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吉田実代 鹿児島のヤンキーがボクシング世界王者になるまで

©︎喜島弘章 / HIRO KIJIMA

現IBF女子世界バンタム級王者・吉田実代インタビュー。MMA、キックを経てニューヨークにわたり2階級制覇するまで波乱万丈な格闘技人生(聞き手/ジャン斉藤)

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――ニューヨークはいま何時なんでしょうか?

吉田 こっちは朝の9時です。

――朝早くからすいません!今日のご予定はどんな感じなんですか?

吉田 今日は日曜日なんで、このあとは知り合いが車でニュージャージーのほうまで案内してくれるということで。娘と一緒に行く予定です。

――吉田選手は1年半前から8歳の娘さんとニューヨークに渡ってボクシング活動をされていて、昨年12月にIBF女子世界バンタム級王者に輝きました。その活躍は「戦うシングルマザー」としても報道されています。プロレス格闘家には波乱万丈な経歴の選手が多いんですけど、ボクが取材してきたかぎり、吉田選手ほどのストーリーの方はなかなか……。

吉田 そうですか。いままで隠してるわけではなかったんですけど、話を始めると長くなるから「これはもう言わなくてもいいや……」みたいになっちゃって(笑)。

――吉田選手がニューヨークで2時間近く講演された映像も見させてもらったんですが、いろいろと衝撃的でした! MMA、キックやシュートボクシングを経てボクシング世界王者になるまでも圧巻なんですが、まず格闘技に出会うまでがディープすぎて。

吉田 こないだも取材を受けて、幼少期からのことを話したら、けっこうセンシティブなところはカットされてましたね。

――ああ、そうなりますよね……。

吉田 自分の半生を本にするかもしれなくて、その練習も兼ねてこうやって過去の話をしているところもあります。出版社からのオファーはお待ちしてます!

――それはぜひ読みたいです!

吉田 ニューヨークに来て思ったのは、アメリカのボクサーって本当に波乱万丈な人が多いから、自分のことも話しやすくなってるかなって。

――共感できるところがあるわけですね

吉田 そうなんですよ。みんな自由だし、自分の個性を持ってるし、誰に何を思われようと気にしてないから、そこに感化されて。私も本当の自分のことはべつに隠してきたわけじゃないけど、最近はちゃんと話したいと思うようになって。それくらいこっちには壮絶な人生を送ってきた人ばっかりで。もちろん恵まれた人ももちろんいるんだけど、まず日本に生まれてよかったなって(笑)。

――日本に生まれたこと自体が幸せ!

吉田 ホントに。日本に生まれて恵まれてる。私、日本人でよかったなって思います。

――でも、吉田選手は幼少期の頃から苦労はされてるじゃないですか。

吉田 父親はかなりファンキーな人間で。私が生まれた当時は会社を経営してたんですけど、その前はいろいろとあった人みたいで。ほとんど家に帰ってくることがなかったらしくて、私が3歳の頃に離婚してるんですけど。父親はそのあとも結婚と離婚を繰り返すような感じですね。

――講演会ではもうちょっと具体的に語られてましたけど、かなり破天荒な方だったみたいですね。その後、お母さんがスナックで働いて家計を支えたために、吉田選手はお兄さんと一緒におばさんの家に預けられていたそうですが、気が休まるときがなかったみたいで。

吉田 自我が強い気ぃ遣いみたいな感じでしたね。「あれ、まずかったかな」「言い過ぎたかな」とか1人反省会をやったり。お兄ちゃんがそういう環境がイヤでお父さんのところに行っちゃいました。

――自分の将来はどう考えてたんですか?

吉田 あまり恵まれてない家庭だったから「大人になったらこうなろう!」ってイメージしてました。自分の家がめっちゃボロかったんで、テレビで白金の豪邸みたいなところを訪れる番組を見ながら「うわ~、いいな。いつかこんなに家に住む!」みたいな(笑)。中学の頃から、いざ社会に出ても親に頼ったりしないで自分ひとりの力で生きていこうと決めて。だから中学の途中で働き始めて、自分で収入を得てたんですよね。学校も行ってなかったですし、フラフラしてるなら働くかって感じで。

――中学校はどうして通わなくなったんですか?

吉田 さっきも話したようにお兄ちゃんが小学校の途中でお父さんのほうに引き取られてたんですけど、グレにグレて捕まったりしてて。お父さんは再婚したこともあって、お兄ちゃんが「こっちに帰ってきたい」と。それで戻ってきたんですけど、そこから家がたまり場になっちゃったんですよ。もうぐっちゃぐちゃになっちゃって、私も家に帰りたくないみたいな。それが中1だったかな。従兄弟の家にまた預けられて、転校することになったんだけど、新しい学校の先生から「オマエ、すごいワルらしいな。転校したんだからちゃんとやらないとダメだぞ」みたいに言われて。家庭環境の問題で転校したのに「ああ、もうこの学校に行くのやめた」と。それから全然行かなかったですね。卒業式にも出てないです。

――ワルではなかったんですか?

吉田 うーん、完全にワルでしたけど、悪いことをしてない(苦笑)。

――ハハハハハ!

吉田 友達はワルだし、彼氏も悪いんだけど、私だけは悪いことはしないみたいな。

――わかります!「悪いことをしないワル」っていますよね(笑)。

吉田 違法行為をしないワルです(笑)。だから警察の人からも何か情報を教えてみたいな感じだったし、「オマエはすごく心がしっかりしてるから、ここにずっといたらダメだよ」みたいな感じで言われて。

――ラインをはみ出しながら、ギリギリで踏みとどまっている感じですかね。

吉田 だからなのか普通に憧れすぎてて、全然普通にじゃないのに「私、めっちゃ普通だから!」みたいに言っていて(笑)。

――正直、普通じゃないです!(笑)。

吉田 めっちゃ普通に憧れすぎてて、なんか普通というものをちょっとつくろいすぎてましたね。そうしないと友達がいなくなっちゃうかな、と。大人になってから親友に「そんなことで私たちが嫌いになると思う?」と怒られたわけじゃないですけど。たしかに自分の友達がこういう家庭環境で育ったと言われても「……え?」って引くことはないのに、そう思っちゃうところがやっぱり幼少期の傷なんだろうなって思うんです。

――話を戻すと、中学卒業後はひとり暮らしで働きながら通信制の高校に通われて。

吉田 小学校からやってたソフトボールがけっこう認められていたから、推薦で高校に行ける話もあったけど、途中からずっとやってないんで。

――部活でイジメがあったんですよね。

吉田 ソフトボールで1年生からエースだったんですよ。お母さんが働いてるから試合のときに送り迎えはできないんだけど、監督が事情を理解してくれて配慮してくれたり。それが先輩からは特別扱いされていると妬まれたんでしょうね。グローブを隠されたりして「あ、もういいや」ってやめちゃいました。それにソフトボールで高校に進んでも、そのまま大学に行けるかわからない。時間の無駄だから働いたほうがいいなって。

――現実的というか、何かに期待できなかったんですねぇ。

吉田 そう。めっちゃ現実的な子供だったと思います。どうせソフトボールで生きていけないのなら頑張っても意味ないなって。だったら自分の好きなものを早く探そう。そのためにお金が絶対いるなと思って、高校に行きながら、いろいろバイトしましたよ。引越し屋さん、お好み焼き屋さん、18歳になったらママさんがいるラウンジで働いたりとか。

――夜のお仕事ですね。

吉田 18歳から20歳まで働いてたけど、「うーん……」みたいな。大人のいいところと悪いところ、どっちも見れた。いろんな人が見れてめっちゃ勉強になってよかったし、そのときに会ったお客さんでお坊さんが手相を見れるってことで、私の手を見たら「すごくもったいない。めちゃくちゃいい手相なのにアンタは全部、他人のせいにしてる」って言われて。たしかに家庭環境のせいで学校に行かなかったり、意地悪されたから部活をやめたり、全部他人のせいにしてる。そのお坊さんがすごくいい人だったこともあって、その言葉に感化されちゃって「他人のせいにするのやめよう」って自立に拍車がかかりましたね。それで20歳までに好きなことを見つけようと思って、ダンスをやったり、いろんなものやったんだけど、なかなか「これだ!」ってものが見つからなかったんです。あと3ヵ月で20歳だってときに友達とデパートに買い物に行ったら、海外留学のポスターが貼ってあって。いつも見てるポスターだったと思うんですけど、そのとき20歳まで期限が迫ってるから、その瞬間「あ、見つけた!海外だ!!」みたいな。

――それまでは鹿児島にいたわけですけど、目についたのは海外なんですね。

吉田 東京とかは正直……みんな東京に行ってるし、上京しても私は何も変わんないなと思ったんです。たぶんキャバクラとかで働く自分の未来図が……。

――東京も鹿児島と変わらないと。

吉田 その道を極めるとか本気で思ってはなかったし、そこまで向いてないのもわかってたから違うなあと思って。人間関係からガラッと変えたかったんです。人生を変えて、自分自身も変えたかった。だったら海外に行くしかないと思って、いろいろ調べてやってたらハワイの格闘技ジムに住み込みできる留学を見つけて「これだ、格闘技だ!」みたいな。学歴もなく、語学もできない。得意なものが唯一、身体を動かすことだけだったから、20歳のいまからトップを狙えるのはなんだろう?って。

――でも、格闘技経験はないんですよね?

吉田 なかったです(キッパリ)。謎の向上心はめっちゃあるんですよ(笑)。

・巣鴨のマッハ道場
・MMAからキックへ
・女子シュートボクシング黄金時代
・反対されたボクシング転向
・妊娠、活動休止、離婚
・JBCに認められるまで……1万字インタビューはまだまだ続く

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