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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の10 #3

 ん~・・・何かデカそうな家だな~・・・門の向こうが全く見えない。何か・・・帰りたくなってきた(汗)
 正直なところ、大きい家に住んでいるであろうとは思っていたが、右を見ても左を見ても、反対側を見ても大きい家。この家だけが大きいのではなく、この辺り一帯が全てこんな感じ。TVでしか見たことがない。何だか場違い。
 浅倉さんに導かれるも、緊張で後について行くのがやっとで、門から玄関扉までの様子など全く記憶にない。
 浅倉さんが扉を開けると、”いらっしゃいませ”と挨拶をされたので、反射的にこちらも慌てて”は、初めまして”とお辞儀をし、顔を上げると、お母さんより明らか年上のエプロンを着けた女性。これは所謂”お手伝いさん”という人なんだろうと思いつつも、その後どう対応すればいいか分からず固まっていると、その女性からスリッパを勧められ、浅倉さんからも”おあがりください”と促される。
 ”おあがりください”なんて言われたことないし、大体、何この玄関、あたしの部屋よりデカいんですけど(汗)
 ”どうぞ”と再度浅倉さんに促され、ハッとして慌てて靴を脱いごうとして一瞬よろけながらも、何とか姿勢を立て直してスリッパに足を滑り入れる。靴を揃えようと腰を下ろしかけたところ、お手伝いさんと思われる女性から静止される。
 “すいません”と申し訳なさを伝え会釈をすると、そのお手伝いさんらしき女性から微笑み返される。こちらも笑顔を返そうとするが、何だか引き攣る。
 今度はそのお手伝いさんと思われる女性に導かれるまま後ろをついて行くが、頭の中では、着いたところで扉があり、途端におじいちゃんが表れるのか、どこかの部屋で長く正座をさせられたまま待たされるのか、そんな中、途中でトイレに行きたくなったらどうしようとか、携帯を録音にしておいて遣り取りを全部記録しておいた方がいいのか等考え、どんどん考えがまとまらなくなっていく。
 やっぱ受けなきゃ良かったかな~(泣)来るまでは、ドキドキもある反面、好奇心もあったけど、いざとなると自分の心臓って、産毛も生えてないようなツルッツルのテロッテロの役立たずだったわ~・・・そもそも・・・

 お母さんに”行って欲しい”的なことを言われ、いやいやいやいや、前とニュアンスが違うやないかーい!と思い、流石に何故そんなに唐突なのかと瞬発力で突き返した。
 お母さん曰く、お母さんが倒れて入院し、親戚と言っても頼れる人は少なく、いざという時、一人でも親戚が多い方がと思った、と。
 いやいやいやいや、遠くの親戚より近くの他人、それを今回まともに経験したではないか、と。お父さんは来るのに時間が掛かったけど、裕子さんがすぐ来てくれて、お父さん方のおばあちゃんも伯母さんもこっちに関心がないから連絡もしないし、お母さん方のおばあちゃんは既にいないし、伯父さんは絶縁状態。
「お母さんが会えばいいんじゃないの?」
 と思わず、いや、思っていたからこそ口を突いて出た、というのが正しい。暫し、何とも言えない空気が流れる。こうなると、自分のほうが悪いような気分になるので、何だか腑に落ちない。
 そもそも、別に一緒に会うことも可能だろうし、なぜに先にどちらか、みたいな状態になっているのか。
 最初はお母さんの意味不明な機嫌の悪くなるスイッチを押さないようにと思っていたが、一度口を突いて出てしまうと歯止めが利きにくくなる、土砂崩れ的な?
 楽しい出来事の後に、もうお蔵入りかと思った話を引っ張り出して来て、一気に気分が墜落。その愚行に対してもイラつきはあったのだと思う。
 そして、最終的に自分が陥落した理由は、”あんたのため”としつこく言われ、次第に、おばあちゃんから聞かされていたおじいちゃんの話をし始め(何度も聞いているが)、おばあちゃんから聞いている話と、おじいちゃんの伝達係の人が来て話すこととの違いに気持ちが混乱しているなどと、やや悲劇のヒロインのようになっていく様子を見て戦意喪失。溜息。
 結局、”行けばいいんでしょ”と言ってしまったと言うか、言わされてしまったと言うか、これまでもこういう状況になると動揺の感覚になり諦める、というのを繰り返してきた。また逃れられず、承諾してしまった。
 部屋に戻り、ベッドにダイブをして大きく溜息を吐く。
「あ~~~~~~~疲れた」
 そのまま暫く動かないまま、頭の中で”ああ言えば良かった、こう言えば良かった”といった思いが駆け巡り、イライラするが止め方が分からない。
 次第にベッドカバーに自分の息が掛かることで顔に跳ね返ってくる熱気と、部屋の中の暑さに限界が来て、一旦エアコンでなく扇風機をかけようと、のそのそとベッドの上を這いながら寄って行く。
 こんな姿、CUには見せらんないわ・・・
 カチっと音を立てると同時に羽が回り始め、じんわり出始めている汗に風が当たると、その部分は更にひんやりする。
 顔が乾燥するかもと思いつつも、今はそんなことを言ってられる状態ではない。暫し目を瞑って顔に風を受けて涼んでいると、突然風が逸れ始めたので自分も動き、また逆方向に逸れ始めたのでそれを追い掛けた。
 自分は扇風機を首振りにすることはないので、そこで初めてオッサンの仕業と気付く。が、声を挙げる気力がない。”ちょっと~、やめてよ~”というのが精一杯。
 動きが止まらないので仕方なく目を開けると、扇風機の後ろに乗っかっているオッサン。
 やっぱり。芸がないな~、くっだらな~い・・・
⦅何やねん、部屋全部涼しゅうしたってんねや⦆
 頼んでないし。こっちは暑いんだよ・・・
⦅何や、つまらんの~。かかって来いや~⦆
 モノマネの番組で観たことあるようなことをやっているが、興味ナシ。どうでもいい。
⦅え~やん、じーちゃんに会うぐらい。何がイヤやねん⦆
「え~・・・イヤって言うか・・・ずっと保留にしてたクセに、楽しかった
 後にすぐそんな話、出さなくても良くない~?しかもさ~、何か悲劇のヒ
 ロインみたいにさ~」
⦅まあ、オマエみたいな子どもには、人間の心の機微を感じ取るっちゅ~ん
 はむじゅかちいでちゅよね~w⦆
「はあ?」
⦅も、え~やんけ、何かごっつええもん食べさせてもらえるかもしれへん
 し、家とかめちゃめちゃデカいかもしれへんやん。なかなかそんな家、入
 られへんやろ。それに、帰りにごっつ豪勢なお土産とかくれるかもしれへ
 んやん。それに代々議員さんか何かの家なんやろ?何かええ伝手できるか
 もしれへんやんけ~。ほったら、どっか就職とかも口利きしてくれんちゃ
 う?⦆
「そんないい方にばっか考えられるワケないじゃん」
⦅何言うとんねん。ワシがおった家がええとこの家やったんじゃ、ボケ。ご
 っつでっかい家でな~、いっつもええもん食べて、ええもん貰て、逆にえ
 えもんあげとったし、何や、そこの主人とこに”口利いたってくれへんか
 ~”って、いろんな人がよう来とったで?⦆
 いつの話だよ。
⦅いやいやいやいや、本質っちゅ~んはそんな変わらへんで?見てみ?男女
 雇用機会均等法っちゅ~んができても、相変わらず女子のほうが初任給安
 いとこがフツーにあるやろ?子育てはオカンっちゅーのも変わらんやろ?
 超大昔は女が王だった時代もあるけど、結局男っちゅーんは変わらんや
 ろ?言いたいこと言わんと大人しゅうしとった方が楽、みたいな日本人、
 ぞろぞろおるんは変わらんやろ。そんなもんや⦆
 オッサン、オバケのくせになんでそんなことまで知ってるんだよ。
⦅聞こえてくんねや。全部入って来るでぇ。あっぷでーと、言うんやろ?ワ
 シのあっぷでーと力はすごいでぇ⦆
 オッサンが扇風機の上でバカみたいに踊っているが、ツッコむ力もなく、ただただ見てるだけ。
⦅何やねん、つまらんの~。オマエ、何もオモロいネタとかもないんやか
 ら、ちょっと珍しい体験ぐらいして来いや、つまらんの~⦆
 オモロいネタ・・・どうせ自分はつまんない人間ですよ~だ、そんなこと、一番自分が分かってる。眞理子たちみたいに面白い話しネタもないし、話を面白くすることもできないし、りーちゃんみたいに知識豊富でもない。好奇心はあるけど、そこに飛び込むのにいつも躊躇する。
 何もせずに何も得ずに、人からの提供を待っていても、当然、人なんか寄って来ない。余程何かそこにいるだけで魅了されるような何かを持っていない限り、人が寄って来るワケがない。その”余程”は、容姿であったり雰囲気であったり、元々持っている物だから、持っている人を”いいなあ”といつも思っていたが、無いなら無いで、自分で得に行くということをすればいいが、結局躊躇して終わり、人を羨望の眼差しで見つめるだけ。
「ちょっと珍しい体験・・・ま、そうか」
⦅おお?珍しく素直やな。きっしょw⦆
 オッサンのそういうのがやる気無くさせるんじゃんか、バッカじゃないの⁉
⦅やる気?アホけ。何でも人のせいにすんな、ボケー。どーせ車乗せてもー
 て、家着いて、何かええもん食べて喋って終わりやろ。やる気なんかいら
 んやん⦆
 ああ言えばこう言う・・・
⦅そのままそっくりお返ししますぅ⦆
 オッサンが、ベッドの上でスキップを踏んでいる。いつもコトバと動きが合っていないことも既に不思議に思わなくもなっているが、オッサンの情緒は一体どうなっているのだろう、と偶に思う。

 と、廊下を歩きながら経緯を思い出し、自分に課したミッションをも思い出した。
 緊張するな、折角の機会だ。よくよくあっちもこっちも観察して、話ネタにしてやるのだ!緊張とか言っている場合ではない!
 気持ちを切り替えたところで家政婦さんらしき人が立ち止まり、扉をコンコンコンと叩く。ゆ~っくりと内側から扉が開いていく。
 お、おじいちゃんとの対面っ!

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