宝箱のスクリプト
黄色い服を着たちいさな男の子が、こちらを向いて、笑っています。
保育園でしょうか。黄色い壁の、何もない、広い遊び場にいるみたいです。後ろで、ピンク色の車のおもちゃを走らせている女の子がいます。
男の子は後ろを向いて、遊びに混ざるわけでもなく、ぼーっとしています。
何も考えていないようです。ただぼーっと、上の方にある窓の外を眺めています。
もしかしたら、この子は、何も考えていないのではなく、考えることができないのかもしれません。
まるで、記憶をすべて海の底に沈めてしまったかのように。深い深い海の底に。
白いクジラが泳いでいるところより、もっともっと深く、宝箱が沈んでいきます。
あっちに揺れながら、こっちに揺れながら。旅を楽しんでいるようです。
そう。決して開くことのない宝箱が、まるで生きているかのように、エンゼルフィッシュたちや、イワシの群れと戯れて、上へいったり、下へ行ったりするクラゲを見送りながら、海の底までの旅を楽しんでいるのです。
冷たい冷たい海の底。光が届かないと思っていましたが、隙間から光が漏れています。
ある日、その部屋に、男が入ってきて、宝箱を開けようとしましたが、びくともしません。
鍵穴もありません。どうやって開けようというのでしょうか。
そう。かつて海の底に沈んだ海賊船は、錆びて、朽ちて、動かなくなった今も、形をなんとか保ちながら、海の波に風化されながら、海底に生きているのです。
今も昔も変わらない何か。きっと、どこかに、誰もが持っているのです。
永遠に開かなかったとしても、そこにあるだけで、ある、という感覚とともにあることができた時、太陽に照らされて、光の中で、たくさんの生命に見守られながら、やがて、開かない扉が開いて、ああ、光ってもいいんだって、安心の中で、優しく穏やかな陽だまりのように、すこしずつ、光を集めはじめるのです。
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