私は如何に通勤することをやめて、自宅から仕事をするようになったか

「泥仕合と、ドローゲームは、同じじゃないんだなあ。。。」
米大統領選を眺めての感想です。引き分けませんでしたね。

こんにちは、チームスピリットのマニュアルライターです。新製品の取扱説明書を作っています。

マニュアルライターなんていうと、製品の仕様と使い方をわかりやすく説明する、ムダもブレもないきっちりした文章を書く人だと思うかもしれませんが、好きなのは、むしろあいまいで、ぼんやりモノを見たり考えたりしてるときのだらだらと連なったエビデンスのない空気感みたいな文章です。

人生はときに唐突です。好きな食べものはバッテラです。

さて、コロナ禍のこの世の中(韻!)、
我がチームスピリット社は、世間がコロナを騒ぎ始めた2020年1月末には、早くも社員の在宅勤務を推奨しました。

私は、通勤することをやめて、自宅から仕事をするようになったのです。いかに自宅から仕事をするようになったか、それが問題です。

「通勤時間のムダがなくなった」は嘘じゃないとしても、「好きな音楽を聴きながら仕事ができて快適」とか、「合間に家事や子供の送迎や、リフレッシュを挟みながら、むしろ効率がよくなった」なんて言う人がいます。

ほんとかあ? インスタに投稿するために30分も猫を追い回したり、なつかしい絵本を取り出して模写始めたりしてないのかよお、と訝ったりします。してないんだろうなあ。

コロナで自宅にいる時間が増えて、ラジオを聴くようになったという人が多いみたいです。私もその一人です。先日聴いていた番組で、こんな投稿がありました。

社会人になって17年目、初めて在宅で仕事をしています。最初は新しいスタイルに浮足立っていたのですが、しばらくすると家に篭って仕事をする毎日に気が滅入るようになってきました。少し落ち着いて外出できるようになった頃、どうにも元気が出ず・・・

そう、「気が滅入る」というやつが、たまに襲います。どうにも、集中力が切れます。ふだんは、集中力はあるほうなんだけれど、いちど切れると長いです。休憩をはさんで、「よおし」とパソコンに向っても、脳が凪に入ったようになって、次の瞬間にはレシピ本なんか眺めてたりします。

ラジオの投稿者は、そのあとジャズクラブのライブに行って、生音を聴き、気持ちが軽くなったと、野村訓市氏が低い声でお便りを読んでいました。
野村訓市、「TUDOR TRAVELLING WITHOUT MOVING」、日曜日20:00~20:54、J-WAVE 81.3FM)。

私は、そういうときは、京橋のオフィスに出社することにしています。がらんとしたオフィスは、自宅よりは仕事が進みます。集中力が戻ったわけではなく、ただ、目移りするものがないので、集中力の問題をひとまず忘れ去って手を動かすことができる、そんなかんじです。

電車に乗ったり、誰かと雑談できるのもいいのでしょう。2日も出社するとペースが戻り、そしてまた、私は在宅勤務に戻るのです。

在宅勤務でマニュアルを書く、つまり、自宅で何かを書き続けることについて考えるとき、思い浮かべる二人のひとがいます。キューライスという変な名前の漫画家さんと、小説家の保坂和志さんです。

キューライスは、スキウサギの人です。SNSに、毎日、ブログと漫画を公開しています。土日も休まずに、お昼くらいに必ず、4コマ漫画が公開されます。

吉岡里穂のラジオ番組に出演してしゃべってるの聴きました。

現在も毎日、SNSに漫画公開しているキューライスさん。毎日更新するというルールを決めた以上、どんなことがあってもそれ貫くと、自身の中で決意して進められているそうです。
吉岡里穂、「UR LIFESTYLE COLLEGE」、日曜日20:00~20:54、J-WAVE 81.3FM

このセルフコントロールは、すごいなあと思います。
この人のブログを読んで、私はこの10月末に、初めて、ジブリ美術館に行きました。行くまでは、冗談じゃなくて、ジブリ美術館ってテーマパークだと思っていた。観覧車があったり、ジブリキャラクターが歩いてたり、みたいな。じっさいは、宮崎駿の原画とかアイディアメモがたくさん展示されている、良質な美術館でした。見られてよかったです。

あ、そうだ、このとき、展示されているアイディアメモに見入りながら、「製品マニュアルだって、このくらい遊んでいいというか、もっと自由でいいんだよなあ」と思ったのでした。

で、何の話だっけ。あ、もう一人は、保坂和志さんです。保坂さんとは、何回かお会いしていて、カラオケ行ったりしたこともあって、ブルーハーツ熱唱したりするんだけど、小説家で、保坂さんがどんなふうに日々小説を書いてるのか書いてるエッセイがあって、引用します。これ引用したら、あとは特に、ここで書きたいこともないので、終わりにします。はやいうち、カラオケで大騒ぎできる日が戻りますように。お元気で。

 小説を書いているときは、ちょこまかちょこまか家の中を歩き回っているが、大きく括ったらボーッとしていることにしかならないし、数日前の自分を思い返すとやっぱりボーッとしている風にしか思い出さない。(略)小説はとりあえず何か書いてみないことには始まらない。とりあえず書くことすらないときには、まあ本を読んだりしているわけだけれど、ただ読んでいても、自分がこれから書く小説は本当に微塵もやってこない。
 外からの刺激で何とかなるものではなくて、小説を書く準備となると、何かに向かって頭を能動的に使わなければならないのだが、これがもう本当に動きがない。高い空を雲が流れて行って、それまで射していた陽射しが一瞬途切れるようにして、<考え>以前のある何かが生まれ、それを摑まえるというか、まずは陽射しを遮ったその雲の位置を見定めるようなところから小説が始まる。しかし一度だけではそれを見つけることができず、私はそういう雲が通り過ぎていったときと同じと思われる気分をもう一度作ることからはじめなければならない、というような・・・。
保坂和志『途方に暮れて、人生論』、草思社

この記事は チームスピリット Advent Calendar 2020 の17日目の記事です。
愉快な仲間たちが、おもしろくてためになる記事を書いているので、ぜひご覧ください。


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