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すべてはカオマンガイからはじまった

10月31日、土曜日。

次のお客さんと会うのが14時半。今の時刻は、13時。

あと1時間半。

お昼ごはんはまだ食べてなかったから、次の案内先の近くで食べようと思い、お店を探した。

Google マップで「〇〇(街の名前)、ランチ」と検索。すると、たまたま人気のお蕎麦屋さんが近くに。(蕎麦好きの私としてはとてもうれしい。)

さっそく行ってみたが、さすがの人気店。すでに列をなしていたため、断念。

もう少し先に歩けばカフェのようなおしゃれなお店があったが、そこまで歩く気力もなく。

結局、そのお蕎麦屋さんの近くにあった「インド・タイ料理」という、どっちつかずな名前のお店に入ることにした。

私は、タイ料理のカオマンガイが好きだから、それが食べられればいいや。くらいのノリだった。(好きと言っても、好きレベルでいくと7くらい。)

「いらっしゃいませ〜」と、独特なイントネーションの、おそらくインド人と思われる店員さんが笑顔でお出迎え。私もかるく会釈して席につく。店内はそれほど広くなく、全部で10名くらいが座れそうな席数だった。

隣には、たぶんこのあたりに住んでいるだろう20代前半のカップル。正面には、この時間から焼酎を頼んで、もうすでにできあがった様子の50代くらいの男性が一人。平日にお酒なんて羨ましいな〜、なんて思っていたが、よく考えたらこの日は土曜日で、むしろ昼飲みしていないのがおかしいくらいだったことを、今この文章を書きながら思っている。

カオマンガイを頼むつもりではいたが、一応メニューを確認。

するとなんと、カオマンガイが、ない。
9割がインド料理(正確には全てカレー)。タイ料理は、「絶対これ日本じゃん」という、チャーハン(もはや中華か?)と書かれたものと、豚肉を炒めてご飯にのせただけの料理があった(名前すら覚えていない)。

もし、この時友達と一緒に入店していたら「ちょっ、カオマンガイないじゃん!!」と声に出して言っていたと思う。

私は、思考が停止した。

カオマンガイの気分で入店したから、頭の中は「カオマンガイ」の6文字で埋め尽くされていて、まさか他の料理のことを考える事態になるなんて想定していなかった。

だけど、もう入店しちゃったし…水も出してくれたし…ここで出るのは流石に申し訳ないよな…とか色々考えてた。

そこで、とりあえず「もし、この世にカオマンガイという食べ物が存在しないとしたら」という定にして自分を落ち着かせることにした。

「ある」を前提にするよりも、「ない」を前提にすると、意外とハッピーなことがたくさんある気がするから。という、分かりそうで分からないようなことを言っておく。

そんなこんなで、無難にチキンの入ったインドカレーに決めた。手を上げて、店員さんを呼ぶ。

店:「ご注文お決まりですか〜」
私:「このチキンのカレーで」

よし、よく言った自分。カオマンガイの呪縛から解き放たれたぞ、と少し誇らしくなる。

店:「辛さはどうしますか〜」

あ、決めてなかった。急いでメニューの裏に書かれた辛さレベルの表を見る。

私:「2のマイルドで」

こういう時、"2"とか"普通"とか選びがちなのが、ほんと自分ぽい。

店:「ご飯ですか、ナンですか〜」

…まずい、これは辛さとかより重要なポイント。カレーをどう楽しむかはここで決まると言っても過言ではない。初めから考えておけばよかった…と少し後悔。こういう時は「普段なかなか家では食べられないものにする」という自分の判断軸がある。これは意外と役に立つシーンが多いからおすすめ。

私:「ナンで」

しかしここで質問は終わらなかった。

店:「飲み物はどうされますか〜」

あぁ、もうだめだ…。カオマンガイからインドカレーに決めることで精一杯になって満足しきっていたから、きちんとメニューの仕組みを読んでいなかった。すごく反省した。ここ最近、仕事でも最後の詰めが甘いというか、ちょっとしたミスが多い自分に、あ〜〜となっていたところだったからなおさら。もう半分投げやりになって、飲み物メニューをじっくり見ることもなく、一番上に書かれていたものを頼んだ。

私:「チャイで」

「チャイで」なんて言ったのは、人生で2回目くらいだ。人間は不思議なもので、咄嗟に判断を迫られた時は、普段発することのない言葉でも、目に入ると言えちゃうものだのだとその時実感した。今日も生きてる、そう思った。

そんな感じでようやく注文が終わり、ふぅ〜と、何か一仕事終えたかのような気持ちになった。

注文を待っている間、隣のカップルの話が耳に入る。

女:「〇〇ちゃん、〇〇から内定もらったんだって。しかも編集部。すごいよね、ちょっと羨ましくなっちゃう」
男:「へ〜、すごいね。」
女:「や、別に私も今の会社に不満はないけど〜。編集部とかってきっとキラキラしてて楽しいんだろうな〜」
男:「そうだね〜、確かにそんなイメージはあるかも」
女:「ね。けどさ、どこの職場も隣の芝は青いっていうかさ、働いてみたら思ってたのと違うことばかりなんだろうね〜。だから私もいまの職場が楽しいわけではないけど、特に不満もないしいいや〜」

テレビ:(プロジェクトエ〜〜〜〜ックス)

男:「プロジェクトエ〜〜〜〜ックス(小声)」
女:「・・・。」
私:「・・・(?)」
女:「にしてもこのカレーやっぱ美味しいね〜。けど全部食べ切れるかな〜」

テレビ:(プロジェクトエ〜〜〜〜ックス)

男:「プロジェクトエ〜〜〜〜ックス(小声)」
女:「も〜いちいちテレビの真似しないでよ〜(笑)」
私:「・・・ふっ。(小笑)」

やばい、笑いを堪えきれなかった。聞こえたかな?!と一瞬焦った。が、気付いていない様子だった。よかった。にしても仲良しだな〜、なんて思いながら話を聞いていた。

大きなナンと共に、カレーがテーブルへ運ばれてきた。お腹が空いていた私は、熱々だったがすぐにカレーを口に入れた。

「わ…おいしっ」

おいしさのあまり、ちょっとにやける。そして、黙々とナンをちぎってはカレーにつけてを繰り返して食べ進めていた。

すると、正面の男性が

客:「すみませ〜ん。この〇〇チキンと焼酎くださ〜い」
店:「かしこまりました〜、最近は出張多いですか〜?」
客:「そうだね。久しぶりに帰ってきたよ」
店:「そうだったですね〜、いつでもきてくださいね〜」
客:「ありがとう」

やりとりの数は少ないが、店員さんとの会話から、この男性は常連さんだとわかった。こういうやりとりできるお店があるってなんか憧れるな〜、なんて思いながらやりとりを聞いていた。

お酒が程よく回ってできあがった様子のその男性は、ボケーっとしながらすでに注文済みの一品料理をつまんでいた。そうか、いろんな種類の一品料理を頼むのもアリだったのか。次は私もそうやって注文してみよう。

お会計を済ませて、「ごちそうさまでした。」と挨拶をして私はお店を後にした。

…なんとも不思議な感覚だった。

穏やかな、やさしい時間がそこには流れていた。

微笑ましいやりとりや、たわいのない会話やがそこにはあった。

私がいて、店員さんがいて、仲睦まじいカップルがいて、一人飲みする男性がいて。

果たして私は、「注文に焦っている女性」なのか「隣に座る寂しそうな一人の女性」なのか「正面に座る若い小娘」なのか。

自分が他者を見るように、自分も他者から見られていると思うと、少しおもしろくなった。

一人一人、見ている世界がある。

だからもし、何かうまく行かないことがあっても、どこを切り取るか、どう捉えるかによって物語は全然変わってくるのかもしれない。

そして、いま自分が見ている世界は自分にしか見えないものでもある。

だから、「もっと視野を広げる」とかそんな言葉じゃなくて、「いま見えているものや感じているものを大切にしまっておこうよ」と私は言いたい。

いつか上書きされたとき、「ちょっと進んだじゃん」と自分に誇れるように。

ほのぼのした日常の一コマから、私はそんなことを思ったのでした。

おしまい

↑私の好きな益田ミリさんの本。共感できるところが多くて、昔から好きな作家さんです。

24歳、北海道生まれ。2022年に日本一寒い村である北海道旭川市江丹別町への移住を決めると同時に、「&SHEEP」の立ち上げを決意🐑羊を通じて、心も身体も環境もととのう、そんな新しい衣食住のかたちを発信します⛄️🏠