、特に自分の部屋ではなくTVのある部屋だと、更に高揚する感情を押し殺さなければならないことを考えると、ライブは何と素晴らしいものなのだろう。
 その場で思うままに気持ちを出せるし、何なら全身全霊で感情そのままを叫んでいる。終わる頃には喉がガラガラになるが、それでも心の底から湧き上がる思いを表現しても近所迷惑にならない、寧ろ歓迎されるなんて。ライブの有難さよ。
 と、CUの映像を観ながらふと、CUの家族や友人の存在、彼らの周辺で仕事をする人を想像して”なぜ自分はそこにいないんだろう?”と思った。時々思うことではあるが、こちらもふとした時に湧き上がる感情。家族だったら、友人だったら、関係者だったら、もっと身近で応援できるのに。
 が、そこはもう”運”でしかないとなると、自分にはどうしようもない。そういう気持ちスポットに入ってしまうと、折角のステキな映像への集中力が格段に落ち、目に見えない重厚なアクリル板が映像との間に出現したような状態になる。
 そういう時はネガティブ思考になっているので、表には出さないが、頭の中は悪態だらけ。自称”ネガティブスポット”。しかも、毎回映像を観ると入ってしまうのではなく、ある時突然なので、これがまた厄介。
 以前、とあるスピリチュアル系の有名人がTVで、”自分で生まれる場所を決めている”とで話していたのを聞いた時、”誰が喜んで壮絶な虐待で殺されに生まれて来る!?””誰が喜んで殺人鬼に惨殺される人生を選ぶ!?誰が好んで戦地に生まれて来る!?”と悪態を吐き、この有名人を好意的に見られなくなった。
 そして、”自分だって選べるなら、家族仲の良い、金銭的にも困らない、人間関係にも困らないような性格になる家庭を選んでるし、今ならそれこそCUのどちらかと結婚できるポジションとか、せめて同級生とか親戚のところを選ぶわ!”と独り言ちる。
 あのスピリチュアル系有名人の言葉は、”選んだ自分が悪い”と言われている気になり、逆に”そうなんだ!”と思える人はシアワセだなと思う。自分的には理解不能。
 ネガティブスポットに入り込むと、そこから抜けるのに時間が掛かるが、最近は無理やり抜ける手段として、携帯で動物の動画を見て意識を反らす、というのを1つ見つけた。
 人の愛でている猫やハムスター、カエル(小さいの限定)を見ると、本来人や動物と触れ合うと”オキシトシン”という物質が出て、情緒が安定するらしく、それが見るだけで出るのか分からないが、いつの間にかネガティブスポットからスーッと引き上げられている。このマンションでは飼えないので、いつか一人暮らしをして猫を飼いたい。
 そもそも、ただCUの映像を見ていたワケではなく、現在、母国で活動中のCUに、母国のファンの立ち上げたで応援企画に、日本のファンも共同で参加することになり、そのために寄付と手紙、若しくは手紙やメッセージカードのみでもを受付けるというアナウンスを受け、りーちゃんと共にそれぞれにメッセージカードの作成を手がけることにし、構成を考えるために映像を見てイメージを膨らませようとしていたのだったが、不意にネガティブスポットに入ってしまったのは想定外。取り敢えず復活したので、そこはヨシとする。
 テストなどもあるため、日曜日一日で集中して作成することにしたので、構図だけはある程度決めて、今度の日曜日にりーちゃんの家で作成予定。その日に出来上がれば、必着日に余裕で間に合う。
 りーちゃんの家は広いので、これまで使用した工作道具や色紙やリボン等をりーちゃんが管理してくれている。それはそれはキレイに使いやすく収納されていて、服などは自分でも適度にキレイに入れられているほうだとは思うが、あんな細々したものを分かりやすく収納できるりーちゃんの頭の中はどうなっているのか。
 
 ポップアップカードを2つ作るため、りーちゃんとアイデアを出し合って構想を練り、ざっくりと鉛筆で”こんな感じ”を描き、細かいところを決めていく。
 小さい頃から絵を描いたり工作が好きだったので、こういったことは楽しくて仕方ない。途中の工程は面倒に感じることもあるが、出来上がった時の達成感や仕上がりの満足感はこの上ない喜び。しかもそれがCU宛てとなれば、テンションもMAX。
 カードの形にカッティングしてある少し分厚めの色紙に、それより少し小さめにカットした白い画用紙を当てながら位置を確認し、定規で印をつけていく。こういった工程部分は多少面倒ではある。が、それもその向こう側の楽しみのため。
 そう言えば・・・
「ねえ、りーちゃん、いつから医学部志望だったの?」
「ん?えーっとね、中2ぐらいかな?」
「え?そうなの!?全然知らなかったよ~。でも何で?」
「うん、ちょうど親戚とかがね、立て続けに大腸がんになったり、乳がんに
 なったり、子宮頸がんになったりして、たまたまどれも見つかるのが早か
 ったから良かったんだけど、それより前に従兄が一人ね、再生不良性貧血
 だったんだけど、骨髄移植が叶わなくて亡くなってるんだよね。その時
 に、何て言うのかな・・・そういう病気になりにくくするためにとか、も
 っと治る病気が増えないかなって思って。その時からそうは思ってたんだ
 けど、今はとにかく入学しないと(苦笑)」
「そんなことがあったの?知らなかった。でもそこで”医者に”っていうのが
 スゴいな。っていうか、りーちゃんだったらどこかに必ず入れると思う」
 自分の周りにはたまたまそういう人いなかったけど・・・あ、おばあちゃんが膠原病だったな。でも、そんなこと思わなかったし、おばあちゃんが入院してても、主治医と会ったことなかったし、ナースさんしか見たことなかったな~。
 りーちゃんにそんな事情があり、そこから将来を考えていた時、目の前の中学校生活をどうするかだけで精一杯だった自分。ん~・・・・・・・・・これも自分が選んで森北家を選んで生まれて来たで片づけるのか?
「かなり頑張らないといけないけどね。お父さんとお母さんにあんまり迷惑
 かけられないから、国公立で受かったらどこでも行くつもりなんだけど
 ね」
「え、そーなの!?」
「うん。やっぱり学費が違うからね。国立でも、できるだけ国家試験合格率
 高い大学入りたいし」
「え、そんなのがあるの!?」
「うん。大学の偏差値が高いから合格率が高いわけじゃないんだよ~」
「うへぇ、そうなんだ~」
 りーちゃんは苦笑しているが、小学生の時から成績が良く、中学生の時はテストの期間になると、必ずりーちゃんの名前が聞こえて来た。
 りーちゃんはどちらかというと地味(という言い方が良いとは思えないが、ボキャブラリーが乏しいため適語の捻出不可)系で、目立ちたい願望が皆無のような子で、成績のことなんか自分からは何も言わないし、多分りーちゃんも望んでないと思うが、先生がわざわざ、特に模試が良かったりすると名前を出し、同じクラスにいなくてもそのことは流れて来る。全く、”先生”という生き物はナンなんだ。
 小学生の時は、いつも自分より良い点数のりーちゃんに”負けるもんか”と思っていた時期もあったが、中学に入ると次第にその距離が微妙に開き、りーちゃんは自分の向こう側にいるなと思い始めると、小さい嫉妬心も無くなった。
 りーちゃんは点数が良くても、それをおくびにも出さない。カーストの上の子たちが”いいよね~、成績いい子は”などと、上から見下ろすようにして、口を歪めながら嫌味を言って来てもただ苦笑するのみ。
 自分が同じことをされて嫌だということを話した時、りーちゃんは、”友だちに同じことをされたら悲しいけど、面倒ではあるけど、友だちじゃないから気にしていない”と言ったことがあった。鋼のメンタル。
 理屈ではそうだが、正直嫌われたくないし、人の悪意をまともに受けると、結構なダメージ。そうされないためにはどうしたらいいのか、ばかりを考えた自分と、スルーを決め込み、将来を考えていたこの時間の使い方の差。何なんだ?何なんだ!?
 このメンタルやマインドの持ち方の差は、生まれもった性格か?家庭環境か?話を聞けば聞くほど、自分は余計なことに時間を費やさないといけない状況下にあった気がする。
 となると・・・やっぱりあのスピ系有名人に怒りが沸く。
「そう言えば、ユンジュン君は大学はアメリカに行きたいんだって」
「え?ユンジュン君?へ~・・・」
 何だ、突然ユンジュン君?
「やっぱ、韓国ってソウル大でも就職率悪いから?」
「ん~、何か、細胞の研究したいって言ってたよ」
「あ~、研究とかってなるとやっぱアメリカになるのか~。アメリカの研究
 費って日本と比べ物にならないから、日本のデキる人が渡米して研究して
 るって言うしね。韓国は日本以上に、研究とかより就職有利優先って言う
 しな~」
「すーちゃん、韓国のこと詳しいもんね」
「いやいやいやいや、気になって記事読んでるだけ」
 何か、りーちゃんに褒められるとくすぐったいw
「でね、そのうち日本デビュー10周年イベントあるでしょ?当たったら来る
 んだって」
「ん?こっちに住所あるの?????FCに入ってないとエントリできなく
 ない?」
「叔父さんが日本人女性と結婚してこっちにいるから、そこの住所使わせて
 くれてるんだって」
「あ、な~るほど」
 てか、りーちゃん、結構ユンジュン君と話してんだ。
 何だろう、この感覚?身に覚えあり・・・・あ、何だかちょっと取り残され感がムクムクと沸いてきたぞ?
「でね、もしユンジュン君来たら、お茶しませんかって」
「へ?あたし?」
「うん、一緒に」
「え、何で?」
「ダメかな?」
「え?・・・いや、うん、大丈夫」
「良かった。みんな当たるといいね」
「あ、うん」
 取り残され感からのこの短時間でのお誘い。脳が付いて行っていないぞ? ハトが豆鉄砲を食らったようとはこんな感じ?
 CUの曲をBGMに乗りながら黙々と作業を続けるりーちゃんの横顔を見つめながら、じわじわと身体の緊張が解れ温かくなるのを感じる。
 優しいし、賢いし、行動力あるし、博愛主義者だし、自分なんかより全然人間出来ていて、なのに”地味系”などと宣う自分ってどうよ?終わってるな~、自分、終わってるわ~(泣)良いコトバ探そう。
「すーちゃん、どうしたの?」
 りーちゃんがふと顔を上げ、こちらを見る。思わず”わお!”と声が出そうになったが、そこは何とか免れた。
「あ、ううん、何でも・・・あ、でも、ユンジュン君も高校生で、日本に来
 るのもタダじゃないのに、家、お金持ちなの~?そんなしょっちゅう日本
 に来れる?韓国って、勉強勉強で、バイトなんかする暇なくない?」
「あ~、何かお家も裕福みたいだけど、バイトしてるらしいよ」
「え?バイト?勉強、勉強の韓国で、高校生でバイトとかってできるの 
 !?」
「何か、家庭教師やってるんだって。ユンジュン君、ソウルで一番英語が強
 い高校に行ってるらしくて」
「え?え?え?それってもしかして、Cが落ちたって言ってた高校とかじゃ
 ないでしょうね!?」
「あ、そうそう、そこ」
「えーーーーーーーマジかー----!!Cだってかなり頭いいのに落ちた
 って言ってた、あそこ!?マジか~~~~~」
 今日はいろいろオドロキが多く、脳と心臓の疲労感がハンパない。大丈夫か自分?
 なんでも、ユンジュン君の通う高校を目指している小学生や中学生の親が、直接家庭教師を希望してきて、現在に至るそう。
「あ~そぉ~、こりゃまたスゲ~でやんすね~」
「だから合うのかな」
「何が?」
「乙藤君とユンジュン君」
「え、お、乙ぅ?いや~、ちょっとよく分からないけど・・・」
 りーちゃんは一体どういう方程式に当て嵌めて”だから”と言っているのか。というか、こんなとこで乙の名前なんか出さなくてよろしくってよ。
 りーちゃんに、”自分は乙は無理”と言っておいたほうがいいのか。それとも、自分の個人的な感情を無理にりーちゃんに知らせると気を遣わせてしまうか。博愛主義者のりーちゃんには、何となく言い難い。
「二人とも、教えることで勉強になるって言ってるし、何かの研究したいっ
 ていうのも同じだし」
「へ~そうな・・・」
 ん?二人とも?・・・いや、乙の情報なんてどうでもいい。どうせ乙ん家病院なんだからお金あるし、何でもできるでしょうよ。医者でも研究者でも、何でもなりやがれってんだい!あ、口悪いw
「どうしたの?」
「ん?何でもないよ~ん」
 無理に笑顔を作ると、どうして自然な笑顔にならないのだろう?やはり、表情筋の力加減がおかしなことになるからか。自分でも引き攣っているのが分かる。
 差し詰め、冬に寒さで表情筋が固まっているところを、無理やり笑顔を作る状況になっているような感じ。
 ここは取り敢えず乙の話を切ってしまいたい。ので・・・
「あ、これ、絶対今日一日で仕上げようね」
 お、我ながらナイスな返答。そうそう、今日第一の目標だからね。
 CUの話ならともかく、乙の話はジェットコースター並みにモチベーションを下げてくれるから、カード作りの手を進めるにはヒジョ~にお邪魔。
 チケットを譲って下さったことには甚く感謝しておりますが、まあ、P席が当たってらっしゃったワケですし、それに比べればスタンド席なんて気にもなりませんわねぇ。
 おっと、一瞬オッサンから何か言葉が飛んで来そうな錯覚に陥った。ここはりーちゃんの家。オッサンなんているワケがない。気にしない、気にしない。
「うん、頑張ろうね」
 りーちゃんの菩薩のような笑顔を見ると、やっぱり乙はヤダとは言い難い。きっと、博愛主義者のりーちゃんには、乙の嫌さは分からないと思う。ここはやっぱり自分の中に留めておくのが賢明。
 しかし記念イベ、また土日の午前、午後枠とかってなるのかな~?の前に、次はいつかな~?
 ユンジュン君、当たったファンミの時間で、スケジュール的に無理ってこともあるんじゃないのかな~?まあ、まだ先のことだから、そんなことはどうでもいいか。
 とにかく今日は、CUが見た時に”うわぁ~!”って言ってくれる作品作るぞ~!!
 
 気紛れな日本上空の機嫌に翻弄され、前日の予報を少し外し、突如小雨が降ってしまったことに対し申し訳無さそうに詫びるお天気キャスターに、”なぜわざわざ謝るのだろう”と思いながら、ベーコンエッグを突付く。基本、塩コショウ一択。
 そもそも、人間が自然に勝てるワケはないのだから、予報はあくまでも予報、ということを呟いていると、先日の大雨にブツブツ言っていたことをお母さんに指摘される。
 や、それは、晴れが曇り、曇りが小雨ならいいが、前日に”明日は晴れ”と言っていたのが突如の大雨で、折り畳みも持って行っておらず対応できなかったので、対応できなかったことにブツブツ言ったかもしれないが、天気予報に文句を言ったワケではない。
 ”あんたは理屈っぽい”とお母さんは言うが、感情に任せてモノ言うお母さんもどうなんだ?と言ってやりたいが、面倒なので言わない。
 厳しい冬から少しずつ空気が春に向かっているので、そろそろこの辺りでは雨が雪になることはない。雪なら多少降ってもハラハラと落ちてくるだけだけど、雨となるとしっかり濡れるので、まあ出来れば天気予報が当たるほうが有難い。が、自然が相手なので100%信用はせず、常に折り畳み傘を持つか置いておくか、自分で準備をしておくしかない。
「あんた、あんまりゆっくりしてたら裕子さんに迷惑よ」
「おー、生姜の炊き込み、美味しー」
 お母さんのことばを遮るように、技とらしく大袈裟に褒める。実際、生姜がよく効いた鶏の炊き込みご飯は美味しい。昨日の残りでも関係なく、冬に楽しみにしている一つ。やっぱり夏より冬に食べたい。
「あ、裕子さんにそれ持って行って」
「ん?」
「テーブルの上の」
「あ、うん」
 お母さんの仕事は暦通りだが、今日は何処かへ出かけるらしく、いつもよりはアクセクと動いている感じがある。
 まあそんなことはどうでもいいか、とカブのぬか漬けを口に運ぶ。少し固めの皮も食感として美味さにプラス。ん~んまっ。
 裕子さんの家で30分リスニングの勉強をした後、裕子さんが準備してくれたガラスの器のドライアイスの上に個包装された一口アイス。バニラ、チョコ、ストロベリー、コーヒー、マンゴー、好きな味だらけ。
 チョコを一つ手に取り、包装を縦に破って中から一口アイスを取り出し、そのまま口元へ持って行く。
「ん~~~~~、冬のアイスはまた格別ぅ」
「よね~、贅沢でしょ~」 
 あ~、美味い。疲れた脳に染みる。
 口の中で外側の薄いビターチョコがパリっと音を立て、中を満たすミルクチョコ味のアイスとが良い塩梅で溶け合うのを味わう。
 一体、誰がアイスなどというものを発明したんだろう?冬のアイス、万歳。 
 そして、裕子さんの選ぶお菓子はいつも秀逸。いつか自分も自分で買えるようになりたいな~と思いつつ、今は裕子さんに有難くコバンザメ。
「ねえ、裕子さん」
「なあに?」
 裕子さんも一口アイスの袋を開け口に運び、冷たさが一瞬歯に凍みたのか、はふはふしながらアイスを味わっている。
 自分の進路をどう考えればいいのか、周りが思ったよりも将来を見据えていることに焦りを感じていることなど、思いの丈をぶつけてみる。
「う~ん、確かにね~、16歳って言っても、もう今から考えていくのが当た
 り前だもんね」
「そぉ~、何か毎日が精一杯なのに、進路決めろって言われても・・・」
「日本のシステムって大変よね~」
「海外は違うの?」
「海外っていっても国は多いからね。ただ、もっと後から決められたり、学
 びなおしがしやすい国とかがあるからね。そういう意味でいうと、たかが
 15、6年生きただけの子に将来を決めろっていうのは酷かなとは思うよ」
「裕子さんはどうだったのー?」
「あたしー?あたしはもう海外が長かったから、”それ生かして”しか考えて
 なかったし、それで通るとこならどこでも、みたいな」
「は~、いいなあ、裕子さんはそんな武器があって」
「いや~、就職はできても、その後が大変だったんだからぁ」
「何で?」
 裕子さんは、どんな仕事をしていたか、入社した時からの苦労や、嫌味オヤジの話、どんな仕事をしていたかなどを話してくれた。
「ただね、時代が違うからさ~、今ならそのまま仕事続けてたかもしれない
 な~」
「そうなの?」
「うん。まあ、子どもに英語教えるのも好きなんだけどね~、在宅で翻訳の
 バイトして、時々委託される会社の人と話したりするとね~、あ~やっぱ
 りバリバリ仕事してみたかったな~と思う時がある」
 気が付くと、一口アイスがすっかり無くなり、細く畳んで結んだビニールの包装が手元に並んでいる。
 裕子さんに、お母さんは何と言っているのかを聞かれ、いつも言われている言葉を伝える。
 ”安定した仕事に就きなさい”
 心の中で、何だその漠然としたのは、と思うが、その他諸々の理由はあるものの、お父さんとの離婚が、お父さんの仕事が不安定であったことも要因の一つとなっていることが影響している、と娘は思っている。だからそう言うのだろう。
 ”安定した”というのは何だ?公務員か?千華の家は両親とも公務員で基本市役所で仕事をしていると言うが、その話を聞いていると、同じ部署におらず、数年で違う仕事になるのが常らしく、もし合わない仕事内容に当たったらどうなるの!?と。
 ただ千華はそれ自体は何の問題もないそうで、逆にいろんな部署に行って知識が増えるのは面白そうだと言う。現に、千華の両親は新たな部署に移る度、お互い”へ~”と言いながら楽しそうに話しをしているらしい。
 それはきっとそういう性格だから、”知識が増える”という感覚なワケで、自分みたいにいつも人間関係にドキドキしている状態だと、心臓が幾つあっても足りない気がする。それは自分にとっては全くもって”安定”ではない。
 じゃあ、”安定した仕事”って何だ!?
「って、じゃあ、何したいの?」
「何?う~~~~~~~~~~ん・・・」
 と聞かれると、ここ数年答えは同じ。
「CUのどっちかと結婚?ダメならマネージャー?もっとダメなら家政婦」
「それは夢あるなあw」
「えへっ」
「でも、彼らの事務所に就職したからと言って、彼らのマネージャーになれ
 るとは限らないし、ファンってわかったら、逆に外されたら泣くよね~」
「泣く、泣く~、って、まあ大丈夫、絶対無理だからw」
「まあ、こうなりたい、と思っていてもある日何が起こるかわからないし
 ね。ほら、Cなんてスカウトだからね。昔の夢は報道記者って言ってたじ
 ゃない」
「や~まあもう何て言うか、あの方々はなるべくしてなってるから、あたし
 と比較になんないw」
 紅茶を口に運ぶと、丁度飲みやすい温度に下がっているが、少し冷えた喉を通ると、また温度が上がったような錯覚で体中が温まる。
「ま、結局は就職も縁かな」
 裕子さんが立ち上がり、ドライアイスだけになったガラスの器を持ってキッチンへ向かう。
「縁?そぉ~んなモンなの?、え、やりたいこと見つけてとか・・・」
「本当にやりたいことを見つけて仕事にできてる人なんて、それを目指して
 専門資格を取った人とか、たまたま辿り着けた人ぐらいで、全体で見たら
 少ないと思うよ」
 裕子さんが戻って来て、椅子に腰を下ろす。
「そんなモンなの?」
「そうよ~。これから就活まではまだまだあるんだし、取り敢えず“これ”っ
 て決めなきゃって思わないで、どこの大学で何を勉強したいかを先に考え
 たほうがいいんじゃない?」
「あ、まあ、そりゃそーか」
「そうよ。はい、じゃあ休憩終わり」
「へ~い」
 裕子さんが紅茶の入ったカップ&ソーサーを横の机に避け、裕子さんが用意したプリントを目の前に置き、青いジュレボールペンのキャップを外し、一枚のルーズリーフを右に長文読解に挑む。
 どこの大学で何を勉強・・・の前に、どこの大学に引っかかるか。
 金銭的に私立は無理だから国公立、理系は無理だから文系?一人暮らしするお金も無理だから、家から通える範囲。今チャリ通だけど、電車で通学時間どのぐらいだったら何とか通えるかとか、そういったことも考えないといけない。
 帰宅し、何となく椅子に凭れ、裕子さんとの会話を思い出しながらぼーっと考えている。
 お母さんは会社員として働いているが、高給ではないことは知っている。お父さんからは一応養育費が入金されているそうだが、たまに遅れるそう。
 その他、母子家庭の支援や助成があることも知ってはいるが、どのぐらいあるのかまでは認識していない。
 不自由かと言われれば、欲しい物があって我慢することはあっても、激しく不自由だと思ったことはなく、親の離婚前の方が何だか厳しかった記憶。
 今は月々の小遣いやお年玉を遣り繰りして、CDやアルバムの購入、ライブのチケット代やグッズ代、交通費等を捻出し(お父さんに頼み込むこともあるが)ている。
 文房具類は別で買ってもらっており、特に最近はばっちりメイクを止めた(無理やり止めさせられた)分お金は浮いているので(決してオッサンのお陰ではない)、それをまた他の物に回したりし、何だかんだで上手く回せていることが小さい喜びとなっていることも事実。
 進学となると学費を自分で払えるわけはなく、中学生の頃から”高校も大学も私立は行かせてあげられない。もし行くなら奨学金頼りになる”とお母さんから言われ、私立と国立だと学費が違うのでそんなものだと思っている。
 どの奨学金が取れるか分からないが、返済があることを前提に考えねばならず、そうなるとやはり家から通える国公立を選択し、そこから学部を選ぶ。 
 そして、浪人する余裕も無いという意味でもあり、本当はしっかり考えないといけないことではある。危ない橋は渡れない。
 やりたいこと・・・う~ん・・・せめてCUの家政婦・・・はまあ無理だろうから、TV局で会える、スタッフとして会える・・・TV局、広告代理店、音楽業界・・・特定の学部とか無さそうな・・・ん~、考えるの面倒だな~。なんか、大人になるってたいへ~ん・・・
⦅ほっといても年食うてw⦆
 は~そうですか~。
⦅気付いたらシワシワやでw⦆
 あ~はいはい。
⦅ワシ、めっさ男前やろ⦆
「・・・はあ!?」
⦅そこも、”はいはい”やろ⦆
 そんなワケないじゃん。バッカじゃないの!?
⦅”バッカじゃないの?”ちゃうわ。ゴチャゴチャうるさいねん⦆
「自分の部屋なんだから、何考えたっていいじゃ~ん」
⦅ない頭で考えたって、何も出てこ~へんわw まあ、せいぜいお気張りや
 すw⦆
「オキバリヤス?」
⦅なんや、その発音は。”お気張りやす~”や⦆
「関西弁なんか知らなくたって困らないもん」
 あたしはいつになったらこのオッサンから解放されるんだろ(泣)
⦅まあ、あんじょうお気張りw⦆
 あんじょーきばり?意味わからん。今それどこじゃないっつの。
 ベッドの上でスキップをしながら、目の前チョロチョロすんの、やめて欲しいわ。
 はあ、と息を吐いて視線が外れた途端に、耳を劈くようなガシャン!という音が一気に全身の神経を呼び起こし、動悸並みに心臓が動き出して飛び上がるように立ち上がる。
「何!?何!?」
 音がした机の上を見ると、おっさんが缶のペン立てを勢い良く倒したようで、小さい鉛筆をバットのように素振りをしている姿が目に飛び込んで来る。
「ちょー----っとぉぉぉぉぉ!心臓に悪いじゃないよ!(怒)」
 素振りの手を止め、バッターボックスに立つバッターがするように、鉛筆を構えて体をくねらせピタっと止まる。
⦅ない頭で考えても何も出ぇへんて。うるさいから、早よ寝れ⦆
「はあ?今までちゃんと考えてなかったっていうだけでしょ!?だから考え
 てるんだし、邪魔しないでくれる!?」
 オッサンが構えをやめ、どこぞの選手がやるように、鉛筆を持って真っ直ぐ斜め上の方を指す。
 何をカッコつけてんだよ、バカじゃないの?
 ポーズを取ったままニンマリと笑うオッサンに、何か閃いた。と共に、振り向く・・・デジャヴ。あ”あ”~~~~~~~~~
 鉛筆の先には、本来ならば既に寝ている時刻を指している。
 明日ミニテあるってば、マジで!?やば!てか、もう寝ないと無理じゃない!?授業、起きてられなくない!?え、マジでもぉ~~~~~~、ちょっと待ってよぉ。どうしよ~~~~~~(汗)
⦅やから早よ寝ぇ言うたのにw⦆
 ライブも現実、CUに会えたのも現実、将来のことを考えないといけないのも現実。一気にあれこれ考え過ぎて、16歳少女は、ここ1、2か月ですごく年を取ってしまった感。ゲッソリ。
⦅何をエッセイ感出しとんねん。アホちゃう!?⦆
 うるさいわ~、うるさいわ~、うるさいわ~、うるさいわ~~~~~。
 
 オッサンから言われたことは、一言一句忘れてないからな!!!!!(by10年後の自分)
 
 無事に仕上げたメッセージカード2つ並べて画像を取っておき発送して、後日間違いなく届いているかを、主催者さんのMutterにチェックしにいく。
 届いたものを並べてアップしてくれており、確実に届いているかの確認をして下さい、という丁寧な対応をしてくれていることに感謝。
 そこには、頑張ってくれている主催者さんに”発送の足しに”と心づけを送った人、”作業の合間にどうぞ”と土地のお土産のようなお菓子を送った人への感謝なども、画像と共にあがっている。
 それを見て、受け取って、封書を開いて、並べて画像を取って、それから後にはまとめて発送する、という作業があるワケで、その大変さに、こういった労いをする、という心遣いの仕方があることを知る。
 思いつかなかった自分に少しばかりガックシ。
 が、主催者さんが自分たちの作成したカードの表紙を気に入って下さったようで、コメント欄に”どれ”とは書かず、”リスさんの”と記して喜ばしいコメントを書いてくれているのを見て、それこそ”小躍り”してしまった。
 りーちゃんにスクショをして報告すると、喜びの言葉と共に、”すーちゃんってセンスいいよね”と返事をくれた。
「いやあ、そんなこと無いってぇ。言っても二人作ったんだよ~」
 と言いながら、LINKにそのまま打ち込んで送信。
 りーちゃんの褒め上手にどれだけ助けられて来たことか。どちらかというと、貶されたり、何だか嫌な言い方で牽制されたりしたことが多かった中で、りーちゃんは小さなことなのに褒めてくれる。
 褒められる機会が少ないので、妙にくすぐったいというか、脳がそれを受け入れるまでに時間がかかるのだけれど、回数を重ねてくれたお陰か、今は目の前で褒められるのでなければ、以前よりはスムーズに脳が喜んぶ。が、まだまだくすぐったい。
 そして、その喜びの勢いで自分のMutterにもカードの画像をあげてみる。まだメッセージを書き込んでいない、中身のほうもアップ。
 見るのは基本的に自分のファン友さんぐらいなので、批判コメントなぞ来る程フォロワーさんがいないのが幸い。
 フォロワーさんは、直接コメントを返してくれる人もいれば、“それいいね”という時に押すボタンを押してくれる人もいる。どちらが嬉しいかとなると、やはり肯定的なコメントをくれるほうが嬉しい。
 く・せ・に、自分はというと、コメントするか否かで迷った挙句に結局できず、”それいいね”を押すだけで終わってしまうことがある。自分がしないのに、心の隅では微妙に求めてしまうという自分の矛盾に、自分でつっこんだりする。
 今は家にいるとオッサンに嫌でもつっこまれるので、つっこまれまいと奮闘していたりする。が、”奮闘”をしている時点で、まだまだだなとも思う。
 それに、コメントや”それいいね”はある種の魔物で、高校受験を終えてから時間ができ、その流れで高校入学し、一度嬉しいコメントをもらった時に、コメントや”それいいね”を気にし過ぎて何度も携帯を覗き何も手に付かず、一度ミニテストで今までに見たことのない点数を取ってしまったことがあった。
 それ以降は気になりつつも、“自分の言葉にそんな影響力はない”と言い聞かせ、反応があると喜びを噛み締めつつも、その度に呪文のように同じ言葉を自分に言い聞かせては、意識をそこに集中しないよう仕向けている。
 とは言え、こういったコメントは数少ない自分を支える糧である。小さい頃から絵を描くことや工作、図工、裁縫など、物を作る作業が好きで、特に紙があると何かを描き、ノートの端は落書きだらけ。教科書の偉人の肖像がや写真には例外なく”丁寧”に落書きを施していて、教科書の隅にパラパラ漫画を描いていることも。 
 今回の2人へのカードも、”作ろう!”となった瞬間からワクワクしていたし、作る物を考えるのも途轍もなく楽しい。
 学校が勝手に図工の時間に描いた絵を市のコンクールに提出していて、思わず賞を受けたこともあり、そんなものに提出しているとはつゆ知らず、突然”入賞しました!”と名前を挙げられ、”はあ?”とはなってはいたが、密かに嬉しくはあった。とても小さな賞ではあったけど。
 そして、大声では言わず、“好き”程度に口では表現をしつつも、自分の中で得意なことと自負している。
 とは言え、それで生活していけるような職業に自分が就けるとは思えないし、お母さんからしつこく”安定した”を言われ続け、それがこびり付いてしまっているところがあり、自分の中では否定をしてはいるものの、そのしつこさと言ったら、長年使って削らないと取れないフライパンの焦げみたいな?
 おばあちゃんの家にあったフライパンは、元は一体どんな色だったんだろう?と考えさせられるように、外側は焦げが徐々に蓄積されていったと思われる、デコボコした状態だった。そんな感じ?
 それを一気に剥がせるワケはなく、自分なりに徐々に徐々に取り除く努力はしているが、これがなかなかどうしたものでしょうか。
 仮に美大なぞを目指したとしても、あまり個性のない自分が芸術で実を結ぶとも思えない。それを仕事にしてしまうと、絵を描いたり、物を作ったり、そういったことが嫌いになってしまう可能性も否めない。
 締め切りに追われたり、アイデアが出なくなる、などということが自分なら早々に出て来そうなので、下手の横好きレベルが丁度いいのかも、とも思う。
「あ、りーちゃん・・・え?マジで?」
 りーちゃんがMutterをRe:Mutしたところ、ユンジュン君からLINKが来たとのことで、スクショした画像が貼られている。
『とてもじょうずですね。すごいです(笑顔)。ぼくはえがへたです。』とある。おお~、日本語打ってくるんだ~。
 ユンジュン君、アメリカの大学目指すって言ってたな~。国語以外は全部英語って言ってたし、それも大変だけど、その合間にCUも見て?独学で日本語勉強して?うん、幾つ脳があっても追い付かないw
 自分なんて今の生活で精一杯。多分、脳の働くスピードが違うんだろうな~。どうやったらそんな脳ができあがるんだろうな~。遺伝かな~、やっぱ。ユンジュン君の家族ってどんな感じなんだろな~。
⦅な~な~な~な~、うるさいねん。オマエが計画性ないだけやろ⦆
 うわっ、しまった~、携帯いじりながらいつの間にかフツー部屋に戻ってた~(泣)
⦅え、そんなんで泣くか、フツー?笑⦆
 泣いてないし。てか、無意識にいつも通りに動いてしまうとか、最悪。
⦅ちゃうやろ。携帯見ながら歩くなー言われてんのに、やってるオマエが悪
 い。あ~、オマエのせいで事故とかなって、でも車のほうが悪くなるから
 って責任取らされる人とか、ホンマ気の毒やな~⦆
「いや、外じゃしないから」
⦅いやいやいやいや、チャリ乗りながら携帯いじったことないんか?危ない
 んはチャリだけちゃうぞ。人とぶつかっても、コケた時の打ちどころ悪か
 ったら死ぬねんど?買い物中、歩きながら携帯いじったことないんか?
 え?⦆
 ん~・・・・・
⦅ほらみぃ、あんねや。大体な、携帯見ながらなんて時短ちゃうで。逆にい
 らん時間使こてるからな⦆
「はあ?どこがよ」
⦅え、頭悪いな~。携帯で目的地見て、頭ん中に地図入れてサッサと歩いた
 ら、大体自分の足の速さとで着く時間も予測経つけどやな、見ながらたら
 ったら歩いとったら余計時間掛かるわい。動画とか、必要なものだけ見る
 だけやったら決まった時間やけど、それに釣られて次々動画とか観とった
 ら、あっちゅう間に時間過ぎてまうやろ。どこに計画性があんねん⦆
「ん~ん~ん~、や、まあそれはそうだけどー。でも、ジムとかで走りなが
 ら動画見るとかさ~、料理しながら動画見るとかさ~、それだって時短ん
 でしょうが」
⦅そんなん、走るんと観るん、包丁で物切るんと観るん、両立するワケない
 やろ。どっちかに比重置いとるわ、んなもん。人間の集中力には限界があ
 んねん。人間やのに、そんなことも知らんの?笑⦆
「集中力極長、極強な人もいるかもしれないじゃない」
⦅何の話しとんねん。オマエみたいな凡人の話しとんねん⦆
 はあぁぁぁぁぁ!?そりゃ凡人だけど、凡人だけど、凡人だけど!凡人で悪うござんしたね!
⦅何で凡人が悪いんか知らんけど、実に感情的で、計画性とは程遠いのぉ
 ~。凡人やからこそ努力せな凡人脱出でけんねんけどな~⦆
「さっきから計画性とか凡人とか、うるさい」
⦅いやいや、ユンジュン君とやらの脳がうんちゃらかんちゃら言うからやん
 け。ま、”やりたいこと見つからないかな~?”とか言うとる間はアカン
 わ。同じファンでも、時間の使い方がちゃうかったらこんなんなんねんな
 ~w⦆
「はあ!?」
⦅ユンジュン君とやらに時間の使い方教えてもろた方がえんちゃう?w⦆
「別に教えてもらわらなくてもできますぅ」
⦅”できますぅ”やてw でけてへんやんwwwww⦆
「将来のこと考えるのは、計画性だけじゃないですからね、ふん!」
⦅オマエ、何の話しとんねん。ユンジュン君とやらが並行していろんなんや
 って、幾つ脳があっても追い付かへん言うからやん⦆
 ・・・ぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ・・・
⦅ワシに言い返すなんぞ1万光年早いわw ま、あんさんもしっかりおきば
 りやすぅ⦆
 オッサンが視界にギリギリ入るところで、変顔をしてこちらを揶揄っている。というよりも挑発している。
 この挑発に乗ることこそ時間の無駄。意味の分からないことを言っているがそこはスルーしろ、すばる。馬耳東風、呼牛呼馬、いや、こういう時に対牛弾琴が使える!
⦅ワシのお陰で勉強んなったな⦆
 バカじゃないの!?
⦅全然でけてへんやん 笑⦆
 オッサンがベッドの上でのた打ち回って爆笑している。
 腹立たしさよりも呆れが先に立ち、思わずため息。
 こんなオッサンに時間を費やしてしまった自分に溜息。
 ユンジュン君は遺伝子の研究、りーちゃんは医者、眞理子は科捜研、千華は国家公務員、琴乃は公認会計士・・・あ~、乙はどうせ稼業を継ぐんだべ。ケッ(恨めし顔)
 しかし、何故に自分の周りはこんなに将来目指すものがある子ばかりなの!?自分みたいなのだっていっぱいいるハズじゃない!?意識高い系ばかり揃い過ぎじゃない!?
 あ、でも、Uは検事になりたかったけど、ダンスも好きで結局アーティスト。でもCはスカウトで、記者になりたかったけど今はアーティスト。思っていても、自分の思いとは別に違う道に引っ張られることもある。けど
・・・自分が何かにスカウトされるなんてことはあり得ないし、となると、結局は条件で大学を選んで、そこから将来を決めることになる、ということか。
⦅スカウトとかないないw⦆
「わかっとるわー!」
⦅お、ええツッコミやな。芸人とか目指す?⦆
「ないからっ!」
⦅アホけ、無理やしwwwww⦆
 ・・・自分がバカ過ぎて泣く。また相手にしてしまった(泣)

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