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朝ドラ「まんぷく」のさっちゃんとは何者だったのか?

朝の連続ドラマ小説「まんぷく」が先月30日、最終回の放送を迎えた。インスタントラーメンを開発した日清食品創業者の安藤百福、仁子夫妻をモデルに、戦前から高度経済成長時代の大阪で懸命に生き抜く夫婦の苦労と成功の物語を描いたこのドラマは、安藤サクラを連続テレビ史上初の「ママさんヒロイン」に迎え、平均視聴率は21.4%と高い数字を記録した。

「まんぷく」のドラマ放映の影響が大きいことは、自宅警備員である私にとっては1日に唯一の外出であるセブンイレブンへの散歩だけでもわかった。入り口すぐのところ、日清チキンラーメンが店員手書きのカラフルなポップとともに大量に並べられている。日清食品は、チキンラーメンが発売から60周年目にあたる平成30年度の売上高が史上最高を記録したことを発表した。「まんぷく」の放映で人気が高まり、売り上げ増につながったらしい。 朝ドラ効果は我が家にも、ドラマの視聴者であった母が大量に買い込んだチキンラーメン、それは私の夜食となり豊かな脂肪となって身体に蓄積されていったのであった。

 かくいう私も「まんぷく」を毎朝楽しみにしていた視聴者の一人である。なぜ私が毎朝せっせと朝ドラを見ていたかといえば、もちろんヒロイン福子と萬平の娘、さっちゃんこと幸を演じた若手女優、小川紗良を観るためだ。映画監督、文筆家としても大注目されている魅力あふれる彼女が演じる「さっちゃん」とは、このドラマにおいて、また朝ドラの歴史においてどのような位置を占めるのだろう。

”朝ドラヒロイン”の系譜
 

 NHK朝の連続テレビ小説は、1961年放映の「娘と私」以来、大河ドラマとともに日本の共通文化を育てる物語として国民的番組として位置付けられるようになった。女の一代記、女の生きざまを描く朝ドラにおいて、重要な役割を果たすのがその女性主人公、通称"朝ドラヒロイン”である。この朝ドラヒロインに抜擢されることを夢見ない女優はいないだろう。毎年開催されるという朝ドラオーディションとは新人女優の登竜門であり、ここで選ばれることこそが「国民的女優」への道の第一歩なのだ。

 しかし”オーディションで無名の若手女優を発掘し、ドラマで育てる”といったような朝ドラヒロインのあり方は近年少ない。2010年「ゲゲゲの女房」ではオーディションを経ず既にキャリアも知名度もある松下奈緒が直接オファーされるなど、直近10年をみればオファー組とオーディション組の割合はほぼ拮抗している。

 「まんぷく」のヒロイン、安藤サクラもまた「オファー組」である。さらに安藤の場合、朝ドラ史上初の「ママさんヒロイン」であり、収録を前倒ししたり子どもを現場に連れてくるなど、”ヒロインと育児の両立”も注目された。この”子連れ出勤”を巡ってやはり想起されるのは88年のアグネス論争であるが、当時の上野の言葉を借りれば「働く母親の背中には必ず子供がいるもの」、まさにこの「ママさんヒロイン」とは働き方改革を背景にした局をあげての取り組みだったと言えるだろう。

 この”ママさんヒロイン”としての安藤サクラの抜擢は一見革新的なものに見えるが、この安藤サクラ演ずる”福子さん”は朝ドラヒロインの系譜にどのように位置付けることができるだろうか?

 1955年以降テレビの普及率が高まる高度経済成長期の最中、61年に朝ドラが制作され始めた当時、ドラマとは夜見るものという認識が強かった。その中でドラマの放送として朝という新たな時間帯を開拓した朝ドラの成立の背景には「現代主婦」の存在が大きい。
 
 社会学者の落合恵美子は1955年から75年の「家族の戦後体制」として三つの構造的特徴を挙げている。一つは「少数の子どもに愛情と手間をかけて育てるという近代家族の子ども中心主義の人口学的基盤」、第二に「男は仕事・女は家庭」という性別分業が成立、多くの成人女性が主婦となったこと、そして第三には「人口学的特殊条件による伝統的家族制度の維持と核家族化の両立」である。このような家族の戦後体制の成立のもと、主婦を主な視聴者層として朝ドラはスタートした。

 61年「娘と母」に始まる朝ドラの中でもそのヒロイン像を確立させたと言えるのが、66年放映の「おはなはん」だろう。朝日新聞2010年9月25日のランキング「心に残る朝ドラヒロイン」では「おしん」の田中裕子を抑え、「おはなはん」の樫山文枝が一位に輝いた。困難に合いながらも持ち前の明るさで生き抜くヒロイン、その人気を示すエピソードとして、「おはなはん」の放映当時はその人気故に毎朝放映時間になると水道の使用量が激減する現象が全国で見られたと言う。この「おはなはん」のブレイクにより「時代を逞しく生きる女の一代記」というパラダイムは完成した。

 そして「女の一代記」と並び、朝ドラを支える柱が「家族もの」である。60年代以降のホームドラマの内容の大きな特徴としてある「母もの」、「母性愛」という主題は朝ドラにおいても受け継がれた。ヒロインと共にその家族の成長物語を描く、それは初期の62年「あしたの風」63年「あかつき」に始まり、現在の「まんぷく」にいたるまで通底するテーマであり、朝ドラとは結局のところホームドラマなのである。

時代は移れど常に”女の生き様”を描き続けた朝ドラであるが、そこにある変化が見られたのは2010年「ゲゲゲの女房」においてである。それは48年ぶりの放送時間の変更、15分早い、8時からの放映となった。NHKはこの放送時間の変更を働く女性の増加に伴い朝の在宅率や家事のピークなど生活習慣が変わってきたことが背景にあると説明している。また一話15分と短くすることで忙しい朝にも気軽に見れるように配慮した。

このような戦略が功を奏したのか、「ゲゲゲの女房」は低迷していた朝ドラ視聴率をV字回復させた。 そしてこの「ゲゲゲの女房」のヒロイン像も、従来の「自ら道を切り開く」女性像とは少し異なり、松下奈緒演じるヒロインは、天才型の夫を支え才能を開花させる、いわば「サポーター」の役であり、「まんぷく」の安藤サクラ演じるヒロイン像も、この「ゲゲゲの女房」のヒロイン像を踏襲したものと言えるだろう。

 このようなヒロイン像の類型としてもう一つ挙げられるのが、2016年に原作漫画がドラマ化された「逃げるは恥だが役に立つ」の主人公、みくりさんである。大学院まで出ていながら派遣切りに合ったみくりは、「契約結婚」により家事全般を請負いながら”雇用主”を支える。またみくりは専業主婦に止まらず、タウン誌のライターや青空市の手伝いなど家の外でも働く。このような夫婦のあり方は「まんぷく」にも通ずるところがある。「まんぷく」の福子さんは主婦として家事全般をこなしつつ、パートタイム労働や得意の英語を生かして通訳をしたり、夫の会社のカップラーメンの開発や広報活動を(ギャラが貰えるわけでもないだろうに)精力的にこなす。

 「ゲゲゲの女房」、「逃げ恥」、そして「まんぷく」−これらのドラマのヒットには以上のような等身大のヒロイン像が視聴者の共感を呼んだことが一因としてあるのではないだろうか。
 

「さっちゃん」という存在

 ここまで安藤サクラ演じるヒロイン、福子に焦点を当ててだらだらと前置きを述べてきたが、ここでようやく本題に入ろう。期待の若手女優、小川紗良が熱演した「さっちゃん」とはこの物語の中でどのような役割を果たしているのだろうか。

 福子と萬平の長女であるさっちゃんこと「幸」は、公式サイトに「開放的な性格」と書かれている通り、まずその出で立ちからして特徴的である。大人になった幸の初登場シーン、何を着ているのかと尋ねられた幸が「パンタローン」とお茶目に言うシーンが印象に残った視聴者も多いだろう、このドラマの中ではさっちゃんはいつも色鮮やかなヒッピーファッションで観る人を楽しませてくれた。

また「アルバイトや遊びにかまけて、だらしない生活をするんじゃない。女の子なんだから」と説教してくる父に向かって「女の子やから何?ウーマンリブって知ってる?」と強気に言い返すなど、まさに70年代の先進的な女性像を体現するのが、この幸である。第一波フェミニズムを理想主義的に描くことしかできなかった朝ドラがここでウーマンリブ に言及したことはひとつ革新的な点であったと言える。

幸のキャラクターを隣でより際立たせているのが、松坂慶子演じる福子の祖母、鈴だ。「わたしは武士の娘です」が口癖のプレモダンとも言えるような装いの彼女であるが、そのドラマでの存在感は大きい。幸、福子、鈴の三世代が同居していることにより視聴者からすれば言わば「ヒロインが3人いる」状況にも見える。朝ドラの歴史を振り返れば、「青春家族」(1989) 「京、ふたり」(1990)など世代観の違う母と子をダブルキャストにした作品もあるが、核家族世帯のピークだった70年代を描く物語でこの三世代世帯という設定をとったところには、制作側の「まぼろしの伝統的家族」へのノスタルジーをやや感じないでもない。ちなみに、「サザエさん」の放映がスタートしたのは1969年である。

幸がメインに登場するエピソードが、アメリカ人レオナルドとのロマンスである。

幸は大阪万博に来ていたアメリカ人レオナルドと出会い、恋に落ちる。しかし、ある日彼がアメリカに帰国すること、そして婚約者がいることを知った幸は悲しみの涙を流す。

幸が涙を流すシーンでは「このアメ公!俺らの幸をたぶらかしやがって!」という気持ちにも、「さっちゃん、ヒッピーみたいな服装のわりに乙女なところもあるじゃんかわいい!」という気持ちにもなる、かもしれない。

しかし幸はここでレオナルドと結婚し渡米する、というストーリーもありえたはずだ。なぜさっちゃんは失恋しなければならなかったのか。

カップラーメンとナショナリズム

日本の女とアメリカの男ーこの図式、真っ先に思い浮かぶのが小島信夫「抱擁家族」である。妻のアメリカ人との情事をきっかけに鳴り響く家庭の崩壊の音ー東京オリンピックの翌年、1965年に書かれたこの小説は高度経済成長と並行して進行する”家庭の崩壊”を描いた。

この「抱擁家族」に対する江藤淳の批評「成熟と喪失」には”母の崩壊”という副題がつけられている。母性の自己破壊とは、アメリカという近代の訪れとともに余儀なくさせられるものだからだ。「抱擁家族」の時子は、アメリカ人ジョージという”近代”を自らの手で引き込んでおきながら、それでもジョージと結婚し、家を出て行くことはしない。成熟を回避するその姿はまるで“近代“という白馬の王子様を窓辺で待ち続ける少女のようだ。

「まんぷく」においては、アメリカ人の男を家に引き入れるのは妻ではなく娘のほうである。「抱擁家族」には時子の、「私がもう少し若かったらジョージと一緒にアメリカに行くのに」というセリフがあるが、まさにその「もう少し若かったら」が幸だ。

しかし若い上にウーマンリブだのなんだの言う幸であっても、アメリカには行かない。幸は姦通する前の段階で、無事に“家庭“に戻ってくる。その幸を待っているのが「武士の娘」である祖母、そして涙を流す幸を優しく包み込む“母性“、福子である。

抱擁家族に対し、この『まんぷく』はいわば「こうであって欲しかった」というパラレルワールドである。そこには母の崩壊も、家庭の崩壊もない。福子も幸も英語は堪能だけど、アメリカには行かない。アメリカ人の男ではなく、日本の男を選び、支える。おそらく「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て泣くタイプの人、すなわち美化された高度経済成長を「あの頃は良かった」とノスタルジックに消費するタイプの人は「まんぷく」を見ても感動するのだろう。

この妙にナショナリズムを高揚させる仕掛けが、ラーメンである。

いつだったか、ゼミで三島由紀夫の「文化防衛論」を取り上げたときのこと、三島のいう”日本文化”を読んで、ゼミ仲間のギャルが「どうしてもラーメンの話に聞こえる」ということを言っていた。

おそらく彼女の直感は正しい。日本文化には茶道、華道、柔道といったように”道”という言葉が度々登場するが、ラーメンも今や「ラーメン道」、ラーメン屋に行けば作務衣を着たおっちゃんが独自の哲学や格言を持って出迎えてくれる。今や”国民食”であるラーメンだが、その始まりは「まんぷく」のモデルでもある安藤百福を抜きにしては語れない。

百福のインスタントラーメン、チキンラーメン開発の背景には戦後の食糧不足、そして米国の余剰小麦を使って日本人に粉食を奨励するという戦略的シナリオがあった。戦争により米食ナショナリズムは粉砕され、そこにかつて下層民の夜食であった「支那そば」が、小麦を使いながらもパンではない、新たな国民食となって浸透したのだ。三菱商事のキャッチフレーズ、「ミサイルからラーメンまで」はまさにラーメンが国策となっていく様子が伺える。アメリカの小麦を原料とするナショナリズム、ラーメンとは捻れた「親米右翼」という図を象徴している食べ物なのかもしれない。

レオナルドに振られた幸だが、翌日には何だか吹っ切れたような顔で朝食をとっている。その朝食とは、まんぷくラーメン。敗戦の傷には、やはり母性とラーメンである。


 このように見ていくと、幸がレオナルドと結ばれなかったのは日本の男のナショナルアイデンティティを満たすとともに、また「結婚できない」という現状を表してもいるのかもしれない。トランプと安倍晋三のゴルフ、あのとき安倍晋三がころりと転倒した様は見事に日米関係を風刺しているものだと感心したものだが、転んだ彼を励ますにはきっとラーメンを食べさせてやればいいのかもしれない。


 幸が言った「ウーマンリブ 」とはどういう意味だったのだろう。ウーマンリブとは、内閣を始めNHKも推し進めるあの「女性活躍」に結びつけられるようなものだっただろうか。真の意味で、女性が解放される、とは。

ここまで読めばまあわかるだろうが、私はつまり「まんぷく」の悪口を言いたいのだ。高度経済成長を美化するような風潮、ありもしない”伝統家族”像を押し付け、「女性活躍」という名のもと都合よく国家に女を取り込み搾取するようなことは勘弁してくれ。 クレヨンしんちゃんオトナ帝国じゃないがヒロシの靴下の臭いを嗅いで目を覚まして欲しいこのマザコン、といった気持ちである。
幸と同じように、私たちにもまもなく、オリンピック、万博がやってくる。
大ヒットしたあの本のタイトルをここで。さっちゃん、君たちはどう生きるか。

さっちゃんロス。

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