黒い稲妻

20代半ばでアパレルの販売職に転職したのは、その前に勤めていた編集プロダクションが徹夜や泊まり込みが多く、その反動で「決まった時間に帰れる仕事がしたい」と思っての事だった。果たしてそれは現実になったが、途方もない安月給と身だしなみに常に気を遣わなければならないという重いデメリットと引き換えになった。私はお洒落や着飾ることに対して人並みかそれ以下の興味しかなかったのだ。

勤務していたルミネの社食で、うどんとかそばとか安いメニューを頼んでは埋まり切らない空腹をいくらか紛らわしていた。定食はちょっと高いからだ。
ある日、一緒にお昼休憩に入った同僚のAさんがレジ横にある小さなお菓子を自分のトレーに乗せてお会計をしていた。なんだろうなと思った。それがブラックサンダーとの出会いだった。
その後、お金は無いが甘いものは食べたいという欲求をたった30円で満たしてくれるこのお菓子に、さんざんお世話になった。お昼休憩のときに社食のトレーにちょこんとのせることもあれば、帰り道のナチュラルローソンでナチュラルローソンらしい商品には一切目もくれず、ブラックサンダーをわしっとひと掴み買って帰って毎日少しずつ食べたこともある。
あれはチョコレートという体裁だが、どう考えてもクッキー(ビスケット?)の割合が多く、ジャリジャリとした独特の食感と手加減のない甘さがたまらないのだ。チョコでもない、ビスケットでもない何か。ブラックサンダーというひとつのジャンルなのだろう。

あれから10年以上が過ぎて、おかげさまでブラックサンダー以外の甘いものも選べるぐらいには、日常の嗜好品に選択肢を持てるぐらいには生活にゆとりができた。本当はチョコレートは口どけがよいものが好きだ。生チョコを見つければ迷わず生チョコを買う、そんな私だ。
でも時々、あのジャリジャリとした食感がふいに恋しくなって、ブラックサンダーを3つ買う。3つ買っても100円でおつりが来るのである。なんてお財布にやさしいお菓子なんだろう。
優雅さやシズル感とはかけ離れたジャリジャリした音を口いっぱいに鳴らしながら、その手加減のない甘さにほんのひととき、シビれる。手のひらサイズの、黒いしあわせの稲妻。
ブラックサンダーとは何か、と聞かれたら「ともだち」が一番近い答えかもしれない。たしかにあの頃、私にとって一番身近な心の支えだったのだ。

宮益坂ナズナ

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