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ワザワイ転じて山芋ウナギ ~とある女子高生の奇妙な回想録~ 其の10


 9月とは言えまだ暑く、というのは毎年言ってる感じで、毎日毎日どこかで気象の記録が更新されたというニュースを聞かされている気がする。
 時間と共に熱されていく地面からの熱気も相俟って、頭の中では日本周辺の海から湯気が立ち、日本列島ごとサウナ状態となっているイメージが頭を過る。
 朝から駅前を行き交う人々も、例に漏れず夏の熱気と湿気を全身で受けているが、それでもそれぞれの目的のためにサウナの中で行動をしている。
 駅から少し行った所にある本屋の入り付近で、中の冷房に助けられながら立ち読みOKの月刊誌を手に取り開いているが、まともに読むことなく外にチラチラと目をやる。
 一瞬空を見つめ、ふう~っと息を吐いて再度月刊誌に目を落とす。興味のないページをペラペラと捲っているとCUの顔が飛び込んで来た。夏フェスのチケット代とゆかりの店の出費で、CUが掲載されることを知ってはいたが入手を諦めた月刊誌。
 おうふっ!これまだ読んでなかったヤツ!いや~ん、こんなところで出会えるなんて、やっぱ赤い糸ぉ~♪
 食い入るように記事に目を通し、一応外出中ということは頭に置いてあり、周囲に気付かれない程度に喜楽を抑える。が、2人のカッコ良さに我慢ができず、思わず雑誌を開いたままバタバタと小さくではあるが足踏みをしてしまった。もとい。
 記事に最後まで目を通すとふ~っと息を吐き、一気に力を使い果たしたか如く脱力。月刊誌をその雑誌の山の上に戻し、腕時計を一瞥し、本屋から一歩足を踏み出してそろ~っと周囲を見る。
 う~ん、落ち着かない・・・
 再び本屋の中に入り、今度は中の方へ歩いて行く。この時期なので、どうしても足が向くのは赤本周辺。多すぎて目が眩む。
 本当は、もういい加減受験する大学を決めないといけないが、未だに文系だか理系だかも決められず、模試の際も適当に志望大学を選択し、判定を見て自分が今どのぐらいなのかを見て決めるしかないかと思っているところがある。ガッツリ文系でもなくガッツリ理系でもなく、この中途半端さは全くもって自分の性格そのもの。
 決まっているのは、一人暮らしは金銭的に無理なので家から通えるところ。幸い、家から通えるという意味では割と大学の選択肢の多いところに住んでいるので、何とかなる。
 後は、出来れば返済不要の奨学金を得たいので、それが可能な大学。となると、狙える大学ではなく、継続して成績を維持できる大学、という話を以前3年生が話をしているのを小耳にしたことがある(知人ではなく、偶々傍にいただけ)。なるほど、そういう選択の仕方もあるのかと思った。
 何となく有名どころの大学の赤本を一冊手に取り開いてみる。その本を一旦戻し、また別の大学の赤本を手に取り開いてみる。もう一冊・・・と繰り返すうち、結局何も決まっていない中でどれかを手に取ったところでしっかり目を通すに至らない。
 眞理子も千華も琴乃もほぼ方向性は決めているし、りーちゃんは医学部希望だから、もしかしたら家から離れてでも行くかもしれない。そうなると、やはり自分だけ何も決められていない。
 Mutterを見ると、CUがいるからとあっちの大学に行きたいというのを見かけるし、勿論CUにばったり出会うとか、何かをキッカケに知り合いになるとかそういうミラクルがあるなら考えないでもない。
 が、自分にはそんな運は持ち合わせていないし、あちらのニュースで情勢を知れば知るほど、日本に住んで時々飛べるぐらいのほうが金銭的にも安定なのでは?と思うところがあり、その方向性もナシ。
 もしかしたらCUに会えるかも?ではあるが、アイドルや芸能人になりたいという感覚はないし、会いたいが為にその道に向かって頑張れるモチベーションはないし、一度、局アナなら?とTVを見て思った瞬間はあったが、まず自分は受からない。動機が不純過ぎだし、まず人前で何かするのが苦手。どうせなら見られたくない人間なので、選択肢としてまずない。
 まあ、CUを基準に大学を決めるワケではなく、選択肢を絞るために可能性を一つずつ消去していっているだけで、何か突出した理由がないのが悲しい。
 次第に、真っ赤に並べ尽くした背表紙が、ただ一面の真っ赤な背表紙に、ぼんやり真っ黒い塊が規則性なく並んでいるように見えて来てしまい、大きく溜息を吐く。
 ダメだ・・・見るのやめよ・・・
 その場を離れ、思いつきで本屋の中を歩き、何かないかと物色。と言っても、目的なく歩いたとて、雑誌じゃあるまいし、文字だけでサッと興味が引かれる本などというのは、余程その作者が天才的センスがないと無理じゃないだろうか、と頭の隅では思っている。
 既に進路とは関係のないことをブツクサと頭の中だけではあるが独り言ちていると、”すばるさんですね”と横から声を掛けられた。誰もいないのに一人会話をしている中、一気にリアルに引き戻される。今日の目的は本屋探索ではない。
「あ、はい・・・」
 横に男性が立っている。ドラマで見るような、少し白髪の混じった、スーツの品の良さそうなおじさん。
 なるほど、こういう感じの人がらっしゃられる、という感じですか。何か、自分間違えた?何か発してるものが違う感じ、別次元~(汗)
⦅お~、何張り切っとんねん w⦆
「いや、別に張り切ってないし。ただ・・・流石にちょっと・・・粗相のな
 いようにと言うか・・・」
⦅はあ?オマエのじーちゃんやろ?んなもん、気ぃ張らんでも⦆
 はあ・・・ど~しよ~・・・昨日夜に服決めたハズだけど、これでいいのかな~?そもそもそんなに服多くないのに、ちょっといい感じに見える服って何だ?
⦅何のためにオカンからお金貰ろて服買いに行ってん⦆
「だって~、お店でコレが可愛かったんだもん」
⦅ほんなそれでえ~やんけ、ウルサイなあ⦆
「いやだって、よく考えたらこれTシャツだし」
⦅知らんがな⦆
 ん~~~~~~、オッサンにこっちの気持ちなんか分かるワケない!
⦅うん、わからん。どうでもえーし⦆
「じゃあ、ゴチャゴチャ言わないでよ!」
⦅いや、だから~⦆
「はいはいはいはいはいはいはいはい、分かってますよ!聞こえるこっちが
 悪いんでしょ!」
⦅何回言うたらわかんねん⦆
「ウルサイっ!」
 こっちは時間が迫ってるっていうのにっ!
⦅も~、何でもえ~やんけ⦆
 問答を続けながら、結局自分はその辺のしがないJKで、自由になるお金も限界があり、そもそもどこか途轍もなく高級な場所などに行くこともなく、いざという時は、冠婚葬祭にも着て行ける最強の”制服”で乗り切ってしまえる。
⦅じゃあ制服でえ~やんw⦆
 じゃないんだよ、じゃないんだよ、じゃないんだよ!
⦅じゃあ、会うんやめたら?w⦆
「や、それは・・・行くって言っちゃったし・・・」
⦅別に、“めっさ腹痛い!”とか、“頭痛ってぇ!”とかでブチったらえ~だけ
 の話ちゃうん⦆
「それだったら、最初から“行かない”って言ったほうがいいじゃん」
⦅言うたら良かったんちゃうん⦆
 やーまーそうなんだけど・・・お母さんの言い方っつーか、断りにくいっつーか・・・ある意味、頼まれ事だったしと言うか・・・
⦅はあ?好奇心もあったクセに、人のせいにすんなや⦆
 ・・・ん~~~~~、ああ、オッサン、ウザいわ~~~~~。
 結局、昨晩決めた服をそのまま着ていくことにした。オッサンにぐちゃぐちゃ言われていると、本当にもうどうでも良くなってきてしまったのと、結局はただの一般人のJKでしかないので、身の丈に合った物でヨシにした。
 Tシャツにデニムのスカート、ハイカットスニーカー、ニットキャップ、トートバッグ。めっちゃ無難。めっちゃJK。これでいい。
 そして今、本屋にてその男性に声を掛けられてやや後悔。
 こんなキッチリした感じで来られるなら、やっぱり切り替えの入ったスカートとかにしておいた方が良かったか!?
「初めまして。秘書の浅倉です」
「秘書!?」
 折角、この”秘書”だという浅倉さんが、周囲に目立たないように小さな声で言ってくれているのに、こちらが思わず大声。両手を口で覆ったところで、時既に遅し。やっちまった。
 秘書って、スケジュール管理したり、お偉いさんの周りで何だかいろいろ細々手伝ってくれる人よね?という、TVドラマで見たようなイメージでしか分からないが、秘書さんですか~、そうですか~、秘書さんがいるような人なんですね~、おじいちゃん。
 というか、この人、ど~~~~~~っかで見たことあるような・・・おじいちゃんが何かTVにでも映って、その傍にいたか?いや~、在り得るな。まあいい。取り敢えず、まず挨拶が抜けてるぞ、すばる。
「あ、あの」
「取り敢えず出ましょうか」
「あ、はい・・・」
 挨拶もロクにしないまま、秘書の浅倉さんに誘導され本屋を出る。即座に挨拶することができなかった自分、印象悪かったかも、と思いつつ緊張しながらついて行く。
 浅倉さんが、本屋を出たところの道路脇に停めてある、超黒塗りの車に近寄って行き、後部座席のドアを開けた。
 うわっ!黒塗りっ!てか、何か夏だと暑そう(汗)
 何だかスゴイ威圧感を感じながら恐る恐る車に近付き、中の様子が見えるところまで来て一瞬躊躇。
「どうぞ」
 浅倉さんの柔和な微笑みに、釣られてこちらも柔和な微笑み(のつもり)を返し、引き攣っているであろう顔のまま、恐縮モードで後部座席に乗り込む。クリーム色の皮のシートを、何があっても汚してはいけないと思うと、デニムではなく、やはり切り替えのあるスカートのほうが良かったかも、とやや後悔。
 “シートベルトをお忘れなく”と促されるも、普段あまり車に乗ることがなく、裕子さん家の車しか分からないためキョロキョロと周りを見渡し、漸く右上にシートベルトを見つける。が、引っ張りながらシートベルトの出るままにセットしようとすると、差し込む所と思われるのが二つある。迷った挙句、一つの方に差し込むと“カチッ”と音を立てて収まる。
 おお~、こんな音でもさせちゃうだけでキンチョーーーーー!落ち着かね
ーーーーー(泣)
「あ、あの、挨拶遅れてしまって・・・森北すばるです、宜しくお願いしま
 す」
「存じ上げておりますよ。宜しくお願いいたします」
 沈黙・・・一番苦手なヤツ(汗)
「すばるさん、緊張されてますか?」
「え?あ、はい・・・」
 てゆーか、おじいちゃんに会うよりも先に、まずこの現状に緊張しておりますが(泣)
「大丈夫ですよ。仕事に関しては厳しい方ですが、プライベートではお優しい方ですので」
 いや、そういうことじゃなくて、まずこの車に乗ってる時点でもう緊張なんですけどっ。何で態々汚れやすいクリーム色のシートなんだよぉっ!
 
「すばるさん、甘い物はお好きですか?」
「え?は、はい」
「私、緊張してる時は甘い物を食べると少し落ち着くんです。如何ですか?
 アレルギーなどはございませんか?」
「あ、アレルギーはございません・・・です」
 あああああああああ~、”ございません”に”です”ってバカなの⁉”ございません”で止めるんだよ、バカ。使い慣れてないのがバレバレ~(泣)
 信号で止まった時に、浅倉さんが黒い薄い箱を手渡して来たので受け取ると、箱の上に《BV〇〇ARI》と金色の文字。
 これはひょっとして・・・・・いや、こう読めちゃうってだけで、実際自分、ブランドとか詳しくないしな~。でも違うのかな~⁉とにかく、何か高そう~(汗)しかも、めっさ冷え冷え・・・って、車の中に冷蔵庫があるってこと⁉ひや~、マジで~⁉
「あの、これ、何だか高そうな・・・」
「頂き物ですので、ご遠慮なく」
「あ、はい・・・」
 いや、貰った物だからとか自分で買ったとかそういう問題じゃないんだけど・・・感覚がよく分からない(汗)取り敢えず箱開けてみよう・・・
 恐る恐る箱を空けると中には5つしか入っておらず、まだ一つも手を付けられていない。5つのうち4つは箱に記載されているブランド名が記されていて、どこまでブランド強調するのか⁉というぐらい高級感のマウントを取られているようなチョコレート。威圧感に思わず一旦蓋を閉める。
「あの~、本当に食べて大丈夫なんですか?」
「どうぞ、召し上がってください」
 ”召し上がってください”なんて言われたことないので、余計に緊張するし、どう反応したら良いのか考えるが、”いただきます”しか思いつかない。一般人の生活しかしていない自分には、どれだけ頭の中の引き出しを引っ張り出したとて、丁寧な浅倉さんに対応できるだけの情報がない。
「あ・・・りがとうございます。いただきます」
 の前に、汚したらヤバいからタオルハンカチ、タオルハンカチ・・・いつでも手を拭けるようにしておかないと、手が汚れた後じゃ、トートバッグも汚れる可能性~~~~~、落ち着かない(汗)
 トートバッグからタオルハンカチを取り出して膝に置き、ハンカチの上に箱を置いて再びそ~っと蓋を取る。
 おお~、やっぱたっかそうだな~~~~~~~~。気が引けるし、喉通るか⁉しかし、ここで”やっぱりいいです”なんていうのも何だかな~。
⦅せやったら最初っから”結構ですぅ”って言えばえ~んちゃうんけ⦆
 え?いる?オッサンいる⁉いや、そんなワケない。え、幻聴⁉え?何、なに⁉
「どうかされましたか?」
「え?あ、いえ、何も~~~~」
 無断にキョロキョロしていたのが怪しまれたらしい。いや、確実に怪しいと思う。んっほっほ~、頭の引き出しにオッサンが収納されてるとか最悪なんですけど~~~~~(泣)
 はいはい、取り敢えずサッサと食べればいいんですぅ。こんな高級っぽいチョコを食べる機会なぞそうそうはないのだから、思い切って食べよう。ラッキー!と思って食べよう。威圧感なんて関係ない!チョコだ、これはチョコなんだ!え~いっ!
 一番端っこの一粒を摘まんで口に運ぶ。一瞬、齧るべきか一口で食べるべきか迷ったが、もし中から柔らかすぎたとしたら零れるかもしれないことが頭に浮かび、一粒をそのまま口に入れる。
 口に入れただけでフワッとチョコの香りが口の中に広がり、チョコを一噛みするとパリッと表面が割れ、表面のチョコとはまた違う味の柔らかいチョコが融合し、食感も味も何ともかんとも表現し難い、幸福感溢れる一粒。
 ん~、めるてぃ~~~~~~~♡美味しいとかそういう表現じゃ足りないし、何て言うのかな~~~~~~⁉
「如何ですか?」
「ん・・・すーっごくおいひいでふ」
 自分の語彙の少なさにガックリ。結局”美味しい”しか言えない自分に溜息。
「お幾つでもどうぞ」
「は、はい」
 味わいながら他のチョコレート見つめ、もう一つ食べたい、食べたいけどいいのかな~⁉と思いつつも、結局次はどれを食べるのかを考えている。
 じーっと見ながら、結局端から順番にでないとハシタナイかもと、先程食した粒の隣を手に取り、再度口に入れる。
 あ、さっきのより更にマイルド感。だけど、何かピリッとしたものを感じる・・・何だろう・・・?あ、生姜⁉え、マジで?スゴっ(驚)すぐには分からなかったけど、よく考えたら生姜蜂蜜とかもあるし、韓国にも生姜茶があるし、そうだよね~。ん~~~~~感動~~~~~♡
「宜しかったらお持ち下さい」
「へ?」
「まだありますので、お嫌でなければお持ち下さい」
 ”お持ち下さい”?持って帰っていいってことよね?え、マジで?これ、めちゃめちゃ高いはずなのに、”まだあります”ですってぇ⁉おおおおお~、秘書さんって儲かるんだな~。じゃなくってー!
「へ~・・・あ、でも家族とかにあげたりしないんですか?」
「偶に渡しますが、良い物に慣れ過ぎられても困りますから 笑」
「あ、は~・・・なるほど」
「なので、どうぞ、お持ち下さい」
「あ、え、はい。あの、ありがとうございます」
 良い物に慣れ過ぎるとどうなるんだろう?良い物しか食べたくなくなる?そんなもんなの?・・・まあ、自分には関係のない環境ですな。
 恐縮しつつも、自分にはたま~にご褒美に買う150円以上のチョコでも幸福感は得られる。という意味では、この高級チョコを必死で手にいれなくても、ずっとずっと安くシアワセを感じられるのも悪くない。”これさえ乗り切ったら”とか、”これをやり切ったら”、を何度も我慢しないと得られない高級チョコだと、絶対に息絶えてしまう。
 こういうのは”いただき物”が一番良いのかも、と漠然と思いながら、次々食べるのは勿体ないので、そそくさとトートバッグに仕舞い込む。
 それからは、浅倉さんの質問に答えるうち、浅倉さんが上手に話をしてくれるからか会話を続けられ、気が付いたら目的地に到着した。
 しまった、周りの風景も何も見ずに着いてしまった!隣の市って言ったって何だかすんごいザックリし過ぎだし、どこをもって”隣”って言うんだよって話だし、外の様子を見ておいてどういう道筋で来たか覚えておこうと思っていたにも関わらず、やっちまった感。
 自分の不甲斐なさにガックリと肩を落としていると後部座席の扉が開き、浅倉さんが立っていることに気付き、急いでシートベルトを外す。外そうとし、慌てて逆にうまく外せないという失態。浅倉さんから”ごゆっくり”と言われ、それは自分が明らかに慌てて見えているということを更に自覚するに至り、”恥ずい”とその状況に顔から火が出る感覚、この暑い中で。
 漸くシートベルトを外し、”早く出ねば”とばかりに出ようとして車のフレームに頭を打つという更なる失態。ここまで来るともう自分でも呆れてしまい、溜息しか出ない。
 そして、ぶつけた頭を摩りながら漸く車から降り立ち、前を見て思わず出た言葉は”デカっ!”。
 ボーゼンと立っている間に浅倉さんは車を車庫に停めていたが、そちらを見て、”ゲ、高そうな車が他に2台もあるっ!”と言葉に出そうになったのを抑え、でも限界があるのか、目は乾燥してしまうのではないかと思う程に見開いてしまっている。
 何か、家の奥がカジノになっていて隠れ賭博で稼いでいるとか、政治家パーティーが催されてお金の遣り取りがあるとか、そういう状況に巻き込まれるとかないよね?巻き込まれたとしても、自分はJKだから無罪放免だよね?ていうか、こんな場違いなところに行くとなった時点で、もうこの年齢なら怪しめよ、と言われたら反論できない?まさか、密かに臓器売買で稼いでるとかないよね?実はマフィアとかその筋が家業、とかないよね?何かいい方に思考がいかない(泣)
「ではすばる様、参りましょう。こちらです」
 すばる”様”?”様”って柄じゃないんだけど・・・ムズ痒い。きっと、”こんな小娘になんで丁寧に接しないといけないんだ?”と思っていたとしても、それはおくびにも出さないんだろうな~。秘書さんて大変なお仕事~・・・って、ん?ん?ん?ん?ん?ん?何かデジャヴ、デジャヴ、デジャヴ、何か思い出しそう!ん~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと、出てこい、出てこい、出てこい・・・あ!病院じゃん!やや後ろから声かけられて、”あっちです”って言ったじゃん!そうじゃん!病院で場所教えてって言って来たの、浅倉さんだったんじゃん!あ、そうかあ~、なあんだぁ、スッキリしたぁ~~~~~。いや、スッキリしたーじゃねーし!浅倉さん、お母さんのお見舞いに来たってこと⁉
 
 ん~・・・何かデカそうな家だな~・・・門の向こうが全く見えない。何か・・・帰りたくなってきた(汗)
 正直なところ、大きい家に住んでいるであろうとは思っていたが、右を見ても左を見ても、反対側を見ても大きい家。この家だけが大きいのではなく、この辺り一帯が全てこんな感じ。TVでしか見たことがない。何だか場違い。
 浅倉さんに導かれるも、緊張で後について行くのがやっとで、門から玄関扉までの様子など全く記憶にない。
 浅倉さんが扉を開けると、”いらっしゃいませ”と挨拶をされたので、反射的にこちらも慌てて”は、初めまして”とお辞儀をし、顔を上げると、お母さんより明らか年上のエプロンを着けた女性。これは所謂”お手伝いさん”という人なんだろうと思いつつも、その後どう対応すればいいか分からず固まっていると、その女性からスリッパを勧められ、浅倉さんからも”おあがりください”と促される。
 ”おあがりください”なんて言われたことないし、大体、何この玄関、あたしの部屋よりデカいんですけど(汗)
 ”どうぞ”と再度浅倉さんに促され、ハッとして慌てて靴を脱いごうとして一瞬よろけながらも、何とか姿勢を立て直してスリッパに足を滑り入れる。靴を揃えようと腰を下ろしかけたところ、お手伝いさんと思われる女性から静止される。
 “すいません”と申し訳なさを伝え会釈をすると、そのお手伝いさんらしき女性から微笑み返される。こちらも笑顔を返そうとするが、何だか引き攣る。
 今度はそのお手伝いさんと思われる女性に導かれるまま後ろをついて行くが、頭の中では、着いたところで扉があり、途端におじいちゃんが表れるのか、どこかの部屋で長く正座をさせられたまま待たされるのか、そんな中、途中でトイレに行きたくなったらどうしようとか、携帯を録音にしておいて遣り取りを全部記録しておいた方がいいのか等考え、どんどん考えがまとまらなくなっていく。
 やっぱ受けなきゃ良かったかな~(泣)来るまでは、ドキドキもある反面、好奇心もあったけど、いざとなると自分の心臓って、産毛も生えてないようなツルッツルのテロッテロの役立たずだったわ~・・・そもそも・・・
 お母さんに”行って欲しい”的なことを言われ、いやいやいやいや、前とニュアンスが違うやないかーい!と思い、流石に何故そんなに唐突なのかと瞬発力で突き返した。
 お母さん曰く、お母さんが倒れて入院し、親戚と言っても頼れる人は少なく、いざという時、一人でも親戚が多い方がと思った、と。
 いやいやいやいや、遠くの親戚より近くの他人、それを今回まともに経験したではないか、と。お父さんは来るのに時間が掛かったけど、裕子さんがすぐ来てくれて、お父さん方のおばあちゃんも伯母さんもこっちに関心がないから連絡もしないし、お母さん方のおばあちゃんは既にいないし、伯父さんは絶縁状態。
「お母さんが会えばいいんじゃないの?」
 と思わず、いや、思っていたからこそ口を突いて出た、というのが正しい。暫し、何とも言えない空気が流れる。こうなると、自分のほうが悪いような気分になるので、何だか腑に落ちない。
 そもそも、別に一緒に会うことも可能だろうし、なぜに先にどちらか、みたいな状態になっているのか。
 最初はお母さんの意味不明な機嫌の悪くなるスイッチを押さないようにと思っていたが、一度口を突いて出てしまうと歯止めが利きにくくなる、土砂崩れ的な?
 楽しい出来事の後に、もうお蔵入りかと思った話を引っ張り出して来て、一気に気分が墜落。その愚行に対してもイラつきはあったのだと思う。
 そして、最終的に自分が陥落した理由は、”あんたのため”としつこく言われ、次第に、おばあちゃんから聞かされていたおじいちゃんの話をし始め(何度も聞いているが)、おばあちゃんから聞いている話と、おじいちゃんの伝達係の人が来て話すこととの違いに気持ちが混乱しているなどと、やや悲劇のヒロインのようになっていく様子を見て戦意喪失。溜息。
 結局、”行けばいいんでしょ”と言ってしまったと言うか、言わされてしまったと言うか、これまでもこういう状況になると動揺の感覚になり諦める、というのを繰り返してきた。また逃れられず、承諾してしまった。
 部屋に戻り、ベッドにダイブをして大きく溜息を吐く。
「あ~~~~~~~疲れた」
 そのまま暫く動かないまま、頭の中で”ああ言えば良かった、こう言えば良かった”といった思いが駆け巡り、イライラするが止め方が分からない。
 次第にベッドカバーに自分の息が掛かることで顔に跳ね返ってくる熱気と、部屋の中の暑さに限界が来て、一旦エアコンでなく扇風機をかけようと、のそのそとベッドの上を這いながら寄って行く。
 こんな姿、CUには見せらんないわ・・・
 カチっと音を立てると同時に羽が回り始め、じんわり出始めている汗に風が当たると、その部分は更にひんやりする。
 顔が乾燥するかもと思いつつも、今はそんなことを言ってられる状態ではない。暫し目を瞑って顔に風を受けて涼んでいると、突然風が逸れ始めたので自分も動き、また逆方向に逸れ始めたのでそれを追い掛けた。
 自分は扇風機を首振りにすることはないので、そこで初めてオッサンの仕業と気付く。が、声を挙げる気力がない。”ちょっと~、やめてよ~”というのが精一杯。
 動きが止まらないので仕方なく目を開けると、扇風機の後ろに乗っかっているオッサン。
 やっぱり。芸がないな~、くっだらな~い・・・
⦅何やねん、部屋全部涼しゅうしたってんねや⦆
 頼んでないし。こっちは暑いんだよ・・・
⦅何や、つまらんの~。かかって来いや~⦆
 モノマネの番組で観たことあるようなことをやっているが、興味ナシ。どうでもいい。
⦅え~やん、じーちゃんに会うぐらい。何がイヤやねん⦆
「え~・・・イヤって言うか・・・ずっと保留にしてたクセに、楽しかった
 後にすぐそんな話、出さなくても良くない~?しかもさ~、何か悲劇のヒ
 ロインみたいにさ~」
⦅まあ、オマエみたいな子どもには、人間の心の機微を感じ取るっちゅ~ん
 はむじゅかちいでちゅよね~w⦆
「はあ?」
⦅も、え~やんけ、何かごっつええもん食べさせてもらえるかもしれへん
 し、家とかめちゃめちゃデカいかもしれへんやん。なかなかそんな家、入
 られへんやろ。それに、帰りにごっつ豪勢なお土産とかくれるかもしれへ
 んやん。それに代々議員さんか何かの家なんやろ?何かええ伝手できるか
 もしれへんやんけ~。ほったら、どっか就職とかも口利きしてくれんちゃ
 う?⦆
「そんないい方にばっか考えられるワケないじゃん」
⦅何言うとんねん。ワシがおった家がええとこの家やったんじゃ、ボケ。ご
 っつでっかい家でな~、いっつもええもん食べて、ええもん貰て、逆にえ
 えもんあげとったし、何や、そこの主人とこに”口利いたってくれへんか
 ~”って、いろんな人がよう来とったで?⦆
 いつの話だよ。
⦅いやいやいやいや、本質っちゅ~んはそんな変わらへんで?見てみ?男女
 雇用機会均等法っちゅ~んができても、相変わらず女子のほうが初任給安
 いとこがフツーにあるやろ?子育てはオカンっちゅーのも変わらんやろ?
 超大昔は女が王だった時代もあるけど、結局男っちゅーんは変わらんや
 ろ?言いたいこと言わんと大人しゅうしとった方が楽、みたいな日本人、
 ぞろぞろおるんは変わらんやろ。そんなもんや⦆
 オッサン、オバケのくせになんでそんなことまで知ってるんだよ。
⦅聞こえてくんねや。全部入って来るでぇ。あっぷでーと、言うんやろ?ワ
 シのあっぷでーと力はすごいでぇ⦆
 オッサンが扇風機の上でバカみたいに踊っているが、ツッコむ力もなく、ただただ見てるだけ。
⦅何やねん、つまらんの~。オマエ、何もオモロいネタとかもないんやか
 ら、ちょっと珍しい体験ぐらいして来いや、つまらんの~⦆
 オモロいネタ・・・どうせ自分はつまんない人間ですよ~だ、そんなこと、一番自分が分かってる。眞理子たちみたいに面白い話しネタもないし、話を面白くすることもできないし、りーちゃんみたいに知識豊富でもない。好奇心はあるけど、そこに飛び込むのにいつも躊躇する。
 何もせずに何も得ずに、人からの提供を待っていても、当然、人なんか寄って来ない。余程何かそこにいるだけで魅了されるような何かを持っていない限り、人が寄って来るワケがない。その”余程”は、容姿であったり雰囲気であったり、元々持っている物だから、持っている人を”いいなあ”といつも思っていたが、無いなら無いで、自分で得に行くということをすればいいが、結局躊躇して終わり、人を羨望の眼差しで見つめるだけ。
「ちょっと珍しい体験・・・ま、そうか」
⦅おお?珍しく素直やな。きっしょw⦆
 オッサンのそういうのがやる気無くさせるんじゃんか、バッカじゃないの⁉
⦅やる気?アホけ。何でも人のせいにすんな、ボケー。どーせ車乗せてもー
 て、家着いて、何かええもん食べて喋って終わりやろ。やる気なんかいら
 んやん⦆
 ああ言えばこう言う・・・
⦅そのままそっくりお返ししますぅ⦆
 オッサンが、ベッドの上でスキップを踏んでいる。いつもコトバと動きが合っていないことも既に不思議に思わなくもなっているが、オッサンの情緒は一体どうなっているのだろう、と偶に思う。
 と、廊下を歩きながら経緯を思い出し、自分に課したミッションをも思い出した。
 緊張するな、折角の機会だ。よくよくあっちもこっちも観察して、話ネタにしてやるのだ!緊張とか言っている場合ではない!
 気持ちを切り替えたところで家政婦さんらしき人が立ち止まり、扉をコンコンコンと叩く。ゆ~っくりと内側から扉が開いていく。
 お、おじいちゃんとの対面っ!
 
「すばる様、中へどうぞ」
 思いがけずの浅倉さん!
 半分ド緊張、半分”ネタ拾いじゃ”と思いながら、扉がドラマのようにゆ~っくり開き、ドライアイスで施された白い水の煙がもくもくと広がり、そして現れるラスボス!というような光景を想像していたので、そこに柔和な浅倉さんが表れ、漫画で言うところの”コケっ!”という状況。
 お手伝いさんと思われる女性が浅倉さんに会釈をして去って行き、浅倉さんから再度”どうぞ”と入室を促され、ひょこひょこと頭を小さい会釈をしながら部屋に足を踏み入れる。
 これは・・・応接間ってやつ?
 ソファはブラウンの、恐らく皮で重厚な感じ。でも何だか少しカワイイ感じ?というのも、全体的に丸っこいフォルムで、肘掛けのところは前から見ると羊の角みたいにクルンとなっている。
 ソファもテーブルも高そうだけど、上の照明も、大地震が起きて落ちてきたら、床、じゃなくてテーブルに刺さりそうな・・・近くにある本棚も重厚な感じな上に、見える本の背表紙のタイトルを見ても小難しそう。絵画も高いのかな~、高いんだろうな~・・・でもって、当然のようにピアノがあるし、本当に使ってんかよ⁉といつも思う暖炉的な物まであり。車同様、汚したらクリーニングに幾ら掛かるんだろう?な絨毯。何だ、この”金持ちです”と言わんばかりの感じは。
 本当にお母さんと血が繋がってるのか?何か騙されてるんじゃないのか?と言っても、騙されて吸い上げられるようなお金はうちにはないし・・・いや、本当に血が繋がっていて、誰か白血病とか体のどこかが悪くて、骨髄とか内臓提供してくれとか、そんな話⁉いや~、以前骨髄バンクに登録しようかなと考えた時にネットで調べたら、抜き取る時も痛いし、後から後遺症とか病気になった人がいるというリスクを読んでやめたし、内臓は流石に・・・医療ドラマとか漫画読む限りでは、まあ、お母さんとお父さんになら肝臓の部分とか腎臓片方とかは覚悟できるけど、おじいちゃんとかその家族なんて見知らぬ人に言われても無理。仮におじいちゃんがお母さんに懇願しても、こっちは絶対拒否るな。お母さんとお父さんのどちらに倒れられても、こっちはまだ未成年。困るんだよ。
「すばる様、すばる様?」
「え?あ、はい」
「こちらにお掛けになってお待ちください」
「は、はい!」
 おっと、また上ずった(汗)いろいろ考え過ぎて、声に気付かなかった。
 恐る恐る浅めにソファーに座ると、思いのほか柔らかくバランスを崩しそうになり、何とか立て直す。自分が思うよりも、以外な所で案外体幹は悪くないことを知る。
 サササッとソファを手で撫でてみる。高級な皮という物はこういうものなのか、と普段合皮しか触ったことがない凡人は違いを実感。
 テーブルの木は、見ても高級かそうでないかは全く分からないが、手彫りっぽい模様が側面に施されており、こちらのテーブルも脚がの先がクルンとまでしてないものの、鹿の後ろ脚みたいな感じとでも表現すれば良いのか、自分の語彙力の無さに落胆。
 コトバ通りソワソワしていると戸をノックする音が聞こえ、ラスボス登場の音楽が頭に流れ、ドキドキを抑えようと”大丈夫、大丈夫”と言い聞かせて”はい”と返事をする。
 と、入って来たのは、先程のお手伝いさんと思われる女性。再度、ガクっとするというかホッとするというかで、自分はヘンな作り笑いだったに違いないが、その女性はこちらに笑みを向けて”どうぞ”とお茶を出してくれた。
 ガラスの湯のみに、キレイな黄緑色のお茶。これまたキレイな、竹で編んだ的な茶托に乗っていて、また思うのは”高そうだな~(汗)”。もし手が滑って割れでもしたら、弁償に幾ら掛かるか、縦にしても横にしても自分に払える算段は困難なことは明白。
 冷たいのは飲みたいけど、とりあえず持って来たペットボトルの水飲もう。喉は乾いているワケだし、ああ、何て手軽なペットボトル。ペットボトル万歳!
⦅ヘタレやな~w⦆
 え⁉
 同じ”椅子”というところで、似たようなオッサンがいるのかと思い周囲を見渡すが、居るはずもなく。恐らく、傍から見ると、只の落ち着かない残念なJK。
 幻聴⁉え、あたしヤバいかも⁉どうしよう、脳みそがオッサンに侵食されていくとかあるの?或いは、ヤツは実はバクテリアか何かの一種で、脳を侵食していくトンデモナイ地球外生物とか・・・もしかして実は自分、脳の病気とか⁉脳の病気だからあのオッサンが見えているとか⁉自分は自分、めちゃくちゃヤバいんじゃ・・・
 悶々とあれこれ考えていると扉をノックする音がし、”はい”と返事をしつつも自分が脳の病気かもしれないという考えに翻弄され、先程とは違う意味で心が落ち着かない。
 扉が開くと、今度こそラスボス・・・ではなく、祖父と思しき男性が入って来て、驚いて反射的に立ち上がり、その際にテーブルで片方の膝を打ち付けてしまう。
「いった!」
 やっば、いった、マジで最悪ー----!
「大丈夫か?」
「え、あ、はあ、大丈夫ですぅ」
 それよりも、今の衝撃でお茶が零れなかったかの方が心配。こんな高級だらけの中で、何かを汚すとかヤバいから!
 チラっとテーブルの上を見ると、ビクともしていない様子のガラスの湯のみ。どうやらテーブル自体が結構重量があったようで、自分が少し当たったぐらいでは大して影響はなかったようで、胸を撫で下ろす。
 祖父と思しき、半袖の紺のポロシャツにフルレングスのベージュのパンツを身に着けた男性が近付いて来る。
 わ~、何か貫禄・・・
「あ、あのっ!森北すばるです!」
 思い出したように深々とお辞儀をする。どのタイミングで頭を上げたら良いのかが分からず、何となく深々。
「いや、よく来てくれたね。まま、頭を上げて、まずは座りなさい」
 一旦顔だけ挙げて祖父らしき人の様子を伺い、それからゆっくり上半身を起こし、”失礼しま~す・・・”と言いながら、再びヒョコヒョコと小さい会釈を繰り返しつつ、ゆっくりとソファに腰掛ける。流石に、転がらないように先程学習したことを実行。
 祖父と思しき人がソファに座り、トートバッグを抱えたまま座っていたので横に置くよう促され、リラックスするよう促される。トートバッグは取り合えず横に置いたものの、こんなアウェイな空間で、臓器提供の可能性もまだ捨て切れない中リラックスなどできる訳がない。
「飯泉康清です。今日はよく来てくれたね」
「あ、いえ・・・」
 あ~・・・顔・・・やっぱりお母さんと似てる・・・お母さんがこれぐらいの年齢になると、こんな感じになるよね、というのが簡単に想像つくわ。けど、何だろう?似てるのに、なんっか似てるのに、親近感が沸かな~い(汗)これ、自分がオカシイの⁉TVで生まれてから一度も会った記憶のない親を探して会えた人たちの感動の対面を見たことあるけど、感極まって即効泣きだして、近寄ってすぐ抱き合って泣いて泣いての感動物だったけど、お母さんに似た人が目の前にいて、頭が小さくパニック起こしている、という感覚。自分、感情が欠如してる?????
「すばる・・・ちゃんでいいのかな?」
「あ、はい・・・」
 何だかムズ痒い。
「突然のことで驚いただろうね。申し訳ない」
「あ、いえ・・・」
 祖父と思しき・・・でなく、おじいちゃんに頭を下げられ驚く。
「お母さんの体調はいかがかな?」
「え~っと、今はあの~、殆ど入院前の生活に戻ってる感じという
 か・・・」
「それは良かった」
 やっぱり違和感、違和感。やっぱお母さんに似てるけど、似てるけど、似てるけど”親戚”感覚がない。激しい違和感・・・
「○○高校だったね。あの辺の公立じゃ一番いい学校だ」
「あ、いや~、はは・・・」
 おっほ~、まあ学校も調べ済だよね~、そりゃそうだ。しかし、どうやって突き止めるんだろうな~。探偵を雇う?それとも、秘書さんとかが調べ回る?分からないけど、どこからか情報入手する方法があるんだろうなと思うと、コワい話だよね、実際。
「何の教科が得意なのかな?」
「え~っと、英語、かな?数学も好きですけど」
「お、スゴイな」
「歴史とかはどうかな?」
「ん~、嫌いじゃないです。TVで歴史関係のをやってると、興味はあるので
 観ます」
 世界史はあんまし興味ないけど、CUに関係ある国の情報は結構収集してるけどねw
 再び部屋の扉をノックする音がし、おじいちゃんが”何だ”と言うと、ドアが開き、お手伝いさんと思われる人が再び何かを運んで来た。
 ”何だ”って返事するのか。横柄と言うのか、当主ってこんなものなのか、こういう人々の感覚、わっかんないわ~。
 また別のお茶と、竹フォークを乗せた菓子器が前に置かれ、テーブルの真ん中に黒い、紙で出来ているにも関わらず重厚に見える箱が置かれ、そのお手伝いさんによって蓋が開けられる。
「ぅわ~~~~~!!」
 思わず声を上げてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。
「いやいや、いいんだよ、ここのは本当にキレイなんだ。美味しさも折り紙
 付きだよ」
 何これ、何コレ、何是~~~~~!キレイ過ぎでしょ~~~~~、圧巻。
 見たことのない、とてつもなくキレイな和菓子がズラっと並んでおり、まだ暑い季節ではあるものの、この黒い箱の中は完璧に秋の匂い。見る限り、練りきり、上用、外郎、きんとんまでは分かるが、それ以上のものが何で出来ているか全く分からない。職人さんの技、スゴっ!
「好きな物を選びなさい」
「え?あ、はい。え~っと・・・あ、あの、写真、撮ってもいいですか?」
「ああ、どうぞ」
 うわ~、マジでどうしよう、こういうの選ぶの苦手~。どれも美味しそう、どうしよ~。あ~、蓋開けたままじゃ乾燥しちゃうから、早く選ばないきゃだけど、12個って選択肢多くな~い⁉
 結局、“えいや!”で指を指したのは、とっても美しい若草色の練りきり。 お手伝いさんが箸で菓子器に移してくれて、お祖父ちゃんには何も聞かず、オレンジと黄色のグラデーションがキレイなきんとん。恐らく、おじいちゃんはこれが一番好きで、お手伝いさんは聞かずとも知っているということか。
 暫くその和菓子を、”へ~”とばかりに上から横から眺める。一つ一つ手作りだろうし、本当にこんなにキレイにどうやって仕上げるのか。
 ふと視線を感じ頭を上げると、微笑ましくこちらを見ているおじいちゃん。
「あ、あはは~、キレイですね~」
「だろ~。他のも食べていいからね」
「え?あ、はい」
 や~、全部食べられるワケないんだから、全部持って帰りたいわ~。って、しかもあたし如きに蓋付きの湯飲み。これ、面倒なんだよな~ 泣 え~っと、間違えないように、間違えないように・・・蓋摘まんで両手で開けて、ここに掛けて・・・っと・・・OK!完璧!取り敢えずはお茶から・・・
 小声で“いただきます”と言ってから湯飲みを口に運び、音を立てないようにゆっくりと、空気と一緒にお茶を口に吸い込む。驚くほど飲みやすい温度。お手伝いさんというのは、ここまでプロフェッショナルなのか。自分には務まらない。
 湯飲みを茶托に置き、オーラを発している和菓子の乗った菓子器を持ち上げ、再び上から横から眺め、“食べるのがもったいない”と思いつつ、意を決して竹フォークで和菓子を適度な大きさに切り口に運ぶ。中の白餡と、周りのつるっとした感触と甘酸っぱさが相俟って、何とも表現し難い味と香りが口の中に広がる。
 うっわああ~、おいっしぃ~~~~~!!え?え?今までも練りきりは食べたことあるけど、何が違うの?何、このスーッと解ける感じ?????
「美味しいでしょう?」
「ふぁい、おいひいでふ」
 は、しまった!
 口に入れたまま喋ることは母親に口が酸っぱくなる程注意をされて来たので、高校に入って行動範囲が広がり、自分で選んで店に入る、そういう機会が増えるに連れ、友人も周りの女子も、“おいひ~”をやっているのを見て驚いた。
 次第に、釣られて自分もするようになってしまったが、お母さんや年長者の前ではしない、そう決めていたのに、余りの美味しさに思わず“やってしまった!”のだ。
 菓子器をテーブルに置き、お茶で口をスッキリさせて湯飲みを置いてから、“すいません”と申し訳なさそうにヘコヘコと頭を下げる。
「キミのお母さんはちゃんとしているんだな」
「へ?」
「いや~、私は男兄弟な上に、子ども2人も男、その孫達も男の子だから、
 勿論、息子も孫も可愛いが、女の子ってどんなものかと思っていたが、こ
 んな感じなんだな」
 男だらけ・・・いや、お嫁さんは女性じゃん?・・・あ、お嫁さんは成人か。ん~~~~~、きょうだいも子どももいないから分かんない。航くんもよく知ってはいるけど、きょうだいじゃないし・・・
「お母さんは料理は上手かな?」
「え?あ~、フツー?なんじゃないですかね~?」
 何を持って”上手”というのか分からない。普段からそれをフツーに食べているし、レストランや専門店やデパートのお店なんかと比べたら上手ではないかもしれないし、そこは何とも・・・
「サキコさん・・・キミのおばあちゃんだね。料理が上手だったんだ」
「へぇ~・・・」
 おばあちゃんの料理が上手?食べた記憶ないな~。自分のおばあちゃんの記憶なんて、怒鳴ってるとか文句言ってるのしかない。
「あの・・・おばあちゃんとは・・・」
 ゲ、いろいろ聞きたいことはあるのに、いきなりそこ言っちゃう?自分がバカ過ぎて萎えるわ~。もっと何というか、場が和んでからとか、もっと打ち解けてからとかあるだろ~。
 とは言っても、柔和な笑顔より圧のほうがスゴイというか、空気感が堂々とし過ぎてて、聞かれたことには脳の引き出しを引っ張り出せば答えられるが、こちらから何か聞くとなると、引き出しを押さえつけられているような感覚。そしてやっと出た言葉がそれかい!なワケで。ここにオッサンがいたら、恐らく、いや絶対ボロクソに言われてる。いや、帰ったら山ほどツッコまれるな。
「そうだね、突然“私がおじいちゃんです”なんて言っても、ただの怪しい老
 人が何を言っているんだろう?だな」
 “老人”と呼ぶにはかなり、何と言うか、シャキッとしてると言うか、貫禄半端ないって言うか・・・ではあるけど、お母さんに顔だけ似てるだけじゃ何とも・・・世の中には自分に似た人が3人はいるとか、ドッペルゲンガーなどというのもあるワケで・・・
 
 
⇒現在執筆継続中


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