本州最北端奇譚 《20・・/05/10》

 地方都市で魔術師をするのは、楽なことじゃない。
 それでも私、シナ・ノレッドがこの街で魔術師稼業に勤しんでいるのは、

 簡単なことだ。
 そういう任務だからである。


「……、……」


 日本本州の最北端、青森県H市。
 海に面した都市地域(※地方比)である。住みたい街ランキングに名を連ねるようなランカーどもとは比べる余地もないが、一応この街も、都会らしい体裁を取り繕っている。

 まず、ビルがある。
 コレの有無が「都会と田舎を分ける大前提の部分」だというのは、疑う余地もないだろう。
 ヒトが少ないようなところなら見栄以外の理由で建物を縦に積み重ねる理由はないし、見栄一つでビルを建てられるような金持ちの自治体は、仮に村民が10人だとしても都会である。……少なくとも、そんじょそこらの「都会民」よりはよほどパワーのある10人だ。都会が適切でないなら、私から彼らには梁山泊という名前を代わりに送っておこう。

 いや、そもそもそんな村はないのだが。閑話休題。
 我が街を都会と定義する理由。これは先ほどの一つと合わせて、大別して「二つ」の根拠がある。

 ビルがあることと、
 そして、――「訛り」がないこと。

 この街の中心部に根付く人々には驚くほどに訛りがない。これがもっと景気よく田舎臭いような田舎であれば、SNSで日々東京弁に慣れ親しんでいるはずの若者たちですらドロンドロンに訛っているものだ。それが無く、それどころか、この街は大人も、おじいちゃんも、おばあちゃんもほとんど訛っていないのである。

 さて、私ことシナ・ノレッドは、名前の響きで分かってくれているかもしれないが女の子である。ただし偽名だ。この名前は、私がこの街に来て最初に美味しいと感じた「とある食べ物」をモジったものである。

 しかしながら、偽名をカタカナで用意するだけあって私はこの国の生まれではない。髪は赤いし目は碧。肌の色も違えば体臭も違う。この街から少し北に行けば私のような異邦者が珍しくない街もあるのだが、残念、私の工房はここにある。
 冬にはタイヤの背丈ほども雪の積もるこの地域での片道数十分の運転を、見た目と文化の疎外感を払拭するだけのために日々のルーティンワークにしたいとは全く思えない。

 そもそも、魔術師とは孤独の生き物だ。
 諸兄らも、身の回りで魔術師を名乗る人間に出会ったことはないだろう? 魔術師はみな、孤独を愛しているのである。


「……、……」


 そんな私、魔術師シナ・ノレッドもまた孤独を愛する女だ。
 孤独を愛し、浮世を愛し、俗世を嫌い、ラーメンを愛す。
 ……特に最後のは重要だ。ラーメン、ラーメン。ラーメンである。私としては、孤独とラーメンどちらを取るかと聞かれればラーメンを取る。ただしそんなことを聞いてくる奴はいないので、私は今日も、ラーメンと孤独を同時に摂取することが出来るのだ。

 H市北部の、とあるつけ麺屋に私は並んでいる。
 地方過疎化の憂き目を浴びる本州最北端地域の人口集中部。集中なんて言っても、荒野から引き抜き集めた雑草の集積程度でしかない人口密度ではあるが(悪意はないゾ)、それでもこの店の外には行列があった。

 長蛇、とまでは言えまい。蛇の舌も良い所だ。
 行列というのはそもそも、「人気・オペレーティング・客層」の三つの構成によって成り立つものだが、それで言えばこの店は役満だ。

 まずは、圧倒的な人気。この街の住人に「この辺りで一番うまいラーメン屋は?」と聞けば、少なくない数の人間がここだと答えるだろう。先に断っておくが、この街の人口:ラーメン屋比率は大体渋谷と同等くらいをイメージしてほしい。たぶんそんなには無いだろうが、それでも街一つの規模でラーメン激戦区であるのは間違いないのだ。

 そんな街において確立されたネームバリュー。これが行列の「材料」の一つにして筆頭。これに加えてオペレーティングにも行列を作る理由がある。
 ただし、接客が悪いなんてことは全く無い。愛想を振りまくようなモノではないが、いぶし銀然とした態度で以って、彼らスタッフは最速で動き続けている。手抜かりはなく、雑さもなく、洗練された動きだ。それでもオペレーティングを役満の構成要素とするのは、……ただ単にこの店がつけ麺屋であるという部分だ。

 つけ麺とあぶらそばがこの店の柱である。どちらも、野太く力強い麺の味で楽しませるものだ。そして麺というものは、当然ながら太ければ太いほど湯で時間が長い。
 着席から食事が届くまでに待ちくたびれるというほどではないが、この店にもそういった「つけ麺屋だからこそ回避できないしすべきでもない問題」はあるのだ。

 そして、最後の一つ。
 これこそが、役満だから関係はないんだけど裏ドラも乗ってる超激アツ牌、「客層」だ。

 というのもこの店、カウンター十数席とテーブル一つという横に長い造りをしているにもかかわらず、来る客の大抵が複数人なのである。しかも五組に一つが親子連れだ。この場合、特に家族で来た場合などは、全員が食事を終えるまで席を立つことはないだろう。……友人同士の連れ合いなどであれば「私語厳禁」じみた店主のいぶし銀オーラによって、お喋りで退席が遅れることはないだろうが、それでも退店は全員一緒にだ。これは私が真なる都市部に住んでいた時に〇郎に毒されただけのことなのかもしれないけれど、食ったら出ろとすげぇ思う。特に私が並んでるときはマジで思う。「いま目が合ったよな並んでる私とよォ、そこの良いパパですよーみたいな顔してるおっさんよォ」と何度胸中で呪詛を吐いたか分からない。なんなら腹減ってる分二倍吐けるんだ、いつもより。


「……、……」


 閑話休題。
 ……する前にこれは明言しておくが、私のプロポーションは悪くないし体臭も口臭もフレグランスである。うら若き乙女がラーメン道を歩むと決めたなら、その生には悲壮なる覚悟と熾烈なる責務が常に共にある。運動は当然として、私はけっこう美容に手間暇お金をかけている方だと思う。

 ってことで閑話休題。
 私は今、そんなつけ麺屋に外並びしているところである。

 季節は梅雨。じっとりとした湿気はあるが、それが蒸し暑さに転じる気温ではない。昼頃の天頂の日差しでこれなら、夕方には上着を羽織った方がいいかもなくらいだ。

 中の客がまた一人店を出て、私の前の待ち客が入れ替わり中へと這入った。私は、外待ちの最前列となる。
 ……擦り戸のガラス越しに中を見てみると、中待ちするスペースにはあと一人分の空きがあった。

 ついでに言えば、カウンター客らの後ろ姿。
 ――今日は、そう待つハメにもならなさそうである。


「……、……」


 財布を手に、券売機のボタンと食べたいものを脳裏に浮かべて、
 私は遂に、つけ麺屋の中へと歩を進めたのだった。


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