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Tに寄せて

あいつとの初対面は、劇場前の喫煙所だった。
初っ端からパーラメントについて語られて、なんだこいつは、と思った記憶がある。
いつのまにか仲良くなって、水曜どうでしょうとラーメンズの話をよくした。
雑すぎるフリにも必死で喰らいついてくる珍しい人間だった。
ごくたまに暴走するけど、いつも周りをよく見ている奴だった。
その上で自分の立ち居振る舞いを決めていた。
めちゃめちゃいい奴なのに根底には劣等感が息を潜めていて、いつも誰かを必要としていた。
あいつはいつも、「みんなのための自分」で居たがっていた。
そして、「みんなのための自分」としてのあいつの振る舞いは、超一流だった。
あいつほど、場の雰囲気をまとめて遠くまで連れて行く奴はいない。


そして本当に、あいつはもういない。


あいつとわたし。時勢もあってお互いが演劇から離れたころ、なにかの流れで恋バナをしたことがあった。
「本当は俺、みんなが思ってるような人間じゃない」
なんかそういう類の話を聞いた。
照れからか、少しちょけた口ぶりだった。
わたしは別に、大したことはないと思った。
というか、薄々そうだろうなと思っていた。
だから当然、それを知ったからといって、私の中ではあいつはあいつのままだった。

何を思って私にその話をしてくれたのかわからない。今となってはもう、確かめようもない。
でもなんだか、もっとあいつと話していたかった。「みんなが思っている俺"じゃない方の"俺」として、あいつと連んでいたかった。ウソみたいな遊び方したかった。
だってさ、恋バナは相手を選ぶじゃん。
選ぶまでが長いじゃん。
打ち明けてくれたからにはもう、同じ穴の狢じゃん。
なんでも話すよもう。
なんでも話すからこっち来いよもう。もう。バカ。

たぶん人生は長いから。
あいつが居なくなってからの長い時間を、これから生きていかなきゃいけないから。
それはきっと、あいつが居た時間より長いから。だから。
だから私は、あいつと一緒にいたあの時のことを、なるべく大事に覚えていたいと思う。

どうすれば覚えていられるだろう。
文字にするのはよろしくない。
たしかに正確だけれど、記憶としては澱むから。固まって過去になって、掘り返すための記録になるから。

なんとなく、なんとなくだけど、わたしはあいつの記憶を、場所や言葉に宿していたい。
ここに来れば、だれかとあいつの話をすれば、いつでもあの時に戻れるね、みたいな。
そうやったらなんとなく、記憶と共存できる気がして。
あいつと共に生きることはできなかったから、せめて記憶と。


わたしは、あいつを思い出しながら死に向かう。
何十年後かに会ってくれ。
ありがとうな武田。大好きだぜ。

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