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眠っていたいスクリプト

そこにいたくないわけではないんです。
あなたの言う通り、人間の存在が磁石であり電気であるならば、砂鉄の模様が変わってしまうから。

白い画用紙に黒い絵の具を落とすように、変わってしまうから。
昔観た映画みたいだなと思いながら、世界が灰色になるのをただ眺めていました。

目が覚めたら、噴水の中で寝ていて、でも、不思議と冷たくありませんでした。
外は夜で、向こうの方に大きなホテルのような建物が見えます。
明かりがいくつか灯っているけれど、全然綺麗に見えなくて、ムードに浸れない自分がいて、なんだかげんなりしてしまうんです。

そう、ちょうど作り物の世界にいるような、舞台セットの中にいるような、自分だけ作り物ではないような、あの感覚。
本当を言っているのに、周りが全然本当じゃないから、正しいことを言っているのに、正しくないことになってしまって、もう訳がわからなくなってしまうんです。

セリフ通りに進む物語になじめない僕は、舞台を飛び出して、物語の中から飛び出してみました。
そこは、本の中から出てきた小さな僕にとっては大きな大きな家の中でした。
本がおかれた机の上に立っても、不思議と怖さは感じなくて、ただ、現実は現実ではないのだと、なんとなくわかったんです。

怖いと思っていたものが怖くなくなっていくということは、少しずつ自分の『本当さ』が削られていって、そのことになぜか安心を覚えてきているのかもしれません。

いいのか悪いのか、正しいのか正しくないのか。
ブラックコーヒーにミルクを注ぐと色がまろやかになるような、梅雨の時期の体育が終わった後の6時限目の教室の中のような、生ぬるさがまとわりつく、あの感覚。
もう少し眠っていたい、世界史の授業中のような…あの時先生はなんて言ってたっけ。

だんだん、まどろみの中に入っていって、水の底にどんどん沈んでいく。
記憶も、意識も、あいまいになっていって、川に流されて石が削られていくように、波に揺られながら、わたしが削られていく。
削られても削られても、なくならないと分かっているから、安心して削られている。
上がってこれない深さではないから、沈んでいける。
おぼれても、誰かが私の手を掴んでくれるとわかっているから。
起き上がったときに、誰かがいてくれると分かっているから、安心して、眠っていられるのかもしれません。

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