短編

ある日、あるЩ市に少年が住んでいた。彼はある時に誰かに話しかけられたようだった。
話によると、「僕が大切に育てたものだから、是非貰ってほしい」と言われたそうだ。彼は後にそれを後悔すると知らず、貰ってしまったらしいんだ。
その誰かはその物を「宝」と呼んでいた。この「宝」とやらは、悪夢にうなされるらしいんだ。少年はとても苦しんだ。それは自分の今までの苦しみ、痛み、悲しみを思い出すようであったからだ。少年は何もかもがおかしくなってしまった。何がパラダイスで何がヘルなのかも分からなくなってしまったようだ。一種の麻薬的感覚とでも言えるのだろうか。彼は、闇の中のパラダイスで一生を終えることとなってしまったのだ。

僕は友人を助けることができなかった。何もできなかった。彼は苦しんでいた。苦しんでいたんだ。でも、それを解決する手段はどこにもなかった。「宝」はどんどんと強さを増して、友人を蝕んだ。彼の苦しみは際限なく広がり、誰も止めることができない。彼は楽になりたかったんだ。彼は海に飛び込んだ。海に沈んだ。海が彼の悲しみ、苦しみを埋めてくれていたら、僕はいくらか楽だと思った。彼はもう「宝」から解放される手段が死しかなかった。
僕はその後、彼と同じような苦しみを感じていた。僕の中にも「宝」の闇が広がっているように感じた。僕は彼と同様に「宝」を持っていたんだ。ある日、僕は夢を見た。僕は微かに、「宝」の存在が僕の中にあるという確信を抱いていた。それは確実にある。そして僕を蝕んでいる。僕はある日、友人の手紙を読んだ。彼が言うには、誰かが突然現れて、その誰かが、「宝」を渡したというんだ。それを貰ってからだ。苦しみが広がり始めたのは。人の好意を受け取らない方がどうかしているだろ、とそう書いてある。きっと僕の前にも現れる、そう確信していた。

僕はある日、その「彼」に会うことになった。歩いていたら唐突に現れたんだ。
僕は彼にすかさず聞いたんだ。「何故友人に『宝』を渡したのか?」って。
彼は顔色一つ変えずにこう言った。「宝は僕が育てたものだよ。君が知っている通りにね。
僕は君たちが思っている「苦しみ」を「苦しみ」だと思っていないんだ。これは君たちにとっては苦しみかもしれないけれど、僕たちにとっては非常にありがたい「宝」のようなものなんだよ。苦しみは確かに苦しいと言う事は分かる。しかし、君たちは知ることは無いだろうけどね、苦しみは一種の幸せであるんだよ。君たちは今まで幸せと言えない生活をしてきただろう。そうだろう。しかしね、この「宝」で苦しみを知ることにより、苦しみを思い出すことにより、君たちの今までの何にも感じない生活を「幸せ」と感じることができるだろう。それはその時には幸せと感じなかったとしても、思い出して幸せと感じることができる。今苦しんでいたとしても、思い出に幸せを見出すことができる。こんなに画期的に発明はないと思うんだ。苦しみは一種の人生に深みを持たせるための道具であるんだ。君も「宝」を持つことによって味わうことができるよ」

僕はその話を聞いて、妙に納得をしてしまった。確かに、苦しみも人生の一部であり、そして、苦しみが幸せを思い出す一種の道具であることも事実であるからだ。僕は「宝」を恨むことできなかった。そして、この「彼」の存在も勿論恨むことができなかった。
「一つだけ、聞いていいか。」
「あぁ。勿論。」
「この「宝」はどうすれば、他の人に渡らなくて、済む。」
「それは簡単だよ。僕を殺して、そして、君が「宝」に飲み込まれれば、いいんだ。」
「そうか。」
僕はなんとなく、そうだろうなと思っていたので、驚きはなかった。
「そして、君は、僕に殺される気はあるかい?」
「いや、全く。しかし、君が僕と決闘をするのなら、考えてもいいよ。」
「じゃあ、そうしよう。」
僕は剣の腕など皆無であったが、しかし、僕は迷いも怖気も無かった。それは一つの確固たる意思が僕を包み込んでいたからだ。
僕は的確に彼を刺そうとしていた。これは、「彼」は、人々の迷いなのだ。狂いなのだ。僕は彼を恨んではいなかったが、僕がこの「宝」の全てを闇に葬り去るためにも、彼を殺さなくてはならない。これは「彼」と「僕」だけのけじめでありたい。
僕と彼はしばらく同じような腕で剣を交えていた。
彼は僕を殺す気はないらしい。それはそのはずで、僕の中には「宝」が存在し、僕を殺すことは彼を殺すことに等しいんだ。僕はある時に彼を一思いに突き刺した。
好き刺した剣は細くて、何も効果がなさそうにも見えた。彼はただ、さらさらと消えていくだけであって、痛みも何もなさそうであった。彼は、何のために存在して、何のために消えるのだろうか。僕は彼を夢に出てくるおとぎ話の人間のように思った。人間ではないかもしれない。彼は僕に「幸福」を返した。幸福は彼にとって苦痛だったから返したのだろうか。彼も同様に苦しい思いをしてきたのだろうか。僕は何も分からなかった。
僕は「幸福」を手に入れて、苦しみから解放された。苦しみから解放されることが、こんなにも、清々しいとは思わなかった。

僕は空を眺めた。君はこんなに清々しい気持ちではいなかっただろうが、僕はとても今、清々しい気持ちでいるよ。君のことを少しでも救えた気がするからさ。いや、君を救えた気がするだけではない。僕は多分、何かと覚悟は決まっているように感じているんだよ。こんなにしっかりとくっきりと見える意思を持つのは初めてなような気がするよ。何もかも自分の力で止めるんだ。僕は何も後悔をしていないよ。これが悪夢の始まりだったとしても、僕はそれを見ないようにしようとは思わない。きっと自分が止めると、そう確信しているんだ。僕はとても今幸福な気持ちでいた。幸せだった。

彼はその二日後に死ぬ日を迎えた。これは死ぬ日と表現するべきではないな。彼が今後の人類のために戦った日とでも言おうか。彼はその「宝」と共に一生を遂げると決めたのさ。彼は黒い光に包まれて、暗闇に飲み込まれていく。

僕は何の苦しみも未練も無かった。丁度良く、僕は昨日の晩餐会を思い出したんだ。
自分が晩餐会をやるとか思わなかったけれど、こうなってしまったのだから、しょうがない。僕は本当に苦しみも怖さも無かった。これからの暮らしがあるのにとか、もっと生きていたい欲が湧くのかと思っていた。しかしそんなことも無かったんだ。
自分は今とても穏やかなんだ。人に貢献できることがこんなに嬉しいものだと思わなかった。僕は、そして、友人のことを思い出したんだ。彼のような人をまた出すわけにはいかない。内から、あふれ出るような強い覚悟が僕にあった。僕は今幸せだ。そして、これからも、闇に飲み込まれようと僕は幸せであろうと思う。

彼は暗闇に飲み込まれていったが、彼はそれからして、意識を失い、永眠したと言ってもいいくらい、永い眠りについた。彼は悲しさも苦しさも感じていない様だった。とても穏やかな顔をしていた。

僕はかれこれ、彼の最後の日記を読みながら、彼の今までのことを知ることとなったが、僕がその立場であったら、ここまで強い覚悟を持つことはできないだろうと思った。僕は彼と同じように空を眺めた。
空は青く、そして風は心地よい。これが幸せの本来の姿であるとは誰も思いやしないだろう。人は空虚なものを求め続け、このような悪夢を知らない限り、人々はほんの少しの幸せに満足することはできないであろう。苦しみも幸せも人生なんだ。何もかも認めて愛することが、一番自分にとっていいことだと気づくにはまだ君たちは何十年かかかることだろう。
僕は帰って、元の生活に戻ることにした。誰かが死んだって、いいことをしたって、日はいつものように進んで、変わらないのだから。


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