目が覚めたら泣いていた話
(というのは厳密には少し話を盛っているのだけど、)
夢を見た。あんまり思い出したくもない頃を彷彿とさせる夢で、あの頃そのもののような続きのような、妙にリアルな夢だった。
わたしは夢の中で、「やめてほしい」と伝えたのだけど、冗談のような笑いのようなもので聞き入れてもらえなかった。でもそれはわたしにとって本当に苦痛で、子どものように地団駄を踏んで泣いてしまった。
ところまでが夢で、なんとなく意識が醒めてきたのを感じながら、涙溜まってるなぁとうっすらと認識して、『これは泣いたほうが絶対にいいやつだ。泣こう』と泣くことにした。ぐぐぐっと夢の中の感情に入り込んで、悲しさで胸をいっぱいにして、ぼろぼろと泣いた。泣いていて氣がついたのは、あの頃、剣山を押しつけられるような苦痛だったということ。笑って、頭でこねくり回して、やり過ごしていただけで、自分で思っていた以上に傷ついていて、傷を傷だと認めていなかったばっかりに、1年も2年も経つのに癒えていなかったということ。
わたしは自分の感情に氣がつくのに、何ヶ月も何年もかかってしまうことがよくある。その時その瞬間は『ま、そういうこともあるよね』とか変に俯瞰?していて、後でやっぱりものすごく嫌だった、となることが本当によくある。
昔付き合っていた人に「その時に言ってよ」なんて言われたりもしたのだけど、「貴方が至極当たり前のようにそれをするから、こっちが受け入れるものだと思ってしまったんだよ。考えればわかるようなことをはなからすんな」と今なら言うなぁ。相手のすることに意味があるんだと思って、とりあえず受け入れてみる。というのはいいところでもあるのだけど、その後の感情の機微にもっと早く氣づけるといい。
今回の夢はまさにそういったものだった。ええー。泣くほど嫌だったのね、忘れられないほど嫌だったのね、ごめんーー。とすごく申し訳なかった。
ん?あれ?わたしでもわたしの涙に氣がつかなかったら、相手を含む他人は氣づけないのか。あの時泣いていたら何かが変わっていたとは言い切れないけど、少しくらいは変わっていたのかもしれない、なぁ。
禊のような夢だった。泣くのってしんどいけど、泣いたらスッキリすることを、泣けるようになってから知った。今朝は本当にいい涙だったと思う。
このまま1日を始めるのもとてもよさそうだけど、もうひと眠りしようかな。尻切れトンボな氣がしないわけでもないけど、このまんまを置いておきたいので、これで。
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