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早稲田大学立て看板問題について

⑴250人にむけての問題提起
2018年7月6日、早稲田大学にて絓秀実と外山恒一のトークショーが開催された。絓秀実といえば著名な批評家であり、最近その主著である『革命的な、あまりに革命的な』がフーコー・コレクションやニーチェ全集などを揃えるちくま学芸文庫に加えられたばかりである。対して、外山恒一は「政見放送」で有名な政治活動家である。その知名度はそこらの国会議員を上回るといっても過言ではない。絶妙な組み合わせで著名人2人を呼んだことにより、トークショーは大盛況であった。学生運動や2001年の地下部室撤去反対闘争という、現代の大学では全くウケなさそうなテーマであるにもかかわらず、早稲田大学14号館403号室は定員をオーバーする250人の熱気に終始包まれていた。

 トークショーが大盛況でもって終わりをむかえたとき、ある学生が突然教壇にあがり、演説を始めた。その学生は親之脛囓郎という突飛な名前を名乗り、奇怪なものを見るような視線を集めていたが、彼の表情はいたって真剣であった。
彼は、早稲田大学の伝統である立て看板が実質的に規制されはじめている、と述べた。そのとき配布されたビラには、「当局テメェら汚ねえぞ 未来は自分のもんだ」という威勢のいい文句と共に次のように書かれている。

この怪しげなビラを手に取ってくださった早大生の諸君!!
我々は「早稲田の馬鹿らしさとタテカンを守る会」である。
諸君、いま我らが早稲田の立て看板が当局の規制により脅かされているのを知っているだろうか!

こうした導入に続き

・諏訪通り沿いの立て看板は、8月2日の強制撤去後、11月末まで設置禁止
・工事終了後、諏訪通り沿いの立て看板はキャンパスの外からは見えなくする。

という内容が公認サークルの幹事にメールで伝えられたことが記載されていた。親之脛囓郎が絓秀実と外山恒一のトークショーで大々的に行った呼びかけが早稲田大学立て看板問題に対する学生たちの行動の始まりであった。


⑵早稲田大学立て看板問題が問題である所以
 現在、SNSなどで京都大学の立て看板問題が話題になっている。京都市の景観条例を根拠に大学側が学生たちの立て看板を強制撤去することを決定、そして、それを実行した。それに対して学生たちが機転を利かせた立て看板を、大学側の強制撤去にも負けずに、次々と設置し続けていることが注目されている。では、早稲田大学立て看板問題も京都大学の立て看板問題と同列に語れるのだろうか?

答えは半分Yesであり、もう半分はNoである。

条例を根拠に立て看板が規制されるという点では早稲田大学も京都大学と同じ状況にある。しかし、早稲田大学立て看板問題は京都大学ほどシンプルな図式で語れない。早稲田大学立て看板問題も条例がきっかけで生じた問題ではあるものの、京都のように立て看板そのものが問題になっているというわけではない。

 早稲田大学の場合、新宿区の「みどりの条例」のため、戸山キャンパス(学生たちはこのキャンパスを「文キャン」と呼ぶ)の諏訪通り沿いのフェンスを撤去せざるをえなくなったのである。言ってしまえば、立て看板そのものが条例によって否定されたわけではなく、立て看板を立てるためのフェンスが撤去されてしまうことになったのである。大学側の説明によれば、「みどりの条例」では、ある一定程度のサイズの建物を新設すると、その建物を含む施設の接道部分を緑地化しなければならない。すでにこの条例に従って早稲田大学は接道部を緑地化していて、現在政治経済学部が入っている3号館が建設された際に早稲田キャンパスの接道部における緑地を設置した。大学側からすれば、今回もそのときと同じく条例に従って諏訪通り沿いを緑地化するつもりだったのだろう。

 しかし、諏訪通り沿いは立て看板が立てられる場所の中でも人目につきやすい場所であり、立て看板設置場所としては申し分ない場所である。つまり、学生にとっては貴重な立て看板設置場所を奪われたことになる。学生からすれば実質的な立て看板規制になるのだ。

 以上のように間接的に条例によって立て看板が規制されることが早稲田大学立て看板問題を難しくしている。では、学生たちはどのような論理でもってこうした問題に立ち向かっているのだろうか?


⑶学生側の論理
「僕らはフェンスが大好きなわけじゃないんです」とある学生はことあるたびに口にする。彼は先述の絓秀実と外山恒一のトークショーに参加していた学生のうちの1人である。彼は次のようにいう。

 「僕らはフェンスが大好きなわけではなくて、仮にフェンスが撤去されても、従来通り、道路に面して外向きに立て看板を立てられることが保証されるなら、フェンスの撤去そのものに反対しなくてもいいんだけれども、今の段階ではそれが認められていないのだから、フェンスの撤去に反対せざるをえない。」

 この学生はもしフェンス撤去後も今まで通り、立て看板が立てられれば、フェンスの撤去を認めるという。この学生を含む幾人かの学生は2018年8月3日に大学側に要望書を提出した。その要望書の内容を掲載する許可を得たので、部分的に修正と省略を加えたものをここに載せる。

戸山キャンパスにおいて進められている「早稲田アリーナ」の新築工事に伴い、これまで諏訪通り沿いに設置が認められ、キャンパス内外に向けて主として学生の自主的な課外活動を周知する存在であった立て看板が、キャンパス内部からしか見られなくなるという規制が、早稲田大学学生生活課の連絡により私たち学生に判明しました。しかし、私たち学生としては、この規制に対して全く納得していません。理由は以下の 3 点です。
1、立て看板がキャンパス内部からしか見えないのでは、戸山キャンパスを利用する人以外 (他のキャンパスの学生・教職員、地域住民の皆様)の目に触れる機会が無くなる。
2、学生に向けた立て看板規制に関する連絡が、あまりにも遅く、杜撰である。(学生生活課から一部学生(公認サークル三役のみ)に向けて立て看板規制に関する最初のメールが届いた時点で、既に工事の約 80~85%が完了していた。しかも、そのメールは、タテカン設置権利者である全早大生約 53,000 名に送られるべきであったにも関わらず、実際には 約 1,800 名(公認サークル三役)のみにしか送られていなかった。また、そのメールには 立て看板を規制する根拠が記載されておらず、新宿区の「みどりの条例」改定に基づくという点は、学生がキャンパス企画部、学生生活課の両者に問い合わせて初めて判明。)
3、立て看板規制の是非について、キャンパスを共有する存在である学生・教職員と対話する機会(説明会、意見交換会など)は、工事着工の平成 28 年 2 月以来、一度も開催されていない。これでは早稲田大学は自主性・多様性の尊重を謳っているにもかかわらず、学生の自主性や主体性を尊重せず、学生・教職員と対話する意思がないことになる。
以上の点を踏まえ、私たち学生は、貴殿に以下の要望をいたします。

1、従来通り、諏訪通り沿いの立て看板が、道路に面して設置され、キャンパスの外部から明瞭に確認できる状態を確保すること。
2、諏訪通り沿いのフェンス撤去工事は、学生・教職員と大学側の対話の機会(説明会など)が充分に持たれ、双方の間で立て看板規制の是非について意見一致がなされるまで延期すること。
3、2 に関連して工事の延期が難しいのであれば、接道部の緑地帯においても1で述べた状態を確保するため、早稲田大学キャンパス企画部は新宿区と再度交渉すること。なお、その交渉の妥当性については、学生・教職員の合意がなされるまでは保証されない。(以上、学生たちが提出した要望書より)

 要約すると、「工事後に立て看板が設置できなくなるのにもかかわらず、学生に対する連絡が杜撰で、大学側のこうした行動は学校の理念と反している」と問題視し、「学生と大学側の意見が対話によってまとまるまで工事を延期するか、もしくは新宿区と交渉して現状維持を保証すること」を要求している。

 彼らによれば、この要望書に対する返答は8月6日17時現在のところない。
だが、彼らの窓口になった学生生活課はこの要望書をしかるべきところに提出することを約束した。学生たちはこの要望書に対する大学の出方をうかがっている。


⑷表現による問題の周知
 学生側が要望書を大学側に提出したことで、8月6日現在、早稲田大学立て看板問題はひと段落し、学生側は静観状態に入ったかのように見える。その一方で、学生側は常に問題を「表現」することによって、この問題を多くの学生に知ってもらえるように努めてきた。このnoteの見出し画像は8月6日に早稲田キャンパスの南門に掲げられた立て看板の写真である。このようなかたちで学生たちは問題の周知を進めている。

 また、学生生活課が要望書をしかるべきところまで通すことを約束し、学生側は出方をうかがっていると書いたが、このように書くと学生たちの態度があまりに消極的に思えるかもしれない。しかし、その態度には根拠があるように思われる。学生生活課は学生側の行動を把握している、と思えることが起きた。学生側が問題提起をする看板を諏訪通り沿いに立て、立て看板問題を大学側に認知されるかたちで提示したのちに、学生生活課は「諏訪通り沿いには今後立て看板が設置できなくなる」という内容のメールを全学生に送信したのである。このメールによって事実としての「立て看板が置けなくなる」ということは全学生に知れ渡った。こうした経緯がある中で、要望書を受け取った学生生活課の動きは注目に値する。

 第三者からすると、要望書に書かれた内容を大学側が履行するのは難しいと思うかもしれない。しかし、学生側の働きかけは現時点である程度の成功をおさめている上に、もしフェンスが撤去されたとしても諏訪通り沿いに立て看板を今まで通りおけるようにする交渉もしており、大学側もそれに関しては否定的でない。ただし、現時点では具体的に何かが決まっているわけではない。早稲田大学立て看板問題は始まったばかりである。

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