大阪弁護士会の「分野別登録弁護士」(仮)はほとんど何の意味もない肩書になると思います(主に一般の方向け)

1.はじめに

本稿は、おもに一般の方(弁護士でない方)向けに、大阪弁護士会が導入しようとしている「分野別登録弁護士」という制度の問題点を知っていただくことを目的としています。

と同時に、その裏面として、「こんな制度を導入するべきではない」という認識を同業の方に持っていただきたいという思いもあります。

基本的には前稿

の続編ですが、一般の方はこちらは読み飛ばしていただいても大丈夫です。


2.制度の概要

この制度は、大阪弁護士会が2019年4月から始めたいということで弁護士会内部の決議をしようとしている(2019年3月段階)ものです。

内容を詳しく知りたい方は、議案書


を読んでいただいたらいいと思いますが、まあ、わかりにくいと思いますので、私の主観を交えながらざっくり説明していきたいと思います。


3.弁護士の専門性を知りたい!というニーズ

一般の方が、「特に深い付き合いのある弁護士がいるわけではない」という状態で何か身近なトラブルに巻き込まれ、弁護士にその事件を依頼したいと考えたとします。そして、何らかのルート(昔の知り合い、知人の紹介、法テラスや弁護士会の法律相談、インターネット等)で、誰か、とある弁護士にたどり着いたとしましょう。そのとき気になるのは、まあ何と言っても、


「この弁護士は、この(自分の)事件(と類似の事件)についてどのくらい詳しいだろうか(専門だろうか)?」


ということでしょう。この気持ちは、ユーザーとして何かを依頼する立場になることを考えれば私もよくわかります。何十件、何百件と似たような事件を扱ってきたといわれれば安心感がありますし、この分野はまだ一度もやったことがなくて、といわれればちょっと大丈夫なのかな?と思います。

大阪弁護士会はこれを「弁護士の専門性に関する情報を知りたいとするニーズが、従前より高まっていると考えられる。」と表現しています。まあこれはそのとおりだと私も思います。


4.ニーズにこたえられているか?

しかし、弁護士会(日弁連)は、弁護士会の規則等で、弁護士がある分野の「専門家」である等とうたうことを規制しています。これはいろいろ理由があるわけですが、まあ一言でいうと誇大広告をさせないということでしょうか。どの程度の知識、経験、実績があって「専門」と名乗るかは難しい問題で、大した経験もないのに専門です専門ですと大々的に広告して依頼を集める人がいる一方で、本当にたくさん経験を持っている人はわざわざ広告する必要もないので表に出てこない、なんてことになりかねないわけですね。

ところが、インターネットで検索するとそういう広告サイトがいっぱい出てきます。規制がありますので正面から「専門家」とは書いてないけど、いろいろ対策して検索上位に出てくるようにしてあるわけです。

でも前述のように、そういう検索で上位に出てきたからといって、客観的にその弁護士が何件くらい実績があって、あるいはどのくらいクオリティの高い事件処理をしていて、といったことはまったく担保されていません。だいたい、件数ならまだ数えることもできますが、どの程度満足されたかなんてはかりようがありませんし、弁護士が扱う事件は、主観的にはどうにも満足されないのですが客観的にはそれ以上どうしようもなかったんですよ、といったことがたくさんあって、「顧客満足度」みたいなものをはかるのはどのみち困難です。


そこで大阪弁護士会が考えたのが、

「弁護士会がそういう統一基準を作って見てもらえばいいじゃないか!」

というプランです。

簡単にいうと、「交通事故」「労働」「離婚」「遺言・相続」という4つの分野について、弁護士会に名簿を作っておき、一定の要件を満たした弁護士がそこに登録します。そして、一般の方は、弁護士会のサイトでその名簿の情報を見ることができます。自分がみつけてきた弁護士がそこに乗っていれば、一応、一定の知識や経験があるんだろうとあたりをつけられるという趣旨です。


5.弁護士会は責任を取りません

といっても、弁護士会がへたに「この弁護士はこの分野の専門ですよ!」等と請け合うと、もし、その弁護士と依頼者がトラブルになった場合、弁護士会に、「弁護士会が専門家だというから信用したのに、なんだこの雑な仕事ぶりは!弁護士会が責任を取れ」みたいな「火の粉」が飛んでこないとも限りません。

だから、大阪弁護士会の作る制度は、「弁護士の専門性を認定する制度でも保証するものでもない」ことになっています。この制度では、弁護士は、「専門」と名乗ってはいけません。「大阪弁護士会離婚分野登録弁護士」等と名乗ることになるそうです。何なのかちっとも分からない名前ですね。

その前に、まず、一般の方がこの名簿を見るには、「弁護士会が法的責任を負わない」ことを承諾してもらうことになっているので、わざわざそんなわかりにくい名称にする必要もないんじゃないかと思いますが、とにかく弁護士会が責任を負わないようになっています。まあ、どっちにしたって責任なんか負わないんでしょうけども(法理論的にも)。


6.どんな弁護士が名簿に登録できるか

とのっけからずいぶんニーズに対して腰の引けた制度になっているのですが、じゃあ、この名簿に載っている弁護士はどのくらい安心して頼めるのかというと、名簿の登録要件はこんな感じです。

(1)弁護士登録期間が3年以上であること。
(2)保険金額1億円以上の弁護士賠償責任保険に加入していること。
(3)専門研修を登録申請前3年以内に3件以上受講すること。
(4)当該登録分野の実務経験を登録申請前3年以内に3件以上処理していること。

さて、これはその弁護士の専門性に関してどれくらい役に立つ指標でしょうか?


(1)はそもそも簡単に調べられますし、そこは嘘をつくとか誇大広告とかいう次元の問題ではありません。

(2)は、万一のときの安心にはなりますが、今どき、弁護士も(なんせ、自分が損害賠償責任を負うのはこわいですから)賠償責任保険くらい普通に加入している人が大半だと思います(もっとも、加入率は不明ですが、弁護士会はそういうことを特にアピールしません)。何なら、弁護士会が新しく制度を作るのですから、全弁護士を強制加入にでもすればいいのです。これは依頼者保護のためにいい制度だと思います。しかし、そういうことは弁護士会はやりません。


まあこういうことで(1)と(2)はわりとどうでもよくて、今回の制度の眼目は(3)と(4)です。


7.研修はどれくらい有効か

(3)の「研修」とはどれくらいのものか、というと、今のところまだ未知数なのですが、これまでの大阪弁護士会的感覚からいうと、たぶん、2時間の講義が「1件」になると思います(会の数え方でいう「2単位」)。ひょっとしたら3時間(3単位)かもしれません。

つまり、3年間で6~9時間の講義を聴いていれば(ついでにいうと、同じくこれまでの感覚でいうと、レポートを書くとか試験を受けるとかそういうこともありません。入退室時にピッとカードをかざして出欠を取るだけです)、この要件は満たすわけです。

さてこれでどの程度の「専門性」があるといえるのでしょうか?大いに疑問ですね。


8.「3年3件」の実務経験の内実

そして(4)です。3年間で3件の実績ということで、年に1件ずつやっていればいいわけです。

これでその分野についてどのくらい詳しくなるかといいますと、私の感覚では、「まったくやったことがないよりはマシ」ですが、「経験として大した役には立たない」というところです。

そもそも、交通事故、労働、離婚、遺言・相続、どの分野も、弁護士、特にいわゆる「まち弁」ならたいてい誰でも取り扱ったことがある分野ですが、どれも非常に「幅が広く」「奥が深い」もので、一般的だから簡単、というわけではありません。10件、20件とやっていっても、いくらでも知らなかったことは出てきます。そういう場合、弁護士は、いろいろ調べたり考えたりしながら事件を進めていくわけで、そういう意味ではほぼ常に1件目と同じです。

逆にいうと、1件目でも、しっかり時間をかけて調べて考えて、かつ弁護士としての基礎ができている人なら、ちゃんとそれなりの適切な解決を導くことはできます。いくらベテランでも、ちょっと気を抜けば新人に負けますし、そもそも最新の知識、事件に対する粘り、事件に投下する物量(時間)などの面では新人が優位に立つことも別に珍しくありません。

じゃあベテランには値打ちがないのかというとこれもそういうものではないあたりが難しいところですが、そういう値打ちが出てくるのは、やはり継続的に年間10件、20件というレベルでその分野を扱うようになってからだと思います。これまでに3件やったことがあります程度では正直、ほとんど意味はないと思います。

たとえば交通事故ですが、この3件には、最小限、人身事故と物損事故を1件ずつやっていること、という縛りを設けるそうです。当然ですが、人身損害と物的損害では損害の算定の方法全然違いますので、3件の経験があるといっても、自分が頼みたい事件のほうの経験は1件しかないかもしれません。

また、離婚で、子の引渡しについて争いたいという人がいても、その登録弁護士は、養育費の額とか財産分与の額しか争ったことがないかもしれません。

遺言・相続についての「3件」は、「遺言の作成」「遺言の執行」「相続財産管理人」もカウントしてよいことになっているので、極端な話、遺産分割協議や遺産分割調停の事件の経験がなくても、遺言書を3通作成していれば登録できることになっています。

そのほか、一般ルールとして、審判や訴訟は審級ごとに1件と数えていいらしいので、同じ事件を地裁、高裁、最高裁とやればそれで3件クリアです。事件の中身は同じですが。


・・・みたいなことを挙げればきりがないのですが、要するに、経験という意味では3件ではとてもお話にならないわけです。

かといって、もちろん、事件を細分化しすぎると名簿としての収拾が付かなくなります。

また、要求件数を増やせばいいかというと、これも問題です。登録要件を満たす人がどんどん減って制度として意味をなさなくなりますし、また、それだけたくさんの事件を既にやっている人は、わざわざこんな名簿に登録する必要がなく、研修をきらって登録しないということも考えられます。

ちなみに、事件の種類という点では、この名簿では弁護士の実務経験が10件を限度として開示されることになっています。なぜ10件なのかというと、たぶん、登録弁護士同士であんまり差が付きすぎたら困るという横並び意識のなせるわざじゃないかと思うのですが(ひょっとしてシステムの制約とかそういうもっとしょぼい理由かも?)、10件では書けるバリエーションも限られていますし、この人はもう何百件もやってるぞ、みたいなのは名簿では分かりません。超ベテランを探したい、というニーズにこたえる名簿にはなっていないのですね。

そもそも、事件経験はそのまま公にしたら守秘義務やプライバシーの問題がありすぎなので、かなり抽象化して書くことになっていますが、一般の方がそれを適切に読み取れるかも疑問です。


9.登録しない弁護士も大勢いると思います

だいたい、個々の弁護士の立場としては、よほど登録したことが宣伝になるか、あるいは登録していないことが不利になるかしない限り、研修を受けて申請書を書いて(取り扱った事件の概要を書くことになっています)こんな名簿にわざわざ登録する必要もないわけです。

なお、当然の前提ですが、この名簿は、登録を申請した弁護士を名簿に載せるだけであって、弁護士会の全員をランク付けするものではありませんので、登録していない弁護士は経験がないのだ、とはなりません。ものすごく大勢の弁護士が登録すれば別ですが、私の予想では、そんなに大した割合の登録は出てこないと思います。この辺は、弁護士会全体の人数と、名簿に登録された弁護士の人数を比べてみたらいいと思います。


10.まとめ

以上を要するに、この名簿に登録された弁護士に頼んだからといって安心ということはないですし、逆に、この名簿に登録されていない弁護士には安心して頼めないのかというと別にそういうこともないのです。「登録弁護士」という肩書があってもなくても、依頼の判断をするために、大した指標にはなりえません。むしろ、「私は大阪弁護士会の登録弁護士ですから」ということをやたら強調するような人のほうが首をかしげたくなります。「一応ねえ、まあ、みんな登録してるんで、私も登録はしてるんですが」くらいの人のほうが、正直、誠実だと個人的には感じます。

ですから、一般の方にとって、この制度はこれといって何の役にも立たないと思います。


翻って同業者の方に対しては、前稿に掲げた問題に加え、こういう「官製広告サイト」とも「責任保証制度」とも「研さん制度」ともつかない中途半端な制度をわざわざ(会費をつかってシステム組んで、個々の弁護士の手間暇増やして)作る意味がどこにあるのか、深刻に疑問を呈しておきたいと思います。


11.(追記)懸念されるミスマッチ

この制度が実際に稼働した場合、懸念されるのは、名簿に登録している弁護士と、名簿をみて弁護士に委任した依頼者とのミスマッチです。

前述のとおり、この名簿はあくまで弁護士が任意に登録するもので、義務ではないので、弁護士が宣伝、広告のために値打ちがあると判断しなければ登録しません。「3件やれば登録できる」となれば、経験が少なくても登録可能で公式サイトに載る名簿、ということで登録する(そして登録していることを強くアピールする)人も出てくるでしょうし、逆に、既にたくさんやっている人はわざわざ登録しない可能性も高いでしょう。その意味で、この名簿は非常に偏ったものになりかねません。

他方、依頼者サイドをみた場合、この名簿を見て、これを信用して依頼しよう、と思う人は、やはり「弁護士会の公式情報だから」ということを重んじるでしょう。専門性は保証しないとか何とかいっても結局そこに行き着きます。
そして、こういう人ほどしばしば、他の情報に目配りすることができず、「公式だから」ということに目が眩んでしまう傾向があるように思います。消費者被害などでよく見られる、「立派な肩書があるから」とか「立派な研究成果に基づいた商品だから」といった情報を鵜呑みにしてしまう構図です。しかも、弁護士の専門性などなかなか計りがたいことは前述のとおりですから、なおさら「公式」の重みが出てくるのです。

となると、要するに、この制度は、「弁護士を選別する能力に乏しい人」ほどよりいっそう、「さほどの経験もないのに宣伝・広告に使えるということで名簿に登録した弁護士」に依頼してしまう確率がアップするものではないか、ということです。逆選択っぽい話ですね。
消費者被害における「立派な肩書」などはおおむね濫用されたものですが、本制度の場合、弁護士会がわざわざそうした肩書を公式に用意するわけで、危険性はいっそう高いというべきでしょう。

※11項を追記しました(2019.3.4)





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