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早朝の小さな幸せ

「せっかくだし今から川越でも行かない?」
午前0時過ぎ、互いに眠れず話をしていた知人からそんな誘いを受けた。車で1時間20分程離れた場所に住んでいる知人からの誘いであったが、眠れずに目も冴えてしまっていた僕は二つ返事で了承し、車を走らせた。ゴールデンウィーク真っ只中という事もあり、深夜の道路は交通量も少なくスムーズに車は進む。お気に入りのZARDの曲を聴きながら車を走らせ段々と増えてゆく街明かりに思いを馳せる。

振り返ってみると人の縁とは不思議なもので、この知人とは高校時代からの繋がりだ。互いに写真部に所属し、カメラをやっていた。と言っても学校は同じでなく、他校と合同の展示会で知り合った。しかも会場で直接喋った訳ではない。彼女の撮る明るくもどこか儚げな雰囲気の写真に一目心を奪われて「素敵な写真だ」と思った。その後、SNSで同じ写真を見かけてフォローしたという訳だ。僕はその展示会で写真の表彰と講評を受け、SNSにも同じ写真を載せていたので彼女はすぐに「あの写真の人だ」と認識したのであろう。そう時間を置かずにフォローが返ってきた記憶がある。
SNS上で絡む機会は多々あったのだが、高校を卒業して専門学校へ進学してから私生活の変化もあり、多忙な日々で繋がりは希薄になってしまった。
高校を卒業して8年経った頃、紆余曲折あり絡みが増えて、その年の4月に初めて顔を合わせる事になったのだ。「初めまして」というのも変だが、「久しぶり」と言うのもまた変な感覚である。
そんな不思議な出会いから約1ヶ月、互いに色々な話をする中でノリと勢いで深夜に出かけるような事が多々あった。

この日も小説の話をしていて、彼女の持ってるお気に入りの小説に僕が興味を持ったのをきっかけに「興味あるなら今からウチに本借りに来ない?」なんて話になった。互いに写真趣味の経験もあったので「せっかくこっちまで来たし、ついでに写真撮りに川越でも行かない?」という話になり、彼女の家の最寄り駅で合流して今度は川越へと車を走らせた。川越に着いたのは深夜の2時を少しまわった頃だった。
「小江戸川越」と謳ってるように川越の街には古い街並みが残っていて埼玉県随一の観光名所である。僕も何度か訪れたが、メイン通りだけでなく細い裏路地のようなとこまで人々の話し声で賑やかだった。しかし深夜ともなればそんな観光地も静けさと暗闇に包まれている。メイン通りは街灯こそあれど人の気配はほとんどなく、道路の両脇にずらりと並ぶ古めかしい建物がオレンジ色の灯りに照らし出されて異様な雰囲気を醸し出している。その両端から伸びる路地裏はまるで異世界とを繋ぐ暗い渡り廊下のように思えた。静けさと暗闇に包まれる川越の街が不気味に見えつつも美しく、写真を撮っては歩き回った。まるで眠っている街を2人で探検しているかのような気分だ。
どれだけ歩き回っただろうか、ふと空を見れば、先程まで真っ暗だった空が藍色に変わり始めていた。楽しくて時間を忘れていたが、気が付けば午前4時を回っていた。「せっかくなので明るくなるまで居ようか」なんて話をしながら歩いていると、ふと街頭に照らし出された猫のシルエットが目に入った。誰かの家の飼い猫なのか、人慣れしているのか、はたまた宅急便の途中なのかわからないが、こちらの様子を伺っているような感じはしたものの、ある程度近付いても逃げなかった。早朝の薄明るい時間帯に街中で見る猫のシルエット。アニメやドラマ等でありそうな光景を目の当たりに出来て少し得をしたような気分になった。
空が明るくなるにつれ、ジョギングをする人、自転車でどこかへ向かう人学校増えてきた。朝を迎えてだんだんと街も目覚め始めた、夜中の街探険も終わりの時間だ。
車へ戻り、彼女を家まで送り届けるべく車を東の方角に走らせる。運転していると空が薄いオレンジ色になり日の出の時間を迎えた。この頃の僕はかなり病んでいて、季節の移り変わりを実感してしまうので昼間に外出するの嫌い、外に出るのは専ら夕方以降か夜が多かった。故に日の出を見るなんて久しぶりだったのだ。
やんわりとオレンジ色から水色へと変化していく初夏の朝の空。そして大空へ群れを成して飛ぶ鳥達、昇ってきた朝日に照らされて発生した川霧、薄水色でまだ空気の澄んだの空に浮かぶ遠くのビル群や山々。そんな光景を見て心にぽっと火が灯るようなそんな感覚を覚えた。すっかり闇の住人と化してた僕は「世界とはこんなにも美しいものなのか」と感激をし、日常の中にある「当たり前」も角度を変えてみれば小さな幸せになるのだ、何事においても捉え方次第で楽しい事になるのだという事を思い出させてくれた。そしてこの素敵な気持ちに巡り合わせてくれた不思議な縁に感謝をした。不思議な縁で繋がった知人も、今では色々な話をする良き友人である。幾つもの朝焼けを見れど、暖かな気持ちに気付かせてくれた初夏の朝の光景を今でも鮮明に覚えている。

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