太守と私

※この話には、ファナルファンタジーXIV「暁月のフィナーレ」に関するネタバレが含まれています。まだ未クリアの方、これからプレイしようと考えている方はご注意ください。


※内容には捏造設定が大いに含まれております。



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「この人形に、飲食できる仕組みをつけることはできるか?」

製作中の魔法人形について相談があるとメーガドゥータ宮に呼び出されたラザハン太守お抱えの技術者に向かって、現在の太守アヒワーンはこう注文を投げた。

長年太守一族に仕える彼らにとって、陰の太守であるヴリトラが自由に国を見て回るための魔法人形にそんな注文をつけた太守はアヒワーンが初めてだった。

『アヒワーン、私はこの人形で国を、民を見て回れればそれで良いのだ。』

困惑しつつも善処すると約束をして下がった技術者たちを見送った後、ヴリトラが口を開く。

「いいえヴリトラ様、それならば尚のこと民が普段口にするものをあなたに食べて頂きたいのです。それでこそあなたが守るこの国を、この国の民をより知ることに繋がりましょう。」

「……というのは建前で、私がただあなたと一緒に食事を楽しみたいだけなんだ…と言ったら笑われてしまうでしょうか。」

そう言ってヴリトラと目が合ったアヒワーンが照れたような笑顔を向けた。



ヴリトラがアヒワーンと初めて会ったのは、まだ彼が赤子の頃だった。

先の太守が産まれたばかりの息子を後継者として紹介に来た時、赤子だった彼は目の前の大きな大きな竜を見て笑って見せたのだ。

「この子はきっと貴方様によくお仕えするようになるでしょう。」

そう言った先代の太守の言葉通り、アヒワーンは太守として立つ前からヴリトラの元を訪れては様々な会話を楽しみ、座を継承してからもヴリトラの気持ちをよく理解し、民からも慕われる良い太守となった。

3年ほど前、先代から使っていた魔法人形を付き人の役職から退かせるにあたり、太守の付き人として新たな人形を作ることになった際、アヒワーンはその人形で飲食が出来るようにしてほしいと頼んだのだ。


「私が好きなものをあなたにも知ってほしい。でも私たちが食べたり飲んだりするものをあなたに差し上げても、その大きな舌では存分に楽しんでいただくのは難しい。ならばせめて、あなたの分身となる人形ではどうか…と、幼い頃からずっと考えていたのです。」

アヒワーンは、自分の代に人形を作ることがあれば頼んでみようとずっと考えていたのだという。


「太守の付き人」として竜の眼を埋め込んだ魔法人形は、見る人に畏怖を与えかねない大きな躯体を民に晒すことができないヴリトラが、自分の守る国を見て回るための手段であった。

見て回ることが目的なので、会話や体の動きで人形だとばれなければ良く、逆に言えばそれ以外の機能は不要だった。

『自分の代わりに人形で食事か…。考えたこともなかったな。』

「そうでしょう。でももし叶うことがあれば、その時は私の気に入りの酒を振る舞わせてください。」

そう言ってアヒワーンは笑った。


その後、約1年間に及ぶ技術者たちの試行錯誤の末、人形が飲食したものを埋め込まれた竜の眼の力によってヴリトラの舌に伝え、なおかつ嚥下した飲食物はそのまま人形の運動維持エネルギーに変換するという、画期的な仕組みを備えた魔法人形がメーガドゥータ宮に届けられたのだった。

ヴリトラの舌に伝わるヒトの飲食物の味は、人形を通すせいで極々ささやかなものであったが、それでも初めて感じる味には長い時を生きたヴリトラでさえ新たな驚きを得た。

アヒワーンは大いに喜び、太守として赴いた土地の食べ物や飲み物を土産としてよく持ち帰ってくるようになった。ヴリトラもまた「太守の付き人ヴァルシャン」として国を巡る際に興味の引かれたものを購入し、宮殿の太守私室でアヒワーンとそれらを囲むのがささやかな楽しみとなった。

「幼い頃からの夢が叶いました。」

酒に酔うと、毎度アヒワーンはそう言って嬉しそうに笑った。


正直に言えば、ヴリトラ自身はヒトの食べ物に興味があったわけではない。

だが、代々自分に寄り添ってくれた太守一族の中で初めて、国の守護竜としての自分を敬いながらも、まるで大切な友人のように「同じものを同じ目線で楽しみたい」と願ってくれた彼の希望が叶えられたことが嬉しかった。

不思議と、彼はどんなものが好みかと考えれば色んな食べ物に興味が沸いたし、彼と共に口にするものは全てが美味しく感じたものだった。





『ラザハン太守アヒワーン戦死』

突然の信じ難い悲報がヴリトラにもたらされたのは、国が終末の被害に見舞われ、その対応に追われていた最中だった。

彼は妖異に襲われた民を庇い、最後までヴリトラを案じながら死んだという。

それでもヴリトラが今やるべきは、アヒワーンのために涙を流すことではなく太守としてラザハンの民を導くことだ。

それが長年連れ添い、いつか本当の太守であるヴリトラ自身が民に受け入れられて欲しいと願っていた彼への最大の敬意でもあった。



暁の血盟による宇宙をも巻き込んだ戦いの後、ラザハンは少しずつ落ち着きと以前の活気を取り戻しつつある。

だがメーガドゥータ宮にアウラ族の太守はもういない。


宮殿の奥にある太守の私室を訪れたヴァルシャン姿のヴリトラは、いつも彼がそうしていたようにカップボードから2客のグラスを取り出した。

「いつか私が太守の座から降りた時に一緒に飲みましょう。」

そう言って彼が大事そうにしまい込んでいた酒を探し手に取ると、アヒワーンが太守として就任した年が刻まれたラベルが貼ってある。

「これを飲むのはずっとずっと…何十年も先のことだと思っていたのに。」

そう言って、窓から差し込む月の光を受けて輝く2つのグラスに酒を注ぐ。誰もいない席の前にグラスを1つ置き、向かいのソファに腰かけて酒を飲み干した。


「なんだアヒワーン…。この酒、全然味がしないじゃないか。”とっておき”だと言っていたのに。」

呆れるように薄く笑ったあと、もしかしたらこの人形の味覚を伝える機能がおかしくなってしまったのかもしれないとも思った。

全てが落ち着いたら技術者たちに人形を見てもらおう。一緒に食べてくれる相手がいなくなってしまった以上、もう二度とこの人形で何かを味わうことはないのかもしれないけれど。

無二の友を失ったこの気持ちが味を感じなくさせてしまっているのだということを、ヴリトラはまだ知らない。



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