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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の3

「メイクする時間減った分、ちょっと余裕なハズよねぇ。ご飯はゆっくり食
 べたほうがいいのに」
 そんなのわかっとるわっ!ああ、ホントに鬱陶しい。社会人になったら、いや、大学合格したら絶対クッキリ二重にするし。
 お母さんはいちいち人の顔を見て突っ込む。激しく鬱陶しい。が、言っていることは的を射ているので、言い返す言葉がない。黙ってその時をやり過ごす。
 というか、本当は自分だって目の周りにお絵描きを施したいが、どうせ付け睫毛を購入したところであのオッサンにまたズタズタにされてしまうし、学校で付け睫毛を付けている時間などない。取り敢えず学校にアイラインペンシルだけ置いて来たものの、結局は朝学校でそんなことをする時間がなく、残念なスッピンで学校生活を送っている。
 というかその前に、一昨日の晩に聞いたあの話ですよ。あんな話を聞いて、こちらはどう振る舞えばいいのか考えあぐねておるというのに、お母さんだけ通常運転ってどういうことですか?自分だけ言いたいことを言ってスッキリってハナシですか。多感な時期の女子高生を何だと思っているのか。
 時計を一瞥し、やや慌てて最後の胡瓜の糠漬けを口に運び、モグモグしながら椅子から立ち上がり食器を重ね、シンクに運び、洗って食器乾燥機の中に入れる。
 食洗機が欲しい、と呟きながら、テーブル上のお茶の入ったマグカップとお弁当を取り上げ、早足で部屋へ戻る。
 
「すーちゃん、おはよ」
「あ、りーちゃん、おはよ」
 りーちゃんが後ろから追いつき、自転車で並走。何時も通りの光景。
 りーちゃんは小学生からの幼馴染で、成績も良くて性格もいい。が、ちょっと見た目が地味。でも性格がすこぶるいい。でも見た目がちょっと地味。
 特に一緒に行く約束をしているワケではないので、時々このように同じ時間帯になることがある。
「すーちゃん、昨日浮上して来なかったね、珍しい」
「へ?ああ、うんちょっと・・・」
 昨日はそれどころではなかった。
 CUが母国で行っていたファンミーティング、母国の人々にとっては特に高額チケットではないが、自力で取るのは非常に難しく、仲介業者を通して取ることになるので、自分達にとっては高額過ぎて払えない。というか、まず平日にフライトで飛べるワケがない、高校生。
 本来なら、母国で開催されたCUのファンミーティングレポをMatterで追いかけ、携帯の画面を見ながら喜怒哀楽激しく呟いたり拡散したりしていたはず、だった。
 が、一昨日夜のお母さんからの濃ゆい、濃厚過ぎる話で、頭の中でいろんな話がグルグルと回り、CUのファンミどころか勉強にもなかなか身が入らなかった。
 なので、今朝の小テストは諦めた、という状況。浮上なんてできるワケなかったのだ。何せ、韓国ドラマばりの、事実なのか作り話かも判別できないような話が、自分の身近で起こっていると聞かされたのだから。
 珍しいでしょ。珍しいんです。CUのことが頭に過らないぐらい、膨大な量の未知の情報を頂き、未だに整理ついていない状態でございますから。かと言って、人に話すような話でもない、話せる話でもない。如何せん、自分が整理できていないのだから。話をしても、”ドラマの見すぎ”と言われそうだ。
「しかしさ~、いいよな~、お姉様達はお金あってさ~、現地のファンミに
 参加とか、夢のまた夢だよ~。学生じゃお金出せない~」
「大学生の人は行ってた人いたみたいだよ」
「大学生は払えちゃうんだ~。いいな~」
 早く大学生になってバイトして参戦したい、席に当たり外れがあるとは言うが、ファンミなどに行けない自分からしたら、参戦できるだけシアワセではないか。
 ”Cはカワイイ子好きだから、参戦したファン層を見て、イベントの料金の高さに気づくだろうね”などといつも思っていることは、あんな話が頭の中を巡っていても、それこそ“朝飯前”程度に口にできる。
 しかし、今日はちょっとテンションをあげられなさそうだ。ゴメンね、りーちゃん。
「次のチケ争奪戦は頑張ろうね」
「だね~。また帰ったらファンミ、チェックしとく~」
「うん、じゃあね」
 話をしている間に学校に着き、一緒に階段を上がって行き、其々の教室に向かうべく左右に分かれた。
 
 掃除、終礼を終えると、生徒達も次の行動を頭に置いて教室を出る用意をする。
 自分の通う高校は文武両道と質実剛健を掲げ、部活動も活発で、学校行事も生徒達が主になって積極的に行っており、放課後の校舎内は部活動の掛け声や発声、楽器や音楽の音で溢れかえる。
 眞理子以外は時間に縛りのない文化部に所属しており、今日は眞理子の部活が休みなので、いつもの4人で暫しの雑談。をしていたのだけれど・・・
「あ~・・・あ、坂﨑!ちょっと・・・」
 先ほど教室を後にしたはずの担任の深江が腕組みをし、右手で顎を摩りながら教室を見渡し、眞理子を見つけて苗字を呼ぶ。
 4人で顔を見合い、一斉に深江の方に顔をやる。
 自分を指差して確認をする眞理子に、深江が自分のほうに呼び寄せるジェスチャーをするので、4人は顔を見合しつつ、眞理子は”ナニゴト?”といった表情のまま立ち上がって戸口のへ向かい、同様に何だろうと思いながら、3人で眞理子の背中を見送る。
「何だろ~?深ちゃん、顎触ってたよ」
「だよね、何だろ?」
「でもまあ、眞理子が何か注意されるようなことするとは思えないけど」
「だね」
 担任の深江は自分では気付いてはいないが、良い話でない時は顎を摩ることを先輩から聞いて知っている。これまでもそれが外れたことはないが、何故に眞理子なのだろう?
「う~ん、まあ、深ちゃんって注意はするけど理不尽に怒ったりしないし、
 何か聞きたいことでもあんじゃない?それか何か面倒なこと押しつけらえ
 れるとか?」
「いや、もしそんなことがあったら、眞理子ならその理不尽さに鬼のように
 突っ込んでくんじゃない?笑」
「確かに 笑」
 幸いこの学校に来てから、生徒が叱責されている姿を殆ど、いや、皆無と言っていいほど見たことがない。態々派手に校則を破るような生徒もいないし、騒いでいると言っても中学の時からすると知れてるし、授業が始まるとすぐに収まる。精々、忘れ物をしたか廊下を走ったかで注意を受けるか程度。なので、左程気にもせず。
 すぐに終わるだろうと、引き続き他愛もない話をする。
 彼女たちのお陰で、一昨日の重すぎる話でごちゃごちゃしていた頭の中が、偏西風によって湿気が吹き飛ばされる西海岸のようなスッキリさを一時与えてくれている。有難い。
「ちょっと、聞いてよーーーーー!!」
 眞理子が憮然とした顔付きで、机の間をすり抜け小走りに真っ直ぐにこっちに向かって来る。声の調子だけではなく、雰囲気だけで凄い勢いを感じるのは、余程のことがあったのだろう。
 滑り込むように椅子に座ると、息せき切ったように話出した。
「ちょっともう憤激なんだけど!て言うかさ、もうワケわかんないんだけ
 ど!」
「うん、どうした、どうした、取り敢えず落ち着きたまえ、マリコくん」
「所長!」
 これは、眞理子と千華のいつものやり取り。眞理子の大好きなドラマの受け売りだ。
 話の内容はこうだ。
 眞理子が深江に呼ばれ、廊下の端のほうに行き、腕組みをして落ち着きなく顎を摩る深江は一番、“あの~・・・坂﨑、お前、イジメとかしてないよな?”と、オブラートに包むこともなく、眞理子にド直球を投げて来た。
 当然眞理子は”はあ?”となるワケで、突如過ぎて、一瞬深江の言う意味が理解出来ず、そのまま「はあ?」と口を突いて出た。
「いや、入学してまだ半年強だが、坂﨑は目立つし口もちょっとキツイけ
 ど、基本真面目だし正義感強いし、ムードメーカーだし、そんなことする
 タイプとは私は思ってないぞぉ!」
と宣ったそうな。
 眞理子曰く、”一言一句間違わずに覚えてやったわ!”と深江への怒り満載。何ともデリカシーのない担任なんだか。理系男子って、教師であってもこんなモノなのか?
 フォローしながら言葉を発しているつもりだろうが、全くフォローになっていない。眞理子が怒るのも当然というもの。
 眞理子の反応に、深江は自分の発言が拙かったことには気づいたらしく、どう収めたらいいか焦りを見せる深江に眞理子は詰め寄り、態々呼び出してディスる理由を追求。
 丁寧な言葉で詰め寄られ、“悪かった”とその場を早々に立ち去りたそうに苦笑をしていたそうだが、眞理子がそれを許すワケがない。
「先生、人を疑うなら、その根拠を言うべきなんじゃないですか?“悪かっ
 た”で済む話じゃないと思いますけど?しかも、あたしの悪口付きで」
「え、いや、悪口なんて・・・いや、ホントに申し訳ない。ど~~~~~~
 ~~もこういうのが苦手で」
 ”こういうの、とは何だ”と、狼狽える深江に更に詰め寄り、聞いてきた真意の説明を要求。
 眞理子が深江の真似をしながら遣り取りを再現してくれるので、深江の狼狽え具合がよく分かる。
 眞理子には申し訳ないが、深ちゃんの狼狽ぶりが愉快過ぎw
「で、イジメって何よ?」
 千華が怪訝そうな表情で眞理子に尋ねる。
「それがさ~・・・」
 
 深江に呼ばれ、廊下の端のほうに行き、腕組みをして落ち着きなく顎を摩りながら開口一番、“あの~・・・坂﨑、お前、イジメとかしてないよな?”と、オブラートに包むこともなく、真利子に直球を投げて来た。もしかしたら、深江はオブラートに包んだつもりかもしれない。ただ、ゆる~く言葉を発したからといって、それは”オブラートに包んだ”とは言わない。
 あまりにも唐突過ぎて、簡単な言葉であるにも関わらず、一瞬、眞理子は深江の言う意味が理解出来ず、“はあ?”と返したまま開いた口が塞がらなかったそうだ。
「あ、いや、入学してまだ半年強だが、坂﨑は目立つし口もちょっとキツイ
 けど、基本真面目だし正義感強いし、ムードメーカーだし、そんなことす
 るタイプとは俺は思ってないぞぉ!」
「はあ!?」
 再びの“はあ!?”は、ほぼ深江への怒り。一応深江なりにフォローしながら言葉を発しているのかもしれないが、実のところ全く出来ていない。眞理子が怒るのも当然というもの。
 鈍感深江でも、流石に眞理子の反応に自分の発言が拙かったことには気づいたらしく、その場をどう収めたらいいか焦りを見せる深江に眞理子は詰め寄り、態々呼び出してディスる理由を追求。
 丁寧な言葉で詰め寄られ、“悪かった、気にしないでくれ”とその場を早々に立ち去りたそうにしていたそうだが、眞理子がそれを許すワケがない。
「先生、態々読んでそんなことを聞くなら、その根拠を言うべきなんじゃな
 いですか?言い逃げとか有り得ないんですけど、しかも、あたしの悪口付
 きで」
 いいぞ、いけいけ眞理子ー!とその場いいたら言ってそうな情景だ。
「え、いや、悪口なんて・・・いや、申し訳ない」
 狼狽える深江に更に詰め寄り、聞いてきた真意の説明を要求。眞理子が深江の真似をしながらやり取りを再現してくれるので、深江の狼狽え具合がよく分かるのと同時に、同様に深江にイラっとする。きっと眞理子の伝え方が上手いのもあるのだろう、大阪に住むおばあちゃん譲りの。
 眞理子には申し訳ないが、ちょっと面白い寸劇を観ているような感覚にも陥る。深江の狼狽えぶりが愉快過ぎw
 そして、まだ明確なことではないからと説明を拒む深江に、更に失礼発言の発端を追及するも、本当に全く深江も詳細が分かっていないようで、“詳細が分かったら説明する”の一点張り。
 これ以上は無理かと思ったが、ピンと来た眞理子が一人のクラスメイトの名前を出すと、嘘が下手な深江は更に狼狽。自分の反応に気付いた水野は、取り敢えず黙っていて欲しいと懇願。
 眞理子も随分食い下がったそうで、納得はいかないが、深江も調査中でよく分からないと言っている中、これ以上詰め寄っても仕方がないと思い、取り敢えず引き下がったそう。
 その眞理子が出したのは、クラスメイトの清水美那子(みなこ)。
 彼女は休み時間でも一人本を読んでいるか図書室にいることが多く、見た目も地味で大人しい印象。が、時に驚くほど積極的に話し始める時があり、クラスではちょっとした不思議ちゃんポジションにいる。
 恐らく、他のクラスメイトもそんな感じで見ているのではないかと思う。
 かと言って、別に誰かがいじめているのを見たことはないし、悪口を言っているのも聞いたことがない、というよりも、話題にもならないというのが実際。
 用事があれば話し掛けるし、授業でグループになってもそこで特段何かが起こるということもなく、授業は恙なく終えている。
 そもそも、自分がこの高校に入学して思うのは、中学と比べ物にならない程、人のことよりも各自自分のやるべきことに一生懸命で、集まって人の陰口や悪口に時間を費やしている様子を見かけることはほぼ無い。
 ただ自分が見えてないだけ、ということであれば、スミマセンとしか言いようがない。が、もし見えていないのだとしたら、少し鈍感になった自分を褒めたい、とちょっとだけ思ったりもする。こういう話の中では、空気読めない発言になるので心の中で思うだけだけど。
 高校入学して半年も過ぎ、清水美那子が少しずつ休みがちになっていたが、家族からの連絡で体調不良が続いているということを担任から聞かされていたので、クラスメイトも余り気にもせずにいたのだと思う。
 しかし、それが悪かったのか?それとも、本当に誰かがいじめていて、そのせいで次第に学校に来なくなったのか?
「え?清水さん?」
「しー!」
 思わず声を上げる千華に、まだ教室に残っている数人の生徒が気付いていないかを確認し、眞理子が声を潜めるよう促す。それと同時に、4人何となくイソギンチャクが縮むようにギューッと身を寄せる。
 眞理子曰く、何でも、体調不良と言って休んでいたハズが、深江のニュアンスからだと、清水さんはクラスメイトからいじめを受け、それで学校に行けないと言っているのでは?と思ったとのこと。
 清水さんが眞理子の名前をあげたのか?それとも、聞かれたから適当に眞理子の名前をあげた?
「眞理子が加藤さんと絡むとこなんか見たことないけど、何でだろ?」
「でしょー!?正直、数えるほどしか喋ったことないってば」
 眞理子は小声で、でも感情はよく伝わる。
 眞理子が思い出せないものを、周りの自分たちが思い出そうとしても、全くもってさっぱりまるっと記憶になく、出せないものは出せない。
「何で眞理子なのかなあ?というよりも、深ちゃんも確信がないということ
 は、他にも名前上がってるのかな?それとも、明確に“誰”とは言ってない
 のかな?」
 琴乃が言うと、眞理子は冷静に言い放つ。
「もしあたしだけじゃなく、他の子の名前もあがってて、深江が同じように
 聞き回ってたら、そのうち文句言ってるのが回るハズだから、そこで誰の
 名前があがったかはわかるでしょ。でもそこじゃない、他が誰でも関係な
 いわ。何であたしの名前があがったかよ!腹立つわ~」
 眞理子はこういうところがカッコいい。自分ならきっと、自分だけなのか、誰かが自分を陥れようとしているのか、自分の何でそんな風に思われたのか!?など考えて、そこまで頭は回らない。
 “他が誰でも関係ないわ”って、カッコ良すぎでしょ、友達だけど惚れる~~~~~!!
「で、深ちゃんは眞理子じゃないって確信持ってくれたのかな?」
「わかんない。でも、深江の失礼千万な言動、一言一記憶してやったからな
 ~、覚えておれ~!」
 眞理子は鼻息を荒くしながら、腕組みをして踏ん反り返る。と共に、他の3人も状態を起こす。
 いつも”深ちゃん”と言う眞理子も、今回は怒りにより終始”深江”呼ばわりだったが、それも致し方なし。
「いや~、あの言い方はダメだよね~。深ちゃんもバカだな~。悪い先生じ
 ゃないのに勿体ない」
 千華が呆れ顔で、小さく首を振る。
「事実確認だけでいいのにさ、深ちゃん。あれじゃ結婚できなさそうだよ
 ね、地雷を踏むというか、墓穴を掘るというか。女子を敵に回してても、
 気付いてなさそう」
「ホント、失礼千万。ずっと一人でおれっ!」
 頷きながら、まーまーと千華と琴乃と共に眞理子を宥める。
 
 大好物の米粉グラタンを黙々と食べながら、ちらつく今日の話を思い出している。ふと皿の中を見ると、グラタンが既に半分に減っていることに驚く。
 手が止まるのではなく、勝手に食べ進める方か、と改めて自分の行動パターンを認識。
 いかん、いかん。
 気を抜くとまた思考に捉われる気がしたので、一旦、グラタン、豆・海草・野菜のサラダを交互に口に運ぶことに集中する。
「ね、あれから花房さんには会ってないよね」
 TVを観ながら洗濯物を畳んでいるお母さんが、こちらも見ずに突然言葉を放った。
「え?あ、うん」
 一度待ち伏せ的な感じはあったが姿が見えた瞬間に即効逃げたし、足音に気づかず後ろから声掛けられた時は、自転車に飛び乗り、お母さんに怒られるから話さないと言い切って走り去った。それからは姿を見ていない。
 お母さんもハナフサさんと出くわしたらしいが(多分、待ち伏せだろうけど)、突っぱねたそう。まあ、本命のお母さんにキッパリと断られ続けたら、そのうち諦めるだろう。こちらに擦り寄ったところでお金はないワケだから。
 特別なスイーツが食べられないのは残念だが、元々食べられる物でもないのだから、元に戻っただけ。
 冷めつつあるグラタンを口に運びつつ、熱々も冷めつつあっても美味いものだ、とホワイトソースの誘惑を改めて認識する。
 うちの家は、米粉、バター、牛乳を使い、塩コショウで味を調える。これに、コンソメや鶏や野菜のエキスを加える家やお店もあると思うが、これで十分美味しい。
 考えた人、天才だな、などを思っていたが、また何時の間にか眞理子から聞いた、清水さんの“イジメ”だという訴えはどういうことなのか?と考えてしまっている。
 
 
 食事を終え部屋に戻り、携帯に手を伸ばしベッドにダイブ。仰向けに寝そべり、携帯チェック。LINKにはまた50以上のやりとりを示す数字。短文小刻みの遣り取りなため、少しの間でもあっという間に数が増す。が、この数字を見ると、実は結構ゲッソリ。
 あまり豆でない自分としては、当意即妙はあまり得意ではない。というよりも、姫芽奈たちとの遣り取りに対して、かもしれない。なぜなら、学校関係での遣り取りにはそんな苦痛を感じたことがないから。
 まだCU関係の話題の遣り取りならWell comeだが、今携帯に触った途端に目に飛び込んで来た表示は明らかに違う。もしかしたら途中はCUの話だったかもしれないが、今すぐ目に映った言葉から察するにCUの話とは思えない。それを開けるとそれを読んで返答しないといけないし、ずっと放置だと”開けるヒマないワケない”とツッコまれること間違いナシ。いつ開けようかを迷っているこの時間もイヤだし、こんなところであれこれ考えている自分も実はイヤ。でも、変えられない自分。
 取り敢えず今はそちらを置いておき、眞理子たちのほうをチェック。その流れをサラッと見ると、内容はやはり清水さんの話。眞理子も記憶を掘り起こそうを試みているようだが、やはり何も出て来ないと言う。
 入学してすぐのオリエンテーションで清水さんからLINKのIDを教えられ、一瞬だけ遣り取りをしたという画面のスクショもあげてくれるが、確かに大した遣り取りでもない。
 遣り取りのいい部分だけを残して消す、なんて卑怯なことをするとは思えない。いつも自分の信念を持って進んでいるように見えるし、小さい頃からの夢を本気で叶えようと進んでいる。
 勿論、それだけで判断してもいいのか?ではあるが、ここはもう勘としか言いようがない。今まで自分と関わる中で、そういった様子が一切ないし、怪しいと疑念が沸くような出来事も一つもない。
 当然のことながら、自分の名前を出されたことに苛立ちを見せている眞理子。琴乃はオンラインにいなかったらしく、自分と同じく後からまとめて見て返事をしている。無駄な遣り取りがなく、見ていて何て楽なんだろう、などということを思いながら読んでいるとは微塵も思っていないだろうな。
 しかし眞理子、怒りながら冷静に深江に言い返していて本当にスゴイなと思う。自分だったらきっとテンパってしまい、”ええ~!?”と思いつつも、一言何かを言えたらいいほうな気がする。
 先生か・・・先生な~・・・先生って言っても普通の人間だから好き嫌いもある。今までもあった。そういうのを見て来た。
 正直、自分はあまり先生に好かれた記憶がない。勿論数名は自分にとっては”いい先生”だったが、依怙贔屓の対象にはなったことはない。まあ、好かれている≠依怙贔屓される、ではないと思ってはいるが、羨ましく思ったのも事実。
 ただ、深江はそういう分かりやすく好き嫌いを見せないし、眞理子のあの話からも、隠そうと思っても隠せなさそうだ。もしかすると生徒と一定の距離を置いているのかもしれないし、普段から今日みたいに余計なことを言って空気が読めないと言われているとしたら、関りを最小限にするかもしれない。全ては”かもしれない”の域を超えない。
⦅うるさいねん!⦆
 おお~っと、ここで出るのか・・・
 携帯を触る手を止め、諦めの溜め息を吐き両手をバタっと投げ出す。
⦅なんや、ごちゃごちゃごちゃごちゃ⦆
「自分の部屋で何したって関係ないじゃん、居候のクセに」
 ベッドの上に大の字に横たわったまま、小さいオッサンに言い返す。言い返したとて無駄なことは既に百も承知。でも言わずにいられない。
⦅わしかて、あっこにずっとおりたかったわい⦆
「あっこって、どこよ?」
⦅わしの木が立っとったとこや⦆
「?あんたの木じゃないじゃん、他にもあんたみたいなのがいたって言って
 たじゃ~ん」
⦅わしの住処やねんから、わしの木やん。お前やってここはお前のオカンが
 借りてんのに自分の家言うやんけ、屁理屈言いか》
「は?屁理屈!?」
 一瞬イラつきと共に飛び起きそうになったが、どうせ何処にいるかも分からないし、見つけたところで捕まえて伸ばして引っ張ることも、物を投げて当てて仕返しをすることもできない。余計なイラつきを呼ぶだけだ。
⦅ちーとお利口ちゃんなったみたいやな~w⦆
「もーうるさい!あんたに構ってる暇ないの!!」
 ふん!と言って再び携帯を手に取る。何と不毛なことに時間を費やしてしまったことか。いや、どうして自分はこんなことを繰り返してしまうんだろう。
⦅食べてすぐ寝転がっとったらブタんなるぞ~⦆
「ブタ・・・」
 だめ、相手にしない、こんなの相手してたら頭おかしくなる。
 しかし、”牛”じゃなくて”豚”。どういう了見なんだ。大体、お行儀の良し悪しのための表現のハズなのに、それを超えて”豚”って何!?
 携帯を触りながら遣り過ごそうと試みるが、オッサンが次々と矢継ぎ早にワケの分からないことをつらつらと連ねる。誰か止めてくれないだろうか。
「もう、何なのよ、さっきから!」
⦅やから言うとるやん。いちいち引っ掛かり過ぎやねん、こんぐらい笑いに
 持っていけや~》
 そんなことができたら、とっくの昔にやっている。バカなのか、このオッサンは、と思ったが、これ以上オッサン相手にイライラするのは時間の浪費。
 集中して携帯を見られないので、お風呂に入ろうと起き上がると、机の上のペン立てを両手で押しているオッサンを見つける。
 ペン立てに顔を近づけオッサンを睨みつけるが、オッサンは全く眼中にない。頭に一瞬、小突いてペン立てを倒してやろうかという思いが過ぎるが、止めておく。どうせうまくいかない。腹立たしいが、ガシャン!と音を立ててペン立てが倒れ、結局オッサンに一発も当てられないまま、散らばった鉛筆やペンをイライラしながら広い集めて元に戻すだけだ。
⦅お~、ちぃとは成長したなw⦆
「うるさいっ!」
 どうやったらここまで人をイラつかせることができるのか。
 いつも早口で関西弁で、長々と途中何を言っているのか分からないこともあるし、それでも嫌味とか悪口の類であろうことは推測できる。一体どうやったらこんなに次々馬鹿馬鹿しい言葉が次々思いつくのか。
 ただ、ここまでハッキリとグチャグチャ言われると、逆に思いっきり言い返せる。実際は半分も言い返せていないけど。
 お風呂に入りながら、ぼーっと小4の頃の出来事を思い出していた。
 自分が小学4年生の頃、ある日突然クラスの女子の様子に変化が現れた。
 それまでも自分の中で嫌な子や苦手な子はいたが、それでも何となくまだ“クラスは仲良し”という雰囲気ではあった。が、青天の霹靂。変化が現れた理由が全く分からず、困惑した記憶。
 男子も女子も気の合う子たちで遊んでいた気がしていたが、ある日、クラスメイトの女子A、B2人に“ちょっと、ちょっと”と手招きされる。何も考えずに2人の元に行き話しを聞いてみると、他の女子Cの名前を出し、自分たちのことを何か言っていなかったか、と聞かれた。
 全く聞き覚えのない話だったのでその旨を伝えると、“あ、じゃあいい”とだけ言われ、理由も何も教えられず、それだけ聞かれて追い払われたような不快感を感じた。どうやらいつの間にかA、BとCは仲違いしていたようだが、理由は知らない。
 そのうち気がつくと、女子の中で何となくグループのようなものが出来ていて、“皆で仲良く”を望む自分としては意味知れぬ不安が募った。
 ただ、まだ自分と仲良くしている子や自分と似たようなタイプもいたので、不安が募り迷いが生じる中でも何とか学校生活を送ることが出来た。
 次の学年に上がる時にクラス替えがあり、仲の良かった子は別のクラスに。そして、以前から苦手だった子が再び同じクラスになるだけでなく、日が経つに連れそれぞれグループが出来ていき、自分の立ち位置が不明瞭に。
 その当時家の中では、父親が仕事に行かず(仕事が来たら出向く、というスタンスにしか見えなかった)、出かければパチンコで母親がイライラしていることが増え、携帯は中学に上がるまで禁止であったこともあり、家でテレビを見たり、絵を只管書いていたり、本を読んだりして遣り過ごしており、今考えるとどう見ても不安定。
 最初は前のクラスから一緒の子といたが、何となく話が合わなくなり、話をしてみると実は話が合う、という子は既に違うグループにいて、そこには自分がそこに入る余地はなく、何となく、何とな~く気持ちが孤立していく。何となくボッチ。家も不安定、クラスでも何とな~く孤独。
 ただ、学校生活を乗り切れたのは、勉強自体は嫌いじゃなかったので成績が良かったことと、部活は楽しかったということ、そしてCUに出会えたことから既に半分妄想の世界の住人と化していたので、現実と妄想を行き来していた、ということ。
 それは今だから言葉で説明できるが、あの頃はただ漠然とした不安に包まれている状態で、表現も難しく、担任に相談しかけたことはあったが、以前イヤなことを言われたことがあり、どうせ理解されることはないだろうと諦めた。
 あのいつの間にかできあがるヒエラルキーは、自分の経験するところでは、ただ単に気が強いから上にいるだけ、言いたいことを好きなように言うタイプが上にいるだけ、そういう子とグループでいるから上にいるだけ、という感じ。他所では、頭の良さだったり家が裕福だったり、他の理由があるのかもしれないけれど。
 何となく上にいる人たちを恐れながらも、中学生の頃なんかは、心の中では”いや、お互いカワイイと言い合っていたり庇い合っているけど、D、Eは実際に可愛くてF、Gは仲間だから可愛いカテゴリーになっているだけ。みんなそんな賢くないから、違う高校に入れば離れられる”と思っていたことなどは、人には言ったことはない。理由は、どこから漏れて、報復されるか分からなかったから。そのぐらい、特に女子に対しては疑心暗鬼になっていたと思う。
 今思うと、自分の心の中も相当ドロドロだなと思うが、何を、誰を信じればいいのか分からず暗中模索を繰り返し、何の答えも見つからないまま、取り敢えず日々を送るのが精一杯だった。
 しかし、上にいる子たちは表立って言いたいことや悪口を言い、適度に発散しつつ楽しく過ごしているのだから、それは楽しい学校生活だろうね、と思っていた。それは、妬み、嫉みとかよりも、どうして“あなたはあたしたちとは違うのよ”目線で人を小馬鹿にしている人たちの方が嫌われずに上にいるんだろう、という疑問のほうが強かった。
 自分みたいに押し込めて黙っていて、心の中だけで悪態をつく方が”性格が悪い”と表現される不思議な世界。それはどれだけ考えても解せず、結局、”強い者勝ち”なんだと自分の中に落とし込めた。中学生のそれは小学生のより更にキツイ状況だった。
 清水さんはそういうことを言ってのことなんだろうか?
 ただ、自分の目線でしかないが、今の学校は、中学の時とは比べ物にならないぐらい、そういったヒエラルキー感が薄い。勿論、グループはできているが、だからと言ってグループで他の子の悪口を言っていたり、態々ターゲットを選んで爪弾きをしている様子などは見かけたことがない。
 ああいうのはコソコソやっているようで、周りにも何となく同調させようという目論見も見え隠れしている場合があるが、そういったものも感じたことはない。
 とは言え、目線が違えば見え方も違う。こればかりは本人にしか分からない。もし自分がそれに気づいていないとすれば、きっとそれは眞理子、千華、琴乃たちが友達として扱ってくれているからだと思う。
⦅え、ワシのお陰ちゃうん?笑⦆
 ナンデヤネン。
⦅オイぃ~、変な関西弁使うなや~⦆
「何も言ってませ~んw べーだ」
⦅べーだ、やってw⦆
 ああ、ウザい。
 何にせよ、眞理子は清水さんをイジメたなんて信じられない。だって、自分を受け入れてくれた子だもん。入学早々迷走していた自分に、笑顔で声を掛けてくれた、明るく元気な眞理子だもん。
 
 それから数日して、クラスの一人が職員室に行った際に聞こえたという話が回って来た。
 何でも、清水さんの母親から連日電話が入るらしく、深江先生と学年主任がその対応に追われていると。
 深江先生は電話をしながら”はい”と何度も相槌を打ちながら、時々メモをしたり、宙を見て眉を顰めたり、大声を出されているのか受話器から耳を放して仰け反ったりしており、傍から見ると、明らかに手こずっている様子でだったそう。
 暫く様子を伺っていると、どうも清水さんの方はLINKの遣り取りを見せるワケでもなく、一方的に母親が言いたいことを捲し立て、深江先生の言葉を遮り、殆ど言われっ放しの状態であるらしい。なかなかカオスだ。想像するだけでゲッソリする。
 相手に言葉を発させず、自分の言いたいことだけ言い放ち、相手に自分の言うことを聞かせようとする、そういう現場に何度遭遇したことがあるだろう。
 我田引水。国語でこの言葉を知った時は、ああ、まさしく自分の周辺に存在するヒエラルキーの上にいる子たちのためにある言葉だな、と思った。ただの勝手人間じゃん、とも。
 が、職員室での話を聞いて、集団でなくともそういうことは生じるか、とふと数名の顔が浮かんだ。過去、現在・・・
 幸い、いや飛び切り有難く今学校ではそういったことに出くわさずに過ごせているものの、学校以外では全くないワケではない。どうやったらそういう輩と接触せず暮らせるのだろう?と、頭の隅ではいつも思っている。
 深ちゃん、今だけは御愁傷様。
 清水さんが数名の名前を挙げるのを、深江先生は其々に確認したがそういった事実は確認されなかった旨を伝えると、更に受話器を耳から離す状態になったのだそう。かなり怒鳴られているのだろうことが推測される。
 そして、電話を切った後に、深江先生と学年主任の話すのを聞き、概要を理解した、と。
 相当に厳しいやり取りだったらしく、深江先生も学年主任も、生徒がいるかもしれない状況が頭から抜けるぐらい疲労困憊だったと見られる。
 清水さんが学校にあまり来なくなり始めてからの主張としては、“クラスメイトからいじめを受けたから行きたくない、でも学校には通いたい”というもので、最初は別室登校をという話し合いをし、それを認めて施行していたが、次第に時間にも登校できなくなり再度不登校に。
 再度不登校の理由は、“いつクラスメイトに会うか分からないし、会ったら何言われるか分からないから別室でも行きにくい”と。
 更なる要望として、放課後登校をさせろということであったが、学校側としても流石に放課後で全てを補うことは困難であることを伝えられたらしい。それは自分たちでも無理だろうと思う。
 うちの学校は公立だし、そんな一人のために手厚く対応できるほど先生たちの数もないし、出席日数、提出物、テスト等々、クリアしなければならないものがあるワケで、何かを免除されてそれで成績がついたらオイオイだ。
 別室登校ならまだ出席”したと見做す”は可能だろうし、多少遅れてでも課題の提出をすれば最低限の成績はもらえるとか、テストは別室ででも受けられるからこの辺りはクリアできるしれないが、放課後なんぞに7時間分の授業なんかどう見積もっても埋められるワケがない。
 その上、“いじめ”加害者に対して断罪しないのであれば弁護士を立てる”とも言っているらしい。いじめらしきものを今の学校で見たことがないだけに、ちょっと自分の現状と感覚が乖離していて理解が追い付かない。
 “うちの学校は、わりとこういうことは少ないんだけどな。しかも弁護士って・・・”とため息混じりに深江先生が言い、学年主任はそれに頷き、その様子は生徒から見ても”チーン”と文字が浮かんでそうだったとのことで、考えるとちょっと気の毒に思う。
 自分もまだ1年生も終えてはいないが、今の高校は中学と比べると雲泥の差で過ごしやすい。
 小、中学校での居心地悪さを経験している自分としては、清水さんにとって何か居心地の悪い何かがあるのだろうと頭では分かる。
 ただ、眞理子が何かをしたとは思えない。そもそも接点が無いし、用事でしか関わっているのを見たことがない。眞理子が自分から積極的に関わってないから?何かLINKの遣り取りで無視られた?いや、今回の件でLINKを見せてくれたが、そんな要素は微塵も見られなかった。
 名前があがっているのは眞理子だけでなく、他に数名男女の名前があがっていることが回ってきていて、この数名はクラスの中では目立つタイプばかり。というところでは女子のあの気持ち悪い感じではなく、何か清水さんの中での問題なのでは?と感じている。
 勿論、決めつけはいけない、決めつけられてイヤな思いをした自分としては。
 自分は忘れない、あの中2の時の担任に言われた”自分は人と違うと思うなよ”という、勝手な決めつけにて傷つけられたことを。
 最初は意味が分からなかったが、最初は相談に乗ってくれていたハズの担任が、結局、本人に言わずに担任に相談している(恐らく担任は”愚痴”だと思っていたのだろう)自分も”同じ穴の狢”だと思っていたのだろう。
 自分で言えるなら言っているが、女子の集団による無言の威嚇というのは、言いたいことをガンガン言える担任に理解できるハズもなかったし、その女子たちも担任の前ではしっかりいい子を装っていたので、それこそ騙される担任は大したことなかったのだ、と今は思う。が、その当時は、ただ信頼していた担任に裏切られた、と一瞬呆然自失で、その後担任が何を言ったかなど全く記憶はないし、多分、耳にも入って来ていなかったと思う。何せ、耳に何かワーンワーンワーンと宇宙更新の電波を受け取ったのか?みたいな感じに鳴り響いていたから。
 「何でも相談して」などといい人羊の着ぐるみを着ておいて、いざとなったらポイっと脱ぎ捨ててサーっと去って行くという責任感の無さに、実際には”〇塚先生”も”〇ンクミ”も”川〇先生”なんていないんだ、と”先生”に対する偶像が、ガラガラガラと音を立てて崩れ落ちていった。見事な崩れっぷりだった。もう今はそんな偶像はない。
 漫画はあくまでも漫画、ドラマはあくまでもドラマ、凡人の自分にそんなピンポイントのようなドラマ的ストーリーが舞い込んで来ることなぞあるワケがないのだ。
 そういったこともあり、どう感じているかは傍から理解されないことも少なくなく、人それぞれ感じ方も捉え方も違い、きっとそうだろう的な決めつけはすべきではない、といつも自分に言い聞かせている。
 ここは取り敢えず自分の思いは置いておいて、眞理子に対しては濡れ衣であることを信じたい、という願望。
 掃除も終わり、終礼を速やかに終えて次の行動に移りたい生徒もおり、担任が戻って来るのを待つが、深江先生はいつも来るのが遅い。
 分かっている。先生達も授業や担任だけをしているわけではなく、いろんな仕事を抱えているでしょう。それこそ清水さんの母親が電話を掛けてきたら、その対応で時間を取られるなどもあり、先生の諸事情もあるでしょうよ。
 が、しかし、他のクラスから各々が飛び出して行く足音を聞くと、やはりどう甘く見積もっても深江先生は来るのが遅い。どうせなら終礼は、掃除の前にして欲しい。そうすれば、掃除が終わればそのまま解散できるではないか。
 と、漸く今教室に足を踏み入れた深江先生の周りには、何となく重苦しい空気が漂っているように見える。
 何だ、ナンダ!?帰る間際に、面倒なことをぶっ込んでこないことを願う。
 
 ホームルーム、すぐ終わるよね。取り敢えず、脳が”学校終わった!”となると、そこから何かで引き延ばされると萎える。
「ん~、ちょっとみんないいかな~。あ~の~・・・あれ、清水さんのこと
 なんだけど・・・」
 なんと、今からその話?長くなるんじゃないの?もっと違う時間に・・・と言っても、朝だとすぐ授業が始まるし、深江先生も終に全体に聞くぐらい行き詰ってしまったか。
 まあ、聞いている話では深江先生も気の毒と言えば気の毒なので、ここは逆にサッサと終わるように進めて頂ければそれでヨシとしましょうか。
 当然だがクラス内が微妙に騒然とし始めるが、中には全く興味を示さず、早く部活に向かいたいと言わんばかりに、席に居ながら走り出す準備をする生徒もいる。
 当然、自分たちも顔を見合わせた。眞理子の露骨な不快そうな表情、然りだ。
「清水さんが学校に来なくなって暫く経つが、まあ、・・・家族とは話をす
 るんだが・・・何というか、清水さん本人にとは全く話ができなくてね 
 ~、うん。でまあ、こちらで解決出来る事ならと思ってたけどそれも頓挫
 してるんで、皆のほうは何か知らないかな~と思って・・・ねぇ」
 ねぇ、じゃござんせん、先生。個別に数人に聞いておいて、”知らない”と言われたんだろうけど、そうしたらとうとう無分別にという・・・
「て言うか、清水さんが学校に来ない、そのための解決ってどういう意味
 ですかー?クラスの中に原因があるということですか?」
 お~、よくぞサラっとストレートに聞いてくれました、天海さん。
「あ、いや、うん。ここにいる何人かには確認済みのことで・・・でも、ど
 うも清水さんの家族の言うことに匹敵することが見つけられなくてだな、
 先生から見えないことが皆からは見えることもあるかと思ってね~、う
 ん。清水さん、何かその~、誰かにいじられたりイヤなことを言われたり
 してたりしてるの、見たことある人いるかな~、とか・・・」
 深江先生なりに直球を避けているつもりのようだ。が、それではまるで、このクラスの誰かが清水さんをイジメのターゲットにしてませんでしたか?と聞いているようなものだ。それでも、個人にはある意味直球にイジメてたかどうか聞いてきたのと同じだったワケなので、深江先生の中ではオブラートに包んだつもりなんだろう。
「誰か何かないかな~」
 と聞いて、”はい、知ってます”と手を挙げる生徒がいると思うのか、先生。案の定、クラスの中は”はあ?””・・・?”といったといった雰囲気。
「ん~、喋ったことぐらいあるだろう?」
 ざわざわしてはいるが、あちこちから”知らないよね””殆ど喋った記憶ないし”といった声ばかりで、沈黙が続く。何でこんなことに時間割かれてるんだ、という雰囲気を醸し出し、頬杖ついて不貞腐れているのか、無の境地にいるのかの子もいるが、それは男子に多く見られる。
「橋本さんはどう?」
「え、私ですか?いや~、確かに選択で一緒のはあるけど、正直喋った記憶
 が少な過ぎて・・・」
「山上(やまがみ)さんはどう?」
「え?オレ?う~ん・・・殆ど接点ないけど、その、ちょ~っと不思議ちゃ
 んっぽいところはあったかな・・・」
 お、同じ見解だ。と、見ると、周囲には数名同じようにうんうん頷いているのが見える。赤べこの頭を次々揺らしていったような光景が頭に浮かび、真面目な話をしているにも関わらず笑いそうになり、おもむろに両手で頬杖をつくフリをして誤魔化した。
「え、それはどういうとこで?」
「あ~、何かいつも大人しい感じなんだけどぉ、一回だけ、図書室に行った
 時にスゴいブチ切れてて」
「ブチ切れる?清水さんが?」
「そう」
 山上君も、最初から見ていたワケではなかったものの、その場の遣り取りから理解したとのことで、それは次の通り。
 何でも、清水さんが机の端の席を取るのに定規を置いて場所を離れ、本を持って戻って来たら、2年生と思われる先輩二人がその定規を横に除けてその席に座っていたことに激怒したそう。
 その怒り方が、とにかく自分の正当性を主張し、漫画みたいに”キー!!!!”と髪が逆立つぐらい怒っているような感じに見えたらしい。もしその場に自分がいたら、笑っているかもしれない事案だ。
 清水さんが突然ブチ切れたようで、一方的に2年生に噛み付いていたので、結局2年生二人は不愉快極まりないといった様子で別の席に移動したと。
 ただ、席は他にも空いていたし、どうしてもその席に座りたかったらもっと存在感のある物を置いておいた方が確実なのに、一見忘れ物のように見える定規を置いておいて、除けて座ったからと言って先輩にブチ切れて、見ていて意味が分からないと山上君は感じたと。確かにその通りだ。
 大体、そこの席は結構日当たりが良くより明るいので、空いていたら座ろうと思うのも全く不思議でない席なので、忘れ物としか思えないような定規一本置いているぐらいなら、自分だってピッと横にスライドさせて座っているかもしれない。
「は~・・・なるほど・・・う~ん、なるほど」
 深江先生は宙を仰いで”う~ん”と唸ったまま。
「あ、そういうので言うと、そう言えば」
「え、何かあった?え~と」
「先生、あたし、あたし」
「あ、新垣(にいがき)。何、なに?」
「うん。前に用事で名前呼んでも返事ないから無視してんのかと思っ
 て・・・」
 新垣さんは清水さんが聞こえていないのかと思い、後ろから肩を軽くポンポンと叩いて名前を呼ぶと、飛び上がるみたいに激しく驚いて叫ばれたらしく、その時一緒にそれを目撃したらしい長澤さんと”ね”と目を合わせ、二人で頷いている。
 再びクラスの中が赤べこ状態になっている光景ににあり、笑いそうになりつつも、どうやら他にも何かしらのエピソードがある雰囲気。
 自分も何かあったかを考えてみるが、丸っとさっぱり全く思い出すことがない。
 すると今度は深江先生が皆に、清水さんとLINKをやっているか否かの確認をし出す。
「先生、それ重要?ていうか、何?LINKで何かあったってこと?」
「う~ん、それは・・・」
 山﨑君の指摘に、深江先生がごにょごにょと濁そうとするので、そこに間髪入れず理由を述べるよう催促するクラスメイトが数名。それもその通りだ。
 このクラスに、“人に物を聞く時はまずは理由を述べよ”というスタンスの男子がいて、最初は何だかエラそうで面倒なヤツだなと思っていたが、幾度かそれを耳にしている間に、案外その方が感情的になりにくいのでは?とも思うになり、寧ろ自分も状況によってはその手を使うこともある。
 結局、清水さんと何か遣り取りをしてトラブルが生じたことがあるかを知りたいと説明され、“はあ?”といった声がそこここで聞かれる。
「先生、そこがは重要なんであって、説明がザックリし過ぎなんで、もう少
 しちゃんと説明して下さい」
 御尤もです、金子君。
「や、う~ん・・・」
「ていうか先生、もうあたしとかそれ先生に直で聞かれてるんだし、あたし
 が皆に説明しましょうか~?」
 眞理子が先生に敬語使ってる・・・明らかに先日の怒り再発、的な 笑
「何聞かれたの?」
「それがさ~」
 聞いてきた工藤君に眞理子が勢い込んで話そうとすると、深江先生が慌てたように会話を遮った。その慌て方と言ったら、今からでもイラストで描けるぐらい滑稽。
 恐らく、深江先生はあまり波風を立てたくないものの、眞理子が深江先生の意図とは違う形で話を持って行ってしまうのでは?と勘繰ったのだろう。
 しかし、深江先生は既に遠回しに事を運ぼうとして、逆に直球を投げまくっていることに気付いていない。これは、深江先生が理系たるやなのか、そもそも直球でしか話ができないタイプなだけなのか。これでは噂に聞くように、清水さんの母親からの攻撃にうまく対応できていなくても納得してしまいそうだ。
 口が達者であったり、理路整然と話をするクラスメイトも少なくないのだから、清水さんや清水さんの母親に対しては知らないが、ここでは真正面から話をした方が賢明。
 とどのつまり、クラス全員にこの話をし始めた時点で概要は伝えないといけないワケで、深江先生はその腹を括ってのことではなかったらしい。何とも無謀なチャレンジ。
 深江先生はとうとう観念したようで、概要は話すので、まずはLINKを交換したか否かを教えて欲しいと懇願。それに対し、数名が挙手するも、聞くと、入学してすぐあった新入生宿泊オリエンテーションの間に清水さんが皆に聞き、教えた子とそうでない子がいるよう。そう言ば、自分も聞かれて教えたものの、こちらから送る用事もなかったので、登録したのみ。
 そして、最初に少し遣り取りをした子たちも、眞理子の主張と同じで、本当に少しだけで、それ以降特にしないままとのこと。
「で、この間名指しされたメンバー一人一人聞いて、別にLINKの遣り取りに
 問題なかったワケですよね?それで“ない”ってったら、後は遣り取りもし
 ていない全員に聞いたって、それは”ない”ですよ、先生」
 眞理子と同じく個人的に聞かれたらしき福濱君が深江先生に釘を刺す。というよりも、眞理子同様、疑われたことに不快感があったんだろうと思う。
「それにさ、休んでるからって清水さんの言う方が正しいっていうのもおか
 しくない?」
 そうだよ、そうだよ、そうなんだよ、浜辺さん。
「や、そうなんだよ。いや、分かってるんだよ。私は皆を疑ってるわけじゃ
 ないんだ」
 深江先生が、困ったというように首の後ろを摩っている。
 職員室の話からも、随分と参っているのであろうことが推測されるし、本当に困っているのだろう。
 とは言え、深江先生は実際どう思っているのかこちらには伝わって来ないし、深江先生は実際どう思っているのか?
「先生、俺、清水さんのこともよく知らないし、聞かれても答えられること
 ないんで、もう部活行っていいっスか?練習試合、近いからさ」
「あ、おお、悪い悪い。そうだな、じゃあ、とりあえずこれで終わり」
 菅君、GJ!
 
「何なの、清水さん。ていうか、何かよくわかんないんだけど、みんなさ、
 やっぱあんまり関わってない感じじゃない?」
「というより、個人名上がってるのがさ、関係性無さ過ぎじゃない?」
「それ思ったー。ちょっとイミフだよね。それにさ、マジでみんなにLINK聞
 いていてたんだね、ビックリ。ま、あたしは教えなかったけどね」
「そうじゃん!え、千華、よく断れたね。断りにくくない!?」
「だって、クラスメイトになったってだけで教えるのってビミョーじゃな
 い?基本的に一度会っただけで教えるとかないし。そう思うと、眞理子は
 優しいよね」
「え、だってさ~、同じクラスの子に聞かれると逆に断りにくいっしょ~」
 眞理子は結構ハッキリと意見を言うほうだが、面倒見の良い優しさを持っているので教えてしまったワケで、そう考えると清水さんの眞理子に対するこの仕打ち。どういうつもりなのか。
「あたしも教えてないよ~」
 おお、琴乃も教えていないのか!
 この、琴乃のふわふわした柔和な雰囲気だと、”教えて”と言えば教えてくれそう、などと思ってしまい、こういうことがある度、自分が見た目や偏見で判断しがちなところを激しく指摘されている気分になる。勉強になります。
「え、どうやって断ったの!?」
「親から“よく知らない間は教えないように”って釘刺されてるからゴメンね
 って。言っても未成年だし、親の管理下にいる、というところをフルに利
 用しないと」
「ん~なるほど~。“クラスメイト”って枠、ネックだわ~」
 眞理子が腕組みをし、感慨深そうに左右に頭を振る。
 確かに、クラスメイトなんだから、隣りなんだから、家族なんだから、兄弟姉妹なんだから、親戚なんだから・・・この枠があるというだけで、あらゆることを断りにくくなる不思議な括り、“柵(しがらみ)”。
「あ、あたしは教えたけど、最初の頃ちょっとあいさつ程度に遣り取りした
 たかな~」
 実はLINK聞かれて嬉しかった、とか言えない。その時は、清水さんという人を全然知らなかったから。というか、千華や琴乃の話を聞いていると、”知らないのに教えちゃうのかよ”になるんだけど。
 自分は“柵”などではなく、クラスメイトとなった子達にLINKを聞かれ、友達が増える感覚が嬉しかった。小学生の時も中学生の時も、“友達”に関しては苦労をしているので、LINKに名前が増えるのが嬉しかった。
 ただ今回のことで、クラスメイトとは言え大して関わりがないのに教えてしまうと、こんなことになることも生じる可能性があるとすれば、教える、教えないの判断はクラスメイトであろうとも考えるべき、ということを知った。眞理子の犠牲の上で、申し訳ない。
「まあ、クラスメイトに聞かれたらちょっと断りにくいよね。でも、名前挙
 がった子とそうでない子の差って何なんだろう?」
 琴乃が首を傾げ、眞理子は腕組みをし、長く“う~~~~~ん”と唸りながら考え込み、千華は携帯の電源を入れ、何かし始めた。
 仮に本当に清水さんをいじめた人がいたとして、そのいじめの首謀者が明るみに出て謝罪をしたとして、でもまた学校に来られるようになるものなのだろうか。自分なら、本気でいじめられていたとしたら・・・学校に行けない気がする。
 逆に、眞理子のように清水さんに濡れ衣を着せられたと思っているクラスメイトにすれば、清水さんという存在を今更受け入れられるものなのだろうか。
 自分は器が極小なので、もし眞理子と同じ立場であったら、濡れ衣を着せられたことに怒りが充満する一方で動悸を覚え、平気でいられないと思う。
 深江先生の口調から、清水さんは休学もしくは退学、転学という選択をしておらず、HRで全体に話をするということは、清水さんはこの学校に登校したいと思っている?学校に来たいと思っていたとしたら、その割りには、来た後のことを想定しての言動行動同をしていないように見える。理解不能。
 耳に入ってきている話では、学校側は結構参っているという。先程、とうとう深江先生がクラス全体に話し始めたところを見ると、先生たちの中で進めるには万策尽きたといったところか。
 そりゃそうだろう。こういうゴタゴタに関心を持つ(好き、と言ってもいいかも)人というのはいるもので、何時の間にか回り回って耳に届くもの。話が歪曲され、内容がどんどん変わってから届くこともあり、事の起こりがまるで分らなくなることもある。
 今入って来ているのは、清水さんの母親が、娘がいじめを受けたと言っているのに何も対処をしない、と担任と学校、市を訴えると言っている、ということ。
 それに対し、学校から清水さんの家が結構遠いにも関わらず、学校が終わってから、ある日は学年主任、ある日は教頭と共に清水さんの家に出向き話をしに行っても、出てくるのは母親のみで門前払い。そして、毎日清水さんの母親からの電話攻撃で、遣り取りは堂々巡り。それに疲弊してしまっているということだ。
 それってもう既にモンペなのでは?いやいや、聞きかじった部分だけで判断するのは賢明ではない。が、職員室での電話の遣り取りを見た生徒がいるので、全くの出鱈目ではないと思う。
 ただ、眞理子は人をいじめたりなんて絶対しない、と信じたい。眞理子の夢は科捜研に勤めることで、それこそ真実を突き止める為の機関。それに、普段一緒にいても正義感の強さを感じるのに、関わりが殆どない清水さんを、遣り取りも殆どない清水さんをいじめるなんて考え難い。
「千華、何してんの?」
「ん?いや、友達にさ、清水さんと同じ中学の子いるんだよね~。ちょっと
 どういう子なのか聞いてみようかと思ってさ~」
「何か結構遠くから来てなかった?てか、どこの中学から来たとか覚えてん
 の?」
「うん、自己紹介の時聞いたの覚えてる、全員」
「お~、ちゃんと自己紹介聞いてるところがスゴイ」
 聞いたことない中学校の名前とかもあったから、全部は覚えてないな~。
「じゃ、後は返事待ちということで」
「ん、ヨロシク」
 放課後は学生が日常的に聞く、掛け声や楽器の音などの様々な音が響き渡り、あらゆる音が混ざっているにも関わらず、雑音というよりは学生としての活動の音、差し詰め“放課後のBGM”といったところか。
 不思議と“煩い”と思うことはなく、寧ろ、テスト前の部活がない静かな放課後のほうがシーンとして違和感さえ感じる。あれだけ大きな声や音が響いているのに、不思議だ。
 そして、自分たちもその中に混じりに行くかの如く教室を後にする。
 とある県で、子どもの声が煩いと苦情が続き、公園を廃止にしたという話を聞いたことがある。他にも、ボール遊びをしない、大声で騒がない、などの張り紙をしている公園もあり、一体公園の本分はなんぞや?と思ってしまう。
 少子化政策をまともに進められない政府にも大きな問題があるのに、割を食うのは現場にいる国民で、公園で遊びたい盛りの年齢層の子どもたちで、政治家には遠い遠い、遥か遠い、何処か海を越えた国で起こっている話だとでも思っているのだろうか。
 その夜、四人のグループLINKに千華が挙げてきた話。
 清水さんは小学生の時からちょっと不思議ちゃんだったそう。普段は大人しいのに、自分の興味の強いことには、授業中でも先生に次々質問をして授業を止めてしまったこともあり、自分の意見があるのかと思えば、「何でもいい」「決まったのでいい」と言う。にも関わらず、後から担任に母親から「娘は嫌だったのに無理やりさせられたと言っている」といったようなクレームが入る。言葉を表面的な言葉通りに理解をし、人には直球を投げるのにも関わらず、自分が直球を投げられると激しく不快感を示す。女子の中でのコミュニケーションは厳しかった、とのこと。
 中学生の時は時々休んだり保健室に行くことはあったが、今程立て続けに休んではいなかったよう。
 その、時々休んだり保健室に行く状態になった際、実はその時も理由は”クラスメイトからのいじめだ”と母親からの訴えがあったそうだ。
 担任や副担、保健の先生、SSW(スクールソーシャルワーカー)などが本人に聞いても、そこについては詳細を語らず、実際クラスメイトの誰も身に覚えがないという状況であるも、本人も母親も詳細を言わない。
 当然、学校は体裁というものがあるから、仮にいじめがあったとしても隠す可能性は否定できないが、千華の友達曰く、まず清水さんと関わっている子があまりいなかったことと、普段の生活を見ていてもそういう現場を目撃したことはないし、噂も聞いたことがなかったそう。それは現状と似たような状態だ。
 ただ、クラスメイトとの関わりが少ないことが”いじめ”と感じているとしたら、そこは何とも言えない。
 結局、何がどうなったか分からないまま、休み時間に保健の先生の所にはちょこちょこ顔を出しつつ、清水さんは学校を休まないようになり、母親からも”いじめ”の訴えコールは止んだとか。違うところでの苦情は相変わらず続いていたみたいだけど。
 清水さんはしれっとそれまで通り教室、図書室、保健室を行き来し、クラスメイトはと言うと、少しでも関わると”いじめ”と言われ兼ねないので、益々関わることを避けていった。とどのつまり、自分が人との関わりを壊してもいるということ?
 千華の友だちが言うには、”いじめ”について懐疑的だったのは、“いじめられた”と言う割りに、クラスメイトを見てもすれ違っても教室に入っても、逃げ隠れするでもなく動揺すら見せなかったことだった”と。
 確かに、本当にいじめられていたら、教室に入ることも恐怖だと思うし、クラスメイトの姿を見ただけで隠れてしまいそう。ヘタすると、学校に近づくだけで腹痛や頭痛、吐き気が起きそうだ。
 うん、なかなか意味不明な感じで、益々理解不能。人の感覚は其々、と言われて済む話でもない。
 というか、千華の友だちもよくこれだけLINK打ったな~・・・余程清水さんは印象的な人物だったと思われる。や、そうでしょうね~・・・果たして、この情報をどのように活用していくか・・・
⦅いや、オマエには何もできんてw⦆
 ん~~~~~オッサン、う・る・さ・い!!
 
〔わ~ お疲れサマ 千華~〕
〔てかさ これって昔からなんじゃん〕
〔結局情報くれた子とは電話でしゃべったんだけどさ いや~ビックリだっ
 たわ〕
〔ちょっとヤバい子だよね〕
〔一見大人しそうなのにぃ〕
〔当然その子からだけのエピソードじゃないんだよね?〕
〔当然 その子が打ってくれたのしか送ってないもん〕
〔え 電話で聞いたのはまた別にあんの?〕
〔うん 笑う〕
〔これ腹立ってもいい!?〕
〔許す〕
 全部ではないが、千華と眞理子が深江先生に話をしてみるということで話を終えた。
 ただの不思議ちゃんならまだしも、自分の勘違いなのか思い込みなのかも不明だが、前から同様の行動パターンで、それでいてクラスメイトを加害者扱いとは、どういう感覚なのか。
 確かに、“いじめ”の定義となると、”いじめられている”と感じている側が精神的苦痛を感じている、ということになるとは思うし、加害者に加害者意識がなく、“いじっただけ”“からかっただけ”と言って認めない者たちがいることも承知している。そういうクズ(敢えてここは“クズ”と呼ばせて頂く)のせいでもがき苦しみ、恐らく思考も感情もプッツリと切れてしまい最悪の決断をするに至ってしまった子たちも多くいるのは事実だ。
 だがしかし、その加害者と被害者の間の”一定の人間関係”とは何ぞや?接点の少ないクラスメイトもそれに当たるのか?特に仲が良いワケでなく、用事がないから特に話し掛けることもない、というのは”いじめ”に当たるのか?
 今回に限っては、まず清水さんと加害者扱いされた子たちとの間の接点が本当に少ない。陰であったと言われたら、そこを知らない自分が何を言う?となってしまうが、誰かが清水さんをいじっているのを見たことがなく、まず清水さんへの悪口どころか、清水さんについての話も耳に入ってきたことがない上に、千華の友だち側から回ってきた話を合わせると、どう考えても清水さんの思い込みにしか感じられないし、これは清水さんがただの不思議ちゃんで終われる話ではないのではないか。
 勿論、眞理子以外の子たちのことをよく知っているワケではないものの、名前が上がった子たちはクラスの中では目立つ面子ではあっても、その子たちが同じグループにはいないし、性別もバラバラ。各々が同時に一人をいじめていているということになり、現実的でなさ過ぎる。濡れ衣を着せられた子たちが、逆に被害者なのでは?
⦅ゴチャゴチャうるさいねん⦆
 オッサンの相手している場合ではござらん。
⦅ござらんっつっても、オマエのことちゃうやん⦆
 そんなことは百も承知。
「てかさ~、あたし、ただ考えてるだけじゃん。なのに、“うるさい”とか言
 われる意味わかんないんだけど」
⦅何時や思てんねん。静かにせ~や、の時間やぞ⦆
 何時・・・のわ~っ!!
 時計を見ると既に23時。既にLINKを終えてから優に一時間は経っている。
 ああまだお風呂入ってない!明日のミニテスト!CUの情報追えてない!
⦅最後のはいらんやろ⦆
「はあ?情報は常にアップデートされてるんだよ!?」
⦅あっぷでーと?デート?笑⦆
 オヤジめ。
「更新されてるってことよ」
⦅どぉ~でもヨカヨカ 笑⦆
 あ~はいはい。まともに答えた自分がバカでした。
 どちらにしても、入浴があまり遅すぎると周りに迷惑だと散々母親に言われてきているし、ゴチャゴチャ宣われても面倒だしで、取り敢えず入浴を優先することにし、ミニテストは・・・明日のは今までやった分で間に合うことを願う。CUのはお風呂でチェックするか
⦅湯船にドボン!⦆ 
「するか!」
⦅お~お~なんとお口の悪いことw⦆
 誰のせいだよ、オッサン 怒
⦅お里が知れるわ⦆
「オサトガシレル?」
⦅む~ち無知無知むっちむち♪⦆
 あ~~~~~~~~~~~~~腹立つ。・・・ふん、どうせ調べたらいいだけだし。

 次の日、朝のミニテストを終えた後、予定通り千華と眞理子の二人で深江先生に伝えに行った。
 何となく勢いで自分も行くものと思っていたが、琴乃の“ぞろぞろ行くのも何か大袈裟だから”の言葉にハッとした。
 こういう時、友達や同じグループというだけで何となく一緒に行くものと思ってしまうが、自分は当事者でもなく、自分で関係のある情報を得たワケでもない。
 自分が千華や眞理子の立場なら、正直一緒に来てもらったほうが心強いが、そこは千華と眞理子。どう見ても自分より英明果敢。情報を的確に深江先生に提供しつつ、自分の意見も伝えることが出来るだろう。
 人数多く行って深江先生を囲めば目立つワケで、後から”何かあったの?”などと聞かれるとまた面倒だし、聞かれて言わなかったら言わなかったで感じ悪く思われるだろうし、結局自分が行ってもそこに突っ立ってるだけ。琴乃の判断は賢明だと思う。
 こうやってその場や状況の判断の仕方を、友達を見て学ぶ毎日。彼女たちはそれを既に身に付けているワケで、これは一体何の差なのだろう?元々の能力?家庭環境?出会った友達や先生たちの違い?考えたところで、今の自分が発展途上過ぎて分からない。
 取り敢えず、彼女たちのような友達に出会えたことに感謝。彼女たちは自分の前を歩きながら更に成長しているワケだから自分が追いつくなんてことは無理だけど、彼女たちの良い部分を吸収して、せめてすぐ後ろを歩けるぐらいになりたい。
 千華と眞理子が戻って来たのは授業が始まるギリギリだったので、次の休憩で話を聞いた。部屋移動の授業でなくて良かった。
「どうだった?」
「それがさ~・・・」
 千華と眞理子が深江先生に話をしたところ、唖然とした表情で聞いていたそうだが、この話は一旦深江先生が持ち帰り精査するので、口外しないようにと言われたとのこと。
 唖然としていた、ということは、そこまでの話は耳に入って来ていないということで、公立高校なのに、中学校は一体どんな内申を出したんだろう?
 眞理子は、濡れ衣を着せられたのは自分だけではないし、同じ目に遭っているクラスメイトをそのままにしないよう念を押したそう。
 一旦深江先生のほうで“事実確認をしてから”と言われると、確かに生徒から聞いた話だけを鵜呑みにする教師というのもどうかとは思うが、何だかモヤモヤする。
 事実が確認できたとて、こちらにちゃんと話が回って来て解決に至るのだろうか。そもそも、確実にこちらの話が正しいと受け取ってくれているのだろうか。
「モヤモヤが残るな~」
「残るね~」
 でも、ある意味深江先生はこちらにとっても良い教師なのかもしれない。カースト上部の子の話ばかり鵜呑みにしていた、中学の菅野と大違いだ。
「ま、深ちゃんの対応次第で深ちゃんがどういう人間なのか、信用に値する
 のかどうかが分かるね。清水さんのお母さんに押されて、揉み消してなか
 ったことにされたら許さないからね」
「眞理子・・・本当にあたしらと同い年?」
「はあ?」
「あたしらより十年ぐらい長く生きてそうな発言w」
「よく言われるw あたし、ばあちゃん子だしw」
“人は、言った方は覚えてなくても、言われた方は覚えているもの”
 中3時の担任に対しては、自分に言ったことを覚えてないのだろうと思うと腹立たしさもあるが、もう会うことも無いと言い聞かせ、過去に固執しないよう、思い出さないようにして来たが、深江先生の対応は“先生なんて皆一緒”という自分の感覚を、少しではあるが緩和してくれたような気がする。
 勿論、これまでの全ての先生がそうだったワケではない。が、あの菅野の言葉で、“教師”という存在を、人として正しくあること、公平であること、を信じていたかった微かな希望も一気に壊されてしまったことは事実。
 それを考えると、不謹慎かもしれないし、ターゲットになってしまった眞理子には申し訳ないけれど、清水さんのこの件で深江先生の対応を知ることが出来たのは、自分にとって微かな希望だ。
 
 入浴を済ませ、タオルドライをしながら部屋へ戻り、そのタオルで髪の毛全部を包んだ後、椅子に座ったまま姿見の前に異動し、姿見のカバーを外し、スキンケア用品をボックスから取り出す。
 スキンケア、と言っても入手できるのは安いものだけど、やっぱりしてるのとしていないのだと肌の乾燥具合が違うので、やらない手はない。
 スキンケアを十分施した後そのまま暫しタオルドライを続け、机の横に引っ掛けているドライヤーを取って乾燥を始める。
 しかし、中学か・・・今ってすぐ情報って回るよな・・・あの子たちが今いる周りの誰かにあたしのことを聞かれても、きっと悪いようにしか言わないだろうな~・・・あの子らの学校の子とか会うことないと思うけど、どこで繋がってるかわんないし・・・
 いや、でもあたしはもう中学の時とは違うもん。
「あちっ!」
 ボーっと考えながらドライヤーを当てていると、髪を触っている手の甲にドライヤーの先が当たった熱さで我に返る。
⦅アホちゃうw⦆
 でた。何よ、アホって、藪から棒に。
⦅中学の時とは違うもんw⦆
 あー------このオッサンに思ったことを真似されると、激しく苛立ちが・・・と言ったところで、次から次に被されて揚げ足取られて、結局苛立ちが増すだけだ。落ち着け、自分。
 半乾きの髪を、苛立ちの勢いのままドライヤーをブンブン振り、オッサンの声をかき消すように乾燥を続ける。
 今あの子らと会ったら・・・いや・・・いや、でもやっぱ姿見たら隠れるかな~。というか、あたし別にあの子らに何も悪いことしてないし、向こうが勝手にカーストの上から見下ろしてただけで・・・
 あの子らみんな同じ高校に行ったワケじゃないから、全員でつるんで現れる、なんてこともそうそうはないだろうけど、あの子らのうちの一人であっても、あの蔑んだ目はどうせ変わらないだろうし、やっぱ無理かな~、遭遇したくないな。
 勿論、同じ中学から自分の高校に来た子も一定数いるけど、今の自分の存在を新たに知る人とあの子らが出会わないことを願うわ。何言われるかわかんないし、絶対いいことなんか言わないだろうし。
 しかし、ホントにマジで意味分かんない、清水さん。どういうつもりなんだろう?これまでの動向見ても、深ちゃん、清水さんからどうやって確認取るんだろう?
 何かオッサンの声が微かにする。が、ドライヤーの音でよく聞こえないので、“ざまーみー”とココロがほくそ笑んでいる。
 技術が進んでも、一応進化はしていても、このドライヤーの音というのは相変わらず煩いもの。でーもー、今この部屋では非常に有り難い。
 が、結局もたもたとドライヤーを続けても、何十分もかかるワケはないので、ここは潔く、仕方なくドライヤーを片付ける。
⦅自意識過剰⦆
「はあ?」
⦅オマエみたいなんを言うねや。誰もオマエのことなんか気にしてへんっっ
 ちゅ~ねん。。卒業した後なんかみんな自分の生活しとんねんから、仲良
 くなかったら態々声掛けへんわい。オマエが気にしてても、そいつらがオ
 マエ見ても声掛けへんやろ~ 笑)
「いやでも、自分を見てまたちょっと小バカにしようとか・・・」
⦅いや、だーかーらー、そいつらの生活に、既にオマエなんかおらへんねん
 ってw)
 ・・・イイエテミョ~・・・それはそうなんだけどさ~・・・けど、言い
 方酷いくない!?もうちょっとこう、何かさあ・・・
⦅面倒いやっちゃな~。なんや、構って貰いたいんけ⦆
「はあ?」
⦅そーやろー?結局声掛けて欲しいんやん、好かんヤツらからでも。“わ~、
 元気ぃ!?”とか、あわよくば“何か変わったね~”とか言って欲しいんちゃ
 うんけ。あかん、あかん、やめとけ、自分から声掛けられんねやったらや
 めとけ。オマエやって、どうせ気にもならんヤツ見ても声掛けへんやろ
 ~、そんなんずっこいわ⦆
 ”ずっこい”って何!?
 オッサンがこちらに背を向けお尻を左右に振っている。これは明らか挑発行為。どちらにしても、”ずっこい”は良い意味ではない。
 気づくと目を瞑り、手をこまねいて、オッサンの言葉にう~んと唸っている自分がいる。苛立ちもある。悔しさもある。ただ・・・正直、間違っていない。寧ろ“図星”だ。あわよくば、”何か変わったね~”と認めてもらいたい、これは図星が過ぎて動悸がする。ということも、オッサンには聞こえているだろう。
 頭ではオッサンの言葉の意味を理解しているが、感情レベルで受け入れられないこの気持ち悪さを説明出来ない。
 真っ向から反論したところで、結局は図星なので返す言葉は薄っぺらくなるだろう。そうすると、確実にオッサンから千倍返しを食らうこと間違い無し。そしてまた論破されて終わり。自分の語彙力の無さに愕然。
 高校に入って自分を変えようと突っ走って来たものの、結局は無視をされても平気な程にはふっ切れていない。こんな短期間で、自分が視界に入っているのに声を掛けられないことの寂しさに慣れる心臓の強さは持っていない。無視のほうが、まだ存在を意識されているという意味で無関心よりマシ、という感覚も理解出来ないし、無視も無関心もどっちを取っても、自分にとっては苦痛以外の何物でも無い。
 努力をしなくても好かれる人がいれば、自分は努力をしないと好かれない部類。自然体で好きなように振舞って好かれる人がいれば、自分はどれだけ人に合わせてみてもその人のようには成れない部類。
 自分だって誰からも好かれる人気者に成りたい、でも成れない。いつも話の中心で周りには人が沢山、そんな子に成りたい、でも成れない。そういう子を羨望の眼差し、いや、今は羨望だが、もっと前は羨ましい気持ちの一方で、ただただ”ナゼなんだろう?何が違うんだろう?”という気持ちのほうが強かった。
 一人になるのが怖くて、またいつ自分から人が去って行くのだろうといつも何処かで不安を感じ、いつの間にかその場を楽しむより、人の一挙一動、一言一句を観察する癖がついてしまっている。
 次第に“人に好かれたい”よりも“人に嫌われたくない”が強くなり、自分の言動、行動が人に合わせたものになり、何が正しくて何が間違いなのが判らなくなっていく。
 面白くなくても笑う、思ってなくても同調する、でも、あまり大っぴらに笑わない、激しく同調もしない。何故なら、合わせて笑ったのに、合わせて頷いただけなのに、“すばるが笑ってたよ”“すばるが言ってたよ”、と人が言ったことを自分のせいにされた経験が抜けないから。
 “自分はそんなこと言ってない”と反論したところで、先に出た情報を覆すにはそれ以上の確かな証拠が必要で、大体そういうことは自分の味方のいない所で起こるので、どうしようもない。こちらは濡れ衣を着せられたまま悶々とし、着せたほうはそんな嘘をつくなぞ何とも思っていない。結局は先に言っちゃえるもん勝ち、仲間が多い者勝ち。
 “構って欲しい”・・・違う、そういうのじゃない。“構って欲しい”よりも・・・そう、誤魔化しがなくて、自然体の自分でいても楽しく過ごせる場所が欲しい・・・これだ、全くの図星じゃない!
⦅ほんでもって、中学ん時と違う自分、見て~。変わった私を見て~、って
 かw⦆
 オッサンの言葉に、思わずついていた肘が膝から落ちる。
 ん~~~~~・・・・・いや、まだちょっと大して変わってもないので、別に出くわしたくない。
⦅や~や~や~、”まだちょっと”と言うてる時点で、自分が変わったと思た
 時点で出くわしてみたいっちゅ~ことやん。変わったあたしを見て見て~
 ~ん♪⦆
 ベッドの上でゴロゴロと転がり続けるオッサンを見て、”こいつ、踏み潰せないだろうか”と思うが、すぐそこにいたとて絶対に無理なので、頭の中でこの部屋の中にある一番分厚い本で、何回も上から叩いてやった。
⦅お~お~残念やのぉ⦆
 オッサンが態と悲しそうな顔をしてウンウン頷いている。これは恐らく、哀れみの表情なのだろう。苛苛しい。
⦅大体なあ、年数経ったらあっちも変わっとるっちゅ~ねん。パワーアップ
 してるかもしれへんねんぞ~。オマエだけ変わるとか、ないからな⦆
 おお~っと!・・・・マジか、そうだよな~(汗)
⦅アホやなw⦆
 腹立たしいが、確かに自分の妄想の中では、あの子たちは中学生のままだ。行った高校の制服は知っているからそれを着せているだけで、中身は自分の記憶の中のそのままだ。悔しいが、ここは”アホだ”と言われてもちょっと反論できない。
⦅なあ、構ってちゃん⦆
「違うし!」
⦅ええ~?おもんないのぉ。も、そういうとこちゃうんけ。アホみたいにム
 キになるから、おちょくられんねや⦆
「はあ?」
 ”おちょくる”も最初は意味が分からなかったが、携帯で調べ、何回もオッサンに言われている間に、何となく自分の中に定着した。しかしこの”おちょくられる”は、”揶揄われる”よりももっと揶揄われているような感覚になる。
⦅もう”構ってちゃん”でええやん、事実やねんから。わけの分からんプライ
 ドなんか持ってても飯も食われへんわい⦆
 事実って・・・
⦅事実やんけ。放ったらかされんのイヤなんやろ~?ほな構って欲しいんや
 んけ。御託並べて自分正当化しようとするとか、こっすいわ~⦆
 何か腹立つけど、いろんな余計な物をとっぱらってシンプルに、となるとそういうことになる。
 いや、人間ってものは複雑な生き物なワケで、思考も感情も複雑に絡み合って、いろんなものが付随して体を成しているワケで、そんな簡単な話ではない。
⦅いや、簡単や。表に強く出してるか出してないかだけで、結局は一緒や。
 ま、”ホントのこと言うてくれへんとわからへん”とか言いながら、ホント
 のこと言うたら嫌がられんねんな。ホンマ、イミフじゃw⦆
 う~~~~~ん、それは何て言うか程度の問題で、相手が困らない程度の意思表示とか、表現とか、そういう加減の取り方があるのだから、そういう・・・
⦅ゴチャゴチャ煩いなあ。そこらじゅう”イイネ”だか何だか欲しいヤツばっ
 かなんちゃうんかい。オマエもやろ。どいつもこいつも構ってちゃんだら
 けや。あ~、何時の間に日本はこんなヒマな国に成り下がったんかの~⦆
 ヒマ・・・
⦅お~お~、生きてるんに精一杯やったらな、構ってくれとか言うとるヒマ
 なんかないんじゃ。ヒマ人⦆
 ヒマ人・・・いや、そう言われたらそうかもしれないけど、でもそんな簡単な話じゃないんだよな~。
⦅こんな時間まで何するワケでもなく起きてるん自体がヒマ人やw もぉ~
 オマエの相手すんのでワシなんか忙しゅうて忙しゅうて⦆
「は?」
 ゲ、こんな時間。睡眠不足確定じゃん(泣)・・・あれ?とどのつまり、何のことを考えていたんだ?ああ、清水さんが何故あんなことを言っているのか、だった。なのに、何か中学の時の菅野のこととか思い出したとか、それは流石に自分でも時間を無駄にしたなと思う。
⦅お~、えらい素直やなあw⦆
 ん~・・・・・
 時計を見てから一気に脳の疲れを感じ、オッサンの揶揄いにも反論する気力がない。いつもがこの状態だったら、嘸かし楽だろうと思うが、声が耳に入って来るのでどうしても反応してしまう。
⦅修行が足りんなw⦆
「はいはい、もう寝ます」
⦅ええ~?つまらんw⦆
 オッサンが机の上で、仰向けになって手足をバタバタさせている。
 人の相手して忙しい、忙しい言ってただろーが、と心の中で悪態を吐く一方で、先に歯磨きをしておいた良かったと思いながら携帯に充電を差し込み、オッサンの意味不明な動きを横目にベッドの中に滑り込む。
 ここまで拗れさせた加藤さんがどういう意図を持って、あることないこと並べ立ててクラスメイトを悪者扱いにしたのか、どうしたらそんな思考が生まれるのか、気にならないワケがない。寧ろ、加藤さんのような人がいる、ということを今回知ったことで、これからも当然似たような人が出て来ないとは言い切れない。
 自分としては真相を知りたいと思うが、清水さんの口から事実を話されることはあるのだろうか。いや、今までもそうだったが、何か起こってもその経緯などが語られることは少なく、悪者にされてしまったらそのまま悪者扱いされてしまうか、友達のいる子なら周りの友だちが誤解を解いてくれるかだ。
 ただ今回に関しては、女子のよくあるゴチャゴチャしたものではなく、ちょっと毛色が違うし、眞理子が疑われたことに関してはちょっと納得がいかない。だから、清水さんからきっちり話を聞きたいが、そんな機会があるのだろうか。
 
 朝から険しい表情をしていたようで、お母さんに指摘されるも、“何でもない”と言って朝食を只管黙々と食べ続け、その様子を怪訝な表情で見ているお母さんに気付かず。
 あのクソオヤジ、どうやってペンなんか使ったんだ!?てゆーか、そういう問題じゃないから!!
 一瞬噛むのを止め、大きく鼻息を吹き、また黙々と食べ始める。目の前に食べ物があり、物をしっかり認識もしているのに、結局今、自分が何を食べているのか、味わう余裕がない。食べ物というものはしっかり向き合って味わわないと、そんなことになってしまうのだなと改めて思う。
「あんた、スゴイ顔してご飯食べてるけど、どうしたのよ」
 再度聞く母親に、再度”何でもない”とだけ言ってただ黙々と食べ続ける。
 最初の返事で”少し放っておいて欲しい”という気持ちを察して欲しいが、そういう時に限ってお母さんは一々聞いてくる。そして・・・本当に聞いて欲しかった時には聞き出してくれなかったのだから、こちらから放すまで放っておいて欲しい。
 
 くそー、あんのクソオヤジ、腹立っつー!!!!!!
 朝起きた時の出来事を引きずりながら、自転車を学校に向けて走らせる。
 朝にあった出来事はこうだ。
 朝、携帯の目覚ましが鳴り、徐にベッドから起き上がりいつものようにすぐに机の上で充電をしている携帯を取り、目覚ましを止めた瞬間に視界に入った机の上。
 机の上いっぱいに『かまってチャン』と書かれている横に、キャップがされないまま放置されているマジックが放置されている。
 一瞬、”あのオッサン、字が書けるのか”と思ったが、我に返り一気に目が覚め、指で文字を擦るもやはり油性マジック。それはそうだろう、転がっているのは油性マジックなのだから。しかも、キャップされず放置されたマジックは、それだけで使用不可の道まっしぐら。
 目を見開いて辺りでオッサン探し漁ったが見つからず、ふと目をやった時計の針に驚き、タイムリミットを優先せざるを得ず、怒り心頭のまま滅却することができず、今に至る。
 オッサンに対する苛立ちの勢いでペダルを漕ぐので、次々と前を走る自転車を追い抜いて行く。決して自分勝手に競争しているワケではない。感情によって行動が左右されるのは、お母さんを見て反面教師にしようと思ってきたが、”そうは問屋が卸さない”。お父さんの口癖だが、まさしくこういう時に使うのだろう。
 学校に近付き、次第に自転車、徒歩の生徒たちの姿が増え、道が密集していくので自然とそのスピードを落とさざるを得ないが、だからといってそのイライラもクールダウンされるワケではない。このイライラ、どうしてくれよう。
 ぶつけるところが無いと、体の中にイライラが充満するものなんだな、というのを改めて実感する。これを上手く自分で沈静化させることができたら、というか、どうやって沈静化させるものなのだろう。
 学校にいる間は違うことを考えたりする状況にさせてもらえるが、帰宅してあの机を見たら、再び怒りが再燃する、絶対に。いや、家に近づくと、だ。なぜなら、部屋から出る寸前に聞こえたオッサンの声。
⦅構ったってんねやw⦆
 ああ、思い出そうとしていなくても焦げみたいにこびり付いて取り難い。机の文字も、油性マジックなのだから確実に取り難い。二重に余計な仕事を作ったあのクソオヤジ、許すまじ。
 相変わらず教室の中には清水さんは不在で、出席を取っても返事が無いことが通常で、別室登校をしている様子もなく、誰も清水さんの姿を校内で見ることもなく日が過ぎて行った。
 暫くはああでもないこうでもないと事実探しもそこかしこであったような気はするが、二週間も経つと、学校生活だけで精一杯で、次第に誰の口からも名前も出なくなる。
 眞理子のこともあったので自分も最初は気には掛けていたが、他のクラスメイト同様で、それまでと変わらず、好きなアーティストのライブのチケッティング、時々起こるオッサンの悪戯に翻弄され、更に忙しく日々が過ぎて行った。
「お~い、じゃ、終礼始めよ~」
 掃除も既に終え、深江先生が教卓に向かいながら、教室を離れる準備万端の生徒に聞こえるように声を掛ける。
 毎日毎日そんなに伝達事項があるのか、面倒なので別に毎日終礼しなくてもいいのではないかと思うこともあるが、特段変わった伝達事項がない時は次の日の分かり切った予定を伝えてくる。
 小学校に上がった時からあって当たり前のこの慣習を、“面倒なのに何でこんなの続けるの?”と今更誰も聞くこともなく、ただ受け入れている。きっとこんなことは沢山あるのだろう。
 深江先生が幾つかの伝達事項を伝えた後、“後もう一つ・・・”と、これまでの伝達事項とは違うトーンで加え付ける時点で、少し言い難いか、内容が込み入っているか、若しくは長いか、といったものであろうことが推測される。
「え~、あの~、あれだ。清水さんのことなんだけどな~」
 一瞬、教室がシーンとした。
 この”シーン”というのは、かの有名な漫画の神様・巨匠が漫画の中でつかったのは初めてらしい。神様は造語センスも素晴らしい。一体、頭の中はどうなっているのだろう、とどうでもいいことを思い出してしまった。
 妙な緊張感がクラスの中を漂っており、先生をじっと見ているクラスメイトもいれば、顔を見合わせている子たちもいる。自分も多分に漏れず、席の近い琴乃の顔を見合わせる。
 何か事実が分かったのか。動向の如何は知りたいし、決着が着いたのなら早く教えて欲しいので、これについてはウェルカムだ。
 そして、深江先生が放った言葉に一同唖然。“は?”と声に出たり出なかったり。ハトが豆鉄砲を食らう、とは誰が考えたのか知らないが、この表現がピッタリ。
 それは唐突で、急転直下、光芒一閃。どういうことなのか。思考が追い付かず、置いてけぼりを食ったような感覚だ。
 何でも、清水さんの家族から連絡があって、清水さんが転校することになったとのこと。
 転校!?はい?クラスメイトを巻き込んでまでの、あの“いじめられた”劇場は一体どうなったのか?
 結局、“いじめられたから転校”なのか、“言っても対処してくれない学校を見限っての転校”なのか、“いじめと思い込んでの実態ナシで恥ずかしくて登校できないから転校”なのか。
「先生、転校って、いじめられたとかってのはどうなったの?」
 勇野君、聞きたいことを、ありがとう!!謝謝!고마워!Gracias!Danke!
「そうだよ、先生。あたしも名指しだったんだよ?」
「俺も~」
「あたしもです」
 眞理子とその他名指しを受けた数名が声をあげる。
「いや、それが突然そう連絡があって、私も何がなんだか・・・」
 本当に“何がなんだか”だ。この戸惑いからも、深江先生も本当によく分からないようだ。その一方で、深江先生も様子も、先日の話の時よりもやや安堵したような様子も見えないワケでもない。確かに、電話で何度も罵倒されるようなことが続けば、そうなっても不思議はないか。
「はー?有らぬ疑いかけられて、こっちは気分悪いのに、突然何それ?」
 山下君の意見はもっともだ。
 深江先生曰く、“いじめ”だと主張する物は何も見せてもらえず、最後まで清水さん本人とは話をさせてもらえず、学校側が裏づけを取りたいからと言っても、証拠らしき物も何も見せてもらえなかったそう。
 長澤さんが、そもそもいじめではなかったということかと聞くと、そういう否定はなかったが、ただ清水さんが突然転校希望を言い出したとのことで、家族としては清水さんの気持ちを尊重したいということのようだ。
 そうなると、クラスを掻き回すだけ掻き回して、濡れ衣を着せられた人たちは嫌な思いをさせられて、なんとシコリの残る放置プレイ。弁護士を立てる、とまで宣っていた勢いはうなったのか。
「いや~、まあそうは言っても、もう学校には来ないって言うし・・・」
 深江先生は手を拱いてう~んと唸っているが、先生は絶対肩の荷が下りたと感じているハズ。
 何と頼りない、と思った一方で、決めつけや、あれこれ持論唱えて生徒の話を聞かない傲慢な先生よりマシではある。
「まあ、先生に言っても仕方ないってことだよね」
「な~んか、後味悪~い」
「でも、こういうことってスッキリ終わるなんてないんじゃないの?」
「まあ主観だからさ。とは言っても、本当に“いじめ”と言われるほど関わっ
 てもないのにさ。て言うか、先生、あたしたちが本当にやったとは思って
 ないよね!?」
「や、そこはもうホントに・・・」
 深江先生は本当のところどう思っているのだろう?
 深江先生は、そこについては一生懸命否定するために言葉を連ねる。端々に、名前があがった子たち、清水さんのどちらをも悪者にしないようにしたい感が漂う。
 きっと深江先生はいい人なのだろう。しどろもどろでありながら、その一生懸命さは伝わって来る。ただ、先生なのだから、もう少しそこは堂々と、理路整然と生徒を納得させるように言って欲しかったなあ、と思ったりもする。いや、もっと正直なことを言うと、こういう状況では、被害者にされたこちらの肩を持った発言をしてくれてもいいのでは?とも思ってしまう。
 こんなことを思うのは自分だけなのか!?と思うぐらい、深江先生の思いが伝わってか、ここのクラスメイトが出来た生徒ばかりなのか、誰も文句も反論もしない。勉強になります。
「ただその、言うように“主観”は其々で・・・と言っても結局お母さんとし
 か話出来なかったんだけどな」
 水野は目を瞑ったまま、一人うんうん頷いている。何を思って頷いているのか。
「まあ、じゃあ、もう言っても仕方ないですよね」
「じゃ、先生、もう終礼終わりでいい?早く行きたいんだけど」
「お、うん。じゃあ、皆其々の場所で頑張ろう」
「さいなら~」
「お、また明日」
 や、まあそりゃ”其々の場所で頑張ろう”ですけど、深ちゃんは何を呑気に、はあ?
 マジか~、あんなに考えたのに、あんなにオッサンが貶す中であんなに考えたのに、思い出したくないことまで頭を擡げて考えたのに、それがそんな結末?マジか~・・・
 
「先生!」
 思考と状況がマッチせず暫し呆気に取られていると、千華が教室を出た深江先生を呼び止める声に現実に引き戻され、思わず自分も吸い寄せられるように立ち上がる。先に眞理子が反応して向い、琴乃と共に後に続く。
「で、先生、結局中学に確認したの!?」
「ああ」
「で?」
「ん~・・・」
「え、まさか、清水さんが転校するからもう終わり、じゃないよねぇ。どう
 だったの!?」
「あ~、うん。まあ、確認はした。確認した後でお母さんと喋った。数日
 後、転校すると連絡があった。以上、という感じ?」
「“という感じ?”じゃないよ、何それ!?」
「いや、本当にそういう感じで」
 深江先生は、苦笑しながらやや仰け反り気味で、”まあまあ”とこちらを落ち着かせようとしている。というか、何となく”もう勘弁して”という風に見えなくもない。
 他に吊し上げを食らった子もいるが、眞理子の濡れ衣を晴らすべく即座に情報収集をし、提供したのは千華なのだから、その後の報告をするのは当然なのでは?
「情報提供したのはあたしなんだから、どうだったかぐらい報告してくれて
 も良くないですかー」
 淡々と言われると、逆に怖いのの実例 笑
「や、まあそうなんだけど・・・まあ、岡本さんから聞いたままの話だった
 よ、うん。それ以上でもそれ以下でもなかった、かな」
「いや、”かな”じゃなくて」
 少しずつ千華の語気が上がる。きっと深江先生はこちらが聞きたいことを全部質問にしないと気付かない、察しないタイプかも。父親と同類?
「先生、千華は話が正しかったかどうかだけを聞きたかったんじゃなくて、
 結局中学校ではそれからどうしたのかとか、どうなったのかとか、いじめ
 があったとしてそれは解決したのか、それとも、今回みたいに其々に関係
 なさそうな子たちの名前が挙がって、同じような状況になっていたのか、
 もしそうだとしたら、どうやって解決したのか、とかそういうのを聞きた
 いって言ってるんです。だってここ公立で入試に内申いるから、今みたい
 にずっと休んでるワケないでしょ?」
 琴乃が代弁するのを聞き、思わず実際に拍手しそうになったが、そこは心の中で拍手。千華も眞理子もウンウン頷いている。
「いや~、ちょっとそこまでは聞いてないというか・・・」
「はああああああ?」
「えー----!?」
 思わずそれぞれ4人の口から突いて出た反応は、基本同じ意味だろう。 深江先生からのまさかの返事。千華の情報から何か解決策が導き出されるものとして期待をしていた分、その衝撃が大きい。
 すると深江先生は、中学校でもよく分からないままいつの間にか清水さんの母親からの攻撃が減っていき、清水さんも何事もなかったかのように登校するようになったということと、その期間は今回より短いこと、周りの生徒も清水さんとは授業での必要最低限の関わりぐらいになり、大人しくそのままスーッと卒業までいってしまったということを聞いたが、解決策に至る情報ではないと思い、そこは端折ったそう。
「いや先生、それも言ってよ」
 眞理子がムッとした表情で深江先生を見る。
「いや~、あんまり有益な情報じゃないなあと思って」
「いやいや、そうであったとしても言ってよ。こっちは加害者扱いされた生
 徒側からの話しか聞けないから、学校側の話とかも聞きたいに決まってん
 じゃん」
「あ~そうか~、いや~、悪かった」
 嘘をつくとバレバレな深江先生だから、恐らくそれは本当なのだろう。しかし、一体どういうことなのか。 
「いや~、こっちも中学で同じようなことがあったなら、どうやって解決し
 たのか知りたかったんだが・・・本当に申し訳ない」
「ま、中学側もそれしか言わないなら、これ以上聞いても何も出て来ないよ
 ね。何か悔しいな~、言われっ放しな感じ」
「だよね~。ホント、消化不良過ぎて気持ち悪い」
 と、こちらの気持ちとは別に、深江先生は心なしか安堵しているようにも見えた。そのうち沈静化すると分かったからか、自分のフィルターを通すとそう見えてしまっている自分の性格が歪んでいるのか。
「これで終わりと思ったら大間違いなんだから」
 悪びれつつこの場を去って行く深江先生の後ろ姿を見ながら、千華が呟いた。
「へ?」
「先生ってさ、”個人情報”とかって本当のこと言わないとかあるじゃん?勿
 論、こっちで解決できるならだけど、そうでない可能性も考えて別ルート
 も確保してたワケさ」
「別のルート?」
「あっちに掛けるわ~」
「あっち?」
「この間話聞いた子、中学の時、清水さんに加害者扱いされた子なんだっ
 て」
 あ~、ただの同級生じゃなくて、眞理子と同じ立場にされちゃった子だったのね。
「友だち通してさ、”今回は清水さんのお母さんが弁護士立てるかもって言っ 
 る”って現状話したら、”はあ?ふざけんな!探ってみる”と息巻いてたらし
 い」
「逞しい~、頼りになるぅ」
 眞理子が両手を組み、ウンウン頷いている。その頷きの重みたるや。
 しかし、どうやら千華の友だちの友だちも似たようなタイプらしい。千華は将来公務員になりたいと言っているが、調査会社に就職か探偵のほうが合っているのでは。
 
 季節は秋も半ばを過ぎているのに、なかなか秋の気配が感じられない気温の中、止まった時に出る大量の汗を避けるためにややゆっくり自転車を漕いで帰宅。それでも結局、自転車置き場に着いて自転車を止めるとドッと吹き出る汗。嫌気が差す。
 籠から鞄と手提げを取り出し、エレベーターに乗って家の玄関前に着き、鍵を取り出すまでの行動も鬱陶しく感じる。ブラウスやスカートが纏わり着くような感覚から早く解放されたい、と毎日この状態になると思う。
 あ~もう、これだから汗かきって最悪!
 イライラしながら玄関を開けて静かな家の中に入り、鍵を閉め、気怠さ満載で靴を脱いで上がり、椅子に荷物を置いて扇風機を点けて座り込む。
 あ~涼し・・・
 しかし、一体何だったのか、あの騒動は。そもそも、加藤さんが本当に“いじめられた”と言うなら、どこかそれを小耳に挟んだり、目撃したことがあっても可笑しくないのに、全く見たことも聞いたこともない。
 入学してまだ一年も経っていないが、少なくとも眞理子はそういうタイプではない。どちらかというと、皆に声を掛けるタイプだし、だからLINKのIDだって聞かれてサラッと教えたのだと思う。教えたのも、自分とは理由が違う。
 名前が、挙がった他の子たちも観察してみたが、往々にして人当たりがいい。人を貶したり、蔑んだり、そんな言葉一つも発するのを見たことがない。自分とは比べ物にならない、ちょっと羨ましくなる人種だ。
 確かに、清水さんが転校をするということで話は終わるのだけれど、自分は疑われる方に名前を連ねることはなかったけれど、眞理子の名前が挙がったのが解せない。
⦅ねちっこいな~⦆
「は?」
 気分を害する声が響く。人が考えている時に、態々遮ってくれる。
「ねちっこいって何よ」
⦅ねちっこいは、ねちっこいやろ~。もう終わったんやし、オマエの無い頭
 で考えてもしゃ~ないやろ~⦆
「ふん!あんたに関係ないし」
⦅“あたに関係ない”w⦆
 ホント、ムカつく。オッサンに本気にならないよう大きく深呼吸・・・ブツブツ煩いぃ~・・・オッサンの声をOFFにするスイッチとかないのか。
⦅大体な~、オマエしつこいねん。終わったこと何時までも、グチグチと⦆
「そんなの、聞こえるそっちが悪い」
⦅はあ?オマエのアホみたいな呟き聞こえるこっちの身にもなれっちゅーね
 ん。覚えとけよ、寝てる間に睫毛抜いとったるからな⦆
「はー!?そんなことされる覚えないし!」
 慌てて四方八方を見渡し、オッサンを探す。と、探したところで何もできないが。
 あっちは本当にできてしまうし、それに対し何も手立てがないのが苛苛しい。可能なら、捨てる予定の缶の中に入れて、窓から投げ捨ててやりたい。
⦅不法投棄やなw⦆
 漸く見つけたオッサンの姿。窓の下枠の上をスキップしている姿がレースのカーテン越しに見え、余計苛立ちを募らせる。
⦅考えてもしゃーないこと考えてる間あったら、ほかにやらんなあかん事あ
 るやろ⦆
「はあ?」
⦅学習能力ないな~w⦆
「あ!」
 何回これを繰り返せばいいのか。時計を見て、慌てて手提げに裕子さんの家へ向かうべく必要な物を突っ込み、バタバタと慌しく部屋を後にする。一瞬、扉に挟まれてしまえオッサン、と思う一方で、あれで気づく自分に落胆する。
 
 あれから、清水さんの事は本当に終わった事かのように、クラスの中でも朝からその話をしている生徒の声は聞こえて来ない。いつもの授業風景。何ら変わりなく、いつものように淡々と授業が進む。
 裕子さんの所へ行った時、少し遅れたことを詫びつつ、休憩タイムに清水さんについて少し意見を聞いてみた。
 裕子さんは気持ちを理解してくれた上で、世の中には理不尽なことが沢山あり、理解できないことも納得できないことで進むことも少なくなく、それでも日々は過ぎていき、“二十歳過ぎたらあっという間、三十過ぎたらあっという間、四十過ぎたら”あ“どころかたちどころに日々が過ぎ、五十を過ぎたら余程印象深いことでなと覚えてない、なので、自分が本当に解決が必要なこと意外のことを考えて時間を費やすのはもったいない、と助言をくれた。
「裕子さん、その、二十歳過ぎたら時が過ぎるの早いってどういうこと?」
「感覚の問題だけどね、時の過ぎる早さがね、年々増すのよ~。まあその時
 が来ないと分かんないわよね~。でも後から、“そういうことか~”ってな
 るから」
「ふ~ん・・・でも、“考えないようにする”っていうのが難しい・・・」
「慣れよ、慣れ。何か悶々と考え始めたら、“いや、今考えても仕方ない、仕
 方ない”って言い聞かせて、別の事考えるクセをつけるの。そうね~、すば
 るちゃんにはCUがいるじゃな~い。考えても仕方のない沼に嵌りそうにな
 ったら、CUを思い出すの~」
「ん~、なるほど」
 即座に妄想モードに入ればいいってことね 笑
「一番いいのは、サッとCUの画像とか写真を見ることよね~。あっと言う間
 に、ほら、CUの笑顔が、立ち姿が、歌う姿が、踊る姿が~❀」
「うんうんうん❀」
 きっと二人の頭の上のフキダシには、CU二人がこちらに笑顔を向けているとか、話し掛けているとか、それこそハグしてくれているとか、手を繋いで寄り添っているとか~!
「おっと、いかん、いかん。もう少しでトリップするところだったw は
 い、じゃあそろそろ休憩終わり~」
 裕子さんのパンと叩いた手の音に、ハッと目が覚める。
 自分だけならこのままCUとの世界にどっぷりだが、裕子さんは切り替えが早い。大人というのはみんなそんなことが出来るのだろうか。だとしても、今のところ自分がそうなれる気がしない。なぜなら、CUを想っている時は、再生していた動画が終わると、次々お勧め動画が出てきてエンドレスになるようなモノだから。
 このまま心地よい夢の中で過ごせたらどんなにシアワセなんだろう、と思いつつ、目の前に出された長文を見ると、まだ現実に戻って来ていないようでピントが合わない。長文を読むスイッチに切り替わるのに少し時間が必要だったが、無事に戻って来た。
 そして数日経ち、塾が終わって帰宅してから千華から送られて来た報告。学校でも話せるが、いち早く知らせたかったらしい。
 例の千華の友だちの友だちはとても優秀だった。どこから引っ張って来たかは知らないが、現在の清水さん周辺の様々な情報を集め、繋ぎ合わせ、空白を埋め、しっかりパズルを完成させて来た。職人だ。素晴らしい!ブラボー!テダナダ~!ふぁ~びゅらす!とれびあ~ん!!
 転校に至った経緯はザっとまとめると・・・
○  とある病院で診断書を書いてもらったが、弁護士から「これでは学校を訴
 えることは難しい」と言われた
○  清水さんの母親はその病院とも遣り合ってしまい、幾つか病院を移った
 が、思うようには進まなかった
○  とある病院で出会った先生がとてもいい先生(?)で、清水さんも清水さ
 んの母親もその先生に心酔し、その先生の提案に乗って、今の学校に通い
 続けるよりも心の安寧を求め、転校を決め、訴えるのはやめた
と、いうことらしい。
 清水さんの母親が、うちの高校や合わなかった病院をボロクソに言っていたらしく、千華の友だちの友だちはどこからかこの話を入手したのだそう。 
 清水さんの母親も漏れることはないと思ってか、周りの目も気にせず喋っていたのか、まさかこんなところまで話が巡っているなどと思っていないだろう。怖い、怖い。
 そして、今回の発端になった部分を知って唖然。空いた口が塞がらない、というのはこういう状態なのだろう。正に、今自分の口があんぐりしていることに気付く。
 何でも、LINKを教え合ったのだからLINKをしてくるハズなのに、”誰もして来なかった、無視された”というのが発端だそう。
 はい?何ですか、それは?え?え?え?そんなこと?????聞きたいこととか言いたいことがあったら自分からしないかい?え?それは、特に用事がなくてもLINKしてきて欲しいということ?自分に興味を持て、ということ?いやいやいやいやいや。
 よく分からないのが、クラスの全員にLINKのIDを聞いたらしく、そこで教えてくれた子とくれなかった子がいて、”いじめに遭った”と名前を挙げた子はちゃんと教えてくれた子なのであって、希望に沿って教えてくれた子に「ありがたい」ではなく、”いじめ”だといって名前を挙げたワケだ。ちょっと意味がわからない。全く理解できない。
 暫し考えてみたが、それこそ”ない頭で考え”ても分からない。悔しいが、オッサンの言葉が今頃グサグサ刺さる。
 頭の中が、どこから手を付けていいか分からないぐらい散らかっている部屋の中でボーゼンとしているような、そんな状態の時、眞理子のLINKから会話が始まる。
〔ちょっとこの子の執念スゴくない?〕
〔情報収集能力?〕
〔スゴ過ぎなんだけど!?〕
〔トモダチになりたい!〕
〔マリコ そこwwwww〕
 この子たちと話をしていると、とっ散らかっていた頭の中の物自体がすっ飛んで行ってしまうような感じ。台風の次の日、チリやゴミ、淀んだ空気が一掃されるような、自分にとっては、更にとっ散らかるよりずっといい。
 眞理子たちとLINKで話をしながら、ふと、清水さんもこうやって遣り取りをしたかったのだろうな、と思った。そうだとしたら、そこは痛いほど分かる、分かり過ぎる。
 LINKの交換できると友だちが増えて嬉しいし、増えた数を見るとやっぱり嬉しいし、返事が来るとスゴく嬉しい。Matterやエンストでフォローされると嬉しいし、自分がフォローした人が気付い返事が来たら嬉しい。
 でも、教え合いをしてもどちらかが興味を持ってコンタクトを取らないと、結局は途絶えてしまう。Matterやエンストだって、余程発信力のある人じゃないと勝手にフォローは増えないし、こちらからも何かアクションを起こさないと、何時の間にか”関わる必要のない人”として一掃されてしまうことだってある。
 本当に仲良くなると、ちょっとしたことも遣り取りをすることができるが、挨拶だけとか、相手から来るのを待つだけだと結局続かないと思う。こちらが相手に興味を持って話し掛けたとて、多少続いたとて、絶対友だちになれるという補償もない。LINKの交換をしただけで”友だち”なワケがない。清水さんはそこをどう思っていたのだろう?
 不思議ちゃんと言うか構ってちゃんというか、自分より拗らせている系であることは間違いない。どうして“いじめだ”などと言ったのかはこの報告を読む限り、多分、どこまで行っても理解はできない気がする。
 そして、眞理子も周りが信じてくれていて、協力してくれる友だちがいるから、もう清水さんとは会うこともないので、この報告を持って終わりでいいとのこと。自分だったら、自分の何が悪かったのか、何がそうさせたのかを考えて引き摺りそうだ。
⦅流石マリちゃん⦆
「は?」
 マリちゃんって慣れ慣れしい。知らないクセに。
⦅出来た子はちゃうね~w⦆
 腹立つ。
「てか、マリちゃんとか馴れ馴れしく呼ぶのやめてくれる!?あんたの友だ
 ちじゃないんだから」
⦅お~コワっ 笑 マリちゃんをマリちゃん言うて何が悪いねん⦆
「イヤに決まってるじゃん!あんたの友だちじゃないんだから!」
⦅”あたしの友だち取らないでぇ!”ってか?w 別にええやんけ、呼ぶぐら
 い⦆
「はあ!?」
⦅あ~らイヤだ、イヤだ。いちいち引っかかって面倒いねん。んなもん流し
 とったらえ~んちゃうん。オマエみたいにねちっこいのん、ようマリちゃ
 ん相手してくれてんなぁ⦆
「はあ!?」
⦅オマエは”はあ?”しか言われへんのんかいwwwww⦆
 く~~~~~腹立つー---------------!!!!!!!!
 時が経って今の仕事をするようになり、いろんな患者さんと関わって来た中で、恐らく清水さんは”発達障害”だったのだろうと今は思う、小、中、高の様子も鑑みて。
 勉強はできたが、人間関係というか、相手との距離感とか、表現の仕方とか、コミュニケーションの調節が難しかったのかもしれない。
 そして、清水さんの母親も激しい人だったようで、清水さんの苦手をカバーする方法を教えたり、対人関係をどうしたらいいかといったことをじっくり教えられるタイプではなかったよう。如何せん、証拠を一切提出せず、とにかく娘の言葉だけであそこまで高校に敵意を向けられたのだから、娘への思いは理解できないでもないが、かなり感情的と言わざるを得ない。
 父親は、子育ては母に任せきりだったか、妻のほうが力が強く暴走を止められなかったか・・・それは分からない。が、清水さんもきっと気の合う友だちが欲しかったからこその行動だったと思うから、本来の目的に沿った対応をしてくれる環境になかったと考えると、清水さんを気の毒に思う。
 人間関係は、化学系の薬ではなく漢方薬のようなサポートが必要だと思う。悪いものを叩くのではなく、底力をつけたりコケない強さを身に着ける、みたいな。それはきっと、発達障害の有無に関係ないと思う。なぜなら、それは自分が一番実感しているから。

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